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 白銀武の日記より


 子供って本当に不便だよね、年齢規制の商品も買えないから。

                  エロ本を買おうとして、霞と同室の理由から隠し場所がないことに気が付いた時のこと

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 10月29日 PM22:00 帝都城将軍専用執務室


 帝都城の将軍の私室にて、日本国民の心の拠り所であり、日本帝国国務全権代行にして国の象徴である征夷大将軍・煌武院悠陽は手元の白い紙を読み、考え込んでいた。

 国内を纏められず、いろいろな派閥が混在し、榊是親には国務を任せている状況。
 前代の征夷大将軍から続いているとはいえ、悠陽は心を痛めていた。
 国民に負担を強いている現状、他国に内政が揺らいでいるところを見せてしまっている状態、何よりBETA戦争の危機的状況。実態は違うとはいえ、国のトップに立つ者として責任を全く果たせていないことに、悠陽は毎日必死に足掻いていた。

 そんな今日、1時間ほど前に悠陽の元に一通の報告書が上がってきた。
 それは自分の妹のこと。五摂家の一角である煌武院には古くからのしきたりがある。それは双子は忌み子であるということ。双子の妹である悠陽の実の妹、冥夜は現在は国連軍にいる。

 五摂家の権力者たちから迫られ、断腸の思いで冥夜は国連軍に預けられた。
 妹はそれも運命だと云わんばかりに素直に受け入れ、姉妹は生き別れる運命を辿っている。そこで古くから親交がある五摂家より一つ格下の武家・月詠家、そこの悠陽自身も知り合いであり信頼している月詠真耶、彼女の従姉妹でありもちろん悠陽自身も信用している真那が冥夜の護衛についているのだ。
 そんな真那から定期的に報告が上がってくる。今読んでいる紙はまさにその報告書であった。

 どうやら我が妹は日々を元気に研鑽を積んでいるようで、悠陽としては喜ばしい限りだ。
 しかし最近、急に個室割り当てが当然であった冥夜や榊首相の娘たち、その彼女たちが一室に纏められ、ギスギスした空気が隊に漂っているらしく、あまり良い状態とはいえないらしい。
 さらに昨日、身元不明の12歳程度の少年の中尉が現れ、直々に訓練相手をして叩きのめしたらしい。冥夜はその際に腹部を強打されたということだ。

 そこで月詠は得た名前から検索をかけたところ、白銀武という名の人物は過去3人ほど引っかかり、現在は誰もが死亡しているということ。城代省のデータベースには白銀武という名の人物は一人だけ登録されており、その人物は顔写真と個人情報まで登録されているが、件の中尉と顔が似通っている事。ただし、年齢が一致せず、不穏な存在であると考えられるということ。
 米国関係者だと想像した真那はすぐに副司令に面会を求め、個人情報をでっち上げたと考えられる第4計画最高責任者の香月夕呼にどういうことかを説明求めたところ、まともな回答を得られなかったという。
 ただ第4計画に深く関わっている自分の切り札だということを云っていたらしい。
 しかし真那本人の考えとしては、件の白銀武は米国もしくはソ連の手先であり、横浜の女狐はそれをわざと受け入れ、冥夜の存在の情報を渡して、見返りに横浜は研究費を受け取っているのでは、ということだった。

 一通り読み終えた悠陽は、一息吐いた。

(あの香月博士が米国からお零れを預かるために敵を受け入れた? それは有り得ないでしょう。第五計画が存在している現状でそれはあまりにも有り得ない選択です。どうもあの者は冥夜のことになると、視野が極端に狭くなりますね・・・・・・)

 もちろん真那の心配も分かるのだ。そこまで疑いたくなる気持ちもよく分かる。
 確かにその件の中尉は怪しいだろう。何のために訓練兵の元を訪れ、訓練を施す意味があるのか。
 冥夜の価値は計り知れない。将軍のかくされた妹ということは使い道がたくさんあるのだ。
 しかし、だ。
 いくら「横浜の魔女」や「女狐」の異名を持つ香月夕呼であろうとも、貴重なスポンサーである榊首相の娘がいる部隊に、スパイなど入れたりする愚行を犯すだろうか。
 ―――否。
 一度だけ、オルタネイティブWが発令する際に会った時に見た彼女は、そのような愚かな人物などではなかった。
 さらに帝国と横浜基地との協定で、冥夜は預かっている関係だ。自分が不利になることなど、あの己の責務を最大限に果たそうとしている女傑が犯すはずがないのだ。

 だから少なくても、香月夕呼にとっては害にならない存在であり、それは引いては帝国にとってもマイナスにはなりえない。

 だがおかしい存在なことに違いはない。
 故に悠陽はどうするか考え込んでいたのだが、部屋の外から見知った人物が声をかけてきた。
 それは付き人でもあり帝都守護御庭番の月詠真耶であった。

「悠陽様。真那からの報告書にあった内容、ただちに調査しましたが、現時点で件の白銀武なる人物の過去を洗い出しましたが、何も出てきませんでした」
「…………そうですか」
「個人の遺伝子情報を検索かけたところ、やはり1998年の横浜侵攻の際に死亡した白銀武と同一人物のようですが……妥当なのは、クローンでしょうか」
「…………」
「ですがそれなら、これまでに情報部―――鎧衣から情報が上がってこなかった事を考えるとその可能性は低そうですが……まるで突然湧いて出てきたような」

 もちろん、あの香月博士が本気で情報を隠していたなら、上がってこないのは当然なのですが、と真耶は添える。
 その通りですね、と悠陽は返してフムとうなずく。

「真耶さん」
「はい」
「実は先ほど、この手紙を受け取る前に横浜基地の香月博士から連絡が入りました」
「…………どのような用件で?」
「明日に面会がしたいそうです。そして同席を求められたのは私、紅蓮、巌谷、 榊是親、そして真耶。あなたです」
「私もですか?」
「そのようですね。明日は同席なさい」
「かしこまりました」

 ――――さて、何が出るのか。
 悠陽は目を細めて噂の少年の顔写真を眺めた。






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 10月30日 AM08:15 国道186号線 車内



「そういえば、“居候”させてもらってる月詠中尉だけど、あんたの事について噛みついてきたわよ」
「ああ、やっぱりですか」

 いちいち居候という言葉を強調する夕呼。よほど面倒臭いことがあったのだろう。
 武は苦笑しつつ何があったのか尋ねた。

「要約するとこんなところね。
・あの子供はどこの誰か
・冥夜様にどこぞのスパイを近づけて、国連は何を考えている、この米国の手先め。
・クローン技術を持ち出すとは、そこまで落ちたか。
・吐かねば斬る。
 こんなところね…………ねぇ、月詠中尉ってあんなに使えない軍人だったっけ?」

 この場で月詠が聞いていたら烈火のごとく怒りだしそうなことを言う夕呼。
 だが武は大佐という階級に着いたこともあり、夕呼の言いたいことも分かる。

 月詠中尉は誰かの護衛ならば優能な人物だろう。
 ただし、それは月詠中尉を見捨てることを前提として、だ。

 彼女は冥夜に限っては盲目的すぎるほどの味方であった。それだけ月詠中尉にとって大切だということ。
 ただし、その大切さが故に、彼女を雇う側や派遣する側としては危険だ。
 彼女は護衛の冥夜のためならば敵を全力で排除しようとする。それは護衛という特性上を考えたら優秀かもしれない。
 だが何事にも限度や例外は存在する。
 それが今回のこと。

 彼女はあくまでの国連軍に居候の身である。冥夜が預けられた先に、監視と護衛の意味で帝国から派遣された斯衛軍衛士だ。
 つまりあくまでも客分であり、どこまでいっても無駄飯喰らいの居候者。
 それにも関わらず、1回目の世界からだが、武に向って高圧的な態度で「正直に言わねば排除する」などと殺害を仄めかしたり、治外法権下にある国連軍内で脅迫まで行う始末。
 あらかじめに断わっておく。
 彼女にその権利は1ナノもなく、またあくまでもそれを行えるとしたら、要人への暗殺行為があった時の現行犯のみだ。

 また彼女の前の世界までの行動は問題点がいくつもある。
 武は確かに不審人物だ。死亡した人物と同一の顔をもっていた。しかしあくまでも身分は国連軍横浜基地所属の衛士、または訓練兵だ。
 また横浜基地は『日本帝国』が主導のオルタネイティブWの基地だ。
 そして武の身分書き換えなどが、あの極東の魔女のおひざ元に入りこめるとしたら、それは彼女自身が書き換えたからに他ならない。
 運よく入り込めたとしても、武はA−01に配属された。それは身分が夕呼にとっては保障されているという証拠だ。

 つまり白銀武はあくまでもオルタネイティブ4にとって重要人物であり、彼を排除することは日本に弓引くこと、つまり反逆の意思と見なされてもおかしくない。

 いくら現状の日本が、征夷大将軍の悠陽の意志が蔑ろにされていようが、日本政府が招きいれた、日本が世界に認められて行っている世界のための計画なのだ。
 つまり計画の妨害は、日本が世界から孤立することを意味し、日本を守ると唄いながらも日本への反逆行為に他ならないのだ。

 そう。
 そんなことも分かっていない、いや、分かってはいるのだろう。
 だが彼女はそれよりも冥夜の命が大事なだけだ。

 しかしそれは軍人としては失格だ。
 斯衛の誇りだのと偉そうに言いながらも、自ら斯衛は無能で使えない集団だと言っているようなものだ。
 故に、使えない。
 夕呼はそう言っているのだ。

「そもそもさ、正直に言わないとどうなるか――――なんてさ、何様のつもり、あれ」

 眉を顰めながら不愉快そうに呟く夕呼。
 実はその言葉で夕呼は怒り、足元のボタンを踏んでMPを呼び出し、月詠真那を叩き出したのだった。

「げ……夕呼先生にそんなこと言ったんですか、月詠さん。はぁ〜〜〜〜」
「あんた、相当疑われてるわよ」
「でしょうね。おそらく訓練の時の模擬訓練が発端でしょう」

 武は頭をぼりぼりと掻きながら、めんどくさいことになったな、とつぶやいた。
 そんな武に、夕呼は心配ないわよ、と告げる。

「だからこそ今、こうして帝都城に向ってんじゃない」
「ああ、なるほど。クーデターや復権について画策するために会うんじゃないですね」
「もちろんそれもあるわ。当然でしょ」
「……ですね」
「どっちにしろ、近日中にあんたの元に月詠中尉、行くでしょうね」
「そうでしょうね。前の世界では・・・・・・吹雪搬入の時でした。今回はどうなることやら」

 そこで一息吐く。
 すると夕呼がニヤっと笑い、車の中でズリズリと近寄って来た。
 中央の山に座る感じになり、右側にいた武の肩を組んで言う。

「でさぁ〜〜〜、どうだった?」
「………………………………何がです?」

 当然警戒する武。だが悲しいかな、すでに己の未来が見えるのは。
 夕呼の頬が武の頬にスリスリと重なり、彼女の猫撫で声が続く。

「誤魔化したって無駄よ。見たんでしょ、まりものハ・ダ・カ」
「それかよ!?」
「それ以外に何があんのよ」
「…………」

 あるだろ色々と、そう突っ込みたい武であった。

「で、どうだった? 欲情しちゃった? イヤねぇ。元自分の担任教師に欲情するなんて」
「あんたの所為だろ!?」
「あら、私の所為にするんだ? へぇ〜〜〜、いい度胸ねぇ」
「…………ごめんなさい、もう言いません! だからこれ以上はっ!」
「分かってるわよ。次は涼宮姉とかに、一緒に入るように命令しておくから」
「わかってねぇえええええええええええええええええ!」

 武の絶叫に、運転中のピアティフはクスッと笑った。







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 帝都。
 それは京都陥落の際に首都が移され、西日本の移民も多く住んでいる。正に将軍様の御膝元だ。
 その帝都城の謁見の間にて、香月夕呼と白銀武は通された。
 厳重な身体チェックに夕呼は「めんどくさいわねぇ」と文句垂れ、武はその度に宥めた。
 謁見の間はまさに豪華絢爛。古来の旧建築様式が色濃く残っており、まさに日本臭さが残った間だ。武としては京都の神社仏閣を思い出す。
 その一際広いところ、暖簾の向こうに日本帝国征夷大将軍の悠陽はいた。そしてその隣にはお付きの妙齢の侍従が一人。反対には護衛の月詠真耶。そして武たちが室内の中央にやってくると、そこを取り囲むかのように、それぞれ室内の両端には五摂家を始めとした、華族や武家の高齢な男や女が取り囲み、まさに権威を見せ付けるかのような物々しさだった。
 そして上座というべき位置には紅蓮大将がおり、その近くには神野大将など最上位の左官がいる。
 また紅蓮大将の近くには榊是親首相もおり、層々たる顔ぶれだ。
 そんな圧力でもかけるかのような物々しさに、夕呼は薄笑いを浮かべつつ一礼して正座した。武は彼女より一歩引いた場所にて同じように一礼して座る。

 物々しい雰囲気の中、謁見が始まった。
 侍従の女性が前に出て、言葉を発する。

「ではこれより、極東国連軍横浜基地所属、香月夕呼副司令の要請による会議を執り行います。以後、発言時には殿下の許可を求めずとも直答を許し、また面を上げて発言することを許可するとの、殿下のご裁可です。殿下の寛大な御心に感謝なさい」
「・・・・・・ハッ」

 夕呼のこめかみがピクッと動いたのを武は見逃さなかった。
 微妙にハラハラする。
 すると絢爛華美な衣装をまとった殿下が暖簾を開け、夕呼に向かって口を開いた。

「これは香月博士、お久しぶりですね。3年ぶり、くらいでしょうか」
「そうですね。だいたいその位かと」
「顔色も良さそうですし、無茶な研究で体を壊しているのではないかと心配してました。そなたの他者の追随を許さぬその類稀な頭脳は日本、ひいては世界の宝です。あまり無茶はなさらぬように」
「ご心配して頂き、ありがとうございます。しかし殿下もあまり体調が優れぬ様子。過度な心労は体によくありませんので、己をご自愛ください」

 夕呼の馬鹿丁寧な言葉遣いを久しぶりに聞いた武は、なんだか背筋が痒かった。
 しかしそれとは別に突き刺さる、武への視線。なんとも攻撃的なものが多いことか。
 たまに悠陽と視線がぶつかることから、やはり報告は入っているようだ。
 武はジッと視線を落とし、無機質な表情で夕呼と悠陽の会話を聞き入った。

「尽きましてはこの度、私の方で是非とも殿下に報告したい出来事がございまして、この度の謁見を申請させていただきました」
「・・・・・・香月博士ともあろう方が、多忙でもなお足を運んだことを考慮すると、余程のことなのですね?」
「はい」

 夕呼は小さく笑う。聡明な人物が好きな夕呼は、1で10を察する人物は、夕呼にとって好ましいタイプだ。
 基本的にこの場にいる者は皆、日本でもトップに君臨する権力者ばかり。日本主導の極秘計画オルタネイティブ第4計画については知っている者が殆どだ。
 もちろん、あくまでも計画の方向性だけであって、詳しい中身については誰も知らないのだが。
 そう。BETAに対する諜報活動が方向性。目的は第3計画のリーディングを用いた、超高性能コンピューターによるもの、というのが知らされている内容。
 つまり、何か掴んだのか、という期待と、魔女だと蔑む者たちによる疑惑と嘲笑の声が辺りに響いた。

 そんな状況にも関わらず夕呼は涼しい顔をして、ついに爆弾を落とした。

「ですので、殿下と紅蓮大将、あと戦術機開発担当の巌谷中佐、榊首相と殿下の護衛の方以外は席を外してもらいたいのです。正直、邪魔ですから」

 夕呼が放った言葉に一瞬誰もが言葉を失い、そして邪魔扱いというプライドを傷つけられた老人連中は顔を真っ赤にして喚いた。

「馬鹿を申すな、この尻の青い小娘ごときがっ!!」
「左様! 我々五摂家に対する何たる無礼な! たかが研究者ごときが調子にのるなっ!」
「そこに直れ! 首を叩き落してくれるっ!」

 老人連中の圧力はさすがというべきもので、一人一人の気迫は長年生きてきた威厳をまとっている。
 手元の刀に刃物に手を伸ばそうとするので、なおさら緊迫した雰囲気に包まれる。
 その中でも夕呼は殿下である悠陽のみに視線を向けていて、その瞳は「こいつらは邪魔だ」と訴えていた。

「・・・・・・おやめなさい。歴史あるこの場をつまらぬ威信から血で汚す気ですか」
「しかしっ!」
「おやめなさい、と言いました。それに今回の謁見は私や数名のみの希望でありました。そしてそれを私も許可したのです。それを強引に割り込み、この場に参加したのはそなた達で在りましょう。香月博士を弾劾するなど筋違いというものです」
「しかし殿下! 我ら五摂家に対しての無礼な発言、それは到底見過ごせるものではないのです!」

 一人の老人が一歩前に出てそう言う。
 この老人は五摂家の一角、斉御司家の前代当主であり、次代の征夷大将軍の座を狙っているので、悠陽とは敵対する派閥の者だ。敵対派であるからこそ、今回のことに対して抜け駆けさせる訳にはいかない。
 将軍への反論に先程とは別種の緊張が漂うが、それを制したのは傍の紅蓮と神野の両大将であった。

「やめんかっ! この場は五摂家の面子を言い争う場ではないぞっ! 国連に醜態を晒す気か!」
「左様。面会で指定されなかった者はいわば部外者。何分、もらせぬ機密もあることだろう。それを聴きだそうとするとは、煌武院家に対して斉御司家ともあろう武家が内政干渉か?」
「―――ぬぅ」

 それぞれの御家に対しての干渉行為と言われては、引かざるを得ない、現在が悠陽征夷大将軍であるならば、それは即ち、国家への反逆、もしくはよからぬことを企んでいると言われてもおかしくはない。
 その老人は夕呼へ殺気をぶつけながら、不機嫌そうに退出して行った。
 そしてつられるようにぞろぞろと出て行き、結局この場にいるのは武を含めて、夕呼、悠陽、紅蓮、神野、月詠真耶、侍従長、巌谷、榊首相の9名となった。

「さて、香月博士。これでよろしいでしょうか」
「・・・・・・ええ、そこの侍従長はいらないのですが・・・・・・まあ、いいでしょう」
「では―――」
「ああ、その前に。鎧衣課長がどこかにいるでしょう。姿を現して堂々と聞けと申し上げたいですね」

 その言葉に、悠陽は目を丸くした。悠陽の視界に本当に鎧衣がいて、ひっそりと柱の影から現れたのだから。どうやら隠れて聞いていたらしい。

「おや、バレていたとは。いやはや、お美しい香月博士に気にかけてもらえていたとは、光栄ですな」
「鎧衣・・・・・・」

 呆れたように溜め息を吐く紅蓮。どうやら彼一人の独断のようだ。
 すると夕呼は巌谷へと顔を向け、彼に言った。

「巌谷中佐。いかがでしょう、貴方の娘さんを同席させては」
「む・・・・・・菫中尉を?」
「ええ。彼女もこれから話す内容によっては不必要とは言い切れないので。それに貴方の娘なら、立場などでも雁字搦めにされている為、私に害を齎せないことも確定していますから」
「ふむ、なるほどな。あい、わかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・私だ。唯依君をここに連れてきなさい」

 巌谷は何が面白いのか、夕呼の言葉にニヤリと笑って手元の子機から唯依を呼び出した。
 その時、武は唯依を呼ぶ必要性を感じなかったので不思議に思い首を捻った。
 だがすぐにその理由に気づく。
 ―――ああ、遊んでるだけだ。

 しばらくすると唯依がやってきた。申し訳なさそうにそろそろと入ってきて、緊張したように敬礼する唯依。
 それはそうだろう。早々たるメンバーが雁首揃えて彼女を待っていたのだ。当然の反応だ。

「遅くなりました! 篁唯依中尉です」
「うむ、菫中尉。私の後ろに来なさい」
「はい、おじ―――巌谷中佐」

 唯依が巌谷中佐の傍にくると、夕呼がさらにお願いが、と言った。

「誰の耳があるか分かったものじゃありません。ですので、絶対に部外者の耳に入らぬ場所でお話したいのですが」
「なるほど・・・・・・そこまで重要な話なのですね。ならば良い場所があります」

 そう言った悠陽が皆を連れて行った先は・・・・・・なんと煌武院家の、その中でも悠陽専用客室であった。
 少し小さいが、密談には丁度良い。防音も完璧で本家の奥地にあるために侵入もテロ攻撃も容易くは無い。
 良い場所ねと夕呼が絶賛するほどなのだから、どれほど密談に優れているかが分かる。

 実は煌武院家に武が入るのは初めてではない。前の世界にて、悠陽が度々武を呼んだからだ。
 妹の最後を看取った人物だから。己と短い時間ながら関わった男であり興味を持った者だから。
 オリジナルハイヴを落とした者だから。
 武と悠陽はなかなか会えない間柄ではあったが、それでも仲が良い関係であった。

 そんな昔を思い出し、懐かしいなぁと思っている武。
 各々が席に着き、夕呼が前列のモニター付近に座って武も傍に座る。
 不意に、唯依と目が合った。おそらく彼女は、子供がなんでこんな所にいるのか疑問に思っているのだろう。武は唯依に小さく会釈してニッコリと笑った。
 唯依も小さな子が礼儀正しく挨拶してきたので、小さく微笑み会釈を返した。

 席に座って一息吐いたところで、夕呼は鬱陶しいとばかりに文句を垂れた。

「あ〜〜〜、まったく。これだから能無しは面倒なのよ。誇りだのなんだのとバカバカしい」

 夕呼にしてはとても我慢した方だったのだろう。イライラを隠さずに悠陽たちという部外者がいる前で素を出したのだから、余程のことだ。
 そんな夕呼の言葉に、怒りの感情を露にしたのは侍従長と真耶、そして紅蓮大将と神野大将であった。

「・・・・・・誇りがバカバカしいとは、聞き捨てなりませんな。それは英霊となった過去の先人たちへの侮辱に他ならぬぞ」

 紅蓮がドスが利いた声で夕呼に釘を刺した。彼は斯衛軍の総大将として過去に散った者たちへの思いが一際強い。
 そしてその者たちの死は、日本人として戦って、日本のために思い、日本という国を思って逝ったのだ。
 だから、それを馬鹿にするかのような夕呼の発言は聞き逃せない。同じ思いなのか月詠も似たような顔だ。
 感情が表に出てないのは鎧衣課長と悠陽、そして榊首相であった。巌谷中佐は複雑そうな面持ちで、唯衣は憤慨している様子だ。

 そんな彼らの表情を見た夕呼は、心底がっかりしたといわんばかりの顔で言った。

「まさか帝国斯衛軍の総大将ともあろう方がそんな発言をするとは・・・・・・正直、がっかりね」
「ぬっ・・・・・・!」
「誇りでBETAに勝てますか? それとも歴史の元寇襲来の時のように神風が吹いて勝つとか、そんな馬鹿なことを信じてる訳ではないと信じたいのですが?」
「そんな都合の良い事は考えておらん!」
「ならば貴方が言った言葉は、日本人の誇りとやらの為ならば、たとえ負けようが列島に残った国民が皆殺しに合おうがどっちでもいいということですね? それが帝国の本意ですか・・・・・・これは考えさせてもらおうかしら」
「・・・・・・むっ」

 さすがに悠陽が信を置く面子なだけはある。すぐに夕呼の言葉と意図に気づき、口を塞ぐ。
 
 そう。
 先ほどの老人連中も同じだが、未だに連中の頭のどこかで、どれだけピンチになろうがどこかで神風などと都合の良い事が起こって勝てる、と信じ込んでいるのだ。
 もしくはどこかで諦め、最後に日本人としての誇りを見せ付けて道連れにし、綺麗に散ることに美徳を感じる、などだ。
 けれど現状でそれは困る。
 日本人の誇りを捨てろとは言ってない、しかし目先の課題はもっと大きく、そしてすぐそこに迫ってきているということに気づいてないのだ。

「現在の戦況。これは最悪に近いものです。日本はハイヴ2つに囲まれており、同時侵攻でもされれば一たまりもありません。日本が後方だとか勘違いしている馬鹿共のために、なんでこの私がそんな国の連中のために時間を使ってやらないといけないのです」
「むぅ・・・・・・」

 夕呼の言葉は本当に的を射ている。巌谷は戦術機開発をしているが故に、どうなれば滅ぶかなど実感していた。
 だから、表情は険しい。
 それでも誇りを優先したいのか、真耶や唯衣の表情は晴れない。
 だがいかんせん言い過ぎな夕呼に、武は待ったを掛けた。

「夕呼先生。そのくらいにしてあげて下さい」
「何よ白銀。この頭の中で花を咲かせてる連中に、私が現実というものを教えてやってるんじゃない」
「それでも言い過ぎです。それにこの人たちは所詮はエリート。地獄など知らないんです。知らない人たちに現状を教えても、感情面を優先するのは当たり前です」
「ふ〜〜ん、相変わらずめんどくさいわね、衛士は」
「その誇りとやらの為に戦線崩壊でも起こした時、世界各国からどのように弾劾され、日本人が迫害を受けるか考えたことがないんですよ。日本人はただでさえ武士道を美徳とする種族ですから」
「チッ・・・・・・バカバカしいわ」

 すでにうんざりしきっている夕呼の肩をぽんぽんと叩いて労い、武は自分をみる一同に目を向けて挨拶した。

「これは失礼しました。私は香月夕呼博士の直轄即応専任部隊、A−00部隊に所属しております、白銀武中尉です。自分は博士の右腕、腹心の部下としてこの度は随伴いたしました」
「A−00とは、私が先日、新たにA−01部隊への教導・補佐・遊撃任務、ならびにA−01でも不可能と判断した難易度の高い任務をこなす部隊のことです。今はこの白銀1人ですが」

 武が一礼して夕呼が説明すると、一同の視線が武へと集う。この場にいる皆は、武に関する資料を一度は目に通している。
 悠陽は日本人の少年、という一点において見逃せず、初めて口を開いた。

「香月副司令、白銀武というおのこ・・・・・・いえ白銀中尉とはどういうことです? 彼は未だ徴兵年齢に到達してないように見えますが」
「ええ、こいつはまだ12歳です。ああ、ちなみにこいつに関する経歴はコレです」

 そういって、手元の鞄から紙を取り出して配る。
 さっと目を通して、悠陽の目が細まる。

「・・・・・・これは、真ですか?」
「ええ。まぁ、実際にはユーラシアのゲリラというより、とある機密部隊なんですが。そこを数年前、偶然に私と出会いまして。白銀の能力にはこの私が鳥肌が立ったほどです。そこで盟約を交わし、先週こいつを引っ張ってきました」
「どうも信じられん・・・・・・白銀中尉、君はどこの部隊にいた」

 神野大将が眉間に皺を寄せて聞いてくる。夕呼の信念を理解している彼だがいかんせん経歴がデタラメ過ぎた。
 武はそんな神野に申し訳なく思いながらもきっぱりと言った。

「言えません」
「・・・・・・・・・・・・」
「いえ、仮に言ったところで意味がないのです。自分がいた隊はハイヴへの偵察隊。自分以外のメンバーは全滅しましたから」

 武の言葉に悠陽は一瞬だけ目を伏せ、そして夕呼へと目を向ける。
 夕呼はそれに反応して手元のパソコンにディスクを差込み、世界地図を表示し、武が前の世界で攻略したハイヴを示す。

「この白銀が突入したハイヴはこの赤点全部です。激戦のユーラシア、アジア大陸にいたのですから当然その周りばかりですが」

 表示されたモニターには、ヴァルキリーズにも教えたハイヴが全て表示されており、その数は膨大だ。
 嘘ばかりをっ! と月詠が洩らすが、夕呼はそんな彼女へ嘲笑うだけだ。
 この世界では嘘だが、夕呼と武にとっては本当にやってきたことなのだ。それ故の達成感と成功したときの感情が表に出て、真実味を漂わせる雰囲気があった。

「ユーラシアでは毎日が死と向かい合っています。誇りだのプライドだのと、そんな悠長な戯言を現地で偉そうに言えば、現地人の彼らはどんな目で日本という国を見るか・・・・・・お分かりですか、月詠大尉?」
「それはっ」
「それともBETAが南や北からも上陸して、帝都の目の前まで迫らないと判りませんか? 残りの民、数千万が食い殺されねばプライドは捨てれませんか?」

 月詠の丹精な横顔が僅かに歪む。
 真那よりもずっと理知的かつ冷静な人物だが、その想いは両者を比較しても劣るとも勝らない。
 
「貴方方のいう日本人としての誇りとか、斯衛の誇りなんて、民の命があって成り立っているという事に気づいていますか?」
「そんな事、貴様のような子供に言われずとも―――!」
「判っていませんよね? 分かってないから、いちいちそうやって誇りを持ち出してくる。その誇りとやらが、協力しなくてはならない人間同士の間に軋轢を生んでいることすら気づいていない」
「くっ――――」
「おやめなさい、月詠。そして白銀」
「ハッ―――」
「失礼しました、悠陽様」

 武が下の名前で呼んだことに悠陽は目を丸くして驚き、侍従長がそれに対して怒鳴ろうとしてまた悠陽に止められる。
 悠陽は武に対して―――そう呼ぶことを許します、ただし公的な場ではダメですよ―――と釘を刺して一同を見回して言った。

「この白銀の言うことも間違ってはいません。我々日本は、ヨーロッパの国々が一丸となって戦っている中、自分達を最優先する思想が多々見受けられます。そしてそれは間違いとは言いませんが、そこでBETA大戦が終結したとしても日本は世界から弾かれます」
「・・・・・・その通りですな。日本は島国であるが故に物資は海外諸国に頼らねばならない。だが、まずは母国という思想が強すぎる所があるのを否定できない」
「おじ様・・・・・・」
「巌谷中佐の仰る通りです。政府の財源も人口減少に伴い徐々に少なくなってきているのが現状。いずれは・・・・・・」

 巌谷がそれを実感した声で唸るように言った。戦術機開発という生産を引き受ける巌谷としては、海外諸国に頼っている現状を一番実感していた。
 また日本人特有の美徳観とでもいうべき思想は間違いとはいえない。しかし時としてそれは足枷となってしまう。
 そして榊首相もまた困った声で言った。確固たる事実として、政府も帝国も財政は厳しい。

「その通りです。そしてそのような未来より、このままではBETAによって確実に滅ぼされます。今は誇りや過去の恨みなど“些細”なことは横に置き、人類が協力し合う時なのです。そしてそこに、プライドや誇りは時として邪魔になります。もちろん必要になる時もありますが」

 悠陽の言葉に、重く頷く面々。
 自分達の主が鎮痛な面持ちで言えば、嫌でも理解する。このままでは滅ぶと。

 夕呼はこの面子では2番目に若い年齢ながら、きちんと情勢を見通せていることに満足そうに頷き、彼女に対する評価を上乗せする。
 もっとも鎧衣課長は初めから表情を変えなかったので、最初から気づいていただろうが。

「では本題に入りましょう」
「おお、そうであったな。まだ本題に入ってなかった」
「紅蓮、お前も歳か? ボケるには早いぞ」
「やかましいぞ神野」

 ガハハハと豪快に笑う紅蓮。いちいち声が大きくてウザかった。
 夕呼は手元のパソコンを弄り、いくつかのファイルを引き出していつでも開示できるようにセットしておく。
 そして夕呼は本題に入った。

「まず初めに報告しておきたいことがあります。私、香月夕呼はこの1年、さまざまな研究を進めてきました。何か企んでいる、ぐらいはそこの鎧衣から報告があがってきていると思いますが」
「もちろん報告済みですよ、香月博士。まあガードが固すぎたので侵入できませんでしたが。お〜怖い」
「・・・・・・その過程で、いくつか判明した事実があり、またオルタネイティブ第4計画の完遂間近となり、その研究成果が出たので報告したいのです」
「なんとっ!? それは本当かね、香月博士?」
「もちろんです、榊首相。しかしすぐに完遂を公表する訳にはいかないのです。発覚した諸事情により」
「む・・・・・・」
「なるほど・・・・・・それらは帝国も無関係ではなく、むしろ横浜基地と連携せねばならない事態なのですね?」
「その通りです。そして発覚した事実とは――――」

 そこで夕呼は一息吐き、手元のデータを開示する。
 モニターに映されるもの、それはBETAハイヴの指揮系統。

「BETA間の指揮系統は、箒型構造であることが発覚致しました」
「何とっ―――――!?」
「!?」
「・・・・・・・・・これは」
「・・・・・・・・・・・・」

 その衝撃は大きかったのか、それともあまりにも非効率的な指揮系統に信じられないのか。
 それは両方であった。

「香月博士。これは我々を謀ってる訳ではなく、真実を話しているということでよろしいのですね?」
「もちろんです、殿下。少なくてもスポンサーの榊首相がいる前で虚言を呈す訳ありませんわ。それにもし仮に嘘を言うならば、もっと効率的かつ現実味のあることを言います」
「そうですね・・・・・・嘘ならばこれほど下手なものはないでしょう。ならばこれは真実ということ。なるほど・・・・・・これだけでもとても有益な情報です」
「証明するなら簡単です。どこかのハイヴにG弾でも何でも一発打ち込んで一週間ほどして、もう一発どこでもいいのでハイヴに打ち込もうとすれば、即座に対策を採られますから」
「なんと・・・・・・」

 夕呼の言葉に声が出なくなる一同。
 そこに唯依が恐る恐る手を上げる。

「何か、菫中尉」
「は、はい。少々疑問がありますので、恐縮ですが挙手させて頂きました」
「どうぞ」
「はい。指揮系統が箒型なのは理解しましたが、それでなぜ一週間程度で全ハイヴに対策を取られてしまうのでしょうか。19日ではないのですか?」
「む・・・・・・確かに。巌谷、お前の義娘は優秀だな」
「ハッハッハ。それはもちろん」
(((((親バカだ・・・・・・)))))

 バカ3人(紅蓮は冥夜、神野は悠陽への師匠バカである)に呆れる武や夕呼と、褒められてテレる唯依。
 珍しく夕呼がペースを乱されたようにドモった。

「ま、まあとにかく。菫中尉の指摘は正しくもあります。それを解決するのは次に分かった事で――――格ハイヴにあるコア、つまり反応炉ですがそれが人間の通信機であり大型コンピューターのようなものだと分かったのです」
「反応炉が通信機!?」
「なんと・・・・・・」

 侍従長が驚いたように声を上げ、悠陽たちは納得いったといわんばかりに頷いていた。
 だが問題は別にあると夕呼は続けた。

「この問題はもちろん横浜基地の反応炉に関して対策を打ってますし、オルタネイティブ5推進派にとっては致命的な問題であることに間違いありません」
「確かに。向こうからしてみれば絶対の切り札とも豪語するG弾、そのアドバンテージが吹き飛んでしまうとなれば―――おお、怖い。かの国はどのように暴走するか」
「・・・・・・・・・・・・鎧衣課長の仰るとおりです。そしてそれらに対応すること、また対応するための国連と横浜の連携、連携するためには帝国が――――いえ、この際はっきり言わせてもらいます。殿下への復権が成り、征夷大将軍が頂点となった帝国との連携が必須なのです」
「なるほど。お世辞にも現政府は国民に支持されてるとはいえない。軍内部も、政治家にも将軍への復権を望む声が圧倒的に大きい。もちろん敵派閥もいるが・・・・・・おおよそ一つに纏まるだろうな」
「榊・・・・・・」
「殿下、お気になさらずに。現状の様相は先代から続いたもの。他の官僚・幕僚はとにかく、私は機を見て体制を奉還するつもりでした。あくまでも私は繋ぎにしか過ぎません」
「!!」

 榊があまりにも重大すぎる狙いを、はっきりと口にする。
 空気が先ほどとは別の意味で強張った。
 そんな榊首相に擁護するかのように、夕呼が口を開いた。

「私もそれに関しては力を貸す所存でいます。殿下の威光を発揮できる場、タイミング。全て用意してあります」
「なんと。ということは、ワシ等の現政府解体のタイミングも見計らっている・・・・・・というよりもう計算済み、ということかな?」
「ええ、もちろんです」

 冷笑、とでも表せるほどの冷たい笑み。目は危険な香りの眼光を放ち、けれど楽しそうな瞳。
 榊是親の背筋がゾッと寒くなった。自分より遙かに年下の娘のはずなのに、自分よりもずっと年上の、何か底知れない物を秘めた魔物のように思えた。

 ――――やはり、器が違う。

   それを痛感せざるを得ず、またオルタネイティブW誘致の際に香月夕呼を選んだのは間違いではなかったと、自分の判断に感謝した。
 榊首相は改めてそれを感じていた。そんな彼を他所に話は進む。

「そして同様に得た情報では、来る11月11日、新潟沿岸部に旅団規模のBETA群が早朝6時過ぎに上陸します」
「なっ!?」
「!?」
「BETAの行動を!?」
「なんと・・・・・・」

 今日の一番の衝撃だったのか、誰もが驚愕の表情を浮かべて誰も声を発せなかった。
 見れば唯依も呆然としていた。彼女の丹精な顔立ちで口を空けっぱなしにする呆けた顔は思わず笑ってしまう。

 夕呼は口元を緩ませつつ、その狙いを告げた。

「確立はほぼ100%に限りなく近い99%。当日は殿下や斯衛軍も随伴して、何故か実弾も持って行った軍事演習でも行えばよろしいでしょう」
「・・・・・・・・・」

 夕呼の言葉に誰も言葉を返せないほど、驚きは収まらないようだ。
 しかしそれも当然かもしれない。このBETA大戦が始まって以来、BETAの行動など予測がつかないからこそ、ここまで苦戦してきたともいえるのだ。
 何時襲ってくるか、どのような命令系統なのか、何故地球を襲うのか、そんな単純なことすら不明だったのだ。
 そしてそれが常識だった。
 だがこの目の前の天才は、それを覆したのだ。

 歴戦の衛士である紅蓮、陸軍大将である神野、戦術機開発における伝説の人物の巌谷、そして理論派であり堅物思考の唯依や真耶の衝撃はどれほどか。
 BETAの戦略が読めたなら、多くの部下が死んでいくことはなく、きっとその数も減らせただろうから。
 彼らの胸の内は興奮と驚き、歓喜と悔恨が渦巻いていた。

 その中ではやはり鎧衣課長が真っ先に我に返り、夕呼の言葉を噛み砕いて理解した。

「なるほど。仮に当日その通りに来たとして、BETA殲滅が成功すれば予想以上に効果はありますな。その場にたまたま殿下が立会い、たまたま殿下の指示で実弾も持ってきていて、たまたまBETAと戦闘を行い、殿下の威光の下に大勝すれば殿下の声明はうなぎ上り。政権返還の大義名分は成り立ち、国外へ日本帝国の力を示せるという訳か。上手くいけば最高の脚本になりそうだ」
「それだけじゃありませんわ、鎧衣課長」
「おや、読み間違えてしまいましたか? これは勉強不足でしたな。おお、そうだ。この間読んだ本に―――」
「最近、そちらの帝国内で戦略研究会という名の会が立ち上がりそうなんじゃありません? 若手将校が中心の」
「!」

 その瞬間、鎧衣課長の空気が一瞬だけ固くなったのを皆が感じ取り、 その言葉の意味するところを考えるが分からない。
 一方で鎧衣も目を細め、お茶を一口飲んで夕呼に言った。

「香月副司令、件の目的はやはり・・・・・・」
「ええ。貴方が睨んだとおりのものでしょうね。ただし、義賊気取りのピエロでしかないわけだけど」
「なるほど・・・・・・」
「鎧衣、何の話だ」

 焦れたように問う紅蓮。悠陽も何の話か分からないようで、静かに耳を傾けていた。
 鎧衣はいつもの飄々とした態度に戻り、肩を竦めて言う。

「いえ、なにやら最近、若手の将校が集まって戦略研究会という名の会を立ち上げようとしてまして」
「ほう・・・・・・勉強熱心で良い事ではないか。何か問題があるのか?」
「ええ、神野大将。表立った理由は確かに健全なのですがね。その裏で、少々不穏な影がちらほらと・・・・・・まだ証拠は揃ってませんが」
「・・・・・・・・・・・・」

 真耶はそこの意味するところを察したようで、張り詰めた雰囲気を出し始めた。
 悠陽たちも、およそそこの意味するところを察したのだろう。

「彼らの裏からは、現状では確証を得てませんが米国の諜報機関が。煽られた若手将校たちは、視野が恐ろしく狭く猪突猛進、けれど腕だけは立つカリスマ性を兼ねそろえた人物を頂点に添えているようで」
「なるほど。そこに行き着くのか」
「むぅ」
「なんと・・・・・・」
「そんな・・・・・・」

 紅蓮、神野、侍従長、唯依がそれぞれ声を洩らす中、殿下は鎮痛な面持ちで呟いた。

「それは・・・・・・我が身の至らぬさ故ですね。未だ事は起こってないとはいえ、斯様なまでに追い詰められる状況しか作れないとは・・・・・・」

 事実、それは悠陽の独り言だったのだろう。しかしそれは狭い会議室にばっちり声が響いてしまい、誰もが気にするなと、殿下が悪い訳ではないとフォローする。
 しかし全員は分かっていた。
 たとえ現時点で分かって、仮にスパイを全て捕まえたとして、戦略研究会も都合良く潰せたとしよう。
 だがそれでも、どれだけ上手く事が運んだとしても、必ず死者は出ることなど分かっていた。
 次世代を担う若手将校たちを失わなくてはならないその状況、いくらこの場にいるものが優秀であって神のごとく事が都合よく運んでも、誰もが良い形では終われない。

 そんなことは誰もが言われなくても分かっていた。けれど悠陽の悔しそうな表情を見たら慰めずにはいられなかった。
 その中、黙っていた武は悠陽に向かって口を開いた。

「悠陽様」
「・・・・・・なんでしょう、白銀」
「私の昔話に付き合ってください」
「? ・・・・・・はい」
「昔、とある国にいた私は、その国の頂点に立つ人物、つまり悠陽さまと同じような地位にいる人物に会ったことがあり、とある混乱が起こった時、今の件のように同胞を討たねばならない状況がありました」
「・・・・・・・・・・・・」

 場は自然と武に視線が集まっていた。
 夕呼ですら、武へ視線を向けていた。

「その人は俺に―――失礼、私に教えてくださいました。上に立つものは手を汚すことを厭うてはならないのだと。人々を導く者は、己の手を汚すことを躊躇ってはならないのだと」
「・・・・・・それは」
「俺はその教えから、今までにBETAではなく、人を何人も討って来ました。仲間を守るために、部下を守るために」
「・・・・・・・・・・・・」
「その人たちを恨んでいた訳じゃない。形はどうあれまぎれもなく自分達の同志であり、もっと上手く自分が動けていれば敵ではなかった人たちでした。その人たちを俺は討ちましたが・・・・・・けれど俺は、彼らに謝罪しようとは思いません。彼らに報いるのはこの大戦を終わらせることだけであり、事実として彼らは敵として前に立ち塞がったのですから」

 武の目と悠陽の視線が交錯した。
 何が言いたいのか、それは表面上の言葉ではなかった。

「上に立つ人がやるべきは、誇りを見せ付けることでもなければ権威を誇示することでもありません。部下とその家族、引いては国民の全ての生活の安全を保障すること・・・・・・どんな手を使ったとしても。それだけだと思います」
「そうですね・・・・・・その通りだと思います」
「そしてそうすると、米国は間違ってはいないでしょう。あの国は戦後を見据えて世界の頂点に立つことを考え、そしてそれは結果として国民の生活を潤します。その点を見れば間違ってはいないのです」

 そう。
 安保理の一方的な破棄やG弾の突然の使用など、他国からしてみれば批難轟々とでもいうべき点しか見えないが、けれど米国の点からしてみれば間違っていない。
 もちろん、ではハイヴが自国にある場合G弾を使うのかと問われれば、おそらく米大統領は二の足を踏むだろう。

 では日本帝国はどうなのか。
 国を建て直し、ハイヴを円滑に排除。将軍の力を他国に見せ付けたとしたら、次に行うのはユーラシア、アジア大陸への出兵であり、他国への協力だ。
 そうなった場合、日本がやることは戦後を見据えた他国へ『貸しを作ること』だ。
 島国である日本は物資を援助してもらわねばやっていけない。
 光州作戦の失敗から、日本はあまり世界の立場は良いとはいえない。それは中国も然りだが。
 兎にも角にも、結局は自国の利益のために日本も動かねばならないのだ。
 そこにG弾という兵器がないだけで、その行いにどれだけの差があろうか。

 武はそう云うと、悠陽や榊も納得するように頷いた。
 政治を行う立場にある2人は、その意味や行いがよく分かるのだ。

 そしてその行いは、かつての世界で日本が行ったことだ。悠陽の指導の下で。

「我等日本人は、そんな打算なんかではっ!」
「――――なんてくだらないこと言わないでよ、月詠大尉。現場の衛士がどう思っていようが、どれだけの大志を抱こうが、大局的には打算で動かないと国はつぶれるんだから」
「くっ」

 激号した真耶の言葉を塞ぐように夕呼が言った。
 少なからず政治と絡んでくる立場にある紅蓮や神野、そして巌谷は難しそうに眉を顰めていた。
 唯依は潔癖な気質も少なからずあるので真耶同様になにか言いたそうだったが、この場ではたかが中尉でしかないので発言できなかった。

「とにかく、その研究会が起こすクーデターに―――」
「せっかく単語ボカしたのに、はっきり言うなんて空気読めてないな夕呼先生―――」
「何か言った、白銀?」
「いえなにも」

 ボソリと呟く武に、モノスゴクイイ顔で振り返る夕呼。
 顔を青褪めて逸らす武。
 とてもじゃないが、今までカッコ良く殿下に語っていた人物に思えないほど、子供らしい様だった。

「クーデター対策として、新型OSをお渡しします」
「新型OSだと?」
「ええ、巌谷中佐。もう完成してますが、帝国が製作したことにして欲しいのです。ちなみに発案はこの白銀です」
「・・・・・・実戦証明してないのだろう? そんな未完成なものを―――」
「そのOSを使ったA−01部隊は、ヴォールクデータで中階層を突破。この白銀は反応炉破壊に成功しましたよ?」
「「「「「「なっ!?」」」」」」

 デタラメを言うな、とでも言いたげな視線を他所に、夕呼は飄々としながら手元のパネルを操作し、前日のシミュレーターの映像を映す。
 いつの間にか録画していたようだ。
 武は目の前で繰り広げられる、今までの既存のOSとは一線も二線もかけ離れた動きをするヴァルキリーズの機体と、さらに異質―――というよりバッタか駒のようにくるくる回り動く自分の機体の映像を眺めた。

 この場にいる者―――実は侍従長も含む―――は全員、戦術機に乗れる衛士だ。

 だからこそ、そのOSの優れたところが一目で分かる。
 多々分からない特性もあるが、少なくても動作と動作の移行速度が速すぎる。つまりそれはOSの処理速度が既存のものより何倍も速いということ。
 複雑かつ高度な操作を要求されるであろう動きも、どうやってミスなく入力しているのか疑問に思えるほど、その移行が速い。

 そしてA−01部隊の錬度にも驚かされた。新OS搭載前はどうだったか知らないが、今のこの部隊はお世辞抜きで強い。
 斯衛軍の部隊の中でも連携と強さだけなら上位に来るだろう。その用に紅蓮や真耶は踏んだ。唯依も己のホワイトファング部隊やXFJ計画時のアルゴス小隊の錬度を思い出して、比べてみた。
 あの異常な強さを感じていた紅の姉妹や素質十分なタリサやブリッジスを思い出し、けれど目の前の部隊に勝てないと素直に判断する。
 まず、1人1人がおそろしいまでに才能がある。それに加えて連携もよく出来ていて穴らしいものが見つからない。もちろん粗は多々見受けられるが。それでも撃墜されないのは部隊長や中隊長が優れている証拠だ。
 そしてそんな部隊が全滅しても、ハイヴ内をたった一騎で進軍する非常識な、目の前の少年。
 唯依は初めて、白銀武が異常だと感じたのだった。

 映像が終わると、夕呼は「どうでしょう」と言わんばかりに楽しそうな顔をして、無言で帝国側の返答を待った。
 そしてその返答は、巌谷が行った。

「OSを帝国純正生産にする為の代償は?」
「あら、無償でよろしいですわ。ただまあ、OSは当然、斯衛軍のみ使用と限定して欲しいですが。年末のクーデターまで」
「無償とは・・・・・・少々、いやかなり怖いな」
「私だって、少しはサービスしますわ」
「サービスなんて似合わねぇ〜〜〜」
「あん? 何だって、白銀」
「いえ、なんでもありません!」

 武と夕呼が漫才をはじめたので、ゴホンと咳をして一呼吸置く。
 そして巌谷と紅蓮がお互いに顔を見合って頷き、そして悠陽へと視線を向ける。
 当然ながら2人が何が言いたいのか、それを察せた。

「分かりました。この新OS―――」
「新OSは通称、XM3と名づけています」
「そのXM3、帝国が完成させたことに致します。また使用は斯衛軍のみに限定とし、情報公開も致しません。クーデターが終わってからの公表とします」
「「「御意」」」
「殿下の御心のままに」

 悠陽は皆が同意したことに満足気に頷き、言葉と加える。

「発表時には国連軍横浜基地、香月副司令が協力したことにし、発案者は白銀を。ただし名前のみの公開と致します」
「げげ・・・・・・」
「ふふふ・・・・・・当然、BETAの新潟上陸に関しても斯衛軍を率いて私も出ます。帝都は紅蓮に任せます。真耶さんは私と共に」
「はっ!」
「承りました」
「とりあえず、XM3の仕様をもうちょっと詳しく知る必要がありますね。巌谷中佐、香月副司令から資料を受け取っていてくださいね」
「かしこまりました」

 皆の表情に、活き活きとした活力が戻ってきた。
 将軍の復権が叶いそうであり、また見た限りでは有力なOSの入手。やるべき事がたくさんあるが、それでも充実した生活になりそうだと、皆思ったのだった。
 それからは夕呼は、紅蓮や巌谷や神野や鎧衣、そして榊首相とXM3についてと、新潟戦に関してのプラン作成のための話し合いで残った。
 武は悠陽に呼ばれ、食事をしないかと誘われたのでお供することになった。その際、唯依も付いて来る様に悠陽が指示し、後ろからは護衛のために真耶と侍従長が付いてくることになった。











 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 10月30日 AM9:27  A−01専用シミュレーター室前通路

「今日は武君は訓練に参加しないのかしら・・・・・・?」
「しないみたいだよ、風間少尉。今朝副司令が、白銀と一緒にでかけてくる、って仰られたから」
「そうなんですか、涼宮中尉」

 少し残念そうに呟くのは、風間祷子少尉。
 昨日の訓練から翌日、たった12歳程度の少年の驚くべき任務歴に戦慄し、だけど音楽もやってるという、ヴァルキリーズの中でまた違う衝撃を受けた祷子は、武に親近感を感じていた。

 外見に似合わない、伊隅大尉のような落ち着きっぷり。
 だけど、どこかノリが良くて子供のようなやんちゃっぷり。
 その面に少し安心した祷子。もちろんそれはまりもも感じていたようで、安心した笑みを浮かべていた。

 そんな翌日、祷子は一昨日にまりもが一緒にお風呂に入って寝て面倒みたというので、今日は同じように自分もと思って武を探していたのだが、今日はいないらしい。
 A−01の早朝ブリーフィングを終え、軽い運動を終えてからシミュレータールームに向かう通路で祷子と遙は話していた。

「な〜に、風間。あんた本当に白銀を気に入ったの?」
「ふむ、私の祷子が盗られるのは寂しいが、祷子自身の幸せのためだ。表立って応援しよう」
「陰ながらじゃないのが宗像、貴様らしいな」

 耳ざとく聴いていた水月が突っ込み、宗像がからかい、みちるが苦笑しながら突っ込む。
 彼女たちにとっても武の参加は気になっていた。今日からのシミュレーターで、昨日の講義内容の動きを実戦しようと思っていたのだ。
 本人がいるかどうかは大きな違いがある。
 特に水月と茜は大きな対抗心を燃やしており、年下に負けるものか、と息巻いている。

「しかし、どうも昨日から違和感が拭えないな・・・・・・」

 美冴が眉間を押さえてう〜んと唸る。
 頭が痛い、とでも言いたそうな表情にみちるは何が言いたいのか察し、コクリと頷いた。

「ああ、白銀のことか。確かになんというか・・・・・・あいつは年齢相応に見えないな。けれど間違いなく子供だから、だからこそ眩暈がするんだがな」
「ええ。あの子の力量を考えれば頼もしく思えるのですが、間違いなく子供ですからね。そこの違和感というか、齟齬というか・・・・・・」
「分かるわ宗像。あたしだって同じように思うもの、あんた達も同じなんじゃない?」

 そう水月が新任組みに振ると、茜はぶんぶんと力強く頷き、築地がそれに追随するように同意し、高原と麻倉は少し悩みながら頷き、柏木はどちらとも取れない反応を返した。

「何よ、柏木。あんたは違うの?」
「いえいえ。それは私だって違和感は持ってますが・・・・・・なんていうんでしょうかね。ちょっと複雑なところがあって表し辛いんで勘弁して下さいよ、中尉」
「ふ〜ん。あんたもしかして風間と一緒で―――」
「妙な勘ぐりは止めてください、速瀬中尉」
「うっ、分かったわよ」

 祷子の妙な圧力に押されて怯む水月。
 すると、茜が急に思い出したのか、傍で笑っていたまりもへと話しかけた。

「そういえば、神宮寺教官。千鶴たちは大丈夫ですか? 空気最悪って言ってましたが」
「ええ。今朝のMTGの時に見た限りでは、いくらかは、ね。今のところ、彼女達の意識は白銀への敵愾心で一杯みたいだから。御剣はまた違うみたいだけど」
「敵愾心?」
「ええ。昨日は白銀が訓練中に顔を出してね。その時に訓練兵が上官に対してあるまじき発言をしたものだから修正しようと思ったのだけれど、何を思ったのか白銀が近接戦闘で彼女達の相手をしたのよ。私と白銀対訓練兵という感じで」
「へ〜〜〜。でも教官が一緒ならいい勝負したんじゃないですか?」

 柏木がそう口にする。ここにいる一同、まりもの実力は知っているのだ。流石に体格的な問題、年齢相応の筋力の問題から白銀が勝つのは難しいと踏んだようだ。
 そして元207A分隊組みは、B分隊の能力の高さを知っている。
 けれどまりもは、そんな彼女たちの考えを否定した。

「それが違うのよ。確かに私は白銀と組んだわ。でもそれはサポートだった。事実行ったことといえば、いくつかの牽制と御剣の足止めくらいだったわ。白銀はその間に、榊、彩峰、珠瀬の3人を相手にして沈めたわ」
「うそ・・・・・・」
「それも見事だったわ。体格的に不利なことを悟っていたから、全て一撃必殺。顎を狙った脳を揺さぶり戦闘不能に、頭を狙って脳震盪に、あとは押さえ込みによるギブアップ。どれも的確で満点をあげれるくらいよ」
「ほえ〜〜〜。すごいねぇ、まゆみ」
「うん。私達じゃ勝てなかったものね」
「だから彼女たちからすれば、屈辱心で一杯って訳。権力で入っていたと思われる無能なガキにやられた、やり返してやるって意気込んでるわ。ある意味で意思は一つに纏まってるかもね」

 まりもは溜め息を吐いた。
 方法やその意思はどうであれ、一つにまとまるのは良い事なのだ。ただ内心は複雑だ。
 すると、柏木があれ? と首を傾げて言う。

「でも、御剣は少し違うんですよね?」
「ええ。あの子は・・・・・・最後まで意識があった子だし、勘が鋭い・・・・・・ううん。聡明な子だから。なんとなく白銀が言いたかったことについて考え込んでるみたい」
「へぇ〜〜、さすがは御剣だね。でもあの隊の中で一番冷静なのは彩峰に見えて、実は御剣だからね。それは納得かも」
「それは確かに。千鶴は少し思い込みが激しいところがあるから」
「普段は冷静っぽくて理屈家に見えるけどね。意外と怒り易いから」

 好き勝手言い放題の柏木と茜。だが事実でもある。
 207B分隊で、論理派といえば榊であることに間違いはない。しかし彼女はそれと同時に激情家でもある。
 つまり突付かれればすぐに論理派の側面が崩れてしまうのだ。
 そして彩峰。何を考えているのか分からない、無口なところを見ると彼女も冷静な人物に見える。
 だが彼女の行動を見ると、自分の感情に従うがままであり、思い込みが強い一面があると評価せざるを得ない。
 その点、御剣冥夜は違った。
 まさに副隊長に相応しい、落ち着いた推察・思考ができる人物であった。
 また彼女は自分の感情がどれだけ高ぶろうが、それと同時に必死に押さえ込もうとするところがあり、それは優れた点であった。

 もっとも、御剣冥夜は頑固である、というマイナスの面もあるのだが。

「私、榊さんは指揮官向きだと思うけど、御剣さんの方が指揮官に向いてると思うな」
「え、まゆみ、それ本気?」
「うん、佳代。でも御剣さんは前衛型だから指揮官は難しそうだけどね」

 207Aの子たちは、どうやら冥夜に一目置いているようで、全員が御剣冥夜という人物の評価は高めのようだ。

 そこで話が一段落したのか、みちるはシミュレータールームの扉を開けて、隊員を整列させ、皆に言った。

「さて、先ほどから話をしていたが、本日はA−00の隊員、白銀はいない。だが我々の当面の目標は昨日の白銀の機動を理解し、モノにし、あいつの記録に追いつくことだ」

 みちるの言葉に全員が頷く。
 1人の衛士として、負けたくない。それがヴァルキリーズとして戦ってきた彼女達のプライドでもあり誇りでもあった。
 自然とみちるの声に熱がこもり、皆の視線もギラギラとした力強いものになる。

「なんとしても、あいつのレベルに追いつくぞ! ちょっとでも気の抜けた戦闘してみろ、罵声を浴びせられるたびに、腕立て20回だ!」
「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」
「よし、では各員、シミュレーターに駆け足で搭乗!」

 その声と共に、ヴァルキリーズとまりもはシミュレータールームへと駆け足で搭乗した。
 結局その日、記録はタケルに全く追いつけなかったが、それでも全員がヴォールクデータの自己記録を更新し、技術面でも少しながら向上したのだった。








 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 帝都城 斯衛軍シミュレータールーム PM15:00




(なんでこんなことになったんだ・・・・・・?)

 白銀武の疑問は実に最もなものであった。

 少し遅くなった昼食を摂りに悠陽と武、唯依は3人で食事をした。唯依は恐縮しすぎてがっちがちに緊張していた。
 もちろん真耶と侍従長も扉を挟んだ位置で控えていたが、3人でゆったりと話をして過ごした。
 会話はもっぱら武の過去の戦いの話や、戦地での笑い話。そしてXM3の概念説明といったもので、けれど肩肘張ったものではなく、あくまでも雑談程度のものだ。

 悠陽と唯依はただ関心を寄せ、感嘆の声を上げたりした。
 また子供の癖に大人のような(事実大人だ)戦闘の着眼点や政治方面の新制度(元の世界のものをパクっただけ)について言うなど、悠陽や唯依を驚かせ、また楽しませた。

 悠陽自身は白銀武という身元不明の子供に対して、既に懐疑的なところを無くしていた。人格も清々しいくらいの子であったし、何より邪気が感じられなかったのだ。
 また武が向けてきた悠陽への目はとても優しく、まるで往年の親友のように親しげに満ち溢れたものであり、悠陽はその感覚に酔いしれた。
 つまり―――概ね好評で終えたのだ。

 一方で唯依。
 彼女は訳の分からないうちに会議に参加させられ、悪い噂しか聞かなかった香月夕呼と謎の少年を、ただひたすら懐疑的な目でしか見ていなかった。
 だが時間が過ぎるにつれ、理論派でお堅い唯依は夕呼と武の行っていることを、言っている事を吟味し、そして関心した。
 2人をもっと知りたいと思い始め、そして聞けば聞くほど画期的な話で、いつしか篁唯依という女の子は香月夕呼と白銀武に大いに関心を寄せていたのである。

「あの・・・・・・武君。もう諦めた方がいいですよ?」

 何故かシミュレータールームにいて、何故か強化服を着て、何故かシミュレーションスタンバイ状態に入っている自分の状況に、ようやく現実へと戻ってきた武。
 視界の片隅には、同じように強化服を着た唯依がいて、何故か悠陽、紅蓮、神野、巌谷、真耶までもが同じように強化服でスタンバイしていた。
 ニヤニヤしながらこちらを見てくるオッサン連中の顔が恨めしい。
 唯依は苦笑しながら武へと諭して来た。

 ふと外を見ると、そこには夕呼と榊首相、そして侍従長に鎧衣課長までいて、こちらを観戦するようだった。

(ああ、そういえば昼食の数時間の間にシミュレーターのOS換装したから、その有用性を確認すると同時に俺の実力の証明、そして得意な機動を目の前で実際に見たいとか紅蓮大将が言ってきて、悪ノリした悠陽と神野も参加すると言い出して、最高の実力を間近で見れるからと唯依も参加したいと言い出して、真耶は当然のごとく参加する事態になって、紅蓮大将の気色悪い髪形を間近で見せられて意識を飛ばしてたんだった)

 猫掴みでプラーンっとさせながらつれてこられた武は、何故か夕呼が持ってきてた強化服に着替えさせられた。
 そして気づけば開始5分前だったという訳だ。

『では、始めます。作戦は反応路の破壊。CPは無しで行われます。各々の兵装も希望通りの自由。隊列もありません。各自の判断で動いてください』

 車に待機していたピアティフが借り出され、臨時でCPを務める。ただし、作戦開始と共にあとはフリーだ。
 ありえない設定だが、目的はあくまでも実力を計ることとXM3の有用性の証明にある。
 いきなりXM3を悠陽たちが使うことに不安はあるが、今回のメンバーは誰もがハイスペックの持ち主たちなので、最初は戸惑う彼らもすぐに順応してくるだろう。

『陽動無し、地上支援無しの、難度SSSになります』
「ガハハハハハ、普通ならこの時点で作戦失敗だな」
「まったくだ。無茶な難度にもほどがある」
「自分は早くOSを見てみたいものだ。なあ唯依ちゃん」
「は、はい、おじさま。弐型開発に関わった者として新OSのXM3にとても興味あります」
「厳しい戦いになりそうですね。私もこの難度は始めてです」
「殿下、この月詠がいるからにはご安心を。そしてまずはOSの確認が最優先事項かと」
「そうですね」
「・・・・・・・・・・・・」

 武と唯依はなんとも居心地が悪そうだ。まあ唯依自身はあまり関わらない人たちばかりが相手だし、武は完全な余所者だ。
 そうこうしているうちに始まった。

「むぅっ!」
「むっ」
「なんと・・・・・・」
「きゃっ!」
「こんなっ!? こんなのが本当に使えるのか!?」

 開始早々、第一歩目を踏み出して次への移行時に全機が大きく傾いて倒れそうになった。
 転倒しないだけ、さすがは帝国の精鋭、というより最強の人物たちだ。

「大丈夫ですか? 新OSの仕様書に書いてありましたが、基本的に自動姿勢制御関連は排除してます。全てにおいて自ら入力し、繊細かつ緻密な動作入力が必要になりますので、早く慣れてください」
「簡単に言いおるわ!」
「まったく!」

 武の言葉に、思わず毒吐く紅蓮と神野。OSの処理能力の30%増しというものは、想像以上に大きかった。
 ようやく建て直し、軽く長刀や突撃砲などを持ち直して確認する。

 その時、前方から激しい振動が響き渡り、センサーで確認すると、およそ5万強の数のBETA群が。

「いきなりこんなに!?」
「無駄口を叩く余裕があるなら、さっさとOSに慣れろ月詠! このままでは飲み込まれるぞ!」
「りょ、了解!」

 慌てて迫り来るBETAに備えて確認する月詠や紅蓮。
 武はそんな彼女達を見つつ、最初から何も声を発さずに黙々と手元を確認している悠陽や唯依に声をかけた。
 悠陽は征夷大将軍ではあるが、衛士として戦術機を操縦することができる。
 搭乗時間事態もかなりのもので、実力はさておき、操縦に関して技術的に劣っている訳ではなかった。

(先ほど、白銀・・・・・・いえ、武の話を真面目に聞いておいて幸いでした。本当にここまで遊びがないのですね)
(すごい・・・・・・発想が全く違う。異質過ぎると言ってもいい。このOSを不知火弐型に換装すれば、どれほどの機体になるか・・・・・・)

 この2人は武の話を真面目に吟味していたので、なんとか冷静に対応していたのだ。
 真耶も食事には立ち会っていたが、彼女は武の話を餓鬼の戯言としてしか聞いてなかったので、話半分に聞き流していたために覚えていなかった。
 それが現在に顕著になって現れていた。

「悠陽様、操作に関してはいつもの何倍も丁寧に動かす感じでやってください。大丈夫ですか?」
「ええ、白銀。いえ、武殿」
「・・・・・・・・・その呼び方は自分としては構わないのですが、侍従長と月詠さんの目がひじょ〜に怖いんです」
「あらあら。わたくしが決めたのですからお気になさらず」
「・・・・・・唯依さんはどうですか? 大丈夫ですか?」
「あ、はい。聞いていた通り、遊びが無いので驚きましたが、なんとかいけそうです」

 このままでは同じことの繰り返しだ、そう悟った武は悠陽から唯依へと声をかけ、笑いかけることで唯依の固さをほぐす。
 唯依は唯依で、武へと微笑み返して対応するが、画面の端にいる自分の養父である巌谷が、なにやら頷いたり目頭をぬぐったりしている仕草が見え、深く考えないことにしたのだった。


「では・・・・・・国連太平洋方面第11軍・横浜基地所属、A−00部隊隊長、白銀武、不知火。いきます!」


 武の一声でグッと空気が固まり、各々が叫ぶ。


「日本帝国征夷大将軍、煌武院悠陽、行きます」
「帝国斯衛軍大将、紅蓮醍三郎、武御雷、出撃する!」
「帝国陸軍大将、神野志虞摩、不知火、参る!」
「帝国斯衛軍第16大隊及び御庭番衆・大尉、月詠真耶、武御雷、出るぞ!」
「帝国陸軍中佐、巌谷榮二、不知火、出る!」
「帝国斯衛軍中尉、白き牙中隊所属、篁唯依、武御雷、出ます!」


 武と巌谷と神野が搭乗する灰色の機体、不知火。
 悠陽の紫の武御雷。
 紅蓮と真耶の赤の武御雷。
 唯依の黄色の武御雷。




 その豪華絢爛な機体、計7機が大群のBETAの前に飛び出した。






あとがき


 エロで行くべきか、カッコ良さで行くべきか・・・・・・悩みどころ。
 武に「石破、天驚けぇぇぇえええええええええええん!」ってネタでやらせたくなったのは俺だけじゃないはず(笑)
 武と霞、祷子、純夏との合体技「石破、ラブラブ天驚けぇぇえええん!」ってのもいいなぁと、Gジェネ最新作ムービーを見つつ思い、夢想に浸るこのごろです。
 ↑でも霞がこのセリフを吐くところを想像すると、なんか笑えるw っていうか想像できないw
 上の技でハイヴをぶっ壊すとか、なかなか楽しめそうw ギャグ調で。
 でもマブラヴはシリアス空気が作風だからなぁ・・・・・・・・・・・・。