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 白銀武の日記より


 小6から中1くらいの年齢でムラムラするのって、変態なんだろうか?


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 10月27日 PM18:00 ブリーフィングルーム


 VFA-01
 オルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、別名−特殊任務部隊A-01。
 香月夕呼博士直属の非公式実働部隊であり、作戦実行のためにはコストを問われず、絶対の成功を求められ、オルタネイティヴ第四計画を完遂させるため、それに特化した作戦のみを遂行する専任即応部隊という面がある。
 国連軍が表立って関与できない作戦であっても、超法規的措置により派遣されるが、その過酷な任務内容から人員損耗率が最も激しい部隊であり、当初100名以上所属の連隊規模を誇った部隊も今や伊隅大尉率いる第9中隊、10名を残すのみだ。
 この部隊は通称『伊隅ヴァルキリーズ』と内輪のみだが別呼称もあり、部隊長である伊隅みちる大尉がどれだけ慕われているか分かる部隊でもある。

 この隊は夕呼の方針から、軍隊としては破格の自由な風潮があるが、きちんと隊規も存在する。
 それはヴァルキリーズの隊員達が、事ある毎に宣誓する隊規。
 心が挫けそうになったりした時、心が油断しそうになった時、己の心を叱咤して立ち直させる為に、誓うもの。


『死力を尽くして任務にあたれ~Be desperate and carry out a duty~』


『生ある限り最善を尽くせ~Do your best as long as there is a life~』


『決して犬死にするな~Never die in vain~』


 この隊規は武自身もずっと使い続けた隊規であり、幾度となく使ってきた言葉でもある。
 さて、そんな伊隅ヴァルキリーズのメンバーは、夕食が終わった後、夕呼の呼び出しでブリーフィングルームに集められていた。
 先任メンバーに、新規で207A分隊を加えたヴァルキリーズは、最近はもっぱら連携の練習や新人の技術向上に努めており、また実戦がしばらく無いことから訓練に打ち込め、心身共に充実していた。
 従って和気藹々と雑談に花を咲かせつつ夕呼を待っている。

「大尉〜〜、今日は副司令はどんな用事なんですか? まだ動かし足りなくてうずうずしてるんですけど」
「さて、分からないな。私も集まりなさいとしか言われてないのでな」
「あ〜あ、退屈よねぇ、こうして待ってるだけってのも」

 文句を言っているのは速瀬水月中尉。突撃前衛長という部隊NO.2のポジションにつき、また最前線で戦うことから部隊最強の存在だ。
 彼女の実力はトータルバランスでいえばい部隊長に伊隅大尉に負けるとはいえ、近接戦闘などの戦闘技術面だけで見れば最強の衛士だ。それはセンスだけ見れば帝国軍や斯衛軍でもトップクラスに位置する実力だ。さらに数日前に渡された新OSにより、部隊の実力は跳ね上がったといってもいい。
 そんな彼女に横から突っ込みがきた。

「大尉、速瀬中尉は欲求不満で体を持て余してるそうです――――」
「なっ!? 宗像〜〜〜!!」
「――――って、築地が言ってました」
「ひゃうっ!? わ、わ、わたし!?」
「築地ぃ! あんたいい度胸じゃないの!」

 さらっと人に押しつけた宗像美冴。
 同じ国連軍軍服を着ているはずなのに、彼女が着ると妙に色っぽく見えるとは、隊の誰もが一回は思ってしまう。

 一方で、いきなり何の脈絡もなく罪を押しつけられてとばっちりをくらったのは築地であった。
 彼女は事あるごとに宗像のイタズラに巻き添えにされるという、哀れで弄られキャラの子であった。

「アハハハッ。多恵ったらかわいそう〜」
「もう、水月先輩ったら」

 そんな様子を笑ってみているのは、柏木と涼宮茜少尉だ。
 同じ訓練部隊のころからの付き合いの彼女たちは、築地の独特な性格故に弄られるのは判り切っていた。
 茜は尊敬する水月と、大事な姉である涼宮遙が水月を宥める光景を見て呆れつつも楽しそうに見ていた。

 そんな雰囲気の中、伊隅みちるはジッと考え込んでいた。
 集合の指示を貰ったときの、夕呼のニヤ気顔を思い出し、5年の付き合いからみちるの警戒心が警鐘を鳴らしていた。
 ここ半年はまったく過酷な任務が入らなかった為、みちるは安心して訓練に打ち込めたのだが、そろそろ“来る”はずだと思っていた。

 ちょうど半年前、つまり207A分隊が配属される前は、同隊の風間祷子少尉の隊が全滅し、唯一生き残った祷子も精神的に参る状態が続いていた。
 そして祷子が先任となり、後輩である207A分隊が入ってきた時、ようやく祷子自身の本来の優しさやおっとりした空気が戻って来て、精神の均衡を保ったようだったのだ。
 それから半年も任務が無く、みちるの見立てでは完全に回復した持ち直した祷子に安心し、新人の育成に力を入れてこられた。
 ―――だがどうやら……そろそろ、そんな平穏も終わりのようだ。

(あれほど忙しそうに……それも危機感さえ感じさせるほど、副司令が研究に没頭していたのに、ここ数週間は余裕さえ見受けられる。ということは、何か来るだろうな)

 また大事な部下が戦死するんだろうか。
 過酷な任務に必ず付いてくる部下の死に、思わず心が重くなる。
 こんな時、みちるは常に考えてしまう。帝国に勤めている姉ならば、あの何でも上手くこなしてしまう姉ならば、部下を死なせない作戦・指揮が執れるんじゃないだろうか、と。

 才女の姉と比べてコンプレックスがあるみちるは、それ故に完璧さを求めて『堅い』人間になってしまったのだが、それを彼女自身が止めることはできなかった。

「大尉? どうかしたのですか?」
「体の調子が悪いんですか? 大丈夫ですか?」

 難しい顔で考え込んでいたのを外に出してしまったのだろう。
 祷子と遙が小さな声で心配そうに尋ねてきた。他の者に心配かけないようにするための彼女たちの配慮がすごくありがたい。

「いや、何でもない。少し考え事をしていただけだ。心配かけたな」
「そうですか? 無理はなさらないで下さいね」
「そうですよ。無理ならきちんと仰って下さいね」

 もっとしっかりしなくては、と己に叱咤し、気合を入れなおしたみちる。
 すると扉が開き、そこから見知った人物が入ってきた。

「神宮寺軍曹?」
「「「「「教官!!」」」」」

 新任が教官と呼んだことに対して、もう教官じゃありませんが、と漏らしながらも、優しい表情で微笑む。
 そう。ここにいる衛士の皆が、この神宮寺まりも軍曹に鍛えられた、教官と教え子の関係なのだ。
 皆が懐かしそうに駆け寄り、まりもに敬礼を返す。形式的な挨拶を終えると、遙が尋ねた。

「神宮寺軍曹も副指令に呼ばれたのですか?」
「そうなのよ。さっきいきなりね。私も訓練兵のごたごたで忙しいのに……」

 溜め息を吐きつつも、でもあの夕呼だからねぇ、と諦めているまりもの様子に、皆は苦笑した。
 すると茜がまりもの言葉に反応して尋ねた。

「訓練兵のごたごたって……千鶴たちに何かあったんですか?」
「ええ、まあ……彼女たちが使ってる部屋、数日前から一つに纏められてね。それ以降ずっと喧嘩が絶えないのよ。部隊内の空気も最悪、チームワークも前から成ってなかったけど今は余計にバラバラ。だからちょっと、ね」
「ああ、なんか想像できるね」

 柏木が納得、というようにうなずき、高原・朝倉も頷く。
 すると207B分隊の情報に詳しくなかった宗像が疑問の声を上げた。

「訓練兵に今まで個別の部屋だったのですか? それは随分扱いが良いな……」
「ええ。彼女たちはいろいろと訳ありでね」
「ですが軍曹の下で鍛えられているということは、訓練課程をクリアしたら私達の元に配属ということですよね? それでチームワークすら取れないというのは、正直いって迷惑だな」

 宗像が顎に手を当てて思案するように言う。
 その意見には水月やみちるも同意権だった。どんな背後関係や事情があれ、配属される以上はチームワークが取れませんなどの言い訳は通用しない。むしろ配属されるだけ迷惑だった。

 茜は榊千鶴の友達であるので、宗像の辛辣な意見に横槍を入れようとしたが、曲りなりにも少尉となった茜は宗像の意見も理解できる。
 すると、祷子がおだやかな声で疑問の声を上げた。

「ですが、よくこれまでの規定を覆す内容ができましたね? 個室を割り当てられてた訓練兵が同室にさせられる、というのは余程の上官でないと難しいと思いますが。それにチームワームができない子たちが同室になるというのは、その辺の連携についても熟知している現場の人物の指示かと思いますが」

 祷子の疑問に、皆もそういえばその通りだな、と思った。
 今でこそ当時の同室に関しての効果を感じている先任は、衛士になった今だからこそ気付くことであった。それを恐らく指示を出したであろう副指令で文官の夕呼が気付くとは思えなかった。

「いえ、それも不思議な話なんだけど―――」

 まりもが不思議な少年について遠まわしな表現で逸らそうと思った時だった。
 タイミングを見計らったかのように扉が開き、そこからいつもどおり飄々とした夕呼が入ってきた。それと同時に隊員もピタリと静まり、視線は夕呼へと集まる。

「・・・・・・?」

 しかし、いつもと違った。
 副指令の背後には、いつも地下の機密フロアにいて何かをやっている謎の美少女・社霞がいて、さらに背後には社と同年齢程の小さな日本人の男の子がいた。

 外見年齢は、およそ12歳〜14歳くらいだろうか。
 身長はまだ成長期に入ってないのか、男だが自分達より頭一個分低い。
 服装も社と同じで正規の国連軍仕官服を着ていて――――

(・・・・・・・・・・・・っ! ALTER_NATIVE Wだと!?)

 少年の肩にある腕章を見て、社と同じ第4計画の紋章を付けた制服を着ていた。
 しかもその少年は、頭を包帯でぐるぐる巻きに覆っており、一目で重症の怪我を負ったのだと解る。年齢も相成って、とても痛々しく感じる。

「気をつけぇ―――――! 敬礼!」

 水月の号令と共にハッと我に戻って敬礼するみちる。
 周囲に視線を向けると、同じように慌てて敬礼する姿が見られ、どうやら水月を含めた皆が謎の少年に気取られていたと察せた。

「速瀬〜〜。堅っくるしい無意味なことはするなって言ったでしょ」
「すいません」

 半ば挨拶となっている遣り取りの後、夕呼は気だるそうな顔で皆を見回して言った。

「はい、おつかれさま〜〜〜。今日は急に集めちゃった訳なんだけど、こいつの紹介をしとこうと思ったの。あんた達とも関係ない話じゃないからね」

 クイッと親指で示した先にいるのは、先ほどの少年だ。
 よくよく見ると、気味悪いほど落ち着いている。視線は定まり表情は読ませず無表情。頭部の頂点から中垂線を通った綺麗な姿勢。ちょっとは視線が集まった事に居心地悪そうにしてもいいものだが、子供にしては“落ち着き過ぎ”ていた。

「ほら、白銀。挨拶」
「はい」

 少年特有の幼く甲高い声が響き、一歩前に出て、余りにも自然な―――様になっている―――敬礼と共に自己紹介が始まった。

「どうも、初めまして。只今、香月夕呼副指令よりご紹介に預かりました、白銀武特務少尉です。皆さんのこと、伊隅ヴァルキリーズの事は副指令から聞かされていました。自分は第4計画直属の専任部隊、A−01部隊の姉妹部隊として、A−00に着任致します」

 少年は挨拶すると一人一人に視線を向けた。
 最初に自分に目を向けられたみちるは、思わずジッと少年を見つめてしまう。

 その視線は――――不思議なくらいに親しみ満ちた優しい眼であった。

 水月や遙、新任連中にも同じような眼で見つめ、そして祷子と宗像のところでさらに優しい目になり、小さく会釈さえした。
 祷子や宗像は戸惑ったようだが、ニッコリと優しい笑顔で返す2人。宗像はやはり根はやさしい女性であった。

 少年が一歩下がったところで、ふと全員が固まった。
 少年の言葉をようやく理解したのだろう。
 自制心に甘さが残る新任の高原が戸惑ったように手を上げて質問した。

「あ、あの、副司令。こんな小さな子が……え? A−00?」

 要領を得ない言葉であったが、誰も咎めない。
 上官であるみちる達ですら戸惑っていたのだから、いかに常識外れの事かが分かる。

 そんな彼女たちの反応に、武は「やっぱなぁ」と洩らし、夕呼はニヤニヤしながら皆へといった。

「そ、A−00。部隊名は『SEED』……声優ネタだけどね」
「は?」
「ゴホン……とにかく! A−00はあんた達A−01部隊の姉妹部隊として発足したわ。主な任務はあんた達の任務に随伴する形での遊撃ポジションに位置するから。もちろん他の任務兼任だからちょくちょくいなくなるけど、それは気にしないで」

 夕呼の言葉に唖然となる一同。
 そんな彼女たちを放置してさっさと話しは進む。

「で、白銀同様、この社もA−00に配属となるわ」
「……社、霞です…………皆さん、よろしくお願いします」

 か細い声で言う霞。小うさぎのようで実に可愛らしい。

「で、伊隅」
「あ、は、はい」
「今日からこの白銀にXM3の使い方を教えてもらいなさい。ああ、教導だっけ?」
「は、はい―――――――って、は?」

 目が点になるみちる。誰が、誰に? という表情だ。
 そんな彼女を、夕呼はこういう顔が見たかったのよね、と言わんばかりにニヤニヤして言う。

「だからこの白銀に、あんたたちが、XM3を含めた戦術機の扱い方を教えてもらって強くなりなさいって言ってるの」
「え、いや、しかし、ですが副司令。こんな子にそんなことが―――」

 みちるの言葉は皆の胸の内を代弁した言葉だった。
 特に茜や水月などは、しばらく呆気に取られていたが、すぐに自分たちの実力が馬鹿にされたのだと気づいて、かなり苛立っている。
 明らかに年下な子供と比べられて、自分達が下だと言われたら、ムッとするのは当然だった。

 そんな彼女たちの、ある意味無礼である反応にも夕呼は口元を釣り上げて言う。

「あら、こいつがXM3の発案して、テストパイロットとしてデータ録りもしたのよ? こいつ以上にXM3を扱える奴は世界を探してもいないわよ。もっとも対外的には私が発案・製作したことになるけどね」
「いえ、ですが実践経験もないような子供に―――」
「誰がないって言ったのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」

 みちるの言葉に被せるように言った夕呼の内容に、全員が硬直した。
 そして自然と武へと目線が向き、そして頭部の怪我に視線が行く。
 そんな一同に、呆れたような演技をしつつ、夕呼は武の頭にポンポンと手を乗せた。

「白銀の実践経験なら誰も文句付けれないわよ? 機密に抵触するから詳しくは言わないけど、実戦年数だけなら伊隅、まりも。あんた達の2倍近くはあるし、出撃回数は1000回近いから。あ、こいつの頭の包帯は出撃の怪我じゃないからね」
「「「「「「「「「「〜〜〜〜〜〜っ!?」」」」」」」」」」

(そんな……曰くつきありまくりな説明しなくてもっ! なんか俺ってスーパーマンのような異常者みたいじゃないかっ!)

 武は無表情で落ち着き払った様子を見せつつも、内心では慌てて毒吐きまくっていた。
 もちろんそんな武の気持ちをリーディングしていた霞な、僅かに口元を綻ばせて笑っていた。

 というよりも、どう考えてもおかし過ぎだ。伊隅大尉やまりもよりも実戦年数が2倍近いということは10年近くということになる。
 武の外見年齢から計算すると、どれだけ幼児のころから戦ってたんだという突っ込みさえしたくなる結果が出てしまう。
 もっとも、まりもは教導隊で実戦を戦うよりも、教官歴の方が圧倒的に長いのだが。

「そういう訳だから、こいつ以上にあれを扱える衛士はいないってこと。わかったぁ〜?」

 全員を舐め回すように見まわし、ニヤニヤとする夕呼は悪役っぷりが見事だ。
 もっとも、試しているというオーラが出ているので、ヴァルキリーズが挑発に乗る訳ないのだが。

「じゃ、さっそくシミュレーターに搭乗しましょうか。夜は何をしようとしてたの?」
「はっ。これからヴォールクデータを使ったハイヴ攻略シミュレーションを行う予定でした」

 一早く立ち直ったのは、やはり部隊長のみちるであった。やはり新任はいまだに呆気にとられていて立ち直りが遅い。
 祷子や遙などは武を見て、気の毒そうに潤んだ目で武を見てきた。きっと武の事情を想像してしまったのだろう。

「じゃあ白銀も加えてやりなさい。ああ、白銀。あんたはさっさと進攻して道を切り開いてやんなさい。XM3の手本を見せるには丁度良いわ」
「了解。ですが夕呼先生。自分はコレがありますが、もうシミュレーター等の運動をしても問題ないのですか?」

 頭の包帯について尋ねる武。手術してから3日経ってないのだ。聞きたくなるのも当然だ。
 しかし夕呼は呆気なく許可した。

「大丈夫よ。一応、専門家の許可は出てるし、この2日で傷は塞がってるしね。それにシミュレーター。問題ないわ」
「分かりました。では強化装備に着替えて来ます」
「……手伝います、武さん」
「おう、頼むわ霞」

 武と霞が出て行く様を、ヴァルキリーズは戸惑いつつ見送った。






 ◆◆◆◆

 10月27日 PM19:00 シミュレータールーム


「01より各機。本実習の最終目的は、ハイヴ最下層、大広間のにある反応炉を可及的速やかに破壊することだ」

 みちるから今回のハイヴ攻略シミュレーションに関して作戦概要が説明される。
 いつものメンバーに加えて、新たにA−00の武が加わったが、基本的にポジションの変更はなし。しかし遊撃という不規則なポジションに加わった為にヴァルキリーズの戸惑いは大きい。
 そこで武から、今回はひたすら自分のことは無視してくれて構わないから、ヴァルキリーズはいつもどおりやって下さい、と言われたので、みちるはとりあえずは基本のポジションで行うことにしたのだった。


A小隊  右翼迎撃後衛 ヴァルキリー1 伊隅みちる
            ヴァルキリー7 高原まゆみ
            ヴァルキリー8 麻倉佳代

B小隊  突撃前衛長  ヴァルキリー2 速瀬水月
     強襲前衛   ヴァルキリー9 築地多恵

C小隊  左翼迎撃後衛 ヴァルキリー3 宗像美冴
     制圧支援   ヴァルキリー4 風間祷子
     強襲掃討   ヴァルキリー5 涼宮茜
     砲撃支援   ヴァルキリー6 柏木晴子

CP将校 涼宮 遙


A−00

 遊撃 白銀武    突撃前衛兵装
 遊撃 神宮寺まりも 突撃前衛兵装(暫定)


 全体への攻撃を手厚くし、そこに前衛が掃討して道を空け、周囲の打ち洩らしを中盤のA小隊が受け持つという布陣のようだ。
 なるほどなぁ、と思いながら武は停止中で網膜に映る『ヴォールク・データ』のハイヴ内光景を見渡していた。

 武の姿はヴァルキリーズには一応見えている。これがデスティニーだと音声のみになり姿すら隠されるのだが、やはりお互いの顔が見えるのは一番いいな、と武は思った。

「ミンスクと横浜でのハイヴ内に於けるBETA出現率の統計と、携行弾数及び兵站の限界を考慮すれば、戦闘継続限界時間はおよそ90分。出現したBETAを全て相手にしていたら、あっという間に丸腰になるぞ」

 みちるの語気が強くなり、隊の皆の表情が真剣になる。気が弱いらしい麻倉は緊張して顔が強張り過ぎなくらいだが、ほど良い緊張感が包む。

「最深部に到達した際は、各機に装備されているS−11を以って反応炉を破壊せよ。また神宮寺軍曹は暫定ながら白銀と同様にA−00に組み込まれ、遊撃のポジションについてもらう」
(・・・・・・実はフェイズ4以上のハイヴは、S−11の1発だけでは破壊しきれないからなぁ・・・・・・ま、このシミュレーターで指摘する事ではないな)

 そう、あくまでもこのシミュレーターでは破壊できることが前提で成り立っているシミュレーションなのだ。事実がどうであれ、今は言うべき内容ではない。
 武がそんなことを考えている間にも、みちるは皆に、唯一ヴァルキリーズが死ぬ場所を許されているとしたらこの反応炉の場所だけだと説明して行く。

「一番奥なら静かそうでいいわね〜〜。ゆっくり眠れそうよ」
「ふふふ・・・・・・どのハイヴも入り口辺りはとっくに満員でしょうからね」

 これまでの歴史で行われた攻略戦においての経過を知る水月と美冴は、軽口を叩き合う。
 するとみちるが意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

「速瀬、そういう軽口は中階層を突破してからにするんだな」
「あちゃ〜〜」
「一本取られちゃいましたね、速瀬中尉」
「風間〜〜〜、あんたも少しはフォローしなさいよ」

 軽口を叩き合う余裕がある先任に比べて、柏木たち新任は表情が固い。
 彼女たちはハイヴシミュレーションはまだ今回を含めて2回目。まったく余裕などない。

「今回の実習からは、白銀が発案したというXM3搭載機の機動が実現可能となっている。前の結果を下回ったりしたら覚悟しろよ?」
「りょう〜〜かい」
「即応性30%向上ですからね。それは無いでしょう」
「その分、繊細な操作性が要求されますから、そこだけ見れば大変だと私は思いますが」

 まだXM3を使い始めて3日しか経ってないので、旧OSに慣れきっている古参の先任たちからしてみれば、なかなか癖が抜け切らないのだろう。
 祷子が困ったような顔をしつつ言うと、水月たちは違いない、というように頷いて同意していた。

「全員、白銀の機動もしっかり見とけよ。副指令曰く、自分達はまったく使いこなせてないそうだからな」
「もちろん、しっかりと見させて頂きますよ。ねぇ、白銀?」

 ニヤニヤと口元を吊り上げている癖に、まったく目が笑ってない水月に、武は苦笑しつつ応えた。

「ええ。しっかり付いて来て下さい。今回は実戦ではありえないことに、支援も陽動も100%機能している前提ですからね」
「!! あんたも言うわね〜〜〜〜」
「まぁ、XM3は俺の機動イメージを実現する為に、夕呼先生と霞に作ってもらいましたから。それに大群のBETA相手にするのは慣れてますんで」
「・・・・・・ほぅ」
「無茶しないようにね、白銀君」
「心配してくれてありがとうございます、神宮寺軍曹」

 武の言葉に、興味深そうにする美冴。
 まりもは武の年齢がどうしても拭えないのか、訓練中にも関わらずに優しい顔で心配そうにしていた。
 茜などは「子供の癖に何をえらそうに・・・・・・」と文句を言いたくて仕様がなかったが、みちるや水月や美冴や祷子などは武の持つ雰囲気や落ち着きっぷり、そして参照できるバイタルデータで全く緊張していない事実から、本当に実戦を潜ってきていると確信していた。
 もちろん、自分の実力を低く見られている水月はそれとは別にムカついていたが。
 みちるがその様子を見て口を挟んだ。

「今回は更に、特別にCP兼戦域官制の涼宮が入る。ハイヴ内で迷う事もない。XM3をどれだけ使えて潜れるかを見るものだ。絶対に我々の記録である中階層前までの記録を塗り替えるぞ」
「「「「「「「「「「「了解」」」」」」」」」

『ヴァルキリーマムより中隊各機。作戦開始まで360秒。兵装及び機体のチェックを開始せよ』
「今回は標準的な突入戦兵装が選択されている。兵装チェックで各自与えられたポジションを再認識しろ。また白銀の兵装は突撃前衛の兵装となる」
「「「「「「「「了解」」」」」」」」
「了解」

 伊隅大尉のこの指示を聞くのも懐かしいなぁと、妙なところで懐かしみジーンとしている武。
 一応、手元の装備を確認しつつ考えごとをしているから器用なものだった。

 87式突撃砲、92式装甲、呼び断層が36mmが4、120mmが2。
 近接戦闘長刀が2。短刀が2。

 水月がエレメントを組んでいる築地と話をしたり、みちるが隊の高原と麻倉の3人で話したりと、各部隊に相談の余念がない。
 そうこうしているうちに、時間が来た。

『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー1。作戦開始5秒前』
「ヴァルキリー1了解―――――全機機動。敵を殲滅しつつ前進せよ!」

 部隊長からの号令と共に、各機から機動音がうねりを上げる。
 シミュレーターとはいえ、本当に実機そっくりに振動がつたわってくる。

 マップの奥からBETAの中隊規模の進軍が標準され――――。

『ヴァルキリー・マムより中隊各機――――中隊規模のBETA群接近中。10時の方向距離2000!」
「―――ヴァルキリー1より全機に告ぐ! H−48の『縦抗』からB−7の『広間』に抜ける」
「ミサイル攻撃を合図に噴射跳躍―――以降兵器使用自由!」

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」
「了解した」

「築地、行くわよ!! 突撃前衛の名を汚すんじゃないわよっ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「―――ヴァルキリー3より制圧支援全機! ―――攻撃開始ッ!」
「ヴァルキリー5、フォックス1!!」
「ヴァルキリー6、フォックス1!!」

 激しい爆音と銃声の音を合図に、11機の不知火が飛び出した。









 ――――開始から1時間。

 中階層に到達した時点で、新任組みは全滅。先任組みとまりもは大きく武から離され、そして中階層にてついに全滅した。
 中隊でのここまでの深度は世界を探しても素晴らしい戦果であり、驚異的といっても良い。
 また部隊内でも到達深度は記録更新であり、伊隅もその戦果には喜ばなくてはならなかった。

 しかしシミュレーターから下りてきた、戦死判定されたヴァルキリーズたちの表情は固く、そして暗い。
 誰も口を開かず、大型モニターに移されている、未だにハイヴ内で戦い続けている武の映像に釘付けになっていた。
 それも仕方がないだろう。

 上層入り口から始まったシミュレーターにおいて、A−01とまりもの機体は、武の機体と放される一方だった。
 武には支援が一切ない。その状態にも関わらず、無謀にも水月よりも遙かに前に飛び出し、突撃級や要撃級の間かいぐぐっていき、前腕の攻撃スレスレを縫って進軍していく。
 その行動は、命の喪失に対する恐怖はないのか、と問いたくなるほどのギリギリの戦い。
 そして常軌を逸した動作。BETAを踏みつけて飛んだり、BETAの屍骸を掴んで叩きつけたり、機体を回転しながら銃を乱射し、その全てを全方位のBETAに命中させる技術と発想。
 BETAを無視して飛び越える、『上』への跳躍。

 武は下層に到達し、まだ1人で暴れまわっている。
 その異常性を目の当たりにした遙は、途中から何も声が出せなくなっており、完全に武1人でMAPを見ながら進攻していた。
 みちるは、自分達とはまるで異質な思考をもつ少年に対して寒気が襲い眩暈がした。

((この子は・・・・・・))

 祷子とまりもは武の戦闘技術に戦慄し、そこまでに至った武の衛士としての軍歴に想いを馳せ、悲しくなった。
 この少年だって、初めからいきなりこの戦闘が出来た訳ではないだろう。才能では片付けられない技術という名の経験を感じる。
 何せ先ほどからバイタルデータを見てみたら、興奮状態を認められるに関わらず、脳波は平常の状態を保っていて、視線だけは絶えずあちこちへキョロキョロと向けているのだから。

 どうせ大したこともない、どこかのボンボンで、親の権力・七光りで入ったガキだと思っていた茜など、夕呼の性格をまだ詳しくしらない者は自分の考えが下種の勘繰りだったことに気がつき呆然としていた。
 ほとんどの連中が呆然としている中、背後から楽し気な声がかけられた。

「どう? ああいうのを『見た目も美しい機動』っていうのよ。分かったぁ〜?」

 フフンと憎たらしい顔でニヤニヤしながらやってきた白衣姿の夕呼に、一同は強張った表情を向けた。
 そんな一同の内心を無視して夕呼はニヤニヤと楽しむ。

「こういう機動がXM3を使いこなすっていうのよ。あんた達がやってたのはただの即応性の向上の成果のみ。まったく機能を使いこなせてなかった。それなのに私に対してこれだから技術仕官は、みたいな呆れ顔してくれてねぇ・・・・・・」
「「「う゛・・・・・・」」」
「ああ、あいつってば光線級、重光線級が大量にいる中でも普通に跳ぶわよ? 信じられないだろうけど」
「そんなっ・・・・・・・・・・・・それはいくらなんでも」
「私もあいつの言葉を聴いて唖然としたんだけど、光線級がいるのに跳ぶなんてバカ? って聞いたら、あいつ何て言ったと思う?」
「・・・・・・なんて言ったんですか?」

 以外にも、部隊長のみちるではなく、部隊のナンバー3である美冴が険しい顔で聞いた。
 夕呼は呆れた様子でモニター内の武を見つつ言った。

「それがね・・・・・・『それなら避ければいいだけじゃないですか。それより上に跳ばない方が勿体無いです』とか言ったのよ? しかもそれを実戦証明されちゃ認めざるを得ないって訳」
「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」」
「ああ、安心して。あいつは私の右腕としての自覚あるし、自殺願望なんか無いから」

 言葉が出ない一同を尻目に、シミュレーターの方はついに大広間に突入し、武はS−11を仕掛けて爆破し、作戦成功の合図と共にシミュレーター機から出てきた。
 激しい機動を行い続け、過負荷なGを味わっているはずの武だが、軽い足取りで地面に飛び降り、近づいてきた霞からタオルを受け取って汗を拭っていた。
 汗を拭いた武は、霞の頭を撫でて感謝し、霞は嬉しそうに口元を緩ませて頷く。

 そんな微笑ましい光景の後、武は身体を解すように肩や腕を揉みながら皆の元にやってきた。
 一同の視線が武に集中する。

「白銀〜〜〜、あんたいきなり世界記録をあっさり塗り替えたわね」

 夕呼の言葉に武は目を丸くし、そして今気づいたといわんばかりに手を叩いた。

「ああ、そういえば今の歴代最高記録は、帝国斯衛軍紅蓮醍三郎大将の選抜部隊による下層到達が最高でしたっけ?」
「そうよ、まったく」
「いや、でも今回の作戦は支援や陽動が100%機能してる、一番楽なものでしたからね。きっと紅蓮大将だって―――」
「ムリよ、いくら斯衛だろうがね。あんた自分の力を過小評価し過ぎだわ」
「ま、まあXM3があってこそですから。きっと紅蓮大将だって慣れればこのくらいの記録は出ますよ」
「紅蓮大将は、ね」

 夕呼はやれやれという溜め息を吐いた。
 この白銀武という男は本当に自分に対する評価が低い。過去の自分の才能に舞い上がっている時に味わった挫折があるからだろうし、その原因を作ったのは夕呼本人なので、なんとも文句付け難いところがあった。

 しかし彼が“ゾーンに入った”時の力を知っている夕呼としては、それを否定したいのだ。
 それは何故か。
 あの香月夕呼が、その時の武を見て鳥肌が立ったほどなのだから。
 そんなやりとりをしている彼女に、みちるが部隊長として声をかけた。

「あ、あの副指令」
「ああ、なに?」
「我々はこれから白銀少尉から教導を受ける内容で、しばらく訓練を積んでいくことでよろしいでしょうか?」

 みちるの言葉に、夕呼は驚いたような顔をわざと作って尋ねた。

「あら。伊隅、あんた認めたの? こんな見た目がガキの技術を」
「・・・・・・確たる事実として、この少年の―――白銀少尉の実力は我々の間で群を抜いています。部隊を預かる者として、有益なものは全て取り込みたいのです」
「へぇ〜〜〜」
「そして白銀少尉は副指令の懐刀のようですから、こちらも安心して信頼できます」
「あら、分かっちゃった?」
「はい。副指令がわざわざココに来て少尉に構うことを、余計な手間を嫌う副司令がする訳ありませんから」
「ふふふ・・・・・・分かってるじゃない。さすが伊隅ね」

 みちるの言葉に満足そうに笑う夕呼。
 武も怪しさ爆発の自分に対して、短時間ながらも受け入れる言葉を発したみちるに、改めて凄い人だと認識し直していた。

「じゃ、明日からこいつに教わりなさい。その後に、新しいハイヴシミュレーション『ヴァルキリー・データ』をやってもらうから、そのつもりでね」
「夕呼、ヴァルキリー・データって何なの?」

 夕呼のあまりのフランクな態度の所為か、まりもは我に返って素でそう尋ねていた。
 まりもの疑問は皆も一緒のようで、一様に頷いて首を傾げている。
 武はこの時嫌な予感がした。何となく自分が遊ばれる空気が漂ったのを感じたのだ。
 そしてそれは見事に当たった。

「まあ基本はヴォールクデータと変わらないわ。ただ白銀の『ハイヴ突入経験』を元に調整された、大幅に難度も構造も変わってるデータのことよ」
「「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」」」」」」」」」
「ちょ!?」
「ほんとなら『白銀データ』でも良かったんだけどね。ま、ヴァルキリーズの為のシミュレーションデータだからそれで行く事にしたの。よかったわね〜〜〜、こいつのおかげでハイヴで死ぬ確率が減って」
「いやいやいやいや」
「あ、そうそう、伊隅」
「え、あ、は、はい。何でしょうか」

 とんでもない言葉を聞かされて動揺するみちる。そんな姿を晒したのは新任が初めてだったのだが、全員が動揺しているために見られずに済んだのは幸いだった。
 武がワタワタと慌てて夕呼の口を塞ごうとする中、彼女はチェシャ猫のように凶悪な笑顔を浮かべて言い放った。

「こいつ、見ての通り子供だから『一緒にお風呂とか入れても』いいわよ。なんなら一緒に寝かせつけてやってね?」
「ちょ、夕呼先生〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「ああ、伊隅じゃなくてもいいから、面倒見てやって。じゃ、よろしく〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 最後の最後に大型爆弾を落として、夕呼はかっこよく白衣を翻して去っていった。
 シミュレータールームには、武の絶叫がむなしく響き渡り、霞の微妙に嫉妬のオーラが漂ったそうな。








 ◆◆◆◆◆





 武は理不尽な現象へ立ち向かった。

『何のために』と。


 夕呼はアホの子に諭すように、彼女にしては気色悪いほど丁寧な口調で教えた。

『恋愛原子核って子供でも放射されるのかどうか知りたいの』と。


 武のこの世界での初めての戦いは、ガックリと肩を落としての敗北だった。





 敗北した武は執務室のソファーに座り込み、ぐったりとひじ掛けにもたれかかった。
 それはもう、大変疲れていた。
 昨日は夕呼が爆弾を落としていった後、何かに目覚めたまりもが、母性心全開でたけるに構ってきたのだ。
 ヴァルキリーズの面々やみちるは夕呼の言葉とシミュレーターの異常性に戦慄してフリーズする中、まりもだけは元の世界の彼女のように優しさ丸出しで武をぎゅっと抱きしめてきて、私が面倒見て上げるわ、とか言ってきた。

 それには武が焦った。
 全力で抵抗した。

 そんな武の様子を、まりもは『大人にならざるを得なかった子供』の虚勢だと受け取ったらしい。
 ますます優しさ全開になり、結局武は風呂も寝床も一緒になってしまった。
 風呂で彼女の全裸を見たとき「喰われる!」と思った武だったが、霞が乱入してくれたおかげで助かったのだった。
 もっともその後、霞にジト目(親しくないと分からない)の無言で睨まれ、武はペコペコと謝った。
 そんな光景もまりもにとっては微笑ましかったらしく、武と霞はまりもに抱きかかえられてベッドで3人で眠った。

 ちなみに、10年ぶりにまりもと接した武は、風呂場で元の世界においてまりもと性行為の場面を10年ぶりに思い出し、思わず内股になるというハプニングがあった。
 またヴァルキリーズの先任は、まりもがマッドドッグと呼ばれる狂犬時代を知っていて、訓練生時にはその身で恐ろしさを味わっていた為、あまりにも優しい雰囲気のまりもに対して、気味悪がってドン引きしていた。その引きっぷりは武の存在を知った時以上だったとか。

(本当の年齢知られたら……俺、絶対にまりもちゃんに殺されるな・・・…ヴァルキリーズの面々には変態扱いかも)

 そんなことを思いながらも、まりもの身体は綺麗だったなぁとか、暖かかったなぁとか。そんな事を考えている武はすでに変態であり随分と余裕があった。
 まぁ、本当の年齢はいい歳だからね。

 ――――クイックイッ
「ん? どした霞?」
「……やっぱり……胸は大きな方が……いいのですか?」
「え゛…………」
「……わかりました……がんばります」
「何を!?」

 キレの良い突っ込みを返す武。霞は決意に満ちた顔で何度もうなずいてた。

「何やってんのよ」

 背後に立っていたのは夕呼。どうやら起床してシャワーを浴びた直後らしく、微妙にボディーソープの香りがする。
 そんな彼女は、霞が自身の胸を悲しそうに見て、何度も揉んでいる光景と、そこに落ち込む武を見て、何か面白いことがあったのかもと楽し表情を浮かべている。

 事情を話すと夕呼は爆笑して、しばらくはお腹を抱えてずっと笑っていた。
 夕呼は霞に「あんたはそのままでいいのよ。そっちの方が白銀も反応するわ」とか言って説得していた。
 アホか〜〜〜〜! という突っ込みをした武だったが、否定もできなかった。そんな武の内を見た霞は納得したように頷くというシーンがあったとか。

 それからようやく真面目な話に入る。
 内容はまずはXM3について。

「XM3についてだけど、今回はあんたはテストパイロットとして名前のみ公開されるわ」
「ということは、開発も発案も全部、帝国軍になって、協力で夕呼先生の名前が入ることになるんですね」
「そうよ。仕方ないじゃない。あんた子供なんだし」
「そうですね。ですがそれならテストパイロットとしてもまずいんじゃ?」
「いいのよ。顔は出さないようにするから。それに分かる奴が見たら察するでしょ。誰が本当の発案者かって」
「…………確かに」

 完全に機能を引き出せるのは武のみ。ならば、いずれ噂で広がるだろう。
 すると夕呼は引出しから1枚の紙を取り出して渡してきた。

「なんスかこれ…………って、いきなり中尉への昇進ですか」
「そうよ。あんたのおかげでOS完成したんだから。それを司令に報告したら昨日付けで昇進って訳」
「なるほど……了解です。承ります」

 武は少尉の階級章を外し、中尉の階級章を付ける。
 これで武は、小隊長になる資格ができた。そして当然、そこに圧し掛かる負荷もまた増えるのだ。
 もっとも武は、その責務からくる重圧は、望むところだという感じで負担にはなってないようだが。
 中尉への昇進を果たした事で、武は前の世界での中尉に昇進したときのことを思い出し、とある人物とその人物と密接な関係にあるとある機体を思い出した。

「そういえば、この頃ってXFJ計画により不知火弐型がロールアウトしてましたよね?」
「ええ、してるけど」
「電磁投射砲とかの技術提供って―――」
「今回は無視したわ。ああ、一応、未完成な電磁投射砲はできたみたいだけどね」

 夕呼の言葉に思わず天を仰ぐ武。
 やはりそうなったか、という表情で、過去の戦友の話していた内容を思いだした。

「たしか99式電磁速射方のブラックボックスとなるコア技術は夕呼先生が前回では技術提供をこっそり行ったんですよね。それってモスクワ、引いてはユーラシア、米国への貸しを作るためですよね。良いんですか?」
「いいのよ。教えたでしょ?」
「・・・・・・技術提供は、小出しにするんじゃなく、一気に出すからこそ意味がある、ですね」
「そうよ。憶えてんじゃない」

 そう。前回は00ユニットの数式の解明で夕呼も忙しく、しかし手持ちでは電磁投射砲のコアについては技術提供くらなら出来たからやっただけだ。しかし今回は違う。
 電磁投射砲の技術は元より、改良型の小型レールガンの技術確立、フライトユニット、デスティニーという新機体の構図、ラザフォードフィールドの実用化、ムアコックレヒテ機関の小型化、Nジャマーキャンセラーの搭載。それらの技術は夕呼という破格の天才が10年もかけて作り上げたものだけに、世界を探してもとんでもない価値がある。
 それを夕呼は未だなお、公開はしておらず、むしろ情報を徹底的に隠している。

 夕呼としては、帝国軍の将軍復権と同時に現政権の無傷での解体が最も望ましいのだ。もちろん、別にどっちが倒れようが知ったことじゃない。なんとか上手く立ち回ることも可能だが。

 そうなると、手数は限られてくる。新潟侵攻からHSST落下事件、天元山の住民強制退去、そしてクーデター。
 それらを踏まえると、クーデター事件を将軍である悠陽殿下の指導により、画期的な対策が取られて無事鎮圧されたと内外に知らしめることで、将軍健在を大々的に発信して復権しなくてはならない。

 つまり夕呼の手により技術等を渡さなくてはならないのは、XM3を含めて帝国でなくてはならない。
 そして共同で製作したとされる兵器と白銀武というジョーカーを持って、極東国連軍は帝国と良き関係を築いていると国民に知らしめ、日本人の悪い閉鎖的思考――米国を過剰批判するところ――を緩和し、そこから足がかりで各ハイヴを落としていく必要があるのだ。

 事実、前回ではXFJ計画に提供したとしても夕呼が得た利益は実践証明だけであり、美味しい思いをしたのは米国・ソ連側だ。しかも裏で暗躍した馬鹿が逮捕されたけれど、実質的にはソ連とアメリカが美味しい汁を啜っただけで、激戦区には大した意味はなかった。

 だが国連軍横浜基地ならば違う。

 少なくても夕呼は徹底的にBETAハイヴを破壊することしか頭になく、政治家相手の対応はあくまでも自分の目的に弊害を生むのが国と政治家であるからだ。
 そして政治家を動かし、排除するのは民主主義である国民だ。
 ならば夕呼は徹底的に帝国との関係を確かなモノにし、他国なんか放ったままにしておかなくてはならない。

 そうすれば、たとえ横浜基地が国連軍という事実を傘に、技術接収しようとアメリカやソ連が文句をつけてきても、帝国がライセンスを持っているということにすれば手は出せなくなる。
 少なくてもアメリカは、安保理を一方的に破棄したという過去を持っていることから表立って攻撃な出来ず、そうなると手立ても限られてくる。
 一方でソ連はそれどころじゃなくなる、というのも夕呼の計算だ。
 夕呼が技術提供しなくても、未完成な電磁投射砲も完成するだろう。しかしその頃にはオリジナルハイヴは破壊した後のはずで、オリジナルハイヴから逃走したBETA数百万体という数はユーラシア・ヨーロッパを蹂躙する。
 そうなると国外対応はやってられず、自国の防衛だけで手一杯になる。そこで帝国と横浜基地が貸しを作る。ライセンスは帝国持ちで、技術を大量に貸し付けるのだ。
 もちろんそれまでにOSに関しては解析されたコピーOS、コピー兵器は大量に出てくるだろう。しかしオリジナルを借りつけるという事実は、国民にも知るところになり、そこで日本とソ連が手を組んで仲良く戦いましょう、という事を発表する。そうなることが、一番両者にとってありがたい結果を生むのだ。

 もちろんこの事実は前回の世界の記憶があるからこそ、夕呼が取れる対応であることは間違いない。
 つまり夕呼が現時点で米国と帝国軍の共同作戦であるXFJ計画に協力をするはずがないのだ。
 だからこそ、時期じゃない、ということ。


「となると・・・・・・あれ? 唯依とか大丈夫ですかね。たしか電磁投射砲が完成してもかなり危なかった戦いがたくさんあったと聞きましたが・・・・・・」
「ああ、篁唯依。彼女なら、不知火弐型が私が協力しなかったら前回の世界とは違って大幅に遅れてね。完成したのもつい先月よ。だから彼女は今はアラスカじゃなく帝国に戻ってるわ。彼女もBETAとの戦闘で怪我したらしいし」
「え、唯依がですか?」
「ええ。おかげで巌谷榮二中佐も心配してわざわざ日本で治療させたらしいわ。まったく、親バカよね」
「ま、まあ、あの人は唯依には弱かったですし」
「ええ。それであの日系の五月蠅いボウヤ・・・・・・なんて言ったかしら、あいつのことも見限って強引に打ち切ったらしいのよ」
「・・・・・・それって、日本と米国、ソ連の関係やばくないですか――――って、そんな訳ないか。一応不知火弐型はロールアウトしたみたいだし」
「ええ。完成したから問題はないわ。まあいろいろとソ連の上の連中が画策して、あの娘の中隊にちょっかい掛け様としてたみたいだけどね。そこは『出向』という立場をとって強引に戻したわ」
「ふむ・・・・・・なるほど」

 武は以前とはずいぶん違う話しに頭を整理しつつ頷く。
 前回では唯依と会ったのはオリジナルハイヴ攻略の1年後。武が大尉に昇進した際に出会い、共に戦闘技術や指揮について切磋琢磨しあったものだった。
 その際に、日系アメリカ人のユウヤ・ブリッジスという男が妙に突っかかってきて、武はその度に『修正』してやって、ずいぶんと唯依に謝られたものだ。
 あの2人は恋人同士・・・・・・とまでは進んでなかったようだった。
 何せ、驚きだったのは、霞と同じようにオルタネイティブVの生き残りの子たちが生き残ってそこにいたのだから。そしてその子たちとユウヤの間にもいろいろあるらしく4角関係を築いていた気がする。

(ん? ・・・・・・そうなるとユウヤのヤツ、悪い癖が直らないまま唯依と別れたことにならないか? 大丈夫か、あいつ)

 武はジッと考え込み「まぁ、男なら自分でなんとかしないとな」と考えてあっさりと考えるのを止めた。
 それよりも武は気になったことがあった。

「それで、イーニャ・シェスチナとクリスカ・ビャーチェノワの2人はどうするんですか?」
「もちろん今現在、彼女たちを横浜に寄越すように交渉中よ。もちろんソ連側は断固拒否してるけど、モスクワ基地もアラスカもBETAに攻め込まれて壊滅したからね。近いうちに2人を寄越す代わりに電磁速射方の技術を寄越せとか言ってくるでしょ。あとXM3か」
「なるほど・・・・・・つまり、その技術の核となる所以外を渡して煙に巻く算段ですね?」
「その通りよ。そもそもこっちが最初にオルタネイティブ3の結果を接収することを国連会議で議決されたのよ? 違反してるのはあっちよ。だからそこら辺も踏まえて『わざわざ親切に』コアを渡して借りを作るのよ。本当に私ってば優しいわねぇ〜〜」

 確かに、やろうとしていることは、その時点のみを見れば優しくともても親切だ。
 それよりずっと先を考えれば、ずいぶんと悪どい考え方なのだが。
 だがそれも、立派な政治だ。

「ってことはいずれヴァルキリーズには、紅の姉妹が来る訳ですね?」
「ヴァルキリーズじゃなくて、A−00―――SEEDに配属よ」
「!? なぜ!?」
「決まってるでしょ〜〜〜。恋愛原子核の究明のためよ。待っててね〜、まりも」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いろいろと突っ込みたいですが、それよりもまず、まりもちゃんはここにはいませんよ、今」
「いないからこそ言うんじゃない」
「・・・・・・・・・・・」

 ヒドイ。
 武は心底まりもに同情した。
 己の知らぬところで親友が自分の恋愛沙汰に首を突っ込んでいるなんて、正直地獄だろ、そう思った武であった。

「あ、もうその包帯とっていいわよ」
「え、昨日の今日でですか?」
「あんたのオペは3日前に終わってるのよ? それにあんたどこか人間離れしてるから大丈夫でしょ」
「ヒドッ!?」

 ギャーギャー文句を言った武であったが夕呼は笑いながら武の包帯を取っ払った。
 それから今後について夕呼と話した武は、執務室から出た。






 ◆◆◆◆





 朝から夕呼に弄り倒された武は、ヴァルキリー・データの最終プログラムに入った霞を激励した後、ヴァルキリーズとの演習前に、207B分隊が演習中の敷地までやってきた。
 久し振りの訓練校を堪能しつつ、演習場に向かうと、まりもの怒声が響いてきた。
 やってるやってる、と思わずニヤケそうになりつつまりもに近寄る。

 冥夜たち4人はランニングを終えた後の2対2の近接格闘訓練をやっているようだった。
 しばらく声をかけないで、武はその訓練の様子を伺う。
 この時、武は己が上官だった時のように、冷たく鋭い目で見定めていたのだが、彼は気付かない。

(やっぱり……な)

 思わず溜息を吐いた。
 冥夜と珠瀬のコンビは問題ない。いささかぎこちなく連携とまではいかないが、普通に2人組のペアとしての機能は果たせている。
 問題は榊と彩峰のコンビだ。ギャーギャーと罵詈雑言が飛び交い、連携もヘッタクレもない。これなら1対2でやった方がマシだと誰もが思う酷さだ。
 遠くの隅から様子を見守る護衛(微妙にストーカーっぽいと未来で言ったら烈火のごとく怒った)の月詠真那なども同じように思っているだろう。

 しかし問題点は彼女たちのペアのみじゃない。
 その後、榊と冥夜というように、全員が一回ずつペアになったのだが、その度に全員が酷い連携だった。
 つまり冥夜と珠瀬のペアも、珠瀬本来の性格から、たまたま冥夜とマッチしたに過ぎず、真の意味で連携していたとは言えなかったのだ。

 そして当然、まりもの怒声がその度に飛ぶのだ。

 彩峰と榊の顔には痣や引っ掻き傷が多く、同室になった影響で喧嘩ばかりしているのだろうと察する。
 さてどうしたものか、と武は呆れながら溜め息を吐く。
 すると、武の呆れた溜息が聞こえたのか、まりもが振り返り、慌てて敬礼をした。

「これは、白銀中尉! このようなところまでわざわざ……と、失礼しました。遅くなりましたが、昇進おめでとうございます!」
「ありがとう、軍曹。ああ、もしかして掲示板に?」
「はい。私は毎朝連絡掲示板を確認しておりますので。そこの人事異動通達のところに、中尉の昇進の旨が記載されておりました」

 まあ当たり前か、武は納得したようにうなずいた。
 いくら武が夕呼の右腕として隠されていようが、国連軍に在籍していることに変わりはないのだ。
 そうなると、昇進の際には掲示板などに昇進の胸が名前と同時に記載されているはずだ。
 もちろん、部隊名などは記載されてはいないが。

「まあ、昇進などどうでもいいさ。自分がやることは決まっているのだから」
「……ご立派です、中尉」

 2人は朝までは一緒だったが、こういう公私を使い分けしなくてはならない場では、きちんと軍人として会話している。
 夕呼がおかしいだけだ。もう一度言う。夕呼がおかしいだけだ。
 まりもは武の言葉に、やはり外見と言葉がチグハグな子ね、と違和感を覚えつつ、その揺るぎ無い信念を称賛した。

「それで軍曹……あの者たちか。例の件の」
「はっ……大変お見苦しい物を見せてしまい、申し訳ありません。私の指導力不足による不徳と致すところです」
「…………」

 冥夜たちは格闘訓練を停止し、こちらをじっと見ていた。教官が突然敬礼して敬語で話しはじめれば、何事かと手を止めるのも仕方ないだろう。
 そして彼女たちも習って敬礼しようとしたはずだ。武を見るまでは。
 相手は子供、しかもまだガキといえる相手に、教官が敬礼していれば、驚きで固まるのも仕方ない。

「小隊、集合!」

 まりもの号令で、慌てて集まってくる冥夜たち。戸惑いながらもまりもの敬礼の号令により、挨拶をした。
 まりもが武より一歩さがり、紹介を始めた。

「こちらの方が白銀武中尉だ。貴様らがあまりにも不甲斐ないからこの度このような所までわざわざいらっしゃって下さったのだ」
「白銀武だ。よろしく頼む」

 武の短い挨拶に、冥夜たちは呆気に取られた。
 彼女たちの疑問は、榊が呆然と洩らした一言で代弁された。

「え……中尉って、だってこんな子供が……」

 信じられないのは無理もない。そもそも彼女たちはそれぞれ身分高い父親の娘だが、軍人としては素人同然。どんな闇があり、どんな理不尽があるのか、それは知識でしか知らず、実感などまったくしてないのだから。
 そんな榊の言葉は、上官侮辱罪となる。まりもは眉を吊り上げ拳を振り上げた。

「榊! 貴様、上官に向かって――――!」
「待て、神宮寺軍曹」
「! ―――はっ」

 まりもが動く寸前に静止をかけたので、榊は修正という名の拳を喰らわずに済んだ。
 しかし彼女たちの気持ちはどうやら一緒のようだ。彩峰などは武を馬鹿にしたように口元を吊り上げているし、冥夜も眉間に皺を寄せて考え込んだしぐさをしていることから、武がどこかの有力政治家の息子だと判断しているのだろう。榊は殴られずに済んだことにホッとしているが、武に対して強い視線をぶつけていることから、彼女の思惑と正義から武が真逆の存在だと思って、子供相手ながら敵愾心があるのだろう。

 榊千鶴という女性は、父親が内閣総理大臣:榊是親首相である。榊首相は光州作戦で彩峰慧の父親であある彩峰中将を生贄にしたり、米国を中心に積極的に交流してきた人物だ。その行動から国民や軍部からは売国奴と思われており、敵は非常に多い。しかしこの榊首相こそオルタネイティブWを国連に認めさせた功労者でもあり、夕呼のスポンサーでもある。

 そんな父親に榊は反目し、国連軍に入隊した。権力を求め、ひたすら上に行くことを願っている子であった。
 それ故に武は気にいらない。子供の癖にコネで入隊し、自分より遥かに上の中尉という階級に着いている。大した努力もせずにその階級に着いているのだ。榊千鶴はそれを許せない。

 もちろん武はそれを知っている。
 そして榊の思想は間違ってない。むしろ正しい思想だろう。しかし、全てにケースにそれが当てはまる訳ではなく、正しいことをしていれば上の階級に上がる訳でもない。

 武は過去の新人衛士であった部下を思い出した。
 別に今の彼女たちだけが特別だった訳じゃない。桜花作戦以降も、特別な肩書きを父親に持つ息子や娘はたくさん入ってきた。
 そして彼らに等しく見られたのは、ご立派な思想と固すぎる正義感であった。
 それを破壊するのは武は毎度骨を折っており、若さと未熟さ故の視野の狭さは非常に厄介なものだ。

 武は制止したまりもの前に出て、嫌味っぽく口元を歪ませて鼻で笑った。

「貴様らのことは副指令から聞いている。各々にご立派な思想があり、それを振りかざしたまま総戦技演習に挑み、予想通り落ちてムダ金を使わせられた、堕ちこぼれな役立たず訓練兵だと」
「「「「〜〜〜〜っ!!」」」」

 彼女たちの顔が一瞬で羞恥と憤怒で染まった。権力に傘を着た無能なガキに言われたくない、そう言いたげな感じだ。
 武は予想通りの反応に内心でほくそえみ、そして言った。

「ふん・・・・・・なにか言いたそうだな? 事実を突かれたからか?」
「中尉、発言してもよろしいでしょうか!」
「ふむ、言ってみろ」

 やはりというか、声を上げたのは冥夜だった。
 冥夜の澄んだ眼が武を見つめる。

「我々が役立たずだというのは、どの点から判断されたものなのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なるほど。それを聞いてどうする?」
「問題点を自分なりに見つめなおしたいのです」
「そうか・・・・・・」

 その言葉に、武は己の計画を修正して少し変化球から行くことにした。

「そうだな・・・・・・まずは御剣、貴様は剣術が得意らしいな」
「はっ」
「そして彩峰は近接格闘、榊は指揮、珠瀬は狙撃、そう聞いているが間違いは?」
「我々が認識している通りかと思われます」
「そうか・・・・・・ならば言おう。貴様らは俺をただのガキだと捉え、どこかの権力者の息子かと思っただろうが、俺から言わせれば貴様らほど衛士として使えないやつらはいないと判断できたからだ」
「! ・・・・・・何故でありましょうか」
「それは言わなくても、これからその身体に叩き込んでやる」

 そういって、武は訓練場に足を運び、彼女たちの前に立った。
 まりもは武のやることを察したのだろう。武の後方に立ち、自然体で構えている。

 何をやるのか、という表情の彼女たちに武は言い放った。

「ほら、貴様ら4人で俺と軍曹のペアに勝ってみせろ。ただし軍曹は攻撃はしない、あくまでも援護と防御だけ。貴様らは俺に一発でも有効打を入れたら勝ち。もし貴様らが勝てたら、俺は貴様らに土下座でもなんでもしてやろう。どうだ?」

 ニヤニヤ笑いながら言う武に、4人はついにキレたのか、息巻いて模擬短刀を構えて取り囲んだ。
 珠瀬ですら息巻いているのだから、よほどプライドに触ったのだろう。
 おそらく、生意気な子供に、年上の自分たちが世の中の厳しさを教えてやろう、そう考えたのだろう。

 一方でまりもは、武の挑発っぷりやその態度が、昨日とは全く違うことに驚いていた。
 彼の対応の仕方は、まさに教官がやる対応の仕方と同じだったのだ。そして当然ながらこの提案の裏にも気づいている。

 これは連携の大切さを教える為の訓練だ、そう察した。だからこそ2対4という状況にしたのだろう。

 だがそれも、前提条件がある。
 それは武の格闘力が彼女たちより上回っているか、もしくはまりもの援護で隙が出るまで耐え、その隙を突ける技術を有している、その点だった。
 武の身長は、珠瀬より少し上で、長身の冥夜より頭1個半は小さい。
 リーチの差というものは大きく、また年齢12歳ということから、いくら男とはいえ、単純な腕力だけなら、ほぼ互角か若干劣っているはずだ。
 そしてこれは戦術機とは違う。昨日は見事な操縦技術を見せ付けてくれた武だが、格闘がどうなのかはまりもは知らない。

 そんなまりもの心配は当然であり―――。





◆◇◆◇◆◇◆





 冥夜の剣戟、彩峰の格闘術、榊と珠瀬の平均的な格闘技術。
 彼女たちの技術は、神宮寺まりもという教官歴が長い歴戦の衛士でも、優秀であると評価せざるを得ない。

 懐に飛び込んできた冥夜の右の剣閃を武は片手短刀で受け止め、はじき返す。彩峰がその瞬間に飛び込んできたが、武が足を蹴り上げたことにより一瞬だけ停止する。その瞬間にまりもが出てきて一振り。
 とっさに後退した彩峰だったが、武がその瞬間に驚くべき速度で懐に飛び込んできた。

(くそっ・・・・・・予想以上に距離感が掴めないっ! 身体が小さいとこんなに違うのかっ!?)

 内心で毒吐きながら武は必死で感覚の齟齬を埋めるべく、自分が知っている距離感よりも一歩踏み込んだ位置へと移動する。
 武の踏み込みに驚いた彩峰だったが、その時横から榊が攻撃を繰り出そうとした。その瞬間、彩峰の腕を絡めて楯にし、榊の縦への一撃は仲間の腕へと直撃した。
 そして武は地面に転がって距離を取り、その先にいる珠瀬へと肉薄した。腰を落として何度も突きを放つ珠瀬だが、武はそれを冷静に見て全て弾き、そのまま懐にもぐりこむと、彼女の襟を掴んで彩峰へと放り投げた。
 その時は冥夜の相手をまりもがしてくれていて、牽制してくれたことから冥夜は身動きが取れない。
 投げられた珠瀬は、自分の腕を殴打した榊を睨んだことで予備動作が遅れた彩峰へと吸い込まれた。彩峰はとっさに受け止めたが、人一人を抱えた為に体勢を崩し、思わずよろめく。
 その瞬間を見逃さずに武は距離を詰め、全身の体運動が必要な上段蹴りを放ち、それは寸分狂うことなく彩峰の顎を掠めた。

「やっぱり無能はそっち・・・・・・今ので決めれないなんてそれでも正規h―――っ!?」

 今ので決めきれないなんてやっぱり無能、そう評価した武を掴んで投げ技に持っていこうとした彩峰だったが、急に身体に力が入らなくなり、そのまま地面に崩れ落ちた。

「慧さん!?」

 驚いた珠瀬はそのまま硬直して動かず、武は放った足が地面に着くと同時に傍で崩れている珠瀬を掴み、傍にいた榊へと投げつけた。
 榊は体勢を立て直してしっかりと珠瀬を受け止める。2度同じ手は食わないという表情に、武は全身のバネを使って跳躍し、榊に2段蹴りを放った。大して体術が強くない榊はその連続蹴りに両腕を痺れさせた。武は着地後、速やかに榊の背後へと回り込み、彼女の胴体を掴むと問答無用で彼女を背面に叩き付けた。

 そして2回も投げられた珠瀬は、武に寝技で組み敷かれ、なんとか脱出を試みようとするが、動かずにギブアップした。

 崩れ落ちた3人を一瞥して立ち上がりもう一方へ視線を向けると、冥夜はまりもへと攻めあぐねているようだ。
 まりもは適度に距離を保ち、冥夜とまともに遣り合わずに時間を稼いだようだ。
 倒れた3人に気づいた冥夜は苦虫を噛み潰したように表情を歪め、そしてまりもの傍にやってきた武を苦々しそうに見る。

「さて・・・・・これで残りは一人だ。榊は昏倒してるからしばらくは起きない。彩峰は脳を揺さぶられたから平衡感覚がなく、しばらくは使いものにならない。珠瀬はギブアップによる離脱。残りは貴様だけだ」
「・・・・・・まだ、負けた訳ではない」
「ムダだよ。貴様らは何も理解してない」
「それは・・・・・・?」

 そう。一人になった時点で負けなのだ。なぜなら人間が戦っているのは人間相手ではなくBETA。
 一人しか生き残ってない時点で、本来ならその人物の命運は尽きた。

 冥夜の振り下ろし、薙ぎ払いを軽やかに交わしつつ、武は冥夜へと語る。実は避ける余裕はそんなに無い。ギリギリだ。だがまりもがいるおかげで武に余裕が生まれる。

「どうだ? 無能なガキに追い詰められる気分は」
「くっ・・・・・・黙るがよいぞっ!」
「黙らないさ。事実だからな・・・・・・・・・・・・お前らは使えない」
「――――っ!」
「もう一度“戦友となる仲間”と腹を割って話し合って、出直して来い!!」

 その瞬間、まりもの相手で体力を削られた冥夜の動きが鈍ったところを見逃さずに、みぞおちにするどい一撃が入り、崩れ落ちた。







 模擬戦が終了し、意識が戻った207B分隊の皆の、悔しそうで睨み付けるように視線が険しい一同を無視した武は、まりもと一緒に昼食前にA−01がいるブリーフィングルームへと向かっていた。
 ちなみに彼女たちへは『自習』と命令していた。

「お見事でした、中尉」
「ん? ああ、さっきのアレか」

 苦笑して武はネタばらしをする。

 実は今の自分では冥夜の居合い剣術に対応できそうにないので、御剣の相手をまりもに任せて体力を削ってもらい、その時は自分は他の相手をする。
 榊と彩峰は目に見えてコンビネーションが最悪だから身体の小さい珠瀬を放り投げることで陣形を崩し、そこを突いて全力で攻撃したのだと。

1対1だけならまだ分からないが、普通の連携ができる訓練兵相手なら、自分はあっさり負けていたのだと語った。

 まりもは武の説明に納得しながらも、それでも武自身にも基本の格闘術があったからこその結果だと思っていた。事実、冥夜への最後の一撃、彩峰への上段蹴りは、まりもですら全力で回避してもどうなるか分からないほどの鋭いものだったのだから。

「ですが、それぞれの癖を簡単に見抜き、見事にそこを突いて勝利するその慧眼は驚嘆に値します」
「ああ……まぁ、一度見ればなんとか」

 武は言葉を濁して誤魔化す。
 言えるわけがない。彼女達の癖など既に知っていたなど。

「彼女達が中尉の意図を汲んでくれると言いのですが……」
「難しいかもな。」

 まりもは武の彼女たちとの模擬戦の意図に気付いていた為、そう願わずにはいられない。
 だが無理な話だろう。彼女たちは気付かずに内心で武に対して不平不満を垂れるだけだろう。そしてそれが教官というものだ。

 武はまりもの言葉に苦笑し「ま、あとはあいつらが自分で見つけるだけです。それは彼女達の強さの糧になりますから」とつぶやいて、エレベーターに乗った。
 エレベーターの中でまりもは武へと視線を落とし、そして興味本位から聞いてみた。

「あの、中尉。機密に触るなら答えて頂かなくても結構なのですが……」
「? はい」
「中尉には教官というべき存在はいらしたんですか?」

 自分でもおかしな質問だと思うまりもだったが、目の前の子供について思うと、年齢的な問題から教官がいたとは思えない。
 しかし武の実力や訓練兵への対応の仕方を考えると、とても教官なしとは思えないのだ。
 武はまりもの質問にキョトンとした顔を浮かべ、そして目を細めて何かを思い出すように懐かしそうな表情をして答えた。

「ああ、最高の教官がいた…………普段は鬼教官なのに、いざという時は優しさと母性に溢れた、最高の教官がね」
「…………」

 その表情は懐かしさのあまりに泣いているような、そんな表情にまりもは見えた。
 そして過去形ということから、どうなっているのかも。

「まったく役立たずな俺を鍛えてくれたのも、どん底にいた俺を引っ張り上げてくれたのも、支えてくれたのも……すべて教官のおかげだ」
「そうだったんですか…………良い教官に巡り合ったようですね。同じ教官職に就く者として、そこまで思ってもらえて羨ましいくらいです」
「ハハハ……まあ、そんな感じで、俺にとって自慢の教官だったんだ」

 貴方のことですよ、と言外に忍ばせて。
 武は到着したフロアでまりもより前方を歩くことで、緩みそうになった気を引き締めた。








「待ってくれ、白銀。どうしてここで前方匍匐飛行をキャンセルして、噴射跳躍するんだ? その必要性を感じないんだが」
「それは簡単です。前へ進むための最もな近道は上から掻い潜ることだからです」
「だがそれでは背後が気になって集中できんぞ」
「ならば噴射跳躍中にコマンド入力をして、後ろ撃ちをして安心してください。ハイヴ内で必要なのは倒すことではなく、反応炉を一刻も早く占領・破壊することなんですから」
「それはそうだが・・・・・・」

 みちるは眉を潜めて考え込み、難しい声で唸った。

 現在はブリーフィングの真っ最中。昨日のハイヴシミュレーションの結果を受けて、午前中の武がいない隙にXM3の完熟訓練を改めて行ったヴァルキリーズ。
 武という、本来のオリジナルの機動を見た結果、ヴァルキリーズの動きは格段に良くなり、3次元機動戦闘を行えるようにはなっていた。
 みちるや水月、宗像や祷子は何度も武の映像を見直し、同じ動くができるように訓練した。
 武の操縦技術は元207Aの涼宮たちには難しいようで、今はまだ真似できないようだが、先任は流石というべきか、完全にコピーとまではいかないが、それっぽい動きは真似できるようになった。

 しかし問題点が出てきた。

 武の機動に関して、理解できない部分があちこちで出てきたのだ。
 いや、正確にいえば、あまりにもリスクが高い動作故に迂闊に行動できないというべきだろうか。

 あらゆるスポーツにいえることだが、これ以上踏み込んだらやられる、という間合いのようなものは存在する。

 サッカーやバスケットボールでいえばディフェンスの時の相手との距離。
 剣道などの剣術の間合い。
 ゲームでいえば、これ以上近づいた時に攻撃しないとこっちがやられる、という距離。

 まさに戦術機でいえば、武が言う『掻い潜る』という行為は、彼女達にとってまさに撃破される時の間合いに踏み込むものだったのだ。

 実際にはそこまでいうほど危険な領域なものではない。新任が同じ事をやったとしても余裕はある。
 そう、これはあくまでも気持ちの問題であった。

「いえ、別に同じことをやらなくてもいいんですよ。これはあくまでも俺のやり方ですから。ヴァルキリーズの皆さんは、あくまでも素通りすることを念頭において、撃破しながら進めば良いんです」
「・・・・・・そうだな。まずは白銀が言うとおり、手数をもっと減らして無駄弾を減らして進むことを練習していこう。そうすればいずれは出来るようになる」

 みちるがそう言うと、まりもや宗像は頷いて同意した。逆に水月や茜などは同じように進んでやると息巻いている。

 すると、柏木がおどけた口調で武に言った。

「いや〜、しかし何度見ても変態的な機動だよね。キミ、こんなに小さいうちから変態で大丈夫?」
「うぉい!!」

 武は即座に突っ込む。変態機動とは昔から言われてきたが、小さいが入るとダメージは何倍にも跳ね上がる。ぶっちゃけ痛恨の一撃レベルだった。
 すると宗像がニヤリと笑って便乗してきた。

「そうか。こんなに幼いのに性に目覚めているのか。大変だな。ああ、今晩は速瀬中尉というお姉さんが色々と教えたいらしい。良かったな、白銀」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「む〜〜な〜〜〜か〜〜〜〜た〜〜〜!?」
「って速瀬中尉が思ってます」
「思ってないわよ!? ・・・・・・ん? それ文法おかしいじゃないの!」
「もう、美冴さんったら」

 武は前の世界で10年の付き合いなので、宗像のおちょくりを避けるのは慣れたものだ。
 というか、変態機動とか言われる度に横から宗像の突っ込みが来たのだ。さすがに予想できていた。
 その点、水月は男女関係の突っ込みには慣れてないようで、顔を赤くして突っかかっていた。
 その光景を見て笑う新任組み。
 ブリーフィングルームは暖かく楽しい雰囲気に包まれていた。


 ヴァルキリーズに武が顔見せして2日。白銀武という12歳(中身は30歳)の少年は、戸惑いがありつつも受け入れられた。
 入室後は戸惑いの方が強く、夕呼の面白半分の言葉の所為で堅い空気が強かったが、そこから始まったXM3の座学は楽しく進められていた。
 少年の講義という割りには分かりやすい進め方であったのも要因だし、武が穏やかに話すのも一つの要因だ。そして何より、水月や遙、みちるや宗像、そして祷子の砕けた態度が新任の戸惑いを軟化させたのが最大の理由であった。

 彼女たちの配慮には、これ(幼児化とは言いたくない)の所為でやり難かった武を多いに助ける要因となった。
 もっとも、教える側のはずなのに、何故かヴァルキリーズのメンバーから微笑ましいとでも言いたげな視線で見られるのはどうかと武は思ったのだが。

「武君は、美冴さんの突っ込みに動揺しないのね?」

 宗像と水月がじゃれあい始めたから一旦中断となり、皆がギャーギャーと映像に突っ込みを入れたりと、個々に何かを始めたので、武は椅子に座ってその光景を嬉しそうに眺めていた。
 普段なら許さないものだが、やはりヴァルキリーズは特別なのか、武も甘くなっていた。
 そして昔になくなった光景が見れるのは、とても嬉しい。
 そんな武に祷子と宥め疲れした遙がやってきて、頭を撫でながら話してきた。

 同じ中尉なのになぁ〜〜〜、と軽く落ち込みながらも、ちょっと気持ちいいかもと思う武であった。

「ええ。実は前にいた部隊でも、宗像中尉のような方がいたんですよ。その人曰く、俺はからかい易いらしいので」
「そうなんだ?」
「ええ。だから対応にも慣れたものです。どれだけイジられたか・・・・・・ハハハ」

 燃え尽きたよパトラッシュ、とでも言いたげに真っ白の灰と化す武。
 過去の苦労が蘇えったのか、シクシクと泣く仕草を見せる。

 そんな武を気の毒に思ったのか、苦笑しながら祷子は頭を撫でつつ言った。

「ごめんね。美冴さんは悪い人じゃないのよ? ただ―――」
「大丈夫です、祷子さん・・・・・・分かってますから」

 言葉を紡ぐ前にかぶせるように、ニッコリと微笑んで言う。
 そんな武に一瞬だけ目を丸くして、そして嬉しそうに笑う祷子。

「そういえば白銀中尉。風間少尉だけ下の名前だけど、どうして?」

 ふと気が付いた遙が、首をかしげながら聞く。
 武はようやく気が付いた。昔からの気軽さから、どうも祷子や霞は下の名前で呼んでしまうのだ。もっとも、宗像については下で呼んだことがあり、その際にさんざんからかわれた(私の部屋に来るかなどなどその他多数)ので、無意識的に防衛本能が発動したのだろうが。
 内心の動揺を隠して、武は穏やかな顔で口にした。

「いえ、風間少尉は昔いた部隊で、俺を面倒見てくれた大好きな人によく似てるんです。だから無意識に下の名前で呼んでました。すいません、風間少尉」
「あら、それは光栄ですね。別に祷子で構いませんよ、白銀中尉」
「なら俺のことも武で構わないんで」
「私のことも好きに呼んでね、武君」
「はい、ありがとうございます、遙さん」

 小さな男の子と祷子や遙が握手しながらほがらかに笑って話す光景。
 それはとても微笑ましいもののはずだった。
 ―――宗像が突っ込むまでは。

「祷子。若いツバメに手を出すとはよく聞くが、さすがに若すg―――」
「何かいいました、美冴さん?」
「いや、なんでもない」

 あっさりと言葉を翻し、光速で明後日の方向をみる宗像。何か怖いものでも見たかのようだ。
 その様子にまりもまでもがクスッ笑いだし、皆がつられて笑った。

 そこが丁度良い間になったのか、みちるは笑うのを止めて改めて武に聞いた。

「しかし、白銀の言うBETAとの戦闘を回避するというのは、我々の認識と大いに違っていたな」

 みちるの言葉に、武は真顔に戻って頷いた。

「いえ、きっとBETAハイヴの現状を知っていたら、同じ解答に辿り着いたと思います」

 武の言葉に、緩んでいた空気が一気に収まる。

 過去のBETA大戦の歴史において、ヴォールクデータ意外にもハイヴ攻略戦は世界の各地で行われている。
 ただし、それは全て人類側の大敗だ。
 もちろんハイヴに突入するところまでは上手くいった例もある。ただしそれらはどれだけ深く潜れたとしても入り口から1キロも潜れていない上層までだ。
 そしてそれらはどれも全滅が、軍人なら誰もが知っている事実だった。

 だが――――。

「白銀・・・・・・一つ聞いていい?」
「はい」

 水月が躊躇いながら、けれど険しい顔で「機密なら応えなくていいからね」と前置きして聞いてきた。

「あんた・・・・・・ハイヴについてやけに詳しいけど、本当に潜ったことがあるの?」
「ええ・・・・・・まあ」
「どこのハイヴに潜ったの?」
「ああ・・・・・・ちょっと待ってください」

 武は備え付けの子機を取り出して夕呼に連絡を取り、事情を話してどこまで話していいか訪ねる。
 その解答は「全部言っちゃえば〜〜〜」という見も蓋も無い解答だったので、武は頭が痛いというポーズを取りつつ、ブチッと子機を切った。

 その態度はとても上官と部下というものではなかった。

「あ〜〜〜、夕呼先生から許可出たのでお答えします」
「よっしゃ! じゃあさっさと応えなさい! ほら早く! 3・2・1ハイッ!」

 水月〜、という遙の嗜める声に苦笑しつつ、武は思い出しながら答えた。

「え〜〜と・・・・・・」

 ゴクリという新任衛士が息を呑んだ。

「甲2号マシュハド
 甲3号ウラリスク
 甲5号ミンスク
 甲6号エキヴァストゥズ
 甲9号アンバール
 甲13号ボパール
 甲14号敦煌(トゥンホワン)
 甲15号クラスノヤルスク
 甲16号重慶
 甲17号マンダレー
 甲18号ウランバートル
 甲19号ブラゴエスチェンスク
 甲23号オリョクミンスク
 甲25号ヴェルホヤンスク
 甲26号エヴェンスク
 あとは・・・・・・甲1号の喀什(カシュガル)のオリジナルハイヴですね」

 指を折りながら数えていく武。それが15個目を数えたところで一旦停止し、万感の思いでオリジナルハイヴの言葉を口にする。
 ハイヴ規模でいえば、最後に滅ぼした甲6号が一番大きかったが、レールガン等の兵器が大量に作られた当時は、数を激減させての突入だったので、桜花作戦という満身創痍の突入が一番辛かった。
 そして何よりも、あの作戦が白銀武がもっとも大切に思っていた者たいが皆死亡したハイヴであるが故に、やはり格別だった。

 もちろん他のハイヴにもそれぞれ思い入れがある。部下を失った戦いもたくさんある。
 けれども己の終わりとなるはずだった戦いは、自己の喪失となるはずだっただけに大きくなるのも仕方なかった。

 ちなみにヨーロッパやソ連近くのハイヴなど、他のハイヴは欧州連合が自ら打倒したものだ。
 もちろんレールガンなどの戦略兵器は夕呼から国連軍に回されたものである。

 武の言葉に唖然としたのはまりもを含めた全員だった。
 さすがに予想してなかったのだろう。あまりの数の多さに。
 そして、オリジナルハイヴというBETA本拠地の名が出てくることに。

「・・・・・・そん・・・・・・なに?」
「ええ。まあ、偵察任務だったので、最深部までは行きませんでしたが。ああ、どこの部隊に居たかは機密なので勘弁してください」
「あ、ああ」
「武君・・・・・・・・・・・・」

 あっけらかんという武に、傍にいた祷子は頭を撫でつつ唇を噛んだ。
 こんなに幼い子に―――っ! という想いが祷子の中に渦巻き、とにかく悔しく悲しかった。

 一瞬だけ祷子の手が力が入ったことに気がついた武は、彼女が本来は心優しい慈愛に満ちた人であることを知っている。
 だからそっと彼女の手を握り、安心させるように言った。

「大丈夫ですよ、祷子さん。そりゃあ、たくさんの仲間が・・・・・・身内が死んでいきました。本当に、大事なやつも亡くなりました。だけど俺は、これまでの道を無かったことにしたくないし、誇りに思ってるんですよ」
「・・・・・・」
「だから、俺は大丈夫です。それに戦いだけが俺のすべてじゃありません。俺、音楽やるんですよ。チェロですけど」
「あら? 武君、音楽やるの?」

 祷子はびっくりした顔で武に問うと、彼は誇らしげにうなずいた。
 某中尉が「うっ・・・・・・音楽の話だと介入できないっ」などと悔しそうに呟いている。

「音楽、良いですよね。心を落ち着かせるにはもってこいだし、演奏中はわくわくするし、なんか元気が出てきますよね」
「〜〜〜〜〜〜っ! ええ、そうよ。そうなのよ! 武君が音楽に興味を持っててくれて嬉しいわ。あ、私もヴァイオリンをやるのよ?」
「そうなんですか? それなら今度一緒に合奏しません? 霞を呼べばカルテットができますね」

 祷子は未だかつて宗像しかみたことがなかった、満面の笑顔で嬉しそうに武と手を取り合ってぶんぶん振っている。
 武はその祷子の様子に苦笑しつつも、嬉しそうに頷いている。
 ぶっちゃけ、宗像以外は祷子の様子にびっくりしている。

 だがそれも当然だった。
 みちるは両親が世界でも有名な音楽演奏家であった為に、まだ音楽と関わりがあったが、それでも祷子ほど音楽と繋がっている訳ではない。
 そして今のご時世、世界中の衛士の中でも音楽に興味を持ってる者はほとんどいない。
 当たり前だ。
 音楽などに手を出して練習するよりも、自分の命を長引かせるために戦闘訓練を積んだ方がよっぽど有意義なのだから。
 もちろん音楽を蔑んでいる訳じゃない。ただ音楽よりも自分の命、置かれている比重の問題だった。

 故に、武のような小さい子で、更に昨日に見せ付けてくれた凄腕の、新たに発覚した尋常じゃない過去の持ち主が音楽に興味を持っていることがA−01のメンバーには信じられなかった。

 ちなみに前の世界では、武と祷子と霞は3人で音楽を楽しんだものだ。練習はもちろんだがとにかく演奏を楽しんだ。
 茜も参加したがっていたが、彼女には演奏がダメ過ぎて、歌う方で参加した。
 宗像はもっぱら聴衆担当だったが、たまに茜と一緒に歌う側にまわっていた。意外と綺麗な声で歌う彼女に目を丸くした武と、そんな武に恥ずかしそうな顔で怒った宗像。そんな日常はとても楽しく、皆で笑いあったものだ。

 武は前の世界を想い、目頭が熱くなる。それを堪えて話を元に戻した。

「とにかく、フェイズ5以上のハイヴ内は想像を絶するものです。どんなにハイヴに慣れた人でも、BETAとの戦闘に慣れた人でも硬直するんです」
「・・・・・・硬直?」
「はい、宗像中尉。イメージとしてはそうですね・・・・・・BETAが数十メートルの高さに重なって大津波のように襲ってくるんです。あれは・・・・・・・・・・・・慣れるか変に気分が高揚してないと、まず動けなくなって波に呑まれます。そう・・・・・・戦死するんです」
「ゴメン、白銀。ちょっと想像できないな〜私」

 柏木が眉間を押さえて難しそうに唸る。高原や麻倉もこくこくと頷く。
 先任もどうやら同じようで、難しそうな顔をしながら目を瞑っている。

「大丈夫です。今、その体験を下に霞がシミュレーターを組んでくれています」
「武君。それってもしかして、昨日香月副指令がおっしゃられていた、ヴァルキリー・データのこと?」
「ご明察です、遙中尉。そのシミュレーターを元に、フェイズ6規模のハイヴ行略シミュレーターを訓練して行きます」
「そうか。それは助かるな。副指令の厳しい任務に今までハイヴ突入任務などなかったが、これからも無いとは言えないからな。それを考えると、ハイヴに詳しい白銀がいてくれるのはとても助かる」

 みちるはようやく武の配属理由に納得し、そして彼の卓越した技術に納得した。
 信じれらない事だが多くのハイヴに潜り、そしてそれだけ多くの戦友を失くして来た少年は、それ故にここまで強くなったのだろうと。

 みちるにとってこの機会は僥倖とてもいうべきチャンスだった。

「よし! では今後は今行われた教習を元に、徹底的に3次元機動を習得し、当面の目標はヴァルキリー・データの反応炉破壊とする!」
「「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」」








 そして翌日、白銀武と香月夕呼は帝都城、謁見の間にいた。









あとがき


 ユウヤ・ブリッジスがどうしても好きになれないです。
 何故だろうか・・・・・・。
 こいつには唯依も紅の姉妹も勿体無い、じゃあ武の下へ来てもらおう。
 そんな感じです。



↓読者様の感想になります。




てるてる坊主さん>
これは、完全に風間少尉エンド一直線だぁ!
そして伊隅大尉の出番が多いのが、とても良いです!
いや、それにしても、本当に先任が大事にされてるなぁ(笑)
でもそこがイイ!


daiさん>
更新お疲れ様です。
音楽の話が出た時の風間少尉はかわいかったです。
まりもちゃんに実年齢がばれた時の武の末路が気になります。
まあフラグの立て具合によって対応が変化するでしょうが。
これからも楽しみに更新を待っています。


黒詩さん>
オルタプレイ中に風間少尉ルートらしい者が無く、フェイブルでも存在しなかった時の絶望から之を読んだ時・・・
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!
となったのはつい30分前www
武ちゃん・・・このループ世界でも頑張れよ!
次回更新も楽しみにお待ちしております。

追記
「乙女はお姉さまと99代皇帝に恋してる」もお待ちしております。


ニーアさん>
「武の幼児化奮闘記」面白かったです!
今はまだガンダム技術はあまり出てきていないようですが、これからガンダムを使った武の無双が始まると思うとwktkが止まりません^^
ネギまの連載もいいですが、マブラヴの連載もいい!
個人的には原作に凄くハマったマブラヴの続きが気になってしまいます。
更新お待ちしています。
無理せずがんばってください!


あっさむさん>
ショタケルの大活劇!!
多分野に有能で精神的に成熟した少年がたくさんのおねーさんたちと頑張る話
燻し銀コナン的アイドル?ですね
こ、これは新ジャンル!?続きを楽しみにしていますっ


鷹さん>
マブラブとネギまクロス拝見させていただきました。
 どちらもとても面白かったんですが、マブラブの武幼児化には驚かされました。とても奇抜な発想なんですが、違和感なく楽しめました。個人的にはマブラブssとしては1.2を争う出来でした。執筆頑張ってください。応援しています


はわいさん> 武の幼児化奮闘記

ショタケルに対して月詠さんの反応が楽しみww