「シンク様!! しっかりして下さい!!」

「・・・・・・・・・・・・」

「調!! あんた、エリクシール持ってないの!? このままじゃシンク様はもたないっ!」

「もってないわ。それより、早く回復魔法を・・・・・・」

「知ってるでしょ!! シンク様に、回復魔法は効果が薄いって事を」

「そういえば・・・・・・セブンス・フォニマーだったっけ? その人じゃないと完全な効果がないんだっけ?」

「そうよ、暦。そしてシンク様と同じセブンス・フォニマーで、すぐに思い当たる人物といえば・・・・・・」

「・・・・・・レプリカ・ルーク・フォン・ファブレね」

「協力・・・・・・難しいかも」

「でも、それしかシンク様を助けられないでしょ!!」

「という事は・・・・・・あの極秘のポートを使って行く先は」

「そう。私たちが助けを求める先は―――」


「「「「「日本、麻帆良学園」」」」」







     第34章 この世界中の誰よりも<前編>

 







 金曜日の朝。週末の授業となる1日だが、神楽坂明日菜とネギ・スプリングフィールドは早朝のバイトを終えてすぐにシャワーを浴びると、朝食を食べずにエヴァンジェリンの別荘へと向かった。

 目的は1つ。

 早朝から別荘内で訓練している夕映・ティア・イオン・ルークの3人に会うためだ。

 いや、厳密には違う。

 イオン・ダアトという人物と話がしたいからだ。

 ネギは詠春から聞いた父親と密接な間柄にあるイオンなら、行方不明の父親について情報を知っている筈と踏んだからだ。

 また、アスナはイオンが来訪してから、彼女を見ると妙な胸騒ぎがあり、またそれを探ろうとすると頭がズキッと痛んだ。

 しかし、アスナの直感がここで聴いておかないといけないと警鐘を鳴らしていた。

 茶々丸とチャチャゼロに一声かけて別荘内に入ると、ちょうどタイミングよく別のワープ装置からルークたちが戻ってきたところだった。

 ルークの格好は普段の学生服ではなく、転入初日に着ていた白を基調とした戦闘衣装だった。傍にはふわふわと浮かぶミュウも付き従っている。

 同じくティアも黒の神託の盾騎士団の衣装で、普段の柔らかい雰囲気の彼女とは全く違う、戦闘者の彼女がいた。イオンは緑色の服を主とした、これまた前の世界と同じ衣装。

 だが動作に問題ないように、ぶかぶかではなく身体にフィットした構造で、昔は運動音痴な雰囲気しかなかったが、今はしなやかな身体のラインのおかげで音痴さを感じさせない。

 そして、綾瀬夕映。彼女の服装は両肩を無くし黒の内着と赤のラインが入った上着とスカート、両足の太腿までフィットした黒のスパッツ。二の腕まで伸びた黒の手袋の格好で、それは・・・・・・前の世界の妖獣のアリエッタの戦闘衣装と全く同じ服を着ていた。

 全員の手にはそれぞれ剣、杖を片手に持っていて、細かな擦り傷と衣服の汚れが目立つ。特に夕映の擦り傷が多く、片目を包帯で覆っている所為で一見ひどい怪我をしているようにも見えた。

 しかし、アスナとネギとカモはそんな4人(+1匹)の雰囲気に、身体が硬直した。

 それは図らずも先日に感じた柿崎たちと同じ感情。4人の周りに不可侵領域があるように見えて、自分とは違う領域に立っているように感じる。

 4人が“戦友”という、自分が解らない形として結ばれていると、確かに感じていた。

「お、アスナにカモじゃんか! おはようさん!」

「おはようです、アスナさん、ネギ先生、カモさん」

「おはようアスナ」

「おはようございます。アスナちゃん、ネギ君、カモ君」

「おはようですの!」

「―――あっ、お、おはよう!」

「お、おはようございます」

「・・・・・・おはようっス、ルークのアニキたち」

 ドモりながら返すアスナとネギ。自分の身体を叱咤して慌てて彼等の元へ駆け寄り、必死で喋った。感じた事を隠すために。

 ルークはあからさまに無視を決め込んでいたが、ネギがルークに対して視線を合わせようとしないので、ルークも無視する事にしたのだった。

 それと平行するようにティアの対応も同じだったが、彼女は大切な者を優先するので、ネギは正直いって敵だった。

 イオンはその性格と導師としての性質、ナギの知人ということもあり、流石に無視はしない。ちょっと困った子ですね、と思っているだけ。

 その後、別荘の一角を借り受けている部屋に衣類を置き、シャワーを浴びてさっぱりして出てきたルークたち。

 話を聞くと、夕映の戦闘経験を積む為に、そして“魔獣の友達”を増やす為に主従決めの実戦も行っているらしい。

 しかしアスナはその言葉の意味が理解できずに、ただ首を傾げるだけだった。だがそれも当然だろう。まさか夕映がそんな力を手にしているとは思ってもいないのだから。

 またネギは自分の生徒がそんな危険なことをしている事に納得できず、ルークを責め立てようとしたが、彼等の間の空気と、そして何よりネギが見たこと無い笑顔をしていたこと、余計なことを言うなよ、という強い眼光を彼女から発せられた為に言えなかった。

 シャワーを浴びて着替えた後、イオンを除いた面々はエヴァンジェリンに誘われてモーニングカフェに行った。

「お、夕映、スペクタクル使って見てみたけど、お前のレベル8になってるぞ」

「え、ホントですか?」

「おお。攻撃力・防御力は極端に低いが・・・・・・精神力・魔力は極端に高いな。体力も意外とある」

「やったです―――っ!」

「譜術も初等譜術なら大分使えるようになってきたし、呪文詠唱もどんどんよくなってきてる。魔獣も3匹と友諠を結んだ。普通の魔法使い相手なら夕映が勝つな。ひょっとしたら秘奥義も・・・・・・」

「秘奥義・・・・・・アリエッタさんのビッグバンのようなですか!? ・・・・・・もっとがんばるです!」

「夕映ちゃん。勉強を疎かにならないようにね」

「もちろんですよ、ティアさん」

 そんな会話をしながら去っていった夕映たちの会話は、ちょっと印象的だったアスナであった。

 そして転移装置の陸橋にて、アスナとネギとカモはイオンは向かい合っていた。

「あの・・・・・・えと、なんて言ったらいいか・・・・・・ちょっと聴きたいことがあるんだけ―――ですけど」

「はい。何でしょう?」

 やっぱり来た、とイオンは思った。

 自分が来訪してから、むしろすぐに来なかった事から、タカミチや学園長に確認を取って、記憶の封印が施されていると知って逆に驚いたくらいだ。

 イオンはアスナを改めて見た。

 彼女は本当に成長した。彼女と6歳のころ別れるまでずっと一緒にいた。姉妹のように一緒に“紅き翼”のメンバーと育ち、人形のようだった彼女はじっくりと感情豊かになり、そして自分を姉のように慕ってきて、親友のように仲がよかった。

 男から女に変わった事で戸惑いとショックで揺れ動いていた時、彼女の存在には本当に助けられたものだった。

 今の彼女は随分と活発になったようだ。この数日とルークたちの会話を聞くと、随分と暴力的な性格になったらしい。ちょっとイオンとしては複雑だ。彼女にはおしとやかな、ティアのような性格になって欲しかったからだ。

 まあ、元気ならそれで十分ですね、とイオンは微妙に失礼な事を考えながらアスナの次の言葉を待った。

「あたし達・・・・・・昔、どこかで、会ったことありません?」

「・・・・・・・・・・・・」

 そう来ましたか、と内心で呟く。

「えっと、修学旅行でムカツク緑髪の男に会ったんですけど、そいつが『あんたの親友が魔法界にいる』って言ってて、それでそいつと何となく似てる貴方にもしかしてって思って」

「・・・・・・何のことか解りませんが」

 イオンは、誤魔化した。

 ニッコリと笑って。

「で、でもっ!」

「ネギ君。きみの用は何でしょう?」

 言葉を塞いだイオンは、ネギへと言葉を向ける。それによりアスナは黙らざるを得ず、ネギもおずおずと喋りだした。

「あの、イオンさんは父さん、サウザンド・マスターと一緒にいたんですよね!?」

「ええ。ナギがボクを召喚し、およそ15年前までは一緒にいましたよ?」

「なら、父さんはどこにいるか知ってますか!?」

 血相を変えてイオンに詰め寄るネギ。アスナはビックリしてネギを見た。ネギの勢いというか剣幕さが、以前よりも増している気がした。

 ルークと一悶着あって以来からかな、とアスナは思った。

「いえ、ナギの現在の居場所は知りませんが・・・・・・」

「そうですか・・・・・・なら、父さんたちと何があったかとか、戦いとか聞きたいんです。教えてください!」

「・・・・・・・・・・・・」

 なるほど、とイオンは納得する。ルークやティアからネギとの諍いを聞いていたし、戦闘理由も聞いていたが、その時は大人気ないんじゃ、と思ったものだ。

 だがルークやティアの考え、対応が今やっと納得できた。

「アスナさんネギ君。年長者として1つアドバイスをしましょう」

「アドバイス?」

「はい。自分に関するかもしれない事、知りたい事。それは知ろうと努力するのは素晴らしいことですが、知らない方が幸せという事も確かに存在します」

「え・・・・・・・・・」

「知った事で状況が最悪になることも多々ありえるのです」

 イオンの言葉に、アスナは背筋が寒くなる。

 とても重要な事を言われている気がした。そしてそれすらも、聞かなければいけない気がして、同時に聞いてはいけない気がした。

「むしろ知る事で、貴方たちだけではなく、貴方の周りの人たちも不愉快な思いに、不幸にしてしまうかもしれません・・・・・・死なせてしまうかもしれません。いえ、貴方自身もとても傷つくかもしれません」

 イオンは昔の戦いを思い出しながら、ひとつひとつ慎重に紡ぐ。

「そしてそれでも知りたいなら、図らずも知ってしまったなら、そこから逃げてはいけません。いえ、逃げることなどできなくなるでしょう。ですから今はまだ覚悟を固める事をした方がよろしいかと思います」

「・・・・・・なに・・・・・・それ」

 呆然とするアスナに、少し話の根本が変わることになるけど、とイオンは考えて言う。

「ネギ君。ナギの行方を知ってどうするのです? 過去を知ってどうするのです?」

「え、それはもちろん、居場所のヒントがあればすぐにでも探しますよ!」

「・・・・・・それは、3-Aの担任という職務が終了する、あの子たちが卒業するまで待つことができないのですか? ナギ捜索について」

「そ、それは・・・・・・」

「教職、教師という人を指導する立場にいるものとして、放棄してまで私事に走るというのはいかがなものでしょうか?」

「・・・・・・あ・・・・・・う」

「そんな風に軽く考えられている生徒たちが、蔑ろにされる生徒たちが可哀相です」

 ネギはイオンの言葉にショックを受ける。

 言葉は違えど、自分の考えを否定したルークと同じ対応のイオンにショックだったのだ。

「ちょ、ちょっと! そこまで言う事ないじゃないですか! ネギはまだ9歳ですよ!?」

 アスナはイオンに詰め寄る。落ち込むネギが見ていられなかったからだ。

 しかしイオンは普段は穏やかな笑みを浮かべているのに、今は真剣だった。

「9歳だから、ですか・・・・・・それは言い訳には使えますが、だからといって許される訳でも認められる訳でもありません」

「なっ!?」

「アスナさん。私は貴方の正義感や倫理観は好ましく思います。それは貴重なものです。ですがそれで全てが罷り通る訳でもなければ物事が上手く解決する訳でもありませんよ」

「~~~~~っ!」

 イオンの言葉にアスナは何も言い返すことができない。

 世界の最高指導者として2年勤めたイオンの言葉には重みがあり、普段の軽い勢いと何の根拠もない、どこから来るか分からない自信に溢れた言葉を口にする事ができなかった。

 そんな彼女に、イオンは少し目尻を落とし、そして悲しそうに言った。

「ネギ君もアスナさんも、1度は自分の考えを疑って下さい。自分の理想を妄信しない事です」

「妄信って!」

「・・・・・・1度でも責任ある立場になったり、そして問題に直面したり、知った事でボロボロになった事がある者は・・・・・・少なからず私の、いえ、ボクの言葉に共感できるところはあるはずです」

 それは、イオンの完全な否定の言葉だった。

 そしてアスナは、まだ麻帆良に連れてこられてからの7年の経験分しかないその判断材料から、イオンの言葉の裏に隠された彼女の気持ちに気付くことはなかった。

 ネギはたった9年分の経験と、そして子供故の視界の狭さからルークとイオンの言葉の意図を理解できない。

 経験からくる彼等の言葉を、自分たちこそ押し付けじゃないか、と切り捨てるしかできない。受け入れることなどできなかった。

 イオンは目を瞑り、溜め息を吐く。

 夕映のことについても、彼女は全てを承知して、痛い目にあって、家族を裏切ると分かって自分たちといること選んだ。

 あえて本契約を結んだのも、それで彼女が表へと引き返すことになるのならと、敢えて選択肢を増やしたつもりだった。

 そして彼女がこの道を選んだのなら、自分は何も言うことはない。むしろ歓迎する。

 夕映は自らの意思で知ることを選択し、そしてそのしっぺ返しとして痛い目に合い、常識と非常識のどちらかを選んだのだから、ネギとは違って妄信的になっていた訳ではなかったのだ。

「もう一度、言いましょう。」

 イオンの言葉は、何も考えずに生きてきたアスナの倫理観に、1つの衝撃の楔を打ち込んだのだった。

「知らない方が、よろしいでしょう」








「皆さん! 明日は私、雪広グループのリゾートアイランドに、皆さんを招待致しますわ!! もちろん交通費も全額負担させていただきます!! 目的は3-Aの親睦を深めることですわ!! よろしいですか!?」

 朝、教室にやってきたあやかは、扉を開けるなり全員に言い放った。

 部活がある者や予定が入っているかもしれない者のことなどお構いなしの言葉だった。

「行く~~~~!!(全員)」

 ・・・・・・いきなりのイベントに、即時対応できてしまうのが3-Aクオリティなのかもしれない。

「島か・・・・・・ネット環境あるよな。ま、たまの気分転換にいいか」

「水着買いにいかなきゃ!」

 各自が和気藹々と明日について話に華を咲かせていた。もちろんルークたちも同じだ。

 そんな彼等の元に、あやかが近づいた。

「ルークさん。貴方も来るのですよ。貴方の為に企画したようなものなんですからね!」

 あやかはビシッと指をさす。

 彼女は3-Aクラスの委員長だ。ルークという存在が愛するネギの頭痛のタネとはいえ、彼女の委員長気質としてはクラスメイトを排斥して孤立させる事なんて容認できない事だった。

 あやかはルークを嫌っていても、心底嫌いになれない、無視したりするなど悪人対応できない子であった。

「お、おう。わかった」

「これを良い機会に、貴方が普段話してない人たちとも話して親交を深めて下さいな」

「お、おっけ(エヴァの事はいいのか?)」

 交流が稀薄なエヴァの事を突っ込みたかったが、あやかの気迫に圧されて言葉にできなかった。

 あやかは計画の第一段階はクリアですわと思い、珍しくルークから少し離れて所に座って難しい顔で考え込んでいたアスナに話しかけた。

「・・・・・・アスナさん、どうかしたのですか?」

「え!? いや、なんでもないわよ」

「? そうですか? おサルさんの貴方が、大人しいので何かあったのかと思いましたわ」

「なによ、このショタコン女!! あんたこそこの旅行でネギと~とか考えてるんでしょ、この変態女!」

「なっ!? あなたこそその下衆な勘繰りはお止めなさいな、このエロ女!!」

「何よ、このショタコン女!」

 久しぶりにぎゃ~ぎゃ~言い合い、頬を引っ張り合い始めたアスナとあやかに、クラスは大いに盛り上がり始め、あちこちで賭けが始まった。

 ルークたちも、水着はどうする? と話していて、このかが「きわどい水着勝ってルークに迫ったろ~」とか言い出してから、それはもう混乱状態が勃発したのだった。

「でもこのちゃん。きわどい水着はこのちゃんに似合うてない気がするんよ。デザイン重視にした方がええんちゃうかな」

「ホンマに? せっちゃん」

「ええ。和泉さんや大河内さんはどうするのですか?」

「うちは少し大胆に行こうかなって。傷跡も薄れてるし、ちょっと大胆に・・・・・・キャッ♪」

「・・・・・・やっぱり和泉さんは油断できませんね。大河内さんはどうするのですか?」

「アキラでいいよ、刹那さん。で、水着だけど・・・・・・そうだね・・・・・・私はいつもの競技用水着でいいかな」

「う・・・・・・その胸の大きさで、あえて競泳水着ですか・・・・・・やりますね、アキラさん」

「え、いや、別に狙ってるつもりは―――っ!」

「ふふふ、私は大胆に紐でいくわよ!」

「うぇ!? 美砂、あんたスゴイ!」

「私は普通にパレオタイプでいくつもりだけど、桜子、あんたどうすんの?」

「柿崎はパレオか~。ほにゃらば私もビキニで行こうかな♪」

「・・・・・・皆さん、勝負に出るようですね。私も油断できません」

「せっちゃん、がんばろうな!」

「・・・・・・・・・・・・」

 ―――聞こえてるっつーの。

 ルークは彼女たちの言葉に突っ込みつつ、ぽわ~んと彼女たちの水着姿を思い浮かべて、「うっ!」と前傾姿勢になる。

 何があったのかは彼しかわからない。

 そこで、ふと気がついた。

 いつまで経っても担任のネギが来ない。

 もうすぐ1時間目が始まりそうなのに、一向にホームルームが始まる気配がないのだ。

 すると、朝のHRという時間帯にも関わらず、呼び出しのコールが全校に鳴り響き、何事かとクラスは静まり返った。

『3-Aのファブレ君、桜咲さん、龍宮さん。大至急学園長室に来てください』

「俺?」

「私と龍宮、ですか? 何の用でしょうか」

「ふむ・・・・・・学園長室に呼び出される心当たりはないが、とりあえず行ってみよう、刹那、ルーク」

「そうだな」

「はい」

 ルークたちはクラスの視線を感じながら教室を出て、学園長室に向かった。

 大至急という言葉があったにも関わらず、全く急ぐ様子がないのは図太いというかゴーイングマイウェイというべきだろうか。

 そんな呑気なルークたちであったが、学園長室の扉をノックして入室した途端、緊張が彼等を覆った。

 そう。

 そこには麻帆良学園都市全ての魔法教師と魔法生徒、高畑と学園長とネギが厳しい表情で集結していて。

 ソファーには、見覚えのある髪の色の男と、見たこと無い女の子たちがいた。

 それは、烈風のシンクと部下の女の子たちであった。









「・・・・・・皆に紹介しよう。魔法界からやってきたシンク君、調君、焔君、栞君、暦君、環君じゃ」

 学園長の言葉に全員がソファーに座る人物に注目した。シンクと呼ばれた青年は身体中が酷い傷ばかりでひどく衰弱している。

 この場に集まった者たちは皆、彼等に対して警戒を解く事ができない。

 彼等から発する気配が、教師・生徒陣に対して警戒心を高めさせていた。

 ルークと刹那とネギがビックリした表情でシンクを見つめている中、学園長は話を続ける。

「20年前の大戦、大分裂戦争については皆も知っておるな。あの大戦において、ナギたち『紅き翼<アラルブラ>』が活躍し、秘密結社『完全なる世界<コズモエンテレイケイア>』と戦い、真相を暴いた事も周知の事実じゃな」

「それがどうかしたのですか、学園長?」

 それと目の前のおかしな連中と何の関係があるのか、何を常識な事を聴くのかと、高音・D・グッドマンは声を上げた。

 彼女は高等部に在籍しており、とにかく正義を謳う影使いの少女である。そして背後には彼女をお姉さまと慕う、佐倉愛衣が控えている。

 話は最後まで聞かんか、と学園長は言いたげであったが、高音の言葉はこの場にいた魔法教師陣も同じであった。

「・・・・・・先日、とある男の突如の侵攻・侵略・破壊により魔法界の主要都市、首都が壊滅した」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 場が凍りついた。

 誰もが言葉を失くし、学園長の言葉を信じられないという表情で見ている。

 学園長の近右衛門は投影装置を取り出し、そこに提供者から貰った魔法界の映像を流す。

 それは圧倒的な光景だった。

 華やかだった首都、煌びやかだった魔法界の主要都市が、炎上して地獄絵図と化していたからだ。

 そしてその映像は、この場にいる魔法使いを信じさせるのに十分な証拠であった。

「・・・・・・そしてこの男により『完全なる世界』の残党も殺されたそうじゃ。施設・メンバー・技術関連全てじゃ」

「残党って・・・・・・悪党の生き残りがいたのか!?」

 ガンドルフィーニという黒人メガネの先生が驚いたように口にし、明石教授が手を顎にあて考える仕草をする。

「ガンドルフィーニ先生、残党も殺されたって言ってるじゃないですか」

 瀬流彦先生が苦笑しながらガンドルフィーニの肩をポンっと叩き言う。

「そ、そうか。そうだったな。流石に悪名高い最低最悪の残党が生き残っていたと聞くと動揺してしまう」

 もちろん、話はそこで終わらなかった。

「そして、そこにいるシンク君たちは『完全なる世界』の最後の生き残りじゃ」

「「「「「「「なっ!?」」」」」」」

 その言葉に、全員が一斉に自分の獲物を手にした。刀・銃・杖といった武器が、シンクたちへと向く。

 室内が、爆発的に緊張感と殺意が高まった。

 シンクを守ろうとする女の子たち5人は険しい顔で全員を睨みつけ、近右衛門にどういうつもりだ、とでも言いたげに目をむけた。

 中でも、ネギと高音とガンドルフィーニの反応は人一倍過剰。

 ガンドルフィーニは銃を取り出し、引き金を引いた。

 高音は己の最強技、黒衣の夜想曲<ノクトウルナ・ニグレーディニス>を発動し、影の繰刀16本が襲い掛かった。

 ネギは中国拳法の歩方により急接近して彼女達を取り押さえようとした。

 彼女たちの過剰反応を諌めようとしたのは学園長と高畑、神多羅木の3人だけだった。だが学園長は机が。高畑と神多羅木は他の生徒が進路を邪魔した為、間に合わない。

 しかし。

 誰よりも早く、そして圧倒的な速度で銃弾を叩き落し、16の繰刀を斬り飛ばし、突き出したネギの腕を掴んだのは、ルーク・フォン・ファブレだった。

「やめろ・・・・・・この場で戦いを起こす気か。一般生徒を巻き込むぞ!」

 高畑と学園長を除いた全員が、そのルークの圧倒的な移動速度、斬撃速度が全く見えなかった。

 彼の手には、エクスキューショナーソードのように魔力の刃が発生しており、瞳から発せられる眼光は余りにも殺気が濃い。

 一方でビックリしたのは調や焔といった女の子たちだ。

 まさか目の前の男が自分たちを庇うとは思ってなかったのだ。

 ルークの殺気に場に沈黙と緊張が再び走ったが、彼の正体に気付いたのはガンドルフィーニだった。

「君は・・・・・・いや、貴様はルーク・フォン・ファブレ! 300万$の賞金首だと、やはり悪党を庇い立てするのか! やはり貴様も排除するべきだった!!」

「なっ!? あの異界の譜歌使い、魔法使い殺し、炎髪の悪魔のルーク・フォン・ファブレですか!? なんで薄汚い悪党が麻帆良のこんなところに!?」

 どうやら神多羅木・刀子・高畑・近右衛門しかルークの存在の事は知らされていなかったようで、他の生徒や先生たちは皆、桁違いの金額の賞金首の存在に慄き、戦闘態勢を取る。

 そんな一同を見回し、ルークは己の中で麻帆良の魔法使いの評価がどんどん下落していくのを感じた。

「・・・・・・殺るのか? いいぜ・・・・・・お前等はこの300万$の賞金首を舐めてるようだからな。シンクたちにこれ以上危害を加えようとするなら、立ち向かってくる貴様等は全員皆殺しだ」

 握っていたネギの腕を高音へと放り投げ、魔力を全力で開放する。

 その圧倒的な魔力量、殺意の濃度に力の弱い生徒は地面に呻きを上げて蹲り、起き上がる事ができなくなった。

 そんな緊迫した場に待ったをかけたのは、もちろん近右衛門学園長だった。

「やめんか!! この場での戦闘も、今後のシンク君たち、そしてルークへの攻撃・戦闘も禁止じゃ!!」

「ルーク、落ち着いてください。無闇な挑発するなんて貴方らしくないですよ」

「落ちつけ、ルーク。エヴァンジェリンも辞めた方が良いと言いたいみたいだぞ」

「皆さん、落ち着いてください。シンク殿たちにも我々に危害を加える意志はなく、またルークに関しても我々関東魔法協会が直々に依頼してここにいてもらっているのです」

 学園長の言葉に続いて、刹那・龍宮・刀子が諌めるように言葉を紡ぐ。

 そして、いつの間にか学園長室の部屋の隅には、吸血鬼の真祖にして最強の悪の魔法使いであるヴァンパイア・エヴァンジェリンがニヤニヤした顔で浮かんでいた。

 そんな状態で、刀子と学園長の言葉により不満気たらたらだが、ゆっくりと戦闘態勢を解く魔法使いたち。

「よいか。このルークは賞金首ではあるが、その前にワシ、近衛家の一族に組み込まれておる親族じゃ。はっきりいえば孫なんじゃ」

「お孫・・・・・・さんですか」

「そうじゃ。お前さんたちはワシの孫を殺すのかの?」

「いえ・・・・・・納得してませんが、今は引き下がります」

 ガンドルフィーニは額に青筋を浮かべ、戦闘意志を隠しもせずにそう口にする。

 他の生徒たちも、何でこの麻帆良に薄汚い犯罪者がいるのか、とでも言いたげだ。

 そんな教師たちを見て、エヴァンジェリンはハン、と鼻で笑ってシンクたちの正面のソファーに座り、厚顔不遜な態度で言う。

「おい、ルーク」

「何だ、エヴァ」

「こいつらは、私たち『億』を超える賞金首を舐めているようだぞ。虫の力で巨人に勝つつもりのようだ」

「まあ、最強という実力を知らないんだ。それも仕方ないだろ」

「1度、身の程知らずという事を教えてやろうか。なに、これは教育だ。立派な学業じゃないか」

「ま、俺の大事な奴に手を出したその時は、全力で指導してやるさ」

 完全に悪役全快な2人。

 そんな2人に溜め息を吐く、事情を知る5人だった。

 そこで一旦沈黙が降り、ここが話しを切り出すチャンスだと見た、髪が長く目が閉じたままの調が口を開いた。

「この度は、ルーク様にシンク様を助けて頂きたく、関東魔法協会を訪れました。理事長の寛大な心に感謝致します」

「フォッフォッフォ。なに、この地で悪事を働かないという事を誓ってもらったんじゃ。それなら構うまいて。それにワシにも思惑があるからの」

「左様でございますか。で、ルーク様」

「おう」

「シンク様は今、戦闘により激しく衰弱しております。助かるには第七譜術士である貴方の力が必要なのです。協力していただけませんか?」

 性格的に、対外的な対応に向いているのか、調という少女が説明する。他の少女は皆ルークを見つめて助けて欲しそうにしている。

 なにを馬鹿なことを、と生徒の誰かが言ったが、ルークは綺麗にスルー。

 エヴァも探るような目で少女たちとシンクを見つめる。

「・・・・・・あのシンクが、ここまで衰弱したのか。誰と戦ったんだ?」

「現在魔法界を襲っている実行犯である男、バルバトス・ゲーティアです」

「やっぱり・・・・・・そうか」

「・・・・・・はい。このままではシンク様は―――っ。お願い致します。この地に危害は加えないことは約束しますし、御礼だってさせて頂きます。だから―――っ!」

 調の必死な様子に、仲間内でも珍しいのか、焔や暦が目を見張るように少しだけ丸くして、そして同じようにお願いします、と言ってきた。

 彼女たちはとにかく必死だった。

 よほどシンクが心配だったのだろう。よほど敬愛しているのだろう。

「1つだけ聞かせてくれないか? シンクがバルバトスという男と戦った理由が分からないし、そこまで君たちが必死になる理由が分からないんだ。君たちは・・・・・・“そういうタイプの人間”じゃないだろ?」

 修学旅行の時、シンクは言った。

 自分に意味を与えてくれたのは、あの組織だと。

 しかし彼は、個人に助けられた訳ではないだろうし、かといって敵討ちをするタイプでもない。

 また、第七音素のことを知っていることから、シンクが人間ではなくレプリカであったことも知っているのだろう。

 その意味を言葉と視線に含ませて問うと、焔という活発な印象を受ける少女が口を開いた。

「・・・・・・私たちは、ルーク殿、あなたと同じような存在なんだけど・・・・・・そんな私たちにも姉と呼ぶ人がいたの」

「―――! ・・・・・・で?」

「姉さんは・・・・・・私達にとって太陽のような人で、姉さんさえいてくれれば私たちは幸せだった。そんな姉さんはシンク様とずっと一緒にいたんです」

「・・・・・・・・・・・・」

「シンク様と一緒にいた姉さんはとても幸せそうでした。姉さんとシンク様こそが私たちにとっての唯一無二の真実」

「・・・・・・シンクが」

「だから、私たちはシンク様の為にここまで来ました」

 焔と呼ばれる少女は丁寧な言葉で喋るのが苦手なのか、丁寧語になったり雑になったりと滅茶苦茶だが、それでも必死だった。

「・・・・・・じっちゃん」

「なんじゃ、ルーク?」

「いいんだな?」

「うむ。住む場所も今、手配中じゃ」

「分かった。万が一があれば、俺が責任もつ」

「頼むぞい」

 ルークはコクリと頷いてシンクに近寄り、彼の腹部に手を当てる。

 その行為に憤慨したのはガンドルフィーニと高音だった。

「なっ!? 正気ですか学園長!! 彼等みたいな最悪の悪党を助けるなんて! 即刻法廷に突き出すべきです!」

「その通りです! 悪逆非道を繰り返し、幾多の人々を死なせたその行為、魔法使いとして、マギステル・マギを目指す者として見過ごす事ができません!」

「・・・・・・だまっとれ。これは関東魔法協会理事長としての決定じゃ。この意味が分からん君達ではあるまい」

 珍しく、そして生徒たちにとっては初めて、近衛近右衛門の怒りとその正体を見た。

 その威圧感は、とても逆らえるものではなかった。

 ルークはそんな遣り取りを尻目に、第七音素を集束させる。

 そう。

 それは・・・・・・・・・・・・。

「オーバーリミッツ!!」

 体内の音素が最大限に高まり、そして体内で暴走する。

 己の魔力が、極限まで高まり、身体が光り輝く。

 それは、オールドラントにおける最強の戦闘技法。

 そのケタ違いの魔力に、皆は圧倒される。

 オーバーリミッツは、刹那にとっても初見であり、驚愕に値する力だった。

 だが、それだけでは終わらない。

「集え! 破壊と創造の第七音素よ!」

 超振動の応用で掌に集束した第七音素の塊。

 破壊ではない、創造でもない第七音素のエネルギーは、確かにどの属性にも所属しないエネルギー体として確かに皆の目の前に集束していた。

「なに・・・・・・あれ」

 それは誰が呟いたのか。

 恐れさえ纏うその言葉は、確かに全員の気持ちを表していた。

 第七音素の塊は、シンクの体内へと入り込む。

 体内に入り、分解されて身体中に沁みこんで行く。

 傷が塞がった訳ではない。元より傷などないのだ。ただ服がボロボロであるのと、付着している血痕、身体中についている泥であった。

 だがシンクが衰弱している事が分かるのは、何よりもその顔色の悪さであった。真っ青になり不規則な呼吸。

 しかし、第七音素の塊を体内に入れられてから、シンクの顔色はどんどん血色が良くなっていく。

 それは、彼が完全に回復した証拠であった。

「もう大丈夫だ」

 オーバーリミッツにより光輝いていた彼が元に戻る。

 ネギは呆然とルークを見つめ、自分の魔力量を軽く上回るルークの実力を改めて感じ、唇を噛む。

 調、栞、環はルークがいとも簡単に第七音素を集め与えた事に呆気にとられ、しかしシンクの顔色の良さに喜びを露わにした。

「あ、ありがとうございます! これでシンク様は助かります―――っ!」

「ああ。よかったな」

 ルークは、一息吐いてエヴァの隣に座る。

 一同は感じていた。

 これが、億単位の賞金を懸けられる実力者なのだと。

 見た目が10歳の少女と、15歳の少年が、世界でも有数の実力者なのだと理解せざるを得なかったのだった。

「でだ。後で住む場所とか教えられるだろうけど、当然だが戦闘行為も禁止。一般人への危害もなしだ」

「承知しております」

「シンクがもし戦闘を起こそうとでもしたら、すぐに俺に知らせろ。それが約束だ」

「了解しました」

「あと、バルバトスという男についてだが・・・・・・」

「それはルーク殿、貴方にご忠告したいことがあります」

 栞がスッと前に出て、ルークと視線を交える。

「バルバトスという男は、英雄を狙い、強き者を殺す事を快感としているようです。殺すことで自分が更なる高みへ上る事を至上の喜びとしているのです」

「英雄を・・・・・・・」

「はい。強き者を殺す。魔法を使うことを邪道ど断罪し、拳と剣で戦う事が当たり前、という理屈でした」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、貴方やエヴァンジェリン殿、高畑殿、近右衛門殿がいるこの都市は、近いうちに狙われるはずです。お気をつけ下さい」

「まあ、そうだろうな。ありがとう、えっと、栞さん」

 ルークは刹那と視線を交わしコクリと頷き、そして隣にいるエヴァと共に面白いことになってきたという表情を浮かべて部屋を退出した。

 シンクは未だ、目を覚ましていなかった。

 教師は実力不足故に、ルークたちに手出しすることなどできなかった。

 その中で、高音・D・グッドマンは、自分より年齢が下であるルークに対し、激しい対抗心を燃やしたのであった。

 だからだろうか。

 彼女は後にその抱く感情が逆転した際、なかなか納得できないことになる。

 後に彼女の身に、可憐な花びらを散らす哀れな運命が訪れることになるのだが、それはまだ未来の話。









「しかし、まさかシンクが来るとはな・・・・・・」

 しばらく昏睡状態が続くという事で、シンクたちは近くのホテルの一室を借り受け、しばらくはそこで生活をすることになった彼等。

 医者によると、最低でも一週間は起きないということだった。すると、あのシンクの事だ。4日ほどで起きるだろう。

 明日から自分たちが不在になるが、シンクは恩を売られたまま良しとするタイプではない。

 ならば、少なくても自分と会うまでは大人しくしているハズだ。

 本日の授業は全部サボることになってしまったが、それも仕方ないだろう。

 授業が終わり、3-Aの皆は慌てて明日の準備の為に買出しに出かけた。

 今回も水着を買いにいくという木乃香たちに付き合わされそうになったが、流石にマズイという事で全力で逃げ出させてもらった。

 ティアやイオン、さよまで買い物に付いて行ったが・・・・・・さよは水着着れるのか?

 微妙な問題に疑問を持ちつつ、とりあえずエヴァンジェリンの別荘に向かう。

 一昨日に鶴子を見送ってから妙に怖いティアのご機嫌を取る作戦を練ろうと、エヴァに相談することにした。

 別荘に到着し、椅子に座って寝滑っているエヴァの前の席に座った。

「なあ、エヴァ。ちょっと相談があるんだけどさ」

「ん? ああ、ルークか。シンクの事か?」

「いや、そっちじゃなくて。今朝からティアの機嫌が悪くてさ。特に何もしてないと思うんだけど・・・・・・どうすればいいと思う?」

「ふむ・・・・・・ハーレム作って怒ってるんじゃないか?」

 シャム猫のようにイヤらしい笑みを浮かべて読んでいた雑誌を置くエヴァ。

 いやいやいや、とルークは焦って首を振る。

「違うと思うぞ。だってティア、それは構わないって言ってたし」

「ふむ・・・・・・寛大というかなんというか。とにかく心当たりはないんだな?」

「ああ。木乃香たちに修学旅行の時のようにエロイことなんかしてないし・・・・・・ティアとの時間だってしっかりとってるし」

 ルークは昨日の行動を思い返しながら、1つずつ挙げていく。

 エヴァはルークの言葉に突っ込みを入れたくて仕様がなかったが、とりあえず最後まで話しを聞く。

「無視はもちろんしてないし、今朝だってティアとイオンが布団に潜り込んで来てたし」

「さすがにそれだけの情報では、私も分からんな・・・・・・」

「だよなぁ・・・・・・あ~、ティアが冷たいと精神的にショックなんだよなぁ」

「ふむ。そういえばお前達はどこまで進んだんだ?」

「なにが?」

「関係だよ。ハッキリ言えば肉体関係までいったのかと聞いてるんだ」

「ななななななな!? なにを!?」

 ルークの態度に、エヴァは大きな溜め息を吐いた。

「まったく・・・・・・お前やナギは全く女心を理解してないな。赤髪の男はみんなそうなのか?」

「・・・・・・いや、そう言われても」

「いいか! よく聞けよ!」

「は、はい!」

 バン、とテーブルを叩いて立ち上がったエヴァは、ビシッと指先をルークの鼻先まで近づけて言う。

「メシュティアリカにとって、もはやお前しか大切な男はいない! この先、お前が死んだとしてもアイツはお前に操を立て、お前だけを想って生きていくだろう!」

「そ、そう、かな」

「そうだ! オールドラントを捨ててまでこっちに来たアイツのことだ。お前とそういう関係になることだって覚悟していたはずだ! だが一向にお前との関係は進まない! さらに青山鶴子に喰われる始末! 怒って当然だろう!!」

「ガ――――ン!!」

「分かったら、さっさと喰え! いただけ! そして身も心もお前のものにしてしまえ!! あいつはルークを待ってるぞ!!」

「そ、そっか! 分かった!」

「うむ! それで全てが解決だ!」

 エヴァの言葉に衝撃を受け、そこまでティアは俺のことを、と感涙の涙を流しながら反省するルーク。

 またエヴァは自分の理屈を一向に疑わずに、己に忠誠を誓わせろ! と、まるで自分の下僕を作る時のような黒さで教えている。

 そんな止まらない暴走列車の2人の傍に控えていた茶々丸は、彼等についていけず、でもポツリとツッコミを入れていた。

「マスターの言葉はただの犯罪かと・・・・・・いえ、そもそも間違っているのではないでしょうか? いえ、私はロボットですから人間の気持ちは分かりませんが・・・・・・でも何故でしょう? 間違っている気がするのは」

 そのようにブツブツと言っていた。

 全くもって正しい茶々丸だったが、彼女の言葉は勘違いしているルークたちには全く聴こえていなかった。

 ティアの身に、かつてない危険が迫っていた!

 あごヒゲ兄貴が「逃げるんだティア~!」と喚いているが、その声は際どい水着を試着中のティアには聞こえなかった。








 エヴァの別荘で恐ろしい遣り取りが繰り広げられているころ、件の被害者を含めた見目麗しい3-A女子生徒たちは買い物を済ませて麻帆良学園女子寮へと向かっている途中だった。

「夕映~。夕映は今日はどうする?」

「亜子さん。私は今日もいつも通りの予定ですよ。もちろん準備してから、ですけど。亜子さんはどうするです?」

「ウチは、あの場所でメンバーと一緒に練習や。もちろん準備してからな」

「そうですか。釘宮さんたちも知ったらしいですね」

「あれはビックリしたよ~」

「あれ、夕映も知ってるの!?」

「はい。私はルークとティアさん、イオン様とパーティーを組んでるです」

 釘宮と椎名は魔法についてまだ驚きが隠せないようだ。そして夕映がパーティーと組んでいる、という言葉の意味が分からないが特別な位置にいると察したらしく、少し羨ましそうにする。

 一方で亜子も夕映の今の状態を知って驚いていた。

「夕映、もしかして戦闘してるん?」

「ハイです。私の二つ名をルークが付けてくれたですよ。妖獣の綾瀬と」

「・・・・・・それって六神将の?」

「はい。私が称号を受け継ぐですよ。あの人の在り方を、ルークとずっと共にいることで」

「・・・・・・そっか。私はまずは歌で成功してみせる。そして同時にパクティオーカードをマスターして少しでもルーク君の力になれるように努力するから」

「お互い、がんばりましょう」

「うん。だから魔法関連の使い方、教えてね」

「わかりました。未熟な身ですが、未熟故に魔力の通し方とかは熟知してるですよ。微力ながら手伝わせてもらうです」

 夕映と亜子は急速に仲良くなりつつある。

 それはルークの過去を見たことから2人に強い意識が芽生えたからきた繋がりだった。

 そして、亜子がふと気がついたように、仲間を見回し数え始めた。

「えっと・・・・・・1、2、3で・・・・・・7人。ティアさんたちを入れたら10人か~~~」

「何のこと・・・・・・ああ、なるほど。分かりました。たしかに・・・・・・10人ですね」

 亜子の言葉に一瞬怪訝な表情を浮かべた夕映だったが、すぐになにが言いたいのか察して、クスッと笑った。

「ふふっ、多いですね」

「そうやなぁ」

「何のこと?」

 苦笑いしながら頷き合う2人に尋ねる釘宮。周りにはアスナや木乃香、刹那やアキラたちみんなもいる。

 亜子は釘宮の言葉に笑いながら答えた。

「うん。ルーク君の恋人の数。いや未来の奥さんの数って言ってもええかもな」

「そうですね」

「ああ、恋人の数か。そっかそっか・・・・・・・・・」

「ええ、そうですよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


「「何ソレ!?」」


 ドガーンと大爆発を起こしたかのように詰め寄る釘宮と椎名。

 あわあわと慌てる彼女たちに、夕映はキョトンとした顔で言う。

「何って・・・・・・だからルークの彼女の数ですよ。ティアさん、イオン様、青山鶴子さん、私、亜子さん、木乃香さん、刹那さん、明日菜さん、アキラさん、柿崎さんの10人です」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・言いたい事はいっぱいあるけど・・・・・・それって二股・・・・・・いや十股じゃ」

 呆然とする釘宮。

 そりゃあ、信じられないのは無理ないだろう。

 いまだ脳内処理が追いついてこない釘宮と椎名だったが、夕映の言葉に反応したのは以外にもアスナであった。

「あ、やっぱり私ってそこに加えられてたんだ」

 そんなアスナの呟きにビックリしたのは夕映たちであった。

「え!? アスナさん、違うのですか!? てっきり私、貴方が好意を寄せてるのはルークだと思ってたですよ。今までだってずっと一緒にいましたし」

「う、ううん。違うとも言い切れないんだけど・・・・・・」

「アスナは高畑先生のことが引っかかってんねんなぁ」

「そういえば、アスナさんは年上趣味でしたね」

 木乃香と刹那が思い出したように言う。

 すると、今まで話を黙って聞いていた美砂が、ふと思い出したように話をアキラに振った。

「そういえば、アキラってさ」

「ん・・・・・・なに?」

「ルークの事が好きなんだね。何か改めて気がついたんだけど、いつの間にって感じだったからさ」

「そういえば、そうね。柿崎」

 アスナは自分の話題から逸れた事にホッとしつつアキラに振る。

 アスナは未だ自分の気持ちに自信がもてないでいた。だから話しが変わったのは正直いって助かったのだ。

「うん。亜子がルーク君のことが好きである事とは別に考えても、私個人として彼には好意を抱いてるよ。とっても。ね、さよちゃん」

『はい! ルークさんはとっても優しくて私も大好きです! ちょっとトクナガは複雑でしたけど、今となっては気に入ってますし』

「へえ~~~、ってことはさよちゃんも入れて11人か。すご~~~い! ハーレムだね~~~~~」

「な、なに。なんなの皆・・・・・・」

「にゃ、にゃんかスゴイ事をサラリと言ってる気がするんだけど、クギミー」

「クギミー言うな!! って、ホントよね・・・・・・亜子のキャラも違う気がするし」

 ぶつぶつ突っ込みを入れあってる釘宮と椎名の後方で、彼女たちを見守りつつ笑っていたのはイオンとティア。

 14・15歳がする会話じゃないわね、とティアは頭を抱えつつ、ま、仕方ないか。と思っちゃうあたり、ティアも少し天然だった。

 柿崎のハーレムという言葉に、夕映の傍にいたのどかは苦笑し、面白そうな単語が聞こえてきた早乙女が目を光らせていた。

 のどかとしては、親友の夕映を頼れるルークが傍にいてくれるというのだから、安心して彼に任せられた。

 その小さな胸に走る、小さな痛みを気にしないようにして。

 そしてアスナにとっても、答えを出さなくてはならなかった。

 このままあやふやな気持ちのまま、危なっかしいネギを気にしつつ、でもルークの方も気にしつつ、というのは間違ってる気がしたからだった。

 一向は、そんな会話をしつつ女子寮に到着した。









 そしてこの日。

 部屋に帰ったティアとイオンは、イオンはトイレに入り、その間にティアはルークがいるエヴァの別荘へと向かった。

 イオンがトイレに入った為に発生した15分弱のタイムラグ。

 およそ数時間の別荘突入のタイムラグが、彼女たちの運命を変えた。

 ユリアの子孫、メシュティアリカ・アウラ・フェンデ。

 B・W・H 93・57・88

 162cm。50㌔

 そのダイナマイトボディでありながら着痩せする体型、マロンペーストの髪色。優しげな声色。

 600年生きてきたエヴァンジェリンが、彼女の長き生の中でも3本指に入る美しさと称された彼女。

 その彼女は、異世界の地、日本の麻帆良学園最深部エヴァンジェリン邸別荘にて、彼女が愛する男とついに結ばれたのであった。

 彼女が足を踏み入れた途端、もの凄い勢いで走ってきた赤髪の男により抱きかかえられ。

 訳が分からずベッドの上に押し倒され、混乱する中で唇を奪われ。

 気付いたら何も着ておらず。

 強烈な痛みと、麻薬を1キロほど投与されたかのような快感を感じ、暴風雨のような運動を繰り広げたのであった。

 彼女は後に、それがエヴァが唆した事によりルークがコレに及んだ事だと知り。

 自分はただ鶴子の妊娠発言から動揺し、ヤキモチを妬いただけだと説明し。

 プンプンと怒ったが、ルークが誤魔化すかのように愛を囁き蕩けることになったのは、また別の話。







 別荘にやってきたイオンは、失神していろいろなモノでドロドロになったティアの惨状を見て絶句した。

 木乃香は「ええな~」と羨ましがり、刹那と夕映、亜子とアキラと円と桜子は真っ赤になって恥ずかしがった。

 だがアスナはその惨状を見て大爆発した。

  「痴情に溺れた色情魔! 色欲の権化! 煩悩まみれの破廉恥男!! 卑猥で猥褻で淫猥な好色魔人―――!!」

 一発一発殴ってくるから、その度に宙に舞ったルーク。

 さすがにコレには傷つき、「そこまで言わなくても・・・・・・」と、シクシクと涙を流すルークであった。









 そして翌日、ついに雪広リゾートアイランドへ出発した。






あとがき

 やりました!!(いろんな意味で)

 おめでとう、ルーク! ティア!

 長かったね。

 でもこんなアホなノリにしたくなかったような・・・・・・。

 まあ、ラブラブに書いても良かったのですが、外伝で書きます。

 今回は前編です。

 後編で、アスナがネギとルークのどちらと契約を結ぶか決定します。

 シンクの動向も今後注目してください。

 また次回はアスナとのやりとりも注目ですが、あやかと千鶴とルークの対談もご注目を。

 では、また。


つづく