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白銀武の日記より
着物姿の好きな人って、襲いたくなるよね
悠陽に見惚れつつ、霞と祷子と美冴の着物姿を想像した時に思ったこと。
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10月30日 帝都城 斯衛軍シミュレータールーム PM16:00
BETAは倒せ。それは世界中の軍人の当然の意識であり、戦闘になれば誰もが真っ先に行うことだ。
先頭の突撃級から倒し、小型種に注意を払う又は薙ぎ倒しながら要塞級などを撃破して侵攻する。
戦線押し上げ時は当然ながら後退は問題外。殲滅を確認して侵攻する。そうでなければ背後からの攻撃で致命的な打撃を負う。
それは軍人として当然の思考であり、当たり前のマニュアルでもある。
それが、目の前で『当たり前のように無視』されていた。
「悠陽様! そこは相手しなくてもいいから、噴射跳躍で前方へと進んで!」
「承知しました!」
「真耶さんも! いちいち相手にしなくていいから! そこは要塞級の腕の隙間を潜って!」
「む、無茶をいうな!」
「ぬぅ、白銀ぃ! 前方に2万の群が来ておるぞ! こいつも無視するのか!?」
「紅蓮大将! 攻撃するのは足場確保だけにしてください。危ない時のみ対応して下さい! 神野大将も巌谷中佐も、もっと先行入力を行ってください! 特にハイヴ内では必須技術なんですから!」
「分かった!」
「了解した」
「唯依さんも! もっと先行入力とキャンセルを使って!」
「わ、分かりました!」
開始早々いきなり前方から襲ってきた軍団規模のBETA群を相手に、一斉射撃を始めた一同。
そんな彼ら彼女らを無視してBETAを飛び越し、すぐに姿が見えなくなった武。
それからすぐに武が指示する声が聞こえ、全員がすぐに武の指示に従い戦闘を止め、一斉に飛び越えた。
しかしやはり手は出してしまうようで、あちこちで大群のBETAを相手にしていた。
すると武が前方から戻ってきて、悠陽と唯依の傍に付いた。
XM3に不慣れな面子ながらも、持ち前の技術の高さから徐々に対応していく。武自身、彼らの能力の高さを知っていたが、それでも何度みても舌を巻く。
しかし、悠陽と唯依はやはりこの面子の中で実力的に劣る。
故に武はさっさと先に行かず、2人の傍で援護を行いつつ、細かな助言をしていた。
一方で一同は武の実力に驚嘆の声しか上げられなかった。
まずハイヴ内という全人未踏の領域、しかもSSS難度という桁違いの領域において、武は全員の機動を見てアドバイスすら出す余裕がある。
また偉そうに指示を出すだけではなく、実際に自分で踏み込んで手本すら見せるほどだ。
それぞれの挙動に対して細かなアドバイスを送れることから、どれだけ戦術機に熟知しているのか。どれだけ慣れているかが伺える。
また彼が誇る最大の優れた点。
それはそのトリッキーかつ大胆、そして予測がつかない機動にあった。
ハイヴ内の横隔壁をつかって、弾かれるように跳ぶ壁蹴り。
天井へ足をつけ、逆さま状態で下へと突っ込んでくる、常軌を逸した動作。
それらを使った連続の壁蹴りは、まるでパチンコ玉のごとく縦横無尽に動き続ける。
機体に過度な負担を掛けているように見える機動も、よくよく見ると接地の瞬間に逆噴射させることで緩和している事で軽減している。
武道を嗜む紅蓮たちにとって、武の機動は無駄だらけでとても褒められたものではない。武道とは、人の無駄な動きを削いでいき、最小限の動きで最大の威力を発揮するように、それぞれの流派で研鑽が積まれている。
しかし実際の事実として、武を誇る紅蓮たちはハイヴ内において武に付いて行けず、その無駄だらけの武は死を恐れない動きで敵の懐を掻い潜って先行する。
つまり、普通の機動をしている紅蓮たちでは、ハイヴを最速で侵攻することはできないのだ。
そして侵攻が遅れるということは、それだけBETAを相手にするということである。
武を誇り、斯衛の誇りと矜持を持つ紅蓮や真耶は、子供に助言されるという屈辱の状態であった。
またモニター観戦中の夕呼はそんな状態にニヤリと笑っていて、妙に得意気だった。
榊首相はその事実に驚愕し、鎧衣課長は何も言わずに真剣な表情で見詰めていた。
だが武に欠点がないのかといえば、実はそうでもない。
開始から3時間、子供の身体にはムリが祟って来たのか疲労の色が濃く、動きの精彩が欠けてきたのだ。
全員に絶えず指示を出し、またいらぬ動きで手本をみせたりするのは当然体力を消耗させ、いくら鍛えてある身体でも疲労は思考を鈍らせる。
それでも撃墜されないのはさすがであるが、目に見えて疲労は濃いのが誰にでも分かる。
現在地は中階層。
既に巌谷や月詠は撃墜。悠陽や唯依は一部機体が破損、既に撃墜は時間の問題。紅蓮や神野も既に推進剤が尽きかけていて、これまた時間の問題。
その状況において、白銀武も推進剤の消耗が激しいが機体は無事、まだ戦える状況にある。
遭遇したBETAは総合でおよそ10万強。撃破個体数は自爆で道連れも加えて2万強。
撃破数はやはり紅蓮と神野が群を抜いているが、それだけ弾薬や推進剤を消耗しているということ。そして無視して侵攻ということが出来ていない証明でもある。
武は前衛装備であるので、破壊力と貫通力に欠ける。フェイズ4のハイヴとはいえ、オリジナルハイヴのように視界一帯をBETAの波が襲ってくることはない。
しかし、数が多いということは、平面ではあるが敵がぎっしりといるということであり、それだけ一掃する火力が必要になるということ。
神野が落ち、紅蓮が落ちた。悠陽を庇った為に。
武も悠陽と唯依を守りながらルートを必死に空けるために戦った。
だがどれだけ奇抜な機動と卓越した実力をもつ武も、己の愛機―――デスティニーという破格の突破力を誇る愛機と援護がない状況では侵攻はできない。
悠陽の機体が動作不良を起こした瞬間、武が襲い掛かってきた突撃級の間に入って悠陽を庇い、吹き飛ばされた場所で自決した。
その直後に悠陽も唯依も自決し、結局は中階層を少し超えたところで作戦終了となったのだった。
「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
シミュレーターから出てきた悠陽や紅蓮たちは夕呼たちの居る場所で談笑し、新OSのXM3を絶賛した。
悠陽や唯依もその会話に加わっていたが、武がなかなか降りてこないことが気になっていた。
しばらくして、ようやくシミュレーターから降りてきた武であったが、僅かなうめき声と共に膝を着いた。
「大丈夫か、白銀」
「少し無理をさせたようだ。まだ白銀は子供。身体が出来てない年齢では長時間の戦闘は辛かろう」
「そうですね。それにあれだけ私達に指示を出して、XM3の仕様を戦闘中に叫んでいたら疲労が溜まることは当然です」
「大丈夫? 武君」
唯依が駆け寄り武を咄嗟に支える。この役目は霞のはずだがこの場にはいないので唯依が図らずも代役になった。
神野や真耶も近寄り心配する。そして改めて感じた。
目の前の子供は小さすぎる。鍛えた身体ではあるが子供相応の細さがあり、とても頼りない。
今のシミュレーターで、見事な戦いと指揮を見せた少年とは思えない。戦闘中はとても頼りがいのある少年が、今は見る影もない。
汗がびっしりとこびりつく額を武は雑に拭うと、疲労を隠せずに頷く。
すると、紅蓮と神野の巨漢に隠れた先にいる夕呼から、低くドスが効いた声を投げかけられた。
「・・・・・・白銀」
「!」
「・・・・・・情けない姿、見せないで。ガッカリさせないで」
「すいません」
その声は底冷えするような、そんな声だった。
幼い子供への容赦ない言葉に声を失う一同を尻目に、武はハッと目を見開き、フラつく足を一発殴り、自分の頬を拳でさらに殴って無理やり身体を起こす。フラッとする体を無理やり力を入れることで堪えた。
そして何事もないように歩いて夕呼の傍に行き、静かに控えた。
「・・・・・・・・・・・・」
少し気まずい雰囲気が流れる。
夕呼の容赦ない言葉、それに応える武の気概と意思。2人の間にある、理解できないが確かにある絆らしき雰囲気。
榊首相も、あの鎧衣課長ですらそれを確かに感じていた。そしてその姿勢は、鎧衣たちに好感を与える。
一方で、それまで武をどこか信じられなかった月詠真耶は、意外にも夕呼を睨みつけていた。
少し怒っているようだが、武には何故かは分からない。
「ふむ・・・・・・とにかく! 新OS、XM3の有用性はよく解った! これまでのOSなど霞んでしまうほど画期的なものであった事に異論はない!」
「同意権だな」
「開発責任者の立場で言わせて貰うなら、これほど異常なものはなく、また革新的なものであると断言しよう」
「未だ未熟で守られていた私ですが、それでも中階層まで至れたこと。それだけでこれまのシミュレーターとの相違点であるOSが優れていることが証明されていましょう」
「私は殿下と同じ意見であり、殿下の決定に従います。そしてなんらそれに対して異論はありません」
「中佐と同じ技術部に所属したことがある者として、私はこの新OSにとても興味惹かれました」
紅蓮が場に漂う微妙な空気を腐食するように大きな声で言うと、神野、巌谷、悠陽、真耶、唯依が各々に感想を口にする。
悠陽や唯依は頻繁に心配そうに武を見るが、本人は無言で何も言わず、ジッと目を伏せてたたずんでいた。
「なら、予定通りに導入の方向でよろしいですね?」
「ああ、急いで情報が漏れないような体制を敷き、秘密裏に導入しよう」
夕呼の確認に巌谷が頷き、全員がそれに同意するように頷いた。
そして書類にサインをし、夕呼はそれを受け取って鞄に入れた。
それからは、一通り今後の予定を決め、これからは特別回線を引いて連絡を取り合うとし(盗聴などを避けるため)、お開きになる時であった。
扉から外に出ようとした夕呼と武に、背後から声がかけられた。
それは、鎧衣課長であった。
「香月副司令・・・・・・貴方はついに口を開きませんでしたが、未だ隠していることがあるはずですが?」
「・・・・・・何のことかしら?」
夕呼はとぼけた口調で言うが、鎧衣課長はいつもの声質ではなく、真剣な時の眼光と声を発していた。
「貴方は日本の5大重工業を挟まず小企業ばかりに目をつけ何かを買い付け、国連の伝手で海外から戦術機の各部兵装からネジの一本に至るまで、貴方自身が直接買い付けに行かれた。お陰で情報省といえど貴方が何をしているのか、さっぱり全容がつかめなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「1年前から急に横浜基地のセキュリティーを、S4レベル以上のフロアから徹底的に厳重にし、私も全く手が出せなくなり、それと平行するかのように本日発覚した第4計画完遂間近の報」
「・・・・・・・・・・・・」
「答えは返ってくるとは思えないが、一応聞いて置きたいですなぁ。国連は・・・・・・いや横浜基地は、貴方は何をやっているのです?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そしてその白銀武の存在・・・・・・横浜の魔女である貴方が見せる、彼への信頼。今日だけで私は貴方の人物像が大きく崩されましたな、ハッハッハッハ」
シーンと静まる場。紅蓮や悠陽はただ静観し、夕呼を観察した。
夕呼は鎧衣へ壮絶な色気を纏った笑みを返してこう言ったのだった。
「秘密よ秘密。
―――良い女には秘密が付き物なんだから」
鎧衣は虚を突かれ、少し呆気にとられた顔をし、そして笑った。
「おお、これは失礼。そうでしたな。香月副司令が美しいのはそのような美容方法でしたか」
「分かればいいのよ、鎧衣課長。では失礼」
そう言って、夕呼は扉の向こうへと消えていった。
そして武は夕呼と同じように振り返って言った。
「それじゃ、皆さん。お世話になりました! またね〜。
―――あ、夕呼先生、待ってくださいよ! ・・・・・・え? ガキっぽい? ひどっ!」
武は天真爛漫な笑顔を浮かべて手を振り、子供のように笑って出て行った。
子供のように手を振って走っていく武を見て、唯依と真耶は口元が緩んでしまったのだった。
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10月30日 PM23:30 国連軍横浜基地 副司令執務室
「ちょ、そこで普通投げるか!?」
「ふふん。勝負は非情なの。これであんたも挟まれて終わりね」
「ア、アッ―――――――」
ドカーンという激しい爆発と共に、黒スーツを着込んだデフォルメキャラの『黒ボン』は爆死した。
武が持ち込んだ液晶TVに映るのは『1PWIN』の文字。
画面の端には、黒、青、赤のキャラクターが間抜けな顔で蹲っていた。
そしてその光景に愉快そうに笑うのは、我等が香月夕呼。たった今やられた白銀武とそのちょっと前に時限爆弾え焼き殺された社霞。スタート早々に爆弾を置いて自爆したイリーナ・ピアティフ。
そう。
これは武が持ち込んだゲームを、帝都から帰ってきて武の自主訓練を終えて書類もすべて片付けた後に休憩がてらやっていた。
そのゲームは『ボン○ーマン~オルタネイティブ~』。
ほぼゲーマーなら誰もがやったことがあるだろう、多人数プレイが一番面白いゲームである。
なぜこんなゲームをやっているのかといえば、帝都から帰ってきた夕呼はさっそく書類を纏める仕事に入ったのだが、終わってみるとストレスでイライラがとまらなかったのだ。
まあ、大半の理由が格式ばった対応をした所為などが上げられる。
とにかく、それらのストレスでイライラしっ放しだった夕呼。するとふと視界の先に、武が持ち込んだゲームが目に入ったのだ。
ゲームに興味が沸いた夕呼は、ソフトと睨めっこを繰り広げていた。
すると、夜の訓練で体力作りに勤しんでいた武が、シャワーを浴びた後に霞と一緒に執務室に入ってきた。
ゲームするわよ、という言葉に武と霞は頷き、いったん夕呼もシャワーを浴びてきてスッキリする。その間に武はTVを繋いでゲームのセットを。ソファーを綺麗にして酒のつまみも用意する。
夕呼が戻ってきてビールを片手に準備万端。武の説明からボン○ーマンを選んだ夕呼は、さっそく3人でプレイした。
最初は夕呼も霞も動かすことすら四苦八苦していたが、能力の高さからか、次第に動かせるようになり、かなり高度な攻防を繰り広げるようになった。
すると資料も全て纏め終わり、帝国へのXM3譲渡から今後の行動計画書を纏め終わったピアティフが報告書を持ってきたのだ。
彼女はゲームに呆気に取られ、そして玩具発見という夕呼の怪しい目の光りに気がつかずに捕まった。
つまり強制的に参加させられたのだった。
「ピアティフ〜。あんた案外、手先が不器用なのねぇ」
「うっ。いえ、副司令。これはとても難しいですよ」
「でもスタート早々に爆弾置いて爆死するなんてねぇ」
「うぅ」
「いやいや、夕呼先生だって最初は同じことやったじゃないですか」
「うっさいわね白銀」
「・・・・・・安心してください、ピアティフ中尉・・・・・・・・・・・・私も同じこと、結構やってしまいました」
霞が肩をポンポンと叩いて、微妙に優しい笑顔(傍目には無表情)で語りかける。ピアティフは逆にショックを受けた。
それからはもう酷いものだった。
あちこちでドッカンドッカン爆発させ倒しまくるものだから、4人とも白熱してしまい、結局、就寝時刻は夜中の3時だった。
「ゲーム・・・・・・侮れないわ。こんなことに貴重な時間を使ってしまうなんて」
「うぅ。明日も訓練だというのに、俺なにやってんだ」
「・・・・・・眠いです」
「明日は早いというのに、私なにやってるんでしょう・・・・・・」
しかも夕呼のみならず、全員が微妙にアルコール摂取しているのだから、完全に二日酔いになりそうだった。
ちなみに、霞のほろ酔い状態――頬をほんのりと赤らめて潤ませた瞳など――はとても色気があって可愛すぎて、あやうく武は自制心を無くし掛けたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
10月31日 AM9:00 90番格納庫整備班休憩室
オルタネイティブ第4計画に携わる整備員。その整備員を纏める整備班班長の師岡は夜通しで行われた整備の疲れを癒すように、休憩室で椅子に座ってタバコを吸っていた。
師岡は整備員として帝国で働いていた過去を持つ。整備員の中では重鎮に数えられる人であり、彼は香月夕呼の説得により、わざわざ帝国内の同僚や恩師を裏切って国連軍横浜基地の第4計画専属整備員になった人物であった。
もちろん整備員としては最古参なだけはあり、技術も情熱も整備員の中でなら誰にも負けない40台の中年男性だった。
そんな彼はもちろんのことだがA−01部隊を発足当初から面倒みてきており、そしてその人員が怖くなるほどの速度で喪われていったことを間近で見てきた。そして戦うことは叶わなくとも、心は衛士たちと共に嘆き悲しんできたつもりだ。
第4計画に関係する人、つまり文官や衛士、整備員は外部との連絡が取れず、自由はないといってもいい。
もちろんそれはストレスが溜まるが、しかし基地内ではなかり優遇されており、そこは快適といっても良かった。
そしてここ1年。
新人連中もようやく使えるようになってきた昨年、整備員の仕事が大きく変わった。
もちろんA−01部隊の不知火の整備の仕事はある。しかしそれとは別に、自分達のボスである香月夕呼が突如齎してきた、とある『設計図』により整備員の空気と仕事内容が急変したのだった。
その設計図とは―――戦術歩行戦闘機新型設計図『ZGMF-X42Sデスティニー』
世界のどこにも存在しない、完全新型の戦術機の設計図であった。
それを見たときの整備員の心は一つで、正気か? と、本気か? であった。
普通ならバカバカしいと一笑に伏すところが、稀代の天才にして異才、魔女といわれる横浜の副司令が自信満々で提示してきたのだから、無視はできなかった。
そしてその機体の仕様を見て、整備員一同は興奮の渦に包まれたのを、師岡は昨日のことのように覚えている。
自分達の手で、完全オリジナルの機体を作り上げるのだというのだから、それは絶叫したものだ。
それから数ヶ月は寝れない日々が続き、まるで狂ったかのように新型製造に取り掛かったものだ。
皆で試行錯誤を繰り返し、討論を繰り広げ、まさに充実した日々であった。
そしてついにロールアウトの目処が立った。もう数日すれば、機体は完全に利用可能となる。
整備員の若い連中も満足気が顔をして、各々が死んだように眠っている中、師岡は目前にそびえ立つ、カバーをかけられ隠された新型に目をやった。
―――ゾクッ。
思わず寒気がした。
「・・・・・・このイカれた機体を動かす衛士ってのは、どんな馬鹿なんだ」
苛立つように吐き捨てていた。
玩具を与えられていた子供のようにはしゃいでいた整備員だったが、ある日『ソレ』を組み込んだときに、全員が恐怖したのだ。
空を飛ぶという、馬鹿げた仕様のフライトユニット。
脳に挿して神経系と直接繋ぐ、神と両親への冒涜行為の操縦室。
不知火の最高出力の5〜10倍以上の、身体を大切にしない仕様。
下手したら自爆行為となるかもしれない、広域殲滅兵器の数々を搭載する行為。
師岡は、いや整備兵たちは作り上げてようやく気づいたのだ、この自分たちが作った機体の恐るべき常識はずれの仕様に。
(こんな機体に、もし知り合いや娘や息子、孫が乗ることになったら・・・・・・・・・・・・っ!)
思わず叫びだしそうになった。合成コーヒーを握りつぶし、ゴミ箱に叩き入れる。
「師岡さん」
「・・・・・・ああ、黛か」
振り返ると、師岡の後ろには黛という男がいた。彼は30代中盤でありながら師岡の次に腕が良い男だった。
まじめな性格であり、だが優しいところもある黛は、若手の連中からとても慕われていてとても面倒見が良い。
彼も今まで点検作業をしていたようで、疲れたように傍にやってきてコーヒーを啜り、ぼんやりと機体を眺めつつ言った。
「自分は・・・・・・新型製造に関われて光栄に思ってます」
「・・・・・・」
「けれど、本当にこれを作ってよかったのか、そして副司令は何を考えているのか、俺は・・・・・・正しいことをしたのか、そう考えています」
「・・・・・・そうだな」
狂ってる。
こんな機体をまともに動かせる衛士など、いるわけがない。
師岡も黛も、お互いに言葉にしなくても伝わっていた。
2人の間に重い沈黙が漂う。すると視界の隅に人影が飛び込んできた。
特徴的な銀色の髪で整った顔、一家に一台のお人形といってもいいほど可愛らしい容姿の少女と、見たことがない顔の少女と同年齢ほどの男の子。
2人は仕官服の格好をしていて、腕の腕章には第4計画の関係者だと分かるものがある。
少年と少女は共に、黒いカバーをかけられた機体を眺めている。
新型は、正直にいって派手だ。
武御雷を除いた戦術機はほとんどが一色統一されている。武御雷は一色で紫・青・黄・赤・白・黒で判れており、文字通りの色で統一されていた。
たしかに武御雷は派手ともいえる色だろう。だが目の前の新型はそれすら一蹴する、ある意味で衛士を馬鹿にしているかのようなド派手な塗装がされている。
副司令曰く。
「見た目が美しいのも重要よ。一色なんてダサイじゃない。センスないのよ、センスがね」
――――らしい。
BETAを討つ戦術機に見た目が美しいも糞もへったくれもないと思うのだが。そう突っ込もうとした師岡だったが、怖くなってやめた。
そんな機体を見て、少年少女は何を思うのだろうか。そんなことを考えていた。
すると少年はその機体に近づき、額を装甲に付けて何かを呟いていた。儀式のような、話しかけているようにも見えた。
少女の方はどこか悲しそうな顔をしながらも、それでも口元を緩ませていた。
「・・・・・・・・・・・・まさか、な」
2人のその姿を見て、脳裏に過ぎった馬鹿な可能性をすぐに打ち消した。
そんなはずないじゃないか。
あんな子供2人が搭乗して、戦うなんて。
そんなこと、ある訳がない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
10月31日 PM00:45 シミュレータールーム
「どうよ、白銀! この私の強さ!」
「・・・・・・ええ。まだ2日しか経ってないのに驚くべき成長だと思います。先行入力やコンボの使い方も出来てますし」
「ふっふ〜〜ん!」
「ただ・・・・・・その目の下のクマを見ると、よほど苦労したみたいですが」
「うっ」
水月が得意げに胸を反らし、その豊満なボディに思わず視線を反らしつつ突っ込む武。
連携訓練とヴォールクデータを終えた伊隅ヴァルキリーズとA−00の武はシミュレーターから降りて談笑していた。
遠くで伊隅と霞がデータを片手になにやらやっている間に、水月は武に見せ付けるかのように言ったのだった。
しかし武の突っ込みは真実を射ていたようで、水月の目の下のクマはすごい。茜や巻き添えを食らったらしい築地もクマが酷い。
苦笑している柏木や麻倉、高原は武の指摘に頷いていた。
(くそっ・・・・・・今更強化服程度になにをそんなに動揺する! こんなの見慣れているはずだろうが! やっぱ精神が肉体に引っ張られてるのか?)
武は思わず毒吐く。正直な話、武は数千という女性衛士の身体を見てきた。そして百以上の女性を抱いてきた。
ハイヴに潜る任務の前など、相手を求められたのだ。死ぬかもしれないから、思い出作りにと。
それこそ水月よりも豊満な外人女性や、ロリッコ巨乳、ツルペタ娘やスレンダー美人、ふっくら母性体型の人など。
つまり、慣れているはずなのだ。
だが水月の・・・・・・いや、正直にいって伊隅ヴァルキリーズ一同の強化服姿を見ると、何故か鼓動が早まる。
それはつまり、テレているということ。反応しているということ。
これでは―――初めて強化服を着た時の昔の自分じゃないか。
帝都での体力の消耗といい、この状態といい、『幼児化』というのは想像以上に面倒な事態を起こしていると、武は実感していた。
「・・・・・・」
「・・・・・・く・・・・・・くん・・・・・・・・・・・・た・・・・・る君」
「・・・・・・」
「武君!」
「うわっ!?」
ボーっとしていたようで、目の前には祷子が覗き込むように心配した顔を浮かべていた。
「大丈夫?」
「あ、はい、もちろん。ちょっと考え事してました」
「無理しちゃダメですからね?」
「もちろん・・・・・・・・・・・・っ!」
「?」
「いえ、なんでも! さて、霞も来たことだし、次の訓練にはいりましょうか!」
視線の先に祷子の胸が、しかもうっすらと先端までの光景が、屈んだ所為でまるでセクシーポーズの構図で見えてしまったのだから、武としては慌てるしかなかった。
自分を罵倒した直後に同じ反応だったので、武は地味に落ち込んだ。
武が微妙にやらしい思考を追い出して妙にテンション高く言い放つと、横から戦闘データをもった霞と伊隅がやってきた。
なんだか、霞の目が少し怖い。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「え、何だべ、この空気?」
「築地、空気読め」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
事情は察せないが、なんだか霞が怒っているのは感じることができる一同。
美冴が鋭い突っ込みと共に築地の脇腹に手刀を叩き込み、築地はゲハっと唸り声を上げて撃沈した。
そんな漫才を他所に、兎の霞が獅子を追い詰めた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・ごめんなさい!」
呆気なく敗れた武は電光石火の勢いで土下座した。
見事な土下座っぷりに、ヴァルキリーズの面々は呆気に取られた。正にポカーンが妥当だった。
「・・・・・・私だって・・・・・・もうちょっとすれば・・・・・・なんです」
「いや、ほんとスマン、霞」
「・・・・・・エッチィのはダメです」
「はい、反省してます」
横浜基地最強の人物は誰なのか、それが判明した瞬間だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
10月31日 PM00:45同時刻 PX
「皆、総合戦闘技術評価演習まで、もう4日を切った。準備は出来てるわね?」
PXで昼食を摂りつつ、近日に迫った重大な試験について口を開いたのは、207B分隊の部隊長・榊千鶴。
大きすぎる眼鏡をくいっと直して、部隊のメンバーを見回して言った。
「僕はちょっと体力面に心配あるけど、技術と根性でカバーするから大丈夫だよ」
「うん」
「・・・・・・うん」
「私も!」
退院したばかりの鎧衣美琴は少し不安気な表情をしながらも、前から他者より絶対的なアドバンテージを持っていた自信があり、それ故に大丈夫だと確信があった。
冥夜や彩峰、珠瀬もそれに頷き返す。彩峰や珠瀬の眼光や鼻息が少し荒いことから、試験に対する意気込みを感じられる。
「今更言わなくても分かってるだろうけど、もう一度言っておくわ。私達はもう後がない―――だから全力で合格を掴みに行くわよ」
「当然だよ!」
「・・・・・・あのガキを見返すためにも、こんなところで躓いてられない」
「そうですよね!」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女たちは一部屋に纏められて以来、絶えず喧嘩してきた。
意見をぶつけ合い、お互いに飾らない言葉で相手の痛いところや悪いところを突っついてきた。
それ故に、以前なら榊と彩峰の意見が合致するなど大変珍しかったのだが、今はおかしくもなんともない。
それは、全員に共通の意識があるから。
「そうね。はやく合格して任官して、あんな子供なんかよりも上官になってやりましょう」
「言われるがままなんて悔しいです!」
「・・・・・・ちょっと武道を嗜んだだけの、親の権力に笠を着た子供ごときに負けてられない。次に会ったら訓練と称してボコボコにする」
「う〜〜ん、僕は直接言われてないから何ともいえないけど、でも悔しいからがんばるよ」
「・・・・・・・・・・・・」
かなり際どい発言をする彩峰。
基本的に負けず嫌いな207B分隊の一同は、程度の差はあれ基本的には皆が同意していた。
しかし、その中で唯一発言していないものがいた。
その人物は、冥夜であった。
(・・・・・・中尉はあの時、仲間たちともう一度話し合えと仰られていた。意見をぶつけ合えと。あれ以降、たしかに我々は部屋で中尉の陰口を叩きつつも意見をぶつけて、以前とは比べられないほど結束できているごとと思う)
その動機が正しいのかはさておき、確かに自覚していた信頼関係の欠如という痛い点は、多少は改善されている。
もし万が一、それを見越しての言葉だったとしたら?
(それに月詠が言っていた。あの中尉には近づくなと。けれどその言葉に関しては異論もなかった。それはその意見に関しては同意見ということではないだろうか)
冥夜は思い出す。
齢い12歳程度の子供の、その苛烈な眼光と覇気。そしてその近接格闘術を。
舐められた言葉を投げかけられたから見逃しがちだが、だが実に自分達の痛い点を突いていたではないだろうか。
(榊と彩峰の個人的思考に嵌り易いところが無能、それを諌めずに前回では見切りをつけた私も無能、何もせずに差し障りのない言葉しか言えなかった珠瀬も鎧衣も無能、そういうことではないだろうか)
例えば、幼い頃から何度も見る機会があった斯衛軍の衛士などはどうだろうか。
徹底的に部隊長の命令には厳守し、そして更に上位の武家の言葉にも絶対厳守。
されどお互いに操作方法に関して切磋琢磨する日々。遠慮のない罵倒も飛び交っていて、軍隊の中でも格別な厳しさがあるように思えた。
そんな中に今の自分達が入ったら・・・・・・?
決まっている。
度々修正され、罵倒されるだろう。
己の意見しか耳を貸さない部隊長などいらない、上官の命令を聞かない部下などいらない、仲間のフォローをしない隊員などいらない、意見などしない部下などいらない。
―――つまりは、使えない。
幼い中尉の姿が脳裏に浮かぶ。
苛烈でギラギラした瞳。態度は厳しく、近接戦闘に関しても優秀。
自分達のことを知っているように欠点を突いてきたことから、資料を閲覧できる立場にいるのだろう。
つまり―――あの中尉は優れた正規兵である。
(・・・・・・・・・・・・?)
「御剣?」
「・・・・・・ああ、いや。なんでもない。私も全力を尽くす。皆で一丸となって乗り切ろうぞ」
何故だろうか。
あの中尉の姿、どこかで見たことがある気がしたのは。
遠い昔。
どこかの街で会った事があるような。
その違和感が冥夜の脳裏を占領していて、結局は皆の意見に同意したのであった。
あとがき
次回は総戦技演習終了と、ついに新潟上陸戦・・・・・・に入れたらいいなぁ。
きちんと戦闘シーンは入れます。
今回は武が子供となったことによる、マイナスの点を浮き彫りに。
エロを少しだけ。帝国との連携とコネを。
そしてデスティニーがついに対面しました。