「それは・・・・・・魔法具!! 君は魔法士の身でありながら、それを使う意味を解ってるのか!!」

「・・・・・・わかってるよ。それでも僕は、この力が必要だったんだ」

「っ―――! もう我慢できん・・・・・・我々魔法士への裏切りともいえるその行為! 賢人会議リ−ダー、元型なる悪魔使いのサクラが粛清してやる!」

「そうやって! 誰の言葉も意見も、生きてきた道すら知ろうとしないで自分の都合で斬り棄てるの!?」

「・・・・・・他人の感情なんか、知ったことか」

「なっ!?」

「私はこの世の悪。どんなに表の住人が私達に自分勝手な都合を押し付けてこようが、世界の運営を世界が知らない限り私は現実を見ない空想家だろう」

「じゃあ、どういうつもり?」

「たとえそうだとしても、私は、私たち賢人会議は止まらない。この想いだけは譲れない。そう、誓った」

「・・・・・・・・・なら、いくよ。力ずくで止める」

「―――こいっ!!」

 

 

 

 

                     第3章 『サクラ』

 

 

 

 

 

 飛天凰舞を発動させた錬。

 その力は、精霊と一体化した騎士剣の力を借りて、悪魔使いの運動制御能力が50倍だとしたら、100倍まで運動能力を高めることができる。

 そして剣特有の流派が存在し、自由自在に自分の手足のように振るう事ができる。それは悪魔使いとしてI−ブレインに剣聖の能力をマウントさせているからに過ぎない。

 錬は知らないが、サクラは知っている。

 元型なる悪魔使いは、炎使いや騎士の能力など様々な能力者の能力を手に入れる事ができれば、それを使うことができる。

 ただし、それはオリジナルには劣る。

 そして悪魔使いとは能力を小出しにして戦うだけではない。

 錬の能力、それは『並列』のことだ。

 普通なら1つの能力しか起動できないのだが、彼は2つの能力を同時に起動することができる。

 それがオリジナルに劣る能力を起動しても、他で補完する戦い方。

「飛天凰舞奥義・夜鬼五月雨!!」

(呼:運動係数制御・『運動加速』 警告:『高密度情報制御感知・魔力感知』)

 振り下ろされた剣閃から真空の刃が無数に出現し、サクラへと襲い掛かる。サクラは咄嗟に宙へと駆けのぼり身体を反転。上手く避けたはずだがいくつかの刃はサクラの腕や足を切り刻む。

 その力にサクラは目を見張り驚いた。

 外套から投擲ナイフを取り出し、錬とサクラ両名のナイフが弧を描いて闇を駆ける。

 お互いに43倍にまで高めた運動能力の速度は、お互いに額同士を激突させる。

「・・・・・・なんで」

 お互いの背後に無数の空気結晶の弾丸、つまり氷の槍が作られて回避軌道を塞ぐように打ち出される。

 これは炎使いの能力であり、錬は騎士の能力を、サクラは能力を一旦停止させる事で可能とした。もちろん数百にも及ぶ氷の弾丸を精製した事で脳内に、I−ブレインに多大な負担を要した。

 お互いに逃げ道がない状態で、2人は巨大な岩の手を作りだして盾を生成する。これは人形使いの能力であり、主に形を与えて動かす能力だ。

 お互いに空気結晶を回避した2人だったが、ここで錬の並列能力が優秀さを発揮した。

 回避行動のタイムラグを利用したその瞬間、脳内へ騎士の能力を再起動させ、瞬間的に爆発的な速度上昇を可能とした。こうした結果、自分から相対距離を詰めた錬は、サバイバルナイフでサクラの腕を深く斬る。

 鮮血が舞うのも構わず、サクラは痛覚遮断で痛みを感じなくさせ、移動開始の前にナイフを錬に向かってなげつけた。

 ナイフは寸分狂わず錬の腕に刺さり、錬は距離を取らざるを得なかった。

「なんで君は、表の世界の全ての人を巻き込もうとするの? 関係のない人だって大勢いるのに!」

「関係ない? この『今の世界』で生きる全ての人間が? ふざけるなぁ!!!!

「!!」

「関係ないだと!? ならば私たちは何故生まれた!! 何故生み出された!? 何故・・・・・・何故、あの子がっ―――!!」

 サクラの表情が憎しみで歪み、悲しみで崩れた。

 その言葉は、錬にとっては否応なく理解できた。何故ならそれは魔法士にとって宿命付けられた運命だったから。

 フィアも自分が助け出さなければ、その運命に殉じていたはずだったからだ。

 錬は感じていた。いや、本能的にサクラに何があったか悟っていた。

「もしかして、君の知り合いがマザー・コアの検体だった、とか?」

「・・・・・・・・・・・・っ」

「・・・・・・そっか。そういうことだったんだ」

「あの子は笑っていた。花が見たいと。一度でいいから大自然の中を走り回ってみたいと。一度でいいから本物の花と、桜に触ってみたいって」

「・・・・・・・・・・・・」

「それなのにこの世界の人間供はっ!!」

「・・・・・・笑っていた?」

「そうだ、私は許さない。こんな世界など認めない。納得なんかしない。なのに私の道を邪魔するというのなら、たとえ同胞とはいえ容赦はしない!」

「僕は・・・・・・」

 自分はピエロだ。そう錬は思った。

 いやコウモリと言ってもいいかもしれない。

 正直いって自分はサクラの言い分が理解できる。フィアを大切に思うならきっと賢人会議側に付くべきだということも理解している。

 ただ、それでもエヴァンジェリンという姉の存在が大きかった。彼女がいる麻帆良学園を守りたいと思ったのだ。

 どっちつかずな事を思い、ただフラフラとその場の状況に流されて戦っているだけ。

 そこに、彼女のような信念も理想もなかった。

「・・・・・・これで決着をつけよう。私の能力は悪魔使い。そして、その特性は・・・・・・合成だ」

「!?」

 サクラの言葉に驚愕の表情を浮かべる錬。

 自分の特性は並列。なのに彼女は合成? それは何だ? そんなもの聞いた事がない。それに自分と能力は同じなのに特性が違うなんて有り得るのか!?

 錬は飛天凰舞を展開させ、同時に全ての能力を解凍し、いつでも展開できるようにセットしておく。

「肩慣らしは済んだ。些か貴方の魔法具・アーティファクトには驚いたが、それも1つの能力と判断すればどうってこともない」

 肩にかかる長い黒髪を払い、艶やかな唇を動かす。

「錬・A・K・天樹と言ったな」

 何? と口を動かそうとするが、声が出ない。

 今、目の前の美しく苛烈な印象を与える少女に、錬は圧倒されていた。

「今から私の力を見せよう・・・・・・避けなければ、何らかの対処をしないと死ぬぞ?」

(―――呼:『踊る人形』)

 サクラは脳内で、無造作に引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールドは、カモは、龍宮真名は、桜咲刹那は、裏の事情を知る彼らはその異常性をその眼で目撃した。

 戦いで交錯し、水面上に着地後何かを話していたエヴァンジェリンの弟と正体不明の女。お互いに確実にナイフで身体を斬られて血も小量ではない程の血が流れている。弟の方はナイフまで刺さっている状態だ。

 普通、人は斬られたり刺されたりしたら、怯んだり蹲ったりするもの。それは裏の世界の刹那たちだって同じことだった。

 だが目の前の2人は平然として立って話しをしている。

 明らかに異常。人としておかしい。

 それを裏に疎い綾瀬夕映も神楽坂明日菜も気付いたのか、顔を真っ青にして何か言いたそうにしていた。

 ただこの場で、エヴァンジェリンだけが表情を険しくして弟の戦いを見守っていた。

 突如、空気が変わった。

 そう思った瞬間、少女の前にチタン合金の腕が出現し、弟を殴り飛ばした。何とかナイフで直接は防いだようだが、勢いは殺せず弾き飛ばされる。それを追撃するように『腕』は弟へと襲い掛かった。

 やられる、そう皆が思った瞬間、弟の周りに空気結晶の盾が展開され、『腕』の激しい乱打を辛うじて防ぐ。しかし盾はどんどん削られる。

 新たに生成される空気結晶の盾。

 だが『腕』はその生成することにより生まれるタイムラグを見逃さない。

 騎士の運動加速度と遜色がない程、絶望的なまでに早い『腕』。まるで腕自身が運動加速演算を行っているかのように、弟の防御をかいくぐり顔目掛けて打ち付けてくる。

 弟は後方へと跳躍する事で回避に成功。だが女はそれすら、まるで予め視えていたと言わんばかりに回り込んでいてナイフを投擲する。頬を、腹部を浅く切り裂き無数の傷跡がつけられた。

「ちょ、ちょっとエヴァちゃん! マズイんじゃないの!?」

 さすがに耐えられなくなった明日菜がエヴァに焦ったように言うが、エヴァは無視して愛しの弟を見ていた。

「ちょっと!!」

 ガシッと肩を掴む明日菜。

「うるさい。それと私に気安く触るな」

「きゃっ!!」

 見えない力に引っ張られたように投げ飛ばされる明日菜。ドシャっと地面に尻餅をついてしまった。

 そんなエヴァを、まるで助ける気がないとでもいう態度のエヴァを、皆は問い詰めるような視線で見ていた。明らかに弟さんの方は押されているからだ。

 フィアは倒れた明日菜に手を差し伸べて起こしてあげると、エヴァの代わりに口にした。

「錬さんは、そんな簡単にやられたりしません」

「で、でも!」

 ネギが自分も加勢する、とでも言いたげな瞳を向けて戸惑いの声を上げる。

「・・・・・・魔法士の戦いは、短期未来予測にかかっているといっても過言ではありません」

「短期未来予測?」

「限りなく真実の未来が見えていると、そう解釈してくださっていいです」

「そんなことできるんですか!?」

「だからこそ、ナノセカントの世界単位で動いている2人が、互角に戦えているんです。私達は早く動けるといっても、動体視力は普通の人と変わりありませんから」

「・・・・・・そんなことって」

 ネギは絶句した。

 つまり彼らは、おそらく英雄の父すら越える速度の世界で動きまわり、相手の動きが見えずに『ここにこんな攻撃がくるだろう』そういう予測だけで攻撃を回避しているというのだから。

 そんなやり取りをしているフィアたちとは裏腹に、錬は焦りに焦っていた。

 ―――これが、合成の能力なの!?

 自分だって『腕』は生成できる。ただしこんなに早くは動かせないし、スタンドアローンに限りなく近い動きをさせる事すらできない。

 つまり、人形使いの能力の一部と、騎士の能力の一部を『合成』して、全く新たな能力を発動させたのだ。

「・・・・・・なるほど、良く避ける。だがこれはどうかな?」

 サクラの漆黒の外套がいきなり形を変えた。

 柔らかい絨毯のような生地だった外套は、鋭利な刃物のような形に変え、錬の喉元目掛けて突きこまれる。

 錬は咄嗟に後方に飛ぶ事で回避し、正面から走る黒い翼とでもいうべき鋭利な刃物の一撃を氷の盾で余裕を持って受け止め―――。

(―――危険)

 その攻撃が、氷の盾の防御をすり抜ける。

 黒い翼は立ちふさがる障害物を、自らの身体を崩壊させながら透過し、防御の内側に寄り集まって細く鋭い翼を再生成する。

 とっさに錬は炎神の能力を停止させ、騎士の能力を発動させてまたも後方へ逃げる。だが頬に鋭い衝撃。

 間一髪で直撃を回避した喉が翼の先端によって浅く切り裂かれ、鮮血が飛び散る。

 ここまできて、やっと錬も理解した。

 錬の並列の能力は、いわば詰め将棋のように理論で対抗する戦い方。

 一方でサクラの合成の能力は、完全に能力の破壊力に任せた、圧倒的な暴力による力押しだ。

 これでは、いくら自分がサクラに合わせて理論で対抗しようとも、彼女は力ずくでそれを破壊するだろう。

「さて。そろそろ降伏を勧めてもいいだろう。どうやら私と君の力の差を理解できたようだしな」

「・・・・・・くっ」

「念のためにもう一度聞いておこうか。私達の仲間になる気はないか?」

「正直言って・・・・・・わからない。どうすればいいのか、僕にはわからない」

「・・・・・・呆れたな。己の信念すらふらふらしているのか。もはや君は我が組織にはいらない」

 サクラが外套に手を差し込み、投擲ナイフを取り出す。

「ここで始末を―――なに?」

 ふと、少女の動きが止まった。

 手を耳元にやり、誰かと会話する仕草を見せる。

「どういう事だ? なんだと? ディーもセラも帰還したということか? それではこれで仕事は終わり―――って、オイ、真昼!!」

 キャンキャンと、顔を真っ赤にして喚くサクラ。

 先ほどまでの、まるで氷の女王とでも表現できる美しい顔と冷徹な殺気はどこかへいっていしまったようだ。

 ひょっとしたら、これが彼女の地なのかもしれない。

「―――ったく。我等が参謀殿は本当に意地が悪い。だが真昼も真昼だ。もっと前から私に作戦概要を・・・・・・ブツブツ」

「あ、あのぉ」

「っ!! ん、んん、ゴホン! 急用でこれ以上君の相手はしていられなくなった。残念だが決着は次の機会に」

「・・・・・・・・・・・・」

「何だその目は!! 本当だぞ!? 帰らねばならない用事ができたのだ! ―――ハッ!?」

 自分の動揺っぷりに気付いたのだろう。間を繋ぐために外套をサッと翻してゴホンと唸る。

 サクラは身を翻して歩き出し、しばらく行ったところで首だけを錬へ向けた。

「・・・・・・近いうちに、私は挨拶に現れる。楽しみに待っているといい」

 サクラはニヤリと唇を吊り上げて笑い、森の中へと消えていった。

 錬は飛天凰舞を片付けると、エヴァたちがいる湖の端へと跳躍。心配する感情を必死に隠している姉の前へ着地した。一瞬だけ、背後のクラスメイトになる女性たちが身を震わせて警戒する仕草を見せた。

「ただいま、フィア。姉さん」

「おかえりなさい、錬さん。無事でよかったです」

「まったく・・・・・・こんなにまでやられるとはな」

 茶々丸が錬へそっと近寄り、斬られてパックリと割れた肌の治療をしてくれた。

 腕や太腿、刺さったナイフを抜いた腕。浅い傷が無数にある腹部と頬や喉元。

 普通の人間なら立っていられないような、そんな怪我だった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「そ、そうよ。エヴァちゃんの弟といっても吸血鬼じゃないんでしょ!? それなのにそんなに!!」

 コクコクと頷く一同。どうやら斬られた怪我の事を言っているらしい。

 だが錬としては、何ともない、と言わざるをえない。

 なぜなら。

「ああ、大丈夫。痛覚を遮断しているから痛みは感じないんだ。とはいっても、感じないから無茶しちゃう訳だけど」

 あっけらかんとして言う錬に、カモやネギは呆然とし言葉を漏らす。

「痛覚を、遮断する?」

「そんな事が、可能なのかよ!?」

「? それってどういうこと?」

「拙者もわからないでござる」

「オレもだ」

 最強馬鹿の明日菜や楓、小太郎が首を傾げた。

「えっと、簡単にいえば・・・・・・痛いって感じる神経がありますよね? それを脳が痛いと思う前に、その痛いという情報を遮断しちゃうんです」

 フィアが、ん〜、と人差し指を立てて、解りやすく解説してくれる。

「だからこれだけ斬られても、錬さんは痛いなんて思ってもいないんです。だって脳がそれを認識してないんですから」

「いわゆる、医療の麻酔と同じだ。麻酔をしながら、魔法士は動くことが可能だ。そしてそれを自由意志でコントロールできる」

 彼女たちの馬鹿さ加減を理解しているエヴァが、もっとわかりやすく説明する。

 その言葉で、明日菜たちはやっと驚いた顔をした。

「あ、そうだ。まだちゃんとした自己紹介がまだだったよね?」

「そんなのいらんぞ。こいつらはお前の事を異常者としてしか見てなかったからな。胸糞悪い」

「まあまあ、姉さん。落ち着いて」

「私は姉として、お前をそんな目で見られるのが腹立つんだよ!」

「ん〜、でも、魔法士の事を知らないんだから、それは当然じゃない?」

「・・・・・・・・・・・・フン」

 鼻を鳴らしてそっぽを向いたエヴァを背後から抱きしめながら、錬はペコリと頭を下げた。

 

「今度から麻帆良学園女子中等部3−Aに転入してきました、錬・A・K・天樹です。よろしくっ!!」

「同じく、錬さんと一緒に転入します、フィア・七瀬です。よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 

 

 

 戦いが終わった湖畔に、3−A皆の驚愕の悲鳴が轟いた。

 こうして、錬とフィア。魔法士の2人は無事初任務を終えて、皆と邂逅を果たしたのである。

 だが世界はこの時から迷走を始めていた。

 そして、錬とサクラ。

 両者が再び激突する日まで、束の間の平穏が訪れたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 みじかっ!!

 だけどウィザーズブレインはほんとうに難しい本だから、失敗がないように、勘違いがないように書くのはとても難しいです。

 そしてサクラとフィア。

 いわば2大ヒロインのように書いてますが、まだあと少なくても5名は登場します。

 というかウィザーズキャラは、なるべき多く登場させたいです。

 問題は、麻帆良とどう絡めていくかですが、一応、結末も既に頭の中にあります。

 あとは、それに向かって書いていくだけです。

 では、また次回に会いましょう。