「ルーク! あんた、夕映ちゃんと亜子ちゃんを泣かせたでしょ!?」
「ぬおっ!? アスナ、首が、首が絞まってるっ! ゼーハー・・・・・・ゼーハー・・・・・・」
「ご、ごめん。って、それよりも! 2人とも泣きつかれて寝てるじゃない! どれくらい泣かせたらあんなになるのよ!!」
「私も、亜子があんなに泣いてたなんて・・・・・・理由を聞かないと納得できないかな」
「アキラ、お前もかよ・・・・・・まあ、あの2人はちょっとあるモノを見てな。それでああなっちまった」
「あるモノって何よ」
「あるモノ?」
「まあ・・・・・・ある人物のプライバシーを見た、というとこかな」
「?・・・・・・何それ?」
「いずれ、アスナたちも見る事になるんじゃないかな・・・・・・おそらく」
「へぇ~・・・・・・何だか気になるわね」
「うん」
「正直・・・・・・もう泣くのは見たくないんだけどな」
「「?」」
第27章 大爆発
綾瀬夕映、和泉亜子の両名は瞼を腫らし、エヴァの別荘内で泣きつかれて眠っていた。
白いベッドの上で、真っ白なシーツに包まれて眠っている。制服の格好だったので、茶々丸姉妹が着替えさせてここまで連れてきたのであった。
眠っている両名とは別に、エヴァは真剣な表情を崩さず、頬を強張らせたまま自室へと入っていった。
彼女が何を思い、何を考え、どう思ったのか。それは誰にも分からなかった。
でも、1つだけハッキリしている事がある。
それは、彼女が怒っているという事。それも苛立ちを隠せない程に。
ルークへの罵詈雑言なら彼女の性格からして、躊躇いなく文句を言う筈なのに何も言わない所からすると、どうもそれは違うようだ。
茶々丸も何か言いたそうにしていたが、夕映たちの介抱という仕事を優先しなければならないため何も言えなかった。
その後、一旦解散となった場であったが、ルークがプールサイドで気を落ち着かせようすると、ティアも傍にずっといた。
2人の手は、ぎゅっと握り締められていた。
動揺する心を落ち着かせる為の行為でもあったが、しばらくすると2人は久しぶりに手合わせした。心が落ち着いたなら、今度は身体を動かしたかったのだ。
「―――ハッ!」
「おっと!」
ティアの杖による横薙ぎ一閃をルークは避けると、宙へと逃げる。
通常なら、ここで宙へ逃げたルークへ出来るティアの攻撃選択肢は魔法と限られてくる。
だが、ルークはここでティア本来のポテンシャルを見逃していた。
彼女は、『あの』ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデの妹。世界最強の男の妹なのだ。
その成長力は、常軌を逸脱していた。
「―――ここっ!!」
彼女の姿が消えた。
「!?」
頭が理解する前に、身体が反射で動いた。
咄嗟にフォニックブレードを横に翳すと、杖と交錯し、激しく衝突した。
(いつの間に瞬動術を・・・・・・しかも虚空瞬動術なんてっ。修得速度速すぎるだろ!)
「きゃっ!」
剣と杖の押し合いを宙でした為に体勢を崩す。
「―――くっ! ティア!」
ティアが浮遊術が使えないのは知っていたルークは、体勢を崩した為に背中から落ちるティアを抱きかかえる。
危険な落下体勢だった為、ティアは抱きかかえてきたルークにしっかりとしがみ付いた。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと、地面へ降りる。
お互いの鼓動の音が聞こえ、温もりもハッキリと感じる。
やはりナーバスになっていたのかもしれない。過去をハッキリと思い出した事で。
「ルーク」
「え?」
ティアの声にハッとなったルークは、地面に降りてからもティアを抱きしめたままであった事に気がつき、慌てて離れようとした。
しかし、それをティアに阻まれた。
「ティア?」
「私は、弱くなったのかしら」
「それは・・・・・・」
「いいえ、実力は上がってるの。ただ、涙脆くなった。動揺しやすくなった。精神的に、弱くなった」
「・・・・・・・・・・・・」
「きっと、怖いのね。再び大切なものを失くすのが」
「ティア・・・・・・」
「大丈夫。貴方がここにいるんだから」
大丈夫、大丈夫、とまるで自分に言い聞かせるように呟く彼女は、今にも崩れ落ちそうで。
「俺は、今は“普通の人間”になって、ここにいるよ」
「!!」
気がついた時はティアは唇を奪われ、その身をゆだねていた。
離れては見つめあい、再び重ね合わせる。
まるで、ここにいるとでも言わんばかりに。
2人の気分が盛り上がり、そのまま気分に流されてティアを地面に押し倒すルーク。
ついに、その先に進む時が来た、そう思った。
だが、そうは問屋が卸さないのが、運命なのかもしれない。
「あ~~~~~、学校疲れた~~~~~!!」
遠くから聞こえてくる賑やかな声に、ルークはビシッと石化し固まってしまう。
石になった瞳からはボタボタ涙がこぼれ、よほどこの状況が悔しいらしい(笑)
ティアは頬をピンクに染めたまま目を丸くして、パチクリと何度も瞬きをしていた。
こうして、完全に『未遂』に終わってしまったのであった。
「KYだっつ~~~~~~~の!!」
まったくもってその通り!
そんな経緯があった事を他所に、事情を知らない者たちから何があったのかとしつこく聞かれるルーク。
彼は事情を何となく察していた木乃香と刹那に場を任せると、さっさと逃げ出した。
「ふぁ~~~~、今日はいろいろあった所為で疲れたなあ」
「ご主人様、お疲れ様ですの!」
「おう、さんきゅなミュウ」
ちょこちょこと後ろを歩いてくるミュウを掴んで肩に乗せ、風呂場から出てきたルークは、割り振られている部屋へと向かっていた。
「夕映と亜子、大丈夫かなぁ」
「みゅう・・・・・・」
泣きつかれて眠る2人を思い出し、う~んと唸るルークとミュウ。
あれから、アスナとさよに責められ、アキラとのどかに追求され、美砂にからかわれ、古や朝倉に白い目で見られた。
まあ、仕方が無いだろう。
「とりあえず俺も寝よう・・・・・・夕映たちにはそれから会って、いろいろ話せばいいかな」
精神的に疲労困憊状態だったルークは、ふらふらしながらベッドに倒れこんだのであった。
一方、ルークが眠りに入った直後に目を覚まし、活動を始めたのは夕映と亜子であった。
入れ替わるように起床した彼女たちは、まずは泣き疲れで寝た為に酷い事になっている顔や、ルークの過去を見た時に生じた汗などを洗い流す為に風呂へと入った。
綺麗さっぱりになった彼女たちは、風呂から出ると茶々丸姉妹が用意した夕食にありつく。
途中でのどかたちがやってきたが、彼女たちはすでに夕食を済ましたらしく、追求の手を休めなかった。それを誤魔化すのに夕映たちはかなり疲れてしまったのだった。
こうして夕飯も済ました彼女たちであったが、夕映はひたすら魔法の訓練に打ち込む。
まるで、何かを振り払おうとするかのように魔法を連続で使い続ける。
「プラクテ・ビギナル・風よ(ウエンテ)! プラクテ・ビギナル・光よ(ルークス)!」
一呼吸置き、
「大気の精よ、息づく風よ。疾く来りて我が敵より我を守れ!! 風陣結界!!」
ティアから貰って杖を振るうと、夕映の周りを取り囲むように風の結界が立ち上がり、足元を覆うように吹き荒れた。
この3つの魔法を連続で5セットも使い続けた夕映は、力尽きたようにガクリと膝をつき、荒れる呼吸に肩を大きく揺らしながら整える。
「ゆえ、すご~~い!」
親友の様子がおかしい事に気がついていたのどかだったが、目の前で鬼気迫るように魔法を連続で使用し、成功させた親友に感心して拍手を送る。
だが夕映は唇を噛み締め、悔しそうに叫ぶ。
「こんなんじゃダメです!」
「え・・・・・・?」
いきなり声を荒げた夕映に、のどかは自分は何か怒らせるような事でもしてしまったのだろうかと困惑する。
だが夕映はそんな親友の心情に気がつく余裕などなかった。
『不幸』という言葉が安く思えてしまう位に、悲惨かつ凄惨な過去を見てしまった。悲しすぎて目を開けて見ていられなかった。
自分が行為を寄せる男の子が消滅する光景を観るのは、大好きな祖父が亡くなった時とは別の質の、そして強烈な痛みを生じた。
滅茶苦茶だが、何故その場に自分がいられなかったのだと、かなりおかしな事すら考えてしまったものだ。異世界だとか、まず本来ならその有り得ない事に自分は言及すべきなのに、そんな事すらどうでもよくなるくらい、激しい痛みと怒りであった。
大好きな男の子が人形の作り物だとか、本来なら一歩引いてしまうであろう事柄にも、そんな事はどうでもいいとさえ思った。
むしろ愛しささえ込み上げた自分は、おかしいのかもしれない。
けれど、自分は間違いなくルーク・フォン・ファブレという男の子が好きでたまらない。それは否定しない。
だから、彼の傍にいる為には、何故かは分からないが力が必要だと思った。
不幸や悲しみや、世界の理不尽さえも吹き飛ばす力が。
けれど、今の自分は初級魔法3つを5往復しただけで、魔力切れを起こすのが現状。それは当たり前なのかもしれないが、かなり悔しかった。自分の非力さがこれほどまで悔しいと思ったことはない。
「もっと、もっと力が欲しいです―――っ。じゃないと私は―――っ!!」
「ゆ、ゆえ、どうしたのー?」
「のどか、私は・・・・・・」
そのまま黙り込んでしまう夕映。事情を知らないのどかに、自分が勝手に踏み込み動揺したまま親友に相談するなんて勝手すぎると、かろうじて残っていた理性がそれを押し留めた。
のどかは、親友のかつてない程に動揺した姿をみて、自分が昼間に言われたネギの言葉で、どうすればいいのか相談しようかと思っていたのだが、それすらできない状態になってしまったのである。
後に思えば、この時に自分が周囲の仲間に相談しなかったから、あのような事が起こってしまったのではないかと、のどかはそう思うことになるのだが、今はそれを知る由もない。
「亜子、何があったの?」
ルークへ追求したアキラだったが、あやふやな回答しかもらえなかった為に、再び亜子に事情を聞くアキラ。彼女はとにかく親友思いの優しい子であった。
今現在いる場所は、外の砂浜。
美砂とアキラと亜子の3人で砂浜にいて、麻帆良祭公演の『デコピンロケット』のライブ練習をしていたのだが、亜子が先ほどから何かずっと考えていて練習にならない。
亜子は目を瞑って考えていた。
背中の傷が治りつつあることで、意外と精神的に余裕がある。もちろん頭の中は先刻の事で一杯だ。
不安もある。悲しみもある。憤慨もある。
けれど、今はそれを上回る欲求があった。
亜子は瞳を開いて、アキラと柿崎に振り返る。
「あんな、柿崎。ウチのわがまま聞いてくれへん?」
「へ? うん」
「学祭でやるライブな、一曲だけ、新曲をやりたいねんけど」
「え、ちょ、新曲って! あと一月あるかないかなのに、そんなの無理よ!」
柿崎は亜子の提案がかなりの無謀だと判断し、思わず無理だと言った。
事実、新曲を作って公演に組み込むというのは、簡単な話ではない。オリジナルの新曲ならば、作成・編集・練習があり、完成度を高め、メンバーが納得のいく曲に仕上がって初めて完成といえるのだ。
それは、最低でも1ヶ月以上はかかるだろう。
ましてや突然こんな事を言い出したのだから、予め新曲を亜子が作り、ストックしておいたとは思えない。
つまり、完全に一から作らねばならないという事だ。
常識的に考えて無理だと思った美砂は首を振ったが、亜子が口にした内容にさらに驚くことになった。
「もう詩は出来てる・・・・・・フレーズも頭の中でさっきから鳴ってる。後は形に仕上げて・・・・・・私が歌えばいいだけ」
「亜子が歌うの!?」
「!?」
亜子の言葉に美砂は素っ頓狂な声をあげて驚き、アキラもそんな行動的な亜子に驚いている。
「うん。ウチが歌いたい。この曲だけは・・・・・・ウチが歌う」
胸のうちから、自分では止められないくらいの熱が込み上げていた。
もう私は彼から離れられない。離れる気もない。
あの悲しいくらい運命に翻弄された彼を、そして悲しいくらいに高潔で気高い彼の姿を、あの彼の物語を。
「まあ、そこまで言うならいいよ。皆は私が説得してあげる。で、曲名とか決まってるの?」
なんて嬉しいことだろう。
あんなに素晴らしい彼の傍にいられるなんて。
人形、レプリカなんて思えない。それは事実なんだろうけど、自分の中ではそれはどうでもいいこと。
自分では役不足かもしれないと普段なら考えていただろうけど、もうそんな小さなことは気にしない。
私は、私の心が求めるままに動く。
美砂とアキラが亜子を見つめる中、亜子は海にそっと入り、海水をすくって宙に煌かせる。
亜子はその言葉をハッキリと口にした。
「―――――カルマ―――――」
「胸糞悪い・・・・・・」
エヴァンジェリンは秘蔵のワインを片手に、月夜を楽しみながらポツリと呟いた。
話しでは聞いていたルークの過去。
ただでさえ納得いってなかった中身だったが、実際に見るとケタ違いにムカついた。
「・・・・・・・・・・・・」
酒が無性に不味く感じる。
己の過去とルークの過去がダブったからか、ナギが死んだと知った時以来の心の荒れようであった。
「マスター」
「茶々丸か」
「お酒の飲みすぎはお体に障ります。ご自愛なさってください」
「ふん・・・・・・・・・・・・今日みたいな日に飲まなくてどうする。大目にみろ」
並々とグラスにワインを注ぎ、グビっと煽る。
茶々丸が隣の席に座り、ポツリと呟いた。
「ルークさんが亡くなられる経緯は・・・・・・悲しいものでした」
「・・・・・・まあな」
「ですが同時に、凄いと思いました。彼は仲間の力も借りたとはいえ、1人の力で世界を浄化し、救ったのですから」
「確かにな。理屈と条件がたまたま己と合っていたとはいえ、常識的に考えて不可能な“世界の救済”という偉業を成し遂げた。それも結果的には誰もに都合が良い形でな」
「都合が良い形、ですか?」
「そうだ。例えばナギだがな、あいつらも魔法世界では英雄と呼ばれているが、しかしそれは感謝する人間が、恨む連中より多かったという数字上の理屈であり、利益を得る連中が多かっただけのこと」
茶々丸は何かに気付いたかのように、ポンと手を叩いた。
「理解しました。その点、ルークさん達が成し遂げたことは、預言というものがなくなったとはいえ、1人の漏れもなく、全ての人々が助けられましたから、そういうことですね」
「うむ、その通りだ。もちろん敵対勢力には恨まれるだろうがな」
確かに預言が消滅した事で困る人々がほとんどだろう。それは間違いない。
だが、それがなければ自分たちは死ぬしかなかったのだ。
それを考えれば些細なことだろう。そもそも神に祈ることはこちらの世界の住人もするとはいえ、1日の献立メニューまで神頼みとは何事だ。明らかに不健全だろう。
「しかし・・・・・・第七音素に、超振動、第二超振動か」
「神々の力・・・・・・ですね」
先の戦いでルークと血の組織との激闘を思い出し、その際の信じられない力の渦を思い出す。
そう、あの魔法攻撃ともいえる力が第七音素なのだろう。
となると、魔法無効化能力者というのは―――。
「フフ・・・・・・新たな発見、新たな知識というとこか。これだから人生というのは何があるかわからんから面白い」
茶々丸は、少しだけ表情が柔らかくなった主をみて、よかったと安心したのであった。
すると、エヴァが何かに気付いたように視線を外へ向けた。
その先には、ネギ・スプリングフィールドと宮崎のどかの2人が、先ほどの自分達のように記憶の魔法を発動しようとしているところで、こっそりと後を付けるアスナたちや、強引に息抜きのつもりでつれてこられた夕映の姿があった。
「ボウヤ、待て」
妙に意地悪そうな笑みを浮かべたエヴァが、意気揚々と近づいていった。
「さて、日本に到着しましたか・・・・・・何とも空気が悪いところですね」
羽田空港の到着ロビーに、1人の女性が降り立った。
白いブラウスに紺のジーパンというラフな出で立ちで、ボストンバッグを片手にキョロキョロしている。
その度に、緑色の髪がフワフワと動き、シトラスミントの香りが辺りに漂う。
日本にはいない、というより世界中を探しても見た事がない、その天然の緑色の髪に美しい顔立ち、そしてスレンダーな身体特有の色気により、ロビーにいた男たちは皆一様に振り返っていた。
「関東の麻帆良学園・・・・・・どういけばいいんでしょう?」
しっかりしている筈なんだが、どこか抜けている彼、いや彼女。
夕方の日本の羽田で、途方に暮れる、イオン・ダアトであった。
「おい、聞いたか?」
「ああ、魔法学術都市アリアドネーまで壊滅したらしいぞ」
「知ってる。未知の機械兵の集団だろ? オスティア・グラニクス・ブロントポリスまでも壊滅状態って話だ」
「そろそろ、ここメガロメセンブリアもヤバイんじゃないか?」
「だろうな。あそこも大規模都市の1つだからな」
「これも知ってるか? 各都市の精鋭部隊も魔法部隊も全てやられていて、今回の犯人は強い奴等がいる所を狙っているんじゃないかって話だ」
「ホントかよ」
メガロメセンブリアにあるとある飲食店で、交わされている会話。
魔法界は今はこの話題でもちきりだ。
終戦記念20周年ということなのに、再び戦争が始まったと言われていて、あちこちで自警団が発足して迎え撃つという情報が飛び交っている。
だがこの件で一番不気味なのが、組織がかりで攻めて来ている訳ではなく、犯行はたった一人で、部下は機械兵っだというのだから、不気味がるのも当然であった。
そんな会話をしている男達の近くに、その男はいた。
烈風のシンク。
「・・・・・・・・・・・・」
彼は酒を片手に何か考え込むように目を瞑り、表情に陰を落としていた。
お肉メインの定食を食べながら、ずっと考え込んでいた。
(どうする・・・・・・おそらく魔法界は勝てないだろう。魔法無効化能力者を出してきたとしても、それがメインのスタイルじゃなかった。肉弾戦なんてもっての他だ)
しかし、次の瞬間に笑った。
「ふん・・・・・・答えなんか1つしかないじゃないか」
シンクは席を立ち上がり、カッコつけてマントを羽織り出る。
「お客さん! お勘定!!」
「・・・・・・・・・・・・」
どことなく、彼もうっかりしている性格だった。
「ふあ~~~~~」
大きな欠伸をかますのはルーク。たった今起床したらしく、その目は眠たそうだ。
「ご主人様、まだ眠いんですの?」
「ああ。何か寝たりないなぁ」
「そうなんですの・・・・・・あ、ご主人様、あそこ見てくださいですの」
「んあ? って、何やってんだアイツら」
視線の先には、一冊の本を囲むように見ているティア・アスナ・木乃香・刹那・亜子・夕映・美砂・アキラ・さよ・朝倉・古の姿が。
そしてネギとのどかが額を合わせて魔法陣が展開し、エヴァと茶々丸とチャチャゼロがいて、何かをやっている。それにルークは見覚えがあった。
(あれは・・・・・・そっか、のどかとネギがねぇ~。アイツらそこまで深い関係になったか)
ネギが過去を見せているという事は、のどかに対してよほど信頼を向けているのだろう。
「おっす」
「あら、ルーク。起きたの?」
「ああ。それより盗み見なんかしていいのか?」
「ん~、まあ気になったしさ。それにエヴァちゃんが見ろと言ってきたのよ。わざわざ本屋ちゃんのアーティファクトを借りてまで」
「ふ~ん・・・・・・・・・・・・」
どうやらクライマックスを通り過ぎたらしく、美砂にアスナ、アキラや古や朝倉などは涙を流して見ていた。
「ルークさん! ネギ先生が可哀相です~~~!」
「幽霊でも泣けるのか・・・・・・」
「今はそんな事言ってる場合じゃないですよ~~~!」
「はいはい」
ルークは本を借りると、ペラペラと一枚ずつ捲って読んでいく。
読んでいる間にどうやら夢見の魔法は終わったらしく、古や朝倉たちが駆け寄って何かを言っていた。
だが、ルーク自身は動くことができなかった。
中身が理解できなかったのだ。
そんな彼を他所に、彼女たちの方でも話は進んでいた。
「だから、こちらの世界は危ないんで、関わらない方がいいと・・・・・・」
「それで、先ほどの会議室での話しに戻るんですか?」
のどかとネギ、両者の雰囲気がおかしいと気が付いた皆は、戸惑ったように見ていた。
「はい。僕は父さんを諦められません。お父さんが僕にとって全てと言っても過言ではありません。きっと危険はこれ以上のものでしょう。のどかさんだってこんな悲劇をわざわざ味わいたくない筈です。ですから―――」
「だから、私を連れて行ってくれないんですか?」
「「「「「「「え?」」」」」」」
話が、おかしい。
これは、協力を求めているのではなく、むしろ・・・・・・。
信じたくなかった最悪の展開に、のどかの瞳から涙が零れ落ちた。
「・・・・・・今のはどこが悲劇なの?」
それは、場違いな程に響いた声だった。
その声の主に、視線が集まる。
メシュティアリカの下に。
「石化の魔法だっていずれ解けるんでしょう? 死んだ訳じゃない。そもそもナギ・スプリングフィールドを慕って集まった住人なら、このような事もあり得ると予想できたんじゃないのかしら?」
「なっ―――」
ティアの言葉に、ネギとカモが絶句した。
「誰も亡くなってない。いずれ全員が健康体に戻る。どこが悲劇なのか謎だわ」
「まあ、確かにそうですね。ティアさんの周りではああいった状態は日常茶飯事だったでしょうし」
「ウチもそう思う。たしかに涙する話かもしれんけど、よくよく理屈で考えると、この事態って必然だったんとちゃうんかな」
そう。
元の世界では魔物がたくさんいて、麻痺や石化などたくさんあった。そして街が魔物に襲われて、家族を亡くすという事だって、特に珍しいことではなかった。
もちろん、可哀相にと思う。それは確かに不幸な事なのかもしれない。
だが、『誰も失ってない』のだ。
ティアの言葉に賛同するように、夕映と亜子、そしてミュウが頷いた。
夕映なんて、瞳から怒りの感情が灯っている。当たり前の話であった。親友が泣かされているのだから。
「う・・・・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・」
のどかが、涙を堪えきれずに崩れ落ちた。
その姿を見たルークが、いつの日かのティアの姿に被る。
アレハ、アクゼリュスノトキノジブンダ・・・・・・アレハジブンガオカシタツミデカナシムティアノスガタデ―――。
夕映がそっとのどかに近寄り、抱きしめる。先刻に自分とダブって見えたから。
「確かに、当事者の貴方はショックだったでしょう。けれど、それを見たくなかったのなら、ナギ・スプリングフィールド縁の地にいるべきじゃなかった」
「で、ですが・・・・・・」
「それを貴方自身が選んだ、もしくは自然の流れだったとしても、それをのどかさんに押し付けるなんて、どういうつもり?」
「ちょ、ちょっとみんな・・・・・・っ!」
耐え切れなくなったアスナが、責める彼女たちを止めようとする。
彼女たちの言葉はあんまりだと思ったのだ。
「アスナ、ウチもそう思う」
「このかまで・・・・・・」
「むしろ、従者を邪魔に思うなら、どうして宮崎さんを従者にしたのか疑問ですね。そこのオコジョの策略とはいえ」
刹那と木乃香、両者の瞳は冷たい。
彼女達も同じだった。
確かに同情する内容であった。あの年齢でそれはショックだったかもしれない。
だけど、それは必然的結果をもたらす連中が集まっていて、必然で起る結果だったのだ。
むしろ子供にソレを見せることになった、石化中の大人を責めなくてはならないかもしれない。
「でも、女性の事を思えば、危険に巻き込みたくないというのは当たり前でしょう!! このことは僕個人の事情ですし、英国紳士としても―――」
確かにネギの言葉も最もであった。
言うなら父親探しは個人的事情であり、死ぬ危険がある私事に他人や友を巻き込むのは嫌だろう。
それは、間違っていない。
だが、更に言い募ろうとした瞬間、彼らは背筋が凍った。
「――――なっ!?」
迸る凄まじい殺気に、ネギは硬直する。
大気が振動し、空気が重い。
アキラや美砂など、耐性がない女の子は腰を抜かしてしまった。
エヴァは「やはりこうなったか」と呟き、微かに唇を吊り上げた。
「・・・・・・・・・・・・もう、我慢ならねぇ」
声が擦れるほど低く、大地が振動する。
瞬動術で消え、のどかと夕映を抱えた姿で再び現れる。
のどかは突然抱きかかえられた事にビックリしたのか、零れる涙と鼻水を拭いもせずに顔を上げてルークを見つめた。
無意識に、のどかを抱える手に力が入り、のどかを結構な力で抱きしめてしまう。
「あっ・・・・・・」
思わず安心した声を上げるのどか。その温もりが、今の彼女には麻薬となり得るほど甘美なものであった。
「・・・・・・我慢の限界だ・・・・・・よくも、俺の親友を泣かせたな」
アキラは初めて感じた。彼の真の怒りの感情を。
美砂は初めて見た。怒りで沸騰したルークの表情を。
「お前を認めたら、今までの俺の全てが否定される―――っ!」
ネギは、感じ取った。
初めて感じた。
本能的に、生存本能が最大ボリュームで警鐘を鳴らすのを。
「お前は・・・・・・潰す!!」
あとがき
ども、最近は本編のネギがどうしても異常者に見えるアリムーです。
いえ、いくら賢いとはいえ10歳であの言動など諸々は有り得ないだろうと思い、それが克明に感じつつあります。
いくら賢くても、生きてきた歳月に裏打ちする言動の雑さがあるはずなんですが。
むしろネギは、実はナギが転生魔法かなんかで子供になったとか、そんな設定がありそうと勘ぐってます。
まあ、アスナの過去が明らかになりそうなんで、楽しみにしてます。
次回予告
ついにキレたルーク・フォン・ファブレ。
ルークとネギがお互いに全力でぶつかり合います。
少しだけ、力の一部が垣間見えるルークと、成長力を見せるネギ。
そして事態は思わず方へ傾き・・・・・・。
つづく