第二話 美夜子と再会し、のび太は救われる。


「美夜子さん! 美夜子さんじゃないか!」
「のび太さん、久しぶりね!」
 絨毯から飛び降りた美夜子はのび太の前に降り立つ。のび太は目の前の出来事に違和感をすぐに感じる。だっておかしいじゃないか。
 何故、『この世界』の彼女がここにいる?
 何故、『この世界』の彼女が僕を知っている?
 何故、『普通の世界』なのに『魔法の絨毯』に乗って彼女が現れる?
 何故、彼女は僕に会いたがっているんだ?
 のび太は訳が解らなくなり僅かに混乱していたが、ドラえもんとの約束で賢くなったのび太はいくつかの答えを弾きだした。
「もしかして美夜子さんって、あの記憶をもってる美夜子さんなの?」
 かなりアバウトな言葉だが、あの魔界大冒険で別れる際にのび太たちと事情を話してある。
 だから、もしあの美夜子ならばこの説明で十分なはずだ。実際はありえないことなのだが。
 だって、あの彼女は『もしもボックス』でのび太が作り出した、平行世界の住人の彼女なんだから。
 そんな高速思考を繰り広げているのび太を尻目に、彼女は嬉しそうに笑った。
「もちろんよ。忘れたの? 私は魔法を使える魔法使いなのよ? で、パパと協力して魔法を使って、こちらの世界の私と融合したのよ」
「な、なるほど。詳しい事は解らないけど、満月博士は凄い魔法使いだったもんね。ソレくらいの事はできるかも」
「わかった?」
「で、でも、なんでわざわざこっちの世界に? ここは魔法がない科学の世界なんだよ」
「それは・・・・・・えっと・・・・・・」
 のび太の当然の疑問に、美夜子の顔が急に赤くなる。
 モジモジとして、チラチラと視線を向けてくる美夜子の可愛らしい仕草にドキっとするのび太。
 のび太にとって久しぶりの、心の潤いだった。
 ドラえもんが帰って以来の心の脈動だった。
「貴方に・・・・・・のび太さんに・・・・・・会いたくて」
「え・・・・・・」
「貴方の事が諦められなくて・・・・・・パパにムリ言ってこっちにやってきたの」
「そ、それって・・・・・・」
 アワアワと慌てるのび太。
「う、うん・・・・・・」
 カアアァっと真っ赤になる両者。
 しばらく無言で向かいあっていたが、のび太がついに口を開いた。
「美夜子さん。実はさ、ドラえもんはもういないんだ」
「え、ドラちゃんが!?」
「うん」
「そうなの・・・・・・だからのび太さん、そんなに様子が変わっちゃったのね」
「そうだね・・・・・・がっかりした?」
 のび太が自嘲気味に言う。どうやら呆れられたと思ったようだ。
 だが、美夜子はそんなのび太の予想を一蹴した。
「いいえ」
「え?」
「例えそうだとしても、のび太さんが私に言ってくれた言葉や気持ち、思い出が無くなる訳じゃないもの」
「僕が言った言葉?」
「そう。宇宙に飛び出した時、私本当に落ち込んでたの。辛くて、悲しくて、正直いって潰れそうだった」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんな時に言ってくれたよね?」

『美夜子さん、僕がんばるから。だから、お父さんを絶対に助け出そうね! 僕、約束するよ』

「とっても不器用な言葉だったけど、でも凄く伝わってきた。心が震えるほど嬉しかったの」
「そっか。あの時はなんとなく感じて、無我夢中で言ってたような気がする」
「ふふ。だから安心して! 私は貴方の傍にずっといる! だって、私はもうここの世界の住人なんだから!」
 美夜子の言葉が、のび太の心に響いた。
 ずっと傍にいる。
 どれほど、ドラえもんとの絆が残ったものが傍にあることを願っただろう。
 彼女は解っていない。
 今の言葉に、僕がどれだけ救われたのかということに。
「うん、こちらこそよろしくお願いするよ!」  久しぶりに出た、元気な声だった。


「じゃあ、絨毯に乗って!」
「って、えええええ!? それはマズイんじゃない? 大騒ぎになっちゃうよ」
 少年時代にさんざんタケコプターで空を飛び回ってた奴が何を今更・・・・・・
「大丈夫。認識阻害の魔法をかけてあるから!」
「なるほど。ってことは、僕に話しかけたときはその魔法を切ってたんだね?」
「そういうこと! さあ、いきましょ♪」
 美夜子の言葉に強く頷いたのび太はピョンと飛び乗る。
「久しぶりだなぁ、美夜子さんの絨毯!」
「フフフ・・・・・・行くわよ、のび太さん!」
「OK!」
 そして発信する絨毯。
 大空へと飛び立つ。
「あ〜!! この感じ久しぶりだよ!!」
「そうでしょう!!」
 空を気持ちよく飛ぶのび太と美夜子。
 こうして2人は野比家に帰ってきた。
 帰ってきたのび太を迎えたのは両親だったが、のび太の嬉しそうな笑顔を見て安堵する。
 卒業式がいい切っ掛けになったと考えたのだろう。
 昔の明るさが少しでも戻ってくれたから、嬉しかったのだろう。
 今日はお祝いだと言う両親に、準備ができたら呼ぶと言われたのでのび太は一旦2階に上がった。
 2階に上がると部屋には既に美夜子が待っていた。どうやら2階から入ったらしい。
「美夜子さんって、今はどこに住んでるの?」
「私? ここからそんなに遠くない所だけど、今度引っ越すわ」
「どこに?」
「ここの後ろの家」
「へ?」
 衝撃の真実。
 呆然となるのび太。
「だって、好きな人の近くにいたいじゃない・・・・・・迷惑だった?」
「ううん、全然」
 のび太はニコリと笑って答える。美夜子はとても嬉しそうだ。
「でも、おかしいな。なんで美夜子さんは魔法が使えるんだろ」
「それは私が魔法の国にいた事があって、魔法の使い方を知っているからよ」
「・・・・・・方法を知っているから使える? ・・・・・・そうか、方法を知らないから魔法なんて存在しないと決め付けていた訳か」
「そういうこと。ほら、のび太さん、思い出してみて」
 それはのび太たちが魔界へ乗り込んだ時のこと。
 魔王の罠にハマり仲間達が捕まっていく中、美夜子がオトリでのび太を逃がした事があった。
 のび太達はタイムマシンで、『もしもボックスで魔法の世界を創造する前』に移動して、過去の自分達に使わせないようにしよう
とした。だが、追っ手のメデューサにホーキングで逃走するのび太達は石にされてしまったのだった。
「―――そうか! おかしいじゃないか!」
「でしょ? 魔法なんかない世界でホーキングして、石にされたって事に矛盾が生じるでしょ?」
「そうだね。となると、もしもボックスの理屈は、世界を作り変えて素質の因子をもたせる訳じゃないんだ」
「ええ。貴方たちは魔法のやり方をあそこで観たということだわ」
「となると?」
 そう言って、のび太は慌てて階段を駆け下りる。
 バタバタと庭に出たのび太は、物置からホーキを取り出してまだがった。
 するとのび太の背後に人の気配が。
 そこにいたのは美夜子さん。のび太のお腹に両手を回してきて、ぎゅっと抱きついてくる。
「・・・・・・み、みよこさん? い、い、い、行くよ?」
「ええ・・・・・・久しぶりだけど、大丈夫?」
「やってみる」
 のび太は何度も深呼吸を繰り返し、心をカラッポにして集中力を高め。
 そして大きな声で叫んだ。

「チン・カラ・ホイ! じゃなかった・・・・・・跳べ!」

「うわああああああああああああああああああ」
 バヒューンと真上へ跳ね上がるのび太たち。
 高速で上昇だ。
 あまりにも速すぎる。
 そして、すさまじい速度で落下。
「のび太さん、落ち着いて!」
 美夜子の言葉にハッとなったのび太は、ぐっと瞳に力を入れて集中する。
 すると地面に激突寸前で停止した。
 おそるおそる目を開けると・・・・・・。
「浮いてる!」
「やったわね! のび太さん!」
 のび太が魔法を使った瞬間だった。

つづく