人類は、戦っていた。


 宇宙からの侵略者―――――通称:BETAと。







 数奇の運命を辿った青年がいる。
 その青年の名は、白銀武。
 平和な世界で学生として生活を送っていた彼であったが、彼は少々変わった運命を持っていた。
 それは大財閥のご令嬢に気に入られたということ。そして彼自身が節操無く女性を惹きつける魅力を持っていたことである。幼馴染の女の子や大財閥令嬢、そのメイドさんたちと、毎日が波乱に明け暮れた日々を送っていたのだが、ある日、青年の運命は一変する。

 2001年10月22日、白銀武は目が覚めると『並列世界』に放り出されていたのだ。その世界は数十年に渡る地球外起源種、つまり宇宙からの侵略者『BETA』との戦いで朽ち果てた柊町であった。行き場がなかった武は成行きで国連軍に入隊するのだが、運命に翻弄されながら対BETAの切り札ともいえる人類救済計画「オルタネイティヴIV」に関る国連軍衛士として仲間と共に戦い続けた。しかし2001年12月24日、人類は戦うことを諦め、地球放棄計画「オルタネイティヴV」を発動してしまったのだった。

 そう。人類は敗北したのだ。

 そして3年後、武が目覚めるとそこは自宅だった。『元の平和な世界』に戻れたと浮かれていた武だったが、家の外には3年前に見た光景が広がっていた。カレンダーはあの日と同じ2001年10月22日。武はタイムスリップしただけだったことに落胆していたが、未来を知っている唯一の人間として「オルタネイティヴIV」を完遂させ人類を勝利へと導くべく、国連軍横浜基地の門戸を叩く事を決意した。再び207部隊に編入した武は、3年間の軍事経験と未来の記憶、人並みならぬ覚悟だけでたった一人、戦いに臨んだのだ。

 紆余曲折あり、数多の悲劇と涙が流れた。
 結果だけ述べると、彼は地球上におけるBETAの本拠地、中国・新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)のオリジナルハイヴという、親玉を撃破した。
 その時点で彼の平行世界を往き来したり、過去に遡ったりと、地獄を味わう羽目になった原因が無くなったのだが、世界は彼を元の世界へは逃がさず、そのまま戦いの歴史へと引きずり込んだ。

 ここで誤解しないで欲しいが、彼はその時点では既に帰りたくなくなっていたということだ。己を鍛え、叱咤し、数多の心得を諭し、その生き様を見せ付けてくれた先任たち。己と同期の仲間たち。彼女たちが眠る世界で己も骨を埋めたかったのだ。


 その結果が、世界への残留。青年の願いは聞き届けられ、そして再び戦場へと舞い戻った。


 その後の戦いは、正に泥沼の戦い。
 オリジナルハイヴのBETAが他ハイブへと逃げ、その結果BETAの飽和状態という結果に繋がった。そしてBETAは新たなハイヴ建造の為に侵攻開始。人類は純粋な物量対物量の勝負を挑まれたのだった。
 最初は敗北続きだった人類。その原因としてオリジナルハイヴ攻略戦の際の世界同時大反抗作戦で被った被害が大きかったことが上げられる。そしてしばらく人類の敗走が続き、新たなハイブが出来もして・・・・・・そこから人類の反撃が始まった。
 圧倒的物量を誇るBETAに、多大な戦死者を出しつつも、2012年1月1日。ついに地球上の最後のハイヴとなる、フェイズ7『エキバストゥスハイヴ』を破壊に成功。ついに人類は地球を奪還したのだった。

 しかし、ここで問題があった。
 それはアメリカ合衆国の癌的存在であった『オルタネイティブX推進派、G弾信奉派』である。
 彼等は面白くなかった。G弾を保有していた彼らは、BETA殲滅をアメリカの手柄にし、終戦後はアメリカが世界の救世主となる台本を描いていたのだ。しかし結果は国連軍とはいえ日本人の女狐『香月夕呼』とその直属の部下であり師弟関係という間柄と発表された、救世の衛士と名高い『白銀武大佐』を筆頭においた、日本と欧州連合の手で見事に邪魔されて、彼らの手がかりにされてしまったのだ。

 さらに言えば、その過程でオルタネイティブX推進派は夕呼によって悉く権威が失墜した。
 だから彼らは面白くなかった。恨みさえ持っていた。その結果が、戦勝ムードで世界が喜びに浸る中、ハイヴを潰した彼らが飛行船にのって凱旋した際に起こった『G弾による自爆テロ』である。

 世界の英雄であった彼らを殺害した人物たちは悉く発見され捕まることになったが、もうBETAは地球にはいないんだし、火星までのBETAなら既存の兵器でなんとかなる、と人類は皆そう思った。事実10年間、出回っていた兵器に変化はなかったのだから。

 だが彼らは知らない。
 BETAには親玉がいて、さらにオリジナルハイブと同規模のハイブが『10の37乗倍』も銀河中に存在していることを。その事実を知らないまま、とんでもない才能をもった衛士と科学者を亡くしてしまった、その損失がどれほどのものかを、全くわかっていなかった。


 その後の戦いで、人類はどうなるのか・・・・・・・・・それは彼らが作っていくのだ。


 だが殺害された武を世界は放って置かなかった。偶然に偶然が重なり、白銀武は目を覚ました。


 ――――平行世界の2001年10月22日、白銀武邸の部屋にて。


「んあ・・・・・・・・・・・・? ここは・・・・・・・・・・・・」

 目を開けると、そこは10年ぶりに見る己の部屋。
 あまりにも久しぶりだったので最初は分からず、しばらく部屋を見回して窓の外を見て『壊れて家を潰した撃震』を見て、ようやく自分の部屋だと気がついたのだ。
 武はしばらく無言で部屋を眺め、そして事態を悟った。

「・・・・・・・・・・・・戻ってきたのか・・・・・つーかやられたな。最後の最後でバカが暴走する事態を考慮してなかった」

 死亡したことを朧気ながら思い出した武は、自分の油断に毒吐いた。
 やっと地球を取り戻したことで、浮かれていたのだ。自分も、夕呼も。だから対応が遅れ、G弾の爆発に巻き込まれて死亡した。
 完全な油断。普段から新兵未熟な若い奴に散々油断するなと言ってきたのに、なんてザマだと呆れ果てた。


「ま、とりあえずは夕呼先生のところに行くか。今度は油断しなきゃいいだけだ。そして勝つ」

 以前の武なら、ここでいちいち泣いたり泣き言を漏らしたりしただろう。
 腰抜けだったから、いちいち過去の歴史通りに動いただろう。しかし現在の武はそんなことはしない。
 歴史が変わったとしても、実力で勝利に導き、仲間たちと共に戦場を駆け抜ければいい、その想いだけだ。

「さてと、じゃあ着替えて・・・・・・・・・・・・って、うぉい!!」

 例え知らない歴史が起こっても、いちいち喚いたり八つ当たりはしない。それが夕呼と10年も政治家とBETA相手に戦ってきて学んだ事と、得た自信であった。
 しかし。
 どんなことにも例外がある。
 それは―――。



「身体が縮んでる〜〜〜〜〜〜〜〜!?」



 絶叫を上げてドーンと落ち込むのも、仕方が無いだろう。
 何せ18歳の身体どころか、12歳程度の幼い身体になっていたのだから。








「待ってたわよ、白銀t・・・・・・・・・・・・白銀?」
「・・・・・・武さん・・・・・・ですか?」
「・・・・・・・・・・・・」

 目を丸くして呆気にとられた自分が知ってるよりずっと若い夕呼と、目を丸々とした幼きころの社霞と、子供化した白銀武は邂逅した。
 『白銀邸の扉の前』で。



 ショックから立ち直った武は、とりあえずは家から出て横浜基地へ行こうとした。
 しかし、どうせ『元の世界』の家がココにあるのなら『家具や食料や娯楽』を持っていこう、そう考えたのだ。
 そこでこちらの世界では『天然食』となる、冷蔵庫内にある食料や、調味料、レトルトやコーヒー。
 大型液晶モニターTVや肩こりに効く電気マッサージから始まり、テレビゲーム本体からクソゲーと呼ばれるソフトまで。
 衣類もシルクの女性物の服(母の服だ)から父の紳士服、武の普段着まで全部引っ張り出してきた。
 ダンボールや鞄に詰め込むだけ詰め込み、テレビはダンボールの傍に置き、全部用意すると夕方にまでなっていた。
 さすがに短時間では終わらない量で、また自分の身体がガキの頃にまで縮んでいたことで、少しやり辛かったということも原因だ。
 改めて気づいたが、武の身体は確かに縮んで子供の頃の身長になっていたが、全身の筋肉の締り具合は、この肉体での最大限まで鍛えられたものだった。
 流石にこれには感謝する武であった。

 そして大荷物を玄関に運び、さてどうやって運ぼうか、と背後にある多すぎる荷物たちに途方に暮れ、とりあえず基地にいって後から運び込もうと決め、まずは外に運び出してからだな、と己の身体に全体のダンボールに紐を通して一繋ぎにし、扉を開けた瞬間だった。

 家の前に、ジープに乗った夕呼と霞が突っ立っていて、呆気にとられた表情で自分を見下ろしていた。
 見事に疑問系だった。さすがに泣きたくなった武である。

 なぜ彼女たちがここに、とか。
 なぜ自分を待っていたとか言うのか、とか。
 この時点で自分を知っているのはおかしい、とか。
 突っ込むべきポイントはたくさんあるが、武はその可能性にすぐに思い当たり、一瞬だけ喜び、そして泣きそうになった。

「え〜〜〜っと、あんたは、シロガネタケルで合ってるわね?」
「・・・・・・・・・・・・武さんの面影があります」
「・・・・・・・・・・・・はい」
「あんた、何回目の白銀武? 前の記憶はある? ほら、ちゃっちゃと答えなさい」

 夕呼自身はある程度予測がついていた。自分が過去に帰ってきた時はもちろん驚いたが、それ以上に驚いたは、霞までもが、同じ世界に戻ってきたということ。数多の平行世界から選び取ったその確立は、正直奇跡に等しい。
 しかし夕呼は霞が同じ世界に帰って来たことで、白銀武も高確率で戻ってくると予想していた。
 流石に生き残っていた涼宮茜や風間祷子、宗像美冴までは戻ってきてないようだが、00ユニットとして圧倒的に適正が高かった武はその確立は高いと思っていたのだ。何せ霞が死亡する直前に火事場の馬鹿力で自分と武を捕まえて、一番長いこといた夕呼のイメージと共に追随するべく飛んだというのだから、驚くしかあるまい。もちろん狙ってやった訳ではなく、G弾やその時の気候、磁場、面子が大きな要因で、ほとんど偶発的な作用が重なった奇跡なのだが、それでも目の前の自分の娘として思っている霞が、一番大好きな男を引っ張ってこないはずがないと、夕呼にしては珍しく理屈や理論抜きで思ってしまったのだ。

 そして記憶通り、待ちに待った2001年10月22日になり楽しみに横浜基地で待っていたというのに、渦中の人物は一向に現れず、霞は不安そうな顔をするしで、迎えに来たのだ。確認の意味を込めて。
 すると家の中から現れたのは、自分たちの予想を斜め45度傾いた先を往く、自分の教え子であり最も信頼している男の『幼児』姿であった。
 流石の夕呼も呆気にとられるのは仕方ないだろう。

「ええ、BETAを地球から追い出して、戦勝ムードの中にG弾で吹き飛んで死んだ、ループ回数2回――ああ、今回で3回目か――の白銀武です・・・・・・縮みましたが」
「プッ!」
「・・・・・・・・・・武さん、可愛いです」
「グハッ!!」

 予想通り、そして期待した通りの人物であった為に安堵し、改めて笑い出した夕呼と、非常に分かりにくいが口元を緩めて笑う霞。
 グサッと武の心臓に霞ボイスが突き刺さり、ついに膝を抱えて落ち込んだ。




「ま、いいわ。ガキだったころのアンタや、1回目のアンタだったらどうしようかと思ったけど」
「ははは。ま、そうですね。子供ですけど」
「嫌にソレを押すわね・・・・・・それより、ソレ何?」

 イジける武に夕呼は面倒臭そうにつぶやき、彼の背後にある大荷物に目を向けた。
 家の中はすでに廃墟になっていて、彼の身体につながれてあるロープに巻かれて大荷物が視界を塞ぐように陳列している。
 霞も同じ背丈くらいになった武が嬉しいのか、彼の腕をとりギュッと抱きついているが、背後の荷物も気になるのか、チラチラと見ている。

「ああ、家にあった食料とか電化製品とか衣服とかです。何かに使えるかと思いましたし、先生の息抜きや娯楽にもってこいかと思いまして」
「あら、それは良いわね。あんたが話してくれた『れとるとカレー』とか『いんすたんと食品』とか『ゲーム』とかあるんでしょ?」
「はい。あとはアニメDVDとかですね。兵器開発のネタになればと思いまして」
「いいじゃない。天然物のコーヒーとかお酒もあるんでしょ?」
「ウィスキーとかビールもあります。つまみも全部もってきました」
「良くやったわ白銀!」
「博士・・・・・・うれしそうです」

 目を輝かせた夕呼に苦笑する武と霞。
 オリジナルハイブ以降、ことあるごとに元の世界の娯楽や食について話をしたから、興味だけはあったんだろう。
 スキップさえしかねない勢いでダンボールをペタペタと触り、車に待機していた秘書のピアティフ中尉を呼び出して、武と共に車に荷物を詰め込む指示をしたのだった。
 ちなみに車に積んでる最中でも、霞でさえ手伝っていたのに夕呼は荷物を漁って喜びの悲鳴と不気味な笑いをこぼしていたという。







 当たり前のことだが前回とは大違いだ、武はそう思った。
 基地について荷物を一般兵に運び込ませると、身体チェック無しで副指令室まで通されて検査もなし、挙句の果てに入室していきなりIDカードまで渡されたのだ。

 この状態になるまで、ピアティフ中尉は何も聞いてこなかった。明らかに子供で不審者の自分について何も聞かないなんて、本当に秘書にぴったりな人だと思う。
 しかも疑う素振りや疑惑の視線すら見せなかったのだ。ある意味、帝国斯衛軍の衛士よりも自制心に長けている。
 ・・・・・・斯衛は誇りだの日本人のプライドとか、その辺りを突付くとすぐに噛み付いてくるからなぁ。

 武は若い時ですら有能な今の彼女を見て関心しつつソファに座った。隣に霞がぴったりとくっついてきて、頭を撫でながら夕呼を待った。
 しばらくすると夕呼がやってきて、武が持ってきて小型の冷蔵庫を室内に運び込み、ビール30缶を放り込んで、デスクの後ろにウィスキーやらワインやらを置いて飾っていた。
 よっぽど楽しみにしているらしい。
 そして電気マッサージをセットして自分の型に装着(車の中で使い方を聞いた)すると、ブブブブブという音と共にマッサージを行い、恍惚な顔を浮かべていた。

「ああ〜〜〜、いいわ〜〜〜〜これ。あんたの世界は本当に良い物を作ったわね」
「喜んでもらえたならよかったですよ」

 苦笑して目の前のコーヒーを啜りつつ一息吐き、武は真剣な眼差しに変えて問う。

「今回は、どういう方針でいきましょうか」

 武の言葉に夕呼はニヤっと笑って返した。

「さすがにあんたの子供化は予想外だったけど、他は私の予定通りに事は進んでるわ。
 およそ1年前にこの世界に遡って来たから、その日から準備を進めてある。
 もちろん数式を手に入れてあるし、改良型XM3も社が組んでくれた。
 小型の電磁速射砲からフライトユニット、デュートリオンエネルギーの開発まで大急ぎでやってるところよ。そして・・・・・・あんたの愛機・デスティニーも極秘で大急ぎで開発して、もうすぐロールアウトできそうよ」
「!! ・・・・・・マジっすか。驚きましたよ」
「マジよ。私を何だと思ってるの? 一度生み出した兵器の構造から数式まで、全部覚えてんのよ。あとはそれを書き出して技術部に渡せば問題なしでしょ? こちらはその情報が漏れないように徹底的に隠蔽すればいいだけなのよ」
「・・・・・・さらりと恐ろしいことを言いましたね」

 己の教師であり先生でもある夕呼の才覚は知っていたが、改めてその能力の高さに呆れつつ感心した武であった。
 しかも自分の愛機はすでにロールアウト間近。数式の問題がクリアされているなら純夏の問題もクリアされており、体勢を整えて一気に攻撃するだけ。しかもおよそ10年後の兵器がすでにこの世界で作られているのだ。これは心強かった。
 というか、自分ができることって、XM3のパターン入力と初期パラメーターの更新しかないのでは? と疑問に感じてしまった。もちろん、事実はそれだけな筈はないのだが。
 さらに電磁速射砲――レールガンやらM2000GX 高エネルギー長射程ビーム砲、MMI-X340 パルマフィオキーナ 掌部ビーム砲までも技術確立され、すでにデスティニーに取り付け完了しているというのだ。
 夕呼の仕事の速さには驚嘆以外挙げ様がなかった。

「でも、鎧衣課長とかにバレてないですか? さすがに情報が漏れたらマズイ気がしますが」
「隠蔽したに決まってるでしょ? 機材の搬入も仲介業者を挟まずに直接買い付けたし、組み立てはオルタネイティブ4の整備班を使って組み立てさせた。私が突然戦術機に手を出し始めたことに疑問は持ってるでしょうし、それくらいの情報は手に入れたでしょうけど、さすがに戦術機開発までしてるとは思わないわ」
「それはそうでしょうけど・・・・・・それに良くデスティニーとか各部兵装の細部までの構造を覚えてましたね。普通無理ですよ」
「何言ってるのよ。このあたしが数年も手を出してたのよ? しかもあんたのデスティニーに関しては私が直接指揮をとって開発したし、それこそ何千回と改修のために構造を見てた。それで覚えられないはずがないでしょ」

 普通は覚えられません。
 武はそう突っ込もうとしたが、この天才には何を言っても無駄なことは経験上わかっている。
 丸暗記するんじゃなくて、数学と一緒で流れを知って理解すれば自然と覚えられるわ、そう返されるのがオチだ。

 呆れた武は知らないが、実は夕呼はこの1年、かなり無理をした生活を送っていた。
 ほぼ息抜き無しで、霞の頭脳とリーディングとプロジェクションの能力を使って記憶の洗い出しから始まり、あちこちの根回しと情報封鎖。国連上層部の目を掻い潜って、ラダビノット准将基地指令の協力の元、およそ10年分の兵器を一気に開発したと言ってもいい。
 もちろん未だに実戦テストは行ってない。しかし夕呼の働きっぷりは、まったく姿を現さない親友を心配した軍曹や、直轄部隊の部隊長が心配して声をかけてくるほどだった。
 階級が上の者の仕事に口出しするなど、真面目な彼女たちがそのような愚考を犯すはずがないが、それを押してまで心配して声をかけてきたのだから、どれほど夕呼が無茶をして研究に没頭していたかが解る。

 だからこそ、そのストレスを発散するかのごとく、武のお土産にはしゃいだりしてテンションが高かったのだが、それを傍で見ていなかった武は知る由もない。

(しかし当たり前だけど、前回とはマジで雲泥の差だな。最初から信用されてるし、XM3は既に用意されてあってデータ取りだけ。自分からの史実の証拠を出す訳でもないし)

「・・・・・・純夏は、00ユニットとして、復活するということで行くんですね?」
「・・・・・・そうよ。文句はないわね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・もちろん」

 グッと奥歯を噛み締めてポツリと呟く。夕呼はそんな武を観察しつつ、けれど以前のように挑発はしない。
 夕呼は1年前戻ってきた際、かつて己の謀略で死亡した親友の神宮寺まりもや、己の腹心の部下であった伊隅みちる、そしてヴァルキリーズの頼もしい部下たちが、皆生きて自分に話しかけてきたのだ。
 その時、夕呼は死亡した人物が目の前で生きていたことに、これまで味わったことがない種の衝撃を受け、不覚にも動揺してしまったのだ。
 それがあって、純夏復活の件についてはもう挑発行為はしない。ただ武の苦しみと覚悟を見届けるだけだ。
 そしてそんな心情をおくびにも出さずに言うのも、香月夕呼であった。

「なら、すぐに00ユニットの最終作業に取り掛からせるわ」
「ええ。調律の作業は任せてください。因果流入はどうします?」
「あんたを平行世界へ飛ばす実験したわね? あれと理屈は同じで、鑑の人格をひっぱってくるわ。その際に協力してもらうから」
「わかりました」

 五感も奪われ、いつ死亡してもおかしくない純夏。そんな状態のまま、いつまでも生きながらえさせる訳にはいかない。少なくとも自分なら地獄だ。
 だから例え肉体が死亡を迎え、人格を複写させることで復活したとしても、彼女はどうなりたいかを選ぶことができる。
 そしてまずはオルタネイティブWの完遂を世界に発表しなくては、全てが終わってしまうのだ。たとえその為に純夏を利用することになろうとも、武は引く訳にはいかなかった。
 もちろん、オルタネイティブXが頓挫したなら、Wがつぶれても問題ない訳だが。
 そして純夏が機械として復活したとしても、武は彼女を大事に思っていることに変わりはない。大切にしたいと思っている。
 復活の時期はタイミングを考えなくてはならないが、それは夕呼に任せて問題ないだろう。
 そこまで考えて、ある事に気がついた。

「あれ・・・・・・俺どうしましょう?」
「ああ、年齢ね。まったく小さくなっちゃうなんて面倒なことしてくれたわねぇ〜〜」
「いや、俺に言われても・・・・・・」
「強化服も発注のやり直しだし、パイロットスーツも寸法を大幅に縮小しなくちゃね」
「いや、それもそうですけど、軍人登録できませんよ? 年齢的な問題で」
「出来るわよ。社と同じように特別扱いすればいいんだから」
「ああ、なるほど。今回はそのようにいく訳ですか」

 面白そうな顔をして言う夕呼に、武は頭が痛い、というポーズで応える。
 きっと夕呼のことだから、面白半分に軍歴を捏造するに違いない。霞と違って自分は現役衛士として戦わなくてはならないのだから。

 すると夕呼がキーボードを叩き始め、モニターに経歴書が表示された。
 現在の武の顔写真が写り、そこに経歴が打ち込まれ始めた。
 それを読み終わると、武は思わず突っ込んだ。

「・・・・・・・・・・・・いや、無茶がありすぎるでしょう! 満13歳で出撃回数が986回って!
 それって俺の前の世界での軍歴じゃないッスか!
 しかもユーラシアの極秘ゲリラ部隊を経由して、前線を転々としてって怪しさ爆発だし!」
「なんでよ。そこまで間違ってないじゃない。あんたは極秘部隊に所属して10年の軍歴を持ってるし、ハイブ突入経験も明らかに世界一でしょ。数年前に私が米国に行った際に私と出会って右腕になり、定期的に連絡を入れた、そうすれば問題ないわ。私だって米国に何度も行ったことあるし、私の行動は今となっては探れないから確証は取れない。そこに最前線で戦ってきたあんたから報告を受け取り、BETAについて色々解った、ってことにすれば私としても辻褄合わせをし易いのよ。って訳で、あんたは使い捨ての家畜部隊だったってことにしなさい」
「・・・・・・・・・・・・もう好きにして下さい」
「解ればいいのよ。頭の固いジジイ共や斯衛の堅物共は散々突付いてくるでしょうけど、確認は取れないし、あんたは『白銀武』だけれど、『横浜で育ってBETA侵攻の際に死亡した白銀武』とは外見年齢が合わないんだから、確証が取れない。毛髪から個人情報を取得できたとして、城代省にあんたの個別遺伝情報データが入っていたとしても、どうしても細胞や血液年齢が合わないことから、クローンとかその辺の存在だと思われるでしょうね」
「クローンですか・・・・・・その言葉を聞くと、涼宮中尉の擬似生体を思い出しますね」
「そうね。それにあんたはこれから私の右腕として正式に登録される。どっかのバカが暴走してあんたを殺そうとしても、私がバックについていることから迂闊なことはできないでしょ」
「あ〜〜〜、確かにそうですね。まあ、牽制くらいにはなります」
「ま、その辺はあんたが適宜対応してちょうだい。事後報告で構わないから、報告してちょうだい」
「了解です」
「あとはあんたの階級だけど・・・・・・ん〜〜、どうしようか」
「少尉でいいですよ」
「・・・・・・そうね。少尉で行きましょう。ただし、特務少尉ね。社と同じ」
「了解」

 武はうなずき、肝心な事に気がついた。

「ところで、どうします?」
「何がよ」
「デスティニーに搭乗するなら、手術が必要ですよね?」
「ああそのこと。それは姉さんを呼んで対応するから、大体3日後にオペね。その間にXM3仕上げて頂戴」
「十分です」

 何気ないように言う夕呼と武。実は視線で会話して何気なく話したつもりだったのだが、横から裾をひっぱられたことで、誤魔化せなかったかと武は天を仰いだ。
 武の服の裾を掴んでいたのは、目を潤ませた霞であった。

「・・・・・・やっぱり・・・・・・手術を受けるんですか?」

 霞は嫌なのだろう。武が己の身体を改造することが。
 そしてその副作用と、改造による齎される負荷が。
 武は申し訳ない表情を浮かべながらも、きっぱりと言った。

「ごめんな、霞。やっぱりさ・・・…デスティニーの力は俺には必要なんだ。だから、さ」
「・・・・・・分かってます。それが必要なのは・・・・・・だけど、悲しいです」
「霞・・・・・・」

 ギューっと抱きついてくる霞。背丈が同じになったことで、傍目には抱き合っているようにしか見えない。
 そんな霞を、武も抱きしめ返して何度も頭部を撫でた。

 ――――デスティニーのパイロットは、実は特殊な手術は必要ない。

 夕呼が開発した特殊パイロットスーツに、コックピット内に浸かるUCL培養液で、超高速戦闘による不知火の10倍以上のGすら耐えることが可能になる。
 しかし武は、更なる力を求めた。
 余りにもデスティニーのパワーが強すぎるのだ。強すぎるために武は更なるダイレクトな思考伝達装置と簡略的な操縦管を求めた。
 その結果、生み出されたのが過去に夕呼が言った言葉だった。

『もっとダイレクトな思考伝達装置を作ってあげましょうか?』
『うそっ!?』
『実験台になったら、すぐにでも開発してあげるわよ?』
『実験台って・・・・・・』
『頭蓋切開して、脳に電極を刺すの。で、コンピューターに繋いで―――』
『今のままでいいです』
『何だ、つまらないわ・・・・・・じゃあねぇ・・・・・・』

 XM3開発願いの時に、何気なく交わされた会話だったが・・・・・・それが実現した。
 夕呼のお姉さんである、香月モトコ医師であり、大脳生理学者の世界的権威の人物の協力によるものであった。
 大脳の脳下垂体、右脳、左脳、前頭葉まで円柱状の頭蓋切開をし、機械を取り付けて嵌め込み神経系とマイクロチップを接続。脳神経頭部に4箇所の通風孔が出来た頭部に、デスティニーの官制ユニット内に接続されたコントロールプラグを頭部の孔に刺し込み、脳神経とリンクさせる。
 そうすることで驚異的な伝達速度を生み、通常では不可能な、同時に複数の命令を実行・動作するという現象が起こるのだ。
 それこそ、デスティニーの機能を最大限に引き出した戦闘スタイルだった。

 だからこそ、霞は嫌がるのだ。武にはそのままでいて欲しいと願うから。
 だからこそ、武は力を求めたのだ。大切な人をこれ以上失わないために。

「・・・・・・あんたたちさぁ、いちゃつくなら部屋に戻ってからにしてくれる?」

 夕呼の呆れ返った突っ込みが横から飛んできたのだった。







 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



 2001年10月23日




 翌日、割り当てられた自室で目が覚めた武は、抱き枕状態になっていた霞を一撫でし、隣室にあるシリンダーに入っている―――脳と脊髄のみの姿に変わり果てた鑑純夏―――を見あげ、ぽつりぽつりと語りかけた。

「純夏、おはよう」

 当然ながら、帰ってくる言葉はない。

「こんな姿になっちまったけど・・・・・・かならずお前を元に戻してやるからな。そして今度は、ずっと一緒にあるんだ 霞や夕呼先生、そしてヴァルキリーズのみんなと一緒に生き残るんだ」

 壊された純夏。
 泣いて愛を誓った純夏。
 桜花作戦で力を使い果たして死亡した純夏。

 幼馴染の彼女が原因で、異世界に連れてこられて地獄を見る目になったが、まったく恨みはない。
 むしろ感謝しているし、大切な少女が悲惨な目に会った事実は無視できない。

 これからの戦いで、また地獄を歩むのだろう。人を罠に嵌め、敵対者は殺し、知り合いは死んでいくのだろう。
 それを考えると、正直いって辛い。
 だがそれでも武は、戦う意思と戦い抜く自信があった。
 弱音は吐いてはならないと先人が教えてくれて、恩師たちを誇りに思っているからこそ、武は怯まずに前へと進む。
 それができるようになるまで、武は宗像美冴や風間祷子に支え導かれてようやく辿り着いた。

「安心してくれ・・・・・・俺達は負けない」

 額をシリンダーに付け、目を瞑って何度も言う。

「俺達を信じろ」

 グッと拳を握り締め。

「俺を、信じろ」

 カッと目を見開いて、高らかに宣言した。

「今度も必ず、勝つ!!」

 力強く宣言した武に、いつのまにか起きていた霞は穏やかに微笑んでいた。
 起床した武と霞は、とりあえず国連軍正規兵の服に着替えて部屋を出た。ピアティフから渡された子供サイズ正規兵の制服に合う自分の身体にガックリとうな垂れたことにピアティフと霞は苦笑していた。
 まずはPXで朝飯を摂りに向かうと、PXは軍人でごったがえしていた。

「あ〜ん? これは嫌い〜? 贅沢言ってるんじゃないよ! 好き嫌いせずに全部食べな!」

 聞こえてきた大声に厨房に目を向けると、自分が知っている年齢とは少しだけ若い京塚志津江曹長がいた。
 相変わらず元気で、衛士たちの健康管理を一手に引き受けているのだろう。
 自分と会うのは初めてなんだから挨拶しないとな、と思いつつトレイを持って列に並ぶ。
 周囲の人間たちからの視線がグサグサと突き刺さるが、とりあえずはスルー。
 霞と一緒にいる自分達はさぞ目立つだろう。外見年齢は12〜14歳の幼すぎる容姿にも関わらず、正規兵の服装で少尉の階級証をつけているのだ。不思議に思わないはずはない。

 今はちょっかいかけてくる人間がおらず、京塚のおばちゃんの前に来た。

「鯖味噌煮定食を1つ―――え、ああ。2つで」
「ハイよ―――って、ん? おや霞ちゃんかい、おはよう。それに隣の子は初めて見る子だね」
「初めまして。白銀武です。本日からよろしくお願いします」
「・・・・・・そうかい。私は京塚志津江。階級は曹長だよ。お腹が空いたらここに来るんだよ」
「はい、ありがとうございます」

 武の年齢の若さ、少尉の階級、年齢不相応な落ち着いた口調と対応、幼い年齢ながら国連軍基地にいるということ。
 志津江は一瞬だけ悲しそうな顔をして、そして豪快に笑いながら武の頭をガシガシと撫でたのであった。

「そういえば、夕呼ちゃんの食事は持っていかなくていいのかい?」
「・・・・・・大丈夫です」

 夕呼は武が持ってきた冷蔵庫の中の食材を使って飯を食べるはずだ。インスタント系以外にも野菜や肉を持ってきたから、今は満喫してるだろう。
 京塚のおばちゃんは「そうかい。っと、はい、もっていきな」と味噌煮定食を渡してきたので武と霞はトレイを持って空いてるスペースへと座った。

「いただきます」
「・・・・・・いただきます」

 2人で横一列で座って食べ始める。辺りを見回すと、離れた位置に207B分隊のメンバー・御剣 冥夜・彩峰 慧・榊 千鶴・珠瀬 壬姫の姿があった。
 懐かしい元クラスメイトの顔を見て、武は目を細めた。
 彼女たちとは桜花作戦以来の再会となる。胸がジーンとするが、武は今の彼女たちに用はない。
 また彼女たちは武にとっては確かに特別だが、特別扱いする訳にはいかないのだ。

 さらに、彼女たちとは遠く離れた位置にはヴァルキリーズのメンバーが皆生きてそこにいた。

(祷子さん・・・・・・美冴さん・・・・・・涼宮・・・・・・っ!)

 己と最長の付き合いであり戦友となった3人の姿を見て、唇を噛み締める武。
 彼女たちとは10年に渡って共に戦い続け、祷子と美冴には己の醜態に呆れずに最後まで支えてもらった。
 だからこそ、彼女達まで死なせてしまったことが悔しく、己の無能に腹が立つ。
 そして、己の最高の上司である伊隅みちる大尉。この人のおかげで衛士となり、上司とはこうあるべき、という姿勢と生き様を見させてもらったのだ。
 速瀬水月中尉。この人のおかげで、甘ったれたガキだった自分は未熟者からスタートラインに立てたのだ。
 涼宮遙中尉。この人のCPは自分が見てきた中でも最たる有能な人物であり、心の強さにおいては今の自分ですら相手にならないと思っているほどであり、尊敬している人だ。
 この偉大なる先任たちは、武の衛士人生の中でも未だ変わらず最上のポジションについている人たちであり、常にお手本となっていた人物たちである。

 傍にいるのは柏木晴子少尉。彼女は武の中での矛盾した気持ちの手本というべき存在だった。だからこそその存在は新任の中でもウェイトは大きい。

(あれ・・・・・・他の衛士は・・・・・・ああ、207Aのメンバーか。まだこの時期は生きているはずだからな)

 武は茜に聞いた話を思い出しつつ、面子の顔を眺めた。
 築地多恵少尉。茜にべったりな子だったらしく、猫みたいに癖のある動きが特徴で思い込みが激しい、けれど元気な子だったらしい。
 高原まゆみ少尉。ロングヘアーが特徴の可愛らしい容姿の持ち主で、麻倉少尉と仲が良く、とても優しい子だったらしい。
 麻倉佳代少尉。茶髪のショートヘアーが特徴の、高原と仲が良かった人物。さりげないフォローに定評がある気が弱い子だったらしい。

 武の記憶の中に、彼女たちの記憶は正直、ほとんどない。
 10年前だから仕方がないのだが、それでも武は彼女たちも死なせたくないな、と思ったのだった。

 すると、武の横から箸が差し出されてきた。

「か、霞?」
「・・・・・・アーン」
「やっぱりそれか・・・・・・っていうか、この体でそれをやるのか?」
「・・・・・・アーン」
「どうしても?」
「・・・・・・・・・・・・アーン」
「いや、それやってさんざん部下にからかわれたし、ロリコン疑惑が立ったし、祷子さんたちにもからかわれたしさ」
「・・・・・・・・・・・・ダメですか?」
「ぐっ・・・・・・わかった。わかったからそんな顔しないでくれぇ」
「・・・・・・アーン」
「・・・・・・アーン」

 敗れた武は素直に食べさせてもらった。
 そしてそんな微笑ましい子供同士の光景に、京塚のおばちゃんは霞が見せる初めての姿に驚き、唯一その存在がオルタネイティブWの中枢人物だと知る伊隅みちるでさえ驚いていたのだった。

 前の世界と違って緊迫した空気にならずに済んだことにホッとした武であった。







 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○







「では、これからXM3完成のためのデータ入力に入りますね」
「ええ、お願い。これはあんた用の強化装備ね。もちろん子供用に縮小した特別品」
「・・・・・・言わないでぇ」

 ガックリとうな垂れつつ、武はその場で強化装備に着替え始めた。

「あんたねぇ・・・・・・いくら子供だからって、ここで着替える、普通?」
「いいじゃないですか。夕呼先生も霞も俺の裸なんて見慣れてるんですから」
「ま、そりゃそうね」
「・・・・・・武さん、分かってないです」

 子供になりながらも強化装備を着込んだ武は服を片付けてしっかりと身体に馴染むように身を整えた。
 夕呼はインスタントコーヒーを飲みつつ言った。

「ん〜、インスタントコーヒーって中々ね。私が取り寄せた一級品に比べると落ちるけど、それでも美味しく煎れたら十分いけるわ。何よりも手軽なのがいいわね」
「そうでしょう?」
「カップラーメンもいいわぁ。栄養面は置いとくとして、何でこんなに美味しいの? お湯だけなんてびっくりよ」
「だけど栄養は偏るから、気をつけた方がいいですよ」
「分かってるわよ、そんなこと」

 プイっと不貞腐れた表情をした夕呼を宥めていると、扉の向こうから声が聞こえた。
 誰かが来たようだ。

「副指令。神宮寺まりも軍曹、出頭しました」
「入ってちょうだい」
「!」
「・・・・・・・・・・・・」

 武は目を見開き、夕呼が座る副指令の席の隣に移動した。自然と、霞と武が夕呼を挟む形になった。
 夕呼はそれらを視界にいれつつ、手元のボタンを操作して扉を開ける。
 武は扉の向こうから入ってきた人物に思わず下に俯き、そしてまた顔を上げて能面のような無表情になった。
 これが、武が10年の時間を要して手に入れた感情コントロールの術であった。

「失礼します!」
「相変わらず堅苦しいわねぇ〜〜〜〜、楽にしていいわ」
「はっ、では失礼します。それで何か御用でしょうか?」

 入室したまりもは、夕呼の傍に控える少年少女に怪訝な表情を浮かべ、すぐに夕呼へと向き直った。
 まりも自身、霞の存在は知っている。助手のような存在だという認識程度だが。
 しかし武は完全に初対面。しかも明らかな子供が強化装備をきているのだから、疑問に思わないはずがない。
 基本的に16歳にならないと徴兵されず、少年兵は認められてないのだ。それはどこの国でも程度の差はあれ同じだ。
 夕呼とて、その情報が一般人まで漏れてしまったなら、大変なことになる。
 しかしまりもにソレを追求する権利はなく、またそこら辺は弁えているので何も言わない。

「207B分隊だけど、鎧衣が入院してたわね」
「はい。順調に快復しているようです」
「そ、ならいいわ。それじゃあ――――」

 夕呼はまりもが予想もしない言葉を投げつけた。

「鎧衣の体調に問題ないと医師が認めて退院次第、その3日後に総合戦闘技術評価演習やるから。たぶん退院は10月30日。演習は11月3日ね」
「!! そんな無茶です!」

 まりもは反対だった。今やったとしても自分の教え子たちは100%合格しない。それを確信していたからだ。
 なぜなら教え子たちはチームワークがまったく機能しておらず、その意味すら理解していない未熟者たちなのだ。
 そんな訓練兵を次の戦術機教習―――引いては正規兵にする訳にはいかないのだ。
 また、まりもとしては万全の状態で受けさせてやりたかった。

 そんなまりもの心情は察している夕呼であったが、それとこれとは話が別だ。
 冷たい目をしてまりもを見やり、無情の言葉を叩きつける。

「――――じゃあ、使えるようにさっさと仕上げなさい。役立たずはいらないのよ」
「それはっ―――! で、ですが彼女たちのバックには・・・・・・」
「そんなの帝国に突っ返せばいいのよ。御剣にしても、斯衛がごちゃごちゃ文句つけてきたらこう言ってやればいいのよ―――そんなに大切ならあんた達のところで籠に押し込んで大切にしてれば? ってね」
「夕呼!」

 夕呼の容赦ない言葉にまりもが素で対応してしまう。夕呼の言ったことは中々実行するのは難しいのだが、それでも国連は受け入れ拒否はできるのだ。その権利もある。
 武は夕呼の言葉に「容赦ないなぁ・・・・・・夕呼先生」と呟いて苦笑した。

 昔の自分なら、今の言葉でもいちいち腹を立てて夕呼に噛み付いていただろう、そう武は思い、あの頃は若かったなぁとジジイ化していた。
 まりもも彼女達がどんな経緯でここにきて、どのように心情が荒れているのかは理解している。
 しかし教官職である彼女では、やはり一歩踏み込めないのだ。
 でもいくら未熟な訓練兵とはいえ、彼女達の志しまで貶す夕呼を放ってはおけなかった。
 そんなまりもに、夕呼は底冷えするような視線を向けてさらに言った。

「何? 軍という組織にいる以上、個々の感情なんて『どうだっていい』のよ。クソの役にも立たないわ。それをいちいち振りかざして演習に落ちて、ムダ金を消費させる役立たずはいらないって言ってんの」
「・・・・・・・・・・・・っ」

 流石に雲行きが怪しくなってきた武は、険悪なオーラを撒き散らしている夕呼にフォローをいれた。

「夕呼先生」
「何?」
(・・・・・・先生? なに、この子。どういうこと?)

 いきなり目の前の少年が言葉を発したことで、両者の緊張が和らぐ。だがまりもは武の言葉ですぐに疑問に思った。
 そんなまりもを無視して、夕呼は武に視線を向けた。

「件の訓練兵ですが、特別扱いせずに、一室に放り込めばいいかと思いますよ」
「それで問題は解決するのね?」
「多少は相互理解のきっかけにはなります。あとは彼女達自身が自分のケツを拭くだけです。そんなケアまでこちらがしてやる儀はありません。対外的にも彼女達のためだと云えば文句は出ないでしょう。なにせ当たり前のことしかしてないのですから」
「・・・・・・なるほどね、それはいい案だわ。それにしてもあんた、本当に変わったわね〜〜。昔はいちいち噛み付いてきたのに」
「それを言わないでくださいって。自分だって色々なものを見て経験すれば考え方だった変わるんですから」
「そりゃそうか。まああんたの経験則でしょうし、あんたがそういうのならそれで行きましょうか。衛士についてはあんたの方がよく知ってるしね」
「ありがとうございます」

 まりもは愕然とした。親友が子供の言葉を聞き、しかもそれを受け入れ、声色も信頼しているかのように楽しげな声なのだ。
 子供を見ると、もう興味はないと云わんばかりに目を伏せて横に立った。反対には霞がいて、これまた感情が読み難いくらいに無表情だった。
 まりもは、もう納得して自分は命令通り任務を遂行するしかないと判断した。
 すると夕呼はニヤリと笑って、まりもに紹介した。

「ああ、そうそう。紹介しとくわね。左にいる社は見たことがあるだろうけど、丁度良い機会だから紹介するわね」
「あ、ハイ」
「社霞少尉。私の腹心の部下。技術分野における最重要の部下よ」
「・・・・・・社・・・・・・霞です・・・・・・よろしくお願いします」
「は、はい、社少尉殿! よろしくお願いします!」

 ススっと敬礼をしてゆっくりと下げる霞。うさ耳をつけての敬礼はとても可愛らしい。
 まりもはニッコリと微笑んで挨拶した。

「で、右にいるのが、私の腹心の部下。実戦分野における最重要の白銀武少尉よ。ああ、特務少尉か」
「どうも初めまして。白銀武特務少尉です。実戦以外に技術分野にも手を出しています。今後ともよろしくお願いします」
「神宮寺まりも軍曹です。少尉殿・・・・・・って、え? 実戦って・・・・・・歩兵?」
「いえいえ、この格好を見ての通り、衛士ですよ」
「そんなっ!? だってあなたどうみても12歳前後にしかみえないわ!」
「ハハハ・・・・・・なんど云われてもショックだなぁ」

 ドーンと落ち込む武に、ポンポンと肩を叩く霞。
 微笑ましいコントのようであった。

「まりも。この2人についてはトップシークレットよ。分かるでしょ?」
「し、失礼しました」
「じゃあ、訓練兵には通達よろしくね。部屋についてはすぐに用意させるから、後は頼んだわね」
「はっ、了解しました!」
「だから固いのは嫌いなのに・・・・・・ま、いいわ。それだけよ」
「では失礼します!」

 そう云って、まりもは出て行った。
 すると夕呼は武にニヤニヤ笑いながら問いかけた。

「まりもが生きてて泣きそうになった?」
「・・・・・・嬉しかったですよ。当たり前です」
「ちっ・・・・・・ちょっと鍛えすぎたか。動揺しないなんてつまらないわ〜」

 いやいやいやと突っ込む武と、舌打ちしてつまらなそうにする夕呼。
 こうして3人は今日のスケジュールを話し合って、武と霞はXM3へ。夕呼は研究へと取り掛かった。

 そしてその2日後。新OSのデータを摂り終わり、武自身、小さくなった体でどこまで、何ができるのかを確かめたのだった。
 その結果、分かったことはある。
 まず、武本来の18歳以上の身体であったなら12時間以上は軽く戦闘が出来た。しかしどれだけ鍛えてある身体でも成長途中にある肉体は、およそ6〜8時間が限界で、1時間の睡眠が必要だった。
 もちろん、気力を振り絞れば大丈夫なのだが、集中力が落ちることに変わりはない。
 戦闘技術に関しては以前と変わらない。
 もっとも、それは不知火まで、だが。












「君? 自分の体を弄ろうなんていうバカ者は」

 会って開口一番のあまりな言葉に、武は苦笑した。
 気怠そうな表情をしなが、しかし色気に溢れた胸元を見せつけつつ、ストレートに口を開く武の前の女性は、香月夕呼の姉。
 大脳生理学の権威であり、武の手術担当の医者だ。彼女には定期的に検診してもらっていた関係で、前は仲が良かった。
 夕呼と違い、優しさが外に出る人だが、相手の為なら辛辣な意見を言う所は同じであった。

 変わってないなぁ、若いなぁ、という怖いもの知らずなことを武は考えつつ、握手をした。

「初めまして。白銀武です。この度の手術の方、何卒よろしくお願い致します」
「……妙に大人びた子ね。この子によほど苛められたのかしら?」
「何が虐めたよ。人聞きの悪いこと言わないでよね、姉さん」
「事実だろう。なぁ少年」
「…………」
「否定しなさいよ、白銀!」
「いや、まあ、いろいろありましたから、夕呼先生とは」

 嵌められたり、利用されたり、見捨てられたり。挙げ始めたら止まらないわ止まらないわ。
 武は嘘はいけませんから、と言って夕呼に睨まれていた。

「やれやれ……で、本当にいいのね?」
「はい。構いません」

 武のきっぱりとした言葉に、モトコさんは目を細めて武の瞳を覗きこんでくる。
 しばらく両者の視線が絡み合い、そしてモトコさんが溜息を吐いた。

「はぁ……この子に洗脳された訳じゃなさそうね。正常な思考でそれを口にしている」
「何気に物騒なこと言うわね、姉さん」
「貴方なら必要ならやるでしょ、夕呼。そしてこの子はあんたが認めた程の能力を持っている。違う?」
「あ〜、もう。だから姉妹ってやなのよ。考えが見透かされるから」
「ハハハ……」
「ふっ。まあ、少年の覚悟はよく分かった。正常といったが君の思考が異常なこともな」

 モトコは頭をかいて悲しそうに天井を仰ぎ、タバコを吸った。
 夕呼と武は彼女の回答を待つ。すると、モトコがうなずいた。

「わかった……私が執刀しよう」
「助かったわ、姉さん」
「ありがとうございます。モトコ先生」
「ああ。だが、少年……」

 急に視線が強くなり、武を睨みつけてくる。
 その眼力は、やはり香月のもの。姉妹は本当によく似ていた。

「この手術は、もはや人の身を顧みないものだ。両親に頂いた体に穴を開け、脳に異物を埋め込む。人を捨てるということだ。分かっているのだな?」
「…………………………はい。もちろんです。俺は傍にいる大切な人を守り、BETAから地球を守るためなら何でもすると誓いましたから」
「……わかった」

 モトコは憐みすら含んだ声で同意し、武にベッドに横になるように言う。
 武が横になると、いろいろな機材が運び込まれ、心電図モニターやヘッドライト、電気メスなど医療道具がたくさん運び込まれてた。
 そして同時に、頭に埋め込まれる電極の差し込み口となる胴部管も運ばれてきて、ついに準備は整った。

「じゃあ、始める。次に目覚めるのは、麻酔が完全に切れてからだから、明日以降になるわね」
「了解です。じゃあ、お願いします」

 こうして口元に呼吸マスクが付けられ、麻酔を打たれて武の意識は落ちていった。
 10時間に及ぶ、大手術が始まった。










 夢を見ていた。

 初めて部下というものが出来て、そして死なせてしまった戦い。
 落ち込む武を、霞はそばに寄りそい武の弱音を聴き続けることで彼を支えた。
 祷子は武のために一緒に指揮の練習に付き合い、欠点を指摘したりして、その優しい笑顔で支えた。
 美冴は武がくじけそうになると叱咤し、時に弄り倒してからかい、部隊を和ませることで武の負担を減らしていた。
 茜はひたすら武にしっかりするように叱咤し続けた。
 そんな仲間たちとの日々。

 政治家相手に、感情コントロールができない自分にどれだけ嫌気が差し、己の無能さに殺したくなったこと。

 初めての自分専用機・デスティニーに搭乗し、まったく乗りこなせないことが悔しくて、その日から自分の根本的な戦闘技術の見直しと向上の研究を始めたこと。

 夕呼が求めた戦果に応えられず、その半分程度しか役割を果たせなかった戦いの日々。

 部下の女の子衛士から告白されたり、初陣前のもしもの時の為に一晩の相手を求められたこと。

 目の前で無残にも潰され吊るされた、部下の遺体。

 新型BETAの出現に戦線崩壊を起こし、その甚大な被害と凶悪性に脳内で何かが弾け飛んでクリアになり、気づけば殲滅していたときのこと。

 ハイヴを落としていく事に、英雄と呼ばれ称えられていく武とその指導者である香月夕呼。

 そして最後のバイヴ・甲6号目標『エキバストゥスハイヴ』を落とし、鬼籍に入った同胞たちへの報告と、悲願達成の歓喜の涙を流した。

 そんな――――前の戦いの記憶。
 いろいろな事があって、いろいろと醜態を晒したけれど、されどそれに対して誇りを持っている。
 たとえ戦死した彼らが今生きているとしても・・・・・・・・・・・・それは別人。
 現在とは違う、成長した皆が次代へと繋げる為に戦死したその生き様。それは同じ人物であっても同じじゃない。

 それは207B分隊であっても同じこと。今の彼女たちは余りにも未熟。正直にいって『使えない』
 気概だけはご立派だ。でも彼女たちはそれだけ。
 そんな衛士は部下に何人もいたが、その者達は必ずといって良いほど初陣で仲間を巻き添えにして死んでいった。
 部隊を率いた者として、どれだけ立派な思想や想いがあろうが、そんな危険因子を持つ部下は必要ない。

 心苦しいが、武は夕呼の部下として彼女のやり方に染まる必要があり、無慈悲にも宣告する必要があった。
 もっとも、武の甘いところはきちんと手を差し伸べるところにあり、そこが夕呼に言わせれば甘いということらしいが。

 彼女たちの声が、笑顔が次々と記憶の奔流に飲み込まれていく。
 暗闇の中でただ光り続けるその先へと、飲み込まれていった。
 武は必死に走り続ける。暗闇から脱出するために。けれどいくら走り続けても先へは行けない。

 ――――ああ、当たり前だ。だって今の俺は子供で、愛機もないんだから。

 状況は絶望的。
 だが諦める訳にはいかない。

 今度こそ。

 今度こそ――――。










 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○










 地下19階の特別安置室。そこには心電図モニター・呼吸器・点滴が置かれていて、ベッドの上には武が眠っていた。
 手術から2日経った10月27日の昼に、白銀武は目を覚ました。

「・・・・・・無事に終わったか」

 ゆっくりと身体を起こし、気だるい体に溜め息を吐いてから枕元に置いてあって頭部の栓を手に取った。
 相変わらず栓の上にカツラ用の髪の毛が付いている事から、やはり部分ズラ生活かぁ〜、とうんざりした。
 改造ロボットのように頭部に機械の穴が開いている男が素で闊歩する訳にはいかないのだから仕方ないとはいえ、ズラ生活は悲しい。

 ―――ガラッ
「・・・・・・武さんっ! 起きましたかっ!」
「ああ、霞。心配かけたな」
「はい・・・・・・でも安心しました・・・・・・ちょっと待ってて下さいね、博士たちを呼んできます」

 霞はホッとした表情を浮かべて、いつもより少しだけ早い足取りで走っていった。
 その後は検査、検査で大変だった。脳のCTを撮り、血液検査して、肉体と電極差込口との拒否反応がないか調べて、実際にデスティニーに搭載している電極ケーブルを頭部に差し込んでみたりと様々な実験で、終わったのは日が暮れた時間帯となった。
 とりあえずは異常なしという安堵する結果となったので、武と霞は一緒にPXへ向かった。
 さすがに今日一日は頭部の包帯をとっては駄目だということだったので、武の今の状態は頭を包帯でグルグル巻きにした、一見するとただ怪我人か病人だ。
 PXに入ると、武の状態を目ざとく見つけた京塚のおばちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「武、どうしたんだい、それ!」
「あ〜〜、任務で少し」
「そうかい。あんたまだ若いんだから、自分の身体は大事にね」
「ありがとう、おばちゃん」
「いいってことさ。それより、食事は何でもいいのかい?」
「うん。別に介護食じゃなくてもいいんだって、今日はからあげ定職でお願いします」
「はいよ。霞ちゃんはどうする?」
「・・・・・・私は竜田揚げ定職でお願いします」

 霞は鯖味噌定食のみ好物という訳ではなくなっていた。いろいろと好きになるのは良い事だ。
 武と霞はそれぞれ食事を受け取ると、PXの片隅に座った。
 やはり武たちは年齢が原因で注目を集めていたが、今日は武に注目が集まっているようであった。それは当然だろう。最近はBETA侵攻がなかったのだから、武が怪我を負っているということは訓練か特殊任務という形になる。しかし武は12歳程度の幼さしか見えない。
 故に注目を集めていたのだ。
 やれやれ、と溜め息を吐いて霞と食事を採っていると、入り口から夕呼が入ってきた。
 夕呼は和食コースという、野菜中心の食事を貰ってくると、武と霞の正面に座った。

「珍しいですね、夕呼先生。最近はずっと執務室で食べてたのに」
「まぁね〜〜。最近はインスタントラーメンとかばっかりだったから、偶には普通の食事もしないといけないでしょ? だからよ」
「・・・・・・・・・・・・本当に体調管理に気をつけてくださいね」
「わかってるわよ、子供じゃないんだから」

 確かにそうなんだろうけど、子供のような性格を併せ持つ夕呼だから信用できないんです、そう言いたげな視線を向ける武であった。
 すると夕呼は思い出したように武に言った。

「あ、そうそう。夕食摂ったら、2人とも伊隅たちに合わせるから」
「!! ・・・・・・・・・・・・A-01への配属っスか?」
「配属というより、顔見せ程度ね。あんたが眠っている間に、XM3の完熟訓練をさせてたんだけどね〜〜〜、ちょっとがっかりなのよ」

 夕呼は肩を竦めて、やれやれと首を振った。
 武は夕呼の言いたいことが何となく察せた。それは例外なくXM3に触った者に、等しく見られる問題だったからだ。

「ああ、大して変わってなかった、そういうことですね?」
「そうなのよ。まぁ、私はあんたの機動に毒され過ぎちゃったからなんだろうけど、どうしてこうも優雅さに欠けるのかしら。まったく使いこなせてないわ」

 そりゃそうだろう、武は一人で納得した。
 こちらの世界には、武の機動概念を理解できるものはいない。というより、思いつく者がいないのが正解だ。
 そして等しくこの世界の衛士が行う起動は、前後左右のどちらかだ。
 たとえば突撃級が横一列で来たとしたら、ほぼ全ての衛士が行う行動は左右への反復移動の射撃、もしくは前方への飛び越えだけ。『跳躍』は100%行わない。後ろへは、防衛線を保たねばならない場合がほとんどなので、まず後ろへは引けない。
 つまりほとんどの衛士が、火力が数に対して劣っていると簡単に殺されているのだ。
 だからこそ、アメリカはラプターという火力重視の戦術機を作ったのだろうが。

 また前方・後方への跳躍も、それは跳躍とは言わないものだ。むしろ『飛び越す』や『超低空飛行』と表現を変えてもいい。
 光線級や重光線級という『空』に対して絶対的なアドバンテージをもっているBETAがいることや、こいつらに空軍が悉く敗れたことも大きな原因となっているだろう。
 つまり噴射による数十メートルの高さへの、跳躍=即死亡もしくはただの自殺行為、という方程式が成り立っているのだ。
 それでは、たとえXM3を配備されたとしても、大きな差はない。
 精々が攻撃速度、タイミング、移行への速度向上が上がった程度にしかならない。

「私が飛んで避けなさいよ、って言っても、これだから文官や技術仕官は、ってな目で見てくるのよ? ムカつくったらありゃしない。伊隅ですら呆れた目で見てきたんだから、酷い話よね」
「夕呼先生は俺の機動や戦い方、戦術に慣れてしまってますからね。仕方ないでしょう」
「・・・・・・武さんの戦い方は、この世界の人たちには思い付かないと思います」

 一方で武の戦い方は、絶対の基準として『飛ぶ』『避ける』『降下』が根底にある。つまり普通の衛士が平面の2次元機動だとすれば、武はそこに上下が加わり、3次元機動となるのだ。
 武の水平匍匐飛行の回転斬りや、上下逆さまの回転射撃などは、絶対に思い付かないだろう。
「つまり、俺がXM3の教導官になる訳ですね」
「そういうこと。ヴァルキリーズに組み込むというより、あんたは姉妹部隊『A−00』に配属って感じね。もちろん社もそこ。鑑もそこね」
「純夏もですか?」
「ええ。鑑を00unitにするというより、鑑の肉体を元に戻して、あんたのように脳に小型量子伝道脳のマイクロコンピューターチップを埋め込む感じになるわ」
「・・・・・・・・・・・・可能、なんですか?」

 武は呆然として夕呼の顔を見つめた。霞は少し口元が緩んでいることから、知っていたのかもしれない。
 夕呼は得意気な顔を浮かべて言った。

「ええ、私に不可能はないのよ。って言っても、社の協力なしじゃできなかったし、社の進言なしじゃ、変わらずに00unitにしたでしょうけど」
「霞が?」
「そ。まあ前の世界の時から、人格複写の完全機械タイプの肉体でやると、どうしても不都合が出てくるでしょ? 調整とかで。
 なら00unitの機能を小型化して生きた人に埋め込めないか、みたいな構想はあったのね。それを実用化した訳。一年前から本格的に研究して、なんとかって感じね」
「じゃ、じゃあ、純夏は人間に戻れるんですか?」

 武は震える声を隠さずに夕呼に聞いた。
 その武の感情を露にする様子に、久しぶりにそんな姿を見た夕呼は「鑑はやっぱり特別なのねぇ 」とつぶやきながら、されど眼差しを強くして釘を刺した。

「100%じゃないわ。確かに外見も中身も人間に戻れる。だけどさすがに00unitの機能を小型マイクロチップのみに凝縮することは、まだ技術的にも時間的にも足らなくてね。脳に埋め込む以外に心臓部だけは機械になる。もっとも、もう00unitは必要ないから、あくまでも対外的なものの為だけなんだけどね」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 夕呼にとって、オルタネイティブWの役目は終わっている。すでに情報は入手して、その頭に叩き込んであるし、文書にも纏めてあるからだ。
 しかしいくら情報入手という、オルタネイティブWの完遂部のみ手に入れて公開しても、それは何の役目もないし、Wは取り潰しになってしまう。
 あくまでも00unitという世界最高のコンピュータが完成し、それを対外的に発表してこそ意味があり、夕呼は今後も世界各国から援助資金を受けて研究が出来、オルタネイティブY―――火星圏までのBETA駆逐と、BETAの創造主との接触が目当て―――へと繋げることが可能となる。

 つまり純夏は、人に戻れるが、半分は機械の肉体へとなる。そういうことだった。
 だが武にとってはそれだけでも救われた気分だった。
 思わず頭を下げて2人へと礼を言う。

「ありがとうございます、夕呼先生! 霞!」
「ハイハイ。その分、教導の任務に熱入れてね」
「・・・・・・・・・・・・良かったです、武さん。私も純夏さんと・・・・・・もっとたくさん話したいです」
「そうだな。そうしよう! よし、気合入った!」

 武は両頬をバチンと叩くと、一気に飯を頬張った。
 夕呼はおかしそうに笑い、ポケットに忍ばせていたビール(どうやら気に入ったらしい)を一口舐めた。

「ま、そんな訳であんたはA-00に配属。ヴァルキリーズとは模擬訓練に参加したりシミュレーター訓練に参加して親睦を深めつつ、あんたの3次元機動を教えてやって。あ、機体はとりあえず吹雪ね」
「了解です。そういえば、デスティニーには新潟侵攻までに間に合いそうですか?」
「ギリギリね。期待しない方がいいわ。90番格納庫で大急ぎで作らせてるけど、さすがに、ね」

 新型だけあって、慎重にいきたい、という事だ。
 ましてや新型のデスティニーは、とある新種のBETA対策といっても過言ではない。
 新潟侵攻についてのみいえば、いらないはずであった。

「分かりました。じゃあ吹雪や不知火で準備しておきます」
「ん。お願いね」

 夕呼にお願いされるなんて、本当に俺は成長したんだなぁ、と感動しつつ武は残りのご飯を食べたのだった。
 ・・・・・・もちろん、やりたくて仕方なさそうにしてた霞の「ア〜ン」攻撃も喰らって。











あとがき

 武無双&カッコエエ〜〜〜&祷子+美冴+霞ENDを読みたくなって、夢中で書いた。
 祷子さんカワエエ、美冴さんのクールビューティーに鼻血ブー。
「おまえたち(BETA)なんかがいるから、世界は〜〜〜〜!!」という台詞を言わせたくてデスティニー持ってきたw
 機体? 技術が合ってない? そんなの知りませんw  物書きとしてそれは失格だが、これは夢想に近い小説なので、自己満足作品ということで多目に見ていただけると助かります。


 ガンダム種死にマトリックスの頭刺し(プラグ本数UP)に本編電極ネタをクロスさせてみた。
 そんでコックピットは、人間がフラスコとか試験管とか、そんな中に入れられてるかんじ。
 そこに電極でつながれてて、一見すると人体実験受けてる人物にしか見えないかもwww


 他のSS作家様のマブラヴ作品を読んでて、正直技術的知識が低い自分は書けない可能性が高いので、それなら例によって(笑)エロく楽しくかっこよく書くか、という感じで書きました。
 不思議だったのは、207B分隊の子たちの扱いですかね。
 彼女たちの扱いが不思議なくらいに良いんですよね(ヒロインなんだから当たり前だ)
 ですから、私は彼女たちの扱いを最初は悪くして(理屈でいっても正直、序盤の彼女たちは優秀とは思えないので)、先任にカッコ良くなってもらいました。


 先任はかっこいい人ばかりでしたよね。伊隅大尉しかり水月しかり遙しかり祷子しかり美冴しかり。
 武が最後まで戦えたのって、先任の功績が大きかったですし。
 んで、オルタード・フェイブルで祷子と美冴のエロシーンが無かった自分は号泣しましたw
 いや、一応ビーチのシーンはエロくて拍手喝采でしたが(マテwww


 祷子さんの可愛い姿が観たいなぁ、とか。
 美冴さんの甘える姿が観たいなぁ、とか(いや、でも彼氏がいるから泣かせることになるのかっ!?)
 霞と同身長にして萌えるか、とか。


 七転八倒して成長する武は本編で十分に堪能しましたので、ここは武へのご褒美の意味もあるかなぁ、って感じです。
 ですので、そんな無双や、ある意味キャラ崩壊を起こす内容のこの作品を見たかったら、これからも読んでやってください。


 ああ、そうでした。
「こんなシチュエーション萌えね?」とか。
「こんなラッキースケベシーン最高じゃね?」とか。
「こんなデスティニーの戦闘シーンあったら最高じゃね?」とか。
 そんな希望があったら掲示板なりメッセージなりで応募どうぞ。


 感想は、それぞれ該当話数の一番下、↓に載せさせて頂きます。名前伏せ希望の方はそちらも記入お願いします。





てるてる坊主さん

初めて書き込みます。始めまして!
最新話面白かったです! どうやら↓の人のアドバイスから加筆されたようで、俺は違和感なく読めました。
で、今気が付いたのですが、なんかマブラヴのSSがいつの間にか上がってる〜〜!?
やべぇ、全然気が付かなかった。管理人さん、こっそり上げましたね?(笑)
しかも宗像中尉と風間少尉なんて、良いヒロインです!
さらにガンダム機体の、あの蝶のようなスラスターにハエの音がする高速戦闘機体を持ってくるとは!! やるなっ、管理人さん!
という訳で、激しく期待して待ってます。



ryuさん

タッケッル!! タッケッル!!
面白すぎて、ルークの方の内容、頭からぶっ飛んだ。
続きが楽しみすぎます。
武無双を楽しみに、次回の更新を正座して待ってます。



daiさん

聖なる焔の光の後世記最新話の更新お疲れ様です。
木乃香おめでとう!!!
あとナギの魔法はでかくて派手なんで戦場で巻き込まれた人がいたというのは実際にいそうで納得でした。
あとマブラヴのほう……武ショタ化!!!
霞はうれしいでしょうけどほかのヒロインはちょっとこまるかな〜
ショタコン化する可能性も否めませんがw
これからも楽しみに更新を待っています。