誰かが呼んでいる。


親友を殺しかけた俺なんかを、優しい声で呼んでいる。


どこか懐かしい声。


昔に失くしたはずの味方の声。


唯一無二の最初からの理解者。


迷うであろう自分に命をかけて標を残してくれたアイツ。


誰にでも優しかったアイツ。


俺にだけ、特別に優しかったアイツ。


理屈では同類だったからなんだろうけど、きっとそんなつもりじゃなかっであろう、アイツの想い。


アイツを失って。


目の前で消滅したアイツを見た俺は、自分の未来の姿を視た。


そこで初めて気が付いたんだ。


ティアが大切な人。


アッシュが兄弟な存在。


そしてアイツは・・・・・・。


アイツは・・・・・・・・・・・・。

イオンは―――。









     第30章 イオン旋風巻き起こり、夕映は望む

 









 ルークの顔色が良くなったのを確認したイオンとティアたちは、静かに寝かせておこうじゃないか、というエヴァの提案によりテラスに向かった。

 テラスに出た麻帆一同は、改めて目の前で優しい笑顔で佇む女性を視た。

 突然やって来た、緑の髪の二十歳くらいの美しい女性。

 儚い雰囲気が出ていて、童話に出てくる『守ってあげたくなるお姫様』というのは彼女の為にあるのではないだろうか、そう思ってしまうくらいに線が細い。

 彼女を知らない美砂やアキラ、長瀬や古や朝倉は目の前の女性は何者なのかさっぱり分からず、少し困惑気味だ。また、亜子たち親友は知っているらしく、「イオン様」と全く使った事もない言葉で呼んだ事も困惑の一躍を買っていた。

 そしてテラスに向かう最中、ティアがイオン様と呼ばれる女性と何か話していた。

 ティアはイオンにあの戦いの顛末、そしてこの世界に来るきっかけ、これまでの経緯を話した。イオンは時に表情を曇らせ、悲しそうに頷き、目を丸くして驚き、嬉しそうに笑ったのだった。

 大体の事情を把握したイオンは、改めて回りの人間を見た。

(なるほど・・・・・・ルークはとても慕われてるようですね)

 さっきからチラチラとルークが眠っている方を振り返っては心配そうにしている亜子と夕映。彼女達は自分を知っているようで、ティアから聞いた、ルークの過去を視た子だと察する。恋人(?)の子だろう。1人は恐ろしいほどアリエッタに似ている。

(・・・・・・で、ルークを召喚したマスターの、近衛木乃香さんと親友の桜咲刹那さん)

 ルークの無事を確信しているのか、それとも自分のダアト式譜術に全幅の信頼を置いているのか、さっきからニコニコしていた。この子たちは既に両親からルークと結婚を認められている(大いに推奨している)らしい。

(この子たちは、まだ僕の事は知らないようです)

 美砂とアキラなど、困惑気味の表情の彼女達を見て察する。しかし話を聞くと、背の高い少女と色黒の女の子、派手な感じの女の子を除いた彼女達も同じようにルークに好意を持っているらしい。

(トクナガ・・・・・・? なんでこんな所に・・・・・・・?)

 イオンはトクナガの中にいる相坂さよに気付いていなかった(笑)

 そして・・・・・・。

(明日菜ちゃん・・・・・・まさか、ここで再会できるなんて)

 イオンは昔を思い出し、ジーンと熱くなった。

 不自然なくらいに大きな斧のような武器を持った、強すぎる男に分断されて、強制的にガトウさん達と一緒に飛ばした自分の判断。

 あれは間違っていたのか、正しかったのか、それは分からない。けれど、目の前に立派に成長した彼女を見て、あの時の自分の判断は間違ってなかったと思う。

 イオンは、彼女が自分に気付かないことから、記憶を封印されているのだろうと判断し、この思い出は今のところ、自分の中だけに閉まっておく。

「では、改めまして・・・・・・初めまして、皆さん。僕・・・・・・いえ、私の名前はイオン・ダアト。本日よりここでお世話になることになりました。よろしくお願いしますね」

 イオンはにっこりと微笑むと、彼女に釣られたように挨拶の声が次々と上がった。

「初めまして、イオン様。私は桜咲刹那と申します。貴方の事はルークからいろいろと聞いてます。よろしくお願いします!」

「よろしくなぁ、イオン様。ウチの名前は近衛木乃香っていいますぅ。学園長であるおじいちゃんの孫やえ」

「はじめ、まして・・・・・・神楽坂明日菜って・・・・・・いいます。よろしく・・・・・・」

「よ、よろしくお願いしますです、イオン様。ウチは和泉亜子って言います。貴方の事は最近知ったんですが、勝手に尊敬してました」

「私は綾瀬夕映と言います。和泉さんと同様に最近知ったんですが・・・・・・いえ、とにかくよろしくです」

 何かを言いかけた夕映だったが、すぐに引っ込めた。それに対して首を傾げるイオンだったが、長瀬・古・朝倉の自己紹介を聞いて、とりあえず後で聞こうと決める。

 明日菜は物凄く戸惑った様子で、そしてイオンをジッと見つめて挨拶した。何か、強い違和感があるようだが・・・・・・?

 そして最後に、エヴァンジェリンが一歩前に出る。

「私は真祖の吸血鬼、ヴァンパイア・エヴァンジェリン。闇の福音、禍音の使徒と呼ばれた存在だ」

「貴方が・・・・・・初めましてですね。私はイオン・ダアト。ナギ・スプリングフィールドに召喚された者です」

「そうか・・・・・・しかしさっきは助かったぞ。あのままではルークは危なかった」

「いえ、間に合ってよかったです。そして、ルークと友諠を結んで頂いたようで、ありがとうございます」

「ふん・・・・・・別に友諠など結んでおらん。勘違いするな」

 エヴァはいつだって素直じゃなかった。

 イオンはティアを見て、ミュウを胸に抱きながら、この地に入ってきたもう一人の女性を背後に感じながら、もう一度よろしくと言って微笑んだのだった。

 ここに、女神と鬼神が邂逅する。

 果たしてどうなってしまうのか・・・・・・・・・・・・?








 魔法世界のとある都市、その酒場に、彼と美少女5人はいた。

 彼の名はシンク。烈風の称号を持つ男。

 調(しらべ)、焔(ほむら)、栞(しおり)、暦(こよみ)、環(たまき)という5人の美少女たちは、賑やかに彼を囲んで飲み食いしていた。

「やはり我々6人で戦うべき相手です、あの煩い男!」

「・・・・・・賛成です。我等の組織があの男たった一人にやられたのですから」

 焔という少女が息を撒いて肉を頬張り、調というやや大人しめの印象の女の子が同意する。

 他の子は、なんとも言えないという顔で無言を通していた。

 2人はどうすれば勝てるか、その意見を交わしていたが、シンクによって遮られた。

「ダメだよ。あんた達にはアイツとは戦わせないって言っただろう?」

 シンクはシェリー酒を一舐めすると、ギロリと睨みつける。

 その視線に、関係のなかった3人まで身体を強張らせた。

 しかし焔と呼ばれる少女は納得いかなかったのか、シンクに言う。

「で、でも・・・・・・シンク様、あたしは自分の手でフェイト様たちの仇をとりたいんです!」

「・・・・・・僕の命令が聞けないの?」

「――――いいえっ!! 申し訳ありません!!」

 シンクの声のトーンが下がったことに、ビクリと震える焔。

 少し気まずい雰囲気が流れると、シンクはサッと皆を眺め、ポツリと呟く。

「―――あいつの妹分でもあるあんた達を、死ぬ可能性の高い戦いをやらせる訳にはいかないからね」

「「「「「・・・・・・シンク様」」」」」

 この時、この5人の少女の中の数名が、ズキリと胸が痛くなった。

 シンクは微かに唇を吊り上げて笑う。

 彼は本音を喋っていた。

 自分が召喚された3歳の時から組織にいた子で、あの子は当時は10歳だった。

 その女の子はことあるごとに自分を引っ張りまわし、自分の中に物凄い力で入り込んできて、勝手に写真まで撮って。

 その彼女の妹分的存在が、目の前の彼女たち。

 そしてあの子は―――――。

「・・・・・・・・・・・・っ!!」

 襲ってきた強烈な痛みに、ギリッと歯を噛み締めたシンクは、シェリー酒をぐいっと一気呑みしたのだった。







「ここは・・・・・・」

 目が覚めたルーク。

 彼は何があったかを思い出すと、顔を覆って天を仰いだ。

 自己嫌悪に陥っているようだ。

 そして、額のタオルをとって窓の外へ視線をやると、そこには優雅に紅茶タイムを取っているティア達一同、その隣で美味しそうに抹茶を飲む鶴子。そして信じられない人物がいたのだった。

「イオン!!」

 ルークは大きな声で叫ぶと、まだ鈍痛が残る体を気にせずにヒョイっと窓から飛び出す。

 ティアたちはルークが目覚めた事で嬉しそうな顔をしているが、ルークは今は彼女たちに答える余裕はなかった。

 横顔しか見えなかったイオンの顔が、ゆっくりとこちらを向き、その表情はパッと華が咲く。

 あの緑のフワフワした髪も、優しげな瞳も、全く変わってない。

 身長は大きくなってるし、顔の輪郭もやや細くなっている。

 けれど、自分を見つめる瞳はちっとも変わってなかった。

「ルーク!!」

「イオン!!」

 全力で駆け寄るルークに、イオンも目尻に涙を浮かべて駆け寄る。

 2人はおもいっきり抱きしめあった。

「イオン・・・・・・おまえっ、やっと会えたなっ!! よかった・・・・・・っ!!」

「ルーク、ごめんなさい。僕は、僕にはあのときアレしかなくって」

「分かってる。分かってるから、もういいんだ。俺だってあのとき―――」

 2人はお互いに言葉を交わし、何度もお互いに頭を下げ合う。

 言いたい事がいっぱいあったのだ。

 伝えたい言葉が、想いがたくさんあったのだ。

 だけど、言葉にするのは難しくて、伝えるのは大変で。

 そんな2人を、木乃香や夕映たちは苦笑いしながら見ていた。

 だって、2人の遣り取りや構図は、恋人にしか見えなかったのだから。

 ルークは白いブラウスを着た背中に手を回し、ぎゅっと力を入れた。

「あっ・・・・・・・・・・・・」

「ん? どうした、イオン」

「あ、いえ、ちょっとビックリする力で抱きしめてきたので、驚いてしまって」

「おいおい、何を女の子みたいなこと言ってんだよ」

 この時、空気が凍った。

 それはもう、北極にいるかのように。

 周囲は、自分をアホの子を見るような目で、呆れていた。

 イオンは困った笑みを浮かべて、ポリポリと頬を掻きながら、ルークの胸下から見上げる形で言う。

「あ、あの・・・・・・ルーク、聞いてませんか? 僕、今は・・・・・・」

「んあ?」

「いえ、そりゃあ向こうでは男性でしたし、今の僕はお世辞にも胸があるとは言えませんけど・・・・・・こんなに強く抱きしめておきながら、気付かないというのは酷いですよ」

「ハ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぅあ!?」

 この言葉でやっと気がつくルーク。

 彼は詠春から聞いていた言葉をすっかり忘れていた。もうそれは完璧に。

 余りにも細く華奢な体。

 男では有り得ない、ほのかな女性の香り。

 柔らかすぎる、その体。

 そう。

 イオンは、女性であった。

「ススススススススススススススススススス、スマ~~~~~~ン!!」

 あまりに動揺した為に、ドモりまくるルーク。

 彼は土下座までしていた。

「いえ、いいんですよ、ルーク。これからしっかり認識していってもらえれば」

「イオン・・・・・・お前、相変わらず優しすぎるんだよ」

 小さな手を差し出してくるイオンと、そして背後にいる自分を慕ってくれている女性と少女たち、そしてクラスメイトたち。

 ルークは改めて、彼女たちの為にもっと成長しよう、そう心に誓ったのであった。







『そうどすか。ではそなたがイオンはんか。お噂はかねがねルークから聞いとりました』

『初めましてですね、青山鶴子さん。貴方の事は色々な方から聞いてます。神名流歴代最強、鬼神などと称えられ、物凄い実力者だと』

『いややわぁ、恥ずかしい』

『ふふ・・・・・・今日からこちらでお世話になりますね』

『ええ、こちらこそよろしゅう・・・・・・ところでイオンはんは、どこに泊まりなはるんで?』

『そうですね・・・・・・ルークが住んでいる場所で構わないですし、そう頼もうと思っていたのですが』

『おやまあ、羨ましい・・・・・・ウチもお邪魔しようかしら』

『今はティアだけらしいですよ? 何だか楽しくなりそうですね』

『ええ、ホンマに。同じ部屋という事で、ルークにいろいろと慰めてもらえそうやし・・・・・・夜が楽しくなってきましたなぁ』

『え・・・・・・も、もしかして青山さんは、ルークとそんな関係で?』

『ああっ、恥ずかしい!! でもその通りどす。・・・・・・大丈夫や、イオンはんも下から覗き込むように目を潤ませながら見つめれば、すぐにルークと・・・・・・フフフ』

『・・・・・・それは、恥ずかしいですね』

『大丈夫や。ウチも最初は恥ずかしかったけど。途中からそんな余裕はない程、夢見心地でしたえ』

『はぁ~~~~、そうなんですか』

 という不吉な会話を交わすイオンと鶴子。

 世界は、ある意味において天然かつ常識人に思えてどこかズレてる、最強の2人を会わせてしまったようだ。

 ルークの冥福をお祈りしておく。

 ・・・・・・生き残ってくれ。







 その日、とりあえずあと1日だけ別荘で過ごし、のどかとネギが起きるまで待とうという話しになった一同は、各自睡眠に入っていた。

 ルークはまだ体調が完調でなかった為、あの後すぐに茶々丸に拉致られてベッドに強制連行され、そのままミュウと一緒に眠りについた。

 その中で、イオンとティアは外で話しをしていた。会話内容は世間話しに近く、他愛も無い話だ。

 すると、そこへ綾瀬夕映がやってきた。

 彼女は軽く挨拶すると、イオンにお願いがあると言った。

「僕に、ですか? 何でしょう?」

 イオンは佇まいを直して、夕映と向き合う。

 夕映はずっと考えていた事を口にした。

「初対面に近いのにこんな事をお願いするのは間違ってると思うですけど、ですけど、無礼を承知でお願いするです」

「はい」

 ホントにアリエッタに似ているなぁと感心しながら先を促す。

 そして、その口から出た言葉は、ティアもイオンも予想外のものだった。

「私と、契約して欲しいです」

「・・・・・・・・・・・・契約ですか?」

 夕映の唐突な言葉に、イオンは眉を顰める。

「分かってるです。私とイオンさんの間には信頼も何もないことを。でも私は力が欲しいんです。ルークの、力になりたいんです!!」

「・・・・・・なるほど」

「夕映ちゃん・・・・・・」

 イオンは納得する。目の前の夕映という少女は、パクティオーカードが欲しいということだと。彼の傍にいるには力が必要だと解っているのだ。

 夕映は既にティアに武器を貰い、譜術について教えてもらっていた。そしてそれが今の状態なのだ。

 だがルークを癒した力を見た瞬間、コレだと思った。

 自分にしては珍しく、理屈抜きでコレだと思った。

 だから、イオンに求めた。

 無礼は承知。失礼も承知。恥知らずで世間知らずも承知。

 だけど、今はひらすら頼み込むしかなかった。ルークの過去を見たから。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 イオンは目の前の少女が追い詰められていることを、導師という役職故に身に付いた慧眼で見抜いた。

 ここで契約を交わしてカードを上げることはできる。目の前の少女は表の人間とはいえ、既に裏に入り込んでしまっている。

 力があるに越したことはない。だが、事を急ごうとする彼女は危うく感じられる。

 これは一種の賭けだった。

 契約して力を授け、身に付けるか潰れるか。それとも断って、ゆっくりと成長を見守り、戦いが起っても彼女が勝つことを信じるか、それとも死なせることになるのか。

 どちらが正しいのか、微妙なところだった。

 目の前のルークの従者、綾瀬夕映。アリエッタに似ているが、実力は彼女に遠く及ばず。

 けれど、眼光の強さは彼女並。

 ―――だから。

「・・・・・・いいでしょう」

「ホントですか!?」

「イオン様!?」

「ですが、1つだけ忠告させてもらいます。力を得ようとするなら、自分の身の破滅とそれまでの人生を捨てる覚悟をし、力に呑まれないようにすることが大事です。解りましたか?」

「・・・・・・・・・・・・ハイです」

 彼女は、真剣な表情で頷く。

 問うまでもなかった。

 おそらく、ルークの過去を見た時点で、決意したのだろう。

 その瞬間に立った時、自分は動けるか分からないが、それでもそこに行くまでの覚悟は決めようと。

 だからここにいる。

 夕映の瞳はそれを真摯に語っていた。

「では、契約を」

 イオンは立ち上がり夕映の正面に立ち、何かを呟くと魔法陣を描いた。そして親指を刃物で少し斬り、血を滴らせる。

 夕映も同じように指を少しだけ斬り、一滴だけ血が落ちる。

 魔法陣は血を吸収した瞬間、激しく光を放ち・・・・・・。

 光が2人の周りを回り始め、そして体の中に入っていく。

「ん・・・・・・っ」

「・・・・・・・・・あっ」

 ビクリと体を震わせ、何かの繋がりが自分の中で出来る。

 ここに契約は完了した。

「契約完了です・・・・・・・・・・・・はい、夕映さん。これがマスターカードです」

「!!・・・・・・ありがとうございます」

 夕映はペコリと頭を下げ、カードに視線を落とす。

 そこに描かれた絵は・・・・・・

「やっぱり・・・・・・そうだと思ったです」

「どんな能力なの?」

 ティアが覗き込んできて、そこに描かれた絵に固まる。

 よほど驚いているようだが・・・・・・。

 夕映は2人から距離をとり、そしてエヴァがニタニタしながら自分を見つめていることなど露知らず・・・・・・カードを発動した。



「アデアット・・・・・・





来るです“ライガ!!”」









あとがき

生きてます、そして死にそうです。

話しも、今回ので、オイオイオイオイオイと思った方はたくさんいるでしょう。

ライガは夕映を認めるのでしょうか。

そこをお楽しみに!

次回は、綾瀬夕映 修行編 です。お楽しみに。









つづく