1つだけ言えるとすれば、綾瀬夕映はオールドランドの魔物を舐めていた。

 『魔物』という範囲を『野生の獣』と同程度として捉えていた。

 どこかで甘い期待をしていたのかもしれない。

 妖獣のアリエッタと驚くほど似ている自分は、決して偶然ではなく、何かしらの意味がそこにあると思っていて、イオンと本契約を結んだのもそこに狙いがなかったといえば嘘になる。

 マスターカードを観た瞬間、カードの絵柄に自分と妖獣たちに囲まれている自分の絵を見た瞬間は、予想通りすぎて、笑みがこぼれたほどだった。

 夕映は歓喜した。

 これで、自分はルークの傍にいられる、彼の役に立てる、傍にいる資格を手に入れたのだと。

 そして、今。

 自分のその認識は甘かったと、所詮15年しか生きてきてない若造に過ぎなかったなのだと思い知らされた。

 そう。

 所詮自分は今まで、安穏・平穏・平和という微温湯の世界で生きてきたのだから、精々『痛い』という事も捻挫や骨折程度、『恐怖』といっても肝試し程度、『戦う』といっても勉強や部活などスポーツ程度の事しかしてこなかったのだ。

 だから、今。

 肉食獣・ライガに追われ、泥まみれで草陰に隠れているしかできないのだろう。










     第31章 感情への動機

 
















 話は1時間前へと遡る。

 イオンと“本契約”を結んだ夕映。ルークとの仮契約カードを手に、ライガを召還した。

 カードの説明を見なくても、調べなくても、なんとなくだが感じていた。不思議とカードが教えてくれた気さえした。

 カードが儀式召還の肯定をすっ飛ばして、魔獣を呼び出すカードだということを。

 だが。

 “呼びだされたモノ”が“呼びだした者”を主と認めているなんて保障はどこにも、ない。

「GAAAAAAAAAAAAA!!」

「ひ・・・・・・っ!!」

 凄まじい雄叫びは、種としての生存本能から即座に逃げたがっていた。

 自分は喰い殺される、それだけが頭の中に埋め尽くしていた。

 ライガは、自分を妖獣のアリエッタと同じようには、認めてくれなかったのだ。

 広場に充満する獣の匂いと、ビリビリと振動するライガの雄叫び。

 夕映はライガの顔が脇目を見た瞬間、逃げるチャンスだと判断し、足を一歩後へ向ける。

 しかしそこへ声をかけたのがイオンだった。

「夕映さん」

「あ・・・・・・え・・・・・・?」

「今逃げたら、あなたは力を手にする事はできず、そして後にそんな自分を後悔することになりますよ」

「・・・・・・あ、あああ・・・・・・」

「貴方は戦わなくてはなりません。そして、勝てば貴方が望むモノに一歩近づくでしょう」

「!」

 イオンの一言に、やっと我に返った夕映。

 そう。逃げちゃだめだ。幸い、自分は戦う術を、『魔法』を知っているじゃないか。

 ルークだって、ティアだって、イオンだって逃げなかった。

 兄弟と戦うことを、兄と戦うことを、師匠と戦うことを、家族と戦うことを、自分の命を賭して戦うことを。

 そうして、自分から色々と削り落とした結果、今ここにいるルークたちなのだ。

 彼らと共にいるためなら、自分も何かを削らなくてはならない。

 それが精神的な何かになるのか、それとも喰い殺されるという自分の命が対価になるのか。

「そうです・・・・・・私は戦うと誓ったはずです」

「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR・・・・・・」

「・・・・・・来るですよ、ライガ。貴方を倒して、私をアリエッタさんの次の娘として認めてもらうです!」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 夕映が恐怖で震える指をライガに向けると、ライガは大きな尻尾を一叩きして殺気を開放して叫んだ。

 腰が抜けそうになるの叱咤しながら、夕映は移動用魔方陣に駆け込み、修練用のジャングル地帯へと飛び込んだ。

 その後を、ライガも追っ手ジャングルへと入っていったのだった。

 今、綾瀬夕映vsライガの殺し合いが始まった。

 これが、綾瀬夕映像の初実戦である。







 転送魔方陣へと消えていった夕映とライガを見たティアは、イオンへと詰め寄った。

「イオン様、無茶です! なぜ夕映ちゃんにパクティオーカードを、しかも本契約なんてっ!!」

「わかってます、ティア。今の綾瀬夕映さんの実力では難しいでしょう。彼女の実力はまだ低い」

「じゃあ、なんでっ!?」

「ティア、尋ねなくても貴方なら知っているでしょう? どんな状況だとしても、退けない戦いというものがあるということを」

「!!」

「やらなくてはならない戦いというものが、綾瀬さんにとっては今だという事・・・・・・ただそれだけなのだと思います。ルークにとってアクゼリュス以降が、ティアにとってはヴァンとの戦い全てが、僕にとって死ぬあの時がそうであったように」

 イオンは目を瞑って言う。

 確かに、イオンの言葉を理解できる。人には退いてはならない戦いというものがあり、そこから一歩でも逃げたらその者の人生は終わる。

 ティアにだってそれはわかっていた。

 ただ、どうしても心配だった。最近まで一般人だった彼女が、あの『ライガ』相手に戦うことなどできるのだろうかと。

「メシュティアリカ」

「・・・・・・エヴァンジェリン。貴方見てたのね?」

「ああ。イオン・ダアトとの本契約を結ぶ綾瀬夕映、そんな愚かなところを見逃すはずもなかろう」

「愚か、ね」

「ああ。私が見たところ、あいつは戦う意思はあるようだが・・・・・・どうかな。一撃でも攻撃をその身に受ければすぐにその意思など折れてしまうだろう。そうなればあの獣に喰われるのがオチだ」

「僕が言うことではないですが・・・・・・貴方はそれを察しておきながら、クラスメイトを見捨てるのですか?」

「当然だろう、導師イオン。アイツは賞金首かつ人間の範疇を超えた力を持つルークの傍にいると宣言したのだぞ? これくらいの事を乗り越えてみせろというものだろうが」

 エヴァはフフンと鼻で笑い、傍の椅子に座る。

 エヴァンジェリンという少女は、生き急いででも力を求めようとする者、リスクを背負ってでも力を求める者は嫌いではなかった。

 むしろ、そういう者に関してはたとえ結果が死のうが、手にしようが、どちらにしても好ましかった。

「ルークとネギ君、でしたか。2人が戦う経緯は聞きましたが・・・・・・貴方は良い師のようですね」

「ほう? 何故そう思った」

「手段はどうあれ、ナギの息子という立場の彼に、世の中の理不尽さ、無情さを教えたかったのでしょう? 正義や悪という単語も、所詮は詭弁でしかないのだという事を」

「フフフ・・・・・・その通りだ。ああいう『青臭いガキ』には、ソレを教えるのが一番難しい。だがちょうどいいところに、その両方を味わったルークという14歳の男と、ガキの理屈を振りかざす小僧の過去を偶然にも見れた。私という何百歳も歳をとったやつより、歳がさほど変わらない同じ歳の自分の生徒から叩き込まれる方が、よほど堪えるというものだ」

 クククと笑いながらイオンとティアをみる彼女は真正の悪人のようだ。

 しかし彼女の言葉も間違っているとは思えない彼女たちは、そうですね、と相槌を打つだけだった。

 ただ自分たちに出来るのは、彼女が“ココまで”這い上がってくるのを信じることだけだ。

 ―――が。

「では・・・・・・いざという時の為に、僕も向こうに行っておきましょうか。ティア、手伝ってもらえませんか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もちろんです。というか、初めからそのつもりなら、意地悪な事言わないでください!」

「ハハハ・・・・・・すいません」

「どいつもこいつも、甘ちゃんだ」









「ここは・・・・・・?」

 宮崎のどかはゆっくりと目を覚ました。

 ぼーっとする頭でゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。

 視線を落として自分の胸元を見ると服装が制服でも私服でもなく、簡素な入院着に着替えさせられていて、何で自分がこんな格好なのか首を傾げた。

 それから考え込み、しっかり10秒経ってから思い出した。

「―――っ!」

 ボタボタと落ちてくる、真っ赤な血。

 真っ赤に染まった顔で、心底安心したという表情を浮かべるルーク。

 激しく争う“大切なネギ”と“優しいルーク”の2人。

 2人が争う姿を見たくなくて、無我夢中で飛び出したのだが、結局自分はルークに―――と考えた所で、ハッとなった。

「・・・・・・そ、そうだ・・・・・・ルーク君!」

 この時、のどかの頭を占拠していたのは、自分を庇った所為で激しく傷ついたルークの安否であった。

 ネギの事が脳裏に過ぎり、でも優先されたのはルークの元へ行く、それだけであった。

 のどかは、この時からの自分の心の変化が、後にあれほどの痛みを伴う結果となって帰ってくるなんて、思ってもいなかった。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ」

 廊下を走るのどかは、外が真っ暗な事から現在は夜である事を悟る。どうやらあの騒ぎから意外と時間が経っているらしい。

 広間に出ると、皆がベッドで眠っていた。キョロキョロとルークの姿を探し、亜子やアキラ、アスナや木乃香や刹那が寄りかかっているベッドの上で安らかに眠るルークの姿が。

 彼が「イオンが女だなんて・・・・・・女・・・・・・女?」とぶつぶつと寝言を言っていて、何やら苦しそうだ。

 そんな彼を見て、無事だったんだ、と安堵の溜息を吐く。意味不明な言葉を呟いているが、どことなく不穏な意味として捉えてムッとする。

 そこで、ふと気がついた。

「・・・・・・・・・・・・ゆえ~?」

 一番の親友がどこにもいないのだ。彼女のことだからルークの傍にいると思ったのだが、どこにもいない。

 のどかはふらふらと探し回り、途中でネギと楓・古・朝倉・カモが眠る部屋を見つけ、ネギの無事をみて安心する。

 思ったより重症ではない。おそらく精神的な疲労から眠りが深いのだろうと察する事ができる。

 彼を見て、ズキッと胸が痛む。

 彼に拒絶された。

 いや、気を使われて、拒否された。

 きっと彼はルークに言われるまでなく、知識として仲間の重要性は分かっているはずだ。そしてその範疇に自分は入る事はできなかったのだ。

 そしてルークは、純粋に自分が悲しんでいる事に反応し、あれほどまでに怒った。

 のどかは、正直言ってルークが強く抱きしめてくれた時、絶望から助けてくれた救世主のように、神様のように思えた。

 ショックで心が寒かった状態で、背中に腕を回してぎゅっと二の腕を掴む手の平から、温かいぬくもりが伝わってきて、落ちていく自分をひっしに引きずりあげてくれた。

 あれは、あらゆる意味でマズかった。

 すると、ふと視界の片隅に人影が見えた。

「あ・・・・・・あれは、エヴァンジェリンさん・・・・・・ティアさんと誰だろ~? あ、いなくなっちゃった・・・・・・どこにいったのかなぁ~?」

 のどかはそっと影から覗き込み、様子を窺う。すると。

「起きたらコソコソせずにこっちに来たらどうだ、宮崎のどか」

「はうっ!?」

 バッチリばれていたので、ゆっくりと近寄るのどか。

「あ、あのエヴァンジェリンさん。い、いろいろとご迷惑をおかけしたみたいで・・・・・・すいませんでした~」

「ああ。私の策略でこの事態を招いたことだからな。その程度のケアはしてやるさ。ところで体調はどうだ?」

「は、はい。大丈夫です。ルーク君が庇って・・・・・・くれましたから」

「そうか」

 微妙に言い澱むのどかを横目でチラッと見て、興味なさそうに目線を外すエヴァ。

「あ、そうでした。あの、ゆえはどこにいったかは―――」

「ん? ああ、綾瀬か。あいつなら今、死合中だ」

「し、試合ですか?」

 スポーツか何かかなと思ったのどかだったが。

「ライガという、異界の魔獣との殺し合いだ。果たして、生きて帰ってこられるかどうか。怪しいところだな」

「殺し合い!?」

 ビクリと震えるのどか。先ほど大切な2人が殺し合いをしたことから、のどかはその言葉に異常な恐怖を感じてしまう。

 親友が殺し合いをしている、その事実にのどかは急いで駆けつけようと思い、走ろうとする。

 しかし、ここで信じられない現象が起った。

「あ・・・・・・あれ・・・・・・足が・・・・・・!?」

 ガクガクと勝手に震え始め、そして震えはやがて体全体へと伝わっていく。その様子はまるで恐怖に襲われたかのように。

「な、なんでこんなに震えが・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 言葉ではそう言っても、のどかにも分かっていた。これは心的外傷心理だと。

 自分の所為で大怪我して、大量の出血が自分の顔面に振ってきて、それでも優しく、そして凄く安心した表情で微笑んでいた。

 だから余計に、ルークが亡くなってしまうと思った。そして同じ事に夕映もなってしまうのではないか、のどかはその想いに縛り付けられてしまった。

「ゆ、ゆえ―――っ」

 何かを手に入れたのどかは、しかし払った代償は、大きかった。







「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 今、夕映は可愛らしい紫のワンピースと白のスカートという服装が、茶色に染まっていて、元の服装の見る影も失っていた。

 顔も土だらけで髪も泥に浸かっていて、どこか戦場にいる兵士のようだ。

 それもそのはず。

 夕映は転送魔法陣に入った後、とにかくジャングルの中を駆け抜けた。もう必死になって死に物狂いで駆け抜けた。

 草木で小さな傷が腕や足にたくさん出来たが、そんなものに構っていられなかった。

 とにかく身を隠して体勢を整え、戦略を練らないと、自分は喰われる。

 殺される。

 恐怖から逃れる為の生存本能から無我夢中で逃げ、途中で人間の匂いを消さなければと思い立ち、汚い泥水に飛び込んで全身に塗りたくった。

 現在の夕映の格好はとても15歳という思春期の女の子の姿ではなかった。

 夕映は杖を構えて草葉の陰からそっと周りを伺う。

(まず根本的な問題として、私にライガを倒せるだけの決定力がないというのが問題です)

 そう。ルークたちですら2人掛かりで倒せず、譜術に関して圧倒的な力を当時に保有していたジェイド・カーティスのおかげで倒せたのだ。

 自分に出来るのは障壁・目くらまし・突風、それぐらいだ。

「試した事はないですが・・・・・・おそらく1発程度であれば『白き雷』も使えると思うですが・・・・・・」

 出力的には遠く及ばないまでも、気絶に持っていくには『白き雷』しかないと判断する。

 というか、それしか効果がない気がする。

 そう思考の海に没頭した瞬間、夕映に大きな隙が生まれた。

「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「しま―――っ!!」

 上空から聞こえる叫び声。

 夕映は咄嗟に前方へと転がり出る。

 しかし、彼女は失念していた。ライガを一般の百獣の王と同じ尺で捉えていた。

 ―――メリッと鈍い音が響いて、身体が吹き飛んだ。

「あ・・・・・・あぁ・・・・・・ああああ」

 ゴロゴロと転がる夕映は、何が起こったのか、視線だけで確認する。

 そして長い尾を翻すライガを見て、納得する。自分は尻尾で殴り飛ばされたのだと。

 そこまで来て、激痛が自分を襲ったのに気が付いた。右腕だった。

(これは、折れてるです! こんなに痛いなんて・・・・・・痛い! 痛い!)

 激痛は、信じられない痛さで夕映を襲った。全身も転がり叩き付けられた衝撃で息が詰まるように苦しいし、あまりの痛みに腕を見ることができない。

「GAAAAAAAAAAAAA!!」

 ライガの呻き声でハッとなった夕映は首だけをライガへと向ける。ライガは雄叫びを上げて自分を見て、突っ込んでくるように体勢を屈める。

 それは咄嗟の反応だった。

「プラクテ・・・・・・ビギナル・・・・・・光よ(ルークス)!!」

 ライガの目の前で発生した発光は、獣のライガには大いに効果があり、突進状況から急ブレーキを踏んだ。

 その隙に、夕映はバタバタと草木に飛び込み、再び逃走を開始する。

 一歩地面を踏みしめる度に襲ってくる激痛。しかし夕映は足を止めなかった。止めたら自分は殺される、それを分かっていた。

「上空へ逃げられれば・・・・・・いえ、例え箒で空を飛べてもライガの譜術が・・・・・・そういえば、なぜ譜術が来ないのです?」

 重要なことに気が付いた。ライガは魔獣。譜術も使えるし、本来もっている火炎系から雷撃まで、ライガは魔法と呼べる攻撃手段を持っているはずだ。

 しかし、先ほどから遠くからはソレを使ってこず、また接敵しても体格を利用した攻撃しかない。

 それは、こちらの力量を見ているのか、それとも別の意図があるのか。

 獣といっても馬鹿にしてない。ライガはあの妖獣のアリエッタを育てた親。知能は人間に匹敵するといっていい。

「どちらにしろ自分の力量を見せないと・・・・・・何の進展も―――ないですっ!!」

 夕映は“詠唱コード”を持っていない。

 だからこそ、無理矢理にでも魔力を通す。

「闇夜切り裂く・・・・・・・・・一条の光」

 詠唱を開始した夕映に、クラリと強烈な眩暈が襲う。無理矢理に詠唱を行っているから、強引に体内の魔力と空気中の魔素を合わせていた、その反動症状であった。

 ガサガサと音がして、いきなり音がなくなる。

「我が手に宿りて敵を喰らえ」

 必死に居場所を探した。

 上、左、右、下、斜め。

 どこにもいない。いったん距離をおいたのか―――?

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「!!」

 答えは背後だった。

 夕映は必死に振り返り、そして爪先が視界に入った事で全力で首を捻る。

 爪が自分の肩をの上を通過し、しかし肩を軽く抉られる。

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 肉が抉られる痛みは尋常じゃなかった。

 あまりの痛みで意識が飛びそうになる。その瞬間、ルークとティアの2人の姿が浮かんだ。

 かつての仲間と決別し、たった2人で背中合わせに戦い、支え合い、通じ合った2人。その姿は―――。

「――――っ、白き雷(フルグラティオー・アルビカンス)!!」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 杖から落ちる、強烈な雷をまともに正面から当たるライガ。

 苦しの声を上げてその動きを停止した。

 目の前で閃光のようにライガの全身を襲った雷。夕映は動かなくなったライガを見て、ホッとした。

 勝った。

 自分はライガに一発食らわしたのだ。

 もう大丈夫。

 夕映は遠くからコチラに駆けて来るティアとイオンを見て、動く左手で顔を顰めながら手を振る。

「ティアさん、イオンさん、勝ったですよ~~!!」

「よかっ―――夕映さん、後ろ!!」

「夕映ちゃん!」

 ホッとした顔を浮かべ、急変して慌てるイオンの顔。

 ティアもサッと青褪めて叫ぶ。

 夕映は、はい? と首を傾げて、そして今までで最大級の衝撃が彼女を襲った。

「―――――っ、――――あ!!」

 何が起こったか、分からなかった。

 気付けば自分は大木に叩き付けられていて、額からは夥しい血液が流れていた。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

(殺される・・・・・・・・・・・・)

 やはり出力が足りなかった、夕映は驚くほど冷めた思考で、状況を他人事のように見ていた。

 すでに痛みも感じない。

(私は・・・・・・裏の事情など何も分かっていなかった。今まで感じた激痛も、ライガの威圧感も全てにおいて圧倒されて、逃げたくなって・・・・・・)

 夕映の瞳に涙が浮かぶ。

(こんな、チビで容姿も頭脳も平凡な私が、ルークの役に立てる筈がなかったんです)

 ここで死ぬ、自分の生を諦めよう、そう思った時だった。

 脳裏に過ぎったのは、死にたくないと叫ぶ、彼の姿だった。

 あらゆる意味で自分自身と殺しあわなくてはならなかった、ルークとアッシュ。

 両親に、国に、世界に見捨てられ、それでも一生懸命堪えて、文字通り世界を救ったルークとティア。

 何故自分はこんなに彼に執着しているのか。

 彼の力になりたい、彼を支えたい、彼を救いたいと思ったから?

 そう、それだってある。

 それが大半の理由だ。

 だけど、理由を動かす根拠が必要だった。

 それは・・・・・・。

 ただ自分が――――。

「まだ・・・・・・まだ、まだ戦えるです!」

 カッと目を見開き、夕映は叫んでいていた。

 左腕しか上がらない、しかしそれだけで十分。

 ティアや仮契約カードの銃で必死にライガを攻撃し、こちらに注意を引こうとしているが、ライガは、否、『ライガクイーン』は 夕映だけに攻撃を定めていた。

 大きな口が自分の頭部目掛けて降りてくるのが分かる。

 この一撃で喰おうとしているのが、分かる。

 賭けるのは、自分の全魔力・生命力。不足分は、自分の健康部分から削ってでも補おう。

 夕映の足元に特殊な魔法陣が展開される。

 その魔法陣にイオンは目を見開き、自分から僅かに魔力が、音素が吸い取られるのを感じた。

 ティアは紡がれる言葉に目を見開き、銃を下ろす。

 夕映が唱えようとしているものは―――。


「雷雲よ!我が刃となりて敵を貫け!」





「サンダーブレード!!」





 桁違いの雷撃が、ライガクイーンを貫き、夕映は意識を失った。









あとがき










つづく