第37章 学園祭迫る

 









 朝目覚めると、少年の目の前には見事な大きさで色合いの、中学生には不釣合いなおっぱいがあったそうな。

 そんな昔話の出だしのようなフレーズが、ルークの脳裏に過ぎった。

 昨日、雪広リゾートアイランドから帰ってきた3-A。バルバトスとの戦闘でルークたちは焼肉を食べ損ねていたので、自室でホットプレートを使った焼肉パーティーをすることにした。

 戦闘メンバーの皆が集まってきたのだが、亜子やアキラや美砂は来れなかった。事情を知らないゆうながいた事と、バンドの練習があるからという事だ。ちなみにアキラは亜子の付き添いのためらしい。本当に仲が良い2人だ。

 がんばっているので焼肉をご飯に乗せて差し入れしたら喜んでいた。

 夕映は喜んでやって来たが、のどかとハルナがネギの傍にいるという事で、彼女だけがやってきた。

 楓は喜んで招待されようとしたが、同室の鳴滝姉妹がルークを嫌がったので、泣く泣く諦めたのだった。

 龍宮は内臓にダメージを負っていたが、食べる量を少量にして、ゆっくりと焼肉を口に運んで食べていた。口元がニヤけていたので喜んでいただろう。

 木乃香も刹那も楽しそうに食べていたが、アスナは皆の前でキスしたり告白したのが恥ずかしいのかずっとテレていた。

 しかし龍宮が帰って、お酒を飲みだした辺りから怪しくなった。

 そこからはルークは記憶が定かではない。

 何か会話で木乃香とアスナが「下着がカモのせいで獣臭い。変えたい」とか「下着をここに避難させたい」とか、そんなことを言っていた気がする。

 ルークはそれに対して完全に酔っ払い状態で承諾し、彼女たちは新品の下着をルークの部屋に避難させた。ちなみにそれを、パーティーを嗅ぎ付けたエヴァがニヤニヤしながら見ていた。

 明日菜たちは晴れてルークのパートナーとなった事で、ルークとティアの情事を目撃した彼女たちは“ひょっとしたら自分たちもそれがある”という可能性に辿り着いた。

 しかしここで問題が発生した。自分たちの下着がカモの所為で獣臭いということだ。

 下はさすがに嫌だから隠して鍵をかけていたので大丈夫だったのだが、上のブラジャーはダメだった。そして木乃香も明日菜も、そんな獣臭い下着を付ける女と思われるは嫌だったのだ。

 新しい下着を買っても、カモの所為で駄目にされてしまう。すると丁度、ティアという理解者が共にいるルークの部屋という格好の隠し場所があったことに気づいた。

 そして実行したということだ。

 焼肉が終わって酔いが回ってルークが倒れた直後、アスナと刹那と木乃香、そして夕映が泊まっていくことになった。

 夜中に寝ぼけたアスナがトイレに行った後、いつもの癖で自分のベッドの定位置に寝転がった。

 しかし彼女の寝癖の悪さはなかなかのモノだった。

 翌朝、ルークが目覚めると何故か目の前にアスナが寝ていて、彼女のパジャマは大きく乱れ、胸や首元、鎖骨や脇などが露出してしまっていたのだ。

 しかもルークを抱き枕か毛布か何かと勘違いしたらしく、両者の距離はゼロ。

 ルークは胸と脇の間に顔をうずめる形になってしまい、数センチ先には少し色が強めのピンクの先端があって、本能に従いそうになるのを朝っぱらから必死に堪える羽目になった。

 ティアと同じ女性であるにもかかわらず、まったく違うおっぱい、いやオパーイ。

 漂ってくる体臭もぜんぜん違う。甘酸っぱい香りにクラクラしてくる。

「ん・・・・・・う~~~ん・・・・・・」

「!!」

 アスナの寝言が聞こえた。

 びくっとしたルークだったが、首を動かすとアスナが起きてしまう。

 ルークは今の状態がバレた時のアスナの反応を想像して青褪め、しかし本能の欲求との間で揺れ動く。

 脳裏にガイが浮かんだ。

『ルーク! 女性は怖いんだぞ! 今は戦略的撤退をした方が良い!』

 脳裏にアニスが浮かんだ。

『ルーク様ぁ~。ここは行かないとダメですよ? ルーク様は自分の本能のままに動いてたじゃないですかぁ!』

 天使と悪魔ならぬ、妙にピンポイントの組み合わせな2人がルークの本能に囁く。

 ガイが少し、いやかなり切羽詰った顔をしているのは少し笑えた。

『何を言ってるんだアニス! ルークがそんなことできる訳ないだろう! 俺のルークが!』

『過保護だなぁ~、ガイは。ルークだってぇ思春期を迎えた男真っ盛りだし・・・・・・ニシシシ』

『いいや、そんな事無い! アニスは黙ってろ!』

『にゃにお~~~~! えいっ!』

『ぎやぁあああああああああああああああああ!!』

 ガイ<良心>がアニス<悪魔>の腕にまとわりつかれた事で悲鳴を上げ、呆気なく敗れ去った。

 ルークの鼻息が荒くなる。

 視界がぐるぐると回ってきて、ティアのソレと食べ比べしたい欲求が激しく突き動かす。

「ふー・・・・・・ふー・・・・・・ふー!」

 危険人物のように鼻息が荒くなっていた。

 アスナ独特の甘い体臭。たわわに揺れるおっぱい。ピンクで艶やかな先端。

 日常のアスナが浮かんでくる。

 新聞配達で元気に走るアスナ。体操服姿で強烈なボールを投げて高校生を吹き飛ばすアスナ。

 強敵を前に愛を宣言したアスナ。頬を赤らめながら恥ずかしがり、だけどチラチラと見詰めて来て嬉しそうに笑うアスナ。

 そんな彼女はルークのパートナー。

 ――――確か何か変な勘違いをしてたが・・・・・・エロィことをしてもいいとか言ってたよな?

 つまり目の前のおぱーいとこの健康で瑞々しい肢体はルークのもので。

 山脈の頂上にそびえ立つ美味しそうなモノ。

 それは例えるなら・・・・・・ショートケーキとイチゴ?

「いざっ!」

「いざっ、じゃなあああああああああ――――――――――――――――い!!」

 ――――メキョ!!

「すみません゛っ!」

「みゅみゅ!?」

 強烈な左フックが、ルークの顔面を捉えてミュウをまき沿えにして吹き飛んだ。

 朝からアホだった。









 とある部屋でエロアホい事が起きてる時、『宮崎のどか・綾瀬夕映・早乙女ハルナ』の部屋は重たい空気に満たされていた。

 雪広リゾートアイランドから帰ってきた昨日から、ネギとのどかの空気は重かった。

 それもそのはず。バルバトス・ゲーティアとの戦いにて、ネギがアスナに仮契約を『自分から願った』という事を、アスナと木乃香の2人から教えてもらったからだ。

 その言葉にショックを受けたのどか。そして彼女はさらにその経緯を聞き、アスナが最終的に戦いの最中にルークと仮契約を結んだことに心がズキリと痛んだ。

 アスナはいろいろな事に戸惑っているのどかに、パートナーとしてもっと支えるように叱咤した。そして共にがんばろうとも言った。

 のどかは、そんなアスナの自分の蟠りすら吹き飛ばすアスナの爽やかな笑顔に、そうしなければと頷いた反面、少しアスナという人間が羨ましかった。

 しかし翌朝までは何もできず、こうして黙々と食事をとっている訳だ。ネギものどかへ話しかけることができなかった。

 ハルナには完全なとばっちりな訳で、何かがあったことは察していたが、いつものように軽く茶化すことはできなかった。

 雰囲気があまりにも深刻で、そんな空気を読まない下種なことをするほど、自分は愚かではないつもりだからだ。

「あの・・・・・・ネギ先生」

「は、はい」

 ハルナはのどかが何かを話し始めたことに気をきかせ、朝の支度の為に洗面所に入り扉を閉めた。

 カモはネギの背後にそっと身を隠し、のどかに期待した。カモはアスナに助力した事でネギを一時とはいえ裏切ったのだ。だからここでパートナーであるのどかに期待したかった。

 ネギはのどかに何を言われるのか、怒られる・罵倒されるだろうなと思い、身を硬くした。

 しかしのどかから出た言葉は、ネギにとって予想外のものだった。

「一緒に・・・・・・強くなりませんか?」

「え・・・・・・?」

 その言葉に呆然となった。

「だって・・・・・・私はネギ先生のパートナーじゃないですか。だから一緒に強くなりましょう」

「のどかさん・・・・・・」

 のどかの瞳が潤んでいた。声が震えていた。

 肩が小さく震えていることにネギは気付いた。

 それほど傷つけたのだとネギは思い知ることになり、愕然としてしまう。

「一緒にがんばらないと・・・・・・パートナーとして・・・・・・そんなのって・・・・・・寂しいじゃないですか」

「・・・・・・は・・・・・・い・・・・・・一緒に・・・・・・がんばりましょう」

 のどかの震える声にネギは苦しくなり、そして無意識に頷いた。

 自分がどれだけのどかを傷つけたのかを実感し、どれだけ己が愚かだったのかを思い知らされ愕然としたのだった。











「あのねえ! 私にだって心の準備ってものが必要なんだから! それに、わ、わ、わ、脇なんかに鼻を押し当てて~~~! この変態!!」

「いや、普通にイイ匂いだったけど・・・・・・」

「~~~~~~~~っ! 知らない!」

 登校中。

 今朝のことについて激怒しているアスナだったが、真っ赤に腫れた頬を押さえて登校しているルークの言葉に絶句して、顔をトマト状態にして走ってどこかへ行ってしまった。

 女性であるアスナには恥ずかしいことこの上ない言葉だったし、そもそも自分が原因なのだが、彼女が恥ずかしいのは当然であった。

 一方でルークとしても変態的な発言であることをわかっていたが、本心として、とても落ち着く甘い匂いであったので褒めるフォローのつもりで言った。

「ルーク、あかんえ~。アスナはやっと正直になったのに、あんなにストレートに言ったって無理ってもんや」

「その通りです。私たちの年齢では流石に恥ずかしいですよ」

「そ、そうか」

「い、いえいえ。このちゃんも夕映さんもルークもおかしいですよ。まずは寝ているアスナさんにイヤらしいことをしては駄目だと嗜めるべきですって」

 木乃香の微妙な突っ込みと夕映の賛同、それに返すルークに、刹那がすかさず突っ込む。

 刹那も木乃香も朝の惨状に「あわわわ・・・・・・まさかもう大人の」と真っ赤になって震えた。

 ティアは・・・・・・少し嫉妬を込めた、呆れた視線をぶつけて来た。イオンは困った顔で笑っていた。

 夕映も顔を真っ赤にしていたが、自分の胸辺りをジーっと見つめて悲しそうにため息を吐いた。何を考えてるのかは分からない。

 む~~~と唸るルークに、木乃香が頬を赤らめて腕を絡めてきて、上目遣いで言った。

「あんな、ルーク」

「?」

「興味あるんやったら、ウチに・・・・・・いうてな?」

 ついに木乃香がルークに対して攻勢に出始めた。修学旅行からひたすら勇気を溜めていたのがここで爆発したのだ。

 言った本人も真っ赤になって動揺しているが、言われた当人も周囲の友人も動揺した。

「な!?」

「このかさん!?」

「こ、このちゃん!?」

「ウ、ウチもせっちゃんも夕映も、みんなルークの奥さんなんやろ? お母様が言うとったで」

「・・・・・・ゴクリ(確かにそんな事を言っていたな・・・・・・つーか自分の娘に対して何を言ってるんだあの人は)」

「あ、よかったぁ。ウチ、スタイル良うないから、全然魅力なくて興味ないんかと思ってしもうたわ」

「いや、それはないから。木乃香は魅力いっぱいだぞ? かわいいしな」

「ホンマ? 幼馴染やっていう同情心からとちゃう?」

「ああ。本当だ」

「このちゃん・・・・・・」

「そっかぁ。よかったぁ~~~~」

「あ、あのルーク。わた、私も―――」

「もちろん夕映もな。当たり前だろ?」
 
 どうやら自分の容姿に、というよりスタイルに自信がなかったらしい。普段からニコニコしてぽわぽわしている木乃香だけに、こういう時のはどれだけ真剣な悩みだったか分かる。

 確かに木乃香は胸がないに等しい。ぺったんこだ。細いという点ではスレンダースタイルと取れるが、木乃香にとっては凹凸があるスタイルが、魅力がある女性となっているらしい。

 今時なら小学生にも負けているかもしれない。

 しかしルークにとって、それが木乃香という女性として魅力が損なわれる理由にはならない。

 木乃香はこの世界に来て初めて出会った女の子であり命の恩人である。ティアたちといった仲間たち以外の他人が、初めて自分に人の温かみを教えてくれた女の子だ。

 正直、ルークの中における木乃香と刹那の割合は、ティアと匹敵する。

 オールドラントにおけるティアの立場が、この世界における木乃香と刹那なのだ。

 だからルークにとって、例え彼女たちが外道に堕ちようとも、何か恥ずかしい失態を犯そうが醜態を晒そうが、ルークは絶対に嫌いにならない自信があった。

 子供の頃はまったく無かった『女としての魅力』が、少女という殻を脱皮しつつある彼女たちに備わりつつある現在、魅力がない訳がなかった。

 そしてそれは夕映にも言える。

 彼女も木乃香と同じく身体は未成熟だ。さらに彼女独特の悩みとして、おデコが広いというのもある。実はそのコンプレックスは彼女にとっては重大だった。

 しかしルークにとっては夕映は戦友であり、仲間であり、ライガとの戦闘で彼女自身の魂の輝きを見た魅力溢れる女性だった。

 実は別荘内での戦闘訓練や実戦を通して、ルークの中における夕映について考えている時間はティアよりも長い。

 もちろん実力がまだないから、という理由でもあるのだが、考えているということは意識しているということ。

 意識するということは、それだけ視界に姿を捉えるということ。それだけ彼女を見ているというこである。

 また戦闘後における会話でも、ルークを見る想いに溢れた眼差しはルークをドキドキさせ、ティアの愛情溢れる優しい瞳とはまた違った質の温もりと嬉しさを与えた。

 だから、ルークにとっても夕映は魅力ある女性だ。

「じゃあ・・・・・・そうだな。今度デートするか?」

「え!?」

「ホンマ!?」

「え、ホントですか?」

「ああ。夕映も刹那も後日改めて、な」

「私もですか!?」

 よほど嬉しいのか、表情を輝かせる木乃香と夕映に、必死ににやけそうになる口元を閉ざす刹那。

 彼女も正直ものだった。

 こうしてゆったりと登校していると、あちこちで学園祭の為の仮装風景が流れていく。

 すると、前方にのどかとネギとハルナが一緒に登校している姿が飛び込んできた。

「おっす、宮崎、早乙女、ネギ」

「おはよう!」

「おはような~~」

「おはようございます」

「おはようです、のどか、ハルナ」

「みなさん、おはようございます!」

 ルーク部屋に泊まっていた全員と彼の肩に乗っているトクナガ(さよ)が挨拶すると、のどかたちも彼らに気づき挨拶した。

「あ、みんなおはよー」

「おはようございますー」

「あ、お、おはようございます」

 ネギはビクッと過剰反応し、のどかにアスナがぐっと親指を立てて合図をしていた。

 それから大勢でわいわいと話しながら登校していたのだが、ネギがなんだかルークにちらちらと視線を送っている。何か聞きたそうな雰囲気だ。

 しかしその時、前方にネギが知っている顔の人物が、こちらに手を振っていた。

 なぜか那波や村上と一緒にいて、満面の笑みで楽しそうにこちらを伺っている。

「オッス、ネギ!」

「小太郎君、おはよー!」

「おお―――って、あ! ルークの兄ちゃん!」

「小太郎か。おはようさん」

「おう♪ これからよろしく頼むでルークの兄ちゃん」

「ああ。こっちもよろしくな」

 どうやら小太郎はこちらの麻帆良学園に転校してきたらしく、こちらの学校に通うことになった。詠春さんと近右衛門じいちゃんが取引したらしい。

 何故か那波たちの部屋で住むことになった。那波が使命感に燃えていることが一同には不思議だったが、

 そんな話をしていると周囲を怪獣やら宇宙人やら何やらが横切っていく。仮装行列のようで面白い。ネギと小太郎は仮装にびっくりして構えを取っていた。

 何事かと目を丸くして警戒するネギや小太郎に、登校しながら千鶴が説明してくれた。

「麻帆良祭は文字通り、全学園合同の学園祭なの。中・高の中間テストが終わってからが本格的な準備期間で、大学の人達は部費のほとんどを学園祭で稼ぐサークルばかりだから気合が入ってるわー。だから開催期間中はいろんな出店やイベントが目白押しの大騒ぎという訳」

「へー、楽しそやな」

「ああ、たしかに」

「うんうん」

 今年初参加の小太郎、ルーク、ネギの3人は関心しながら耳を傾ける。

 後ろから付いてくる夏美は、ルークに対して千鶴がいつの間にか親しげな態度で接していることに戸惑いを隠せなかった。

「そうでもないのよ? 学園の人達って人数が多い上にお祭り好きなの。だから歯止めが効かなくて去年のクライマックスに行われた『学園全体鬼ごっこ』では何と一万人の死傷者が・・・・・・」

「「「一万人!?」」」

「いやいや、冗談ですから信じないでください」

「那波さん、ルークに嘘を教えないでくださいです」

「アハハハ♪」

 刹那と夕映の突っ込みと木乃香の笑いが場を包んだ。

 ネギと小太郎が学園格闘大会について出場するとか、小太郎がルークも出場するように言ったりと、学園祭ムードが漂った時だった。

 前方から葛ノ葉刀子がやってきた。

「ルークお坊ちゃま。学園長がお呼びです」

 刀子の発言に目を丸くするルーク。

 千鶴はにこにこしていて何を考えているか分からないが、夏美は刀子の普段のクールで冷徹のような表情を知っているから、そんな彼女から発せられた言葉にぎょっとした。

「いやいやいや、お坊ちゃまはやめてくれ」

「ですが学園長の先日の発言により、お坊ちゃまは近衛家に組み込まれていることが明らかになっています。そうなるとお坊ちゃまで間違いないかと」

「それでもだって。勘弁してくださいよ」

 そう言いながら、木乃香達に「後でな」と手を振って、雑踏に消えていくルークと刀子。

 行ってしまったルークに、ネギは「あ・・・・・・」と声を洩らして、残念そうにがっくりと肩を落とした。

 夕映と刹那と木乃香は用件が気になったが、すぐにデート内容の話に華を咲かせたのだった。










「兄貴、ルークの兄貴に何か聞きたい事があったんじゃないッスか?」

 朝のホームルームに向かう途中、カモはネギの肩の上で尋ねた。

 ネギとカモの間には微妙な空気が漂っている。それはカモがアスナの仮契約について、いわば裏切りとでも言うべき行動をしたからだ。

 主従という関係上、カモは許されざる行動をとった訳だがカモは後悔していない。そしてネギはアスナのその時の嬉しそうな笑顔を見て、だからこそ悟ってしまった。

 お互いに分かっているが、少しぎこちない。それが今の彼らだった。

「うん・・・・・・」

 ネギはルークに問い詰めたい事があった。

 それは先の戦いで知った、ルークが異世界人である事と、星と世界の人々を救った英雄という事の事実確認をしたかった。

 正直、ネギにとってルークという人物像は、自分が憧れを抱き想像していた父親とは真逆の位置にいる人物なのだ。

 真逆だからこそ同じ称号を得ていて、そして正に『偉大なる魔法使い』という人々の為に働く者達にとって最高の結果を残しているルークを信じられない。

 だがネギも馬鹿ではない。それが本当のことなのかは敵の言葉や刹那たちの反応で真実だと気づいていた。

 だがそれを認めたくないのだ。認めたら、父親とルークが同じ種の人間だということになってしまう。

 それはネギの勝ってな思い込みに他ならないが、彼にとって父親とは正に『絶対に正しい正義の存在』であり『自分の理想像』なのだ。

「後で良い機会があったら聞いてみるよ。のどかさんと一緒にがんばっていく事も伝えたいしね」

「―――! そうッスか! それは良いことッスね!」

「うん。のどかさんを僕は傷つけちゃったみたいだし・・・・・・それはもうやりたくないよ」

「のどか穣ちゃん、泣きそう、いや、泣いてたからなぁ・・・・・・」

「・・・・・・うん」

 カモはネギがのどかと共にがんばっていくと言った事が嬉しかった。そのあり方は正にパートナーの関係そのものなのだから。

 だからだろうか。

 この後に訪れる、ネギにとって最大の衝撃の事実が訪れることに、全く警戒していなかったのは。











 刀子と共に学園長室前にやってきたルーク。

 途中でティアとイオン、ミュウと合流してから4人で向かった。

「じいちゃん、入るぜ」

 一言断ってから扉を開けると、中には予想外の人物たちが集まっていた。

 近右衛門学園長、タカミチ、グラヒゲ先生こと神多羅木先生、瀬流彦先生、しずな先生、明石教授、肉まん先生など、主要な魔法教師。

 魔法生徒も高等部以上の高音といった者たちだけ。

 そして彼らに対するように向かい側に座っているのは、元気な姿になっているシンクと環といった少女たちだった。

 一見、20を超えた青年(シンク)が幼い中学生(環たち)を侍らせているハーレム作っているようにしか見えないのは、少し笑えた。

 もっとも、ルーク自身が同じような身であるが故、ドーンと落ち込むことになったのだが。

 そんな1人漫才をしているルークを訝しみながら正面の椅子に座るティアとイオン、そしていつの間にか背後にいたエヴァンジェリン。

 ルークもゴホンと一息吐いて、そして椅子に座った。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 シンクとルーク。2人の視線が絡み合う。しかしそれは当然だ。お互いに起きてる状態で会うのは修学旅行で戦った以来。

 ルークも助けたとはいえ、お互いに殺し合い、戦い、完全に敵同士だったのだ。

 ピリピリと張り詰めた空気が室内に充満し、学園長とタカミチのみが立っていられ、他の者たちは皆苦しそうに膝を付き、汗をだらだらと流した。

 刀子ですら苦しそうな表情なのだから、それがどれほどのものかは想像するに容易い。

 イオンは心配そうに両者を見つめ、ティアはシンクと少女たちを見定めている。また暦たちもハラハラしながらシンクを案じていた。

 学園長はルークを信用しているのか、それとも他に意図があるのか、ジッと様子を伺っている。

「・・・・・・アンタには、今回借りができたみたいだね」

「そうだな。聞いていると思うが、この地での好き勝手は許されない」

「・・・・・・まあ、仕方ないね。僕はアイツに負けた訳だし」

 ルークは眉を顰めて尋ねた。

「妙に素直に従うんだな」

「・・・・・・いろいろあってね。僕も疲れたんだ。だからしばらくはこの麻帆良の地で一般人と同じように暮らすことにしたんだ。そこのじいさんと話し合ってね」

「・・・・・・・・・・・・・・・そっか」

「そう・・・・・・」

「シンク、あなたも大変だったようですね」

 ティアとイオンもシンクの表情をみて納得した。彼の表情は何か憑き物が落ちたように攻撃的な刺々しさ、憎悪や怒りが無い。

 つまり、弱った原因となったバルバトスとの戦いは、彼にとってそれほど重要なものだったということだ。

 組織のあだ討ちなんかではない。彼が世界を恨んでいるのは彼の変わらない本質だった。それが世界を破壊する相手と戦うだろうか。

 否。だとすれば彼は本質を捻じ曲げて戦ったことになる。だとすれば、そこに二つの可能性がある。信念が変わったのか、あるいはそれ以上に優先される彼の生への目的ができたという可能性。

 どちらにしろ、彼は今とても弱っている。それも精神的に。

「ふん・・・・・・そんなことはどうだっていいさ。それより、あんたも学生してるみたいだね」

「ああ。中学生をな」

「あのルーク・フォン・ファブレがね。なかなか傑作だよ」

「るせーよ」

「メッシュティアリカ、イオン、あんたら一緒に住んでるってホント?」

「ええ、そうよ」

「はい。とても充実した日々を送ってます」

「ふ~~ん、あんた達も変わったもんだね」

「それは貴方に言われたくないわ。一番変わったのは貴方じゃないの? 昔のあなたなら彼女たちを傍には置かなかったでしょ?」

「・・・・・・まあね」

 剣呑とした空気から一転して世間話しに華を咲かせるティアたち。学園長も「フォッフォッフォ」とバルタン笑いをしながら嬉しそうに聞いている。

 明石教授や肉まんのような先生、刀子やグラヒゲ先生は安心した表情を浮かべていた。特に明石教授はルークたちのやり取りに関心した面持ちを浮かべていた。

   しかしそのやり取りは一部の教師たちには、どうでもいいふざけたやり取りにしか見えなかったらしい。

「どうでもいい話を何時までダラダラと続けるつもりだ? そんな話より、本当にお前たちはこの麻帆良で悪事を働かないんだろうな?」

「学園長! 彼らにも呪いや呪縛の魔法で拘束を掛けるべきです! でないと、どんな外道な手を使うか。ひょっとしたら一般人も巻き込んだりする可能性も」

 1人が声を発したら、次々と声を上げる。危険分子の敵である彼等を拘束すべきだと声を上げた。

 だがそれも当然だ。彼等は『完全なる世界』は悪の象徴として認知し、そしてあの『紅き翼』の敵対組織だったのだ。それも当然。

 また子供の頃から常識として周囲から『闇の福音は絶対の悪』として教えられ、教育されてきた。故に自由を認める訳にはいかない。

 そんな者達、特に前回攻撃された高音やガンドルフィーニの弾劾は強い。

 そんな者達をチラリと横目で見やって、シンクはフッと笑った。

「こちらの世界の魔法使いにまで、魔法界のじじい共の洗脳教育は及んでいるのか。大したものだね」

 シンクの言葉が不自然なくらいに室内に響いた。そしてそれは場を凍らせた。

 シンクの言葉に軽口で応えるルーク。

「ああ。魔法使いは偉大で高潔、魔法使いは選ばれた人間、魔法を使えない者が大半のこの世界を『旧世界』なんて呼ぶ、『選ばれた人間思想』、差別思想をあちこちにしこませるほどだからな」

「魔法を使える自分たちは偉大で強い、自分たちが“助けてやってる”、押し付け正義が偉大なる魔法使いなんだからね。笑っちゃうさ」

「まあ、そう言ってやるなよ。現在のそれがマギステル・マギの基準なんだからな。その煽りを喰らった被害者のタカミチもここにいるんだぞ?」

「ああ、高畑・T・タカミチか。そういえばそうだ。悪かったね」

「いや、いいんだよ。それにしてもズバズバ言い難いことをいうね、君たちは・・・・・・ハハハハ」

「なんで僕たちがジジイ共の顔色を伺わないといけないのさ」

 タカミチが苦笑して言うと、シンクは鼻で笑って肩を竦めた。

 少し空気が軽くなったのは確かだったが、それは彼等の間だけだった。むしろ大多数の間に怒りの空気が充満する。

 自分たちの理想、思想が真っ向から否定されたのだ。それも当然だった。

「なんたる侮辱! たかが悪党風情が『偉大なる魔法使い-マギステル・マギ-』を否定するとは!」

「マギステル・マギを目指す者として、もはや貴方たちは許しません! 覚悟なさい!」

 そして真っ先に攻撃態勢に入ったのは、やはり一番魔法使い気質が強い、ガンドルフィーニと高音だった。

 ガンドルフィーニは魔法銃を、高音は影の操影術を。

 拳銃を懐から取り出して構えようと、その動作を起こしたガンドルフィーニ。

 魔力を高めて操影術の発動手順を踏み、発動しようとした高音。

 周りの教師が、タカミチが、学園長が、刀子が、グラヒゲ先生が止めようとした瞬間だった。

「やれやれ・・・・・・ねぇ、ルーク・フォン・ファブレ、ヴァンパイア・エヴァンジェリン」

「何だ?」

「ん?」

「こいつらをちゃんと教育しときなよ、真の強者の前にはそこそこの実力なんか紙切れに等しいって」

 気づいたら、ガンドルフィーニはシンクに組み倒され頭を足で踏みつけられ、手を捻り上げられ。

 高音もルークによって地面に押さえつけられ、盛大に地面にキスをする羽目になった。

 2人とも腕と口を塞がれた為に何もできない。

 そして余りの彼等の移動速度、動作速度が早すぎた為、周りの教師たちも戦慄して動けない。

「あんたたちもさ、こっちは“何も”しない、一般人への危害は加えないって言ったんだよ? 流石に自衛の必要性があればこれくらいはするけどさ。それなのにあんた達から攻撃してきてどうするのさ。バカなんじゃないの?」

 シンクは高笑いしながら立ち上がり、席へと戻る。

 ガンドルフィーニは痛む腕を押さえながら立ち上がり、シンクを睨み付けた。それに従い、ルークも高音を開放し、席へと戻る。

 すると同じ年齢くらいの女子生徒が高音に駆け寄り、心配していた。しかし高音は怒りと屈辱でとても聞こえてなどいなかった。

 そんな2人に、いや全員に学園長が言う。

「な~に、そんなに心配せずとも大丈夫じゃ。真に強き者とは“そこら辺”も弁えてるものじゃしな。彼は強き悪ではあるが、悪党ではない。何より借りを作ったまま仇で返すことはせんじゃろう。プライドは高そうじゃからのぉ」

「ちっ・・・・・・このジジィ」

 図星を指されたからか、シンクは舌打ちして不愉快そうに席に座った。

「先生方の懸念も当然理解している。しかしのぉ、過剰な反応は正当性を見極める眼を狂わせることも事実じゃ。

 そして君たちは彼を知っておるのか? 彼の肩書きで決め付けて、彼がどんな人物なのかすら知りもしないで悪と断罪することは、わしとしてはそれこそ悪党じゃと思うがのぉ」

「「「―――――っ!」」」

 そんな学園長の言葉は、彼等も何か思うことがあったのだろう。俯いたまま何も言わなくなった。

 シンクはふ~んと関心した声を上げ、そして少し思案した素振りをみせて言った。

「ま、力を抑える拘束用の魔具なら付けてあげるよ。それが両方にとって妥当でしょ?」

「いいのかの?」

「ああ。だってこの学園でジイさんや高畑を含めて、僕を抑えられるのってルーク・フォン・ファブレだけじゃん。闇の福音は力を封印されてるらしいし。ジイさんは歳、タカハタは正直相手不足だし」

「たしかにのぉ・・・・・・」

「本当にハッキリいうね、キミは。ハハハ」

「確かにな。今の私では厳しい」

「学園長!? 高畑先生!?」

 信じられない、という表情の一同。それがどれほど学園長と高畑の実力を信じていたのだろう。

 まあ、エヴァについては封印という事実があるからさほど驚いてはいない。何せエヴァには封印状態の彼女になら勝てると思い込んでいるのが先生たちの現状なのだから。

 実際には、そうならない可能性が圧倒的に高いのだが。

 シンクの軽口に完全に絶句していた。そしてその様子が、シンクの強者の実力を知らない、という言葉の証明ということに繋がっていた。

「じゃあまた後で伺うとしようかの。その際に魔法具をつけてもらうことにするわい」

「ああ、わかった。僕たちはどこに住めばいい?」

「近くの森に、倉庫代わりにしていた一軒家があっての。そこを使ってくれて構わん。この数日で掃除をしておいたからのぉ」

「はいはい。了~~解」

「「「「「近衛翁、感謝致します」」」」」

「やれやれ。じゃあ近いうちに遊びにいくからさ、シンク」

「来なくて結構だ」

「そんな冷たくするなよな。折角同じところに住むんだ、仲良くしようぜ」

「殺すよ?」

「まあまあシンク、落ち着いて。このあとアイスでもいかがですか?」

「僕は子供じゃない!」

「・・・・・・私より3歳は年上でしょ? ってことは・・・・・・おじさん?」

「メシュティアリカ・・・・・・あんた、喧嘩売ってる?」

「シンクさんはこの中で一番年上になったですの! おじさんですの!」

「・・・・・・・・・・・・」

「な、なんだこの生物!? シンク様! 私、こんな生き物初めて見ました!」

「当たり前だよ。こんなのがあちこちにいてたまるか」

「それについては激しく同意だな。私もここまで奇怪な生き物がごろごろいられたら堪ったものじゃないぞ」

「へぇ。意見が合うね、エヴァンジェリン」

 仲良く(?)退出するルークたちを、学園長たちはニコニコと嬉し気に、そして多くの戸惑いと敵意が見送った。









 同時刻。

 場所は3-Aの教室にて、学園祭の出し物を何にするかでHRを使って話し合いをしていた。

 いつも通りに暴走が始まって、ゆうなと朝倉の両名、そしてハルナが暴走して何やらネギを巻き込んで裸族バーだのと言って騒いでいる。

 一方で、およそ3分の1の人数が集まって何やら話をしているのは、ルークに関わっているメンバーだ。

 そこに椎名や釘宮が加わったのは、ここ最近からであり、少し珍しそうにゆうなが見ていた。すぐに朝倉と暴走していたが。

 彼女たちがやっているのは、今後の方針と夕映の包帯を変える作業だ。

「とりあえず、亜子さんとアキラさんと美砂さんと一緒に私と基礎魔法の習得から始めましょう」

「うん」

「そうやな。お願いするわ」

「よっしゃ! やる気出てきた~!」

【ワー、皆さんやる気満々ですね】

 神妙に頷く亜子たちと、トクナガ人形の姿でパチパチと手を叩くさよ。

 そんな彼女たちの言葉を聴き、アスナが言った。

「じゃあ私は、刹那さんから剣術を学んで、ルークたちと一緒に夕映ちゃんがやったっていうサバイバル訓練ね」

「そうですね。私も未熟ながら指南させていただきます。それにサバイバルは実戦さながらだと聞きます。夕映さんの急成長もそれが要因でしょうし」

「ほんま、ゆえは短期間で強くなったもんなぁ。ウチも治癒術士としてもっと高めんとな。それに攻撃系の魔法も覚えないと」

「はぁ~~~、みんな何だかすごいなぁ」

「うんうん。がんばってるって感じ」

 釘宮と椎名が関心した声を上げた。

 すると、それまで近くでどうやってネギを支えていくかを話し合っていたのどかと楓や古が、話し合いを止めてやってきた。

 のどかが夕映に近づく。

「ゆえゆえ~、その包帯、そろそろ交換しないと」

「あ、そうですね。お願いするです」

「もちろんだよ~」

 夕映の包帯を変えるためにやって来たようだ。

 包帯を巻いているのは目を含めた頭部、両腕、両足、左肩。

 今変える場所は頭部と両腕だけだ。

 両腕の包帯を取り外すと、そこはうっすらと爪あとが残っている。よく目を凝らさないと見えないが。

 皆が夕映の両腕を覗き込み、そこに酷い痕が残っていなかったのでホッとした。

 やはり同じ女として、そして友として心配していたのだ。その中でも亜子の安堵の溜め息は人一倍大きい。

 夕映は自分の両腕を見て、傷が無いことに安心半分、残っていないことに複雑心が半分という状況だった。

「あとは・・・・・・顔だね」

 頭部の包帯をゆっくりと外すのどか。遠くでネギが奇抜な衣装に着替えさせられ襲われていたが、のどかたちは緊張でそれどころではなかった。

 顔は一番傷が残って欲しくない部位。親友として、自分のことよりも緊張しながら包帯を外した。

 ゴクリと息を呑む一同。

 包帯が頭部から落ち、目を覆っている場所も剥がれ、そして包帯がなくなった。

 傷は、なかった。

「よかった! 傷がな―――っ!?」

 おでこや頬に傷が残っていなかったので、ワッと喜びの声を上げた一同だったが・・・・・・。

 夕映が眼を開けた瞬間、一同が凍りついた。

 そこにあったのは、黒い眼と――――

「紅い・・・・・・目?」

 思わず絶句した。

 両目の色が違う人はほとんどいない。皆が黒い瞳だ。

 しかしアスナは蒼い瞳と緑の瞳であることを、皆は知っている。そしてそれは生まれつきという認識であり、それが当たり前のものとして認識していた。

 またネギも赤い瞳だ。しかし彼の瞳はどちらかといえば暗めの赤だ。

 だが夕映は違う。

 しかしこちらはほぼ真っ赤。明るすぎるほどの真紅の色。

 黒い瞳から紅い瞳へと変化したのだ。

 それは、明らかな『傷跡』であった。

 皆が気まずい表情を浮かべる中、夕映は手鏡を取り出して、自分の顔を覗き込み、そしてポツリと呟いた。

「これは・・・・・・やっぱり、アリエッタさんの・・・・・・」

 それは、喜びの声だった。

 そしてその声にピンと来たのが亜子である。彼女もハッとなって夕映を凝視していた。

 アリエッタ? と首を傾げたアスナたちだったが、慌てて夕映に言った。

「あ、あの、夕映ちゃん。確かに色は変わっちゃったけど、でも、でも」

 何て言っていいか分からないのだろう。アスナは口ごもりながら励まそうとする。

 刹那たち周囲も、気の毒そうにしていた。

 そんな彼女たちに夕映は笑いながら言う。

「いえ、気にしないで下さい。むしろこれは結果論ですが良かったですよ。これは私が努力した証ですからね」

「ゆえ・・・・・・」

「本当にそう思ってるですよ。だから気にしないでください。それよりも皆も、ルークとサバイバル修行を受けるなら覚悟した方がいいですよ?」

「え・・・・・・危ないの?」

 この中で真っ先に受けるアスナが頬を引きつらせながら聞く。

 夕映はコクリと頷いた。

「例えば昨日のバルバトス・ゲーティア」

 夕映から出てきた人物名にギクリと緊張する一同。それほど彼女たちはあの敵が苦手らしかった。

「あの人物の強さ、殺気濃度、それは果てしないくらいに大きく恐ろしかったです。しかしあくまで外見は人間です。対して修行で出てくる相手は人間じゃありません」

「なるほど・・・・・・」

「なるほど~、そういうことかー」

 夕映の説明に、刹那と木乃香は納得するように頷いた。

 しかしアスナたちには説明不足だったようで首を傾げるだけだ。さらに説明を重ねる夕映。

「人間相手は、会話もすればすぐさま飛び掛ってくることもない、頭脳戦という要素が入ることで戦いの感覚に時間があるんです」

「ふむふむ」

「しかしサバイバルは違います。相手は・・・・・・魔獣、モンスターです」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

「いつ、どこから、どうやって襲い掛かってくるのか分からず、そして来たら手加減なし、初っ端から全力での殺し合いです。」

 そこに話し合いの余地はなく、一切の手加減もない。生物の生き残りをかけた狩りだ。

 殺意による身が凍る思いをするのはバルバトスが圧倒的に上だが、生き残りをするという意味なら圧倒的にサバイバルの方が厳しい。

「簡単にいえば、野生のライオンの群れを相手にするのと、人を相手にすること、その違いです。バルバトスは魂や精神を潰される感じがして辛く、魔物は肉体が恐怖するのです」

「う・・・・・・なるほど・・・・・・あの筋肉ムキムキ男と戦うのは怖いけど、ライオンとかと戦うのはまた別の怖さがあるわね」

「っていうか、それって生き残るの無理じゃない?」

「ライオンとか、肉食獣が相手っていうのは怖いね」

 美砂が眉を顰めて唸り、アキラがポツリと口にする。

 バルバトスと直接戦った経験からアスナの言葉に一番重みがあり、さよをぎゅっと抱きしめて身を震わした。

「だから気をつけて下さい、アスナさん。準備はするに越したことはなく、きっと地面を這い蹲ったり、痛みで悲鳴も上がるし・・・・・・」

「上がるし?」

「・・・・・・・・・・・・・・・汚い話ですが・・・・・・前や後ろから、いろいろなモノを垂らす、いえ漏らすことになるです」


「漏らすって、えええええええ!?」


 全員が、いや、刹那を除いた全員が顔を赤らめて絶叫を上げた。

 脱がされてるネギが目を丸めてこちらを見たが、またも構ってる余裕などなかった。

「え、ちょ、いや、まって! いろいろ突っ込みたいけど、そんなこと言うってことはひょっとして夕映ちゃん!」

「・・・・・・ええ」

「え、だ、だって夕映ちゃんってルークのことが好きなんでしょ? それなのに、好きな人の前で?」

「仕方なかったです・・・・・・それにルークたちはそれくらいのことで嫌いになったりしませんでした」

 そう。

 実は夕映はすでに前も後ろも排泄済みだ。

 ルークたちの仲間に加わった当初、サンドワームやサイノッサスなどと戦った時、夕映は腹部に直撃の攻撃を喰らった。その際に堪えることなどできなかった。

 恐怖と激痛から盛大にやってしまった。

 戦闘が終わったルークやティアたちが駆け寄ってきたのを見て、夕映は死にたいと思うほど恥ずかしくなり、嫌われると怖くなった。

 しかしルークはそんな惨状の夕映の尻を抱えたのだ。お姫様抱っこやおんぶ。

 つまり自分の腕が汚れるのも厭わずに、そして全く嫌な顔をせずに抱き上げてくれたのだ。

 そして自分が、汚れるから、というとルークやティアは言った。

 だから何だ? と。

 共に共有するのが仲間なのだ、と。

 その時、改めて世界を駆け抜けた彼等の絆の深さを感じ取った夕映は、早く彼等の仲間に加わりたいと切に願うようになったのだった。

 その話をすると、アスナたちは関心したように何度も頷いていた。

「なるほど~~~。でもやっぱり、漏らすのは勘弁したいかも・・・・・・」

「ですからあらかじめトイレに行っとけばいいのです」

「おお! たしかに!」

「私はトイレが近い体質ですので・・・・・・はぁ」

「私も神鳴流を学ぶ者として、流石に夕映さんほどではありませんが、それなりにみっともない醜態を晒したことはあります。武を習い、極めようとする者なら誰もが通る道かと」

「そうでござるな。拙者にも覚えがあるでござるよ」

「ワタシもネ」

 刹那と長瀬、古はそれぞれ己の過去を思い出し、夕映の言葉に同意する。程度の差はあれ、彼女たちもまた地面を這い蹲って醜態を晒し、代償として力を手にしてきた娘たちであった。

 アスナたちは、人としてはいくらそれで嫌われなくとも、そこだけはやはり譲れないようだった。

 夕映の悩みは、正直いってジュースを常時携帯する癖をなくせばいいだけの話なのだが、なかなか難しいようだ。そしてそれでも彼女にとっては切実な問題らしい。

 そんな話をしているうちにHRは終わりを告げ、ルークが教室にやってきたところでこの話は切り上げとなった。

 ちなみに、結局ネギがクラスの出し物を決めてしまい、お化け屋敷をやることになった。







  


 放課後になった。

 シンクがこの麻帆良に住むことになったと皆に伝えると、当然ながら驚いていた。大丈夫なのかと心配する者もいた。

 アスナや美砂は正直、難色を示していた。しかしそれでもルークが大丈夫だというと渋々納得した。

 一方、ティアたちは学園長室退室後にすぐに別れたが、彼女たちは何やら用事があるということで、何やら資料を取りに戻って、再び学園長室を訪れていた。

 亜子や美砂、釘宮や椎名のバンドメンバーはエヴァの別荘に行き、練習に明け暮れるつもりだ。夕映と木乃香は図書館探検部の用事が。アキラは水泳。刹那は剣道部がある。

 皆それが終わり次第、別荘にくるつもりらしい。

 さて、そこで暇なのはルークだけな訳だが、この日は美術部のアスナも暇が出来て、しかもばったりと昇降口で会った為、2人で一緒に帰ることになった。しかも買い物などをしてから。

(これってデートってやつ!? うそ!? どうしたらいいの!?)

 人生で初、しかも心の準備をする前に成り行きでなったのだ。パニックになるのも仕方が無いというものだろう。

 しかも今朝、彼女は好きな人物の前で半裸になって胸元に抱きかかえていたのだから、彼女としては羞恥心もいっぱいだった。

 夕暮れの中で学生もちらほら見かけ、主婦が買い物をし、カップルと思しき人達が多くいる中、2人は歩いていた。

 もっとも、ティアといろいろな経験したルークは若干の余裕がある為に彼から話しかけていて、アスナが顔を真っ赤にしてどもりながら返す、という光景であった。

 あまりにもアスナが緊張しているので、微笑ましさを通り越して少し滑稽、可哀想な感じすら周囲は思ってしまう。ルークはそれを感じて、敢えてアスナに近づき、アスナの手を握った。

「ちょ・・・・・・! え、えと! あ、あの」

「落ち着けって。な? 俺たちは俺たち。変わらないんだから」

 ルークが優しい瞳で微笑むと、アスナはぴたりと動きを止め、じーっと十秒ほど見つめた。

 そして強張っていた口元が緩んで・・・・・・・・・・・・笑った。

「・・・・・・そうだよね! な~にらしくないことしてたんだろ、私!」

「いや、貴重な姿をみれて俺は嬉しかったけどさ」

「もう! ま、いいわ。行くわよ!」

「うぉ!!」

 その影響力はルークの力なのかもしれない。たったそれだけで緊張を解かせることができたのだから。

 それが、公爵家長男の、王位継承権第三位の人物の特質なのかもしれない。

 アスナはルークの腕を取って自分の腕を絡めていつもの調子で、だけど己の気持ちと微妙な関係をしっかりと主張するように周囲に見せ付けながら笑ってスーパーに入っていった。





 そんな彼女たちを見ていた者がいた。

「ア、アスナさん! アスナさんがあんなに大胆に!?」

「う、うわぁ・・・・・・あんなアスナ初めてみた」

「わたしもですぅ。はわわわわわわわ」

 委員長こと雪広あやかと鳴滝姉妹であった。

 彼女たちがルークとアスナを見かけたのは偶然だった。一緒に下校する2人を見つけて、なんとなく目線で追っていると突然手をつなぎだし、そして何かを話しかけて見詰め合ったと思ったらアスナから腕を組んだのだ(しかも胸をおしつけてた)。

 鳴滝姉妹もはわわわと大慌てし、あやかはポッと頬を染めて見ていた。ルークたちがスーパーに入っていくと、あやかは我に返って言った。

「こうしてはいられませんわ! 史伽さん、風香さん、行きますわよ!」

「がってん、委員長!」

「ええぇ!? 覗き見するの!?」

 あやかは大慌てでスーパー内に駆け出し、風香はニヤニヤにしながら付いていき、史伽は躊躇いながら慌てて付いていった。

 さて、ここで一つ風香は思い違いをしていた。彼女としてはからかったり、あやかは委員長が嫌いだと思っているため嫌がらせをするのだろうと思っていたのだ。

 しかしそれは間違いだった。

 例えば野菜を選んでいる時、ほぼひっつくほど接近したアスナがルークに見とれている時などは・・・・・・。

「そこですわ! ・・・・・・ああ、もう! なにやってるんですのアスナさん! そこでテレずにもうちょっと―――」

 などと言ったり。

 必要以上にアスナがルークの腕に絡み、完全に胸を押し付ける形になった時などは・・・・・・。

「ア、アスナさん!? 大丈夫なんですの!? そんなにして、傷ついたりする結果になんか・・・・・・ああ、もう! なんで私が心配なんでしてますの!?」

 などなど叫んだりしていた。

 本人としてはそれに気付いていないのか、それとも認めたくないだけなのか。史伽はそんな委員長に苦笑しながらもなんだか嬉しい気持ちが沸いてきたのだった。

 一方、風香は微妙な気持ちだった。彼女はルークが嫌いだからいい気分はしないのだろう。

 すると、ここで彼女たちでも予想だにしないことが起きた。

 何をどうしたらそうなるのか? そう問いたくなる現象が起こったのだ。

 それはアスナのいつもの突っ込みだったのだろう。何かルークがバカなことを言ってアスナが突っ込む。そんな流れだったはずだ。

 しかし場所が悪かった。魚関連の売り場で足元が濡れていたところでアスナのするどい拳がルークの腹部に入り、その瞬間足を滑らして体勢を崩して後ろにひっくりかえりそうになる。

「おわっ!」

「あ、危ない!」

 アスナが手を伸ばしルークの腕を掴んで引き寄せる。

 ルークが手をのばし何かに掴まろうとする。

 そして―――――――なぜか“ソレ”に掴まった。


 ―――フヨン


「「―――え゛」」


 見事にアスナの右の胸をわし掴みにしていた。

 それはもう、見事にオパーイを揉みしだいていた。

 物凄い光景に空気が凍る売り場。

 あやかは、史伽は、風香は次に訪れる光景が瞬時に想像できた。アスナのバカ力で宙に舞うルークを。

 ご愁傷さま、ザマアミロ、かわいそう、いろいろと思う面々に対して訪れたのは―――

「も、もう、恥ずかしいからやめてって言ったでしょ! それにそんな力で掴むと痛いんだから!」

「ス、スマン」

「「「は・・・・・・・・・・・・・・・?」」」

 痛そうに胸を抑えながらも頬を染めて抗議するアスナと、逆にアスナ以上にうろたえるルークという、異常な光景だった。

 凍りついたあやかたちを放ったまま、ルークとアスナは会計を済ませて出て行った。

 石像と化したあやかたちはその30分後、やっと石化から解けたと思ったらこう洩らしたという。

「・・・・・・アスナさん・・・・・・大人になったんですのね」

 と。

 合っているようで微妙にずれているあやかだった。












「うぅ・・・・・・むずかしい」

「難しいなぁ・・・・・・夕映すごいわ」

「むぅ」

 別荘内のプールサイドにて聞こえてきたのは亜子やアキラ、美砂など魔法の新規参入組みの面子だった。

 バンドの練習を5時間ほど行い、終わったら魔法の練習という、夕映・ネギの両名が組んだメニューをこなしていた。

 もちろんそう簡単にはいかず、夕映と同時期に練習を始めた亜子ですら成功率は低い。バンドがあったので練習に割ける時間が少なかったのが夕映との差が克明に出たのだが。

 ちなみに全員がこの別荘を使うのは、およそ3日間、つまり現実の3時間分だ。

 さすがに年齢のことが気になるということもあるし、勉強・魔法修行、一部はバンド練習というメニューをこなすと丁度3日間が区切りが良かったからだ。

 ちなみにバンド練習をしている亜子たちは、エヴァに頼んで防音結界を貼ってもらって練習している。皆には本番に聴いてもらいたいらしい。気になるんだけど、という顔をするルークやティアや木乃香たちは印象深かった。
 
 そしてネギとのどか、古と長瀬の4人が固まって修行を行っていた。

 主にネギは体術を2人から教わり、のどかは魔法と攻撃を避ける練習を。そして最後にネギと2人で組んでアーティファクトを使っての2対2の試合という感じだ。

 今までとはネギがのどかに向ける視線が違った。長瀬と古はそれを感じて安堵する。

 向ける信頼の目が違うのだ。

 何かあったんだろうなと察したが、口にするなんて野暮なことはしない。

 そんな感じで、各々が明確な目標をもって取り組んでいると、皆より1日遅れで別荘にルーク・ティア・イオン・アスナの4人がやってきた。

 夕映を呼んで奥の部屋に引っ込み、しばらくすると皆の前に出てきた。

 その姿は正に戦闘衣装のものだった。ルークやティア、イオンはオールドラントの時と同じ衣装。夕映はアリエッタの服装と同じ。そしてアスナ。

 彼女はなんと、アッシュの戦闘衣装――メタルアーマー――を着ていた。漆黒の面に赤いライン。大きな大剣を背に、少し恥ずかしそうにしながら肩にミュウを乗せてやってきたのだった。

「じゃあいつも通り行ってくるから。また明日会おうぜ?」

「う、うん・・・・・・」

「ククク・・・・・・せいぜい死なないようにな、神楽坂アスナ」

「不吉なこと言わないでよね、エヴァちゃん!」

 うがーっと怒るアスナ。隣に座っているチャチャゼロが「ケケケ」と笑っていて少し不気味だった。

 木乃香や刹那がアスナの衣装を見て似合ってる、と感想を言う中、やはり他の面々は少し面食らっていた。

 するとルークがのどかとネギを見て言った。

「お、2人ともがんばってるみたいだな」

「は、はい~。ル、ルーク君も~~~」

「おう、夕映やアスナのことは任せとけって。ばっちり守ってやっからさ。これ以上、夕映に肉体の欠損を増やさせないからな」

「うん、信頼してるから心配はしてないよ?」

 ルークの言葉に、のどかの胸に鈍い痛みが走った。

 それを誤魔化すように、自分は強くなった、強くなるのだと言いたげに笑った。

「そうか? 宮崎に信頼されたからには責任重大だな。アスナの初陣でもあるわけだし、気合入れていくか!」

「そうね、ルーク。私も全力でフォローするわ」

「僕も援護に回りましょう」

「ミュウはアスナさんの肩で、不意打ちを警戒するですの!」

「私はまだ自分のことで精一杯ですので、足を引っ張らないようにするです」

「お、お願いするわ。ううう・・・・・・緊張する~~~~って! そうだ! ちょっとお手洗いに行って来る!」

 慌ててトイレに走って行くアスナを、一同は昼間の件を思い出しながらアスナが不浄をしでかすことがないように祈った。

 無駄だろうけど・・・・・・と一言付け加えて。










 そしてトイレから戻ってきたアスナは、転送魔方陣に入る前に急に止まった。

 どうしたんだと尋ねてくるルークの声に次いで、皆の視線が自分に向くのを感じた。

 アスナは数秒だけ逡巡してグッと唇を噛み締め、頬を強張らせてルークへと振り返った。ルークを見て、ティアを見て、イオンを見て、夕映を見て、肩に乗るミュウを見た。

 ネギ・のどか・長瀬・古の視線が、エヴァ・茶々丸・チャチャゼロの視線が、木乃香・刹那・亜子・美砂・アキラ・釘宮・椎名の視線が集まった。

「あのね・・・・・・えっと、今だからこそ、今言わないといけない時だと思うから、言っとくね」

「? ああ」

「ええ。どうしたの、アスナちゃん」

「・・・・・・私、小学一年生の頃にこの麻帆良学園の初等部に引っ越してきたんだけど、それまでの記憶ってないの。
 これまで全く気にしないようにしてきたんだけど・・・・・・あのバルバトス・ゲーティアっていう肉ダルマが襲ってきて、ほんの少しだけど思い出したんだ」

 アスナの言葉に、イオンの表情が一瞬だけ強張ったのだが、誰も気付かなかった。

「そうなのか? 良かったじゃないか!」

「そうね。おめでとう」

「ううん・・・・・・思い出したのは良かったのか悪かったのか、分からない」

「?」

「・・・・・・何故か私は昔、ネギのお父さん、ナギたちと魔法界を旅してたみたい」

「え!?」

「!?」

 アスナの言葉にネギが反応し、エヴァが目を見開いた。

 しかしアスナはそんな面々を無視して、ルークとティアへ真剣な目を向けていた。ひどく緊張しているのか、唇が震えていた。

「イオンさんもいたみたいだし、ナギの他にもこのかのお父さんとかいろんな人がいたんだけど、なんでそこにいたのかは分からない。
 けど、一つだけ、ハッキリと分かったことがあるの」

 歯がカチカチと音を立てた。それは恐れからか恐怖からか。

 彼女の瞳が、涙で潤んでいた。

「・・・・・・・・・・・・」



「私は・・・普通の人間じゃないかもしれない。人間じゃないかもしれないよ?」



 彼女の放った言葉は、皆を凍りつかせるのに十分だった。

 突然の、なんら脈略のない、されど真実を帯びた辛い言葉に皆は息を呑んで凍りついた。

「私、普通の人じゃないのに、本当にあんたやティアさん、イオンさんの傍にいていいの?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ――――っ!!」

 何も言わずに自分を見つめるルークに、思わずアスナは叫んだ。

 これ以上期待をする前に、それが夢として終わってしまうなら、少しの夢が見れた今だけで、まだ傷が浅い内に終わって欲しいと。

 そんなアスナへ、ルークは泣き笑いのような表情を浮かべて言った。

「―――大丈夫。そんな理由で俺は、俺たちは嫌いになんかならないさ。神楽坂明日菜という人物はアスナだけだろ?」

「でもさ! 人じゃないかもしれないんだよ? 普通じゃないかもしれないんだよ? 気持ち悪いでしょ!?」

 アスナの言葉はとても悲痛で、皆は急な告白とその内容に戸惑いを隠せない。

 ただ、普通の人なんかではないかもしれない、という言葉が真実かもしれないとアスナの様子から感じていた。

 そしてルークのそんな言葉に驚き、亜子と夕映、エヴァは笑った。

「普通じゃないのは、何もお前だけじゃないってことだ」

「あたしだけじゃ・・・・・・ない?」

「・・・・・・そうだな。アスナが告白してくれたんだ。俺も見せよう」

 そう言って、アスナを抱き寄せて額を重ね合わせる。

 ルークが何かを呟くと共に魔方陣が展開され、そして彼と彼女は眠ったように動かなくなった。

「あれは、記憶体験する魔法・・・・・・」

 ネギがポツリと呟き、その声で皆が何をしたのか知った。

(そうだ、過去を見る魔法を使ったということは、僕が知りたかったことも今見れば分かるかもしれない)

 ネギはそう考え、相手の思考を覗き込むアーティファクトを持つのどかへ目を向けた。

「のどかさん! アーティファクトを出してください。僕たちも―――ガッ!」

 その瞬間、ネギは頬を殴られ吹き飛ばされていた。

 ごろごろと転がり、起き上がって初めてエヴァに殴られたと知った。

 ティアやイオンが哀れむような視線で見ていて、木乃香や刹那、亜子や夕映が自分を驚くほど冷たい目で見ていた。

「それで?」

「え・・・・・・」

「ルーク・フォン・ファブレ。聖なる焔の光、異界の英雄の過去を見て、お前は何がしたいのだ? 知ってソレが事実だとして、今度はその事実すら利用してお前の目的を達成しようとするか?」

「そ、そんなことは―――!」

「大した悪党っぷりじゃないか。流石は私に弟子入りしたこともある。だが“今”は許さん。今は神楽坂明日菜という1人の女と3億の首のルークとの不可侵の刻なのだからな」

 エヴァは金色に輝く瞳でネギに言う。

「最近の言葉ではこんな風にもいえるな―――――空気を読め、いや、空気を嫁?」

「ちょっと違うです」

 まさに空気がぶち壊しだった。

 夕映は突っ込みのスキルに磨きがかかった(笑)






 そして、2人の目が開いた。






「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・私に見せたのは・・・・・・あんたも私にもう一度選ばせる為?」

「・・・・・・ああ。そして本当に俺でいいのか、普通じゃないのはアスナだけじゃないことを教えるためだ」

 亜子と夕映は、アスナが泣くだろうなぁ~と予想した。自分たちは泣いたから。

 あの苛烈な運命。世界の命運を賭けた戦い。敵も味方も気持ちは間違っているとは思えず同情したから。皆が手を取り合えない現実に憤慨したから。

 しかしアスナは夕映たちの予想とは違う反応を示した。

 ルークの言葉にアスナは俯いて、そして顔を上げると、その表情は――――。

「えいっ――――!!」

「おわっ!」

「パートナーだよね? 私」

「ああ。もちろん!」

「ありがとう!! それから、よろしくねっ!!」

 ―――溢れんばかりの笑顔だった。






 こうして和気藹々としながらゲートを潜っていった後、一同は気を取り直して修行を再開した。

 木乃香や刹那はアスナの無事を祈ってエヴァに手合わせをしてもらい、ネギはのどかに支えられながらひたすら長瀬たちと実戦経験を積んだ。

 亜子たちもひたすら初等魔法の発現をがんばり、魔力の発動を自分なりに感覚を掴むために手を尽くした。

 そして丸一日経ったころ、ついに彼等は戻ってきた。

「お・・・・・・お、か・・・・・・え、り」

「おう。ただいま」

 その姿を見て、亜子たちはこう思ったそうな。

((((((((アスナ・・・・・・やっちゃったんだ))))))))

 ルークにお姫様抱っこで抱えられて戻ってきたアスナを見て、盛大に口が引きつった。

 ルークやティア、イオンは傷らしきものは見当たらずに汚れているだけ。

 夕映は盛大に汚れているし、青痣や傷が多々見受けられるが、慣れているのか平然とした様子だ。

 しかしアスナの格好はすごかった。

 傷の多さや青痣も夕映の2倍くらいの量で、服も血がにじんでいてあちこちが破れている。

 そしてお尻の部分は茶色のようなもので汚れていて、鎧がシミで汚れていた。

 お腹を抑えていることからそこを殴打されたようで、その時にやったのだと察せれる。

 一同がアスナを哀れむ中、奥の風呂場へと連れて行き、ティアとイオンが風呂に入れてやった。

 これが、アスナ初陣の惨状である。











 別荘から3日ぶりに戻ってきた自室にて、ルーク・ティア・イオン・ミュウ・アスナ・木乃香・刹那はご飯を食べた。

「はぁ・・・・・・ほんっっっとうに、恥ずかしい」

「気にする必要はないわよ、アスナちゃん。私も教官に鍛えられたときは、十分に晒したものだったから」

「えっと、リグレット教官、ですよね」

「そうよ」

「う~~~ん、確かに手加減とかしなさそうですもんね。綺麗な人でしたけど」

 ティアが作った晩御飯、グラタンやシチュー、海草サラダやほうれん草のソテーなど、美味しそうに食べながらしみじみと実感する。

 厳しさでいえばティアの方が圧倒的に上なのだろう。アスナはその点に関してはラッキーかも、と口にする。

「私も青山師匠にさんざんやられましたからね・・・・・・辛さは分かるつもりです」

「ウチはお父様やお母様やったし、醜態をさらすとかはなかったけど、その分肉体と精神の消耗が激しくて辛かったなぁ」

 なんだか苦労自慢大会になっているが、基本的にはいつもと変わらない。

 どんなに醜態をさらそうが、恥ずかしいことをしようが、仲間でありパートナーであるのだから。

 それを実感したアスナは、なんだか嬉しくなって食事後も写真を撮ったりミュウと遊んだりと絶好調だった。

 妙なハイテンションといっていいかもしれない。

 それ故に、浮ついた時こそ事故というものは起こりやすい。

「このか、刹那さん、お風呂入りにいかない?」

「大浴場にするん?」

「ううん、お風呂場でいいじゃん。この部屋のお風呂って少し大きめだし」

「そうですね。じゃあ行きましょうか」

 この時、アスナはこの発現をティアがいる時に言うべきだった。

 ティアは近くのコンビニにイオンとミュウとさよと共にアイスを買いに行っていて不在だった。

 アスナたちは服を脱ぎ、そして風呂に突入した。

 そこに――――風呂に浸かりながらヘッドホンで音楽を聴く、素っ裸のルークがいた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・よ、よう」

 当然ながら、見事に3人とも素っ裸だった。

 前も隠してない。

 先頭はアスナだった為、上から下まで完全に見えてしまっている。しかもパイ○ンだった。

「・・・・・・・・・・・・アワワワ」

「・・・・・・・・・・・・ハワワワワワ」

「・・・・・・・・・・・・な、ななな!?」

「・・・・・・・・・・・・け、けんこう系? みたいで、イイと思うぞ?」


「・・・・・・遺言はそれだけ?」


「いや、待て! これは不慮の事故っていうか、俺が入っていたことに気付けよ! それに今朝だって見たし―――っ!」


「・・・・・・それで、いつまで、どこを見てるの?」


「・・・・・・俺も思春期だからさ、仕方ないじゃん? あ、それとも一緒に入るか?」


 バキッ!!


 ―――赤い鼻血と共に、浴室が真っ赤に染まった。









「ん?」

「どうかしましたか? シンク様」

「・・・・・・ルーク・フォン・ファブレがなんか血の海に沈んだ気が」

「は?」




「ふぉ?」

「どうかしましたか、学園長」

「このかとルークが決定的瞬間に邂逅した気がしたのじゃが」

「??」




「ん?」

「どうかしましたか、ティア」

「・・・・・・ルークがまたえっちなことをしでかした気がしました」

「・・・・・・彼も男であり思春期ですから」

「そうですけどね・・・・・・」

【ふぇ? ルークさんが何かエッチなことでもやったんですか?】

「ええ、そうみたい。まったく・・・・・・あれだけ私にしたのに・・・・・・」

「ティア、声がもれてますよ」

「私じゃ満足できないのかしら? それとも毎日するべき? でも腰がまだ治ってないみたいだし」

【・・・・・・聞こえてないみたいですよ、イオンさん】

「・・・・・・ティアも灰色の青春時代でしたからね。仕方ありません」




 などなど、妙に勘のするどいメンバーが同時刻に言ってたことなど、ルークは知らなかった。












あとがき


喰われませんでした。彼女たちの純潔はまだ守られています。
徹底的にジラしますよ。
また、実戦というの現状の厳しさを今回は書きました。汚い話ですが、実際にはこれが普通らしいです。
気分を害した方がいらしたらごめんなさい。


今回は明日菜のデレっぷりと木乃香と刹那のおっぱいな話でした。
明日菜は素直に慣れない少女です。そんな性格です。
簡単に考えればツンデレといえなくはないですが、彼女は少し違うというのが私の解釈です。
ツンデレの定義とは、最初はひたすら怒るか無視する、つまり対象を恋愛の範疇外としていて、好きになったらとことん甘えるというのがツンデレです。
最近は少し意味合いが変わってきているみたいですが・・・・・・。
ツンデレ以外は認めない、という明日菜解釈の人はごめんなさい。ゼロ魔のルイズ的性格にはなりません。
では、今回の変態っぷりな話の締めとしてお約束のアレを。

( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!
( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!
( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!



つづく