「まさか、魔法界への扉が壊されるとはのぉ」

「ええ。僕も救援に駆けつけようとしたんですが、直前でゲートが壊されてしまい、入れませんでした」

「高畑君も入ることはできんか・・・・・・」

「はい。どうやら魔法界は・・・・・・死傷者が多数。主要都市もほぼ壊滅のようです」

「帝国のインペリアルシップ、帝都守護聖獣を含めた全ての聖獣、主だった鬼神兵、メガロメセンブリア主力艦隊、アリアドネーの戦乙女騎士団・・・・・・・・・全部壊滅じゃ」

「・・・・・・帝都ヘラスの皇女様たちはご無事でしょうか?」

「わからんの・・・・・・じゃが、そう簡単にやられるハズはないはずじゃ、逃走だけに全力を注げば逃げられないことはないじゃろうからな。それにこれで敵がいなくなったとしたら、魔法界は当分の間は平和・・・・・・というより新旧派の諍いがより小さなものとなり、平和になるじゃろうし」

「そうですね。治安は悪くなるでしょうが、全体的には良い方へ向くでしょう。敵が、バルバトス・ゲーティアという元凶がいなくなれば、ですが」

「うむ・・・・・・しかしコチラも早急に体勢を整えておかねばならんぞ、高畑君」

「まさか―――!」

「うむ・・・・・・バルバトスという男がナギや君から聞いた話通りの男だとしたら、間違いなくこの麻帆良の地へ、いやこの世界へ攻めて来るということ」

「・・・・・・魔法が世界にバレるという事態も、想定しておかねばなりませんね」

「うむ・・・・・・覚悟を決めねばならんの」

「しかし、敵があの男だとすると・・・・・・正直、今の僕でも、全力でも勝てません。それほどあの男の力は圧倒的だった・・・・・・あれから10年は経過している事から、もっと強くなっているでしょう」

「ナギやラカン、ガトウ君ですら敵わなかった男じゃからな・・・・・・」

「しかも、謎の機械兵を率いて戦力を上げているらしいですし。魔法大戦以来の、いえ、それ以上の被害が出る戦いになりそうです・・・・・・」












     第33章 バンドメンバー

 












 1人の青年がこれでどうだと叫び、腰を深く落とし、ジャイロ回天のように激しく回天する。

「陽炎小路(かげろうこうじ)!」

 青年・シンクがこの世界に来て気を使えるようになって覚えた技、突進系では最強を誇る自らの技で突っ込んだ。

 両手に気を集め、全身へと気と魔力が逆回転で真空の刃を作り出す、美しくも恐ろしい技。

 これまで、仕留められなかった相手はいない。

 だが。

「くだらぬわぁ!!」

(まさか―――っ! 片手で受け止めた!!)

 男は非常識にも、片手を突き出す事で自分の気を全て抑えんで受けきった。

 舌打ちするシンクは、そのままの勢いで反転して昂龍礫破を叩き込んだ。

 しかしその技も状態を反らすことであっさり避けられた。

 そこでついに男から攻撃が入った。

「死ぬかぁ!」

 両手持ち用の斧を片手で軽々と持ち、その斧が巨大化して燃え盛る炎が根元から吹き上げる。

 シンクは振り下ろされた斧を両の拳で、真剣白刃取りの要領で掴む。

 しかし、轟炎斬という名の技を防ぎきれるはずもなく、勢いで吹飛ばされる。

「ほう。この俺の技を防ぐか。いいぞ・・・・・・貴様はいい! 俺の乾きを満たす者だ! 久しい強者! あの小僧と戦った以来の強者の死合! 貴様を殺し、俺は英雄へまた一歩近づく!!」

「・・・・・・ごちゃごちゃ煩いんだよ」

 痺れる手を押さえ、ゆっくりと立ち上がるシンク。

「あんた、かなり強いのは知ってたけど、ボクと同じでずいぶん根性まがってるみたいだね」

「貴様もだろう」

「力で全てを蹂躙し、自分の障害を粉砕するそのやり方は正直好ましいさ。以前のボクならアンタと組んでやってもよかったかも」

「では今は違うというのか? その刺々しく破壊の力を真とするのだろう、貴様も」

「―――まあね・・・・・・・・・・・・昔、ボクにこう言ってくれた人がいたんだ。

『シンク。あなたの力は人を幸せにするためのものよ』

 ってさ。その時は笑い飛ばしたけど、アイツがうるさい位に言ってきてさ」

「―――ほう。アトワイトに似ているな、その女。で?」

「何もかもぶち壊してやりたい破壊衝動と反するように、あいつの言葉がボクの中に棲み付いたのさ」

 シンクは目を細め目尻が下がって、懐かしそうな笑みを浮かべる。

「アイツにめちゃくちゃ振り回されて、度々意見をぶつけ合って、喧嘩して、アイツと一緒に過ごして・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「それからだ。ボクは少しはこの力が、自分が・・・・・・好きになれたのかもしれない」

「・・・・・・・・・・・・」

「今でも変わってないし、昔からの憎悪もあるけど・・・・・・前とは違っているのも確かだ。もっと早くあいつと会っていれば、前の世界でも違っていたかもね。あんたにもそういう存在がいれば今とは違ったのかも」

「・・・・・・くだらぬわ。最強の称号が全て。我を阻むものは全力で殺す。それが最上!」

 話は終わったとばかりに近づいてくる男。

 遠くの方で、同胞の調たちが機械兵と戦っている音が聞こえた。

 シンクは距離が離れている事をチャンスだと見極め、譜術を展開する。

「大地の咆哮、其は怒れる地竜の爪牙!」

 魔法陣が展開される。

 強力な魔力の集束は、武道派の人間であるにも関わらず魔法界でもトップクラスだ。

 男との距離が40メートルほど離れている。これなら魔法が間に合う!

「くらいなっ―――! グランドダッ―――っ!!」

「魔法なぞ使ってんじゃねぇ!! 微塵に砕けろぉ!」

 体中から凄まじい気が膨れ上がり、


「ジェノサイドブレイバー!!」


「――――――っ!!」

 裂帛の気合と共に瞬間的に発生する大爆発。

 爆発の波は、一瞬で離れた位置にいたシンクを飲み込んだ。

「がっ・・・・・・・・・・・・はっ・・・・・・」

 黒煙から転がり出てきたシンクの意識は朦朧としていた。

 目の前が霞み、グラグラと大地が揺れ動いているように見える。シンクは自分が想像以上にダメージを受けた事に歯噛みしていた。

「くそっ・・・・・・」

「楽しかったぞ、シンク・ダアト。このバルバトス・ゲーティアが最強の英雄に、また一歩近づいた。貴様はその礎となるのだ・・・・・・貴様はぁ、俺の最高の玩具だったぜぇ!」

 バルバトスという狂気の男が目の前でとまり、愛器の大斧を振り上げる。

 遠くから、バタバタと駆けて来る足音が聞こえ、そしていくつもシンクの名を呼ぶ叫び声が聞こえた。

 そしてシンクは、彼女たちの声を聞きながら、「この瞬間を待ってたんだよ!」と叫び、導師の力をフルパワーで放出した技を放った。

 この瞬間、メガロメセンブリアは真っ白な閃光に包まれた。

 シンクの脳裏に過ぎったのは、自分と同位体の事でもレプリカのことでもオールドラントのことでもなく。

 彼がこの世界に来て、唯一、そして初めて愛した女性との思い出だった。



「断罪のエクセキューション!!」



「アカシック・トーメント!!」



 シンクの記憶の彼方で、彼女は長い金髪を翻して優しく微笑んでいた。

 巨大な、黄金の鳥に乗って。

 その少女は、とある世界ではある船を操作し、1人の男の子を愛し、守り、妹を案じて亡くなった少女の平行世界の人物であることは、誰もしらない。










 麻帆良学園女子中等部のある教室で、あるバンドグループ『でこぴんロケット』の練習は行われる。

 ルークは京都へ一旦帰っていった鶴子を見送った後、微妙に視線が厳しいティアたちのご機嫌を理解不能ながら取りつつ、学園に登校した。

 その日は穏やかな日常そのもので、学園全体は迫る学園祭の雰囲気に浮き足立っていた。どの生徒もワクワクした顔で、どんな出し物をするのか、あるのかを話していた。

 ルークは世界各地の小さな祭りは体験していたが、日本の祭りは初めて。しかも学校という学び舎の祭りというのは、オールドラントを含めて初めての体験であった。だからルークもワクワクしていた。

 まだクラス出し物は決まっていない故に、ルークたちの仲間組みで唯一決まっている亜子たちのバンドの話しで盛り上がるのは当然であった。

「俺、亜子たちのでこぴんロケットの曲とか、学園祭ライブで何をやるのかとか知らないんだけど、何やるんだ?」

「ん!? それは聞き捨てならないかも! えっと、たしかここに・・・・・・あったあった。ホイ、これ聞いてね」

 美砂は胸ポケットからMP3プレイヤーを取り出し、ルークにそれを渡した。

 ルークが視聴している間、アスナは美砂に聞いた。

「柿崎、アンタが今回もヴォーカルでしょ?」

「うん、まあそうだけどね」

「ウチ、絶対に聴きに行くわ」

「ありがと、このか。でも今回の目玉は私じゃないかも」

「え? 何それ」

 メインヴォーカルは美砂なのに、意味不明な言葉を言う彼女に首を傾げる一同。

「どういう意味です?」

 刹那がそれについて尋ねると、

「新曲があるからよ!!」

「「「「「「新曲!? おお~~~~!!」」」」」」

 感心する一同。ノリが良い美砂は椅子に立って握りこぶしをつけて声高に叫ぶ。

「しかもハッキリ言って、物凄い良い曲よ!! 上手くいけば歌手デビューするのも夢じゃないかも!!」

「「「「「「おお~~~~!!」」」」」」

 美砂の言葉に、一同は感心半分、言葉半分に受け取り感嘆の声を上げた。

 しかし関係者の美砂と釘宮と桜子は至って本気だった。

「いや、本当に名曲だと思うよ? ぶっちゃけアマチュア作品レベルを超えてるもの。未だに感心しちゃうからさ」

「うんうん。ドラムの私も付いていくのに必死なくらい今までとは難度が違う曲だしね」

「へ~~~~」

 アキラはこくりと頷き、傍にいた亜子の肩に手を置いて得意気に言う。

「ヴォーカルも亜子だし、作詞・作曲も亜子なんだよ」

「うそっ! 亜子が!?」

 よほど予想外だったのか、アスナまで目を丸くしてビックリしていた。

 亜子はテレながら頷き、頭の中にいきなりフレーズがふってきてん、と言う。

 するとルークが、耳にヘッドフォンを当てて聴きながら言った。

「へ~、亜子が作った曲なら聴いてみてぇな。今日の練習に聴きに行っちゃだめか?」

 ルークの言葉に、亜子がもの凄い勢いで首を振った。

「ダメダメダメ~! まだ未完成やし、完成してから聴いてもらいたいっていうか、麻帆良祭でルーク君に聴いてもらおうって思っててん。ごめんね、ルーク君」

「そ、そっか」

 妙な気迫にルークは少し引きながら納得した。

 そんなルークに亜子は、でも、と言葉を続け、首を僅かに傾けて笑って言った。

「この曲な、ルーク君と話してて思いついてん。この曲は大譜歌に及ばないけど、あの物語を侮辱しないように一生懸命歌うから応援して欲しいねんけど」

「そっか・・・・・・なんか照れくさいけど、光栄だな」

 ルークはポリポリと頬をかき、笑ったのだった。

 大譜歌? と、妙な単語に首を傾げたのは、亜子と夕映を除く全員だった。









<柿崎美砂>


 放課後、ルーク君たち一行と別れた私たちデコピンロケットメンバー。

 ここ最近・・・・・・亜子の様子が突然おかしくなった、いえ、もの凄く可愛く綺麗になった、新曲導入について決まった日から数日。

 まだ2・3日しか経ってないけど、桜子も柿崎も曲については賛成してくれた。

 亜子が歌うことについてはビックリしていたが、亜子の強い希望から快く了承してくれたのは、私も嬉しかった。

 そして、肝心のオリジナル曲。

 新曲『カルマ』は、亜子が簡単なメロディーをギターで録音して、デモテープを流し、歌詞カードを見ながら亜子が歌った。その時私は、私たちは鳥肌が立った。

 間違いなく“心に響く”名曲だと、全員が口にした。

 私たちはそれから一生懸命に試行錯誤を繰り返して練習している。

 とりあえず私は、JAS○AKに商品の版権申請のやり方を探している。きちんと特許申請をしていないと盗まれてからガタガタ騒いでも仕方が無い。

 そして、大袈裟かもしれないが、特許申請をする価値があると私は確信している。

 けれど、これが不思議なことなのだが、亜子以外のメンバーが歌うとあまりグッとこない。

 亜子が歌うと何だか胸の奥がジーンときて、何かが込み上げてくる衝動がある。それを感覚的に察した私たちは、この曲に限って亜子がヴォーカルをする事に賛成した。

 そんな私たちだったが、いざ練習を再開すると、亜子の不満が爆発した。

 どうやら、それぞれのパートの曲の弾き方が曲のイメージとは違うらしい。

 亜子は皆に説明した。

 この曲は、1人の王子様が世界に見放され、絶望しながらも世界を滅亡の危機から自分の命を使って救う男の子の人生をイメージした曲らしい。

 柿崎は「何それ・・・・・・?」と少し呆れ、桜子は「ファンタジーだね~~」と少し惚けた言だった。

 どうやら軽く受け流したらしいが・・・・・・私はその話を笑い飛ばす事ができなかった。

 修学旅行でティアさんから聞いた事、別荘で聞いた彼の過去の断片。

 そして・・・・・・数日前に亜子が泣き腫らした目をしていた事、カルマの詩。

 ・・・・・・・・・・・・そうか、わかった。

 これは・・・・・・彼の人生をイメージした曲だ。

 訳もない、根拠も弱いけれど・・・・・・私は、ルークの“彼女”なのだ!! それくらい気付くのは“恋人”なんだから当然!

 ルークの恋人“達”の1人として、負けてられないよね!

 私は気合を入れなおして、曲のイメージを真剣に語る亜子の言葉に耳を傾けた。

 しかし、亜子の熱意は私が予想するよりずっと上だったのだ。

「そんな適当に弾かんでよ!」

「適当になんか弾いてないってば」

「いつも通りに弾いてるよ、亜子」

「いつも通りじゃあかんから言ってるんやん。お願いだからもっと真剣にやってよ」

 亜子と、釘宮・桜子の間で諍いが起こっていた。

 この光景は非常に珍しい。

 いつも亜子は釘宮の後ろにいて、彼女に守ってもらう位置にいたから。そんな彼女の強気な態度に2人は困惑しつつも、少しムッとしたように言い返していた。

「そもそも、でこぴんロケットは“楽しく演奏する”のがグループイメージじゃん。だからいつも通りやってるってば!」

「そうそう。私もドラムは楽しくやってるよ?」

 釘宮と桜子は困ったように眉を寄せながら、亜子に言い聞かせるように諭す。

 亜子は、そんな彼女たちの言葉が勘に障ったようで、しかし自分が今、押し付けた要求をしていると思ったのか、プイッと顔を背けて呟いた。

「・・・・・・苦労もしない、自分たちにとって楽しいだけの演奏、それが本当に楽しいって言えるんかな」

 その言葉に、私はハッとした。

 エヴァンジェリンさんと茶々丸さんとチャチャゼロさんの家族、兼仲間。

 ルーク君とティアさんとイオンさん、そしてミュウの4人の仲間。

 それは、私たちのグループとは明らかに違う。羨ましいくらいに、何があろうと壊れない、そんな絆とでも言うべき繋がりがある気がした。

 そして、それは私は羨ましかった。

 あの人たちのソレは、きっと私では想像もつかない苦労を共にしたからこそあるものなのだろう。

 だが、それを亜子が言っても、釘宮と桜子に通じるはずもなく、何となく気まずい雰囲気が漂ったまま練習を続行した。

 そして練習は、午後7時が回った時間に終了となった。

「それじゃあ、各自自主練習は欠かさないでね」

「その通りだね。本番まで時間がないし、練習はもっとしないと」

 亜子が頷き、それで一旦解散となった。

 やはり、練習が終わっても釘宮と桜子、亜子の間の空気は微妙だった。

 ふと、彼女たちとの諍いの原因は魔法を知っている知らないの条件だけなんじゃ、と思い、それでも私も分からないんだから関係ないかと判断する。

 同じルームメイト同士で一緒に帰ろうという話になったが、ちょっと買い物してから帰るということで寄り道してから帰ることになった。

 そこにタイミングよく水泳部の練習を終えたアキラが合流して、校舎を後にした。

 女子寮を通り過ぎて駅前通りに出ると、一番大きなショッピングセンターに入り、地下の食料品店に足を運んだ。

「今日の晩御飯は何にしようか」

「疲れてるからお肉とか食べたいかも」

「んふふ~~~! 私はすきやき~!!」

「桜子! そんな費用がかかるの、簡単に食べられる訳ないでしょ!!」

 桜子の言葉に、釘宮は速攻で突っ込みを入れる。

 このメンバーだと、突っ込み役・諌め役はいつも釘宮の役割だった。

「とりあえず、今日は魚料理とかにしよっか」

「美砂・・・・・・魚料理できるの?」

「まあね~。めちゃくちゃ美味しいって程の実力じゃないだろうけど、食べられる程度の実力はあるでしょうね」

「魚は煮物が一番だって。魚の煮付けは最高♪」

「あたしは塩焼きが一番かな」

 本日の夕食のメニューについて、皆でギャーギャーと相談をしていると、ふと妙な空間を作り出している客達が前方の野菜コーナーにいた。

 私が気付くのと同時に、みんなも気付き「あ・・・・・・」と、声を漏らした。

 先にいたのは、ルーク君とティアさんとイオンさんとミュウちゃんの同居組み。

 鮮烈な焔の色をした綺麗な髪に、整った造形の顔のルーク・フォン・ファブレ。私の彼氏。

 亜麻色の髪が美しく、手足が信じられないほど長く細い、女神のような美しさを誇る絶世の美女・メシュティアリカ・アウラ・フェンデ。私の未来の家族。

 緑の髪がふわふわと流れ、華奢な体付きだが色気を纏う、美人というより可愛いという表現がくる、イオン・ダアト。私の未来の家族。

 ぬいぐるみのフリをしているが、実は家族が大好きなマスコットキャラクターのミュウ。私たちの癒しの源。

 否が応でも注目を集めて当然だと思う。

 正直、改めて客観的視点の立場に、初めて立った私は、尻込みしていたんだろう。それはアキラや釘宮、桜子も同じだったようで、知り合いなのに声をかけるのを躊躇われた。

 自分たちが話しかけれるような人たちじゃない。

 自分では何から何まで劣っている。

 むしろ自分たちが傍にいることは、犯罪ともいえるほど、いちゃいけないものなのかもしれない。

 そう、思ってしまった。

 事実、人は自分とあまりにも差がありすぎる存在を目の前にした時、体が動かなくなってしまうもの。

 だが。

 そんな私たちを尻目に、亜子は嬉しそうに駆け出し、ルーク君やティアさんの腕に抱きついた。

「ルーク君! ティアお姉さん! イオン様! ミュウちゃん! 奇遇やね♪」

「お、亜子じゃん」

「あら、亜子ちゃん。みんなもいるのね。貴方たちも買い物?」

「こんばんわ、和泉さん」

「こんばんわですの、アコさん!」

「夕食の買い物?」

「そうなの。ルークが私とイオン様の手料理を食べたいっていうから、食材の買出しにね」

「だってさ、ティアのクリームシチュー、ほんとに美味いんだから食べたくてしょうがなくってさ」

「も、もう! そんなお世辞言っても御飯しか出ないからね!」
 
「ふふ・・・・・・ルークもすっかりプレイボーイになっちゃいましたね」

「うぐっ・・・・・・」

 軽くショックを受けたような様子のルークは「しかたねーじゃん。俺のせいじゃねぇーっつーの」とブツブツ呟きながらお菓子をポイポイ放り込んでいく。

 こういう所はしっかりしていた。

 私たちはそんな彼等の様子を少し離れたところから見ていた。

 すると、ルークは私たちに気付いたようで声をかけてきた。

「お、アキラと美砂に釘宮、椎名じゃないか」

(アキラと美砂って・・・・・・!? 何で呼び捨てで!? いつの間に?)

 実はルークの馬鹿っぽさに惹かれていた釘宮は驚き、桜子はいいなぁ~柿崎、と呟いていた。

「何でこんなとこにいるんだ? 一緒に行こうぜ?」

「う、うん」

 アキラはなんとか普通を装いルークの隣を歩いてくるが、柿崎たち3人はどこか元気がないというか、遠慮がある。

(俺、なんかしたっけ?)

 ルークはそんな事を考え、首を傾げた。

 食肉コーナーに全員で訪れると、亜子たちがルークの傍から離れ食品選びに夢中になっている隙に、アキラはルークの傍に近寄り、そっと耳打ちした。

「あのね、どうもさっきバンド内で少し口論したらしいよ。亜子がちょっと浮いてる感じになってるみたい」

「・・・・・・亜子が」

「ルーク君、何か知らないかな?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ううん。どうにかできない? 私、亜子がバンドで気まずい思いをするのは嫌なんだ」

 アキラは真摯な瞳とルークを見つめてくる。

 本当に親友想いなんだな、と思いながら、亜子が1人気まずい思いをしなくてはならない事をルークは察していた。

(当たり前だよな。この平和な日本で育ってきた彼女たちで、ただ亜子だけがオールドラントの戦いを見たんだ。そしてそれを見た故に曲を思いついたというし)

 そうなれば1人考え方、視点、姿勢が変わってくるのも当然だろう。ルークはそれが自分にとってアクゼリュスの時であったように、亜子にとってはそれが正にその時だったのだろう。

 変わってしまい、それにより親友たちと気まずい感じになっているのなら、それは自分の所為だろう。

 ルークはそう考え、そして決意する。

(たとえどうなろうと・・・・・・俺は彼女たちを守ろう)

 マルクト皇帝ピオニー陛下が国民たちを守ろうとしたように、自分にとって彼女達は大事なんだから。

「やっぱり、こういうのは本人たち次第なのかな」

 アキラは考え込んだ様子のルークに肩を落とした。

 すると、ポンっと頭に手が乗せられる。

 へっ? と驚いてアキラは顔を上げると、そこには陽だまりのような優しい笑顔のルークがいた。

「大丈夫。俺もなんとか協力してみるよ」

「え・・・・・・ほ、ほんと?」

「ああ。まあ、役に立てるか分かんねーけど、ちょっとした意識改革くらいならできるぞ。美砂・釘宮、椎名のな」

「? ・・・・・・亜子じゃなくて、柿崎たちを?」

 ルークの言葉に少し疑問を持ったアキラ。何で全員じゃないのか、何で亜子じゃないのか、そう聞きたいようだ。

 そんな彼女に、ルークはくしゃくしゃっと髪を乱暴に撫で、少し悲しそうに笑った。

「もう亜子は知ってしまった。だから元には戻れない。亜子が悪いとかじゃなくて、亜子が美砂たちより少し大人になった、という事だと思うから」

「・・・・・・何をするか分からないけど、私もそこに居ていいかな?」

「ああ。というか、この後すぐにやるぞ」

「??」

 ルークの悪戯っ子な笑みを見たアキラは少し嫌な予感を覚え、でも彼なら何とかしてくれると、そう思ったのだった。







 ティアたちと亜子たちの買い物が終わり、彼女たちは外に出た。

 途中からルークの姿が見えなくなり、アキラからちょっと別のところに行ってくるから、出入り口のところで待っててくれ、という伝言を聞くと、とりあえずは買い物を済ませたのであった。

 待っている間、ティアとイオンはお互いに視線を合わせ、どうしたものか、と目線で会話をしていた。

 どうやら、亜子たちの空気がおかしいことに気がついたらしい。

 亜子は1人エアギターの練習をし、コードを押さえる練習をしながら待っているし、美砂たちはちょっと落ち込んだように俯いて壁に寄りかかっていた。

 ティアたちはアキラから何があったのかを聞き、そしてルークがその事でいなくなった事を知ると、ティアはハァ~と溜息を吐いた。

「ど、どうかしたんですか?」

「ええ・・・・・・ルークが何か思いついて走っていったのが少し、いえ、だいぶ嫌な予感がするのよ」

「そ、それは」

 少し頬を引き攣らせながら、言葉を濁す。自分も同じ事を感じたのだから、それも仕方ないかもしれない。

 すると、遠くから「お~い、待たせたな!」という声が聞こえた。少し先から、ルークが何か大きなのようなものを担ぎながら走ってくるではないか。

 全員が目を丸くしながらポカンとしていると、ルークはこっちに来てくれ、と林の奥へと連れて行く。

 戸惑いながら全員がついていくと、空が開けたところでルークは安物の絨毯を広げていた。

 その絨毯は安いものだが、手触りは良くて白い毛がふわふわしていた。

 だが、決して“外で”広げるものではない。

「な、何やってるの、ルーク君?」

 釘宮は、絨毯の先端に座ったルークにおかしそうに声をかけた。少し光景としては滑稽すぎたのだ。
 皆も同じようで、ティアは頭痛がする、とでも言いたそうだが、ルークとしては大真面目だった。

「ほら、疑問はあるだろうけど、さっさと座れよ」

「え、この絨毯に? こんな外で?」

「いいから、いいから」

 戸惑いながらおずおずと絨毯に座る亜子・美砂・釘宮・桜子・アキラ。

 何をするのか大体察したイオンと、ルークの考えを読んだティアが軽く溜息を吐いて、でも微笑みながら絨毯に乗ってきた。ミュウは相変わらずルークの膝の上に座る。

「・・・・・・釘宮、椎名」

「え、何?」

「なになに?」

「これから見せるのは、亜子と美砂、アキラが知ったものだ」

「「「・・・・・・・・・・・・!」」」

「しっかり掴まってろよ!」


 そして、絨毯は宙へと浮き上がり、空へと飛び上がっていった。




「「え、ええええええええ!? うそぉおおおおおお!?」」







 絨毯は空高く飛び上がり、夕暮れの街並みが米粒のような高さまで達していた。

 そう、これは箒に乗るのと同じ要領。ただ魔力とコントロール技術が箒よりも必要なだけ。

 後ろを見てみると、少し怖いらしく体勢を低くして、お互いにしがみ付いている釘宮たちの姿があった。けれど好奇心もあるか、そっと下界を見下ろしている。

「す、すすすすすす、すごいよコレ――!! 本物だよ!? 本当に空を飛んでる!!」

「わわわわわわっ!! 麻帆良があんなに小さく、っていうか、どれが麻帆良!?」

 多少混乱気味のようだが、時間が経てば落ち着くだろう。

 絨毯の周りに力場を発生させ、落ちないようにしてから、魔法で結界を貼り、気温調整をする。

 絨毯は高度4000メートルの高さまで飛び上がり、巨大な雲海の上へとやって来た。

 その光景は、薄暗い夜空と、僅かな紫色の夕日と重なり、信じられないほど美しかった。

「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
 
 声がなかった。

 いや、誰も言葉を発する余裕なんかなかった。

 ただ、世界という偉大なものに圧倒され、そしてこんなにも美しいものが存在するんだと、心底感じていた。

 もちろん飛行機の中から見たことがあるだろう。映像で見たことがあるだろう。写真で見たことがあるだろう。

 しかし、今自分たちがいるのは白い絨毯の上で、何も遮るものはない、完全に“飛んでいる”状態なのだ。

 感じ方も、視方も、全く違った。

 太陽が沈んでいく。

 黄金色と、そして紫色の光を発しながら、数多の星々を煌かせて。

 全て形が違う巨大な雲曇は、真っ白じゃなくて紫色をしていて、柔らかそうだった。

 星の形までハッキリと解る。自分たちは丸い球状の大地に住んでいることを。そしてどれだけ小さな存在だったのかを、改めて思い知る。

「なぁ、ルーク君・・・・・・」

 果てしない先を眺めていた亜子が、隣に来て言った。

「・・・・・・世界って、すごいね。星って・・・・・・やっぱり偉大だよね」

 その瞳は穏やかで、そして紫の夕日に当たる彼女は可愛いというより、美しかった。

「ああ・・・・・・こんなに偉大なら、人間なんかが星の意志に敵うはずはないって、いや、それも仕方が無かったかもなって思ってしまうよな」

「・・・・・・・・・・・・そうだね」

 亜子とルークの会話を、皆は聞いていた。そのどこまでも続く雲曇を見つめながら。

「でも、こんなに綺麗な星を、世界を、ルーク君は守ったんだよね。オールドラントって惑星を」

「・・・・・・そうだな。仲間たちみんなで、守ったんだ」

「やっぱり・・・・・・貴方の人生を歌にして、よかった・・・・・・星を歌にして、よかった」

 2人の会話を、釘宮と椎名と美砂は聞いて、そして少し解った。

 解った気がした。ルークと亜子が何を言いたかったのかを。

 たしかに、この光景を、この美しい世界を歌った曲があれなら、自分たちはいつも通りに演奏するのは間違っていた。

 少なくても、その意味を理解して、弾かなくてはならなかったのだ。

 だから。

「亜子・・・・・・」

「まどか・・・・・・」

「あこ」

「桜子・・・・・・」

 そっと、2人の手が亜子の手に重ねられた。

「ごめんね・・・・・・私たち、全然わかってなかったみたい」

「ううん、ちゃうねん。私が上手く説明できんかったから・・・・・・ごめんな」

「いいって。でも今度からはしっかり演奏るよ」

「あたしも~~~!!」

「もちろん、私もしっかりやるからね。私たちは4人ででこぴんロケットなんだから」

「うん!!」

 桜子が楽しそうに手を振り上げ、自身満々に胸を張り、そんな彼女に賛同するように美砂が頷いた。

 彼女も何か感じることがあったのか、少し暗い雰囲気だった先刻までとは違い、清々しい表情をしていたのだった。

 そんな彼女たちに安心したルークは、安堵の表情を浮かべて操作に集中する。

「ルーク」

「ん? ティア、イオンどうしたんだ?」

「やっぱり貴方は変わったわ。こんなに気遣いができるようになったなんて」

「本当ですね。公爵らしい、実にカッコイイ遣り方でした」

「よ、止せって」

「ご主人様、テレてるですのー!! ご主人様は優しいんですのー!!」

「うるせーぞ、ブタザル!!」

 ルークの根本的な性格は、やっぱり変わらないようだった。

 ぶっきらぼうで、でも優しい、そんなところが。

 そして、そんなやりとりをいつの間にか見ていたアキラと、亜子たちは、皆がルークに微笑んでいた。

 ありがとう・・・・・・ルーク君、と、アキラの口から零れた言葉は、優しく蕩けた声色だった。














あとがき

すいません、アスナ編には入れませんでした。

次回がアスナ編になりますので、お楽しみに。

アスナが選ぶのは、ネギかルークか、乞うご期待。


そして今回、シンク側も大きな動きがありました。彼にとっての彼女、それはあの人です。言うまでもありません。

セネルだけが相応しいという意見もあると思いましたので、彼女とは違う、平行世界の全くの別人、だけど同じ人物ということにしました。

平にご容赦して、寛大な心で読んでいただければと思います。


次回のメイン人物は、ルーク、アスナ、ネギ、トクナガ(さよ)、このか、あやか、千鶴になります。










つづく