第7話 ~それでも君を想い出すから~





【ギアスSIDE】


「意外でした。C.Cさんがあの方達に知らせるなんて」


 ナナリーは皇帝を退き、皇族制が完全に無くなって大統領制に移行してから初の大統領が誕生(初代大統領は人望が厚かったギルフォードになった)して、議員も市民から選出され、ブリタニアはようやく落ち着きを取り戻した、とある日のこと。
 一般人へと下ったナナリーだが、やはり皇族の力というのは拭い去れないものだったので、C.Cに案内されるがままブリタニア本国を飛び出し、とある島にてのんびりしていた。
 彼女はブリタニアをそこから見守り、未だなお世界を統治するゼロとシュナイゼルを応援しつつ、ようやく己の役目から開放されて安穏とした日々を送っていた。


 咲夜子やC.C、ボディーガードをやっているアーニャやジェレミアと共に暮らして、ルルーシュを追いかける為の時期に備えていたのだが、ある日、ふらっと姿を消して戻ってきたC.Cへ、彼女が何をやったか聞いて驚き、3時のティータイムを摂りながら話しかけた。
 C.Cは「ルルーシュのピザが食べたい」だの「ピザピザピザ」と連呼しジェレミアを困らせ、外へと食べに行く癖があったのだが、今回は違った。
 なんとC.Cは、中華へと行っていたのだ。
 そう。
 天子<本名:蒋麗華(チェン・リーファ)>と黎星刻<リー・シンクー>の両名に会ってきたのだ。その理由はただ一つ。シンクーが病気から入院したというからだ。


 現在の中華連邦は、米国や日本と同じく選挙から成る議員制へと移行し、天子は病気のシンクーの看病を行っていた。
 シンクーは黒の騎士団のトップであったので、戦時中の愚行が世界に露見した日からずっと世間から叩かれてきた。そこからは悲しいもので、連鎖的に天子も立場が悪くなり、シンクーと天子は隠れながらの生活を余儀なくされ、その負担からシンクーの病気は完全に悪化した。
 そんな2人の元に、突然C.Cが現れた。
 天子にとってのC.Cへのイメージは、ゼロのパートナーであり、あの悪逆皇帝ルルーシュの后。友達の神楽耶が想いを寄せていた相手のライバル。ミステリアスな雰囲気を纏う大人な女性。そして少し怖い雰囲気の魔女だった。
 黎星刻にとっては、悪魔の男・ルルーシュの相棒であり、何を考えているか分からない気味が悪い女。不老不死だという訳の分からない人外らしき女。それが彼にとってのC.Cへのイメージ。


 C.Cは恐れ慄き警戒する2人を他所に、ブリタニア本国へと連れて行き、本国最高の医療機関で治療を施した。
 これにはラクシャータが一枚噛んでいて、シンクーを有無を言わさず入院。最初は原因不明だった病も、そこまで難解な病気ではなかったようですぐに判明、徐々に快方へと向かっている。
 天子はこれに感謝しかないようで、感情一杯に感謝を述べた。
 もっとも、何で私達にこんなことを、という疑問も強いようで戸惑っていた面も多々あったようだが。


 つまりC.Cは、ルルーシュを罠に嵌めて敵へと回った中華連邦の2人を助けたということだった。
 ナナリーは人を助けることに依存はなく、むしろその結果に喜んだくらいだが、それでもC.Cという人物の人となりを知った今、彼女が善意で人助けというのがイマイチ釈然としなかったのだ。
 そんなナナリーの言葉を、C.Cはピザを食べながら楽しそうに応えた。


「いや、私はあの2人の関係は好みなんだ。ルルーシュだって天子と星刻が共に在る事を祝い、そして願った」
「そうなんですか・・・・・・永続調和の契り、でしたね」
「ああ。それに天子は世間知らず、知識不足だからな。そこまで敵視はしてない」
「天子様も今やっと勉学に励み始めたばかりですから」
「ああ。そんな天子が、何でシンクーを助けてくれるのですか? なんて聞いてきたら応えずにはいられないじゃないか」
「だから教えたということですか?」
「ああ。私は今は機嫌がいい。何故かって? それはルルーシュが異世界とでもいうべき場所で生きていることが分かったからだ。とな」
「天子様、驚いてたんじゃないでしょうか?」
「ああ、真ん丸い目が余計に丸くなってたぞ。ふふふ・・・・・・あいつは本当に純粋だな。悪逆皇帝、愛しの魔王の生存を喜ぶとは」


 どうやら天子にも、ルルーシュの死はなにやら感じるところがあったらしいが・・・・・・何を思って悪逆皇帝の死を悼むのか、それは分からない。
 だが一つC.Cが察しているのは・・・・・・おそらく中華での婚姻に関する一件。
 それしかない。


「・・・・・・連れて行くのですか? 天子様も、シンクーさんも」
「・・・・・・望めば、な」
「今の世界では・・・・・・天子様もシンクーさんも、平穏の地はないですからね」


 ナナリーは紅茶を一口含み、クッキーを食べる。
 カリカリ、と噛む音がして、ゆっくりと飲み込み、停止した。


「お兄様のクッキー・・・・・・食べたいです」
「私はあいつが作ったピザを食べたい」
「私はルルーシュが作ったものなら何でも」


 今まで傍で黙っていたアーニャが、同じくクッキーを咥えてポツリと言う。
 護衛なのに同じ様にティータイムを楽しむアーニャ。なんだか楽しそうに見えるのは錯覚ではない。


「お兄様と・・・・・・今みたいに、ゆっくりと過ごしたい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ナナリー様・・・・・・」


 本当にナナリーはこの3年間がんばってきた。それはC.Cも認めるところで、わずか3年でブリタニアの制度を変え、経済と政治を貿易などの国益で雁字搦めの状況にした現状、迂闊に戦争できなくなった今の世の中。
 これはシュナイゼルの助言があったとはいえ、ルルーシュの後の世の計画書があったとはいえ、ナナリーの努力と学ぼうとする意思なくして今の平和は無かった。
 ナナリーの年齢は現在17歳、もうすぐ18歳だ。
 ルルーシュの死亡年齢に、追いつく。
 彼女のこの3年の努力は、彼女を未熟な少女から女性へと成長させ、苦労と心労、疲労から幼く見えた童顔が、歳相応の年齢への老いへと向かわせた。
 もちろん老けている訳ではない。やはり童顔に見えることに違いはない。しかし滲み出る雰囲気が完全に昔とは違った。


 ――――ゆえに、兄への想いも危険な領域へと踏み込みつつあった。


「頭、なでなでしてもらうんです!」
「ほぅ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・いいな、ナナリー様」
「一緒に買い物にも出かけるんです! もう目が見えるので、昔の買い物の時と違った楽しみがあるんです」
「ふむ、それはいいな」
「・・・・・・・・・・・・いいなぁ、ナナリー様」
「一緒にお風呂にも入るんです! そのあとは一緒にお布団に入って、本を読んでもらうんです!」
「・・・・・・・・・・・・(突っ込むべきか? 突っ込むべきだよな、ルルーシュ)」
「・・・・・・・・・・・・羨ましい」
「それでそれで―――!」


 ナナリーの暴走は止まらなかった。







【魔法使いSIDE】


 ここ『旧世界』で生活する魔法使いたち、その中でも各国に拠点を置き管理する『理事長』がいる。
 例えばイギリスの魔法学校校長、イスタンブール魔法協会、ワシントン魔法学校、関東魔法協会が代表的なものだ。
 その中でも異色なのが日本であり、西洋魔法使いが島国に渡ってくる前まで管理していたのは関西呪術協会である。
 よって島国の日本やオーストラリアなど、孤立した国は二つの協会が存在している場合が多い。
 だが両者は基本的に現在、裏世界のさらに裏に隠れた存在として表向きは協力関係であることには間違いない。


 魔法使いたちは基本的に、旧世界に『来訪』した部外者だ。
 来訪当初『魔法世界』から来た魔法使いたちは、昔の統治者や戦争指揮者、また歴史上の偉人として名が残っている人物たちをその力で粛清した。
 当時の魔法使いたちは己の意思と正義の心を歌い、結果的に“一般人たちにとって”は良い結果をもたらした。
 しかし一般人たちにとっては良い結果であっても、それが政治家たちにとって、世界にとって、今後数十年という単位で見れば・・・・・・それはマイナスでしかなかった。


 そしてその時から、旧世界の裏世界とでもいえる勢力たちと魔法使いたちとの戦争が始まった。


 戦争といっても血生臭い闘争を頻繁に行った訳ではない。小さな小競り合いが少しと、いくつかの争いのみだ。
 そして結果からいえば『共存』という協定を結ぶことによって一つの終結を迎えた
 旧世界と魔法世界は、一つの冷戦状態で百年以上の時間が経ったのであった。
 だが、ここで冷静に考えると、一つの問題点があることに気づく。
 それは旧世界の力と科学力が劣っていたこと、もしくは魔法使い側の平和思想があるが故に冷戦状態であれた、ということだ。
 また物量という戦いにおける有利な要素が、旧世界側に圧倒的に有していたことだった。


 しかしここ最近、魔法使い側にとって見逃せないことが起こってきた。
 それは旧世界側の科学力が、異常発展を遂げつつある、ということである。
 これは見逃せない。
 このままでは『旧世界側』と『魔法世界側』のバランスが崩れてしまう。


 だからそのバランスを崩す根源、とある人物を『排除』するかどうかが議題であった。
 とある国にて行われた世界会議は、魔法使いのお爺さんたちが一同に会していて、手元の資料にはとある少年のデータ資料があった。
 全員がその資料を眺めつつ、言葉が交わされる。


「ふむ・・・・・・この急な発展の科学力を齎したのが、こんな少年だとはのぉ。正直信じがたいわい」
「確かに。しかしサウザンドマスターはもっと若かった。驚くことではない」
「そんなことよりこの少年は危険だ! すみやかに排除、もしくは抹殺。最低でも洗脳してこれ以上の発展を妨げなくては!」
「貴様、それが『立派な魔法使い~マギステル・マギ~』を推奨する魔法使いが言うことか!」
「だが現実問題として、粛清しなくては均衡が崩れるぞ」
「それにこの少年、あの鏑木グループに連なる者ぞ。詳細なデータは鏑木が隠している所為でわれわれが引き出せない程ガードが固い」
「たしかに。電子精霊群も鏑木ほどの組織相手では強固過ぎて無理じゃ。ましてや鏑木はあの『クロノス』を戦力とす組織。アイギスという組織も強いと聞く」
「たかが近代武装を使う表の人間ごとき、われわれ魔法使いの敵ではないだろう!」


 血の気が盛んな中年男性が叫べば、老人が諌めて冷静な意見を述べる。
 だが全体の話の流れとしては、少年への干渉は大前提であるという方向へ傾いている。
 少年が居るとされる日本、そこからの代表である老人・近衛近右衛門は黙って呆れていた。
 隣に座っている関西呪術協会からの出席者である老人の義息子『近衛詠春』はそんな義父に苦笑している。


『誰もが、我々は後から来た侵略者に過ぎないことを、我々が異端であることを無視しておるのぉ』
『はい、そうですね。それに魔法使いの方が強いだなんて・・・・・・現実を見ていないにも程があります』
『そうじゃのぉ。先ほどから上げられているクロノス、その幹部のナンバーズなぞ、我々と匹敵・それ以上の力を持っているというに』
『認めたくないのでしょう。魔法使いである我々は確かに無からエネルギーを作り出せるという点では優れていますからね』
『そうじゃな。じゃが現在、旧世界と戦争になってみぃ、数で圧倒的に劣っている我々は壊滅的打撃を喰らうぞ』
『はい。それに我々とて一枚岩ではありません。内部にも敵がいますし、表側に付く者たちも大勢出てくるでしょう』
『その通りじゃな。それにこの少年・・・・・・』
『? 何か問題ありますか? 確かに頭は良いのは間違いないでしょうが・・・・・・』
『いや・・・・・・何かこの目を見ていたら胸騒ぎがしてのぉ・・・・・・』


 会議そっち除けで念話してる親子2人。周囲のことはまるで無視だ。
 詠春は近右衛門の言葉に首を傾げるだけだったが、その老人はジーッと写真に写る少年を見た。
 写真に写る少年は、原宿の街中で楽しそうに服を選んでいて、至って普通の少年に見える。
 だが近右衛門にはその少年の異常なまでのカリスマ性を纏ったオーラと、その透明な紫眼の瞳にわずかな胸騒ぎがあった。
 嫌な予感がした。
 この少年を敵に回してはいけないような、そんな予感が。


 結局会議は、これまで以上の観察と情報収集、そして少年への接触と敵味方の識別で決着ついたのだった。









【ルルーシュ&瑞穂SIDE】


 ルルーシュと瑞穂はある日、鏑木ランペルージの仕事の一つとして、都内の藍ヶ浜という地を訪れていた。
 その地を訪れたのは、単純に下請け工場の視察と地域密着型の福祉サービスの提供案を探る為だ。
 もちろん鏑木の医療福祉の充実が目的だが、ルルーシュはその根本にナナリーのような障害者の為というのがある。


 2人は都心よりもむしろはずれにある地にこそ医療施設の充実が必要と考えていて、尚且つ収入も見込めると結論していた。
 土地、人口、立地条件、交通、気候、あらゆる要素を探り、2人は討論を交わしていた。
 その時、ルルーシュの携帯の電話が鳴り、電話に出るとその相手は以前、犯罪に巻き込まれた麻帆良学園中等部2年生の柿崎美砂であった。


「もしもし」
『あ、ルルーシュさんですか? 私です、柿崎です! 覚えてますか?』
「ああ、柿崎さんか。もちろん覚えてる。どうしたんだ?」
『今学校なんですけど、急にルルーシュさんとお話がしたくなっちゃってっ! って、こら、うるさい!』
「? どうかしたのか?」
『ああ、いえ、なんでも! ちょっと横に煩いのがいまして・・・・・・って、そんなことより、今お仕事中ですか?』
「いや、今は移動中だから大丈夫だ。それより、元気になったみだいだな。よかった」
『はい! もうルルーシュさんに助けてもらって、すっかり元気です!』
「そうか。それは良かった」
『それで、あの・・・・・・今度の土曜日に原宿で会えませんか!?』
「土曜日に? ちょっと待ってくれ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、何とかなりそうだな」


 ルルーシュの言葉を聴くと、電話の向こうから美砂が喜ぶ声がして、その背後から複数の色めき立った声が上がった。
 思わず耳から遠ざけると、瑞穂が不思議そうな顔をして聞いてきた。


「ルルーシュ、電話?」
「あ、ああ。この前話した麻帆良の子からだ」
「ああ、柿崎さん・・・・・・だよね?」
「よく覚えているな」
「うん、シャーリーさんの機嫌が悪かったからね、印象深かったよ」
「・・・・・・忘れてくれ」


 ゲッソリとした表情をするルルーシュ。どうやら機嫌取りに苦労したらしい。
 シャーリーはその時のことを思い出したのか、ぎらぎらした目でルルーシュを睨んでいた。


『あ、私の携帯ってTVカメラ機能付きなんですけど、たしかルルーシュさんの携帯も最新のやつで付いてましたよね?』
「あ、ああ」
『じゃあ、切り替えちゃえ〜〜〜!』
「え、お、おい!」


 ピッと切り替える音と共に画面に美砂が映る。どうやら教室のようで、画面の中央に美砂、端々に見たことが無い少女たちがちらちらと映っていて、押し退ける様に画面に現れては消えていく。
 携帯からはギャーギャーと声が響き「押すな」とか「私も見たい」とかいろいろと声がして、はっきり言って煩い。
 その騒々しさが聞こえたのか、瑞穂は苦笑しながら携帯を覗き込んできた。
 するとその瞬間、美砂の悲鳴とその背後の煩い声が携帯から鳴り響いた。


『えええぇぇぇぇ!! ルルーシュさん、彼女いないって言ってたじゃないですか!! 嘘だったんですかぁ!?』
「・・・・・・・・・・・・は?」
『綺麗な人〜〜〜』
『うわっ。美砂、あんた勝てっこないわ』
『レベル高いカップル〜〜〜〜』


 暴走する美砂やクラスメイトは止まらない。特に同じ部活仲間は容赦が無かった。
 ルルーシュはそ〜っと横を見やると、当然のごとく落ち込む瑞穂の姿が。
 頭が痛そうに溜め息を吐くルルーシュ。


「誤解しているようだが・・・・・・こいつは俺の友人であり、仕事仲間だ」
「う、うぅぅ・・・・・・今日の僕、スーツ姿で男の格好のはずなのに」
【アハハハ。もう、瑞穂君。いい加減諦めなって】


 ポムポムと肩を叩いて慰めるシャーリー。
 ルルーシュの言葉に柿崎は目を見開き、画面を覗き込んできて何かに気づいた。


『あ! そういえば、その顔ってホームページを見たときに視た顔・・・・・・って、え!? ということは、男!?』
『え〜〜〜〜〜〜〜!! 嘘だぁ!?』
『ありえないって! だって私達より綺麗な顔だったよ!?』
『しかもあの鏑木の御曹司なんでしょ!? ありえないって!!』


 ありえない否定された瑞穂は既に声すら発しない。
 ルルーシュはさすがに気の毒に思ったのか、中学生パワーに押されながらも嗜めた。


「ま、まあ容姿についてはそこまで言ってやらないでくれないか? 本人も気にしてるんだ」
『あ、ごめんなさい・・・・・・』
「ううん、いいんだよ別に。だって高校でもさんざん言われたし・・・・・・ハハハ」
「瑞穂、壊れてるぞ。ま、まあそれよりも、今度の土曜日で良いんだな?」
『あ、はい! お願いします!』
「分かった。では今度また」


 私も話したいです〜、とか。これが玉の輿かっ! とか。
 激しい声が響いて携帯を切った。
 それから落ち込む瑞穂を引き摺って、本来の目的地である施設を訪れた。


 そこからは完全に仕事モードに入った2人。
 シャーリーも必死に理解しようとするが、なかなか難しいようだ。だがそれでも説明を受けて理解する彼女はやはり聡明な女性であった。


「うん、やっぱりこの地に建てるのが一番いいね。収益も見込めそうだし、交通の便も悪くない」
「ああ。土地、立地条件も全てクリアされたも同然だ。医療サイバネティックにもっと精通していればよかったんだが」
「いや、それでも十分だったよ。後はこちら側の住人が切磋琢磨して研究・発展していけばいいと思うよ?」
「そうだな、その通りだ。だがやはりラクシャータにもっと詳しく聞いておけば良かったと思わずにはいられない」
「ラクシャータさんって、科学者だよね? ルルーシュに認められるなんてすごい人物だね」


 資料を鞄に片付け、空を仰ぐ瑞穂。
 天候もすがすがしい程綺麗で良好。雲ひとつない空は実に気持ちよい。
 瑞穂は少しだけ疲れた体をほぐしながら、うーんと唸って伸びをした。そしてチラリと隣を歩くルルーシュを見た。
 スーツ姿も妙に似合うルルーシュが仕事のパートナーになってくれて、プライベートでも親友となった。
 恐るべき他分野に渡る知識量。物事を見通す慧眼。仕事の戦略。部下への分配手腕。
 瑞穂も知識に関してはルルーシュに劣らない。こちらの世界の知識を教えているのは瑞穂なのだから。
 だが戦略と分配手腕は負ける。
 一方でルルーシュは、瑞穂の人を惹きつける才能には負ける。カリスマ性ではどちらも互角ともいうべきものだったが、瑞穂は自然と人の尊敬を集め、そして崇拝の念を自然と抱かせるのだ。
 2人はいろんな意味で刺激し合う仲となっていた。
 しかし瑞穂は唯一ひっかかる点があった。それはルルーシュが最初に落ちてきた時の衣装と血のことだ。


(あの服・・・・・・素材は一級品のものだった・・・・・・それに出血位置は心臓付近・・・・・・明らかに刃物によるものだよね・・・・・・それって)


 ルルーシュが元の世界で何をやっていたか、それが分からない。
 シャーリーが死亡したこと。ルルーシュの怪我。あの貴族衣装。
 正直、聞きたいことが多い。しかしルルーシュの来訪当初の衰弱振りと抜け殻のような目。
 あれを思い出すと聞き辛い。
 今のルルーシュはシャーリーさんととても幸せそうで、未来を見て生きた目をしている。
 時折、物憂げな表情を浮かべてどこかボンヤリと眺めているのも誰かのことを思い出しているようだった。


「ん?」
「どうかした? ルルーシュ」
【あの男の子がどうかしたの? ルル】


 ルルーシュが見詰めている方向を見ると、そこには18歳くらいの男の子が1人、綺麗な花束を持って墓地に入っていく姿があった。
 若い男の子が墓地へ1人で、というのは確かに珍しい光景だ。
 ルルーシュはその少年をジッと見て、ポツリとつぶやいた。


「あの男・・・・・・ナナリーを失ったと思っていた時の俺に似ている」
「え?」
【・・・・・・あの時のルルに?】
「ああ・・・・・・酷く不透明というか――――――って!?」


 ルルーシュはギョッとした表情を浮かべた。つられて瑞穂が男の子へ目を向けると、彼はお墓の前で祈りを捧げている姿だった。
 だが問題はその上にあった。
 お墓の上に、お墓で眠っていると思しき一人の女の子が悲しそうな目で彼を見詰めていたからだ。


 それは、明らかに幽霊であった。


 少女は14歳程度に見える。男の子に会えて嬉しいという表情と、だけど悲しいという目で悲壮感が溢れていた。
 男の子も祈りながら目尻りに涙を滲ませつつ何かをぶつぶつと喋っていて、それだけで彼と彼女の関係性が伺える。
 無意識だったのだろう。
 シャーリーがルルーシュの裾を掴んでいた。


【ルル・・・・・・っ!】
「ああ・・・・・・なんとかしてやりたい・・・・・・俺たちがコレだからな。だが彼は視えていないようだ。視えなければどうしようもない」
「僕も見えるよ。だけど彼は見えてないようだし・・・・・・もどかしいね」
【でもでも〜〜〜〜】
「ああ・・・・・・だが、ひょっとしたらだが、やってみる価値がある」


 ルルーシュは一瞬だけ逡巡し、彼に歩み寄った。









【メモリーズ・オフSIDE】


 少年・三上智也は、澄空高校を卒業した浪人生。
 父は単身赴任、母はその世話焼きに行っている。幼馴染みの今坂唯笑とは10年以上の付き合いになるが、腐れ縁以上の関係には至ってない。
 そんな智也は辛い過去を強く引きずっていた。
 それは、もう1人の幼馴染みであり最もかけがえのない存在だった少女・桧月彩花の事故死のことだ。
 智也は彼女の死後から立ち直るまでの記憶がない。それほど愛していた彩花の死に、3年経った今でも思い出すと意識が保てないほどだった。
 そんな状態が続いた高校2年生の春、彼の周りに変化があった。
 明るく社交的な転入生、音羽かおる。
 その1ヵ月前に転入した、他人と距離をおく銀髪の少女・双海詩音。
 電車で知り合った彩花の従姉妹である伊吹みなも。
 腰痛でダウンした母に代わり売店で働き始めた霧島小夜美。
 親友で悪友の稲穂信。


 彼女たちとの交流は智也に少しの変化を与えた。
 彼女たち自身も智也へと好意を持って接していた。
 音羽かおるは過去の後悔を胸に、智也と友人関係を築きながらも彼に惹かれていった。
 双海詩音は何かと浮いた存在だった自分に構ってきて、好きなマイナーの本を智也が知っていたり、と接点があり惹かれていった。
 伊吹みなもは姉のような存在だった従姉妹から彼について聞いていた為、憧憬から接し、好意を持った。
 霧島小夜美は亡くなった弟を彼に重ねて接し、そしてゆっくりと好意を暖め育てた。
 今坂唯笑は亡くなった幼馴染への遠慮、彼らの絆を誰よりも理解していて苦しみ、されど好意はずっと持っていた。


 そんな彼女たちは智也へと好意をもったことにより、彼の過去を知る。
 親友の信も智也へ事ある毎に発破かけたつもりだった。彼女たちも想いの丈をぶつけながら智也へ振り切って前を向いてもらおうとした。
 しかし三上智也の桧月彩花への想いは強かった。いや、強すぎた。
 街中のあちこちにある、彩花との思い出。それは智也を徹底的に苦しめ、彼女がいないことに寂しさを感じさせた。
 そして結局、現在に至る。


 引きずり過ぎた所為か、勉強を疎かにし、夢の中で彼女との思い出に浸っていた為に大学受験に失敗。
 親友は学校を中退したが、世界中を旅している。
 周りの女の子たちもそれぞれの夢を叶え、会社・学校に通う日々だ。
 数日前に会った時は、智也は居心地が悪かったほどだ。一応勉強はしているとはいえ、友人たちはあまりにも眩しい存在だ。
 そして彼女たちは自分に好意を向けていることを知っている智也は、気を遣う彼女たちに意味も無く苛立った。
 己は何をしているのか、このままでいいのか、だけど寂しい、彩花に傍にいて欲しい、そのループの繰り返しだった。


 そして今日、週に一度のお参りでやってきた。
 ここに来た時だけ、彼は弱音を吐けた。


「なぁ彩花。俺・・・・・・このままでいいのか?
 彩花だったら、何やってるの! って怒るんだろうな。
 改めてお前の存在の凄さと重さを感じてるよ。
 ・・・・・・唯笑や双海、かおるや小夜美さんたちに会ったけど、みんながんばってた。
 信はインドやネパールに行ってきたらしくて、ナマステーとか言ってたぞ。
 俺は・・・・・・どうすればいいんだろうか。
 大学に行ったとしても、何をすればいいのか・・・・・・分からないんだ」


 智也が描けた唯一の夢、それは彩花がまだ生きていた中学の時に教えてくれた彼女の夢と同じだった。
 それは・・・・・・2人で将来を共に生き、京都の伊勢神宮で結婚式を上げること、ただそれだけった。
 そしてそんな話をしたのは中学の2年の修学旅行計画の前で、その直後に彩花は死亡し、俺は死んだように無理やりもう1人の幼馴染に連れて行かれた。
 中学の修学旅行は、何も覚えていない。
 そして高校で同じ場所に行き、俺は無意識に彩花と決めたコースを回っていた。
 それを唯笑と双海が指摘してきて愕然とした。彼女たちは、親友の信はそんな智也を怒った。
 結局、智也は2人に明確な答えを返せずに、けれど気持ちを向けてぶつかってきた2人に謝罪した形で終結した。
 その時確かに、智也は前へ進めると思ったはずだった。


 だがそれも消えた。
 全て失くした。
 将来という希望の道、大学進学に何も見出せないのだ。
 やる気も出ない、生きる意味がない。生きる活力がなかった。


「彩花・・・・・・俺は・・・・・・」


 智也の告白に涙を浮かべて嬉しそうに微笑んだ彩花。
 からあげサンドという奇抜な弁当を作り、だけど美味しかった彩花のお弁当。
 自分に似ている主人公だからと、本を勧めてきた彩花。
 白い傘がお気に入りなんだといって、今度見せてあげると言った彩花。
 己が怠けていると、頬を膨らませて叱咤してきた彩花。
 優しく微笑んで膝枕をしてくれた彩花。
 そして――――。
 智也のために休日の学校に雨の中迎えに来てくれて、途中で白い傘と共に倒れていた―――。


「彩花……彩花……」


 ズキッ、と胸が痛んだ。
 杭を打たれたような痛さが己を襲い、奥歯をぎゅっと噛みしめる。砕けるんじゃないかと思うほどの力で。
 ――分かってる。
 今の自分を彼女は好まない。きっと悲しむ、というより怒って叱咤してくるに違いない。
 彼女はそういう子だ。
 そしてそれが今はない。それが寂しい。痛みを増大させる。
 もし、もし万が一でも、一瞬でも彼女と再会できるなら、きっと自分はどんな代償でも払うだろう。
 彼女と共に生きられるなら、悪魔にだった魂を売ってもいい。
 そんな都合の良い事を考えて現実逃避をしてしまうほど弱っていた。


 あまりの痛みに意識が遠退きかけた瞬間だった。
 背後から、足音が聞こえた。
 智也は振り返ると、後にいたのは見た事もない美形の男と、女がひとり。スーツ姿から社会人だろうか、と認識する。
 他人に見られたくない姿を見られたことで、智也は顔を隠して涙を拭い、思わず警戒する。彼らは自分をジッと見詰めてきたからだ。
 警戒する智也たちの間には緊張感が漂ったが、美形の男が話しかけてきた。


「……大切な時間を邪魔してすまない。だがこちらの話を聞いてくれないか?」
「…………あんたは?」
「俺の名はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
「私の名前は鏑木瑞穂です」
「…………それで、何の用だよ」


 智也の口調は刺々しい。彼からしたら見られたくない姿を見られ、せっかくの彼女との時間を邪魔されたのだから仕方がなかった。
 また目の前の2人は、視線が自分とどこか空中とを行ったり来たりして、どこか落ち着きがない。
 ルルーシュと名乗る男から出た言葉は、智也を驚かせるに十分な内容だった。
 そしてこれこそが、三上智也と呼ばれる少年の未来が変わった瞬間である。







【ルルーシュ&瑞穂SIDE】


(やはり警戒はされてるな。だが当たり前だ。問題はどうやって教えるかだが……)


 ルルーシュはむ〜、と考え込む。ふとシャーリーを見ると、彼女は墓石の上にいる、目の前の男の恋人らしき少女に手を振って挨拶していた。
 少女は同胞(幽霊)を見たのは初めてなのか、それとも幽霊と共にいる自分に驚いているのか、はたまたそのどちらもか。
 少女と視線が合うと、少女はさらにギョッとした表情になった。目をくりっとさせた少女はとても可愛らしい。容姿もとても優れた子だと判る。


 ここでルルーシュは説明に困ってしまった。何から言っていいのか、いや、順番が非常に困るのだ。
 しかしここで変にこねくり回した会話をすると、怪しまれてややこしくなる。
 だからすっぱりと進めることにした。


「突然だが、君は幽霊というものを信じるか?」
「…………は?」
「意味が分からないと思うが、質問に答えてくれ。信じるか? そして信じるとして、見える為なら代償を払う覚悟はあるか?」
「……おい、あんた! それってまさか!?」


 目の前の男は馬鹿ではないらしい。いや、頭の回転と勘というべきものは悪くないようだ。
 それはすなわち、賢い人間。
 たとえ信じられないとしても、そこに込められたルルーシュの意図に勘付いたのは、彼が有能ということだろう。


「どうだ? 見る覚悟はあるか? 本当に見えるようになるかどうか、その可能性は限りなく低いが……それでも確かに可能性は存在する。だが、一瞬の記憶の欠落と自我を一時失うという恐怖を体験することになるが」


 ルルーシュの言葉に少年は顔を青褪め、しばらく目を瞑って考える。
 されど本当に一瞬だった。
 少年はコクっと大きくうなずき、決意と期待、そして恐怖を堪えた顔で言った。


「構わない! もう一度、あいつに……彩花に会えるなら――俺はっ!」
【智也っ】
「……いいだろう。君の覚悟、たしかに受け取った」
「でもルルーシュ、どうするの? 見える人は限られるようだし、いきなり見えるようにはならないんじゃ?」


 首を傾げて疑問を浮かべる瑞穂。
 幽霊の少女は、シャーリーに何やら説明をうけていて、大仰な身振り手振りで会話していた。何を話しているのか気になるが……とりあえずシャーリーに任せよう、そうルルーシュは判断し、瞳に手を当て、瑞穂に答えた。


「瑞穂……今まで君には内緒にしてきたことがある。これから俺が行うことこそ、俺の最大の秘密だ」
「……教えてもらっていいの?」
「構わない。ただ、俺の目を見ないでほしい。君は背後から見ていてくれ」
「……わかった」
「では行くぞ青年よ。俺の目を見てくれ」
「何をするか分からんが、よろしく頼む!」


 ルルーシュは瞳からコンタクトを外し宣言した。


「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる! キミは幽霊といった超常現象のものが見えるようになれ!」
【え、何それ? それで見えるようになるの!?】


 シャーリーの言葉はもっともなセリフだった。
 しかしルルーシュは己の狙い通りにいけば、そう願い様子を見る。


 少年の中の、思考の鎖が強制的に塗り替えられる。思考回路が一旦ズレて、そして重なる。
 命令通りに遂行しようとする脳は、強制的に眼へと働きかけ、その結果、神経系と細胞といった生体組織に異常が生じる。


 ギアスの力は超常の力。遮蔽物があったり、2度目は効果がないなど、制約は山ほどある。しかし一度通れば、“絶対にそうならばければならない”と脳が判断し、強制的に働く。


 もちろん危険はある。
 もとより無茶な命令なのだ。遺伝子や生体構造に欠陥が出る可能性はある。
 しかし目の前の男は己がナナリーを失った時と同じ感じがした。ならば、どんなことだって受け入れるだろうし、どんなリスクも背負うという確信があるはずだ。


 その結果、智也の瞳は真っ赤に染まり「うっ・・・・・・」とうめき声を上げて蹲った。
 智也の身体が、目が強制的に見えるようにするため、無理やり魔力の蓋が開き、命令によって魔力通路が出来る。


【智也!!】
「ちょ、ちょっと君! 大丈夫!?」
【ちょっとルル! 流石にムリだったんじゃない!?」
「・・・・・・・・・・・・」


 少女が慌てて駆け寄り、少年にヒシッと抱きつき、痛みを和らげようとする。
 瑞穂やシャーリーも駆け寄るが、ルルーシュはその場でジッと見ていた。


 すると、少年の体がピタリと動きを止めた。痛みで肉体が震えてうめき声を上げていたはずだ。
 だが今は全く動かない。
 まさか失敗か、そうルルーシュが思った時だった。
 少年は唐突に顔を上げ、そして―――。


「彩・・・・・・花?」


 呆然と、自分に“抱きついてきた”人物を見た。
 少女も愕然とした表情を浮かべ、そしてジワっと涙をこぼした。


 2人にどんな想いが込み上げているのだろうか。
 自分の時とは違って殺伐としたものではないことだけは確かだな、そうルルーシュは思い苦笑する。
 そしてその直後。


「彩花!!」
【智也! 智也〜〜〜〜〜!! 寂しかったよぉ〜〜〜〜〜〜!!」


 とめどなく涙を流す少女と少年がそこにいたのだった。








 完全に自分たちの世界に入り込んだ2人に、ルルーシュと瑞穂とシャーリーはたっぷり待たされた。
 すぐ側にいたのに気づかれなかったのは、まさに苦笑いするしかない。
 シャーリーは一緒に涙を流して「よかったよぉ〜〜〜、よかったねぇ〜〜〜」と言っている。
 やっぱり愛し合う2人を引き離しちゃ駄目なんだよ! というシャーリーに、ルルーシュは、なるほど確かにその通りだ、と何度も頷き、瑞穂を苦笑させた。


 どうやら少女は事故死だったらしく、その原因を作ったのは少年らしい。
 少女は違うと言い張ったが、少年は自責の念に駆られて今まで生きてきたということだった。
 そして少年の側で少女はひたすら見守っていたらしく、少年の周りに群がる魅力溢れる女の子たち(少女いわく、2股ならぬ3・4股かけているようにしか見えなかったらしい)の話をし、近況を語り合っていた。


【ねぇ、ルル。2人っきりにさせて上げようよ。ギアスの力で智也君も視えるようになったみたいだし】
「ああ、そうだな。そうしよう」
「うん、じゃあ行こうか」


 そう行ってそっと離れるルルーシュたちだったが、そこでようやく智也たちが気づいたのだ。


「待ってくれ!」
【ちょっと待って!】


 振り返ると、慌てて駆け寄ってくる智也と彩花。
 すっかり智也から悲壮感が消えていることから、自分のギアスで初めて善行を行った気がした。
 また少年の右目は赤く充血していたが、特に異常は見受けられない。
 智也はルルーシュと瑞穂、シャーリーを見て、言った。


「礼がしたいんだ! 確かにめちゃくちゃ目が痛かったし身体も壊れるかと思った。記憶も一瞬だけど無くて変な感じがする。だけど、それでも俺は感謝したいんだ!」
【私も同じ。智也ともう一度話せる機会をくれて、それどころか触れることまで・・・・・・たとえ、貴方の不思議な力のおかげだとしても、そこにリスクがあるとしても私は貴方に感謝したいの!】
「・・・・・・下手したら失明していたかもしれないんだ。恩を感じる必要はない。こちらとしても売りたかった訳じゃないんだ。俺も・・・・・・同じような立場だからな」


 シャーリーを見上げて、くすっと笑うルルーシュ。
 シャーリーも笑い、ルルーシュの首に纏わり付いてきた。


「ほわぁ! ・・・・・・っと、失礼。とにかく気にするな」
「いや、それじゃ俺の気がすまない!」
「どちらかといえば、具体的なリスクの説明をしなかった俺が詫びねばならないんだ。だから気にするな」
「・・・・・・じゃあ、俺をあんたたちの仲間に加えてくれないか? 俺は雑用でもなんでもするから、あんたたちにお礼がしたい。もちろんタダのパシり。どうだ?」
「・・・・・・確かに、それならお互いに礼をする形となる、か。どうだ、瑞穂」
「うん、いいと思うよ。ちょうどルルーシュの補佐が必要だったし、これからの我が社の人材育成のテストケースとして雇用しても良いと思うし」
「・・・・・・我が社って、何の話だ?」


 智也は、話が大きくなってきた、というか捩れて来たので慌てて説明を求める。
 そこでやっとお互いに自己紹介となった。
 瑞穂やルルーシュが自己紹介すると、智也と彩花はびっくりしていた。
 それはそうだろう。世界の鏑木の御曹司と、近年では知らぬものはいないほどの社会に革命を起こした風雲児が彼らの正体だったのだから。
 しかし智也としては、コレだと思った。
 彩花を引き合わせてくれて、また自分と年齢が大して変わらないのに、会社を立ち上げて世界を相手に毎日を生き、未来へと邁進する彼らの姿こそが、智也が彩花以外に求めるものだった。夢が無い自分が魅力が感じるものだった。


 同時に舞い込んできたこの転機。智也は逃したくなかった。


「じゃあ、俺を雇ってくれるのか?」
「ああ。しばらくは俺たちと共に仕事をしよう。そこから君の――」
「智也でいいさ。もう俺たちは友達だろ?」
「――ああ、そうだな。そこから智也の特性と得意分野を探し出し、役職についてもらおう」

「うん、そうだね。それでいいかな? 智也君」
「ああ、よろしく頼む!」
【よかったね、智也♪」
「ああ、彩花・・・・・・なぁ、彩花。これからも一緒にいてくれるよな?」
【もちろんだよ。せっかく話せるようになったんだから】
「よっしゃぁ! あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜! もう、今日は何て嬉しい日なんだ! 人生最良の日か!?」
【智也君、それは大げさ・・・・・・でもないか。良かったね、おめでとう!】
「ああ、ありがとう。シャーリーさん!」


 こうして、智也がルルーシュたちの仲間に加わった。
 そしてこの後、智也たちは共に鏑木邸に付いて来て、今後の話し合いを行った。
 ちなみに瑞穂はギアスについて詳しく言及してこなかった。ただ、一言。


「ルルーシュは、力の使い所をわきまえてるでしょ? それに友に向けるような人物には思えないよ・・・・・・今はそれが必要な事態でもないしね」


 そう言って笑った。本当に瑞穂の目利きには敵わない。彼は本当に良い奴であった。
 ただ、屋敷で共に風呂に入ろうとしたとき、智也がルルーシュを止めてきた。
 シャーリーがいるのに、浮気するのは男としてどうか、と。
 彩花も「それは酷いよルルーシュ君」と、頬を膨らませて言ってきた。


 その後はある意味めちゃくちゃだ。
 瑞穂はシクシクと泣いて落ち込むし、シャーリーと紫苑と貴子とまりやは大爆笑。
 智也と彩花の驚きの絶叫が屋敷中に轟いたのであった。
 もはや言うまでも無い事態であった。









 鏑木邸の一室に智也と彩花は通されて一泊することになった。
 今後の事を話し合う為に、墓地からそのまま付いてきたのだが、洋服も何時の間にか用意されていた。
 話し合いの時間は3時間にも及び、夜9時になってようやく一段落。
 風呂で瑞穂の性別を知って絶叫を上げて、男3人で風呂に入ってようやく彩花と2人きりになった。
 改めて2人は向かい合い、およそ5年にも渡る空白の時間を埋めるように、話していた。


【私がいなくなった途端に、ぐーたらしてるんだもの。どれだけ後ろから叫んだか】
「ぐっ・・・・・・すまん」
【詩音ちゃんや唯笑ちゃん、みなもちゃんに小夜美さん、音羽さんに稲穂君にも心配かけてたよね?】
「ぐぐ、申し開きようがありません・・・・・・」
【挙句の果てに6股だし・・・・・・まったくもう】
「いや、俺は別に彼女にした覚えはないし・・・・・・」
【でも皆の好意は気づいてるでしょ? はぁ・・・・・・私の智也が何時の間にかタラシになっちゃってさぁ】
「がはっ」


 心当たりがありすぎるために、智也はダメージを負ったポーズを見せながら蹲った。
 彩花は頬を膨らませて不満を洩らしつつ、ジワジワと智也にダメージを与えていく。


【しかもこの間は、ウィーンに留学して久しぶりに戻ってきたほたるちゃんのお帰りなさいパーティでは、空気をぶち壊すし】
「な、なんでそれをっ!?」
【だって一緒にいたもん】
「げはっ」


 あっさりと言葉を返されダメージを負う智也。
 確かにあのパーティの時は空気をぶち壊した。大学に落ちて皆が明日へ活き活きと邁進する中、自分だけ惨めで取り残された気分になり、半ば八つ当たりだった。
 白河ほたるとは浜咲学園出身の別高校の生徒で、同じ中学出身。唯笑が仲が良く、智也自身もほたるの彼氏の伊波健と友人で、ほたるの親友である飛世巴――通称トト――とは友人の関係だ。
 もちろん知らない人間も集まる中、智也も唯笑と双海に連れられてそこに出席し、そこで空気をぶち壊してしまったのだ。
 原因は智也自身にもあるが、そこに来ていた浜咲高校の女子生徒・寿々奈鷹乃も大きな原因の一因となった。
 彼女は男嫌いで有名で、またその言葉は辛辣で容赦なく、相手への配慮が掻けた言葉が多い。
 鷹乃は智也に容赦なく口撃した。死んだ人間に囚われてダサいとか男のクズとか、そんな言葉が多かった。
 そのきっかけを作ったのは智也であったが、彼女は事情も知らず、また痛みや経緯を知らないのに知ったかぶって口撃したのも事実であった。
 また彼女は双海の友人であった。双海が智也へと好意を寄せていることを知っていて、そんな双海が智也を庇う事実に理解できなかったのだ。
 結局は双方が悪く、お互いに反省しなさい、と年長者のほたるの姉・白河静流と霧島小夜美が嗜めで決着ついたが、智也は空気をぶち壊したことで、ほたるに一言謝罪してその場を後にした。
 ちなみに智也と同じ学校のメンバーは、事情をある程度は知っているので彩花のことまでは否定しなかった。
 もっとも、智也の態度だけは悪い、と嗜めていたが。


 しかし、智也は鷹乃への怒りは収まってはいなかった。
 彼女は事情を深くは知らないのに土足で踏み込んできて、好き放題・自分勝手に弾劾したのだ。
 それは正に、智也の彩花への想いを否定する言葉の数々であった。
 そして彼女の言葉は、本やドラマでいう借り物のセリフが多く、真の痛みを知る者の響きはなかった。
 相手が女ではなかったら、殴り合いをして半殺しにしていたところだ、そんなことを智也が思っているほどだ。


 だが智也とて、己にも原因があると自覚している。
 いずれ謝らねばと思っていたので、彩花の言葉はズシンと来てさらに落ち込んだ。


【詩音ちゃんと唯笑ちゃん、特に2人は智也を支えてくれたんだからね。しっかり謝ろう?】
「・・・・・・ああ、そうだな」


 彩花は優しく微笑む。
 やはり変わってない、これが彩花だ、そう智也は思った。
 彼女はこういう子なのだ。どんな時でも味方でいてくれる。自分が挫けそうになったら叱咤してでも支えてくれる。
 自分が道を間違いそうになったら、そっちじゃない、こっちだと引っ張ってくれる。
 幼いころからずっとそうだった。


 彩花から紡がれる一言一言の言霊は、長年にわたって血を流し続けた智也の心を癒す。
 智也に活力を与え、中学の頃の三上智也に戻しつつあった。堕落とめんどくさがりではなく、良くも悪くもリーダーシップを発揮して明るかった彼へと。


【まあ、とりあえず私は智也にこうして憑いてるんだから、これからは見張らないとね!】
「うぇ!?」
【まずは今以上に、女の子が智也ゾーンに引きずり込まれないように、そのタラシ性格を直させなくちゃ!】
「いやいやいや、まてまてまて」


 そこは認められない、そう言いたい智也。彼としては彩花一筋のつもりなのだ。
 だが彩花はジト目で智也を見てポツリと呟く。


【はぁ〜〜〜〜まったく・・・・・・】


 頭が痛い、というポーズをして呆れる彩花だった。
 彩花はずっと智也の傍にいて彼を見守ってきた。だから誰が智也に好意を持っているかなど、乙女の直感で把握していた。
 少なくても、自分が把握してるだけでも最低5人はいるハズだ。
 彩花としては、それでも自分を想い続けてくれた智也に愛しさと嬉しさで泣きそうになるくらい嬉しいのだが、双海や唯笑が自分の墓前で吐露した彼女達の気持ちを痛いほど知っているので、正直複雑な事この上なかった。


「う〜〜〜ん・・・・・・しかし、ルルーシュと瑞穂、か」
【美形だよね、どっちも。特に瑞穂・・・・・・くん。女の子にしか見えなかったよ】
「まったくだな。しかも瑞穂は鏑木グループの御曹司。ルルーシュは世界に名を残した刻の人だったし。誰もがルルーシュの顔を一度は見たことあるはずだぞ」
【だけど、あのルルーシュ君の力・・・・・・不思議なものだったな】


 彩花がポツリとつぶやくと、智也もそれに同意して頷いた。
 彼としてはルルーシュのお陰で彩花が見えるようになったし、再びこうして触れ合えるのだから、いくら感謝しても満足できないくらいだった。
 しかしそれとは別に、彼の目に何かが浮かぶ上がり赤く光った瞬間、目に激痛が走って脳が焼ききれるような痛みを感じたのも事実だった。


【あの力が何なのか分からないけど、でも私は大丈夫だと思うな】
「どうして?」
【うん。根拠としては弱いかもしれないけど・・・・・・シャーリーさんがルルーシュ君のことを想ってるから、かな。シャーリーさんとっても聡明な人だし、すごく優しい人だから】
「ハハッ、彩花らしいな、その理由」
【そうかなぁ】
「ああ。まあ、それなら俺も彩花の直感を信じるさ」


 智也としてはルルーシュには感謝一杯だから、端から信じている。
 そこに彩花の考えが加わるとなると、智也は完全に信用した。
 割り当てられた部屋で、ベッドに座って胡坐を掻くと、改めて彩花を抱き寄せる。


「でも・・・・・・本当に良かった・・・・・・こうして再び会えて」
「うん・・・・・・ごめんね、智也」
「いろいろ、行きたい場所があるんだ」
「うん。修学旅行で行くはずだった場所とかたくさんあるな、私も」
「まずは京都・・・・・・だな」
「うんっ!」


 京都。
 それは彼女が死亡する直前に、修学旅行の計画を話し合っていた約束の地。
 智也と彩花はその計画において、共に永遠の誓いを立てる計画をしていた。エンゲージという約束を。
 その時、涙すら浮かべて喜んでいた彼女の表情が不意に曇った。


「でも、いいの?」
「何がだ?」
「私・・・・・・死んじゃってるんだよ? こうして触ることはできるけど、それでも物理的に支えることはムリなんだよ?」
「彩花・・・・・・」
「智也とずっと一緒にいたくても、智也はずっと独身のままだよ? 頭がおかしい人って思われるかも。それに、子供だって出来ないんだよ!?」


 彼女の瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちる。さっきとは真逆の意味の涙。
 智也は彼女が言いたいことが分かり、少し考え込む。
 彼女が言いたいことはとてもよく分かる。どれだけ智也が彼女と一緒にいれても、周りは見えないし、幽霊ということに違いは無い。彼女の言うとおり、いろいろと不都合はあるし、苦労もするんだろう。


 ――――バカだなぁ


「俺の高校の時とかを見てきたんだろ? ずっと傍で。なら答えは分かるんじゃないか?」
「智也ぁ・・・・・・」


 そう。ずっと智也は彼女を求めていた。どれだけ周囲が彼に構ってこようが、それと比例するように彼女の喪失を感じていたし、心から楽しめたことなど一回もなかった。
 周囲をそのことでイラつかせて、親友と喧嘩したこともある。
 なんども衝突して、そのたびに彩花を智也は求めた。


 幼い少年と少女の恋愛なんて、と断罪してくれるな。
 智也と彩花は中学という心の変化が一番大きなときに、2人は付き合い、そして大きな傷と共に死に別れた。
 生まれた時からずっと一緒だったから故に、その喪失は2人にどれだけお互いが大切だったか、ということを再認識させた。重さを知ったが故に、求めたのだ。


「俺には、彩花が必要だ・・・・・・・・・・・・唯笑や双海じゃ埋められないんだよ」
「ともやぁ――――っ」
「これからもずっと、一緒にいて欲しい。愛してるから」


 智也はこれまでの人生の中で一番素直に言葉にしていた。
 彼の胸に飛び込んだ彩花は、自分が知ってる胸よりも大きく、そして逞しくなった智也の胸の中で泣いた。


 智也も泣いた。とても大切そうに、なんどもなんども撫でて。
 ガッシリと、絶対に放さないとでも言いたいくらいに、強い力で抱きしめていた。







【う、ううぅ、良かったねぇ彩花ちゃん!】
「シャーリー。盗み聴きは止めた方がいいんじゃ・・・・・・」
【ルルだって興味深そうに聞いてたじゃない】
「いや、それは・・・・・・」
【ねえ、ルル】
「何だ?」
【私にはいつ、愛してる、って言ってくれるの?】
「な、なに!? そ、それは・・・・・・ああ、そうだ! ここは戦略的撤退をっ」
【こら、ルル! 待ちなさ〜〜い!】


 偶然通りかかったルルーシュとシャーリーが扉の向こうで身を隠しながら突っ込みあっていた。
 素直にシャーリーへの想いを告げれない、ある意味ヘタレと化しているルルーシュであった。





 次回へつづく。


 これでようやくキャストは揃いました。
 ギアス、おとボク、メモオフ、紅、ネギま、ブラックキャット
 この面子でしばらくは物語を進めていきます。
 たまにネタや小ネタで登場するかもですが。
 メインはギアスメンバーとおとボク、ネギまです。
 実はもう一つ「てんたま」を入れようかなと思ったんです。私、この作品でオープニングで号泣するという貴重な体験をしましたのでwww  でもそれを同じように幽霊ネタで復活させるのは躊躇いました。それはてんたまをやってもらえば分かるかと思います。

 次回はギャグ&瑞穂の再び女性化、そしてルルを連れての聖應女学院へ訪れます。
 



2009/08/12