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 白銀武の日記より


 直死の魔眼が欲しいな・・・・・・・・・・・・

                  大量のBETAを相手にした時にふと思ったこと。

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 11月03日 総合戦闘技術評価演習 3日目 PM21:38



「今のところは順調のようだな」
「そうだね・・・・・・」
「ええ。脱出ルートも確認できたことだし、ロープも銃も手に入った。現在の情報ではこの緩やかそうな地形のルートを行くことが最も確実だわ」
「そうですね」
「うん、ボクもその意見に賛成だよ」


 1日目から3つのルートに分かれて行動した演習。
 サバイバルにおいて、この場にいる仲間たちより誰よりも優れた知識の能力のある、鎧衣美琴がたった一人で行動し、他の面子は2人組みで行動するという手段に出た。
 それは正解であったようで、たった3日目の夜に再び合流することができた。
 鎧衣曰く、毒ヘビにかまれたそうで、1日行動不能になったらしい。


 それ以外は今のところは順調。日程も問題ない。
 それが現状を表す、最も適切な言葉であった。


「ここからは小隊での行動になるわ。チームワークの悪さが作戦の失敗に直結する。・・・・・・気をつけてね」
「わかったよ」
「オーケーだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「了解した」


 榊は皆の言葉に頷き(彩峰は無言だったが、僅かに頷いたのでちょっと嬉しかった)、各自が交代制で休憩と食事を取ることになった。


 こうして各々が食事と明日以降の準備に余念がない中、冥夜は1人考え込んでいた。


(今のところは順調と言っても良い。だがそれは最少人数で動いていたからだ。彩峰と榊が顔をあわせた中、どれだけ不協和音を奏でずに、白銀中尉への敵愾心で団結した訓練時の状態を保てるかであろう。だが・・・・・・)


 結局、冥夜はこの演習までに敵愾心などではなく、真の意味で団結できなかったことを悔やんでいた。
 榊も己の意見にしか耳を貸さないような態度はしなくなった、はずだ。
 少なくても彩峰の意見や自分の意見を、少しでも検討してそれに対して答え、鎧衣や珠瀬に反応を求めている。ずっと成長していると、冥夜としては思う。


(これも白銀中尉のおかげ、か。あくまでも結果的にだが)


 冥夜はここ最近はずっと武のことを考えていた。無意識かもしれないが冥夜の中にはすでに敵愾心は無い。むしろ感謝すらしていた。
 これでまた自分達は一歩先へと進むことができるかもしれない。
 助かったな、と冥夜は心の中でホッと一安心を吐く。


 そこで、任官できるかもしれないという事を考えて、ふと出発前の月詠たちの事を思い出した。


(そういえば、月詠は白銀中尉のことを何も聞いてこなかったな。あれほど中尉と接触してないかと心配して敵意剥き出しであったのに・・・・・・何かあったのだろうか)


 冥夜は不思議そうに首をかしげた。
 その様子を、彩峰はジッと見詰めていた。





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 11月04日 PM13:30 国連軍横浜基地 PX





 武は霞と共にPXにやって来ていた。鯖味噌定食を頼み、同じ机に横一列に座る。

 武の手元には50枚ほどのA4用紙の報告書がある。それを武は丁寧に1枚ずつ読み進めていく。
 内容は主に、207B分隊の総合戦闘技術評価演習の経過についてと、斯衛軍の中でも身元がきちんと潔白だと証明され、米国に懐柔されていないと証明された、斯衛の中でも大将直轄直営部隊のみにXM3配備が完了したらしい。
 さすがに「貴方は大丈夫ですか?」などと問えない為、行動や家族、思想、言動、経済的状況、その他全ての洗い出しや調査には時間がかかるようだ。
 それと同時に帝都守備隊関係者から、秘密裏に親族の状況や経済状況などを調査しているようだ。

 着実に、クーデター作戦殲滅に向けて動いている。悠陽の命令により。

 またXM3の錬度だが、武の操作ログを残してきたので、紅蓮大将や神野大将たちがその動作研究に当たっているらしい。きっと斯衛軍の衛士たちに適した動作を取り込むつもりだろう。
 悠陽自身はBETA新潟上陸作戦に向けて戦術機の完熟訓練を行っているようだ。
 作戦の綿密な調整と計算を重ね、未だ帝国軍と話はつけていないようだが着実に前へと前進している、とのこと。

「今のところは、上手くいってるな」
「はい・・・・・・・・・・・・武さん、ア〜ン」
「ア〜ン。モグモグ・・・・・・霞も食べてるか?」
「はい」

 次の資料を見てみると、207B分隊の演習に関する中間報告があった。
 今のところは、大丈夫なようだ。
 だがここからが問題だと、武は考える。

 演習日程を繰り上げているから、雨に関しては過去の記憶など当てにはならない。
 だがどう考えても、河川においてのロープ回収と銃弾の温存の件。
 一回目の脱出失敗における狙撃回避の件。
 この2点は明らかに、彼女たちの最大の障害となることだろう。

 自分への反骨精神だけでまとまっている彼女たちが、どれだけ纏まれるか。

「心配・・・・・・ですか?」
「まあ、な。だけど、俺があいつらにしてやれる事はない。俺はあいつらの同期の仲間じゃないんだから」
「・・・・・・・・・・・・」
「そして俺は信じてる。冥夜の力を、委員長の力を、彩峰の想いを。タマの優しさを。美琴のムードメーカーを」
「はい。きっとあの人たちなら、大丈夫です」

 こくんと頷く霞。
 もちろん、政治的背景から彼女たちの任官が難しいことや、現状ではその予測は楽観的なことも分かってはいる。

 ――――それでも信じてる。
 ――――それでも信じるしかない。

 それが、唯一自分達ができることなのだから。

 そんな時、目の前に真っ赤なコートを着た人物と白いコートの3人組みが武たちの目の前にやってきた。
 赤いコートの人物は月詠真那。帝国斯衛軍中尉で赤服という上位武家の者だった。
 彼女の後ろに整列するのは、彼女の部下であり同様に武家出身の斯衛兵。通称3バカだった。

「何が御用ですか? 月詠中尉」

 武が目線を向けずに手元の資料を読みながら問う。
 その態度に、部下の3人は弾劾しようとしたが、月詠が手を上げて止めた。
 しかしなかなか口を開かなかった。

 30秒ほどしてようやく出た言葉は、とても子供へ向ける口調ではなかった。

「・・・・・・名を呼ぶ許しをした事などないんだがな」
「そんなの知った事じゃありませんね。あんた達は居候で余所者。そして所属は違えど階級は同じだ。帝国軍だろうが国連軍だろうが斯衛が立場が上なんて常識はないんでね」
「・・・・・・・・・・・・」
「きさまッ!」
「無礼ですわっ!」
「頭が高いぞっ! 国連軍の分際で!」

 思わず静止を無視して叫ぶ3バカ。
 一歩歩み出るが、武は見事に無視して資料を見てるし、霞は相変わらずモッキュモッキュと御飯を食べ続けている。
 逞しくなったなぁ、と霞の様子にホロリと心の涙を流す武であった

 ちなみにこれは、武たちが失礼な行為をしているようにしか見えないが、月詠たちはいきなりやってきて正面の席に、なんの許可もなく座って威圧してきているので、実際にはお互い様である。
 また、武の言葉も事実であり、月詠の言葉は単なる傲慢な、斯衛の品格を落とす言葉でしかない。
 武も下手に出る必要がなければ、謝罪などする必要もない。
 そしてそれを武も承知しているが故に無視しているし、月詠も咎めずにただ睨んでいる。

「・・・・・・・・・・・・ひとつだけ、聞いておきたいことがある」
「なんでしょう?」

 月詠から出た言葉は予想外の言葉だった。
 武は驚きつつもそれでも視線を向けずに資料を見ていた。

「祖国の烈士達が立ち上がろうとしているというのは・・・・・・誠の話なのだな?」
「「「!?」」」

 どうやら初耳らしい白服の斯衛3人――巴たちは身体を震わせて驚愕の表情を浮かべた。
 武はそこでようやく目線を上げ、資料を置いて姿勢を直す。
 だがその視線は厳しい。

「・・・・・・殿下の言葉を疑うんですか?」
「違う! もちろん信じている! だからこそ、こうして貴様―――いや、貴殿の身元を問い詰めたりしないのだ。貴殿に対して、殿下どころか紅蓮閣下といった名立たる帝国のトップが認めているのだから。だが・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 常に凛々しい表情を崩さなかった月詠。武の記憶の中でもテレた表情や怒り、呆けた表情などの記憶はあっても、ここまで弱々しい表情を浮かべた彼女はなかった。
 ポツリ、と彼女は心根を口にする。

「・・・・・・だが、それでも同じ日の本を愛する一臣民として、信じたくなかった」
「・・・・・・・・・」
「おおよそ彼らの言い分も察せる。なんとなくだが予想もできる。だがそれがいかに世界にとっては身勝手でしかないか、というのも理解できる。だから、信じたくなどなかった」

 なるほど、と武は口にせずに愚痴る。
 前回は既に事が起こった後であり、月詠も役目はあった。部隊長としての立場もあるし、当時はまだ月詠から信頼されてなかった。だから武は気付けなかった。
 しかし今は違う。
 だから月詠からこの言葉が聞けた。それは悠陽のお陰とはいえ、素直に嬉しく思う。

「――――その件は、事実です」
「・・・・・・・・・・・・そう―――か」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 PXの喧騒が、少し鬱陶しく感じてしまう。
 武と月詠の間に気まずい雰囲気が流れる。
 それを破ったのは、月詠だった。

「・・・・・・自己紹介がまだだったな」
「へ・・・・・・あ、ああ、そういえばそうでした」
「私は帝国斯衛軍第19独立警備小隊の隊長。階級は中尉。後ろのは左から神代巽・巴雪乃・戎美凪少尉だ」
「ども、初めまして。自分は国連軍第11方面軍横浜基地所属、A−00部隊隊長・白銀武中尉であります」
「・・・・・・同じく、A−00部隊所属・・・・・・社霞少尉です」
「「「よろしくお願いします!」」」

 カカカッと足を揃える音と共に神代たちが名乗る。
 彼女たちは悠陽と月詠に絶対の忠誠を誓っている。だから月詠真那が自己紹介すれば自分達もしなくてはならない。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・中尉の経歴は殿下を経由して知っているが、どうもな」

 真那の表情が眉を寄せて難しそうな顔になる。
 どうも頭が痛いというか、良心的な意味で納得できないというかという顔だ。

「ハハハ・・・・・・」
「まあ、私がどうこう言っても詮無い事なのだが」
「・・・・・・ありがとう、ございます・・・・・・月詠中尉。武さんを心配してくださって」
「いや、社少尉。貴殿のことも含まれているのだ。我々のような年長者は、貴殿たちのような幼き者たちが戦場に出なくても良いようにすることが義務であるというのに・・・・・・・・・・・・すまなかった」
「いいえ・・・・・・私も武さんも、軍人として・・・・・・いえ、この戦いの人生に一欠けらの後悔もないんです。だから・・・・・・気にしないで下さい」
「そうか。そうだな。失言だった。許してくれ」


 真那は素直に頭を下げる。
 普段の彼女なら、軍人として侮辱ともとれるこの発言は絶対にしないのだが、いかんせん非常識すぎる事態に失言してしまった。


 だがそれも仕方ないだろう。
 大陸の民間人ならば、それもありえるだろう。ゲリラで活動している民間団体では、普通に子供もいる可能性は十分にある。
 戦っていることが無くても、銃を持っている事など普通だ。
 しかし武たちは違う。


 国連軍という、正式な組織に所属していることから、そこにはどんな機密があるか分かったものではない。
 そして非人道的なことも行われているのだろう、そのように真那は捉えていた。
 実際にはそのようなこともなく、ただの勘違いなのだが。


「そうだ、月詠中尉」
「なんだ」
「A−01との合同演習はできませんが、我がA−00『SEED』とXM3慣熟訓練に参加しませんか?」
「何? 可能なのか?」


 まだ帝国にその権利とライセンスを委譲していない段階で、自分達部外者が関わっていいのだろうか。真那はその意味で尋ね、少し事情を省いた言葉だったと後悔する。
 その辺の事情は、大人でないとなかなか察することができない事情だからだ。だが武は見た目は子供でも中身は大人だ。
 当然、何が言いたいのか察する。


「ええ。あれは香月夕呼副司令の研究成果であり、全ての権利は副司令にあります。そして自分はそこら辺に関して好きにさせてもらえる権限はありますので」
「・・・・・・そうか。わかった。ではお願いしよう。冥夜様たちが総戦技演習から戻ってくるまで時間がある」
「そうですね。では時間が空いた時にお呼びしますので」
「あい、分かった」


 こうして、月詠は去っていった。
 3度目にして、初めてまともで穏やかな出会いとなったのだった。


 そしてその日の晩。
 シミュレータールームでは少尉3人の悲鳴が聞こえ、斯衛中尉の悪戦苦闘する声が聞こえたらしい。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 11月06日 PM16:45 副司令執務室

「伊隅みちる、参りました!」
「入っていいわよ」


 横浜基地S4レベルフロア、副司令執務室に出頭したみちるは扉の前で声を出す。
 中からは相変わらず軽い調子の声が聞こえてくる。
 みちるは「はっ!」と返して入室する。


 執務室は相変わらず汚かった。みちるも夕呼に呼ばれることでようやくこのフロアに入ることができるのだが、執務室に入るのも、いくらA−01部隊の隊長のみちるとはいえ、任務を言い渡される時くらいだった。
 妙な機材やら山積みの紙やら、モニターらしきものやら、変な模様が書かれた箱やらいろいろ散らばっている。
 みちるはそれに目を遣り、そして夕呼へと視線を向けた。
 傍らにはA−00部隊の武と霞がいるが、とりあえずは気にしないことにした。


「ご苦労さま。伊隅、次の任務よ」
「はっ」


 やはり来たか。そうみちるは思った。
 先日に予想していた自分の予測が合っていたことに溜め息が出そうになる。


「今月の11日明朝、新潟沿岸部に旅団規模のBETA軍が上陸するわ。横浜基地からはあんた達A−01部隊とA−00部隊が出撃。帝国からは斯衛軍半数、本土防衛軍から中部方面軍、朝霧駐屯基地から帝都防衛第一師団、海軍から舞鶴基地の帝国連合艦隊が、軍事演習という名目で政威大将軍殿下の指揮の下に行う予定。当然―――実弾演習だけどね。あんたたちもそこに合流。合流後は独立した動きになるけど帝国同様にBETAを殲滅なさい。分かったわね?」
「・・・・・・・・・・・・は、はい。りょ、了解しました!」


 夕呼に矢継ぎ早に言われ、呆気にとられていたみちるだが、慌てて返事をする。
 みちるは信じられなかった。
 BETAの行動は予測不可能だということ。
 それを帝国軍、いや、殿下と目の前の女傑はそれを否定して可能にしたのだ、と。
 いや―――。


(違う・・・・・・おそらく予測したのは香月博士に違いない。ありえないことだが・・・・・・不可能なはずなのだが・・・・・・それが仮にできるとしたら、帝国にいるどんなに優秀な研究者よりも、目の前の香月夕呼にしかできない。きっとそうだ。今回の防衛戦、帝国軍にとっては有意義なものになりそうだが。我々には何のメリットがあるんだ? 新人の初実戦経験を積ませる為か? いや、副司令がそんな配慮はしない。かならずこの戦いのどこかに、メリットになることが含まれているはずなんだ。それを私は知る必要がない)


 みちるは動揺する頭の中で必死に己を立て直し渇を入れる。
 夕呼はちらりとみちるの様子を伺い、即座に立て直したみちるに満足したように笑みを浮かべ、必要な書類が入った封筒をみちるへ投げる。


「たかが防衛戦くらいでA−01の隊員に死なれちゃ困るの。徹底的に鍛えなさい」
「かしこまりました!」
「まぁ、この白銀も同行するしね。大丈夫だと思うけど。こんなガキに守られるなんて情けないことにならないように、せいぜい精進することね」


 試されている言葉にみちるは無表情で頷き返す。
 隣の武が手を額に当てて溜め息を吐いている。どうやらこの子も幼いながらも香月夕呼の性格を熟知しているようだ。
 なんとなく武に対して親近感が沸くみちるだった。きっと酒の席で愚痴るとさぞ盛り上がるだろう。
 まあ、酒は飲めないのだが。武の方が年齢的な意味で。


「詳しくは書類に纏めてあるから。ああ、A−01に配属予定の207B訓練小隊の総合戦闘技術評価演習の結果、さっき出たけど、聞きたい? 白銀、あんたも聞きたいでしょ?」
「え? それは知りたいですね」
「そうですね。我が隊に入る者たちの事ならば、気になります」


 武とみちるが頷くと、夕呼は手元のPCを操作して頭上のモニターに、例の島の全体マップを表示する。
 南のエリアに紫色の点が表示され、北のエリアのある場所に赤点が表示される。
 南からスタートし、北のエリアの赤点がゴールだと分かる。
 基本的に、武が前回や前々回で行った演習内容と変わらなかった。


「―――で三箇所破壊に成功したんだけど、その後のダミー脱出ポイントで御剣が負傷。これは私が仕掛けた銃撃の罠によって回避した結果、右側太腿の負傷ね。まあ後遺症が残る程度じゃないけど、進行速度に遅れは出た。その後、最終脱出ポイントまで彩峰が担いで行軍。だけど3日目に崖を渡るために銃を使った為に砲台を破壊できずに大幅に遠回りする羽目になったわ。5日目のタイムリミット2分前に辛うじて到着し、ギリギリの及第点ってところね」


 ―――なるほど、と武は思った。
 自分がいなくなることで、冥夜の負傷と美琴のヘビに噛まれることによる負傷。
 砲台が破壊できない手痛いミス。
 タイムアップすれすれの成果。
 本当に際どかったようだ。


「ちなみに、この間に起こった207訓練小隊での口論の回数は20回以上ね。主に榊の判断に彩峰が反発し、御剣が2人を叱り、珠瀬と鎧衣が3人を宥める、というのが毎回の内容だったわ」


「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」


 みちるは「ハァ?」という表情で何か言いたそうだった。
 武は別の意味での「ハァ・・・・・・」という表情だった。


(あいつらは能力だけなら、並みの一般兵を超えてる。だが・・・・・・他は落第点もいいところ。お世辞にも褒められるところはない。もちろん纏まったなら力を発揮するんだが・・・・・・桜花作戦でのあいつらが、まさにそれだった)


 だが武なしで合格できたなら十分だ。
 途中の経緯はどうあれ、結果がすべてなのだから。


「白銀、あんたにやられたのがかなり効いたみたいね。特に御剣に。今回の合格、ほとんど御剣のお陰、といっても過言じゃないわ」
「そうですか・・・・・・まあ、次の戦術機の演習では、チームワークの大切さを嫌でも教えてやりますよ。徹底的にね」
「そうしなさい。伊隅だって、今のままのあいつらが入ってこられても迷惑なだけだわ」
「わかりました」
「当然だけど、まりもにも同じことを言うつもりよ。あんたは訓練兵を徹底的に甚振りつつ、まりもにXM3を叩き込む任務を与えるわ」
「わかりました」
「頼むぞ、白銀。未熟な訓練兵を、最低でも少しは使える程度まで仕上げてくれ」
「もちろんです、伊隅大尉」


 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる武とみちる。
 心底楽しそうな2人に、霞がボソリと「・・・・・・怖いです」と呟いたが、見事にスルーした。

 しばらく手元にある資料を、武もみちるも目を通す。すると夕呼は何か考え込む様子を見せる。そして引き出しから資料を取り出し、手に取ったままみちるへと言った。


「伊隅」
「あ、ハイ。何でしょうか」
「これまで、あんたは私の命令に何も文句を言わずに従ってくれたわね。事情も何も言わずに」
「は、はい。そうですが・・・・・・」


 みちるは怪訝な表情を浮かべて首を傾げる。
 武も突然なにを言い出すのかと、顔を上げる。


「これからは、あんたの機密閲覧レベルを引き上げるから」
「!?」
「ある程度は事情が分かるようになる。いいわね?」


 みちるはその問いに、すぐには答えられなかった。
 あまりにもいきなり過ぎたし、そこにある情報に、一瞬だけ尻込みしたのも事実だった。
 彼女は、夕呼の命令内容が過酷であることも、それ故に夕呼が何を背負っているのかも、ある程度は察していたからだ。


「覚悟はあるわね?」
「はっ! A−01部隊の隊長として、果たすべき責務は果たしてみせます」
「それでいいのよ。それで――――コレよ」


 そして夕呼は手元の資料をみちるへと放ってみせる。
 みちるは資料を取り出し、そこにある分厚い資料を閲覧していく。


 武はチラリと横目で見る。
 それは自分が既に持っている資料と同じ内容だった。


『オルタネイティブ第W計画概要』
『日本帝国帝都守備連隊主導クーデター計画書』


 その記載内容を読み進めていくごとに、顔色が悪くなっていくみちる。
 血の気が引き、かすかに手が震えている。


 その資料事態には、実は突っ込んだところまでは記載されていない。
 だがクーデターが起きようとしていて、現在は将軍と連携して動いていることや、今度の新潟防衛線のこと。


 そしてオルタネイティブ第W計画。
 第T計画から第V計画までの詳細文。それを接収して行われているということ。
 00ユニットという超高性能量子コンピューターを搭載した『過去にBETAに解体されたとある女の子』を使った、BETAへの情報戦だということ。
 武と件のコンピューター、つまり鑑純夏が幼馴染ということは書かれていないが、武が数式開発のきっかけになった事や、00ユニットの調律の役目があることなども記載されてある。
 つまり、鑑純夏が解体される経緯は省いた、ほぼ全て。
 武ほどでは無いにしろ、その情報は秘書件助手のピアティフ中尉に匹敵した。
 純夏の件は、夕呼の女性としての立場から来た良心だった。


 また、みちるの様子は00ユニットの概要で、特に酷くなった。
 最早、顔色が悪いどころの話ではない。憔悴の領域だ。でもそれは当然でもある。いかに解体までの経緯を省こうが、BETAによって解体されたなら容易に経緯は想像つく。
 目尻には涙が浮かび上がり、唇は震えていた。


 みちるが落ち着くまで、およそ1時間ほどの時間を要した。


「・・・・・・落ち着いた? 伊隅」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ。醜いところお見せしました。申し訳ありません」


 眉間に皺を寄せ、本当に若干程度だが回復した顔色のみちるが目を伏せて頷く。
 その様子に、夕呼は問いかけた。


「で、どうする?」
「・・・・・・・・・どうするとは?」
「A−01部隊の隊長を辞める? 国連軍から降りる?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「この先、生半可な覚悟の者では足手纏いなのよ。私を信じられなくなったなら止めてもいいわ。外道と罵りたければ好きに言えばいい。ただし、外でそれを口にするのは許さない。どうする?」


 みちるは、夕呼の言葉に目を伏せ、そして視線をなぜか武へと向けた。
 武の表情はみちるを心底心配していたようで、その気持ちにみちるは嬉しくなると同時に、『自分の予測』が外れていることを願った。祈った。


「この00ユニットの被験者は・・・・・・・・・白銀中尉とどういう関係で・・・・・・いえ、白銀中尉。君は、あなたはそれで、それで“大丈夫”なの?」


 きっとそれは無意識だったのだろう。地の口調で問いかけるみちるに、武はその言葉に含まれる意味をきちんと察し、そして答えた。


「大丈夫です」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は・・・・・・これまでも、そしてこれからも」
「・・・・・・・・・・・・白銀は強いな・・・・・・そして優しいな。私は君の強さを知ると同時に自分の弱さを、情けなさを実感している」
「・・・・・・・・・・・・」


 脳裏に過ぎる、前の世界でのみちるの最後の言葉。
 きっとあの時だって、表面上は既に自分の中で消化済みのように振舞っていたが、実は様々な葛藤に揺れていたのだろう。
 それを武は、今、知った。


「・・・・・・これまで同様、A−01部隊の隊長として、より一層の任務に励ませて頂きます!」
「へぇ」
「自分より年下の白銀中尉が、社少尉がここまでがんばっているのです。私も年長者として負けてられません」
「そう。じゃあよろしくね」


 少年・子供ではなく『年下』という表現に変わったみちる。
 それは彼女の中でどういう心境の変化か。


 夕呼はみちるの言葉に満足気に頷き、霞は小さく微笑む。
 武は改めてみちるの凄さを実感した。前の自分ではもっと時間がかかったし、もっと醜い醜態をさらした。やはり、彼女は凄い。
 そう実感する。


「じゃあ、それだけよ。また何かあれば呼ぶから」
「はっ! では失礼します。いこう、白銀中尉。あいつらをビシバシしごかなければ」
「了解です!」


 そう言って、武とみちるは共に出て行った。


「・・・・・・・・・・・・無理しちゃって」
「・・・・・・・・・・・・はい」


 2人の呟きは、みちる達には聞こえなかった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 機密レベルが高いフロア。
 そこはA−01部隊の副隊長の速瀬水月すら来る事ができないエリアであることから、いかに機密レベルが高いか理解できるだろう。


 昼間なのに人っ子一人いない通路を、武とみちるは並んで歩く。
 先にあるのは昇降エレベーターで、そこから訓練エリアやブリーフィングルームに行くことができる。
 2人の間に会話はない。


 先ほどからずっと無言で歩く2人。武はみちるにどことなく話しかけ辛かった。
 そもそも今回教えられた内容は、幾ら自制心に長けた伊隅みちるであったとしても、相当に動揺は大きかったはずだ。
 そして彼女はきっと今、自分の中で整理していることだろう。


 何となく、話しかけれる雰囲気ではない。


(まあ、こういう雰囲気を察せるようになっただけでも、昔に比べたら進歩したよな――――――って、ん?)


 不意に、視界の僅かな片隅に、何かが通り過ぎたのが見えた。
 それが一瞬すぎて何か見えなかったが・・・・・・空気が、振動が、感覚が、ソレが何かを伝える。


 それは――――――涙だった。


 完全無欠、でも恋愛面では弱い、幼馴染の男性を姉妹で取り合っていた、佐渡島を道連れに、ヴァルキリーズのメンバーに大きな影響を残した、あの『伊隅みちる大尉』が、泣いている。


 それが、武には衝撃的だった。


 思わずハンカチを渡そうとして――――やめる。
 前の世界の自分なら、何を泣いているんだと叱責した。人前で泣く奴があるか、と。
 軍人の自分ではそれが正しい。新任の頃の自分なら、慌ててハンカチを渡してあれこれと慰めの言葉をかけたのだろう。


 だが、今の自分は違う。
 今の自分は子供だ。見た目は12〜14歳程度。対外的には14歳と言っているが、身長は140センチ程度の為、みちるより頭が一つ半ほど低い。
 自分が高校生から25歳程度の時、小学校高学年から中学生ごときの子供に慰められて、どう思っただろうか?


 否。嬉しくもなければただの屈辱でしかない。
 家族でもない男にそんな事をされれば、そのような状態になった自分を殺したくなるくらいに恥ずかしい。
 平和な世界での時も「中房ってガキだなぁ」と自分の立場も忘れてよく言っていたものだ。だがそれほど幼くも見えるし、子供にしか見えなかったのも事実だ。


 ならば自分の対応は、と武は考える。


「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


 武はそっとみちるの手を握り、されどみちるへは視線を向けずに前を歩いた。


 みちるは零れ落ちる涙を必死で堪えていた。
 書類に書かれていた、00ユニットの被験者への暴行内容。
 同じ女性として激しく嫌悪した。BETAへの殺意も一層深くなったと思う。
 だがそれでもその被験者のことは書類でしか知らない。事実上、赤の他人だ。


 だがそれでも、滅多に泣かない、いや泣かなくなったみちるの瞳からは、自制を振り切り零れ落ちた。
 同情? それも有る。
 悲哀? それも有る。


 みちるは書類に書かれた内容以上の事を察していた。
 00ユニットの被験者への調律。つまり崩壊した人格の再形成。
 それを横に歩く年下の少年・白銀武が務めるという。いかに有能であろうと、そんな特殊性のある内容など勤まらない。つまり、被験者にとって相手は重要な相手でなくてはならないはずだ。
 だから、被験者の少女と白銀武は十中八九、顔見知りであり、なんらかの関係性があるはずだ。


 ――――例えば兄妹といった家族であったり、幼馴染であったり、親友であったり。


(・・・・・・・・・私にはそんな任務はできないっ! 耐えられるはずがないっ!)


 仮に姉妹たちや、幼馴染の正樹が『解体』されたり人格だけ複写する機会人間になったりすれば? それになる手伝いなど、自分にはできないとみちるは断じる。


(だが、事実として白銀は、この子はそれをやる覚悟があるといった! 私は・・・・・・っ)


 自分の弱さに、現状に、思わず叫びそうになり、それを堪えて余計に涙が零れ落ちる。
 みちるは武に気付かれないようにそっと顔を横に向け、必死に立て直そうとする。
 その時だった。
 みちるの手に、そっと温もりが齎された。


「白銀・・・・・・・・・」


 武は何も言わない。ただ前だけを見て歩いていて、自分に何も言わない。
 情けないとも言わない。みっともないとも言わない。ただ手を握ってくれた。その小さな手で。


 心が締め付けられた。
 何かに急き立てられるように心がざわめき、居ても立ってもいられなかった。


「・・・・・・すまない・・・・・・・・・すまない」
「・・・・・・・・・・・・・・・いえ」
「すぐに、いつもの私に戻る・・・・・・戻るからっ! 今は・・・・・・」


 みちるは自分より小さい少年に抱きついていた。
 涙は一層の激しさを増し、武の仕官服を濡らしていく。
 武は胸元に抱きついてきたみちるの背を、そして柔らかな髪をそっと撫でた。
 何度も、何度も。



あとがき



 新潟防衛戦に入れなかったぁあああああああああああああ!
 ほんと、すいませんっ!
 っていうか、伊隅大尉ってこんなんじゃねぇ!って仰る方、すいません!
 仰る通りだと思います!

 でも誰だってアレを知らされたら動揺すると思うんです。
 同じ女性なら泣いてしまうと思うんです。男でも辛いと思うんです。


 これから、真の意味でA−01のみちると、A−00の武は信頼し合って共闘していきます。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フラグ?
 さて。これをどう捉えるか(笑)