力。

 それは、全てを蹂躙する力。


 力こそが全てであり、勝者が持つもの。


 どんな力でも、勝てば正義で負ければ悪。


 信じることが力だ、そう言った英雄がいた。


 愛する者を守る、それが力だと言った英雄がいた。


 愛などいらない、自分にはいらない、称号が全てだといった英雄がいた。


 しかしひょっとしたら、それは英雄よりも仲間たちに問われる命題なのかもしれない。










     第36章 この世界中の誰よりも<後編>

 









 ネギが私の唇へと近づいてくる。

 このままじゃ、マズイ。そう思ったけど、身体が動かなかった。

 状況の所為だけではない。きっと前々から思っていたルークのことが自分にストップをかけたからだと、後に振り返ってそう思った。

 正直、この瞬間は頭が真っ白になった。

(いや――――――――――――!!)









貴様が、ネギ・スプリングフィールドだな?











 ――――ギリギリで重ならなかった。

 突如響き渡った恐ろしいほどの暴力的な声にネギも私もカモも固まったのだ。

 ドン、という激しい音と共に上空から降ってきた光輝く『何か』。一点に集束して、そこに声の主が現れる。

 砂浜にいきなり出現した、身体中がムキムキの筋肉質の男。蒼い服を纏い肌が浅黒い。巨大な斧を片手に私たちを――――いや、ネギを睨みつけている。

 ううん、違う。睨んでるなんて生易しい表現だ。

 これは、もはや憎悪に等しい。そして獲物を見つけた肉食獣のように歓喜に震えた狂った笑み。

 ――――ヤバイ。

 私もカモも、そしてネギも、この男が誰とかいきなり何をとか、そんなことさえ考えずにただ本能が警鐘を鳴らした。

 ルークが怒った時もその殺気で恐怖に震えたものだが、この目の前の男は質が違う。

 この男から感じる殺気は、もはや暴力を尽くした嵐のようなものだ。

「貴様が、英雄の息子だな?」

 一歩一歩近づいてくるその男。

 ウザったいほど舌を巻きながら喋るその口調にムッとなるが、それでも恐怖は拭えない。

(な、な、なんなのコイツ・・・・・・こんなのって・・・・・・嘘でしょ・・・・・・)

 間違いなく、自分は――――。

 自分たちは――――――――。

(殺される――――――!! ・・・・・・あれ? ・・・・・・私、コイツを見たことが、あ、る?)

 そんな馬鹿な。

 いくら頭が悪い自分でも、こんな男に一度でも会ったことがあれば覚えていないはずはない。

 麻帆良学園都市とのどこかで会えば、こんな奴――――。

『麻帆良学園』?

 本当に、麻帆良学園だろうか―――?

 そもそも自分は麻帆良に来る前の記憶が――――――。




 ――――ズキン――――ズキン――――ズキン




『アスナって言うのか。良い名前だな』

『俺の名はナギ! ナギ・スプリングフィールド! 人呼んで、サウザンドマスター!!』

『初めまして、アスナちゃん。僕の名前はイオン。イオン・ダアトと申します。これから一緒に旅をするんですから、よろしくお願いしますね』

『おーい、アスナ! こっちに来てみろよ!』




 これ・・・・・・は・・・・・・。




『ふむ。アスナはやはり才能があるのぅ』

『やはりお師匠様もそう思いますか。この子はきっと素晴らしい従者になりえるでしょう』

『そんなことより、僕としてはアスナちゃんが幸せになってくれる方が嬉しいですね』

『そうだな。俺もそっちの方が安心だ』

『何だガトウ、お前は本当に父親のようだな!』

『うるさいぞラカン』

『ところでナギ。アリカ皇女はどこに行った?』

『あ? 知らねぇ』

『探して来い!!』




 この人たちを――――私、知ってる




『お前がナギ・スプリングフィールドだな?』

『アスナ、イオン! 下がってろ!!』

『ぶるぅぅあああああああああああああああああああああ!!』




 そうだ。

 詠春が日本に戻ってから数ヵ月後のあの日に―――こいつが来たんだ




『はぁ――――――――っはっはっはっは! 我が最強! 英雄などと言ってもこの俺には勝てぬわ!』

『くそっ、なんて化け物だ。このままじゃ・・・・・・』

『散れ、英雄共。この俺様の最強の道への生贄となれ』

『ナギ! ジャック! ガトウさん! タカミチ!』

『大丈夫ですよ、アスナちゃん。僕が皆を飛ばします・・・・・・もう会えなくなるかもしれませんが』

『・・・・・・え?』

『すいません、アスナちゃん。またいつか―――会えたら』

『ん? 貴様何を―――』

『どうして、イオンちゃん!』




 全滅する。そう思った時にイオンちゃんは私たちへ魔法を使ったのだ

 そして――――コイツは!!




「――――逃げるわよ! カモネギ!」

「え、アスナさん!?」

「がってん姐さん! って、カモネギ!?」

 ネギの襟首を掴み、全力で駆け出すアスナ。カモもアスナの肩に飛び乗って、男を警戒し注視している。

 反射で咸卦法を発動したアスナは、驚くべき速度でに逃走を図った。

 あの恐るべき男は余裕のつもりなのか歩いて追ってくる。

 好都合だ。

 全力でルークの元まで逃げてそれから――――。

(ダメよ! みんなを巻き込んじゃう!)

 そうだ。

 今日この場にいるのはルークたちだけじゃないのだ。何も知らないクラスメイトたちもいるのだ。

 もし皆がいるところに逃げて、あいつがやってきたら?

 もしこの所為で皆が巻き込まれて、誰かが死んでしまったら?

 考えたくない可能性にいきつき、思わず足が止まった。

 ならば、やることは1つ。

 ネギも同じことに気付いたのか、顔を青褪めながらもアスナに視線で訴えていた。

(私とネギで、アイツを倒す――――!!)

 それは、無謀だと分かっていても、それしか思いつかなかった。







 とある男が襲来し、ネギとアスナたちが襲撃を受ける中、ルークは一泳ぎ終えてコテージに戻ってきていた。

(あまり体力を消費する訳にはいかないからな! 今日の夜も・・・・・・うっしゃ! がんばるぞ!)

 ・・・・・・何を考えているのか、それは分からない。

 ちなみに腰が痛いのに、海で無理に泳いだりしたので余計に悪化し、腰をトントンと抑えてるのは滑稽だった。

 窓を開けてテラスに出ると、遠くからクラスメイトの声が聞こえる。バーベキューの準備をしているのだろう。

 ギターの音も聞こえる。亜子たちもがんばってるのだろう。

 ティアたちはどこに行ったんだろうか、そんな事を考えていたルークであったが、いきなり島全体を包み込む強烈な気を感じた。

 遠くかららしいが、ここまで届く濃密な殺気。

 凄まじい魔力の高さ。

 そしてネギの魔力も感じる。

 これは・・・・・・。

「敵か!」

 ルークはフォニックブレードを道具袋から取り出して、腰に袋を引っ掛ける。そのまま慌てて外に出ると、ティアとイオンとミュウ、長瀬や龍宮や刹那といった面々もきていた。

「ルーク! 敵が来たの!?」

「ああ。ネギが戦ってるみたいだが・・・・・・この殺気や魔力濃度・・・・・・めちゃくちゃ強いぞ」

「急ぎましょう!」

「急ぐでござるよ」

 一同が頷き、全力で走り出した。

 イオンの顔色が悪いのが気になったが、瞳が濁ってないので戦う意思はあると
 林を駆け抜けぬけながらも伝わってくる、強烈な戦闘意欲と殺意。

 ルークやティアにとってはヴァン以来となる、ここまでの強者との戦い。

 実は刹那たちはこの敵とは戦いたくなかった。あまりにも殺意が濃すぎて生き物としての本能から戦いたくなかった。

 だがルークが先行していることや仲間がいることから彼女たちも退かない。


 ルーク・フォン・ファブレの誤算はこの相手の情報を知らなかったことだ。

 この敵がシンクを負けた相手だということを知らない。

 この敵が平行世界の英雄たちと戦い、葬って来たことを知らない。
 

 ルーク・フォン・ファブレの最大の誤算は――――

 自分がティアとの×××の所為で腰痛状態だということをすっかり忘れていたことかもしれない。










「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!」

 突如襲い掛かってきた男に対してネギは呪文詠唱を行いながらネギは敵の懐に飛び込む。

 突き出した肘に男はあっさりと掴み、ネギを放り投げる。

「来れ雷精、風の精!! 雷を纏いて吹きすさべ南洋の――――― 」

「魔法なんか使ってんじゃねぇえええええええ!」

 男の強烈な咆哮と共に、強烈な回し蹴りが簡単に魔法障壁を突き破ってネギの腹部を蹴り上げた。

 魔法障壁を足止めにも、速度の減少にすらならなかった事にネギは目を見開き、胃液を吐き出した。

「このおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」

 飛び上がって男の顔に蹴りを入れるアスナ。咸卦法で強度を上げた蹴りは岩すら砕く強烈な蹴りであり、直撃したことにアスナはやったと喜ぶ。

 しかし。

「何かしたか、小娘」

 男には全く効いていなかった。痣や汚れすら付いていなかった。

「そんな―――っ」

「ザコは消えうせろ!!」

「アスナさん!」

 振り上げた斧にアスナは全力で逃走に力を注ぎ、地面に転がりながらネギを抱えた。

 砂煙を上げながら転がり、地面を掴むことで何とか停止する。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「ア、アスナさん・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ」

「やばいッスよ姐さん、兄貴」

 男からの威圧感。

 それと相対しているだけで体力はどんどん削られていく。

 ましてや戦闘経験が乏しいネギやアスナではそれは加速する。

 男はゆっくりとネギたちへ振り返り、まるでゴミでも見るかのような瞳でネギに言った。

「貴様・・・・・・それでも英雄の息子か?」

「え・・・・・・?」

「その程度の力で英雄の子を名乗っているのかと聞いている」

 男は鼻を鳴らして呆れたように行う。

「英雄とは圧倒的な力の権化だ! そしてその英雄の子も然り! 力なき英雄など屑も同然! そのような塵は生きている価値など無し!」

「な――――っ!?」

「ナギ・スプリングフィールドはとても楽しめた。英雄として相応しい力を持っていた。この俺様の乾きを満たす最高の獲物だった!」

「と、父さんが!?」

「だが、そんな奴も俺様より弱かった。途中で逃走した腰抜けだった。魔法界にも強者は多かったが所詮はザコばかり・・・・・・貴様の存在を知り来てみれば、貴様は話しにならないくらいの弱者」

「父さんは腰抜けなんかじゃない!」

「そんなことはどうだっていいのだ。奴は俺を殺せなかった、それだけで十分。この俺の礎となった」

 男は雄叫びを上げるように高笑いをし、ギロリと睨む。

 斧が巨大化し、黒い黒煙を上げる。

「去らばだ、英雄の息子よ。我が名はバルバトス・ゲーティア・・・・・・最強の男だ」

 殺される――――アスナは悟った。

 だけど、その瞬間に過ぎった。

 燃える焔の色をした人が。



 いやだ。


 まだ私は何も果たせてないのだから。


 まだ私は、女として何も楽しんでないんだから。



 だからだろうか。咄嗟にアスナはネギを全力で海へと放り投げ、男の懐へと飛び込む。

「なに!?」

 その行動はバルバトスにとっても不測の出来事だった。

 振り下ろした斧、その根っこに飛び込んできた女は、両手を頭上で交差させて腕を受け止めたのだ。

 ズシンという衝撃共に魔力で包んだ黒煙が消し飛ばされ、通常の斧の状態へと強制的に戻される。

「でりゃああああああああああああ!」

 爆発的に膨れ上がる、アスナの気の力。

 裂帛の気合と共に突き出された拳はバルバトスの腹部を殴りつけた。

「ぐぬぅ!」

 僅かに後退する男。確かに今の一撃は効いている!

 アスナはそれを好機だと感じたのか、更なる追撃をかけた。

 しかし男・バルバトスも歴戦の兵。大したダメージもないようですぐに武器を振りかざし、アスナへと振り下ろす。

 アスナは類稀な運動能力でギリギリの回避に成功すると、再び上段蹴りを放った。

(何だこの女・・・・・・魔力強化ができぬ・・・・・・この女の所為か!?)

 バルバトスは魔力強化ができなかった。

 アスナが身体に触れた瞬間、強制的に体内に通わせた魔力が霧散してしまうのだ。

 打撃はどうってことがない威力。しかし強化ができないのは予想外。

 視界の片隅で体勢を立て直したネギが呪文詠唱している光景が目に入った。

 バルバトスの歯がギシリと擦れる。

 魔法なぞ認めない。複数でかかってくるのなら、魔法なんか使うのは無粋。

 よって―――魔力なんか使えなくても。

「魔法なんか――――使ってんじゃねぇえええええええええザコがああああああああ!!」

 爆発した怒りは、バルバトスから全方位に放射させ、瞬間的に気と魔力の練り上げによって大爆発を起こした。

「か・・・・・・はっ・・・・・・」

「―――っあ!」

 至近距離で直撃したアスナは、半分は威力を軽減したものの吹き飛ばされて転がった。

 ネギもその攻撃に身を焼かれ、倒れこむ。

「ふん。調子にのりおって・・・・・・だがこれで最後だ」

 ジェノサイドブレイバー。

 恐るべき威力を誇るその技を直撃したアスナは気を失ってしまい、ネギも少し離れていたとはいえ爆発に巻き込まれたので立ち上がれずに蹲っている。

「ア、アスナさん・・・・・・逃げて・・・・・・!」

「くっ・・・・・・ルークの兄貴に、姐さんを無事届けないといけねぇーのに―――っ」

 ネギとカモが必死にアスナを助けようとするが、身体が言う事を効かない。

 バルバトスはゆっくりと歩み寄り、斧を振り上げる。

「アスナさん―――――――っ!!」

(ルークの兄貴!! すまねぇ!!)

 カモが己の失策に歯噛みして心の中で謝罪する。

 巨大な斧がアスナの首めがけて振り下ろされて――――。








 ――――・・・・・・・・・・・・








「危ねぇ~~~~~。危機一髪だったなぁ」







「・・・・・・貴様」






 刃は砂浜にめり込み、アスナの遺体はそこになかった。

 彼女はルークに片手で抱きかかえられていた。







「お前、ひょっとしてバルバトスとかいう奴か?」

「そういうお前は・・・・・・その焔の髪。現在の魔法界における最高賞金首ルーク・フォン・ファブレか」

「なるほどな・・・・・・英雄の息子ネギ・スプリングフィールドを殺しにきたのか」

「ル、ルークさん」

 少し離れた木の上に、ルークはいた。

 周囲にもティア、イオン、ミュウ、桜咲、長瀬、龍宮がそれぞれ武器を構えて睨みつけている。

 アスナは気を失っているようで、ルークの左腕に抱えられながらぐったりしていた。

 アスナが殺されなかったことにネギはホッとし、カモは心底安堵の表情を浮かべている。

 ルークは瞬動術でアスナを遠くの木々に横たえ、フォニックブレードを片手にバルバトスと対峙する。

 この時、地面に置いた衝撃で、アスナはゆっくりと目を覚ました。

 ルークの背後にはティアと長瀬が付き、ルークの隣に刹那がやってくる。

 バルバトスは大斧を肩に担ぎなおし、不敵な笑みを浮かべて言った。

「貴様のことは『あの女』から聞いているぞ、異界の人間よ」

「あの女?」

 事情を知る者以外のネギたちが、異界の人間という言葉に反応し、その言葉にまさかという驚きを覚える。

「貴様は星を救った英雄らしいな? いいぞ、貴様のような英雄を待っていた」

「俺が英雄? ・・・・・・・・・ハッ! ばかばかしい」

「あの女は言っていたぞ? 人類滅亡の危機を救ったのが、ルーク・フォン・ファブレという聖なる焔の光と称された皇子だと」

「・・・・・・・・・・・・(その女、まさかオールドラントにいたことがある人物か?)」

「嬉しいぞ・・・・・・まずは魔法世界の英雄の息子を血祭りに上げてから、最後にメインディッシュの貴様と決めていたんだが・・・・・・些かそのガキは味気なかったんでな」

 徐々に、お互いの気が高まっていく。

 もう既に戦闘は始まっていた。

「世界を救った英雄などともてはやされている奴を殺し、この俺が最強の称号を得る・・・・・・キサマはその踏み台となれ」

「キサマ・・・・・・」

「戦闘狂ね」

 尋常じゃない相手を前に震えていた刹那だったが、今は怒りを露わにして夕凪を構える。

 ティアも銃を構え、魔力を練り上げる。

 バルバトスはティアに視線を向け、口元を歪めた。

「ほう・・・・・・始祖の末裔である女か。キサマのことも聞いているぞ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「キサマも俺の獲物だ・・・・・・死んでもらう」

「させるかぁ!!」

 その言葉が皮切りだった。

 彼等の・・・・・・いや、表の世界の命運をかけた戦い幕が、切って落とされた。






 まず先に落とされたのは意外にも実力者の龍宮だった。

 龍宮は木の上から葉に隠れての狙撃。

 眉間目掛けての貫通性に優れた特別製の銃弾だった。それにも関わらず銃弾はバルバトスに直撃する前に彼を覆う気の障壁に阻まれて掠りもしなかった。

 龍宮が目を見開いて驚いた時、バルバトスは龍宮の方へ向き強烈な怒りと殺気を飛ばしたのだ。

「こそこそと隠れてんじゃねぇえええええええええ!」

 バルバトスは持っていた大斧を投げ、信じられない速度で回天しながら飛んできた斧に、龍宮は回避行動はとれずにギリギリで銃身で受け止めた。

 更に予想外が起り、鉄製の銃は斧の威力で砕け散ったのだ。

(バカな!?)

 胸部に柄が直撃して苦しむ中、一瞬で目の前に回りこんだバルバトスは斧と一緒に龍宮を地面に叩き付けた。

「ガハッ―――――!!」

「龍宮殿!!」

「龍宮!!」

 武芸の縮地法、圧倒的な腕力、尋常じゃない気の量から龍宮は吐血して意識を失った。

 正に一瞬の出来事である。

「きさま!!」

「ふんっ!!」

 飛び掛った刹那の振り下ろしにバルバトスは簡単に受け止めて弾き返す。

 その瞬間、横からルークが飛び込んで来た。

「閃光墜刃牙!」

 文字通りの閃光の速度を誇る一撃に対し、バルバトスは刹那を押し返して尚且つ受け止めるという荒業をこなした。

 刃同士が擦れ合い、激しい火花が散った。

 さらに背後から長瀬が鎖鎌を投擲し、鎖がバルバトスの腕を絡め取る。

「もらったでござる!!」

「終わりだ! 神鳴流奥義! 斬―――」


「こざかしい! ジェノサイドブレイバー!!」


(ヤバイ――――!!)

 ノーモーションからの全周囲への爆破に身を焼かれる刹那と長瀬。

 それはアスナたちがやられた同じ攻撃で、鎖によって肉体と間接的に繋がっていた長瀬は闇属性のエネルギーを直接流し込まれ、肉体が痙攣してしまう。

 刹那自身も吹き飛ばされて地面を転がり、蹲っていた。

「ほぅ・・・・・・さすがは英雄。この俺の攻撃を直撃してノーダメージか」

「危なかったがな」

 そう。

 刃先にはまだルークが平然とした姿で立っていた。

 ルークは第2超振動の咄嗟の展開で無効化したのだ。本当なら辺り一帯に展開することで刹那たちも助けたかったが間に合わなかった。

「業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ!」

「また魔法か!!」

「いや、お前も魔法使ってるじゃねぇか! 秋沙雨!!」

 ルークの背後で上級譜術使用の為に魔法力を高めていたティアの詠唱を聞き、バルバトスは再び憤怒に顔を染める。

 しかしルークの最もな突っ込みと共に魔力の練り上げと開放の手間をさせない為に繰り出された、無数の連続突きでバルバトスは受け止めるだけで手一杯。

 そしてここに、火属性上級譜術が完成した。

「イグニートプリズン!」

 灼熱の豪火が吹き上がり、バルバトスを炎で囲んで焼き尽くした。

「・・・・・・やったか?」

 ふらつく体を起こして長瀬を介抱しようとしていた刹那は、ティアが全力で放ったその魔法に感嘆の声を上げつつ言葉を漏らした。

 イオンは内臓がマズイことになっている龍宮に回復魔法を唱えている。だがやはり戦況が気になるようだ。

(やったの? でもやっぱり、ルークはすごい・・・・・・強い)

 痛む身体を抑えて見守っていたアスナは、彼等の実力に寂しさを感じていた。

 やはり、自分など役に立たない。

 こんな時に喜びと寂しさを感じてる自分にアスナは心底嫌気が差していた。

 だが、戦いは終わっていない。

「・・・・・・なかなか効いたぞ、今のは」

 炎の中から出てきたのは、少し肉体が焦げているバルバトス。

 斧がこれまでの大きさ――およそ1メートル弱――から3倍の長さに巨大化し、黒い炎を吹き上がらせていた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 今ので終わると思ってなかったルークとティアは、サッと構えた。

 現在に残っている戦力は、ルークとティアのみ。

 イオンは回復に回っている為に加われない。

 麻帆良学園都市でも有数の実力を誇る龍宮や長瀬たちであったが、しかし真の強者の前にはあまりにも無力であった。

 そしてネギ。

 彼はダメージは勿論だが、それよりも精神的なダメージが大きく動けない。

 これまでの話しが然り。父のこと然り。ルークが英雄であるという事実しかり。

 あらゆる意味で、彼は今は使い物にならなかった。

 そして、バルバトス・ゲーティア。

 彼の真の力が今、開放される。

 全てを壊す力が。

 英雄を狙う憎悪が。

「さあ、最高の殺し合いをやろうじゃないか。英雄の殺し合いを!」







「お願いします。なんとか皆をあちらに来させないように足止めしてください」

 一方、バーベキューの準備をしていたクラス一同だったが、夕映と木乃香は魔力の波動を感じて亜子たちにお願いをしていた。

 とにかくコテージ側にクラスメイトを釘付けにしておいて欲しいこと。

 戦闘により何かがこちらから見えたとしても、何がなんでも近づけさせないようにして欲しいことなど。

 古菲は龍宮から最初から頼まれていたようで、意外にもクラスメイトの気を引くことに集中していた。

「わかった。夕映はどうするの?」

「ルークたちの救援に向かうです。これでもルークのパーティーですから」

「ゆえ、ウチもいくえ」

「わかりました。一緒に行きましょう」

「ゆえ・・・・・・」

 のどかは夕映の言葉に不安を覚えてしまう。

 自分も行くと言ったが、夕映が止めた方が良いと言ったのだ。

「のどか・・・・・・どうしても行きたいのなら、死を覚悟するです。どうもこの感じ・・・・・・敵は只者じゃないですよ」

「・・・・・・・・・う、うん」

「夕映、このか、気をつけてね。こっちは何とかするから」

 亜子が夕映に言うと、コクンと頷いて駆け出す。

「コスチュームチェンジ!」

 瞬間、私服から戦闘衣装へ。妖獣のアリエッタの衣装へと変化する。

 そして2人は魔力を通して圧倒的な速度を出して消えていった。

 古菲はそんな夕映を見て、感心していた。

「驚いたヨ・・・・・・夕映吉はいつのまにあんなに強くなたアルか?」

「そ、そうなの?」

 のどかはその言葉にびっくりして聞いた。

 そして親友のその状況が、ひどく羨ましかった。

「強い・・・・・・武力ではワタシが勝つアルが・・・・・・夕映の土俵で戦ったら、たぶん負けるね」

「「「「「!?」」」」」

「夕映はがんばったから」

 釘宮や桜子を筆頭にめちゃくちゃ驚く一方、亜子は嬉しそうに肯定した。

 その声は、すこしだけ羨ましそうだった。








 戦いは苛烈を極めた。

 ナギ・スプリングフィールドたちが負けた理由は手数にある。魔法に頼り、詠唱をしなくてはならない彼等の手数は必然的にルークより手数が少ない。

 人数が多い故に手数を繰り出せない。

 しかし1対2となれば話しは別だった。

 ひたすら目の前の敵と打ち合い、削りあう。

「獅子戦孔!!」

「豪炎斬!!」

 闇の炎を纏った斬撃は裂帛の衝撃で吹き飛ぶ。しかしそれでも削りきれずにルークの肌を焼いた。

 横から剣閃。それを背面飛びで交わしたルークは回転して頭部へ斬り付ける。

 同時にティアから放たれた魔弾は炎によって妨害される。

「飛燕瞬連斬!」

「ぶるぅあああああああああああ!」

 瞬足の高速斬りは、バルバトスの一振りの一撃で弾き飛ばされる。

 体勢が崩れた瞬間をバルバトスは見逃さずにルークの足を掴んだ。

「うお!?」

「裂砕断!!」

 後ろの地面へと叩きつけ、さらに前へと一撃、トドメに背後への一撃と連続の地面へ叩き付けた。

 あまりの衝撃に息が詰まるが、ルークは腕を蹴り上げて脱出し、バク転で少し距離を取る。

「集え! 第七音素よ! 煌け!」

 最大魔力の集束。

 ルークの身体黄金に輝き、辺りに嵐が吹き荒れる。

「オーバーリミッツ!!」

 一瞬の閃光の後、眩い光が収まり、全身に光を纏った状態となった。

「いくぜっ!」

 勝負はこれから、そうルークは思った。

 その瞬間だった。

 ついに――――その症状は出た。



 グキッ――――――。



「へっ?」

 戦場に、小さいが確かな、奇妙な音が響き渡った。

 マヌケな声を上げたのは刹那。

 目をパチクリとさせるイオン。

 音の発生地は、ルーク・フォン・ファブレ。

 彼は腰を抑えながら蹲っていた。

「ちょ、ルーク!?」

 瞬動術で一瞬で駆け寄り、再び戻る。心配そうに顔を覗き込んだ。

 するとルークは顔を顰めながら呻いた。

「腰が・・・・・・痛ヒ」

「・・・・・・へ?」

 その言葉に、あのバルバトスですら硬直して呆気に取られていた。

 アスナも目を丸くしていて、何が起こったのか訳分からないようだ。

「な、ど、どうして急に!?」

「ま、まさかルーク・・・・・・」

 イオンは何が起ったか察した。微妙に冷や汗を流している。

 ポツリポツリと語られる事実。

 それは―――



「昨日・・・・・・ティアとあれを・・・・・・やりすぎた・・・・・・所為で・・・・・・腰が・・・・・・」



 全員がポカ―――――ンとなった。



 あのエロカモですら、ポカーンとしている。



「「アホ―――――――――!!」」

 刹那とアスナのダブル口撃が横から飛んできた。

「・・・・・・スイマセン(汗)」

「実は私もさっきから動きにくいのよね・・・・・・腰に違和感がある所為で」

「ティアさんも!! 少しは自重してください!」

「ご、ごめんなさい」

「いや、シャレになってないわよ!?」

 アスナの突っ込みに、全員がコクコクと頷いた。

 硬直していたバルバトスも口端をひくひくさせながら、んんっ、と咳をして間を取る。

 刹那は痛む体を忘れてルークに突っ込みを入れていた。

「ルーク! 貴方は何をしているのです!」

「す、すまん。つーか、あまり怒鳴らないで・・・・・・腰に響く!」

「いいなぁ、羨ましいなあ、って思ったうちはアホやん? そんなことをしすぎて戦闘に支障をきたすなんてアホやんルーク! って、やっぱり羨ましいと思うウチはアホなん!?」

「ちょ、刹那さん。暴走してる――――って、本音ダダ洩れよ? しかも京都弁になってる!」

「羨ましいです~~~~~! ってルークとウチのアホオオオオオオオオ!」

 ルークの襟を掴んでブンブンと振る刹那は激しく暴走していた。

 呆気に取られて放置されているバルバトスの背中から、微妙に哀愁が漂っていた。

(そういえば・・・・・・ディムロスとアトワイトも恋人同士で・・・・・・・・・・・・おのれぇぇディィィィムゥゥロスゥゥゥゥゥゥキサマアアアアアアア!!)

 ――――それは彼の悲しい青春時代の妄想メモリー。












「・・・・・・何をしてるです?」

 戦場にやってきた夕映と木乃香だったが、負傷しているのが大半で驚いた直後、場に流れる妙な雰囲気に首を傾げることになった。

 敵と思しきムキムキマッチョの男も、何だか頭を抱えて悶えてるし、ルークは刹那に振り回されて腰を抑えてるしで、訳が分からなかった。

 とりあえず状況を聞こうと近くにいたアスナに近寄ると、アスナが口元をヒクヒクさせて妙に怒りのオーラを振る巻きながら説明してくれた。

「ああ・・・・・・なるほど。そういうことですか」

「って、納得しちゃうの!?」

 夕映の言葉に思わず突っ込みを入れるアスナ。

「ええ、まあ。ルークらしいといえばらしいですし――――って、このかさん?」

「ええなぁ~~~~~~、うらやましいな~~~~~~~」

 木乃香がにこにこしながら言っているが、何だか少し怖い。

「ウチも積極的に動いて迫ろうっと。いつがええかなぁ」

 などと、ぶつぶつ呟きながらアスナに回復魔法クーラをかけて、動けない仲間の元に回復に行った。

 不穏な言葉がいくつか聞こえたが、彼女の場合は腹黒い性格ではなく天然だから尚更怖かった。

「さて。じゃあ私が前線に出るです。アスナさんはどうしますか?」

「え・・・・・・あ、危ないよ夕映ちゃん! あいつめちゃくちゃ強くて、ナギたちでも勝てなかった相手だし!」

「・・・・・・よく分からないですが、そんなことは関係ないですよ」

「関係ないって・・・・・・」

「強さ云々ではなく、私がルークのパーティーの一人であり、彼と共に在り続けると決めたから戦うだけです」

 夕映の言葉に衝撃を受けたかのように呆然とするアスナ。

 その瞬間、心の奥底で何かが動いた。

「アスナさん。私はルークの過去を知り、戦うと決めて、ルークと共にいると決めたです。これから先ずっと」

「夕映ちゃん・・・・・・」

「アスナさんはどうしたいですか? ルークのどこが好きなのですか? 本当に好きなのですか?」

「私は・・・・・・」

 俯いたアスナを置いて、夕映は歩き出した。

 気を取り直したバルバトスが斧を持ち直してルークたちを睨み、そして夕映に気付いた。

「ほう・・・・・・新手か」

「! 夕映!」

 ルークは痛む腰を抑えながら立ち上がる。刹那も我に返り、夕凪を構えなおした。

 ティアはルークを支えながらバルバトスを睨みつける。

「いい気になるな、です」

「何・・・・・・?」

「この戦闘メンバーに、イオン様と私が加わるのが、本来のパーティーです。いい気になるのは速いですよ」

「ほう・・・・・・」

 夕映の言葉にニヤリと笑うバルバトス。

 夕映はカードを手に取る。イオンがいないのは確かだが、イオンが参戦してないということは、彼女の魔力を吸い取っても問題ないということ。

 全力で戦う。ここ数日の修行の成果を発揮する時。

「いくですよ・・・・・・」

 そして、目を覚ました龍宮、未だに蹲っているネギ、参戦しようとして上手く立ち上がれない長瀬、泣きそうな表情のアスナは、視た。

 表の一般人だった、バカレンジャーリーダー綾瀬夕映の実力を。

 その真の力を。



「アデアット・・・・・サイノッサス!」



 出現したのは、ほどよい巨体の猪。鉄壁の守備力を誇り、力押しで戦うらしい敵には天敵。

 夕映はそのサイノッサスの上に座っていた。

「「なっ!?」」

「マジかよ!?」

「すごい・・・・・・夕映さん」

「かわええなぁ」

「夕映さん・・・・・・すごい」

 長瀬と龍宮とカモが驚愕の声を上げ、ネギが感嘆し、木乃香がぽわわ~んとした感想で、刹那が賞賛した。

 夕映はサイノッサスの背に跨り、呪文発動体の指輪をして杖を構えた。

「いくです!」

 サイノッサスはその巨体とは裏腹に意外と俊敏性が高い。

 突撃を仕掛けるとバルバトスは斧を振り上げた。古代龍樹を一撃で倒した攻撃には及ばないが、それでも数多のモンスターは一撃必殺。

 しかし夕映には仲間がいた。

「させるか! 雷鳴剣!」

「貫く閃光!《翔破!裂光閃!》」

 激しい雷がバルバトスに落ち、風を纏った強烈な突きが大斧と激突する。

 その瞬間、横からサイノッサスの巨体がバルバトスを殴り飛ばす。

「ぐお――――っ!」

 ダメージは僅かのようだがそれでも衝撃は逃しきれないようで、ズザザザザザと足跡が砂に刻まれる。

 サイノッサスは即座に後退。夕映はその隙に宙へと跳躍し、呪文詠唱に走った。

「来れ雷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)!!  雷を纏いて(クム・フルグラティオーネ) 吹きすさべ(フレット・テンペスタース) 南洋の嵐(アウストリーナ)」

 宙で反転して着地。

 その運動能力は、たった2週間で、されど命がけの実戦で身に着けた力。

 いくら身体能力を魔力で増強してても、その体移動はセンスに寄る。

 そして夕映は―――センスがあった。

「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!

 放たれた雷に対して全力で避けるルークと刹那。

 直線の雷はバルバトスに直撃した。

 片目を包帯で覆っているとは思えないほどの力だった。

 地面に着地すると、その場で再び呪文詠唱の開始した。呪文の集束は2人。ルークと刹那は雷の暴風を耐え切ったバルバトスに更に追撃をかけた。

「刹那!」

「ええ!」

 ルークと刹那の左右同時攻撃に対して、バルバトスは雷の暴風を片手で受け止めた所為で僅かに痺れる右手で斧を持ち、それを地面に叩きつけた。

 地面の砂が吹き上がり、バルバトスが砂塵につつまれる。

 ティアが紡ぐ。

「雷雲よ!我が刃となりて敵を貫け――――」

 夕映が紡ぐ。

「歪められし扉、今開かれん―――」

 それは、夕映の現状の力量なら使えない魔法。

 前ならば自分だけの魔力で唱えた魔法で、今はイオンから魔力を受け取れる。

 後は、自分の魔力とどこまで上手く混じらせて、身体の中から練り上げて、外に放出できるか。

 そこは、自分の力量にかかってくる。

 そしてこの修練で培った力でできるのは・・・・・・。


「サンダーブレード!!」
「ネガティブゲイト!!」


 雷の剣と闇のエネルギーの放流は砂塵を吹き飛ばした。

 砂塵が晴れた先にあるのは、腕から血を吹き出すバルバトスの姿。

 瞳には怒りが集まり、殺意よりも憎悪が目立っていた。

「貴様等ぁあああああああああああああ! また魔法かああああああ!」

「うるせえよ! 極大魔人剣!」

「神鳴流奥義! 斬空閃・改!」


「ジェノサイドブレイバー!!」


「ぐっ―――!!」

「「「きゃあ――――!」」」 

 魔人剣の気、飛ばされた神鳴流の気を跡形もなく吹き飛ばされた。

 その衝撃だけなら今までの中で最大級。ティアの意識が飛んでしまい倒れ、刹那とルークもダメージの蓄積の所為で倒れた(ついでに腰も崩壊)

 唯一立てるのが、一番距離が離れていて、尚且つサイノッサスが壁となってくれたお陰で威力が激減したジェノサイドブレイバーを喰らった夕映であった。

 それは、明らかに状況不利であった。










<神楽坂明日菜SIDE>


「ルーク! みんな!」

 ルークたちが敗れた。

 いや、まだ負けてはいない。だけどかなり状況不利なことは素人の私でも分かる。

 心のどこかでルークが負けることが信じられなかった。

 だってあいつは、あのエヴァちゃんの半分の額を誇る賞金首なのだ。3億の賞金首なのだ。

 負けないと思ってた。

 まだ全部は思い出せてないけど、なぜナギたちといたことがあるのかは覚えてないけど、そんなの身に覚えがないけど。

 ナギたちは負けたけれど、それでもルークが負けるとは思ってなかった。

 何故なら。




 アイツは出会った当初から優しくしてくれて、でも意外と横暴なところがあって。


 王子様オーラを発している癖に、たまにもの凄く寂しそうな表情をしていて。


 でも誰かに気を遣わせないように元気にしているところが悲しくて、何も出来ない自分が悔しくて。


 そんな状況に歯噛みしてたら何時の間にか気にする時間が増えていった。


 アイツはどんな時でも私たちクラスメイトの背を押してくれた。守ると誓ってくれた。


 そして誰もが彼に助けられてきた。


 私にはそれが、まるで懺悔とでもいうべき行為に見えたのだ。


 もちろん彼本来の優しさというのも分かってる。それは分かってるのだ。


 ただ私は。


 私は・・・・・・。


 私は、彼本来の笑顔が見たいのだ。


 心からの笑顔を浮かべた彼の傍で、みんなと笑いながら傍にいたいのだ。


 そして辛そうなルークは、されど何事もなく振舞える彼だからこそ、その強さに全幅の信頼を置いていたのだ。


 だから、彼が負けるなど信じられなかった。







 それが私の思い込みだったと、今知った。

 彼だって負ける。

 スーパーマンじゃない。タカハタ先生のように渋くない。

 エロばっかりやり過ぎた所為で腰を痛めることだってある・・・・・・・・・これは少しおかしいと思うが・・・・・・いや、なんかムカツクけど。

 アホなところだってある。

 夕映ちゃんのように、彼の役に立っている訳ではない。

 ううん・・・・・・違う。

 居場所がどうのとか、役に立つとかそんなことはどうでもいい。

 意味とかなんて、どうだっていい!

 だって。

 だって。

 私は――――――――っ!!







「カモ!! 仮契約の魔法陣を書きなさい!!」












 絶望感が溢れていた現場に、突如響き渡った1人の少女の声。

 それは、嫌な空気を全て吹き飛ばした。

 突如名前を呼ばれたカモだったが、一瞬だけビクりと振るえて真っ白になり、だけどアスナの目を見てすぐに悟った。

 先刻のネギへの仮契約の時。

 カモはアスナの為に契約を描いたつもりだった。もちろんネギの思考と判断が悲しくなったのも事実だ。

 けれどそれ以上に、ルークについて迷っているアスナを、一押しできればと思ったのだ。

 ネギと仮契約結んだとしても、ソレがきっかけで自分の気持ちを悟るだろう。

 ファーストキスについて問われれば、それは何も言えない。だけどそれは確実にアスナとルークの為になる、そう判断しての事だった。

 なんて自分勝手。だけどそれでいい。敢えて汚名を着よう。アスナとルークの為に。

 ・・・・・・5万オコジョドル×2回分ゲットできるとか、そういう計算は決してしていない!

「がってんでい!」

 カモが向かった先、それはネギではなくルークであった。

「カモ君!?」

 ネギが怪訝な声を上げた。ネギとしてはアスナは自分と仮契約すると思ったのだろう、先ほどの流れから。

 カモは腰を抑えて蹲っていたルークに近寄ると、一気に契約魔法陣を描いた。

 その時、夕映は一瞬だけアスナとカモとルークを一瞥し、口元を緩ませてバルバトスに突っ込んだ。

「うあああああああああああああああ!!」

「夕映さん!!」

「綾瀬!!」

「ゆえゆえ!」

「夕映殿!!」

 時間を稼ごうとしたイオン、木乃香、龍宮、長瀬は夕映の突撃に声を上げた。

 彼女たちはすぐに察した。夕映が契約の時間稼ぎをしようとしているのだと。

 そしてその突撃は魔獣を失った夕映には無謀だ、それを瞬間に理解した。

 だから、長瀬たちも身体にムチを打って立ち上がり、バルバトスに突撃したのだった。




 一方、立ち上がったアスナはルークの元に全力で駆け寄って来た。

 長瀬と龍宮が近接戦闘に勤め、夕映が近接~中距離で激しく戦っていた。夕映は回避に全力を注いでいて、その中でも魔力を溜めようと懸命に努力をしている。

 イオンも中距離から魔法の攻撃に参加していて、木乃香は刹那の元に駆け寄り、回復させていた。刹那が復活すれば更に攻撃に幅ができると踏んだのだろう。

 彼等の獅子奮迅の戦いにアスナは感謝して、腰を抑えながらも必死に立とうとしているルークを抱え起こした。

「カモ! もういい!?」

「いつでもOKだぜ、姐さん!」

「ア、アスナ? 何を・・・・・・」

 どうやらアスナの声をルークは聞いてなかったようだ。

 実のところ、彼のダメージは深かった。腰の所為で動きはいつもより3割も鈍く、第2超振動の使用。ジェノサイドブレイバーの直撃。

 それは彼でも甚大なダメージに他ならず、意識を失いかけていたのだ。

 そんな中、無理矢理身体を起こされたことで、ようやくアスナに気付き、何をするのかと問う。

「ルーク!」

「おう・・・・・・どうした・・・・・・」

「私、アンタが好きよ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「だから、アンタが好きだって言ったの! 悪い!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」

「だから! アンタのパートナーになるから! アンタが嫌がっても傍にいるから!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「まぁ、ちょっとくらいえっちぃことだって、まあ、うん。仕方ないか」

「マテ」

「いいわね!? って、何を言わすのよ!」

「俺の所為か!? っていうか、お前はそれで――――」

「うるさあああああああああい! ―――――――んっ!」

「んぐっ!?」

 色気もへったくれもロマンスもない、いつも通りの彼等のやりとりで。

 彼と彼女にはいろいろと紆余曲折あり。

 最初はアスナが嫌いだったルークも、何時の間にかお気に入りなった彼女と。

 ついに2人は・・・・・・・・・・・・

 ルーク・フォン・ファブレと神楽坂明日菜は仮契約を結んだ。

「やったぜえええええええ! パクティオ――――――!!」

 カモがどこからか取り出した旗をぶんぶん振り回し、唇を突き出して気持ち悪い顔をして大興奮していた。

 顔を赤らめたルークは「な、ななな、なななななな」と動揺しっぱなしであった。

 そして明日菜はルークにニッコリと嬉しそうに微笑むと、大胆不敵に笑ってバルバトスへと振り返った。

「来たれ!!<アデアット>」

 一陣の閃光とともに出現した、身の丈を軽く越えた巨大な大剣。

 肩に担いで体勢を低くして。

(今なら何でもできる!)

 腰をぐっと落とし。

(今なら、あいつにも勝てる!)

 唇に残る温もりと感触を噛み締め。

(力が湧いてくる!!)

 こちらの様子に気が付いた皆が後退して、木乃香と刹那が嬉しそうに自分を見ているのに笑い返し。

「いくわよぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」

 上空へと飛び上がった。

 空高くで、アスナの身体が光輝く。

 それは―――――。


 第七音素譜術士<セブンスフォニマー>特有の現象、超振動。


 剣先にエネルギーが集まっていき、上空からの下降と共にバルバトス・ゲーティアに振り下ろした。

 バルバトスも己の気を最大に練り上げて魔力で包んだ大斧でそれを迎え撃った。

「微塵に砕けろぉ!」

 そして。

 アスナの大剣がバルバトスの斧を砕き、肩を深く斬ったのだった。











「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「おのれ・・・・・・小娘・・・・・・」

 バルバトス斧は、魔力は、一瞬で無くなってしまい、それが勝敗を別けた。

 ただの斧になった獲物では、アスナの全力の気を纏った状態と、第七音素を纏った一撃には勝てなかった。

 肩を抑えながらアスナを睨むバルバトス。アスナも一瞬に全ての力を込めてしまったようで、既にカラッポで動けない。

 バルバトスはこの場にいる者たちに言い放ちながら、その姿は暗闇に包まれた。

「覚えていろ、ルーク・フォン・ファブレ。ネギ・スプリングフィールド。そしてこの場にいる全ての者よ」

 彼の目は、怒りで充血していた。

「次は必ず貴様等を血祭りに上げてやる。次こそは貴様等を殺してやるからな――――――ハーッハッハッハッハ!!」

 そう言って、消えていった。

 残されたのは、この戦いをなんとか切り抜けたルークたち。

 誰一人、死んでいない。

「やった―――――っ!! 勝ったああああああああああああああ!!」

 アスナの勝利の咆哮が海に響き渡った。

「やったでござるな」

「ああ。だが危なかった」

「回復は任せて♪ ウチが全部治したるえ」

「お願いします、このちゃん」

「・・・・・・ルークの兄貴が固まってるッスよ」

「ネギ坊主も固まってるでござるな」

「ティア、大丈夫ですか?」

「みゅ~~~、ティアさん無事ですの!? しっかりするですの!」

「流石に辛かったです。初めての対人物戦でしたし・・・・・・検討の余地がたくさんあるです」

「しかし切り抜けただけでも幸いだろう」

「そうでござるな。でも明日からは修行でござる。このままでは終われぬ」

 ホッとした一同は、やれやれという感じで海に倒れこんだのだった。









 それから1時間後。

 ようやく移動できるくらいに回復した一同は、なんとかロッジまでたどり着き、死んだように眠った。

 亜子やアキラ、釘宮や桜子たちが涙を浮かべて無事を喜んだのは、皆嬉しかった。

 バーベキューを食べ損ねたが、アスナだけは「ま、いっか♪」とご機嫌だったらしい。

 こうして、雪広リゾートアイランドでの全然休暇にならなかった休日は過ぎていった。






あとがき

 はい、真面目とバカを織り交ぜた話が完成しました(笑)

 次回からは完全に学園祭ストーリに入ります。エロ入りまくりです。

 明日菜も木乃香も刹那もごちそうさまになります。微妙表現たくさんです。

 え、小太郎?

 彼は肉に夢中で気付きませんでした(笑) いえ、ただの書き忘れとかではないですよ?(汗)

 まあ、次回からは彼もメインとして登場しますので。

 では次回にお会いしましょう。

つづく