第三話 のび太がオリンピック選手に!?


「「「「「「おおおおおおお」」」」」
 ある場所で開かれていた、ライフル射撃の大会。
 その場所でのび太は、なんと優勝したのである。
 この大会はライフル射撃のオリンピック代表選考会の参加権利を得る事ができる、重要な大会であった。
 今回、のび太はクラブオーナーから、将来の為に大会の空気を知り、経験をつんで置いたが良いと言われ、そのつもりで参加していたのだ。
 そしてクラブ仲間と気楽に参加したのび太であったのだが・・・・・・。
 美夜子も応援にかけつけ、大切な、そして好きな子の前でカッコイイ姿を見せようと意気込んだのび太は、なんと優勝してしまったのである。
 それも全弾ど真ん中命中である。
 会場や関係者は、突如現れた天才少年に驚き、大絶賛の歓声と拍手を送っていた。
 中には、その幼い年齢ながら異常ともいえる才能に嫉みの視線や異常者を見る目も混ざっていたが、やはり感嘆の声が強い。
 のび太は表彰式で貰ったトロフィーを片手に美夜子に駆け寄った。
「やったよ、美夜子さん!」
「おめでとう、のび太さん! すごいわ!」
 美夜子が感激した様子で駆け寄ってくる。
 本日の彼女の衣装はシンクのフリル付きの白のブラウスに紺のフレアスカートという地味なコレクトだが、彼女の可愛らしい容姿と柔らかな雰囲気、甘い香りにマッチしていて清楚な感じがする。
 プリッとした唇から息を切らせて駆け寄ってきて、満面の笑顔でのび太に抱きついてきた。
 のび太も美夜子の大胆な行動に慌てたが、優勝したという事を実感したのか大喜びだ。
 忘れてはなかろうか。  のび太が公式の大会の何かで優勝したのは、人生で生まれて初めてなのだ。
 透明のクリスタルのトロフィーを受け取ると、そこには野比のび太の名前が彫られている。
 自分の才能が、ドラえもんの力無しで世間に認められた証だった。
「ありがとう、美夜子さん」
「え、と、突然どうしたの?」
「いや、だって美夜子さんが薦めてくれなきゃ、僕はこの大会に出る事すらなかったから」
「うん、素直に感謝の言葉は受け取っとくわ。でも私としては次の大会で優勝して欲しいな」
「え!? いや、次の大会で優勝って・・・・・・それってオリンピックの代表になるって事じゃないか!」
「ええ、そうよ! 私観たいの。そして一緒に付いて行きたいわ」
 美夜子はのび太が活躍するところが観たいのだ。大好きな人が、輝く才能を発揮する瞬間を。
 そしてそんな自分は、そんな時に、いや、いつでもどんな時でもその人の傍にいたいと思う。それが美夜子の願いだった。
 そんな美夜子の言葉は、のび太の心を奮起させるのに十分だった。
「わかったよ、美夜子さん。次も優勝してみせる!」
「ええ、がんばって!」
 のび太の言葉に周囲は、おお〜、と感嘆の声を上げた。
 いきなりの優勝宣言なのだからそれも仕方が無いだろう。
 そして2人の、未熟でも胸が温かくなる程の雰囲気は、周囲の大人達に応援させたくなるのも当然ではないだろうか?




「すごいじゃないか、のび太!」
「ホントよ。のびちゃんにこんな才能があったなんて。ママ嬉しいわ!」
 のび太の優勝祝いで早く帰ってきたパパは、その結果によほど嬉しいのか酒をがぶがぶと飲みまくり。
 ママは嬉し涙を流しながらのび太の頭を撫で、美夜子の手を握って感謝していた。
 そんな宴が野比家で開かれている中、未来からその光景を観ている者がいた。
 その者の身体は全身黄色で、可愛らしいリボンを付けているロボット。
 そう。
 ドラえもんの妹、ドラミである。
 ドラミはドラえもんが未来に戻ってきてから、定期的にのび太の様子をタイムテレビで伺っていたのだ。
 いきなり最初から、のび太が引き篭もり状態になった時は、兄を戻そうかと本気で考えたくらいである。  しかし。  ある日、のび太は変わってしまった。
 そんな姿を兄に見せたくなくて、ドラミは独断で黙っている事にしたのだ。そしてその責任で自分はこうして様子を見ているのであったが・・・・・・。
 ちなみにドラえもんは、のび太を信じているので、タイムテレビで過去を伺った事は一度もない。よってこの事を知らないのだ。
 だが、まさか魔法の世界からあの美夜子がやってきて、彼を立ち直らせるとは思ってもみなかった。
 それだけではない。
 彼に魔法まで使えるようにし、彼の傍に居続け、彼の類稀な銃の才能を引き出した。
「お兄ちゃんが今ののび太さんを観たら、なんて思うかしら?」
 ちなみに今現在、ドラえもんは恋人のノラミャーゴさんとデート中だ。
 のび太は立派になった。これは間違いない。そしてそれは喜ばしい事だ。
 隣にいる人が源しずかという女性でなくなっただけで、自分達が望んだ未来ではあるのだから。
 これで借金塗れの哀れな未来、というのは回避されるであろう。
「でも・・・・・・いえ、確かに私も嬉しいんだけど・・・・・・」
 なんだか、寂しいのだ。
 ドラミは兄のドラえもんに相談するべきか、しないべきか、う〜んと唸り声を上げて悩んでいた。

 のび太はパチっと目を開けた。
 天井は暗く、まだ夜中だ。
 当然である。さっきお布団に入ったばかりなのだから。
 しかし興奮して寝れないのか何度も寝返りをうつ。ふと、隣の布団で眠る美夜子を見た。
「美夜子さん・・・・・・ありがとう」
 そっと手を伸ばして、美夜子の手を握る。
 小さい、けど暖かくて柔らかい。
 それが、最初の感想。
「美夜子さんがいなかったら、僕はドラえもんとの思い出も全部ダメにしてたよ。本当に、感謝してるんだ」
 規則正しく呼吸する可愛らしい彼女は、ジッと見ていても飽きない。むしろずっと見ていたい気がする。
 猫になった美夜子さん。
 ネズミになった美夜子さん。
 お母さんが亡くなって泣いた美夜子さん。
 魔法を使って勇敢に戦った美夜子さん。
 今となっては、全ては良き思い出だ。
「・・・・・・んんん・・・・・・う〜ん」
 寝返りをうった美夜子。彼女の顔が天井からのび太の方へ向けられる。
「・・・・・・これから何があっても・・・・・・僕が美夜子さんを守るよ・・・・・・絶対に」
 そっと身を乗り出し、美夜子の小振りでピンクの唇へ、そっと重ねた。
 それは大切な、誓い。




 休日明けの学校に登校すると、のび太と美夜子を待ち構えていたのはスネオだった。
「のび太! お前、ライフル射撃の大会で優勝したって嘘だろ!? どうやって新聞に嘘を載せてもらったんだよ!」
 骨川スネオは、毎日新聞を読んでいる。彼の年齢でそれは凄いことだろう。
 そんなスネオは毎日の習慣で、今朝新聞を読んでいたのだが、地域のスポーツ欄で『最年少の少年が優勝!』というものを見つけたのだ。
 それはのび太が昨日出場していた大会。彼がトロフィーを受け取り、美夜子と喜び合っている写真が小さく載っていたのだ。
 スネオにしては信じられなかったのだ。トロくてバカでズボラなのび太が優勝したという事が。
 そして彼の言葉を聞きつけたジャイアンとしずか、そしてクラスメイトが一斉に取り囲んで記事を覗いてきた。
「・・・・・・事実だけど」
「ええ、昨日のび太さんは、たしかにこの大会で優勝したわ」
 美夜子の言葉に、クラスはザワつく。といっても、小学校からの顔見知りだけだ、驚いているのは。
 それほど彼等からしてみれば、バカで何をやってもダメな見本という印象が強いのだろう。
 すっかり彼が頭がよくなったという事実が消えていた。
「のび太さん、すごいわ!」
 しずかはオリンピックの代表選考会に出場という項目を見て、感嘆の声を上げた。
 クラスメイトたちも、応援してる、とか、絶対に代表になれよ、とか声をかけてきた。
 しかし、ここで黙っちゃいないのがジャイアンである。
「のび太のくせに生意気な・・・・・・俺様より先に新聞に載るなんて・・・・・・むしゃくしゃするから一発殴らせろ!」
 ジャイニズム発動である。
 こんな理不尽かつ滅茶苦茶な彼の理屈は、小学生時代から日常茶飯事であった。
 そして、その度にドラえもんに助けを求めてた。
 周囲はジャイアンの言葉にビクリと怯え、そそくさと距離を取る。スネオもいい気味だと笑っていた。
「やめてくれよ。僕は美夜子さんと一緒に実力で優勝したんだから」
「うるせぇ! のび太のくせに生意気だった言ってんだろ!」
 ジャイアンの拳がのび太へと迫る。
 だが我流かつ何も習っていない、腕力にかまけたジャイアンの攻撃は至極読みやすい。
 それに比べて毎日のように剣術と魔法を組み合わせた訓練を積んできて、生死を潜り抜けてきた頃の感覚を思い出したのび太にとって、美夜子の剣戟に比べると赤子のようなものだ。
 軽々と、ジャイアンの拳を避けた。
「おわっ!」
 勢いあまってジャイアンはつんのめるが、すぐに体勢を立て直した。
 しかし、振り返った先にいたのは、のび太を守るように立ちはだかる美夜子。
「う・・・・・・」
 さすがのジャイアンも、美夜子という可愛い女の子に対して暴力は振るえない。
 しかしのび太は美夜子にありがとう、というとすぐに前に出てくる。
「へぇ、のび太のくせに闘ろうってのか! おもしれぇ!」
「・・・・・・暑苦しいし、ウザイし、みっともないから止めてよ。昔からジャイアンの性格にはうんざりしてたんだ」 「なんだと!?」
「いい加減気付けば? みっともないよ、その性格」
「のび太ぁ、いい度胸じゃねぇか・・・・・・」
 真っ赤になって拳をゴキゴキならすジャイアン。
 だがその前に先生が朝のホームルームで入ってきたのだった。
 昔のトラウマからジャイアンに暴言を吐くのは恐れるはずなのに、なんとも思わない。何も影響はでない。
 やはりあの日、自分は彼等を心底嫌い、軽蔑し、恨んだのだと、理解した。  先生がいろいろと連絡事項を話している中、美夜子がこそっと話しかけてきた。
(どうして魔法使わなかったの? 手品位にしか思わないんじゃない?)
(美夜子さんから教わった魔法を、ジャイアン相手に使いたくなかったんだ。なんていうか・・・・・・穢される気がしたから)
(そっか・・・・・・ふふ、なんか嬉しい♪)
 結局、ホームルームが終わった後、ジャイアンはすぐに襲い掛かってきたが、簡単に避けられて、そうしている間に先生が来る、その繰り返しだった。
 このまま殴られて、停学や警察に言うことで少年院へ送る事も良かったが、昔馴染みのよしみでそれだけはやめてやったのび太。以外と温情深い少年である。
 そして帰り道。
 下駄箱で靴に履き替えたのび太と美夜子。
 後ろからしずかとジャイアンにスネオも出てきた。まだ入部の時期ではないのだ。
 ちなみにジャイアンは疲れて怒りが引いたので、今は冷静だ。
「じゃあ美夜子さん、箒で帰ろうか」
「いいわね! 久しぶりに空に出るのもいいかも」
「「「?」」」
 美夜子は胸元からペンダントを取り出し、そこからホウキを取り出す。
 その光景にギョッと目を見張る3人。
 のび太はホウキを受け取るとそれに跨る。美夜子はのび太に抱きつくように後ろについた。
「それじゃ、バイバイ」
「また明日、しずかさん」
「よし・・・・・・んん・・・・・・飛べ!」
 バヒュ〜ンと空へ飛んでいくのび太と美夜子。
 ジャイアンやスネオにしずかはその光景に絶句した。
「飛んだ・・・・・・」
「そんなバカな・・・・・・ドラえもんはいないんだよ!?」
「・・・・・・のび太さん・・・・・・・・・」
 彼等の知らないところで、確実に何かが変わっていた。
 そしてその変化は、アイツらが攻めて来る事でより実感することになるのだが。
 それはまだ、もっと先の話。






「のび太くん・・・・・・アレがついに地球まで魔の手を伸ばそうとしている・・・・・それに兄さんを助けられるのは、のび太さんしかいないわ」
 水晶のような水色の花を持ち、宇宙船に飛び乗った少女が、広大な宇宙の果てにいた。
 地球の座標など解らない。だがイチかバチかだが、それしか手はない。



「のび太くんたちなら・・・・・・あいつらから私達の楽園を取り戻せるかもしれない」
 善良なロボット社会を築いていたのに、それ故の隙を見事に突かれた。
 ピンクの髪の少女は、一縷の望みをかけて、2年あまりの時間をかけて地球へと旅立った。




つづく