第三話 星野スミレ、パー子の未来
「ゴール―――っ!!」
「だめだ〜〜〜! やっぱり敵わないや」
とある休日の土曜日。
のび太と美夜子は箒と魔法の絨毯で競争して遊んでいた。
遊ぶと言っても保有魔法量の増加とコントロールの増強が目的であるのだが、美夜子は何事も楽しんで行うのが彼女の信念だったので、遊びのように見せかけた訓練という形で行っていたし、のび太もそれには気がついていた。
のび太は箒から降りて地面に座り込み、乱れる呼吸を整えるように何度も深呼吸をしている。そんなのび太に絨毯を畳みながら笑顔を向ける美夜子。
「こればっかりは負けられないわ。レーサーになる事が・・・・・・ううん、違う。空を誰よりも速く飛ぶことがあっちの私の夢だったんだもの」
「そっかぁ・・・・・・って、あれ?」
「どうしたの?」
「じゃあ、こっちの美夜子さんの夢はなんだったの?」
そう。
のび太が気付いたのは、肝心なところだった。
魔法使いの美夜子の夢は知っていた。しかしこちらの美夜子の身体とあちらの美夜子の身体が融合したのなら、こちらの美夜子の夢はなんだったのだろうか?
「ああ、それはね・・・・・・知りたい?」
「うん」
「こっちのパパが天文学・宇宙工学の第一権威者ってのは知ってる?」
「ああ、うん。知ってる。1年前に謎の空間衝突危機の可能性のときに、陣頭指揮を執ったのが満月博士ってのは、ついこの前に知ったよ」
美夜子と再会して1週間してから、ようやくその疑問に至ったのび太は、こっそりと満月博士について調べ、こちらの博士たちの事情を知ったのであった。
「そうなんだ。それでね、こっちの私はパパの手伝いをしていたみたいなんだけど、どうやら天文学者になるのが夢だったみたいなの」
「そっかぁ・・・・・・やっぱり『空』に関係してたんだね。美夜子さんらしいや」
ハハハっとのび太が笑うと、美夜子もクスクスと笑った。
彼女の服はピンクのシャツに白のスカート。彼女の白い肌がチラチラと見え隠れして、ちょっとドキドキする。
「あ〜、僕も魔法の絨毯に乗れたらな〜」
「それにはまだ魔法力が足りないわ。これからがんばりましょ!」
「うん!」
のび太と美夜子。2人の休日は、のび太の習い事以外の時間は、こうやってホーキングによる特訓と称したデートであった。
翌日の学校。
そこでのび太にとって由々しき問題が発生した。
朝登校した時に、美夜子の下駄箱にラブレターが入っていたのだ。
美夜子はその手紙をみて目をパチクリと瞬かせた後、少し意地悪な笑みを浮かべて目を細めてジッと見ているのび太に言う。
「これ・・・・・・もらっちゃった」
「そ、そうみたいだね」
「・・・・・・ちょっとヤキモチ?」
「さ、さあ?」
「どうするか気になる?」
「ど、どんな答えを出すのも、美夜子さん次第だからさ。ぼ、僕には関係ないよ」
のび太は無関係を装うようにシラッとした態度で返す。だが、動揺しているのは美夜子には丸解りだった。
美夜子はそんなのび太の態度に嬉しくなると共に、もう少し素直になってくれてもなぁと少し不満に思う。
「そっか。それじゃあ返事してくるね」
美夜子は手紙に書かれていた指定内容の場所へと向かった。
のび太はセーラー服をなびかせながら歩く美夜子の後ろをコソコソと付いていく。そんな怪しい行動するのび太に気が付いたジャイアン・スネオ・しずかちゃんの3人は、こっそりと後を付いていったのであった。
こっそりと美夜子の後を付いてきたのび太は、校舎裏の一目が付きにくい場所にいて、視線の先には3年の先輩とその取り巻きらしい仲間が2人ほどいた。
どうやらその先輩は野球部所属でかなりモテる人物らしく、入学式からずっと美夜子に目をつけていたらしい。
のび太は遠くから、ハラハラしながら様子を見守っていて、そんなのび太と美夜子の様子をしずかちゃん達も見ていた。
「どうするのかしら、満月さん」
「OKするんじゃない? のび太なんかより先輩の方がカッコイイしさ」
「たしかにそうだな」
スネオの言葉に頷くジャイアン。彼はのび太ごときが親しい、恋人がいるという状況は納得できなかったらしい。
のび太のくせに生意気だと思っていたようだ。
しかし、美夜子の反応は予想外のものだった。
「ごめんなさい、先輩。私、あなたのことよく知らないし、それに好きな人がいますから」
「な!?」
ガーンとショックを受ける、先輩。
のび太はホッと安心した溜息を吐き、まったく違う意味のショックを受けている幼馴染3人組。
「じゃ、じゃあさ、お互いによく知るって感じで、これからゆっくりと話でもしない? それから決めても・・・・・・」
「ごめんさない。そんなことしてる暇はないんです」
美夜子はニッコリと微笑みながら頭を下げて場から去ろうとする。
すると、取り巻きの2人が「まあまあ、もうっちょっといいじゃん」と言いながら手を掴もうとしていた。
のび太はヤバクなってきた雰囲気に飛び出す。が―――。
「さわらないで!!」
グルッと身体を捻って腕を掴むように腕を差し出すと次の瞬間、男2人が宙へと放り投げられ、地面に転がった。
その現象に、のび太を除く全員は合気道か何かで投げ飛ばしたようにしか見えなかっただろう。しかしのび太には解る。
腕を掴んだりするように見せた動きは芝居で、物体浮遊の魔法を発動させたに過ぎなかった。
その辺りの偽装などは忘れない辺り、美夜子はさすがであった。
「てめぇ!」
友達を投げ飛ばされたことで、意地でもつき合わせようと思ったのだろう。
男が美夜子の腕を掴もうとした瞬間だった。
箒にスケートボードのような体勢で『乗って』美夜子を抱きかかえ、場から救出したのび太。
「な!?」
「美夜子さんに、乱暴は止してくれないかな」
のび太が付けていた事には気付いていた美夜子だったが、まさかこんなに難しい乗り方で、しかもかなりの速度を出した事に驚いていた。
あの速度は、自分の本気に及ばないまでも、かなり近い速度だった。
火事場の馬鹿力だろうが、そういう力は自分が最も大切にする者に危険が迫った時に発現する事が多い―――。
のび太は美夜子に怪我がないかサッと調べた後、男にはもう用がないとでもいうように美夜子を抱えて帰ろうとする。
「てめぇ・・・・・・ナメやがって!」
のび太の態度でバカにされたと思った先輩は、今度はのび太を殴ろうと襲い掛かった。
すると、のび太も避ける素振りを見せながら腕を取り、「チン・カラ・ホイ」と呟いて放り投げた。
飛んでった先輩は、グヘッというカエルが潰れたような声を出して動かなくなった。恐らく気絶したのだろう。
「大丈夫だった? 美夜子さん」
「ありがとう、のび太さん。それから、ごめんなさい!」
のび太の安心した顔をみて、思わず自分がとってしまった行動を悔いる美夜子。
のび太からすれば、何で美夜子が自分に謝ったのか、さっぱりわからない。
「え、えと、なんで謝るの?」
「こういうものを貰っても、私が行かなければいいだけだったの。それを、一時的な感情で・・・・・・」
美夜子は自分の行動を後悔した。のび太はドラえもんがいなくなった事が凄いショックだったはずだ。
それを自分はドラえもんの代わりに傍にいるといった筈なのに、男の子に呼び出されてそうなるかもしれないという事態を見せてしまったのだ。
なんて事を、と思った美夜子だったのだが・・・・・・。
「ううん・・・・・・きっとよかったんだよ」
「よかった?」
「うん。凄く不安でヤキモチ妬いて・・・・・・どれだけ美夜子さんが大切か、改めて実感したからさ」
「・・・・・・のび太さん・・・・・・ありがとっ!」
美夜子はのび太の笑顔に、宇宙で元気付けてくれた彼の笑顔を思い出して、やっぱり変わってないんだと確信したのだった。
そして、そんな2人の会話、行動を見ていたジャイアンはのび太のくせにぃと唸り、スネオは生意気だぞっと喚き、しずかちゃんは自分には決して向けられなくなった笑顔を向けられた美夜子に嫌な感情が湧き上がったのだった。
その日の午後、昼休みの時間は皆のんびりと過ごしていた。のび太も美夜子やクラスメイトの子と談笑していた。
すると、スネオが大慌てで教室に飛び込んで来た。彼は職員室に呼び出されていたのだが、何があったというのだろうか。
「ビックニュース! ビックニュ−ス!」
「どうしたんだよ、スネオ」
息を荒らすスネオにジャイアンたちが話しかける。クラス中の視線が集まった。
スネオは教室に備え付けられているテレビを点けながら、答えた。
「星野スミレちゃんが!!」
「スミレちゃんがどうかしたのか!?」
ジャイアンは、いや、クラスの人間は誰一人洩れずに彼女のファンであった。
のび太はその名前にピクリと反応し、1年前の思い出を振り返る。
「星野スミレちゃんが、恋人がいるって発表したんだ!」
「「「「「「「「ええええええええええええええええええ!?」」」」」」」」
クラス中が絶叫した。
かなりショックなのか、涙を流している奴までいる。
「しかも一般人の男が相手で、婚約までしたんだって!!」
「「「「「「「「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアン」」」」」」」」
ガックリとうなだれる男連中。実に解りやすい反応だ。
だが、のび太だけは違う反応だった。
「そっか・・・・・・スミレさん、みつ夫君と再会できたんだ・・・・・・よかった」
「「え?」」
のび太の呟きが聞こえたのは、美夜子としずかちゃんの2人だった。
「のび太くん、星野スミレと知り合いなの?」
のび太とスーパーアイドル星野スミレの接点があるとは思えないしずかちゃんが尋ねると、のび太はコクリと頷き答える。
「1年前だったかな・・・・・・ドラえもんの道具でちょっとした事故から、スミレさんと知り合ってドライブしたりする機会があって・・・・・・その時いろいろと話したんだ」
「話って?」
美夜子が興味深そうに聞く。
「うん。スミレさんには大好きな人がいて、その人はすごく遠くに行って、ずっとずっと待ってるんだって」
「「へぇ〜〜〜〜」」
感心したように声を上げる2人。
ロマンチックな話に、すごく憧れているのだろう。
「本当に想っているんだなって、その時すごく伝わってきて・・・・・・でも会えなくてすごく寂しそうな顔してた。だから、よかったって言ったんだ」
のび太にとって、本当に嬉しかった。
画面の中に映る彼女は、すごく幸せそうで。
どれだけ今、彼女が幸せなのか。それが伝わってきて、無関係の自分までがすごく嬉しく、幸せな気持ちになる。
「本当に、よかった・・・・・・幸せにね、スミレさん」
ドラえもんとの思い出の1つが、今、最高の形となって現れたことに、のび太は例えようの無い想いが込み上げていたのだった。
つづく