「え・・・・・・もう一回言ってもらえませんか?」

「だから、日本の麻帆良に来て欲しいんだとさ。近衛のじいさんと詠春の連名による直々の指名だぞ」

「僕が・・・・・・ですか? でもなんで麻帆良に?」

「なんでもお前の力を貸して欲しいという事と、お前の知り合いが会いたがっているとか、そんな理由らしい! 詳しくは知らん!!」

「僕の力を、ですか。それより僕の知り合い? 誰でしょう・・・・・・」

「ワハハハハ!! 何かじいさんが妙に楽しそうに話してたからな! きっと碌な話じゃないぞ!!」

「ひょっとして・・・・・・ルークかもしれないですね」

「おお、先月賞金首になったあの兄ちゃんか。なんだ、やっぱり顔見知りだったのか?」

「ええ。彼は・・・・・・僕にとって大切な人です。だから心配してたんです。彼の安否を」

「おお! そりゃめでたいな!! こりゃあじいさんの気持ちも分かるってもんよ!!」

「ははは、そうですか。・・・・・・でもわかりました。僕はこれからメガロメセンブリアのゲートポートに向かいます」

「おう、気をつけてな」

「ラカンさんこそ、あまり無茶はやめてくださいね」

「そりゃ無理だ!」

「わかりましたね?」

「ハ、ハイ・・・・・・」

「まったく・・・・・・こんな事じゃ、心配で気になりますよ」

「俺の事なんか忘れて、しっかり自分の幸せを見つけりゃいいんだよ、イオン」










     第23章 変わりゆく日常

 











 世界は救われる。

 彼が犠牲になれば・・・・・・。




 世界は救われた。

 彼を失うことで。




 私は傍で見ていた。

 見ているだけだった。

 いつの間にか、彼を愛して。

 そして世界は彼を無情にも蹴落とした。

 彼の命のともし火が消えゆく光景を、私は忘れることは無いだろう。

 殺した兄を、そして彼を、忘れることは・・・・・・ありえないだろう。












「―――ッ!!」


 声にならない悲鳴を上げて飛び起きたのは、メシュティアリカ・アウラ・フェンデ。

 真っ白な雪のような肌。だが額にはびっしりと汗が浮かんでいて、息も荒い。

 いつもパジャマとして着ているYシャツが、嫌な汗で湿っていた。

(何て夢を・・・・・・・・・・・・やっぱり、あれは忘れられないのね)

 どうやら寝ながら泣いてしまったらしく、ティアは目尻の涙をそっと拭う。

 夢の光景。

 それは、世界中に蔓延した瘴気を一掃する為にレムの塔に集まった多くのレプリカと私とルーク。そして元・仲間とアッシュ。

 ルークは、私の目の前で瘴気を消すためにローレライの剣と宝珠を元に超振動を使った。

 まるで彼の命そのものに見えた光がルークを纏い、ルークの霧散化という消滅の光景を目の当たりにしたのだ。

 その時、ティアは誰も聞いた事がない程の心の悲鳴を上げた。

 ―――やめてぇ!!!! ルークっ!!!!!!!

 と。
 結果的に彼はこの時は消滅せずに済んだ。だがそれは彼の遠くない未来を暗示していた事を、ティアは勘付いていた。

 おそらくこの時に自分は、自分でも実感がないほど傷付いたのだと思う。ショックだったのだと思う。

「お目覚めか、メシュティアリカ? よほどの悪夢をみていたようだな。うなされていたぞ」

 横をみると、そこにはエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがいた。彼女は手に持っていた爽やかなレモンスカッシュを渡してきた。

 ティアは有難くそれを受け取り、ゴクゴクと勢いよく飲む。ほっと一息ついてから現状をやっと認識した。

「・・・・・・そういえば、貴方の『別荘』に来ていたんだったわ・・・・・・あ、これありがとう」

「なかなか上手いだろう? そのレモンは私がこれを飲むだけにここで栽培した特別製だぞ?」

「ええ、レモンの味が良く効いてて美味しいわ」

 現在ティアがいる場所は、エヴァンジェリンの『別荘』。彼女が集めた別荘や修行場所などの楽園ともいうべき充実な施設を、別空間に保存した場所である。

 エヴァンジェリンが住んでいるログハウスの地下にそれはあり、ガラス管に触るとその別荘に入ることができる。

 修学旅行から帰って来たルークたちはエヴァの別荘に事あるごとに訪れ、ルークは夕映と刹那とアスナの戦闘訓練をつけていた。

 木乃香は癒しの魔法技術を高める訓練をしつつ、ティアと交流を深め、またゆったりと過ごしている。

 ネギはエヴァと茶々丸にこってりとしごかれながら強くなっているようだ。また彼のパートナーの宮崎のどかも自分の力を高めようとネギに教えを請うている。

 実に、充実した毎日を送っていた。

 そのことを、ティアはやっと思い出したのである。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・よほどキツかったらしいな、その夢は」

「え?」

「さっきから顔が真っ青だぞ。微かに震えているし、それも治まる様子がない」

「・・・・・・・・・・・・」

「さすがに夢を覗き見るのは躊躇ったんでな、どんな夢かは知らんが・・・・・・」

「・・・・・・ただの私事よ」

 ティアは真っ白のシーツにくるまりながら、ポテッと横になった。

 そんな彼女を、エヴァンジェリンはじっと見つめていた。







 話は数日前に遡る。

 修学旅行から帰って来た夜9時過ぎ、あるログハウスのある球体の中でそれは起っていた。

 疲れた体にムチ打ってやってきたのはエヴァンジェリンの家。

 その中の球体に触れて、時の流れすら異なる異空間へと侵入した。

 そこはエヴァンジェリンの『別荘』。

 水平線の彼方まで海しか見えず、波も穏やか。白い塔を中心にリゾート地のような外観だ。

 そこへ繋がる橋の上で、ルーク・ティア・アスナ・木乃香・刹那・ミュウ&カモ・ネギの裏関係者。

 そして今回の修学旅行で裏の実態を知った、亜子・夕映・のどか・アキラ・美砂の4人。

 アキラは直接戦いは観ていないが、ハルナが石化した瞬間をしっかり見ていたし、彼女はしっかりしているので誤魔化しようがなかった。美砂は亜子からの電話によって魔法という存在を知った。今回付いて来たのもその経緯からである。

 その彼女たちはエヴァの別荘を見て大興奮していた。

「すごい! ここは伝説の、精神と○の部屋!?」

「・・・・・・なんだかリゾート施設みたい」

「ふわぁ~~、なんか凄いなぁ」

「驚きましたね、のどか」

「う、うん」

 感嘆の声しか上がらないのは仕方が無いだろう。それほどエヴァの別荘は見事なものであった。

「む・・・・・・騒騒しい奴等が来たな」

「よお、エヴァ。約束通り借りにきたぜ」

 気だるそうにやってきたエヴァ。どうやら今まで寝ていたらしい。

 彼女の綺麗で艶がある流麗な金髪がボサボサだ。

「・・・・・・おい、ルーク。何でそいつらがいるんだ?」

「いや、もう完全にバレちゃってるし、いろいろと知りたいって言うしさ。魔法を教えてくれとも言ってるんだよ」

 ルークの言葉にギクッとするのは夕映と亜子。そしてアキラと美砂も興味津々といった様子だ。

「ま、私は知らん。好きにするがいいさ。ただし、私は教えんからな」

「ああ、わかった」

 めんどくさそうに去っていくエヴァとは変わって、メイド服姿の茶々丸がペコリと頭を下げた。

「いらっしゃいませ、みなさん」

 メイドの茶々丸は、何だか可愛らしくてとてもメカには見えなかった。






 別荘の内部構造を大体教わったルークたちは、各々にやる事を始めた。

 もちろん夜遅くに来たこともあって仮眠をとる者。これはアスナたちや亜子たちといった一般人の普通の生活サイクルを送る者たち。

 一方でこの機会にと修行をするのはルークである。ネギも本来なら修行するのだが、さすがに修学旅行から帰って来て疲れていたようでぐっすりと寝ている。

 浜辺にいるルークは、砂と波に足を捕られながら、譜術の修行をしていた。

 彼が海へと手を翳し、魔力を収束させて魔法陣を発動させ、呪文を唱えた。

「アブソリュート!!」

 シーン。

「・・・・・・ダメか。やっぱ最上級譜術は俺にはまだまだ無理だな」

 というより、ルークにはそこまでの才能と適正がない。むしろ上級譜術をいくつか修得できただけで凄いことであった。

 そしてそれをルークは理解していた。

 だが無駄と解りつつやろうとするのが、彼の長所でもあり短所でもあった。

 溜息を吐いたルークはフォニックブレードを構えて、シャドートレーニングに入る。

 弧月閃から虎牙破斬、即座に秋沙雨へと移行。アルバート流しか習わなかったルークにとって、ガイが使っていた技のシグムント流の完成度を高めなくてはいけない。

 無数の突きを放った直後の硬直・この瞬間を埋める為に真空破斬という回天斬りを放つ。これは身体の回転が先に必要なので、腕の硬直は関係ない。そして落下しながら下へむけて獅子戦吼という裂帛の気合と共に放つ衝撃破を地面に放つ。

 ドンという激しい衝撃音と共に砂が舞い塵り、ルークはやっとそこで止まった。

「・・・・・・どうも今ひとつ力が足りないな」

 何かが足りない、ルークはしっかり気付いていた。

 鶴子のような修羅の気迫が自分にはない、素子のように真っ直ぐな剣と心も真の姿に気がついた自分には得られない。

 実力はあるだろう。しかし後一歩の気迫が足りないのだ。

 うーむと唸りながら座り込んでいると、後ろから声をかけられた。

「あの、ルーク君」

「・・・・・・訓練?」

「和泉に大河内。どうしたんだ? 寝れないのか?」

 皆が眠る寝室の部屋から出てきた亜子とアキラ。今までルークの部屋で見てきたピンクのパジャマではなく、白いTシャツと黒の短パン・黄色のTシャツと青の短パンというラフな格好だった。

 彼女たちはルークの前にやってきて足をくんで座ると、ルークが持ってる長く煌く剣を見て感嘆の声を上げた。

「それ、ルーク君の・・・・・・?」

「すごい・・・・・・カッコイイし、綺麗な剣」

「はは・・・・・・・・・・・・にしても、驚いたな。お前等が裏に関わろうとするなんて」

「う、うん・・・・・・」

 ルークの言葉に頬をかきながら頷く亜子。

 彼女の二の腕とか首筋が月明かりに照らされて、物凄く色っぽい。ルークはドキドキしながら亜子に訊いた。

「・・・・・・ほ、本当に魔法世界に関わる気か? この世界に関われば怪我もするし、下手すれば命を落とすんだぞ」

 ゴクリと息を呑む2人。

「日常だってがらりと変わる。今までの普通から非常識へ。ストレスだって今までとは違う質のものが溜まるし、生活スタイルだって激変する。それに耐えられるか?」

 きっと想像だけで、本当に理解はしていなんだろう。

 亜子は思う。

 自分はルークの言葉を完全に理解できてないんだろう。その時が来たとき、自分は本当に耐えられるのだろうか? ギブアップしてしまうのではないだろうか?

 だけど、思ってしまったのだ。

 大好きなルークと、皆がシンクと呼ばれた青年にやられて倒れた時、2度とその光景を見たくないと。

 ティアお姉さんとルークが互いに背をあわせて戦っている姿を見て、綺麗だなと羨ましいなと思う反面、悲しくなったのだ。

 何故だか解らないが、無性に泣きたくなった。

「ウチは・・・・・・ルーク君の傍にいたい」

 顔を真っ赤にして、修学旅行の告白時と同じ位真っ赤になって言う亜子。

 彼女の様子に、引く気がないと見たルークは、そういえば告白されて返事してなかったなと思い出した。

 アキラが傍にいるが、彼女は事情を知っているし親友なのだから問題ないだろうと、少しデリカシーに欠けるルークは判断した。

「和泉・・・・・・いや、亜子」

「は、はい!」

「俺は、ティアとこれから先もずっと一緒にいるし、それは何があろうが変わらない。亜子のことは気になってるし可愛いなとも思ってるけど、亜子だけに絞る事はできない」

「・・・・・・」

「俺は、そんな男だ。自分はそんなつもりはなかったけど、気が多い男みたいだ。それでもいいなら裏世界へと歓迎するし、望めば仮契約カードの使い方も教える」

「・・・・・・うん」

 ルークは月夜の光を背に、彼女に問う。

「どうする?」

 ハッキリ言って彼の言葉は最低なこと。ティアお姉さん以外に、少なくても木乃香と刹那がいる事も知ってる。

 そこにモラルとか道徳心とかはなく、法律に反している事も解っている。

 だけど、そんな事は些細な問題だと―――。

「一緒に、連れてって!」

 亜子は立ち上がり、ルークの手をギュッと握って、笑った。

「・・・・・・もちろん私も、亜子と一緒に行くよ」

 アキラも嬉しそうに立って、頷いた。

 3人の間に、何だか暖かな空気が漂う。

 そこでふと気がついた。

「柿崎はどうなったんだ?」

 美砂はぐっすりと眠っていた(笑)

 ちなみに翌日に確認したところ、何を今更アホな事を確認してんのといった顔をしたのであった。








 外の世界が2日経つころ、一週間近く経過していた別荘内で、ルークたちは修行の日々を送っていた。

「でりゃああああああああああああああ!!」

「ハアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「まだまだ甘い!」

 左右から挟むように襲ってきたアスナと刹那両名の閃撃をしゃがんで避け、お留守になってるアスナの片足をひっかけて転ばせ、刹那の腕を絡めて放り投げる。

 アスナは素晴らしく運動能力があり、訓練を重ねるごとに体捌きが良くなる。

 刹那も月詠を斬ってから目に見えるほど実力が上がった。月詠は重傷という詠春の報告を聞いてルークはホッとしたのだが、刹那の決意が揺らぐ事はなかった。

「いったぁあああ」

「大丈夫ですか? アスナさん」

 お尻をさすりながらアスナは竹刀を杖代わりにして立ち上がった。

 彼女は刹那とも剣術修行を重ねているらしく、ルークに敵わないと分かると刹那と訓練に入るというサイクルを繰り返していた。

 またアスナは咸卦法の訓練をずっと続けている。腕輪のお陰で持続時間が強制的に延びてるとはいえ、密度を上げなければ意味がない。

 つまり無駄を省き、最小限の魔力と気で最高の質の咸卦法を完成させようとしているのだ。

 ルークは2人が訓練を始めたので、一人座り込んで目の前の鉛筆を風の魔法で倒そうとしている夕映の元へ向かった。

 彼女の手には、質素だが一見で異色だと分かる杖が握られている。それは―――。

『これを使うといいわ』

『これはっ・・・・・・・・・』

『それは私が未熟だった頃使っていた杖で、ナイツワンドと呼ばれる杖なの。最初はこれで練習するといいわ』

『えっと、ありがとうです。あの・・・・・・ティアさんでいいですか?』

『ええ、好きに呼んでくれていいわ。ルークと仮契約結んでるんですもの。もう身内よ』

『身内、ですか・・・・・・なんだかくすぐったいですが嬉しいです。・・・・・・それでは身内という事に甘えて、お願いしたい事があるです』

『何?』

『私に、ティアさんの魔法を教えて欲しいです。ルークに言ったら、魔法なら自分よりティアさんの方がいいといわれたです』

『まあ、たしかにそうね・・・・・・ルークは接近戦の肉弾戦の方が得意だから』

 という経緯から、夕映はティアに魔法を教わることになったのだが・・・・・・初等譜術すら使えなかった。

 従って、夕映の契約カード『世界図絵(オルビス・センスアリウム・ビクトウス)』の用途、つまりどんな情報でもアクセス可能で秘匿情報もかなり深いものまで引き出せるアーティファクトを使うことにした。

 彼女は魔法世界の教本を使い、自分に最適な魔法教習プログラムを組んで学習し始めたのである。

 その勤勉っぷりは、普段の夕映には見られない程で、夕映の親友ののどかもビックリしていたのだが・・・・・・とにかく夕映は、まずはいつでも魔力の開放と引き出しを可能にするために基礎魔法から修得を始めた。

「よう! 調子はどうだ? 夕映」

「ルーク。ええ、まずまずだと思うです。今は火を灯す魔法と追い風程度の風を起こす魔法を修得できたです。今はその成功率を高めている最中と言いますか・・・・・・」

「そうか、ちょっと見せてくれないか?」

「もちろんです!」

 夕映は元気良く立ち上がり、鉛筆の代わりに空き缶を置いて、ティアから譲り受けたナイツワンドを構えた。

 ルークに見られていることから少し恥ずかしいらしく頬を紅潮させた夕映は、何度も深呼吸をして杖を振り下ろし、叫んだ。

「プラクテ・ビギナル・・・・・・風よ!」

 振り下ろされた杖から強風が吹く。

 空き缶が風で吹き飛ばされ、カランコロンと遠くに転がっていく。

 そして。

 ―――フワリ。

「ぶはっ!? 黒っ!?」

「はうっ!?」

 全開となった夕映のスカートの中身。

 ・・・・・・本日の夕映の服装は黒で纏めたワンピースが目立つ。その裾が風で捲くりあがり、大人っぽい夕映の下着がルークの目と鼻の先で丸見えになってしまった。

 これは、勝負下着と呼ばれるものじゃ? とルークが勘違いしてしまうほど、夕映の下着は大人っぽい。

 やわらか丘のなカーブとか感触が伝わりそうな布地とか、ぼんやりと浮かんだ中央の線とか、そんなのはきっと目の錯覚だ。そう思うことにしたのだ!

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・忘れてくださいです」

「・・・・・・・・・はい」

 微妙に前傾姿勢なのは、何故だかわからない。






 魔法界のとある大陸のとある建造物。

 地下空洞が広がり、人工的な壁が脈々と広がっている。その1つの通路を緑色の髪を生やした引き締まった体格の青年が歩いていた。

 その青年・シンクは組織の秘密基地内の自分の部屋、もう十数年は使っている部屋に入った。

「・・・・・・」

 シンクはベッドに腰掛け、小さく溜息を吐いた。

 そして自然と手を伸ばして頭下にある写真立てを手に取った。そこに映っていたのはまだ今より小さかった頃の姿の彼と、1人の14・5歳位の女性。

 女性が嫌そうにしているシンクを無理やりひっぱって写したと取れる、そんな一面。満面の笑顔を浮かべる女性と不機嫌そうなシンクの2人は実に対照的だ。

 そんな写真を、シンクはじっと見つめていた。

 何時間も、飽きもせず。








「亜子~~~! アキラ~~~! 美砂~~~~!」

「ゆうな、まきえ。どうしたん?」

 修学旅行が終わり、3連休の最後の日の晩に寮内の風呂場で亜子とアキラと美砂は後ろから声をかけられた。

 元気な声は、親友の釘宮円と明石裕奈と佐々木まき絵。3人は服を脱いで大浴場に入りかけていた3人を発見し駆け寄った。修学旅行から帰って来てからこの3日。碌に見かけなかったし、朝も早く夜も遅ければ何かあったのかと思うのは当然だろう。

 だが3人の心配を他所に亜子もアキラも元気そうだ。だから予想は違い、何となく楽しいことでもしてるんじゃないかと思ったのである。

 しかしそんな3人の想像は杞憂だったようだ。

「ここ数日どこに行ってたの? ショッピングなら私達も呼んでくれればよかったのに」

「いや、別に遊びに行ってた訳じゃないから・・・・・・ごめんなぁ!」

「ゴメン・・・・・・」

 すまなさそうに謝る。

 彼女たちもエヴァの別荘にいて、亜子のアーティファクト『天恵の一弓』を使った弓の練習に勤しんでいた。

 柿崎を含めた3人で、プールやらエステやらで修学旅行の疲れを回復しつつ練習という、ある意味で修学旅行よりも豪華なリゾート気分を味わったので、亜子たちとしては少し居心地が悪かった。

「まあ何もないんだったらいいけど・・・・・・って、あれ?」

 不意に、円が不審な声を上げた。

 全員が円に振り返る中、彼女は亜子を取り押さえて、彼女の背中を凝視する。

 そして言い難そうに口にした。

「なんか・・・・・・亜子の傷跡が、小さくなってる」


「え!?」


 亜子は彼女にしては珍しいくらいの大きな声を上げて驚いた。

 慌てて大きな鏡の前に行き、自分の背中を映す。

 皆が覗く中、亜子は自分の生々しい大きな傷跡をそっと撫でて、大きく目を見開いたのである。

 それは、確かに傷跡が小さくなっているという、彼女の反応だった。

「・・・・・・ホンマや・・・・・・小さくなってる。それに、なんだか薄くなってる気が・・・・・・」

 震える手で、亜子は何度も何度も傷跡を撫でた。

 傷跡が、二周りほど小さくなっているのである。

「亜子! よかったじゃん!!」

「ほんとうに・・・・・・よかったっ!」

「すごいじゃん、亜子!」

「おめでと~~~!!」

 瞳から零れ落ちる涙を何度も拭って頷く。彼女の長年の心の傷、そしてコンプレックスの象徴ともいうべき傷跡が薄くなって確実に消えつつあるのだから当然だった。

 もちろん完全に消えることはない事くらい、亜子にだって分かっている。

 だけど薄くなる、目立たなくなる事に越した事はない。

 そこでふと気がついた。なんで今更になって、傷が消えつつあるのだろうか?

 そこまで考えて、ふと記憶の欠片が蘇ってきた。

『おまじないをかけたのよ』

 それは、ティアお姉さんと自分が初めて会った時のこと。彼女は自分の傷跡を撫でて歌いながらおまじないをかけた。

 そして傷が少し熱くなる感触がしたのだ。

 もしかしたら、そんなことはありえるはずはないし、そんな可能性を考えるなんてバカみたいだけど。

 でも魔法ともいうべき空想の産物だったものが、本当に存在しているのだと知った今なら。

 ひょっとしたら・・・・・・。

「そっか・・・・・・後でお礼しにいかなきゃ!!」

 亜子は、数年という時間をかけて、幼き頃に失った彼女本来の純粋な笑顔を取り戻したのである。

 そしてそれは、美砂もアキラも円も裕奈もまき絵も、皆が可愛いと思ってしまうほどの、輝いた笑顔だったらしい。






「ん・・・・・・・・・・・・? 何やってんのよ、ネギ」

 寮室に戻ってきたアスナたち。アスナと木乃香が風呂に入って戻ってくると、ネギがロフトで何か大きなものを開いて作業をしていた。

「あ、アスナさん! 実はですね、コレには父さんの手がかりがあるかもしれないんですよ!」

「え・・・・・・ホントに!?」

「はい! 詠春さんがくれたんですけど、父さんがあの部屋に最後に来た時に研究してたものだそうです」

「え―――っ!? 麻帆良学園の地図!? なんでよ!?」

 その大きな束を覗き込んでみると、それは麻帆良学園の地図であった。

 その細部にまで至る複雑な形状の地図の束に、アスナと木乃香は凝視していた。

「それはわかりません。それに暗号で書かれてて、今解読しようとしたんですが、どうも・・・・・・」

「ふ―――ん。あんた何か妙にウキウキしてない?」

「あ・・・・・・えへへ。悪い人や強い敵とかもいて大変でしたけど、父さんの家も見れて手がかりも見つけられたし、父さんへ一歩近づいた感じがして、なんか僕すごくやる気が出てきちゃって」

 ネギはカモを頭に乗せたまま、力強くコクリと頷く。

「今回の事で色々とやらなきゃいけない事や、もっと強くならなきゃいけない事ができちゃいました。先生の仕事もあるし大変だけど、僕がんばります!」

「へ~~~~」

 感心した声を上げるアスナ。彼女は努力を怠らずに前に進む人間は嫌いではなかった。

 木乃香はネギの言葉を聞いて、少し眉を顰めた。彼の言葉に少しひっかかるものがあったのだ。

「・・・・・・ほんならアスナ。ウチ、ルークの部屋に行ってくるな」

「あ、うん。わかった」

 木乃香は簡単な荷物を持って、ルークの部屋へと移動した。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 閉まったドアを見ていたアスナとネギは、無言で木乃香の気持ちを察していた。

「・・・・・・まあ、あんたはこのかの大切な人・ルークを襲わせて殺そうとした訳だしね。ここまで嫌われるのも仕方ないかも」

「・・・・・・はい」

「このかの姐さんも案外しつこいッスね。いつまでも引き摺ってたって疲れるだけ―――って冗談! 姐さん冗談!!」

「それがアンタの本音? それなら、本気でアンタのこと軽蔑するわ」

「わかってるッスよ!」

「なら、その迂闊に発言する癖をなんとかしなさいよ。あんたの悪い癖よソレ」

 ギロリと睨むアスナの瞳は、まるで魔王そのものだ。いや、見た事ないけど。

 カモはガクガクブルブルと震えていた。

「わかってます、アスナさん。このかさんの実家に行ってそれを強く感じました。ルークさんとこのかさん、刹那さんの3人の絆のような結びつきを」

「そうね。このかのお母さんもお父さんも、ルークの事を本気で心配してたし」

「はい。僕だって幼馴染のアーニャやお姉ちゃんを殺されそうになったら、きっと許せないでしょうから」

「そうッスね・・・・・・俺っちも前情報に踊らされて、迂闊な事を言っちまったッス」

 ネギは、3人が仲良さそうに話している姿を思い出し、自分の失態を改めて恥じた。

 アスナはそんなネギたちに小さく溜息を吐いて、やれやれと言いながら布団にもぐりこんだのであった。






 ところ変わって、ルークの部屋。

 ここには、ほぼ毎晩のようにこのか・刹那が泊まりに来ていた。美砂や亜子も1回だけ泊まった事がある。

 まあ、男と一緒というのは非常にまずいが、それはティアという年上の女性も一緒にいるし、幼馴染の子が2人もいるのだから、自然と警戒心はなくなっていた。

 こうして部屋に集まるのは、自然と魔法関係者になるのだが、そこではお茶菓子を食べてくつろいだり、ミュウで遊んだりとやりたい放題だ。

 そんな賑やかな部屋とは別に、ルークは1人で女子寮の裏の林の中にいた。

「・・・・・・ふ~~~」

 魔力を全身に纏わせ、高等魔法の浮遊術を発動させる。

 浮遊術はルークはまだ苦手で、瞬動術ほど簡単には発動させられない。ルークは実力アップの為に密かに特訓していた。

 そしてそこには夕映とのどかがいて、ルークの特訓を見学・補助していた。

 主にのどかはタオルとか飲み物とかを渡したり、見学の意味が強い。夕映は仮契約カードを使って浮遊術についての情報をルークに渡していた。

「だいぶ造作もなく発動できるようになってきたかな・・・・・・」

「私達からすれば、十分です」

「う、うん・・・・・・すごいと思います」

「いや、やはり戦闘に使えないと意味ないからな」

「せ、戦闘?」

 物騒な言葉に、ギクリと身を竦ませるのどか。

「ああ・・・・・・俺は命を狙われる賞金首だからな。いつでも相手できるようにしとかないと」

「300万$の賞金首って知った時は、心臓が止まるかと思ったです」

 夕映は自力でまほねっとに繋いで、ルークの情報に辿りついた。

 あの時は本当に驚いたのだ。好きなジュースを吹き出すほど。

 ルークは苦笑しながら、満天の星空を仰いだ。

「・・・・・・そして、シンクもイオンもいる。正体不明の狂気の男もいるらしい。間違いなく、この先に大きな戦いが起るはずだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「それも、この麻帆良の地で」

「麻帆良学園で、戦いが!?」

「覚悟・・・・・・しなくちゃな」

 ボソリと呟いたその言葉。

 その言葉に、夕映は嫌な予感を覚えた。

「覚悟って、何の事に対してです?」

「・・・・・・なあ、宮崎」

「は、はい」

 夕映に自嘲するように微笑み、のどかへ顔を向ける。

「お前はネギのパートナー。だけどその能力は戦場に出ていいものじゃない」

「う、うん」

「それでもネギと共に戦いたいなら、君はもう少し戦闘経験をつまなくちゃいけない」

「戦闘、経験」

「そうだ。殺し、殺されるという、怖いことを」

 のどかは俯いてその言葉を吟味した。

 運動神経はお世辞にもあると言えない自分に、それが可能だろうか? 男の人ですら話すのが怖いのに、その場に立つ事ができるだろうか。

「あいつは・・・・・・ネギは危険だ。修学旅行に行って俺はそれを確信した」

「危険、ですか?」

 どこが危険なのか分からない夕映は、首を傾げるしかない。

 ネギはただの9歳なんだから。

「ああ・・・・・・父親のことになるとただでさえ狭かったのに余計に視野が狭くなる。父親の手がかりがあると分かれば、それこそ形振り構わず勝手に進むだろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「今は教師をやってるから無茶しないはずだし、父親探しの旅~とかはしないはずだけど・・・・・・将来はどうかな」

「危険な場所に行く、という事ですね」

「ああ。あいつの父親は英雄:ナギ・スプリングフィールドだ。そんな奴が“何か”があって行方をくらましている。となると、そこには何がしかの悪意があるはずだ。そして必然として戦いがある」

「・・・・・・・・・・・・」

「まあ、それも先の事だ。ここ数年はありえないだろうし、そんなに悲観する事はないさ! 俺もお前の友人として力を貸してやる」

「あ、ありがとう、ルーク君」

「礼なんかいいんだよ。それより、宮崎もネギが間違った事をしそうになったら、ひっぱたく位の事をしなくちゃな、年上のパートナーとして」

「はぅ・・・・・・///」
 ルークの言葉に、未来の予想に落ち込むのどかだったが、彼の言葉に希望という明るい光が差し込む。

 そう。まだ時間がある。だからその時までに力を溜めればいいんだ。

 のどかは嬉しそうに笑った。

「・・・・・・でも、あいつがお前を振り切ってでも行く、もしくは教師の身でありながら危険に巻き込み探そうとするのなら、その時は・・・・・・」

「その時は、どうするんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 急に切り替わったルークの真剣な表情に、夕映とのどかは一抹の不安を覚えたのであった。






 他人を導く立場にある教師は、責任を負わねばならない。

 ヴァンは全てを賭けて世界へ戦いに挑んだ。妹を棄て、教え子を利用し棄て、心を鬼にして挑んだ。

 俺は、仲間たちのおかげで、そしてパートナーの立場にあったティアのおかげで戦えた。

 それを棄ててでもネギが己の都合を優先しようというのなら、俺はそれを見逃す事はできない。

 もし万が一、その時が来るのなら。

 俺、ルーク・フォン・ファブレは・・・・・・。









あとがき。
 修正完了。

 解りにくいという事で、少しだけ加筆を加えました。

 引越し先も決まって、本日は大学の卒業式に行ってきます。

 次回はボーリング大会&相坂さよ嬢の話しの予定です。

 実は冒頭の世界は~という奴は、シンフォニアのCMのモノを引用しています。気付いた人はいたかな?