この世には逆らっていけない法則や倫理がある。

 でもそれに逆らってでも叶えたい熱く狂おしい想いもあると思う。

 それは間違っていることかもしれない。

 それでもと思う。

間違っている事を貫き通せば、いつかきっと、真実になるんじゃないかって。

 それをするのが、人間なんじゃないかって。

 

 

 序章    プロローグ

 

 

「これがわが家の家宝『祈祷丸』か」

 

 黒色の光沢を放つ硬く重たい刀を手に呟いた。

 

「そうじゃ。江戸時代の水戸藩領主よりご先祖様が授かったもので名刀なんじゃ。さらにその鞘は江戸より遥か昔からある、特別な物質から作られた物なんじゃそうじゃ」

 

 俺の祖父が背後に立って俺の持っている刀を見ながら誇らしげに説明してきた。

 

 柄を握り締めて引き抜き、銀色に輝く刃を眺めながら適当に相槌をうっておいた。

 

「ふ〜ん……これがねぇ……」

 刀を鞘から引き抜いてしげしげと眺めていた俺を、祖父は横に来て、慌てて戻すように言った。

「こりゃ! 抜くでない! 早く元の位置に戻さんか!」

「はいはい」

 俺は横目でチラッと祖父を見てから、やれやれ、と呟いて元の場所に戻そうかと思った。すると外の天気がいつの間にか曇っていて、ピカッと光って雷が激しいうねりを上げた。轟音が腹に響く。

 結構近い。というより真上のような気がする。さらにどこか不気味な雲だ。

 どこか違和感がある。

「近いな……」

 俺がそう呟くと、祖父も首を縦に振って肯いた。

「そうじゃな。いつの間にか天気が悪くなっておったのぉ。確か、今日は快晴だと天気予報の美人のお姉ちゃんが言っておったが」

 外の天気を眺めていた俺は視線を刀に移して、再び刀をしまおうとした。

 すると突然に激しい目眩が俺を襲ってきた。

 とっさに空いている片方の手で顔を覆うようにして、倒れそうになった体を保つ。どんどん気分が悪くなってきて頭痛も襲ってきた。すると、再び辺りが一瞬だけピカッと光って、爆音が鳴り響いた。一瞬だが、雷が黒くて蠢いているように見えた。それが強烈な印象として俺の脳裏に焼きついた。

 俺は本能で今いるこの蔵に雷が落ちたのが分かった。

 俺は余りにも五月蝿い音と気分の悪さ、そして一瞬体を走り抜けた電気のせいで前に倒れこみ、気を失った。

 何となく俺は持っている刀を離さなかった。

 遠のいていく意識の中、死んだとさえ思い、それが笑えた。

 

 第一章  縄文の世

 

 微かに匂う、草花の香り。

 近くで軽快な声で鳴いている鳥の声。

 心地よい太陽の光を受けて、俺は目を開けた。

 目をゆっくり開けると最初に視界に飛び込んできたのは……鹿。

 ―――鹿!

 すぐに状態を起こして、なぜか目の前にいる鹿と対峙する。鹿は突然に起き上がった俺にビックリしたのか、草木をかぎ分けて走って行ってしまった。

 俺は唖然としながら辺りの風景を見回して、辺りの大自然でいっぱいの景色を眺めた。

 ―――大自然!

 先刻まで蔵にいた……よな? なぜ俺はこんな自然でいっぱいの場所にいる? 

 俺の横にいた祖父はいない。ここはどこだろうか? 

う〜ん……わからん。

 とりあえず立ち上がって俺は適当に歩き回ってみることにした。

 すると俺の手の中に一本の刀があることに気づいた。

「あ……祈祷丸だ」

 考えてみればあたりまえである。俺は刀を握り締めていたのだから。

 俺は長さ80センチ程の刀を、腰のベルトとズボンの間に差し込んで歩き始めた。

え〜、見渡す限り全て植物ばかりです。はい。東京のビルや建物や家なんてものは微塵もありません。ここは北海道かどこかでしょうか?

 自問自答を繰り返しながらしばらく歩いていると平野に出た。

 な、なにもない……。クイズ番組の司会者になって「ここはどこでしょう」って言いたくなってくる。

きっと誰も答えられないだろう。

 あてもなく俺はただひたすら歩き続けた。障害物が多すぎて歩きづらい。しかも刀が結構重くて邪魔になった。だがそれでも捨てる気にはならず歩く。

 気づけば辺りが薄闇に掛かり始めていた。俺はその場に座り込み、虫が騒いでいる腹を擦った。4時間ほど歩いたのでかなりつらい。ポケットに手を差し込み、何かないか探ってみた。

 出てきた物は、未成年なのに何故か持っているタバコとライター。小銭が少々。あとネックレス。腕時計。携帯はもってきてなかった。部屋に置きっぱなしだ。起床した昼の時点ではこんな大草原を迷い歩くとは思ってもなかったからだ。

それから断っておくがタバコを俺が吸っているわけではない。不良仲間にあげるためだ。だから常に持ち歩いている。法に違反することを俺がするわけない。まあ、興味本位で一度だけ吸ったことはあるが。

 しばらく休んでいると、辺りは完璧に暗くなった。電気が一つもないので何も見えないのがちょっとだけ怖い。歩いているときに見かけたが、動物がかなりの数でいた。動物園でしかみることができないはずのものまでいた。だから襲われたらどうしよう、なんて事を考えてしまう。

 そして今が夏で助かった。多少寒い気がするが、これなら野宿でも問題はない。

それより母さん達は心配するだろう。捜索願が出されていたりするかもしれない。学校でも俺の机の上に花が置かれるかもしれない。

 あまりにも悲しすぎる想像をやめて、とりあえず俺は現在の状況を冷静に判断しようとした。

 だがそれもすぐに終わってしまう。人間の声が微かに聞こえたような気がしたからだ。立ち上がって全力で駆け抜けだした。自慢じゃないが俺の100Mタイムは11秒フラットだ。だから脚には自身がある。大急ぎで林の中に入っていき一心不乱で声のした方角に走った。途中の草木が体にぶつかって痛かったが、それどころじゃなかったし、この時ばかりは人間嫌いなんかウダウダ言っていられない。

 食事にありつける! 

 きっと理由を話せば何か貰えるだろう。よかった食事抜き……野宿じゃなくて。

 しばらく走っていたら前方に明かりが見えた

 やっぱり人だ。人だ〜! ひと〜!

 人がいることへの喜びがこみ上げてくる。俺は息を切らしながらも、ついにその明かりの所にたどり着いた。が……、

「うそ!」

 目の前に現れたのは、え〜、日本史の授業で見た『竪穴式住居』。ちょっと形が違う気もするが、たしかに竪穴式住居だ。

 ここって東京だよな。なんでこんなところに? いやいや、ちょっと待てよ。現代日本に竪穴式住居に住んでいる人っているのか? 

……ま、まってください! ここって……非常〜に嫌な予感がするのですが……先程考えたクイズに答えたくないんですが……縄文時代?

 俺は頭によぎった嫌な言葉を信じられずに、とりあえず『窓』らしきところから中を覗いて見る事にした。藁の家に近づき、気づかれないように中を覗いてみる。

 目の当たりにした光景は、俺の頭によぎった言葉を見事に証明した。

そこには確かに人間はいた。

 俺と同い年くらいの女の子と、ちょっと下くらいの男の子に女の子に赤ん坊。赤ん坊を抱きかかえているのが親であるはずの女性と、横にいるのは父親だと思う。ただしゴツイ。

 楽しそうな会話が俺の耳に飛び込んできた。

「……それでね、カホ姉ちゃんが魚を捕まえようとしてぇ、下流まで泳いで追いかけていってしまったんだよ」

 1番下であろう男の子が楽しそうに話していた。

 俺はどうしていいか迷った。あまりにもこの家族が幸せそうなので、俺みたいな奴が突然訪れるのもどうかと思ったからだ。信じたくないがここは縄文時代なのだろう。服装が動物の毛皮やら、なんの素材か分からない生地だった。そして明らかな竪穴式住居。なにもない大高原と自然の数々。そして鹿。間違いなかった。きっと俺は何らかの理由でこの時代に飛ばされたんだ。まあ、くだらない世の中だと思っていたからちょうどよかった。飛ばされた時代は問題あるが、俺は晴れて自由の身なのだ。

 だがこの時代に俺みたいな格好の奴が現れたら大騒ぎになるだろう。まず格好からしてここの人から見ればかなり怪しい。見つかったら焼き殺されちゃうかもしれない。次に、ここの人の言葉が解るかどうか難しい。現代日本では日本語は当たり前だが、縄文時代に日本語を話していたなんて証拠はない。ひょっとしたら、日本語が今とは違うかもしれない。考えれば考えるほど、不安要素がたくさんあった。

 どうしたものか……。

 俺が考え込んでいると腹の虫が大きな音を鳴らして、この静寂と迷いを打ち崩した。

「ぐるるるる〜きゅるるるる〜」

 見事な音! すばらしい! 

……なんて言ってる場合じゃない! 

聞こえてしまっただろうか。

「だれだ?」

 ドスのきいた低い声が、俺の耳に聞こえた。日本語だった。

 うわ……聞こえてたよ。どうしようか。逃げる? いや、逃げてもどうせいつかは人に頼る日が来る。どうせこの結果は遅かれ早かれやってくる。

こうなったら思い切って言うに限る。男は度胸だ!

「あの……、道に迷ってしまったんです。どうか僕を助けてくれませんか?」

 勇気を出して話してみた。

 すると、返ってきた答えはとても嬉しいものだった。

「おお、それは大変だ。どうぞ、お入りください」

 よし! まずは第一段階クリアだ。次は身形の説明をしなければならない。それに言葉は現代語でも十分通じるみたいだ。

「ですが、僕の服装はあまりにも貴方たちとは違います。それでも僕を入れてくれるのですが?」

「いいですとも。どこか違う集落の住民の身形なのだろう? 気にしませんよ」

 そう言ってくれて、父親らしき人の声は優しく俺を迎え入れてくれた。

 違う集落では無く、軽く2000年は先の未来ですけど、と突っ込みたかった。それにしても無用心だなと思う。

 俺は意を決して入り口からこの家に入った。後々考えてみれば少々やけくそ気味だったかもしれない。入り口の高さが低く、中腰になって入ると、その家族の反応がとても面白かった。

 口をポカ〜ンっと開けている男の子や、目を大きく見開いている女の子。予想通りの反応でそれがおかしかった。

 ゴツイ男は、慌てながらも俺が座るところを作ってくれて、どうぞ、といった仕種をした。母親らしき人も慌てながらも俺の前に食事をおいてくれた。

 俺は頭を下げて深々と感謝し、ゆっくりと座った。

 俺が座ると、ゴツイ男が話しかけてきた。

「ず、ずいぶん変わった服だな」

 いきなり砕けた言葉を投げかけてくる。俺が女の子と同じくらいの年齢だからかもしれない。

「そ、そうですね」

「君はなんていう集落にいたんだ?」

 男は生い茂った髭をこすった。

「え、え〜と……東京です」

 かなり困った結果、無難な線をいう。

「東京?」

 男が首を傾げて記憶を辿っている様な仕種をした。

 やばいな。東京じゃいけなかった。江戸……でもいけないだろうし、上総……はもっと駄目だろうし、何て言えばいいんだ! 縄文時代の関東って何て言われていたんだ?

「え、あ、う〜んと。あ、ああ。僕、ちょっと記憶が無いんです。だからどこから来たのかも何て言う集落だったのかも分からないんです」

 咄嗟に思いつき、嘘で固めた記憶喪失者を装う。あえて『記憶喪失』という言葉は使わなかった。きっとこの時代に記憶喪失なんて言葉はないだろう。

 するとごつい男は、気の毒そうな表情をした。

「おお、そうか。それは大変だ。しかし困ったな。記憶がないとなると、集落の探しようがない」

 ゴツイ男が頭をボリボリとかきあげた。

 すると、意外なところから声が聞こえてくる。

「お父さん。この人の記憶が戻るまで、ここに置いてあげたら?」

 声のする方に振り返ると、その発言の主は女の子だった。

 女の子の発言に、父親はしばらく考え込んで、渋々といった様に提案を承諾した。

「……そうだな。よし、君は記憶が戻るまでこの風香山集落にいなさい。それまでゆっくりするといい。それでいいよな、皆?」

 父親の言葉に家族全員が肯いた。

 た、たすかった〜。これでしばらく身の安全は約束されたわけだ。

「ありがとうございます」

 頭を深々と下げて感謝の言葉を述べると、父親が言いにくそうに聞いてきた。

「名前は……分かるか?」

 なまえか……。

本名は相馬幸太だ。

う〜ん、たしかこの時代は苗字が無かった筈だ。苗字はもっと先の時代でつくられる知識が微かに残っていた。

「え、ええっと……幸太です」

 恐る恐る言うと、父親は肯いて、

「そうかそうか。幸太というのか。よかった、名前は覚えていて。おおっと、ワシはゲンタツというぞ。まあこの風香山集落のまとめ役をやっとる」

 父親が……ゲンタツがそういうと、次々に自己紹介を始めた。

「この子達の母親の、アイカです。そしてこの赤ん坊はメイ。」

 アイカが言うと、俺をこの家に留めるきっかけをつくった女の子が俺の隣にやってきて恭しく挨拶してきた。

「私はカホだよ。よろしくね」

 カホという女の子は照れながら名前を言った。

 俺は今、気がついた。カホはめちゃくちゃ可愛い。

 服装のせいもあるが、人間とは思えないほどの顔立ちをしていた。それに背が低い。

 よくよく注意してみると、ゲンタツも背が低い。全員が背はとても低かった。

 そういえば、昔の人は背が低いとか言う説を聞いたことがある。……本当だったとは。

 大体は130位しかない。ゲンタツでさえも150位だろうか。ただし肩幅が凄い。筋肉がモリモリだ。俺の身長は179だったはず。この時代にこんな大男はいないだろうから、さぞかし驚いただろう。

「僕はシンだよ」

 真ん中だろう男の子が言った。

「私はミリィ。よろしくね、デカ幸太」

 次女の女の子が言った。

 う〜ん。やはりデカイのか。まいったな。

 ミリィが俺をからかうと、カホが頬を慌ててミリィを怒った。

「こら! そんなこと言っちゃだめでしょ! ごめんね、幸太くん」

 上目使いで俺に謝ってくる。

 うわ! めちゃくちゃ可愛い! うおぉぉ! 悩殺だ! やばい、やばすぎるよ! 

 顔中が上気しているのが自分でも分かった。きっと俺の顔は今真っ赤だ。

それに俺ってロリコンだったのか? カホは小学生くらいの身長だぞ!

 俺の様子に気がついたのか、ゲンタツはガハハと笑いながら言った。

「よし。それじゃあワシはこれから、他の皆にこの事を話してくるよ」

 ゲンタツはそういって出て行こうとした。俺はそれに付いていくことにする。

 やはり、本人がいないとそういうのは駄目だろう。アイカにご飯は後で貰うと言い残して、大急ぎでゲンタツを追いかけた。

 こうして、俺の縄文生活が始まった。