「はぅあ!?」

「ちょ、何なのよ、いきなり変な声だして!」

「いや、アスナ。何かしらないけど、今とてつもない寒気がして」

「寒気、ですか?」

「ああ。鬼が迫ってくるような、鬼神がホホホホと笑いながら襲ってくるような、光学兵器すら生身で捻じ曲げる人が襲い来る感じが」

「何か具体的やなぁ」

「あ、ああ。俺の本能が告げてるんだ・・・・・・ここから逃げろって」

「・・・・・・鬼神がホホホ? 光学兵器を生身で曲げる? それってひょっとして―――」

「ほほほ、ウチのルークの周りにいつの間にこんなに虫が。これはルーク、お仕置きや・・・・・・神鳴流決戦奥義・・・」

「「!? (この声は!)みんな逃げ―――」」


「真・雷光剣♪」







モギャッ!!










     第25章 己の存在と決戦奥義

 









 麻帆良学園女子中等部、学園長室。

 朝のスズメの声が静かに聞こえ、登校してきた生徒たちで学園都市全体が活気に包まれ始めた。

「ふむ・・・・・・しずな君が煎れてくれたコーヒーは絶品じゃのぉ」

 爽やかな朝に相応しいコーヒーを啜りながら、学園長の近衛近右衛門は穏やかな気分で1日の始まりを迎えていた。

 学園長の仕事は一見暇に見えるが、実は広大な学園都市全体の管理を勤め、関東魔法協会の総本山でもあるこの地の最高責任者でもあるため、仕事は多い。

 多くは書類整理などであるが、それが意外とストレスが溜まるし身体に負担を掛けるものだ。

 そんな業務をこなしている学園長は、清々しい気分で書類整理をゆっくりとこなしていたのだが、そんな気分をぶち壊す、

 いや、清々しく静かな1日を木っ端微塵に吹き飛ばす衝撃が、街を一望できる背後の窓ガラスから伝わってきた。


モギャッ!!


「な、なんじゃ!?」

 突然の爆音にコーヒーを吹き出した近右衛門は、慌てて窓へ駆け寄る。

「・・・・・・あれは」

 目の前の惨状、いやミサイルでも落ちたかのようにモクモクと天へ湧き上がる煙と、舞い上がる砂煙と木々。

 クラッとする頭を抑え、近右衛門は電話を取った。

 これが、長い1日の始まりである。






「な、な、なに!? なんなの!?」

『な、何ですか!?』

「敵の襲撃!?」

 登校中、それも近道の為に林の中を駆け抜けていたルーク・ティア・アスナ・刹那・木乃香・ネギはいきなりの攻撃に吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。

 体勢を立て直したアスナとティアは、舞い上がり視界を悪くする砂塵と木々に目を覆いながら前方を見つめた。

 ネギはカモを肩に乗せて地面に手を付け、突然の事態に混乱しているようだ。

 トクナガ(IN相坂さよ)がルークの左肩に、ミュウが右肩に乗った状態でオロオロしていた。

 刹那は木乃香を抱きかかえ、しかし『よく知る声と衝撃』だった為に顔を青褪め、ガタガタと震えていた。

「ま、ま、ま、まさか・・・・・・!?」

 恐怖の為か、それとも脊髄反射なのか、呂律が上手く回らないルーク。

 普通の公道を歩いていた生徒たちが汗を垂らして集まってくる中、“元凶”がついに現れた。

「ルーク、お久しゅう」

「うわあああああああああ!? 鶴子さん!?」

「師範代~~~~!?」

 ルークと刹那の絶叫に、いつかの話を聞いていたアスナやティアは、この人が鶴子さんなのかと思い出した。

 綺麗な黒い髪に真っ白な肌。気品溢れる正に大和撫子という言葉がピッタリと合う。

 そう、その『元来の日本人』をそのまま体言したのが、京美人・青山鶴子である。

「刹那も元気そうで・・・・・・上々や」

「いやいやいや、そんな事より、なんでここに・・・・・・っていうか、なんで雷光剣を!?」

 ルークがビシッと突っ込む。

「そんなの決まっとるやろ?」

「え?」

「・・・・・・7年前、ルークに出会ってからウチはすっかり愛らしいルークに骨抜きにされ、いかず後家になるのも覚悟の上で可愛がってきたのに・・・・・・いきなり海外へ飛び出していってウチを捨て」

「は?」

「戻ってきた思ったら、ウチと素子を迎えに来ずに大勢の女人を囲っている始末・・・・・・ウチは悲しおす」

「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」

 どうやら逆・源氏物語を計画していたらしい。

 そういえば、7年前の当時、彼氏を振ってまで溺愛していたなと思い出す刹那と木乃香。

「あんなに手塩にかけて育てたウチの可愛いルークが、こんな乱れた生活を送るとは・・・・・・お仕置きや」

「いや、別にそんなつもりは・・・・・・それにいつから鶴子さんのモノになんて・・・・・・てか、それ初耳だし」

「問答無用」

「うおっ!?」

 鶴子の肩から烈風が消え去り、スラリと刀を抜いた瞬間、彼女の綺麗な黒の瞳孔が縦に割れ、怪し気な黄色へと変化する。

 そのただならぬ気配に、アスナは腰を抜かし、刹那はすっかり身体が硬直してしまって動けず、ネギは息を呑んでいた。

「ちょっと待ってくれ、鶴子さん! せめて殺る場所を! ここはマズイ! 場所はエヴァの別荘で!」

「ほな、いきますえ」

 あっという間に背後に回られて、ガシッと頭を掴まれるルーク。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

「ほな皆さんには、また後で“いろいろ”とお聞きに参りますえ」

 そのまま竜巻のごとく駆け、鶴子はルークを拉致連行された。

 その場には、呆気に取られたティア達が取り残されたのである。






「―――という訳で、『突発性の自然災害』が起ったという事で、生徒の安全を優先させることになり、本日は休校になります」

 朝のHRにて、ネギはザワつく皆に知らせた。

 ネギは真実を知っている故に頬を引き攣らせながら報告する。

 ―――あの女の人、すごく怖かったけど、ルークさんは大丈夫かなぁ。

 美しく恐ろしい形相の女性を思い出し、ネギはブルッと震えた。

「怖いね~!」

「やったぁ、今日は休みだぁ!!」

「みなさ~ん! 今日は平日で学校のある日なんですから、寮内で大人しく勉強してて下さ~い!」

 ネギが必死で声を上げるが、クラスの連中は全く聞いちゃいない。いや、一応のどかは聞いているが。

 どことなく彼女たちには、この状況すら楽しんでいる節があった。まあ恐怖で錯乱するよりマシではあった。

 一方で、その『突発性の自然災害』の真実を知っているアスナ達は苦笑いするしかない。

「で、大丈夫なの? あの、鶴子さんって人、凄く怒ってたんじゃ?」

「え、ええ・・・・・・青山師範代は、会話でもありましたが不思議な位にルークを可愛がっています。それはもう木乃葉様くらいに。ですから、おそらく、きっと、たぶん大丈夫でしょう」

「せっちゃん、どんどん自信無くなっとるえ」

「う、うん・・・・・・だって、青山師範代ですし」

「ウチには鶴子さんは優しかったけどなぁ」

「それはこのちゃんが詠春様のご息女だからです。きっと今頃ルークは・・・・・・」

 何を想像したのか、ブルルッと震える刹那。よほど怖いようだ。

「まあ、ティアさんやさよちゃんも付いてるし、エヴァちゃんも戻ったようだから大丈夫・・・・・・かな」

 アスナもどことなく不安そうに言葉を濁してしまった。鶴子の鬼神っぷりを見てしまったのだから仕方がないだろう。

 こうして3人がひそひそと話している間にHRも終わり、解散となったのだが・・・・・・。

 刹那たちの元へ近づいてくる子たちが複数。

「このかさん、今日はルークはどうしたですか?」

「ルーク君が来てないなんて、珍しいんとちゃう?」

「たしかに・・・・・・エヴァンジェリンさんもいないし」

「トクナガがいない・・・・・・何かあった?」

 夕映・亜子・美砂・アキラである。

 どうやらルークがいない事を不思議に思ったようだ。

 微妙にアキラが寂しそうなのだが・・・・・・彼女はどうやら気に入っているようだ、アレを。

「うん、まあ・・・・・・この後いつも通り別荘に行けば解るわよ・・・・・・生きていればだけど」

「「「「??」」」」

 訳がわからない彼女たちは、首を傾げたのであった。







 一方で、その問題のルーク達だが・・・・・・。

 こちらは予想外に真剣ムードが漂っていた。

 ルークとティア2人で鶴子に相対している。そしてエヴァが3人の戦いを眺めている構図。もちろん2人のコンビネーションの前に鶴子は押されていた。

 最初はルークと鶴子の2人が激しく斬り結んでいただけだったのだが、鶴子がティアを巻き込み始め、強制的にティアまでも戦闘することになったのだ。

 しかし彼女のある言葉を皮切りに、戦況は覆った。

『ルーク・・・・・・あんさんは自分自身というモノが見つかりましたか?』

 鶴子の愛刀がルークのフォニックブレードと激しく衝突し、即座に振りぬかれた右足がルークの頭を蹴り飛ばす。

『・・・・・・え』

 吹き飛んだルークの前に出てきたのは、ティア。

『貴方がティアさん、ですか。お初にお目にかかります』

『こちらこそ、初めまして。で、いきなりやってきて、ルークに何を仰るんですか?』

 ティアは鶴子がこれから言うであろう言葉を、直感的に気付いていた。それをルークに聞かせる訳にはいかなかった。

『・・・・・・察しとるようですが?』

『だとしたら、そんなこと言わせない。あんな想いを、壊れそうなルークを2度と見たくないんだもの』

『・・・・・・自分が見たくないだけやろ?』

『・・・・・・もちろんそれはあるわ。だけど、大切な人のそんな姿って見たくないのが普通でしょう?』

『違うなぁ・・・・・貴方は兄を殺したと聞きました。だから、貴方には“ルーク”しか残ってないんや。そこを吐き違えたらあきまへんなぁ』

 鶴子はティアへと襲い掛かり、刀を振るう。辛うじてアーティファクトの銃身で受け止めたティアは、必死で受け流す。

 受け流された一撃の流れを殺さずに、鶴子は鞘を手に振り下ろしながら、倒れたルークに声を投げかけた。

『7年前、あんさんはカラッポやった。土台も何もない、正に人としての土台が揺らいだ状態やった。だからウチや素子はたった2ヶ月やったけどあんさんを大事に育てた』

『やめてっ!!』

 ティアは鶴子の腕を絡めとリ、そのまま足を引っ掛けて投げ飛ばすが、宙で鶴子の姿が消える。

『・・・・・・・・・』

 驚愕の表情を浮かべたティアの背後に、鶴子は一瞬にして回り込んでいて、脇腹に肘を叩き込まれたティアは地面に蹲った。

『時間が解決してくれる、ウチがルークを満たしてみせる、そう思っとった。だけど7年経過してルーク、あんさんは何も変わってないようにしか見えん』

 鶴子は昔から感じていた。

 ルークの存在の希薄さに。

『ルーク・フォン・ファブレという人間、あんさん自身はどこにある? ルークとは何や? 名も生まれも身体も他人の模写であるあんさん自身の、土台は何や!?』

 ルークは感じていた。鶴子は自分の心を鬼にして、自分を陥れる言葉を口にしていると。

 彼女が言いたい言葉も解っていた。

 世界を救った俺。だけど、それは必要に迫られた事と状況に流された事、そして償わなくてはという強迫観念によってそうなったという、当然の帰結でしかない。

 そこに、ルーク・フォン・ファブレのレプリカという、己自身はなかった。

 自分自身が、そこに意味を見出して行ったのではなく、元からあったから行ったという状況に流されてでしかなかった。

 だから。

 俺は今、倒れているのだろう。

「・・・・・・ルーク、ウチは悲しおす」

「・・・・・・・・・・・・」

「ウチの言葉に心を揺らし、すぐに迷いが出る。おそらくこのティアとかいう女人がこちらに来た事に拍車がかかったんやろうが・・・・・・それで逆に弱くなっとる。話にならんわ」

「・・・・・・ちがう!! 俺は、ティアを守りたくて、ティアの傍に、大好きな人たちの傍にずっといたくてっ!!」

「だめだめや、ルーク。別にその気持ちを否定している訳やあらへん。ただ、想いを言い訳にして探すのを辞めただけや」

「!!」

 鶴子は察していた。

 ルークの過去を知り、ティアという女性がこの世界に来たと衛春から聞いたとき、ルークは再び前の世界の頃の状態に戻るだろうと。

 話の経過として察するに、彼が六神将との戦いに勝てたのは、ヴァンに勝てたのは、ただの勢いと相性によるモノが大きかったのだと。

 おそらく、一対一で対戦したら負けていたのはルークの方だったはず。当たり前だ。世界を憎み、確かな憎悪と復讐心で己を確立していた彼らに比べ、ルークは自分とは何ぞやという問いに答えを出さず、ただ世界が崩壊しないように問題を解決しただけだ。

 鶴子は願っていた。

 ルークが答えを出してくれるのを。

 彼が、己を見つけだし、真の心からの笑みを自分へ向けてくれるのを。

「構えなはれ・・・・・・もしウチの言葉が違うというのなら、これまでの己を一撃に込めて打ち込んで証明しぃ」

「鶴子さん・・・・・・」

 そうだ。

 言葉でコレを伝えるのは難しい。

 自分はティアたちと共にいたい、その想いが俺自身なのだと思っている。だがそれだけでは足りないと、鶴子は恐らくそう言っているから。

 きっとその先に、己が求める何かがある。

 そう直感した。

 ルークはフォニックブレードを腰の鞘に入れ、抜刀による速度勝負に挑む。神鳴流は大振りでありシグムント流とアルバート流を極めた自分には、その隙を簡単につける。

 しかし、それは鶴子さんには通用しない。

 彼女は鬼才。彼女は天才。彼女は鬼神。その強さは自分と匹敵もしくはそれ以上。レベルは255。

 彼女を自分が傷つける事はできない。彼女へ刃を振るう事は、細胞が反射的に嫌がる。従って剣舞による対戦の勝機はなかった。

 だから抜刀速度による剣速により、勝負するしかない。

「・・・・・・ほう、抜刀術。考えましたなぁ・・・・・・ほな、私も全力でそれに答えましょう」

 鶴子も日本刀を仕舞い、右足を前に、肩を前へと出して、鍔に手をそっと添える。

「ルーク・・・・・・」

 脇腹を押さえながら、よろよろとティアが立ち上がり、苦しそうにルーク達を見つめる。

「音素よ! 集え! 煌け!」

 ルークの身体が閃光の様に輝きを発し、凄まじい程の魔力の奔流が別荘を包む。

 その光景を楽しく見ていたエヴァは、目を丸くして感嘆の声を上げた。

(ほう・・・・・・これは凄まじいな・・・・・・私の闇の戦闘技法並の魔法出力か・・・・・・いや、大気を取り込んでいる分、さらに上か)

(ルーク・・・・・・ここでオーバーリミッツを使うの?)

 辺りの魔力を手当たり次第に自分の体内へと取り込み、暴走させる事によって爆発的な力を手にする、元の世界の究極戦闘技法。

 それが、今目の前で発動されていた。

「・・・・・・では、私も本気でいきますえ・・・・・・神鳴流抜刀術」

 鶴子の気が爆発的に跳ね上がり、大地が振動する。

 2人の魔力が極限まで高まり、限界を向かえ―――。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「一式雷閃剣!!」







「な、なんなのコレ!?」

「コレは・・・・・・また何とも、派手にやりましたね」

 別荘を訪れたいつものメンバーは、ほぼ全壊状態になった別荘に驚き、雄叫びを上げた一同。

 至るところが崩れ落ち、辛うじて形を残しているのは、最深部の寝室や風呂場なだけだ。

 慎重に橋を渡ってくる面々に、茶々丸がやって来て出迎えた。

「皆さん、いらっしゃいませ」

「あ、茶々丸さん。これどうしたの?」

 アスナが尋ねると、ルークと鶴子の戦いの跡だと言う。そしてマスターであるエヴァンジェリンが改修をしていて、新たな拡張を進めているらしい。

「・・・・・・事情は解ったけど、ルークたちはどうなったの?」

 アスナの言葉に、亜子やアキラも頷き、夕映と木乃香が心配だと口にする。

 茶々丸は無表情で淡々と口にした。

「はい。ルークさんと青山鶴子さんの決戦は、最後の抜刀術での衝突でルークさんが打ち負け、気絶した事で終わりました』

「ルークが負けたの!?」

 アスナが信じられないというように声を上げる。

 夕映も亜子もネギものどかも同じようで、とても驚いていた。それほど彼らの中でルークという人物=とてつもなく強い人という常識が成り立っていたのであろう。

「はい。ちなみにフェンデさんも鶴子さんに体術で挑み破れ、今はベッドで休息中です。ルークさんは―――」

 無表情の茶々丸が僅かに動揺を見せ、若干頬に赤みが差す。

 そして衝撃の爆弾を落とした。

「気絶したまま鶴子さんに連れられて入浴中です」

「「「「「な!?」」」」」

「師範代~!! そんな羨まし、じゃなくて、なんて破廉恥な!!」

 刹那にとって恐怖を払い飛ばす程の衝撃だったのか、絶叫を上げながら大浴場に突撃して行った。

「あ、せっちゃ~ん!!」

 皆がバタバタと追いかけると、大浴場に通じる道に刹那が立っていた。

 怪訝な顔をして近づくと、刹那はあわあわ言いながら真っ赤な顔をしていた。

 皆がどうしたのだろうかと思うが、彼女たちが理解する前に声がきこえてきた。

「おや、刹那に皆さん・・・・・・学校は終わったみたいどすなぁ」

「「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」」

 湯上りでポカポカと湯気を纏いながら、浴衣姿で大浴場から出てきた鶴子とルーク。

 ルークの肌は涸れ果て、真っ白に燃え尽きた様相で、ズルズルと鶴子に引き摺られて出てきた。

 鶴子など妙に肌がつやつやしていて、妙にハリがあって満足気である。

 皆が何より気になったのは・・・・・・若干の下半身の違和感さと移行の鈍さであった。

 その様子により得られる答えは、ただ1つ・・・・・・。

 肉体の成長が明らかに早熟であり、無駄に恋愛関係に敏感な3-Aのメンバーでも、ここまで露骨な『情事』を見せられては真っ赤になってしまうのも当然であり、もちろんイロイロと察してしまうのも当然であった。

「・・・・・・師範代、ルークに何をしたのか、一応聞いておきたいのですが」
「言わな解らんとは・・・・・・刹那はん、観察眼鈍りましたなぁ」

「うぐっ―――」

 痛いところを突かれた刹那は微妙な顔をして口を閉ざす。

 刹那は横を通り過ぎた師匠にハッと我に返り、慌てて気になっていた事を口にした。

「師範! いったい何時までここにいるんですか!? 神鳴流の方は!?」

「本場の方は同門が教えてるから問題なしや。とはいえ、いったん本家に戻りますけどなぁ」

「・・・・・・なんだか、戻ってくるかのような言い方ですが」

「戻ってきますえ」

「・・・・・・・・・・・・」

 ガックリと落ち込む刹那。

「ああ、刹那はん。この後ウチと久しぶりに手合わせやで」

「・・・・・・分かりました」

 皆は気の毒そうな顔で刹那を見ていたのであった。






 刹那が鶴子にぶっ飛ばされて木乃香が心配している頃。

 ルークがベッドで死んだように眠り、そのルークの髪をチャチャゼロと相坂さよが弄り倒していた頃。

 ティアの元にはアスナと夕映とのどか、亜子とアキラと美砂、ネギとエヴァンジェリンが、拡張し終えた別荘にて夕飯を食べながらゆっくりと会話を交わしていた。

 夕飯は茶々丸姉妹が作ったフランス料理のフルコース。

 滅多に食べる事ができない、そして初めて食べる豪華な食事に一同は目を輝かせて、食べていたのだが。

 ティアの「これがテレビで言ってたフランス料理・・・・・・こんな丁寧に作った料理は初めて」という言葉に、興味の中心はティアへと向けられた。

「そういえば、ティアお姉さんってどこに住んでたんですか?」

 亜子の言葉に、ハッとなったのはアスナとネギ。

 4月の事件で麻帆良の地に突如現れたティア。事件の騒動で有耶無耶になっていたが、よくよく考えるとルークと旧知の仲であると聞いただけで、彼女については何も知らないに等しい。

 普通に寮に居ついているが、両親とか親友とかいないのだろうかと、故郷はどこなのだろうかと初めて疑問を持った。

 全員の視線が集まる中、ティアはナイフとフォークを皿に置き、口を一拭きしてから言葉を紡いだ。

「・・・・・・私の故郷はユリアシティと呼ばれる街。そこで生まれ育った後、聖都ダアトという所で軍人をやっていたわ」

「ユリアシティ??」

 聞いた事がない名称に、一同は首を傾げた。

 どこの国? とかそんな言葉があちらこちらから聞こえるが、それを無視したのはエヴァンジェリンだった。

「おい、いいのか? その名を出して。そこのオコジョとかが後で調べて、問いただそうとするぞ?」

「うっ」

「別に構わないわ。どうせ調べようが何も出てくるはずないし、私を詰問しようとするなら喋らない。それに以前、私はそれを口にした事があるし」

「・・・・・・たしかに」

 納得するエヴァ。確かに以前、ティアはこことは違う世界の事を漏らしている。

 そしてどうやら、その時の言葉をアスナたちは忘れているようだ。

「でも、軍人やってたなんて少し意外です」

 アキラがそう口にすると、それに賛同するようにのどかが言った。

「わ、わたしも、そう思います」

「そう? そんなに意外?」

「意外よ、意外。それってやっぱり魔法関係って事?」

「・・・・・・そう評しても差し支えはないわ」

 ティアの当たり障りのない言葉に、アスナたちはなぜ言葉をボカすのかと言いたげだ。

 その時、外からドガーンという爆音が聞こえてきて、せっちゃ~んという悲鳴が聴こえて来た。

 皆は外で被害にあっている人物を心配する反面、容疑者のスパルタっぷりに溜息が出た。

「・・・・・・しかし、メシュティアリカ。お前、さっき鶴子に対して怒っていたな。初めて観たぞ、お前が怒ったところ」

 エヴァの言葉に、何があったんだろうと興味深そうにする皆。

「あの人の言葉に血が上っちゃって・・・・・・今も怒りでいっぱいだけど」

「ほう」

「当たり前でしょう? いくらそれが本当とはいえ、いくらそれがルークの為を思っての事とはいえ、そうと割り切れない事だってあるわ」

「・・・・・・それで、お前はこれからどうするのだ?」

 エヴァはティアを見定めるように見つめ、食事の場が緊張に包まれる。

「私は・・・・・・前の私なら、ルークの傍で見守る、という手段を取っていたでしょうね・・・・・・でも」

「・・・・・・・・・・・・」

 ティアの声が震えて、表情が哀しみで歪む。

「それをやったから、ルークは宿命に殉じ、消滅する事になったのよ」

「「「「「!?」」」」」

 ティアの言葉に、事情を知らない一同は絶句する。

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、今度はそんな事はしない。一緒にソレを見つける。ルークを、支える。もう2度とあんな光景は見ない。見たくない・・・・・・」

 ティアの瞳から涙がポロポロと零れ落ち、布巾に染みを広げる。

「これ以上、ルークを傷つけさせはしない。私は・・・・・・兄さんとの戦いで、十分に支えてもらった。彼に守られたんだから」

「・・・・・・そうか。まえに魘されていたのは、それの事だったのか」

「ちょ、ちょっと!! 消滅って何のこと!?」

「エヴァンジェリン、数百年生きてきた貴方なら解るでしょう? 自分の意思とは無関係なモノによって、自分の大切なモノが奪われる、その痛みが」

 アスナの大声を無視し、ネギとカモの探るような目を無視し、夕映たちの何があったのかを聞きたがる雰囲気を無視し、問いかける。

「ああ。よく解る。理不尽な事によってめちゃくちゃにされる事を。傍で見ていなくてはならなかった痛みもな」

「・・・・・・ルークの場合、それが星の意志による神が定めた宿命だった。数億という人々が願った事だった」

「・・・・・・死を、望まれたのか」

「ええ。運命ならば話は別だったけど、アレは宿命だった。だからといって諦めた訳じゃなかったけど、あの時はもう取り返しのつかない所まできてた。でも今度は違うわ。今度こそ、そんな事はさせない。今度も宿命があるというのなら、それすら覆してみせる。全力で抗ってみせる」

 エヴァはティアの言葉に対して一笑に伏す事はない。運命だったなら、己の力でそれ位蹴散らして見せろというのだが、宿命ならば話はまったく変わってくる。

 エヴァンジェリンは、己の過去にあった事を少し思い出しす。

 訳の解らないモノによって、奪われるのは本当に胸糞悪いことだと。

 変えられる・覆せれるのは運命。何があっても変えられない、どこへ逃げても身に降りかかるのが宿命。

 自分が『姫』という身から『吸血鬼』という人外に変えられたのは、運命だったのか宿命だったのか。

 どちらにしろ、アレは理不尽だったと・・・・・。

 どれだけ最初の百年の間は、怨嗟と悔恨の慟哭を上げただろうか。

 それ以降は諦めに似た悟りを開いて、悪の道を歩み、次第にソレに慣れて染まっていったが、全てを忘れた訳でもなかった。

 だから。

「・・・・・・そうだな。その時は、私も手を貸そう。あいつは私の友だしな」

 彼女は何を想いだし、そして何があったのか、それは誰も解らない。

「ありがとう、エヴァンジェリン」

「ふん、気にするな」

 プイッとそっぽを向くエヴァンジェリン。

 彼女はいつだって素直じゃない、ツンデレ娘だ。

「マスターの体温、発汗量が上昇中。マスターは照れているようです」

「おい!! 余計な事は言わんでいいんだよ、このボケロボ!!」

 エヴァが茶々丸の首元へしがみ付き、ぶんぶんと襟を掴んで振り回した。これも彼女なりの照れ隠しである。

 そんな2人が漫才を繰り広げていたのだが、アスナたちはティアの言葉が気になって彼女を凝視している。

 ティアは涙を拭ってクスっと笑い、本当に涙腺が緩くなったわ私、と呟いてから自分を見つめる彼女たちに頼んだ。

「貴方たちにもお願い。どんな時でも、どんな事になってもルークを見捨てないで。見守ってあげて。支えてあげて欲しいの」

「ティアさん・・・・・・」

 真摯な願い。こんな声で、こんなに想いが詰まった言葉を彼女たちは聞いた事がなかった。

 正直言って、アスナ達は目の前の女性が何を言っているのか、さっぱり解らなかった。

 言葉だって抽象的すぎて、14年しか生きていない、14年しか一般人基準の人生経験がない彼女たちには、それを理解するのは難しかった。

 けれど、彼女に頼まれた事は言われるまでもないことで。

 それはむしろ、望む事だった。

 だから。

「そんなの当然よ! 倒れそうになったら蹴り飛ばしてでも支えてやるわよ!!」

「もちろんです。私はティアさんたちの身内なのでしょう?」

「ウチも! ウチも恩返ししたいし、傷つけたくない!」

「私も、誰かを傷つけたりするのは嫌です」

「ま、彼氏を支えるのは彼女の役目だしね?」

「わ、私は、ネギ先生のパートナーだけど、ルーク君はきっかけをくれて、後押ししてくれた友人ですから。恩を返したいです」

「ぼ、僕も―――」

 ネギが皆に賛同するかのように言おうする。自分だって認められていないが担任の先生なのだからと思っての事だった。

 だが、それをティアに遮られる。

「貴方は一般生徒たちの事を、そしてのどかさんの事だけを考えなさい。パートナーなんだから」

「は、はい・・・・・・」

 ティアはネギの言葉を遮る。

 皆の言葉をティアは完全に信用した訳じゃなかった。

 一度、彼女は信じていた仲間たちに絶望したから。

 だけど、信じたい心があるのも事実で、人を信じないより、希望がある方が良い事を知っているから。

「ありがとう・・・・・・・・・・みんな」

 ティアは心強い仲間を、再び手に入れたのであった。







 夜、綾瀬夕映は大浴場から外へと続く道を歩いていた。

「・・・・・・・・・・・・」

 夕映はお風呂に入っていてもずっと考え込んでいた。

 ティアとエヴァンジェリンの会話。その内容が気になって仕方が無かったのだ。

 以前、修学旅行にてルークと話していた時に彼は言っていた。いろいろなモノを失ったと。

 そしてティアの言葉。

 細かい所はよく解らなかったが、ただ少なくてもルークに想像もつかない不幸が降りかかり、そしてティアが傷ついた事だけは解った。

 きっと、自分には想像もつかない事態が起ったという事。

 それが気になって仕方が無かった。

「ゆえゆえ~、何か考え事?」

「のどか・・・・・・いえ、先ほどのルークの事を少し」

「そう、なんだ」

「ええ」

「あの話、ゆえは理解できた?」

「・・・・・・少しだけ」

「私も、少しだけ・・・・・・でも、ルーク君ってすごいね」

「?」

「何か辛い事があったんだと思うけど、それを表に出さずに笑って皆に接して、守ってくれてるでしょ? そ、それって凄い事だと思うの」

「確かに・・・・・・その通りです」

 夕映はのどかの観察眼に僅かに驚きながら、また思考の渦に落ちる。

 かつて自分は大好きな祖父が亡くなった事で、目に映る世界がくだらないものにしか見えなかった。そしてソレは普通に態度に出ていた。

 そんな全てに絶望していた自分が立ち直れたのは、一重にのどかとハルナと木乃香の力が大きい。

 彼女たちのお陰で、世界はそんなに悪いものでもないと、徐々にそう思えるようになって自分は助けられたのだ。

 だから、きっと環境というものは、定義されている以上に大切だと・・・・・・。

「アレは・・・・・・」

 プールに面した通路に出るとプールサイドには青山鶴子がいて、彼女は白い着物に真紅の袴といった巫女装束の出で立ちで、プールサイドに座って足を水に浸け、月夜を眺めながら酒を嗜んでいた。

 隣にはティアと燃え尽きた刹那と木乃香がいて、何かを話していた。

 夕映は何を話しているのか気になり、彼女たちへ近づいていった。のどかは反対側にいるネギが訓練している姿をみて、そちらへ向かったようだ。

 夕映がやって来たことに気付いた木乃香は手を振る。

「あ、ゆえ吉~! こっちこっち!」

「ども、お邪魔するです」

 木乃香の隣に座ると、何を話していたのですか? と尋ねる。

 すると、鶴子が夕映に向かって答えた。

「ウチがルークを追い詰めた事に関して、皆が口撃するんや。肩身が狭い思いやわ」

「ま、まあ、何についてかは知らないですが、それも仕方が無い事かと・・・・・・」

「ウチはルークの為を思ってやったのに・・・・・・解ってもらえんとは悲しいわぁ」

「思ったのですが・・・・・・どうしてそれを今言ったのですか?」

 夕映は自分が気になってた事を訊いた。そう、それは夕映だからこそ気付けた疑問である。

 それは言うタイミング。何故現在のこの時期のこの場所だったのだろうか。もう少し後でもよかったのではないか?

 例えば里帰りの時、例えば夏休みの時、それらのタイミングではいけなかったのか? それは些細な問題だったのだろうか?

 自分が考える限り、そこに意味がある気がした。

「・・・・・・なかなか勘が鋭い子やなぁ・・・・・・答えましょう。この時期にしたのは、ルークの周りに急激に人が集まったからや」

「人が?」

「そうや。あの子の周りに再び仲間が集まり始めた。それはあの子にとって重要な転換期となるやろう。それやったら、ウチのルークを心配するのは道理や思いますやろ?」

「・・・・・・なるほど」

「ウチはな、あの子に強くなって欲しいんや。実力とかやない。1人の人間としてしっかり・・・・・・な」

「私から見れば随分しっかりしてると思うですが」

「まあ、それはそうやろ。ルークは7年に渡り世界を旅し、数多くの人々を救ってきた」

 鶴子は酒を一舐めし、色っぽく夜空を仰ぐ。

「あの子は・・・・・・ルークは人間としての根元がスカスカや。まあ・・・・・・それはあの子の生まれが原因やから仕方ないかもしれへんけどなぁ」

「生まれ、ですか?」

「そう、生まれや。まあ、それはあの子が自分から語る時が来るやろ。それまで待ちい」

「はあ・・・・・・」

 不明瞭な鶴子の言葉に、今日は謎賭け論のような言葉遊びが多い日です、と思いながら、ふと刹那と木乃香へ視線を向けると、彼女たちは暗い顔で俯いていた。

 それで判ってしまった。彼女たちはルークの事情を知っているのだと。

 鶴子はよよよと妙に芝居がかった態度で、嘆いているかのように口元を隠しながら言い出した。

「それに、このように多くの女子を囲み、それを普通に享受するとは・・・・・・まあ、ウチのルークなんやから当然やろうが・・・・・・」

「誰が師範のですか、誰が」

「ルークは私のです」

「ティアさんまで・・・・・・」

「まあ、ウチは構わへん。浮気したなら夫を半殺しにするところやけど、ルークは大器やからなぁ。それだけ懐に入る女子の数は多いやろ。まぁ、あぶれる子がいる位なら全員が入った方がええわな」

「そうですね。木乃葉さんも正妻と妾を推奨して下さいましたから。ルークの母が認めたなら問題ないわ」

「そういう問題ではない気がしますけど」

「せっちゃん、さっきから突っ込み役やなぁ」

「・・・・・・こういうのは俗にいうハーレムというものでしょうか」

「ええやん、ゆえ吉。三角関係で自殺するより、皆でわいわい仲良くこれからも一緒におれるんやで? それめっちゃ楽しそうやん」

「・・・・・・確かに。というか三角関係でイコール自殺という方程式が、このかさんの中では常識のようですね」

「違うん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、それでいいです」

 思いっきり否定したい気持ちでいっぱいだったが、それをしない方が何かと都合がいいかもと夕映は思ったのであった。






「―――そうですか、それは大変でしたね」

「そうなんですよ。もう大変で―――」

 メガロメセンブリアにて難民と称せる人たち、困った事がある人たちの前に、ある1人のスレンダーな女性が話しを聞いていた。

 数日前に田舎からやってきたという女性は、悩みや人生相談などを聞き、全ての人に心の安らぎを与えるような笑みと共に助言をしていた。

 緑の髪をふわふわと漂わせて、小振りな唇から発する甘い言葉は全ての人を魅了する。

 女性本来の性格なのか、それとも役職ゆえに身につけた行為なのかそれは判らない。

 ただその女性は、早く麻帆良に行きたいのになぁと思いながら、しばらくその地に足止めをくったのであった。






 コツコツと大理石の廊下を歩く、白い衣装に仮面をつけた男。

 烈風のシンクと呼ばれた青年は、同士が集まる室内へと向かっていた。

 朝の集合は定例会議も含めていて、これからの活動方針やターゲット情報など様々な情報交換の場でもある。

 その場にはメンバーの幹部、つまり最強の実力者たちが集まるので、いろんな意味で気が抜けない。

 シンクはやれやれと溜息を吐きながら、会議場へ直通の転送装置の部屋へ足を踏み入れようとしたその時だった。

 ズシーンと大きな地鳴りが響き、凄まじい振動がアジトを襲った。

「・・・・・・なに?」

 喧嘩でも始めたのかとシンクか首を傾げたが、いつものことかと思い、転送装置に乗った。

 そして移動した部屋で彼が見た光景。

 彼は弾かれるように飛び出し、ソレへと飛び掛かった。

 ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 この日。

 運命は大きく変わる事になる。










あとがき

鶴子さん登場しました。バカ展開でも良かったのですが、彼女には大きな爆弾となってもらいました。

彼女は常に成長する者をそっと見守り、そしてそれを喜ぶ人だと思いますから。

そろそろ麻帆良の地に襲撃者が来る予定です。

物語事態も大きく変化します。

では、お楽しみに。





つづく