第6話 裏世界の存在を知る



【ギアスSIDE】



「枢木、お前はどうする?」
「私はゼロだ。この世界を守り、導き、管理するのが私の役目。ゼロは人々の英雄であり希望なのだから」
「他にはナナリー以外誰もいないのだ。私の前でくらい本来の口調で話せ」
「その通りです、ゼロ。いえ、スザクさん」
「・・・・・・分かったよ。日ごろからこの口調で話すようにしないと、普段の口調で喋ってしまう恐れがあるからね」
「そうだな。お前は枢木スザクとしての生きることは無かったのだったな。あの日、あの瞬間に死んだのだったな」


 C.Cが瞳を伏せて呟いた。
 スザクはその言葉に頷き、そしてC.Cとナナリーを見て、真剣な瞳を向けて語り始めた。


「僕がルルーシュを刺した時、僕は自分の幸福も人生も、すべてを世界に捧げた。それが僕の罰だからだ。父さんを殺害し、親友を殺した、僕の」
「スザクさん・・・・・・」
「ルルーシュに指摘されたんだ。ユフィが死んだ後、僕はゼロであったルルーシュを捕まえたあの時、シャルル皇帝に売るのではなくその場で敵討ちをするべきだったと」
「そうだな。あの時ルルーシュを売った事で、お前はユーフェミアの騎士は“どうでもいい”から出世したい、別にユーフェミアのことなんかなんとも思ってない、そう言っているようなものだった」
「C.Cさん!」
「いや、いいんだ、ナナリー。ルルーシュにも同じことを言われた。僕も今考えるとその通りだと思うよ。言ってた事とやった事が滅茶苦茶だと」
「ククク・・・・・・ルルーシュを殺す、監視する、どんな手を使ってでも〜、とかなんとか言ってたあの頃のお前に聞かせてやりたいな、そのセリフ」
「・・・・・・・・・・・・・・・何でソレを知ってるの? それってカレンしか知らないはずなんだけど」
「私はC.Cだからな」


 必殺の奥技が発動した。
 スザクは額に手を当てて頭が痛いというポーズをとり、ナナリーはクスッと笑った。
 1年以上もゼロをやってたからか、スザクもどんどんルルーシュのポーズをする癖が付いてきたようだった。


「そう。だからそれについても償いたいんだ。ユフィの騎士として、きちんと筋を通したい」
「そうか」
「スザクさんらしいですね」
「ルルーシュは誰よりも明日を望んでおきながら、死ななくてはならなかった。結果として生きているけど、この世界から弾かれたことに変わりはない。あの時、殺されたことに変わりはない」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「それだけで十分、彼は罰を受けた。あの戦いの中で十分、彼はたくさん背負って、そして立ち向かって成し遂げた。どれだけの重圧を感じていたか、今だからこそ良く分かるよ」
「その仮面は重いからな」
「・・・・英雄ゼロ、ですからね」
「うん。だから、ルルーシュには生きている世界で幸せになって欲しいと思う。僕はこの世界で全力で優しい世界にしてみせる。ユフィとナナリーが望んだ世界のように」
「そうか。そこまでいうなら無理は言わん」
「・・・・・・そうですね」
「幸いブリタニアも落ち着いてきたし、世界も十分安定する方向に向いてきた。あとは僕とシュナイゼルに任せて、君たちはルルーシュと幸せに暮らすと良い」


 スザクはナナリーに笑いかけた。
 小さく頷き、ナナリーの気持ちを知っているように優しく笑った。


「ルルーシュの傍で、幸せになるんだよ? ナナリー」
「・・・・・・はい。ありがとうございます、スザクさん」


 スザクは知っていた。ゼロ・レクイエムの時に上げたナナリーの悲鳴とその真の願いを聞いていたから。
 あの悲鳴を聞きながら、己は英雄のように堂々としていないといけなかった。大粒の涙を流しながら。
 それはなんの因果か、ルルーシュがユフィを殺せと悲鳴を上げた時と、全く同じことをお互いにしなくてはならなかったのだ。
 それを、2人は知らない。


「C.C、キミもだ」
「ふん・・・・・・」
「ルルーシュなら、キミを幸せにしてくれるさ。笑って最期を迎えることができる」
「・・・・・・そうだな」


 C.C.はそれだけは素直に頷き、手元に置いてあった紅茶を一啜りした。
 レモンティーはほど良い温かさで身体を暖めてくれる。
 するとスザクは、目を泳がせてどこかを見て、頬をぽりぽりと掻いて言った。


「まあ、でも・・・・・・」
「ん?」
「どうかしましたか?」
「ルルーシュのことだからさ、何か厄介ごとに巻き込まれているような・・・・・・巻き込まれるような気がするんだよね」
「・・・・・・否定はできんな」
「お兄様がっ!? はぁ・・・・・・心配です」


 予感の話のはずなのに、それが真実であるかのように話に華を咲かせた3人だった。










【ルルーシュSIDE】





 俺たちはある晩秋の日、鏑木グループ総裁、鏑木義之からこの世界の裏表『魔法』について知らされた。





 それは突然の呼び出しだった。
 総裁の義之から瑞穂、紫苑、貴子、俺、そしてシャーリーは呼び出され、通された居間でこの世界とは別の世界の存在、そして魔法について知らされた。
 もちろん信じなかった。
 しかし総裁は信じられる門外不出のデータ、映像、資料を見せてきて、それで信じざるをえなかった。
 改竄や捏造などできない類のものだったから。


 そして更にこの世の仕組みを知らされる。


 裏の魔法使いに対抗する部隊がいるのだと。
 何故そのような存在が必要なのか。もちろん異質に抵抗する存在は当たり前に必要だ。
 しかしそれとは別に理由が存在した。
 彼ら『魔法使い』は、人助けを理想とする『偉大なる魔法使い』になることを目標としているらしい。
 しかしその反面、正体がバレたりしたら問答無用で記憶消去にかかるとのこと。


「・・・・・・まさに押し付けた善意だな。悪意となんら変わりない」
「そう、まさにその通りだ」
「・・・・・・人助けは素晴らしいことだと思います。しかし確かにそこに、矛盾があるのも事実ですね」
「うん、そうだね。僕も紫苑と同じ意見だよ。相手の意思を蔑ろにして、そして行ったことは明らかに相手を見下しているってことだからね」


 確かに人助けは素晴らしいことだ。善意だろう。
 しかし人のために働くといいながら、魔法の存在を秘匿するという行動の制約を前提にしていて、相手の記憶を奪う。
 自分たちは魔法使いなのだから、バレたら“記憶を奪っても仕方ない”“記憶を奪って当然”。
 自分たちが相手よりも上の存在なのだという潜在意識がそこに存在しているのも事実であり、矛盾した行動なのだ。


 確かに俺は王の力を持っている。人は平等ではないという事実の象徴の力だ。
 そして王の力で、相手の意思を踏みにじって事を成した。
 正義の味方、というお題目を掲げた黒の騎士団も立ち上げた。
 俺に魔法使いを弾劾する権利はない。
 しかし俺は自分を悪だと認識している。そして罰を受ける覚悟もあったし、事実として世界から殺されてはじき出された。
 またゼロとして世界にきちんと発言した。『悪を成して巨悪を討つ』と。
 だが魔法使いたちは悪と認識していない。素晴らしい存在なのだと、至高の存在であり正義の象徴なのだと高らかに謡っていた。


 正に悪だ。シャルル・ジ・ブリタニアや母上たちと何ら変わりはない。
 俺が一番嫌いな思想・在り方だ。


「そしてそんな裏世界に対抗する組織は世界中にいくつも存在する。鏑木が一番出資している最大の裏組織『クロノス』もその一つだ」
「世界の裏、3分の1を牛耳る組織『クロノス』ですか。ウチが最大のスポンサーだという事は知ってましたが、そんな事実があったとは」
「・・・・・・お義父様、表の警備会社『アイギス』もまさかその一つですか?」
「うむ。アイギスも鏑木の戦力の一つだ。表御三家の『九鳳院』は私設軍隊・近衛隊がまさにソレだ。雪広は裏十三家と手を組み多額の出資をしていることから、それが戦力だろう」
「総裁、日本にも魔法使いたちの拠点があるのですね?」


 ルルーシュの核心を突く言葉に義之は少し驚き、それに頷いた。


「ある。関東の麻帆良学園都市が西洋魔術師の極東本拠地。関西呪術協会の京都が、西日本の古来からある日本人たちの本拠地だ」
「・・・・・・やはりそうか」
【私、そこ知ってます! 日本はおろか、世界中でも有数の巨大マンモス学園だって聞きました!】
「うむ、シャーリーさんの言う通りだ。まあ、とりあえずはそういった事情があると知っておきなさい。これからは瑞穂を筆頭に、キミたちが鏑木を、引いては日本、世界を引っ張っていくのだから」
「・・・・・・分かりました、父さん」
「承知致しました、お義父様」
「かしこまりました、総裁」
「・・・・・・分かった。感謝する」
【ハーイ。でもでも、魔法ってロマンだよね〜。本当にあるんだ、そんな力が】


 シャーリーの言葉に苦笑しながら、その後は軽く鏑木ランペルージの動向報告をして解散となった。
 ルルーシュはすぐに情報収集を開始。
 鏑木の情報部を使って、世界中のどんな些細な事件でも構わずに集めるだけ集めた。
 数日かけて集めた世界中の、少しおかしな事件。
 奇跡的に事故から助かった人、神隠し的な要素に合い同時刻に1000キロ離れた場所にいた事件、奇跡の生還を遂げた人。
 犯罪組織が壊滅していた、反政府組織の突発的な解体など。
 どちらも原因不明だが社会全体から見たら幸い、という有耶無耶な結論で片付けられた事件がいくつも出てきたのである。


(確かに奇跡で片付く事件や事故もある・・・・・・しかし魔法使いという要素があるなら、それで大いに説明が付く)


 更なる裏づけの為に情報部と警備部に依頼をしておいた。
 これで1ヶ月もすれば、目撃者からの裏づけも取れるはずだ。記憶改竄という要素があっても、かならず綻びはあるものなんだから。
 ルルーシュは鏑木義之総裁から見せられた魔法使いの戦闘映像、魔法行使映像を思い出す。
 確かにその力は凄まじいものだった。
 しかしきちんと数を揃え、銃火器を使えば魔法使いに勝てなくはない。
 そこら辺も魔法界と旧世界が均衡を保っている要素の一つなのだろう。


(なんとか魔法使いに接触できないだろうか。いや、少なくても魔法使い導入書みたいな、入門書のようなものでもいい)


 知ることは最大の武器。ましてや今のルルーシュにはシャーリーという守るべき対象がいる。
 幽霊である彼女を、いつ『慈善活動』と称して討滅・消滅しに来るか分かったものじゃない。
 魔法使いという身を隠している以上、事前の説明などしないだろう。
 そうなると本人の独自判断で動くはずだ。それは本当にいらぬお節介。大きなお世話だ。まさに善意を装った押し付け正義。


【ルル、どうかしたの? 難しい顔してるけど】
「いやなんでもない。少し考え事をしていた」
【そう? 私の顔をジッと見つめてたから何事かと・・・・・・って、何か付いてる、ひょっとして!? いや〜〜〜!!】
「大丈夫だって。何もついてない」


 わたわたと自分の顔を触り、鏡で確認するシャーリーに苦笑した。
 四六時中共にいるから良く分かる。シャーリーは本当に魅力的な女性でり、自分を本当に想ってくれているのだと。
 ルルーシュはこの世界においては『黒の騎士団』の存在などは不要であり害悪にすらなりかねない事を実感しつつ、シャーリーと共に都心の自宅に帰った。
 この日はワインを取り寄せ、フランス料理風のメニュー(肉と野菜)中心の料理をし、シャーリーと一緒にワインを楽しみながら食べた。
 最初は「まだ二十歳になってないのにお酒なんて・・・」と頬を膨らませて文句を言っていたが、ルルーシュが優しい瞳でワインを注いでくると、恐る恐る口に含んだ。
 その瞬間のシャーリーの顔は、ルルーシュが初めてみる彼女の顔だった。


「おいし〜〜〜〜〜〜い♪ ワインってこんなに美味しいんだね〜〜! ルル、これ美味しいよ!」
「そうか。気に入ってくれたなら取り寄せた甲斐があったな」


 ちなみに価格はミリオン越えである。シャーリーに言えば無駄遣いしてといわれるのが目に見えているので言わないルルーシュであった。
 シャーリーは頬を紅潮させ目を輝かせて飲み、お肉を食べて幸せそうに笑っていた。
 彼女は自分を偽ることをしない。気持ちはハッキリと口にする。
 それは彼女の死の間際の原因でもあるのだが、ルルーシュにとって自分の気持ちを隠さずにオープンに出す彼女は、とても好感が持ててとても嬉しい。
 幽霊にも関わらずほろ酔い気味になったシャーリーはとても色気があり、酔いつぶれてしまった。
 ルルーシュは苦笑しながらシャーリーを寝室に運んで寝かせてあげた。
 安らかな寝顔を見て、改めてルルーシュは思ったのだった。


 ―――生きてて良かった、と。










 それから2ヶ月が経過した。


 ルルーシュと瑞穂は『魔法使い』と『魔法世界』について徹底的に調べ、情報を集めた。
 持ちうる権力全てを使い、いくつもの魔法書の入手に成功。魔法世界の情報を機密レベルB程度までは入手に成功。
 そこから持ち前の頭脳を使い、瑞穂の柔軟な思想を合わせて予想・想像・想定。
 対応と今後の展開を想定し、あらゆるパターンをシミュレートした。
 ルルーシュと瑞穂はその稀有な頭脳故に激論を交わし、それぞれの守るべきものの為に必死で対応を練ってきた。


 そしてその結論として『クロノス』の鏑木ランペルージからも出資して戦力化すること。
 またルルーシュが“個人的”に“個人用”として兵器を開発することだった。
 もちろん情報の隠蔽と隠密に製作することは大前提だ。


(個人で兵器という武器を持つ・・・・・・それは争いを呼ぶことだ)


 しかしルルーシュはギアスという武器を既に持ってしまっている。
 また瑞穂は鏑木グループの嫡男。将来的にたとえ善人である瑞穂であっても、必然的に社会のシステムから敵が生まれる。守る術は必要だった。


(俺はシャーリーを、瑞穂は紫苑と貴子、そしてまりやを守りたいという意思がある。ならば魔法を取り込んだ武器が必要だ)


 渋谷という若者の街、その人込みを掻き分けながら歩くルルーシュは神妙な顔で、そんな物騒なことを考えていた。
 シャーリーは後ろからふよふよと浮きながら付いて来ていて、ショーウインドウに飾られている衣類や雑貨を見て目を輝かせている。
 ・・・・・・実はルルーシュ、かなり目立っている。
 本人はまったく気づいていないが、彼は皇族オーラが全く抜けていない。そして稀有な容姿も見事に隠さない。
 鏑木系列の会社もあちこちに見られ、看板には『女装ルルーシュ』と『女装瑞穂』『聖母紫苑』の3人の写真があちこちに飾られている。
 それをルルーシュは見事に無視だ。気にすれば負ける。
 それに女装したお陰で、周囲は彼とソレが同一人物だとは気づいていない。
 周囲の女性たちの視線を見事にスルーして目当てのブティックに入る。


「これはブリタニア様。本日のご用件は・・・・・・」
「頼んでいたスーツを取りに来た。出来ているな?」
「もちろんでございます。こちらへ―――――」


 ルルーシュが入ったのは、衣類の注文ができる特別な洋服店だ。
 そこでルルーシュはスーツをまりやにデザインしてもらい、10着ほど頼んでいたのだ。
 通された先で袖を通す。ベージュのブラウスに紺のスーツという単純なものだが、実にカッコイイ。
 ルルーシュは細身であるが故にごちゃごちゃした飾りやポケットなどの外装はいらない、というのがまりやの談だ。
 シャーリーが改めて惚れ直している中、ルルーシュは会計を済ませ、携帯を取り出して連絡し、店に入ってきた黒服の男たちに荷物を持たせた。


【着て帰るの?】
「ああ。今日はそのつもりでいたんだ。俺ももうすぐ二十歳だ。スーツといった物に慣れないとな」
【たしかにそうだね。ルルってば、今まで着てたのは皇帝衣装にアッシュフォードの学生服、ゼロ衣装だったもんね】
「・・・・・・言われてみればそうだな」
【私服とかどうしてたの?】
「咲夜子さんが適当に買ってきてくれてた。あとナナリーが触って選んでいたな」
【そっかぁ。どうりでオシャレなものが多いと思ったんだ】
「・・・・・・そんなに俺の美的感覚はズレてるんだろうか?」
【・・・・・・気づいてないのが、ルルらしいところだよね】


 ブツブツと独り言を呟きながら店を後にするルルーシュを、店主は「変わった人だなぁ」と思ったそうな。
 



 それからルルーシュはシャーリーと共に会話しながら、自宅の小物を買っていった(周囲から奇異な目で見られた)。
 シャーリーからしてみればデートに間違いなかったので気分は有頂天。身体があればなぁと残念に思いながらも楽しんだ。
 ルルーシュはC.Cが気に入っていたチーズ君に似た歯ブラシやタオルがあったので、なんとなく買ってしまった。
 やはり共犯者のことが引っかかるのか、ルルーシュは一瞬眉を顰める姿を見せたが、すぐに取り繕った。


 買い物が終わるころには辺り一帯は薄暗い闇に覆われていた。
 少し人気のない路地裏を通り、車を置いてある駐車場に向かおうとすると、どこからか言い争う、というよりも女性の悲鳴らしき声が聞こえてきた。


【ルル、なんか悲鳴が聞こえなかった?】
「ああ、聞こえた。シャーリーにも聞こえたということは、俺の聞き間違いじゃないか」
【待ってて! 私が見てくる! 私は幽霊だから、こういうことには持って来いでしょ?】
「・・・・・・分かった。その代わり、何か分かったらすぐに戻ってくるんだ。気をつけてくれ」
【分かってるって。ルルは心配性なんだから】
「・・・・・・そんなの当たり前だろう」


 そう言うと声がする方に向かうシャーリーに、ルルーシュはポツリとつぶやいていた。
 それから数秒ほどすると、シャーリーが慌てて戻ってきた。
 その表情は怒っていながらも顔色を真っ青にするという器用なものであったが、ルルーシュは緊迫した状況だと察して身を引き締めた。


【ルル! 向こうの廃ビルの中で、女の子が複数の感じ悪い男の人たちに囲まれて乱暴されそうなの! どうしよう!?」
「案内してくれ!」
【う、うん! でもどうするの? 力じゃ敵わないよぉ】


 心配するシャーリーは、ルルーシュの身の心配と女の子の心配で板ばさみにあっているようだ。
 ルルーシュは必死で走って廃ビルに近づき、シャーリーの疑問に答えながら腐った扉を開け放った。




「問題ない。俺はゼロ・・・・・・世界を敵に回し、世界を手に入れた男だ」




 視線が集まる。
 強姦されそうになっている少女が1人。中学生くらいの女の子で着衣の乱れが激しく、床に組み敷かれていた。
 かなり抵抗の痕がみられるが、頬に殴られた痕があり、さすがに男の力には敵わなかったらしい。
 そして15歳〜16歳くらいのガラの悪い男たちが4人。丁寧にもカメラまで持っている。
 合計で5人の視線が集まった。
 女の子は涙を流してルルーシュに助けを求める視線を寄越す。長くてウェーブがかかった髪に整った顔は、なかなかの美少女だ。


「なんだテメェ」
「おい、見られたからにはぶっ殺さねぇと。この正義感の熱血君をさ」
「半殺しにしてやろうぜ」
「おい、金を置いてくなら見逃してやるぜ? もちろんこの事を黙ってるならな」


 少年たちは手にナイフやらカッターやらを取り出し、ルルーシュに近づいてくる。
 少女は自由になった身を両手で震えながら抱きしめ、助けに来てくれた年上のお兄さんの身を案じ、また刃物に恐怖した。
 その中、ルルーシュはニヤリと笑った。


「問おう。貴様等は己が犯す罪と、己が同じことをされるかもしれないという覚悟は持っているか?」
「はぁ? なに言ってんだコイツ?」
「バカなだけだろ! ギャハハハハ」
「イカレてるんだろ」

 少年たちの幼いかなきり声が耳障りだ。
 シャーリーは少年たちの刃物にヒッと唸り、必死でルルーシュを助けようと辺り何か武器がないか探している。
 ルルーシュはそんなシャーリーを視界の隅に捉えつつも少年たちに言った。


「では貴様等には同じ罪をプレゼントしよう」
「「「はぁ?」」」


 少年たちの背で少女やシャーリーが隠れる。
 その瞬間、ルルーシュの目が赤く光った。


「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる。貴様等は全裸で渋谷の街中を走り周れ。取り押さえられても強姦だ、レイプだ、と喚き続けろ」


 少年たちの頭に、その言葉が飛び込んできた。
 脳の回路が焼き付く。
 思考が組み替えられ・・・・・・。


「よっしゃ、いくぜ!」
「おう! 俺が一番だ!」
「強姦最高〜〜〜〜! 犯罪最高〜〜〜〜!」
「俺の肉体を見せてやる!」


 そう言って走り去っていった。


「フッ・・・・・・貴様等にはその姿がお似合いだ。これで一生貴様等は犯罪者の汚名を着続けることになる、この下種が」
【もう。またギアスの力を使ったね? でもまぁ、仕方ないか】


 吐き捨てるように呟くルルーシュは、ギアススイッチをOFFにして少女に近づく。
 シャーリーはルルーシュのやり方に複雑そうだが、それでも最低な男たちにはいい気味だと思い納得していた。
 少女が着ていた服はあちこちが破れていて、とても悲惨な状態だ。


「・・・・・・大丈夫か? って、大丈夫じゃないか。コレを着るといい」
「あ、あ、あ、あり、ありがとう、ございます」


 ルルーシュは着ていたスーツの上を脱ぎ、少女に着せてあげた。
 少女はショックと恐怖でガクガクと震えていた。


「・・・・・・少し落ち着けるところに移動しよう。立てるか?」
「・・・・・・は、はい」


 少女はルルーシュが差し伸べてきた手に、最初はビクリと震え、そして恐る恐る手を取り立ち上がった。
 それからルルーシュは車を取りに行き、少女を後部座席に乗せて自宅につれて帰った。
 地上45階の最上階に位置する自宅に、少女は最初呆然としていたが、お風呂を用意してくれたルルーシュの言葉に甘えて入浴した。
 その間にルルーシュはSPに服を用意させた。そして温まるホットミルクを用意。
 最初はかなり警戒していた少女だったが、風呂から上がってホットミルクを飲んでいると大分落ち着いたらしい。
 シャーリーは傍で少女を心配そうに見つめて声をかけていた。


「あ、あの・・・・・・助けてくれてありがとうございました。それにお風呂に洋服まで用意してもらっちゃって」
「気にしなくていい。俺はああいうのが大嫌いなんだ」
「そ、そうですか」


 ルルーシュが観察するに、少女は意外と賢いようだ。
 あんな事があったのに、もう落ち着いて考えができるようだ。
 ルルーシュがとんでもないお金持ちだという事も察しているようだし、服についても察している。


「あの、私は柿崎美砂って言います。麻帆良学園女子中等部2年生です」


 少女はペコリと頭を下げて言った。
 ルルーシュはそんな少女へ微笑みながら言った。


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。19歳の社会人だ」
「日本語上手なんですね、外国の方なのに」
「ああ」
「えっと、ルルーシュさんって呼んでもいいですか? 私のことは美砂って呼んで下さい」
「ああ、分かった」


 それからは取り留めのないことを話した。
 今日は友達の都合が付かず、1人で渋谷に遊びにきたこと。学校の部活のこと。クラスのバカ五人衆のこと、ショタコン委員長のことなど。
 ルルーシュは微笑みながらそれに聞き入り、美砂は辛かった数時間前のことを忘れるように話した。
 ルルーシュが料理を持ってくるとそれを美味しそうに食べ、果汁100%のジュースを飲んで満腹になった。


「あっ、今何時ですか!? うちの寮って外泊は駄目なんですよ!」
「今は夜の9時過ぎだな。よし、送ろう」
「本当ですか!? ありがとうございます」


 そして地下駐車場に行くと、黒塗りのリムジンがあり、美砂はルルーシュに促されてそれに乗り込んだ。
 改めて御礼を言う美砂だったが、ルルーシュは優しく頷いて、一つの手箱を渡してきた。
 美砂は不思議そうに受け取り、そっと開けると、その中には綺麗なネックレスが入っていた。
 明らかに高額と分かるものだ。


「そんなっ、受け取れないです! 助けてもらったのにっ」
「いいんだ。嫌なことがあった日には、良い物を貰う。特別な物を受け取ることで嫌な記憶を上書きするんだ。受け取って欲しい」
「・・・・・・本当に、ありがとうございました」
「物で、というと聞こえは悪い。けれど綺麗な物は人の心を晴らす。晴れるならそれだけで良いじゃないか」
「はい、その通りだと思います」
「だろう? まあ、次からは気をつけることだ。では、うちの運転手に送らせるから、気をつけて」
「あ、あの! 携帯の番号とか、聞いちゃ駄目ですか?」


 美砂は窓から身体を乗り出してきて、必死な目で懇願してきた。
 年齢・髪型から、ナナリーと姿が一瞬だけダブった。


「――――ああ、構わない。これが名刺だ。こちらに連絡をくれればいつでも対応しよう」
「ありがとうございます、ルルーシュさん!」


 そう言って、運転手の西岡の合図と共に窓が閉まり、リムジンは走っていった。
 ルルーシュは横で頬を膨らませて機嫌が悪い彼女へどのように機嫌をとろうか考えながら部屋へと戻ったのだった。


「ルルーシュさん、か。カッコイイ人だったなぁ。大人の人って感じだったし、凄く上品な雰囲気だったし」


 ポツリとつぶやいた美砂は、ルルーシュの名刺―――鏑木ランペルージ営業統括長、研究部統括長、広報統括長―――を弄りながら見ていた。
 その首元には、ルルーシュからもらった美しい月のネックレスが、サファイアの光を輝かせながら佇んでいた。


 強姦されそうになるという、心的外傷心理すら負いかねない性犯罪未遂事件に合いかけた美砂の心は、すっかり扶植されていた。






 寮へと戻った美砂は、遅くなったことに説教をされることになった。
 しかし首元のネックレスを目ざとく見つけたクラスメイトの双子姉妹により、すぐに大騒ぎとなった。
 それにより、妄想癖が強いエロ同人作家と記者志望の子の2人が、美砂は彼氏持ち、ということにでっち上げた。
 おかげで美砂は、クラス内で年上の彼氏持ち、という認識をされることになり、
 本人曰く「違うのに、どうしよ〜〜〜」と洩らしたという。

 また数日後、ルルーシュの名刺を見た美砂がネットで会社のHPを見て、その地位と規模に驚愕した。
 さらに妖艶な美女として広告バナーに登場するルルーシュの女装姿に驚愕した。  そんな性癖があるのかな? という誤解をしている少女に、ルルーシュは嫌な予感がしたという。


 そしてあの少年たちはというと。
 全裸で走り回って最低な言葉で叫んだことにより、テレビでは名前は伏せられたがネット上や人々の噂で有名になりすぎてしまった。
 我に返った少年たちは、自分たちの評価を恥じ、碌な仕事にはつけずとも真っ当に生きたという。



 次回へつづく。





2009/05/23