「くっ・・・・・・まさか、ここまでやられるなんてね」

 1人の青年は、傷だらけの身体を引き摺って歩いていた。

「まあ、アイツらに感謝はしてるけど別に愛着は無かったから、どうでもいいんだけど」

 その身体は痣だらけで、暴行を受けたように青痣が至るところにある。

「・・・・・・とりあえず、オスティアにでも行って身を隠さないと。奴等が攻めてくるのに万全じゃないなんて洒落にならないよ」

 青年は、身体中に無数に点在する切り傷から血を滴らせ、ズルズルと重い身体を引き摺って歩いていった。

 手には写真立てが握られていて、他に荷物は無かった。

 それだけが、青年にとって一番大切な、そして唯一のモノであった。

「ボクは、まだ生きるから・・・・・・生きてるから・・・・・・――――――」










     第26章 レプリカ・ルーク

 











 鶴子によってボコられ、イロイロなモノを搾り取られて気絶したルークは、翌朝に外を散歩していた。

 朝日が差し込み、朝靄に覆われた麻帆良学園都市は、眺めるだけで清々しい気分になる。

 そんな清々しい気分になれるはずなのに、ルークの心は淀んでいた。

 昨日の鶴子に言われた事。

 鶴子にイロイロ奪われて、ティアに申し訳ないと思っている反面、微妙に(本当はかなり)良かったと思っている事に板挟みになっていた。

「はぁ・・・・・・俺ってこんな奴だったんだな・・・・・・つーか、ハッキリいって浮気だろ、コレ」

 ドーンと落ち込むルークは、誰が見ても暗すぎる。

 世界樹広場前で膝を着いて落ち込んでいたルークだったが、近くで足音がするのが聞こえたので、そっと広場を覗き込んだ。

 すると、そこにいたのは中国拳法の特訓をしているネギと、傍に付き添うのどかと茶々丸の姿があった。

 ―――へぇ、茶々丸がねぇ・・・何時の間にそんな事になってたんだ?

 健気にも付き添うのどかと、無表情ながらも雰囲気で喜んでいるのが分かる茶々丸の姿を見て、ルークの口元に笑みが浮かぶ。

(やっぱ仲間だよなぁ・・・・・・ネギ、パーティーってのは本当に大切なんだ。大切にしろよ)

 ルークの脳裏に、かつての仲間たちが蘇る。

 一度は仲違いをし、完全に決裂した。

 そして再び、仲間として共に戦った。

 全員が、全員の悪い所を知った。情けないとこも見られて、全員が醜態を晒した。

 ティアはガイたちの事を嫌っているように見せているし、事実怒っているのだろうが、心の底では絆を大切に思っている筈だし、かけがえのないものだと思っているはずだ。ただ少し引っかかりがあるだけ。

 仲間とは、友人よりも一歩距離が近い関係であるんだろう。

 それを、ネギにも大切にして欲しいなと思うルークであった。

 そこまで考えて、母の存在を思い出す。

 部外者の自分を愛してくれた母・シュザンヌは元気だろうか。

 身体が弱かった母は、アッシュが帰って来た事で元気になっただろうか、自分の事なんか忘れて、本当の息子との時間を取り戻して欲しいなと思う。

 実際に、コンタミネーション現象という大爆発により、ルークとアッシュは1つになり、アッシュをメインとした新しいルークなのだが・・・・・・それをルークは知らない。

 事実、戻ってきたルークはティアの知ってるルークではなく、アッシュであった。

 遠くから佐々木まき絵が駆け寄ってきたのを見届けると、ルークは自室へと戻っていった。

 穏やかな光景と共に、日常の幕が明けた。







「・・・・・・眠れないです」

 ベッドから起きた夕映は、目の下に隈を作っていた。どうやら一睡もできなかったようだ。

 彼女は昨日のティアの言葉、鶴子の言葉、ルークの過去が気になって仕方が無かった。

 というより、1日中ルークの事を考えている。もちろん訓練中や勉強中は考えてないが、休憩中などは普通に考えているし、無意識に目でルークを追っている。

「うぅ・・・・・・まさか、のどかたちが読む恋愛小説の主人公のような状態に本当に陥るとは・・・・・・不覚です」

 ガックリと朝から肩を落とす夕映。

 図らずもルークと同じ事をしているのだが・・・・・・それを夕映が知る術はない。

「何やら、私の将来が決まったような感もありますし」

 そこに不満はない。

 そこに不満はないのだが・・・・・・恋人・彼女・妻という存在が自分以外に何人もいるのはどうだろうか?

「いや、固定観念に捕われては駄目です。しかし世俗の目というのは存外に厳しいものでは・・・・・いや魔法という裏世界に関わった今、表の世間の事など関係ない? しかしかといってそんなものに振り回されるのも愚かでは? そもそも私個人の感情ではどうなのでしょう? そこまで不快ではない? いや、むしろ何故不快ではないのです? 顔ぶれがよく知った人だからか? それとも私が哲学という分野を学びすぎた為に少しおかしいという可能性も捨て切れないです。しかし誰か1人に絞ると迫ったとしたら、確実にティアさんに負けるでしょうし。いえ、嫌われてるとは思ってないですが。体型的にも容姿でも劣っている私に勝ち目などあるのでしょうか? いや恋愛というのは理屈ではないと言いますし」

 夕映は寝不足の上に混乱の極みの状態の所為か、ぶつぶつと何やら長ったらしい口上を述べている。

 朝食を摂り、のどかとハルナのいつもの3人で登校。

 のどかは昨日、別荘から抜け出してネギと一緒にどこかへ行っていたらしい。ドラゴンがどうとか言っていたが、夕映も己の事で精一杯だったので右から左へ抜け落ちていた。

「ゆえゆえ~? どうかしたの?」

 夕映の様子がおかしい事に気がついたのか、のどかが顔を覗き込んでくる。

「いえ、何でもないです」

「で、でも顔色良くないよ? 大丈夫?」

「ええ。単なる寝不足なので大丈夫です・・・・・・それより」

「?」

 夕映は自分の今の状態は良くないと判断する。勉強の面でも、生活面においても。

 だから、人生で初めての冒険をする事に決めた。

「今日は休むです。ネギ先生には体調が悪いと伝えてください」

「え、ちょ夕映、本当に大丈夫なの?」

 ハルナがいきなりとんでもない事を言い出した夕映にビックリして声を荒げる。

「ちょっと大事をとるだけですので、心配要らないです」

「う、うん。わかった・・・・・・」

 のどかの言葉を聞き、夕映は後ろを向いて歩き出した。

 その背中を見て、何となく夕映の休む理由・様子がおかしい理由を察したのどかはハルナを促して学校へと向かったのだった。

 親友が自分の心情を察していると確信している夕映は、そのまま寮の最上階へと足を向けた。

 自分達の階層である5階を通り過ぎ、最上階に到着。

 そこの唯一の部屋である扉の前に立ち、緊張する手を押さえて扉をノックした。

 すると、中から「ハ~イ」という優しい声が聞こえてきて、「みゅ? お客さんですの?」という可愛らしい声もする。

 その何でもない日常の、なんだか微笑ましい空気を感じ取り、自然と口元に笑みが浮かんだ。

 この優しい空気が、夕映の心に優しく沁み込む。

 それは、きっと理想の―――。

「あれ、夕映もサボりなん?」

 扉が開く前に背後からかけられた声に驚き振り返ると、そこには制服姿の亜子がいたのだった。

 彼女も同じように、目の下に隈が出来ていた。

 それを視認すると同時に前の扉が開いてミントの香りが流れてきて、中から亜麻色髪の美しい女性、ティアが出てきたのである。







「夕映ちゃんと亜子ちゃんとルークがいないわね」

 朝の朝礼が終わると、アスナが本日不在の仲間に気がつき、キョロキョロと見回した。

 自然と、別荘のメンバーがアスナの周りに集まる。以前は亜子たちグループと仲が良くない訳ではなかったが、用もないのに話てダベる程でもなかった。

 それが今はどうだろう。

 当たり前のように一緒にいて、昔からの親友のような繋がり、家族のような雰囲気さえ錯覚している。

 アスナ・木乃香・刹那・アキラ・美砂・さよのルーク派パーティー。

 のどか・古・楓・和美のネギパーティー。

 そして魔法という裏の存在を知らないが、どちらかの派閥の友として一緒にいる、明石ゆうな・釘宮円・早乙女ハルナたち。

 彼女たちは着実に、以前とは変わっていた。

「え、えっと~、ゆえゆえは今日は体調が悪いという事で休みです~」

「亜子も、何だか顔色が悪かったから休みだって」

 のどかとアキラがそれぞれ口にした。

「そっか・・・・・・お見舞いにいった方がいいかな?」

「いえ、要らないと思います~。単なる寝不足みたいでしたから」

「亜子も、同じ」

 アキラがさよ入りのトクナガを嬉しそうに抱き上げ、ギュッと抱きしめていた。

 魔法関係、つまり裏の言葉を発することができない故に、言葉を選びながら話さなくてはならないので、変に間が空く。

 その数秒の沈黙の間に、横からある人物が現れた。

「あら、皆さん。最近なんだか仲がよろしいですのね」

「げ、なによいいんちょ」

「いえ、何だか皆さんが急に仲を深めたように見えましたから、何時の間にと思いまして」

「いいんちょ~、いろいろあったんよ~」

「まあ、そうなんですの、このかさん?」

「そうやえ」

「それなら私達も呼んで下さればよかったですのに。仲間外れはよくありませんわ。最近の3-Aは少しぎこちないですから」

 いいんちょは頭が痛いと言わんばかりに眉間を押さえ、溜息を吐く。

   彼女が何を言いたいか、全員が一瞬で理解した。

 ルークが転入してきてから、このクラスは2つの派閥に分裂してしまった、そう言っているのだ。

 別に問題のルークを除いた女の子たちが仲違いしている訳でも、変に緊張感が漂っている訳でもない。至って普通の関係だ。

 だが、それでも分裂はしている。

 単純には3つ。

 ルーク否定派と肯定派、そして中立派である。

 そこまで陰険かつ憎悪乱れたギスギスしたモノではないが、それでも否定派の子たちはルークを苦手、もしくは嫌っていた。

 それはルークのネギに対する態度が原因なのだが、その態度は変わる事は無さそうなので、アスナたちは殆ど諦めている。

 そして中立派は龍宮や長谷川、ザジといった物事に対して論理派、もしくは何を考えているか判らないタイプが集まっている。
 そして肯定派を細かく分類すると、さらに2つに分かれる。

 ぶっちゃけて言えば、ルークパーティーとネギパーティーである。

 しかしこの2つの派閥は仲が悪い訳ではない。むしろ良好だ。

 それはお互いに仲が良い親友がいるということでもあるし、秘密を共有しているからという事でもある。

「いいんちょ、それは私たちへの嫌味か、それとも挑発か何かですか?」

 刹那が少し眉を顰めて問う。

「違いますわ、桜咲さん。私は委員長としてこのままでは良くないと思っているのです。皆さんの事も、そしてルークさんの事も」

「でもさ~、それって今はまだ無理なんじゃないかな、いいんちょ?」

「どういう事です? 柿崎さん」

「いや、だってさ。いいんちょたちってルークの言葉とか態度とか、そういうのが理解できないんでしょ? 理解できてないのに仲良くしようなんて無理なんじゃないかな」

「だから私は、その理解する機会を設けたいと考えているのです!」

 あやかは少し苛立った。

 目の前にいるクラスメイトが、何時の間にか変わってしまった事に。少し前まで同じ中学3年生だと思っていたのに、まるで自分が置いていかれたようにさえ感じる。

 これでは、何も理解していないのは、『子供』なのは自分の方ではないかと―――。

「う~ん、それはまだ無理だと思うな。そういう機会を設けても、何となく喧嘩になるだけだと思う」

「ま、そうね。いいんちょには悪いけど、私もそう思うわ」

「アスナさんまで・・・・・・」

 肩を竦めて言うアスナに、あやかはショックを受けた。彼女は馬鹿だがこういう事に関しては真っ先に自分と同じ事をするタイプだったから。

 目の前の宿敵は、何を知り、変わったのだろう。

 変わらないものだと思っていた。何もかも。関係も、そしてこれから未来もずっと。それが当たり前だと思っていた。

 高校生になっても、大学生になっても、社会人になっても、家庭をもっても、老人になっても、老衰するまでずっと。

 雪広あやかは、自分が確信していた物など、ひどく流動的かつ変化し易い、実は脆い物だったのだと、実感してしまった。

「のどかさん、少しお話があります」

「は、はい。ネギ先生」








「で、学校に行こうと思ってたのに、何で俺はこんな所に拉致られてんだ?」

「うむ、以前から興味があったんだが、お前の過去を見せてもらおうかと思ってな。昨日の青山鶴子の来訪が良いきっかけになった」

「ウチも見せてもらいますえ。話に聴いただけで視てはおらんゆえなぁ」

「あ~・・・・・・・・・・・・」

 そういう事か、とルークは呟きながら、微妙に渋る。

 今いる場所はエヴァの拡張された別荘。

 登校中に茶々丸に拉致されて別荘まで連れて来られ、問答無用でエヴァのティータイムに付き合わされた。

 普通に学校をサボっているのは・・・・・・何も言わないのが華ってものだろう。

「・・・・・・もうちょっと待ってくれ。心の準備が出来てない」

「ふん、そんなの要らんだろ」

「いや、エヴァ、お前だって自分の過去を見せろと言われたら、ハイどうぞといきなり見せる事ができるか?」

「・・・・・・・・・・・・確かに。だが遅かれ早かれ、お前を慕うあいつ等は、お前の過去を知りたがるぞ」

「そう・・・・・・だよな。なあ、エヴァ・・・・・・」

「ん?」

「自分の過去を見せるのって・・・・・・ヤだな。周りの人は自慢したい人ばっかだけど、自分は、な」

「・・・・・・そうだな。例えば、私もナギが私の過去を知りたがったとしても・・・・・・過去を自分から喜んで見せようとは思わんな」

「だろ? 嫌われるかもしれないし」

 ルークがポツリと言葉を漏らす。彼は嫌われるのを一番恐れていた。見放されるのを一番恐れていた。

 そんなルークに、エヴァはカチンときた。

「おい、ルーク。お前がどう思ってもそれは仕方が無い事かもしれんがな。あいつ等の気持ちをそんなに安く捉えるな」

「!!」

「お前のその言葉は、あいつ等を侮辱している」

 エヴァンジェリンの瞳は、初めて友のルークへ怒りを向けていた。

「確かに女という生き物は移り気易い生物だ。ちょっとした事で嫌いになる事もあるし、他に良い男が現れたらあっという間にそっちへ気が向く。男が予想している以上にな」

「・・・・・・・・・・・・」

「だが、そういう女もいれば、この人だけだと決めた女はずっと付いて来るものだ。それこそ男以上の覚悟と想いを持ってな」

「そんなもの・・・・・・なのか?」

 ルークが戸惑い半分、信じられない半分という面持ちで尋ねる。

 エヴァはそんなルークへ茶化したりせずに、ニヤリと唇を吊り上げてコクリと頷く。

「ああ。女という生き物はそういうものだ。実際に、メシュティアリカはお前を追ってこの世界にやってきただろう? 私も15年以上もこうしているんだ。証拠があるじゃないか」

「確かに・・・・・・な」

 ルークは座っていた席を立ち、頭をボリボリ掻きながら大きな溜息を吐いた。

 エヴァンジェリンの言葉を理解したようだが、まだ安心できないという感じである。

(私の言霊にも納得できないとはな・・・・・・よほど『見放される』出来事があったということか)

 エヴァは燃える様な真っ赤な髪のルークをジッと見つめる。

 以前の戦いで、ルークと彼にそっくりな男との戦いを思い出した。そしてその中で交わされた言葉で“ある程度”の予測が立つ。

 例えば、仮に自分とまったく同じ人間が目の前に現れて、今の自分の居場所を奪われたとしたら?

 エヴァの背筋に冷たい汗が流れ、思わず身震いする。

 そんなもの力強くで取り返せと、いつもの自分なら言うが・・・・・・・・・・・・何事も力のゴリ押しでは上手くいかない、それを実行できない状況・条件がある。

 幸せとは呼べない自分が歩んできた数百年の道。出会った人々。忘れられない戦いの記憶。

 それは紛れも無く自分のモノなのだが、ソコにいるというのは重要な要素であり、公的な立場というのは意外とその要素に大きく関係してくるものだ。

 おそらく、ソレ関係でいろいろあったのだろうが・・・・・・。

(どういう答えを出すのか、乗り越えられるか見せてもらうぞ、ルーク)

 エヴァの表情は、まるで確信しているかのような笑みで、ルークを見つめていた。

 そして、その時は意外と早くやってきたのであった。







「そ、そんなっ」

 のどかとネギ、2人の会話は進路相談室という密室の中で行われていた。

 ネギに呼び出されたのどかは2人きりの室内という事でドキドキしていたが、ネギが切り出した言葉でそれは吹き飛んでしまった。

 ネギから切り出された言葉。

 それは昨日の一件の事であった。父親の手がかりを詠春から手に入れたネギは、のどかと一緒に図書館島の最深部に向かった。後一歩で父親の手がかりに着くと思った時、扉の前には巨大なドラゴンがいたのである。

 とても叶わないと思ったネギは、茶々丸の援護を受けて命辛々になるも脱出に成功。かなり危ない状況だったのだ。

 そこでネギは考えた。

 これから先、自分は父親を必ず追い続けるだろう。その時、今回のような危険が必ず付いて来る。だからそんな危険な場所にのどかを連れて行く訳にはいかない。

 “英国紳士”として、女性を危険な目に合わす訳にはいかなかった。

 その言葉を聴いたのどかは、絶句の言葉を漏らしたのである。

「この話は大事な事ですので、2人できちんと話をしないといけないと思ったので、このように呼び出したんです」

「じゃ、じゃあ、ネギ先生は1人で探すつもりなんですか!?」

「はい、そのつもりです。父さんを探すのを諦めればこんな事を言う必要もないのですが、僕は父さんに会いたいんです」

「・・・・・・・・・・・・」

 のどかは強いショックを受けた。言葉は柔らかく言っているが、つまりは自分は足手まといで邪魔だからここに居ろ、そう言われているのと同義であるから。

 のどかの脳裏に新たな友人である、童話の王子のような男・ルークの言葉が蘇った。

 彼は言った。このような事が訪れるのはもっと先だと。

 けれど、こんなに早く来るとは思ってもいなかった。

 昨日の、ネギと一緒に箒に乗って空を飛んだ記憶が蘇る。大好きな人と一緒に空を飛び、共に冒険し、苦難を乗り越えた。

 それは裏の魔法使いの冒険に比べたらちっぽけな事かもしれないが、のどかにとっては大切な思い出と共に、ネギとの絆が深まったような気さえしたのだ。

 それは、自分の錯覚だったのだ。

 のどかの瞳が涙で溢れた。

「ああ、泣かないで下さい~! 僕がこう言わないといけない理由を、ちゃんとお見せしますから~!」

「え・・・・・・」

「今は無理ですけど、今日の別荘で、お見せします。それで僕の言葉も納得できると思いますから」

 確信に満ちたネギの瞳を見て、のどかは不安で胸が押し潰されそうになったのであった。







「あら、ルーク?」

「ティア?」

 ボーッと座りながら海を眺めていたルークの元に、ティアと夕映、亜子がやってきた。

 朝、突然やってきた夕映と亜子を迎え入れたティアは、とりあえずお茶を出してミュウと遊んでいてもらい、ティアは洗濯などの家事をした。

 一通りやり終えたのは11時になってから。そこで初めて彼女たちの来訪の目的を聞いた。

「お願いがあるです。昨日言っていたルークの事を教えて欲しいのです」

「私も同じことを聞きたくて、来ました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「みゅう・・・・・・ご主人様のことですの」

 夕映と亜子の真剣な瞳を見て、ティアは逡巡する。ミュウは元気無さそうに俯き、
 ティアは彼女たちの様子を見つめる。寝不足になるまで気になり、そこまでルークの事を想っているらしい。

 この先、共にいることになるのだから、それも1つの選択なのかもしれないと判断する。

「いいわ、話してあげる。ただしこれはルークが許してくれたらね」

「ホントですか!?」

 ティアの言葉に嬉しそうな表情を浮かべる夕映と亜子。

「じゃあ、エヴァンジェリンの別荘で待ってましょう」

「別荘で、ですか?」

「ええ。貴方たちは寝てないみたいだから。寝不足は美容に大敵よ?」

 パチっとウィンクをするティアはとても美しく、夕映と亜子は紅くなってしまったのである。

 彼女は、自分が鶴子に言われた事で生じた悩みを、他者に悟らせることはなかった。

 こうして寮を出たティアたち一行であったが、別荘に入ってみるとそこには学校に行ったはずのルークが、海をボーッと眺めている姿が。

 熊のように背を丸めて、広場の淵に足を出してブラブラさせ、どことなく黄昏ている。何となく笑える光景であった。

 そして場面は冒頭に戻る。



「どうしたんだ? やけに早いな、来るの」

「ルークこそ。学校に行ったんじゃなかったの?」

 目を丸々とさせたティアは、ルークの横に腰をかけて首を傾げて話しかけた。

「いや、エヴァに拉致されてさ」

「拉致って・・・・・・」

 大袈裟な言葉に夕映と亜子は苦笑いしながらティアとは反対側の彼の隣に腰を下ろした。

「で、夕映も亜子もどうしたんだ? まだ学校の時間、だよな?」

「はいです。実はルークにお願いがあってきたです」

「お願い?」

「うん。あんな、ルーク君の昔にあった事、教えて欲しいんよ。ダメかなぁ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 今日はやけにこのネタが多いなぁと、呆気に取られるルーク。

 彼女たちの自分へ向ける視線。それは熱が入っていて、とても真剣だった。

 だからだろうか。

 エヴァの言葉が、ルークの脳裏に過ぎったのは。

(俺は、ティアさえ俺の事を理解していてくれればいいと思ってた。木乃香と刹那、2人には仕方が無かったとはいえ聞かせることになって、優しい2人は俺の事を受け入れてくれた。だけど、今回は自分の意思で、選ばなくてはならない。俺は・・・・・・)

 真っ赤な夕日が栄える海へと視線を移し、そっと目を瞑る。

 恐れていては何もできない。何も変わらない。

 それは、あの戦いで学んだはずだ。

 だから―――。

「ああ。俺なんかの過去でいいなら、いや、ぜひとも聴いて欲しい」

 覚悟を決めたルークの顔は、また一回り男らしくなった、覚悟を決めた男の顔であった。

 そのルークの表情を見て、夕映と亜子は見惚れ、ティアは男らしく成長したルークの顔に、改めて自分の慧眼と選んだ男に間違いはなかったと少し頬を染めながら思ったのであった。ちなみにミュウは「ご主人様カッコイイですのー!」とはしゃいでいた。

 そんな4人(と1匹)の遣り取りをこっそりと盗み見ていたエヴァは、調度良いと判断したのか、ズカズカと歩み寄る。

「話は纏まったようだな」

「エヴァ・・・・・・」

「私がルークの記憶の世界へ連れて行ってやる」

「記憶の世界へ? そんな事が可能なの!?」

 感心するように声を上げるティア。

 夕映や亜子も話でしか聴けないと思っていたらしく、とても嬉しそうだ。

「マスター、私もよろしいでしょうか?」

「茶々丸、お前も見たいのか?」

「ハイ」

「ふむ・・・・・・ルーク、どうする?」

「別に構わないぞ。好きにしてくれ」

 半ばヤケクソ気味になっているルークであった。

「ホホホ、ついにこの時が来ましたなぁ・・・・・・ウチもご一緒させてもらいますえ」

「鶴子さんまで・・・・・・ハァ」

「よし、では行くぞ」

 エヴァンジェリンが魔法を唱え始める。

 足元に魔法陣が広がり、6人と1匹は魔法の結界に囲まれる。

 お互いに手を組み、ルークとエヴァが額を合わせた。

 魔法陣が光輝き、粒子がルーク達を包み込む。

 今、記憶の扉へと。

 異世界の住人が始めて足を踏み入れた。






 今より2000年の昔。


 第七音素(セブンスフォニム)の発見により、惑星の誕生から消滅に至る未来までを記した「星の記憶」の存在が確認された。


 その星の記憶を巡り、惑星オールドラントの戦乱の時代が始まる。


 長きに渡る戦いは大地を疲弊させ、毒を含む障気を生み出した。人々は、星の記憶を読み取る譜術士ユリア・ジュエの詠んだ預言に従い、大地深くに障気を封じ込めた。


 ときは流れて、現代。世界はキムラスカ・ランバルディア王国とマルクト帝国の二大国に分割され、危うい平和の均衡を保っていた。


 だが本当に人々の心を支配していたのは、両国の王ではなく、ユリアの教えを守護するローレライ教団によって、世界に発せられる「預言(スコア)」であった。


 これが、その世界の仕組みであった。


 キムラスカ王国のファブレ公爵の一人息子にして、王位継承権第3位ルーク・フォン・ファブレ。彼はそんな世界に生まれた。


 幼い頃マルクト帝国に誘拐されかけたショックで記憶喪失となり、10歳の身体でありながら0歳児となってしまった彼は、事件が起こった事により、屋敷だけの生活で軟禁状態になった。

 何も教えられない、外にも出られないという退屈な毎日だったが、ヴァンとの剣の修行だけが唯一の楽しみだった。

 ある日、ヴァンと剣の修行をしていたとき、突如ティアという名の女性が現れてヴァンを殺そうとする。止めようとしたルークは偶然(擬似)超振動が起き、ティアと一緒に外へ飛ばされてしまう。


 これが、彼女との運命の出会いであった。


 それからは大変な事がいっぱいあったが、初めて見る世界とその仕組み、人々の様子に少年は傲慢な態度で眺めていた。


 そんな時、彼は出会う。


 世界の均衡を保つ役目のダアトの最高指導者・イオンとチーグル族のミュウ。マルクト軍人のジェイド・カーティス。ダアトの導師守護役のアニス・タトリン。少年の世話役にして幼馴染のガイ・セシル。キムラスカ国王の娘にして皇女のナタリア・L・K・ランバルディア。


 少年は一般常識という名の学問を全く教育されなかった為、旅を通して色々な物を吸収していった。


 彼の態度は子供そのもので、身体は17歳なのに実年齢(精神年齢)は7歳という矛盾した状態をいかんなく発揮し、周囲を乱し、呆れさせた。


 そんな中、ついに事件は起こった。


 無事に旅から戻った彼に、叔父であるキムラスカ国王より親善大使の任を命じられた。


 彼はその頃から周囲の仲間に呆れられていた。良い意味でも悪い意味でも純粋培養されていた少年は、余りにも『子供』という態度を露骨に出しすぎたのである。


 ほぼ孤立状態となった少年は、ティアの存在が目に入らず、師匠のヴァンしか見えていなかった。


 そして、向かったアクゼリュスで、彼は師匠のヴァンに裏切られ、数万という人々を一瞬で消し去った。


 目の前で瘴気の海に飲み込まれて溶けていく子供たち。


 動かぬ骸と化した人々。


 跡形すら残らなかった人々と大地。


 少年はその事実を認めたくなかった。自分が殺したなんて。自分の責任だなんて。


 認めたら罪の重さに心が潰れてしまうから。


 その防衛本能から、少年は拒絶の言葉を口にした。


 その結果、彼は仲間から呆れられ、罵倒され、見放された。


 1人になった少年は、師匠に裏切られたショックと大罪、そして仲間たちの凄まじい怒りの罵倒に、心の崩壊寸前まで陥った。


 少年はボロボロの状態で気付く。


 チーグル族のミュウとティアが、自分を信じてくれた事に。


 彼は、その唯一残った彼女たちを裏切らない為に、何とか立ち上がり、真実を知らなくてはと、歩き出した。


 しかし世界は、星は、彼を更なる地獄へと叩き落した。


 今回の一連の事件は、全てがユリアの預言に記されていた、『予め決まっていた未来』だったのだ。


『ND2018ND2018
 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう
 そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す』


 旅の中で、全ての答えが出た。


 自分は、10歳の時に連れ去られた事件の、オリジナルのルーク・鮮血のアッシュのレプリカという創り物の人形だということ。


 叔父の国王が親善大使として任命したのは、アクゼリュスで自分が死ぬ為だったということ。


 今まで碌に外に出してもらえなかったのは、自分に無駄な知識と感情を芽生えせて支障をきたさない為だったという事に。


 父上が、自分が死ぬ事を良しとしたことに。


 オリジナルの鮮血のアッシュが、なんで屑だのレプリカだの言っていたのか、どうして同じ顔だったのか。


 全ての真実が発覚した。


 この瞬間、ルーク・フォン・ファブレの心は完全に砕け散り、死亡した。


 自我を失ったルークを、己を取り戻させたのは、1人の女性の想いであった。


 彼は、自分に残った最後の絆を大切にしたかった。守りたかった。


 それしかなかったのだ。


 この時は父と母すら、信じる事ができなかった。


 だから少年は過去の己にケリをつける為に長い髪を切り落とした。


 世界を進む。


 世界に蔓延する瘴気を中和する為に。世界を滅ぼさんとするヴァン率いる六神将を倒し、人々を救うために。


 六神将もまた、ユリアの預言によって翻弄された、哀れな者たちであった。


 彼らと闘い、少年は様々な想いを知ってゆく。


 その中で、己の一番の理解者であり、究極的な所まで分かっていたイオンが、死亡した。


 大量のレプリカが発生し、虐げられ、気味悪がり、人々は迫害した。


 レプリカに居場所はなく、価値はなく、ついに一箇所に集められた。


 少年は、そこで再び己の命を犠牲にする行為に出た。


(死にたくない・・・・・・! 俺は生きていたいんだっ! だけどっ!!)


「ルークっ!! やめてぇええええええええええええええ!!!」


 ティアの悲鳴も上がった。悲しみの慟哭が上がった。


 少年は生きていたかった。だけど、死を要求された。だから自殺ともいえる行為をしなくてはならかった。


 結果として、数万のレプリカと己の命の大半を消費し、世界中に蔓延する瘴気を消し去り、ギリギリで少年の寿命は僅かながら延びた。


 命が僅かしかない少年は、己との戦いになった。


 残りの命で何ができるのか、試行錯誤の繰り返しだった。


 答えは1つしかなかった。


 弟子である自分が、ティアの兄であり師匠のヴァンが世界を消滅させ、第七音素を消し去りユリアの預言を消滅させるという手段を喰い止めるのが役目だと。


 日を追うごとに、少年は自分の消滅を実感していった。


 身体が一瞬だけ透けたり。


 急に力が入らなくなって立ち眩みを起こしたり。


 底知れない恐怖と戦い、独りでひっそりと慟哭したり。

 少年は他人の前では笑顔を取り繕い、他人へ苦しみを打ち明けなかった。


 ここに居る、と。


 確かに触れる、と。


 一人分の陽だまりに、僕は居る、と。


 その時でも感じていた。


 必ず俺たちは出会い、沈めた理由に十字架を建てるその時、僕らはひとつになるんだろう、と。


 同じ悲鳴の旗を目印に、同じ鼓動の音を目印に、僕らは出会うべくして出会ったんだと。




 最終決戦のエルドラント。


 ここでル彼は罠に嵌った。ティアは静止の声を振り切って彼の後を追い、そしてその戦いを目撃した。


 オリジナルのルークであり、レプリカに全てを奪われ失くした、鮮血のアッシュと。


 己は他人の模写であり、作り物。家族にすら裏切られた、レプリカ・ルーク。


 本当なら兄弟になれたかもしれない世界最強に分類される2人の、己を賭けた、全てに決着を着ける戦い。


 それは、儚く、そして心を締め付ける悲しい光景だった。


 ティアは涙を零す。


 取り返しのつかないその結末に。分かり合えないその運命に。


 始まりには必ず終わりがあるように、戦いにも終わりが来た。


 それは、ルークの勝利という結末。


 後がない者と、最後の命を燃やす者との差。


 それは、燃やす量の違いから来た理由で後者が勝利したに過ぎない。


 少年はティアと先へ進み、そして・・・・・・。




 自分のオリジナルがヴァンの部下と戦い、全方位から刺し貫かれ、死亡するのを感じた。




 オリジナルの想いが、少年へと入ってくる。


 オリジナルが、自分へと受け継がれる。


 第二超振動という、最強の神々の力を手に入れた瞬間であった。


「冗談じゃないね・・・・・・そんな化け物みたいな力。ユリアの加護を受けたヴァンにも荷が重い」


 そんな彼らの目の前に現れたのは、最後の六神将・烈風のシンク。


 彼はルークと同じように世界に絶望した。そして世界を憎悪した。


 世界は、敵であった。


「誰でも良かったんだ・・・・・・スコアを、第七音素を消し去ってくれるならさぁ!!」

 世界を憎悪した彼の力は凄まじい。


 消える前の蝋燭の炎のように、一瞬だけど、苛烈に燃え上がった。


 けれど、その炎はやはり最後には消えてしまった。


 イオンと同じレプリカであるシンクは、幻のように粒子となって消えていったのだった。


 そして、最後の決戦。


 ティアの兄にして、ホドの生き残り。


 世界最強の男。


 『2人のルーク』の剣の師匠。


 ヴァンとの戦いは、世界の命運を賭けた、己の信念に従う戦いであった。


 ルークたちは剣を振るう。


 ユリアの預言は、未来を選択する為の1つの手段であり、選択肢なのだということを。


 ヴァンは心を鬼にして戦う。


 家族を捨て、世界中の人々と大陸を無に帰し、新たなレプリカ世界を作る事で、真の自由の世界を作り出す為に。


 全ては、人の心の哀しみが生んだ戦いであった。


 悲しいから、戦う。


 納得できないから、戦う。


 怒りが収まらないから、戦う。


 誰が悪いとか、良いとか、それらへの答えはでなかった。


 ティアはユリアの譜歌を歌い、ローレライという第七音素集合体、神の開放の手伝いを行う。


 ルークはヴァンと切り結ぶ。


 そして、ついにルークの刃はヴァンを引き裂いた。


 ヴァンを自らの手で殺したルークとティアは、憑き物が取れたかのように俯き、そして最後の時がやってきたのだ。


「じゃあ、皆、避難してて」


 彼の言葉で、仲間たちは躊躇うように出て行く。


 仲間を見捨てなくてはならない事に、仲間を犠牲にすることに尾が引くんだろう。


「ルーク・・・・・・っ!」


 ティアから哀しみの声が洩れる。


 涙がとめどなく零れ落ち、今までの旅の記憶が溢れた。


「ティア・・・・・・ありがとう」


 ルークの身体が、黄金色に輝く。


 ルークは万感の想いを込めて、アッシュを抱えながら思う。


 ありがとう。


 君がいてくれたから、俺はここまで来ることができた。


 ありがとう。


 最後まで見捨てないでくれて、俺なんかを想ってくれて。


 本当に、ありがとう。


 俺を育ててくれた、父さん、母さん。


 本当に、本当にありがとう。


 たった7年間分の思い出しかないけど、皆と共にいた事は、俺の宝物だ。


 大好きだったよ。


 ティア、イオン、ミュウ。


 言葉でなんか表せないくらい。それくらい、いっぱいで溢れてる。


 本当に、ごめん。


 お前は、死なせたくなかったんだ、アッシュ。


 みんな、さよなら。


 ティア、約束守れなくて本当に、ごめん。
 

 彼が消えゆく光景を、エルドラント崩落の光景を見つめ、ティアはポツリと言葉を漏らした。


 愛の言葉を。


 彼女は大好きだった。


 見え難いが、端々に現れる彼の優しさが。


 空気が。


 自分の名を呼ぶ声が。


 『存在』が。


 だから・・・・・・。


 その姿を忘れないよう。


 忘れぬよう。


 消えないよう。


 そっと。


















「・・・・・・これが、お前の前の世界での全てか」

「ああ・・・・・・そうだ。これが、これがレプリカ・ルークの一生だ」

「みゅう・・・・・・もう一度見ることになるなんて、思っていなかったですの」

「・・・・・・そうね」

 自嘲するように笑うルークと、過去を思い出し俯くミュウ。そしてルークの手をぎゅっと握り絞めるティア。

 まるで、不安をかき消そうとするような、強い力だった。

 一方で表情が硬いのはエヴァ、いや、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと悲しそうな表情の茶々丸であった。

 エヴァはルークをジッと見つめ、その瞳に感情が浮かんでいる。

 それは―――。

「―――よう、がんばったなぁ。ルーク」

 と、そこで横からそっとルークを抱きしめてきたのは、今まで黙っていた鶴子であった。

 彼女はわざとらしく、よよよ、と泣きながら抱きしめてくる。

「ぶはっ・・・・・・って、むぐっ! むぅ―――!!」

「ちょ、青山さん! ルークが苦しがってるでしょう!? 話してください!」

 ティアが力いっぱいルークを抱き寄せる。


 ―――ポヨンっ。


「!? ―――っ!?」

 あまりの事態に、というか、ティアの身体で初めて触れた場所なので、ルークは呼吸困難に陥りつつも、混乱していた。

「もう、ティアはん。意外とイケズやなぁ」

「なっ!? ルークは青山さんの物じゃないでしょう!!」

 鶴子とティアは2人で彼を奪い合いながら、喧々と言い合いをしていた。

 そんな2人の漫才を他所に、二の句を告げられないのは、一般人の綾瀬夕映と和泉亜子であった。


 ポタリ、ポタリ。


 彼女たちの瞳から止め処なく溢れ、零れ落ちる涙。

 この過去を見せる魔法は、対象の想いや痛みを、あまりにも強烈に伝えすぎてしまう。

 それが今、彼女たちの心をかき乱していた。

「・・・・・・っ・・・・・・うっ・・・・・・えぐっ」

 亜子の嗚咽が零れ、ルークは見目麗しい女性2人の胸で魂が抜け落ちていたが、やっと回収できたゆにハタと気がついた。

 亜子は嗚咽を必死に堪えていたが、一度洩れては止まらないらしく、次第に外聞など気にせずに声を上げて泣いた。

 夕映も亜子の嗚咽が引き金となったのか、崩れ落ちて言葉にならない声を上げる。

 ルークは慌てて駆け寄って、そっと2人を抱きしめた。

「ごめんな・・・・・・気分悪いの見せちまって」

 ルークの言葉に、夕映が声を荒げる。

「違うですっ!! そうじゃなくてっ! そんな風に思ってなくて―――っ、ただっ!」

「違う・・・・・・ルーク君・・・・・・ウチ、違うねん。悲しいだけやねん・・・・・・何て言ったらいいのか、それも分からんのっ!!」

 亜子の両手がルークの背へ回され、驚く程の力で握り締められる。

 夕映も腰へと手を回し、彼のシャツへ顔を押し付け、まるでパニック状態のように抱きついてくる。

 後に、彼女たちはこの時の事を振り返ってこう言う。

 あの時はとにかく悲しくて、その感じたことも体験したこともない強烈な感情を一気に消化しなくてはならなかった為、もう必死だったと。

 ルークは彼女たちが自分の過去を見ても、人形だと思っていない事を、それでも好意を向けてきている事を、ハッキリと感じた。

 彼女たちの顔は、普通ならちょっと見せられない。

 涙の所為で目と瞼を真っ赤に腫らし、鼻水は垂れている。

 それは、確かにお世辞にも可愛いとは言えないだろう。けれど、そんな状態を自分に見せてくれている事に意味がある。

 そして、そんな2人が、愛しく感じる。

 だから、そっと頬へとキスを落とす。

「ありがとう、受け入れてくれて」




 ルークが微笑みながら言うその言葉に、彼女たちは抱きしめる力をより強くすることで、応えたのであった。







 ある街の一角にて。

「あら、行き倒れよ、夏美」

「行き倒れ!?」

 1匹の犬が、女性徒2人に拾われ。

「ふふふ・・・・・・あの子のお誘いじゃ、お休みを貰ってでも行かなきゃね。それに彼にも久しぶりに会いたいし」

 綺麗な金髪の髪の女性が微笑みながら、旅支度を始めて。


「魔法なんか使ってんじゃねぇえええええええええ

 えええええええええええ!!!」



「うわぁあああああああああああああああ!?」

 ある世界のある都市が、独りの男に襲撃されていた。















あとがき

 ども、お久しぶりです。

 生きてますww

 仕事の方が死ぬ程忙しいので更新が滞ってました。

 これからはもっと速めたいと考えておりますので、気長に待っていてください。

 それにしても・・・・・・。

 夕映と亜子と木乃香が好き過ぎてたまらんwww

 今回の話ですが、きっと普通の一般人であった彼女たちには、重過ぎる話であろうと判断して、あのような反応になりました。

 違和感があったらスイマセン。



 ・・・・・・そろそろ『裏』へ掲載が始まります。 





つづく