第二話 魔法を覚え、ライトセイバーとライフルを使う


 小学校を卒業したのび太は、中学校の入学式が始まるまでの数週間を美夜子と過ごした。
 美夜子は実に優秀な女性であり、のび太が魔法を使えたと知ると、すぐに簡単な魔法をリストアップしてのび太に教えた。
 また、ドラえもんとの数々の冒険談から、のび太に剣と銃の才能があると予測し、彼女はライフル射撃のクラブにのび太を入れた。
 元々銃に関しては大好きだったのび太は喜んでクラブに通った訳だが、のび太の神がかりの才能に周囲が誉めちぎると、彼はますます熱中した。
 またクラブがない日は美夜子と魔法の練習に明け暮れ、彼女と剣術の稽古に夜は勉強と勤しんだ。
 実に、毎日のように忙しい日々を送ったのである。
 そして、入学式の前日。
「いくわよ、のび太さん!」
「こい!」
 2人の手には、筒のような棒がある。
 それは魔界大冒険時に、美夜子が魔族と戦っていた際に使っていた剣である。
 先から出現する凝縮光エネルギーは、起動とともにマイナスの電荷を帯び、アーク放電のようにエネルギーが発流することで、レーザー状の光刃になる。
 もちろん大変危険な為それは普段は押さえてあり、身体に接触しても何も起こらず、むしろスポンジのような感触にしてあるのだ。
「やぁ―――!」
「せぃっ! このっ! おりゃっ!」
   2人の攻防は意外と激しい。
 夢見る機で平気に命のやり取りをしてきたのび太は、その経験からかなり強い。
 無幻三剣士の時、白銀の騎士となったのび太。あの剣は自動で戦うのではなく、使い手の才能を限界まで引き出しているに過ぎない。
 つまり、上手くいけばあの領域まで到達することが可能なのだ。
 もちろんソレに気がついたのも美夜子である。
 2人の殺陣は激しいものがあったが、2人の応酬はそれだけじゃ終わらない。 「球よ!」  美夜子が地面に置いてあったボールに指を向けて操る。
 そのボールがのび太へ迫った。
「―――っ! 石よ! チン・カラ・ホイ!」
 傍に落ちてた石に向かって詠唱し、小学1年生で習う物体浮遊術の基本を発動する。
 こうして跳ね上がった石は、のび太に迫ったボールを弾き落した。
 そう。
 魔法と剣の融合である。
 何故こんなことをしているのか。  それは心身を鍛える事が目的でもある。  当然のことだが、まだのび太は詠唱発動キー、つまり『チン・カラ・ホイ』という言葉を破棄して魔法を唱える事はできない。
 彼の魔法力は美夜子が優秀な魔法使いであることから2週間で小学6年生までの内容を修得していた。
 それは、物体浮遊術・ホーキング・遠隔操作・変化の魔法である。
 これらの魔法を修得したのび太は大変よろこんだものだ。もちろん昔みたいに調子にのって他人にいたずらする事はない。
「のびちゃん! 美夜子ちゃん! ご飯よ!」
 家の中から呼ぶママの声に、のび太と美夜子はやっと手を止めた。
「じゃあ終わりましょう、のび太さん」
「そうだね、美夜子さん」
「やっぱりのび太さんの剣の才能すごいわ。魔法を混ぜないと私、対抗できなくなってるもの」
「でもその分、美夜子さんは魔法の才能が凄くあるじゃないか。本気で魔法を使われちゃ、僕は敵わないよ」
 最初はのび太は剣術もまったくダメであった。
 だが慣れてくるとどうだろう。まるで『忘れていたモノを思い出す』ように動きが鋭く早く正確になるではないか。
 これも夢見る機の産物であった訳だが、彼の言葉も事実であった。
 とにかく美夜子の魔法の才能はすごい。
 彼女に本気で魔法を使われてはのび太は手も足もでない。それほど凄いのだ、彼女は。
 家の中に入ったのび太と美夜子は食卓についた。
 実は美夜子、既に後ろの家に引っ越してきている。
 ママとパパは美夜子のおかげでのび太が昔の明るさを取り戻し、色々な才能を開花させているとのび太が紹介すると、彼女のおかげなのだと知ってとても気に入ったのだ。
 また満月博士はこの世界では研究者である為、日夜家を空けていることが多い。
 それを知ると、美夜子に普段は野比家で過ごすように薦め、ご飯も一緒に食べるように彼女に言ったのだ。
 もちろん美夜子は断ったが、普段も好きな人と一緒に居られる事と、両親が本気で言ってくれていると感じたので、好意に甘えることにしたのだった。
「わぁ、今日は煮物ですね! ・・・・・モグモグ、ん〜! おいし〜♪」
「あらそう? 嬉しいわ」
 ママもとても嬉しそうだ。
 パパもママも、本当に喜んでいた。
 息子は昔のように明るさを取り戻し、成績はトップクラスにまでなった。昔のように情けない事も言わない。
 そしてそんな息子の傍には、想いを寄せる器量良しで性格も良い女の子がいるのだ。
 これほど満足感溢れ、嬉しい日常があるだろうか。
 だが、実は心配事というか、悩み事が1つだけある。
 それは・・・・・・
「ねえのび太さん。今日はパパ帰ってこないの。だからのび太さんの部屋に泊まってもいい?」
「え? う、うん。もちろんいいよ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
 あまりにも親しすぎるという事である。
 そりゃあ親としては悩む所だろう。
 だがあまりにも仲が良く、お互いをまるで空気と呼吸の関係のように自然と在るのだ。
 介入する事すら躊躇わせる雰囲気が、繋がりの様なものを、ママとパパは感じていた。
 実際には、大人が勘ぐっているような事は何もない。妙な勘繰りはしないように!  晩御飯を終わらせたら風呂に入り、その後は2時間の勉強。既に中学の勉強は終わりに近づいている。
 美夜子も一緒に勉強をしている訳だが、彼女も頭がいい。
 のび太みたいに中学の範囲を終わらせてる訳ではないが、成績もいいし特殊分野が秀でてるので、彼女はマイペースで勉強している。
 彼女自身が真面目であるという事が一番の理由であろう。
 終わった後は明日に備えて学生服を準備する。
 布団を敷くと、隣につけるように美夜子が布団を並べてきた。
 今日が初めてではないので、のび太も平然としていて、電気を消して布団に入った。
 実に充実した毎日を送っていた。


 翌日の入学式、朝起きて朝食を終えると、美夜子はいったん野比家の後ろにある自分の家・満月家に戻った。
 パパもママも始まる直前に入学式会場に来るらしく、のび太たちは先にいくことになった。
 学ランに着替えて家を出たのび太が家の前で待っていると、美夜子がやってきた。
 白のセーラー服に紺のリボン。美しい顔立ちに長いサラサラの髪の毛。
 実に美しく、また可愛らしい。
「ど、どうかな・・・・・・?」
「う、うん。とっても可愛いよ」
 テレまくるのび太と美夜子。
 2人の間に微妙な緊張感が漂いながら、初めての中学校に向かった。
 中学校の校門前に到着すると流石に会話は自然だ。
 人だかりができている場所にいくと、そこに掲示板がある。
「クラス別けの発表だね」
「ええ。私とのび太さんはどこかしら?」
「ん〜と・・・・・・あ、僕はA組みだ」
「私は・・・・・・あ、私もAよ!」
「ほんとだ! やったね!」
「うん!」
 2人は、パンッ、と手を叩きあって喜び合った。
「あ、ジャイアンやスネオにしずかちゃんとも一緒のクラスだ。出来杉とは違うみたいだけど」
「そっかぁ。みんなと同じクラスなんだ。また会えるのね」
「でもこっちの皆は美夜子さんの事は知らないからね。初対面のはずだよ」
「そうね。私も気をつけなきゃ」
「うん・・・・・・僕もみんなとまともに話すのは1年ぶりだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 美夜子は聞いていた。
 ドラえもんがいなくなった直後の顛末を。
 2人のTPOを弁えない無神経な行為と、何もしなかったしずかちゃんの事。
 そして失意のどん底まで落ちて、必死に勉強するようになったという事。つまり自分が変わる最大のきっかけは仲間たちの所為ということだ。
 美夜子はとても憤慨していたし、そんな行為をした仲間たちに失望もしていた。
 だが、元仲間として戦った身としては複雑な心境であった。
 とりあえず教室に集まり、それから担任との対面、そして会場へ入るのが流れだ。
 1年A組があるクラス、3階へ登っていき、該当クラスの教室に入った。
 教室に入ると、見たことがある面々と、まったく知らない他校出身の人たち。
 のび太の姿をみたジャイアンたちが近寄ってきた。
「よう、のび太! 中学でも同じクラスだな!」
「まったく、腐れ縁もここまでくると呆れるよ」
「おはよう、のび太さん」
 同じように学ラン姿のジャイアンとスネオ。そしてセーラー服姿のしずかちゃん。
 のび太はチラリと冷たい視線を向けて、
「ああ、おはよう」
 と、それだけ言った。
 のび太の素っ気無い反応に、ジャイアンは昔に自分がした事をすっかり忘れて憤慨する。
 スネオやジャイアンが文句の1つでも言ってやろうとした時、美夜子が割って入ってきた。
「おはようございます♪ あ、のび太さん、一緒に座りましょ」
 いきなり現れた信じられない美少女に、呆気になる腐れ縁の一面。クラス一同。
 『アノのび太』と仲が良い美少女がいるのだ。
 あの、のび太とだぞ?
 誰だって驚くものだ。
「担任の先生ってどんな人かしら?」
「優しい人だったらいいなぁ」
「そうね♪」
 会話内容はいたって普通なのだが、2人の間にある空気が甘すぎた。
 この数週間で作り上げた、2人の空間である。
 従って、この瞬間にのび太は男連中から妬み等の感情を、つまり嫌われたのである。
「おい、のび太。この人誰だよ。紹介しろよ」 「そうだぞ! のび太のくせに生意気だ!」  スネオやジャイアンがお近づきになりたいらしく、話しかけてきた。
 のび太は、またお前等か、という視線を2人に向けていた。しずかちゃんはその視線の冷たさに気が付き、おずおずと話しかけてくる。
「えっと・・・・・・のび太さんの友達?」  しずかちゃんの疑問に答えたのは、意外にも美夜子さんだった。 「初めまして、しずかさん。私は満月美夜子。貴方たちの事はのび太さんから聞いてるわ」 (なんだか嫌な予感がする・・・・・・) 「あ、よろしくお願いします、満月さん」 「うん、よろしくね」
 のび太は2人が自己紹介している間に、ライフル射撃クラブの自分の道具を磨き始めた。
 本日の帰りに寄って練習しなくてはならないのだ。
 実は、近々に大会があるらしく、オーナーがのび太を出場させようとしているのだ。
 手袋等の道具を確認し、うむ、と頷いた。
「あら? のび太さん、何か習い事でも始めたの?」
「ああ、美夜子さんが僕に薦めてくれたクラブでね。その道具だよ。美夜子さんには本当に感謝しているんだ」
「イヤだ、のび太さんったら。テレるじゃない!」
「でも本当のことだし」
「そんなこと、のび太さんの近くにいたら誰だって気付くことよ。あなたの才能にね」
「・・・・・・やっぱり美夜子さんだから気付いたんだよ」
 そう。
 今まで誰もクラブを薦めなかったんだから、やはり彼女の着眼点は凄いんだろう。
(美夜子『さん』? なにコレ・・・・・・なんなの?)
 しずかちゃんは、まるでドラえもんに向ける目と信頼感を表しているのび太の姿に不安を覚えた。
 だって彼のこの目は、ドラえもんにしか向けられなかったはずだ。
 それがどうだ?
 今は明らかに美夜子に向けているではないか。
 彼は変わってしまったはずだ。あの時の所為で。
 自分は何もできなかった。それなのに何故昔の彼が彼女だけに向けている?
 気分を新たにしようと、髪型を新たにポニーテールにしたのに何も言ってくれない彼。
 源しずかという少女は、ここにきて初めて運命が、未来が変わってしまった事に気が付いたのである。

 

 入学式が終わって下校する時。
「のび太さ〜ん、満月さん、一緒に帰りましょ?」
 しずかは内心の動揺を必死で隠しながら声をかけた。
 のび太の隣には美夜子が当然のようにいる。
「ごめん。悪いけど、これからクラブがあるんだ。だから一緒には帰れないんだ」
「そ、そうなの・・・・・・満月さんは?」
「私はのび太さんと一緒に行くわ」
「え、そ、そうなの?」
「ええ。のび太さんと一緒に晩御飯を食べたいから。今日は一緒についていくの。家も後ろだしね」
「・・・・・・」
「じゃ、しずかちゃん。また明日」
「しずかさん、またね」
 呆気にとられるしずかちゃん。
 何もかも変わってしまったのだと、しずかは痛感する。
「しずかクン、一緒に帰らないかい?」
 後ろからきた出来杉がやってきた。
 しずかは、ええ、と反応を返したが、その後はろくに喋らずに帰宅することになったのだった。
 彼女はこれからどうなっていくのだろうか。



つづく