「今更ながらに気が付いたんだけど・・・・・・私って、ルークより5歳も年上になっちゃったのよね・・・・・・」

「まあ、そうだけど。それがどうかしたのか?」

「・・・・・・ショックだって事よ」

「?」

「ハァ・・・・・・」

「よく解んねぇけど、年上だからって俺としては変わらないぞ?」

「ええ。だけど、もっと努力するわ」

(・・・・・・何の?)

「よく解らんけど・・・・・・『気』を使ったら肌が若返るって聴いたことがあるぞ」

「ホントに!?」





     第12章 背中の傷

 




 少し肌寒い清涼な風が辺りに漂う早朝にて5人の人影がそこにあった。

「―――っつ!! 神鳴流奥義・斬岩剣!!」

「そんな大振りが当たるかよ」

 片手に木刀を持ち、本気で振るってきた少女・桜咲刹那は、恐るべき速度で少年・ルークへ肉薄し、大技を振るった。

 だがルークは軽くそれを避け、刹那の脇腹へ木刀を叩き込む。

 めり込んだ所為で跪いた刹那。それでようやく2人の戦いが終わった。

「全く敵いませんね・・・・・・強すぎます、ルーク」

「せっちゃん、大丈夫?」

 脂汗を掻いている刹那の脇腹に手を当て扇子を、しゃらん、と振るう木乃香。たちまち腫れていた傷跡は癒えていく。

「・・・・・・ほんとに、非常識な強さよね・・・・・・」

 刹那の希望により、戦いの特訓を始めて数日。最初は3人だけだったが、何故か付いてきたティアとアスナが加わって、この特訓は日課になりつつあった。

 もっとも、アスナは新聞配達を終わらせてからなので、途中参加である。

 ティアはルークから教えてもらった気のコントロールを続けている。あのリグレットに直々指導されていたティア。

 まだ不安定だしコントロールできているとは言い難いが、順調に成長していた。だが妙に気迫が籠っているのは何故だろう?

「刹那。お前は確かに強い。だが一撃が何故か軽く、そして大振り過ぎる」

「軽い・・・・・・大振り・・・・・・」

「木乃香を守ろうと決めているお前なら、軽いというのはおかしい。少し自分で考えてみるんだ」

 どうやら一撃に込める、そして背負う重さについて言っているらしかった。

 また刹那は軽くショックを受けていた。神鳴流の技が大振りと言われ簡単に避けられたのだから。

 神鳴流の技は大振りだが強力だ。だがそれは使い方のタイミングを誤れば、即座に死ぬとルークは言っているのだった。事実、今のが真剣だったら終わっていた。

「みんな、そろそろ時間よ」

「お、もうそんな時間か。教えてくれてありがとう、ティア」

「いいのよ。さ、早く帰りましょう」

 帰る途中、「私にも剣術教えてくれないかな、刹那さん。なんだか興味ある」とか声が聞こえたが、ルークは早くシャワーを浴びたかった為に気にしなかった。

「あんなあ、ルーク」

「おお、どうしたんだ木乃香」

「修学旅行な、ウチと同じ班にならへん?」

「「「!?」」」

「まあ、それは構わねぇけど・・・・・・自由に決めれんのか?」

「大丈夫やって。なんとかなるもんやえ」

「そっか。まあ俺は構わないから、別にいいぞ?」

「やったー! そうや、今度準備の為の買い物付き合ってな?」

「おお、いいぞ」

(木乃香・・・・・・ホントに本気なんだ)

(このちゃん、立派になられてっ!!)

(この娘は・・・・・・実質的にルークを助けた娘・・・・・・ルークを召喚した・・・・・・命の恩人・・・・・・そして好意を向けているみたいね)

 何故か涙をながしている1人と、その好意に気付いているのかいないのか解らない態度の男へ、凍てつく波動を発する1人。

 この時の一件が、後にとんでもない事態へ陥ることになるとは、ルークは知らなかった。






「あ、あの! ルークさん!」

「何か用か?」

 朝のホームルームで京都行きの修学旅行の話しが出た。当然盛り上がった訳だが、一番はしゃいでいたのはネギであった。

 京都はルークにとっても久しぶりだから、なんだか楽しみだ。

 そして午前中の授業が終わった時、学園長から放送でルークとネギが呼び出された。そして向かっている最中だった。

 バッタリとネギと遭遇したのだ。

 ネギはしばらく俯いて震えていたが、思い切ったように声を出したのだった。

「あの、この前は、本当にすいませんでした!」

「別に謝る必要はない。俺は事実として、人を殺してきたんだから」

「いえ、でも、やっぱり謝らないといけないと思って」

「んなことはどうでもいいんだよ。まあ、お前に対する信用度はガタ落ちしているやつだっているんだ。せいぜい気張れよ」

「は、はい・・・・・・」

 身に覚えがあるのか、ドーンと落ち込むネギ。

 軽い溜息を吐いたルークは、学園長室を潜った。中には既に近衛近右衛門がいて、椅子に座るように促してきた。

 用件は、修学旅行の京都へ行くことについて。

「えええええええええええ!? 京都行きは中止〜〜〜!?」

「いや、ただ魔法先生がいるということで、先方が嫌がっておってのう」

「そ、そんな・・・・・・」

 ガ〜ンと大袈裟にショックを受けているネギを放置し、ルークは呟いた。

「衛春さん・・・・・・いや、関西呪術協会か」

「おお、ルークは知っとったのぉ」

「?」

 簡単に説明すれば、日本の裏世界は東西の2つに別けられる。

 東はここ、麻帆良学園。魔法を中心にして、学園長がその総責任者に当たる。

 西は京都、関西呪術協会。ルークを保護した衛春が責任者にして、陰陽道や退魔が中心という、古来から続く伝統が売りの地だ。

 従って協会には昔から西洋魔術師や関東魔法協会を嫌う連中が多い。

 実際、ルークも拾われた当時、物凄い殺気や憎悪を向けられることが多かった。

 まあ、それは衛春の厳命や、妻の木乃葉による息子(義息子)発言や、木乃香が召喚したこと、などのとんでもない立場によって、表面上は軟化したのだが。

 そしてこの機会に東西の仲違いを解消しようというのだ。それがネギくんに命令された親書渡しの指令である。

 いくらトップ同士が血縁関係にあるとはいえ、過激派による妨害行為があるだろう。

 ネギは京都へいける事がそんなに嬉しいのか、妙にはしゃいで出て行った。

「・・・・・・で、俺を呼んだ理由は?」

「・・・・・・調度良い機会じゃと思ってのぉ。どうやらアスナちゃんに、普通の女の子として人生を歩む事は不可能みたいじゃから」

「・・・・・・アスナ?」

 彼女が何だというのだろうか。木乃香についてなら解る。関西呪術協会は上下の命令系統が万全ではない。よって下っ端が強攻策として木乃香を拉致する可能性だってあるのだから。

 だが彼女はどういう関係があるというのだろう。

「ルーク君、魔法世界全土を含めて、魔法無効化能力者は何人いるか聞いたことあるかね?」

「ああ、その能力については聞いてる。めちゃレアな能力で、5人もいないとか」

「そうじゃ。そしてこの能力は極めて異端であり、いわばどの裏勢力も欲しい存在。切り札ともいえる能力じゃ」

「・・・・・・おい、まさか・・・・・・」

「・・・・・・そうじゃ」

 まじかよ、と天を仰ぐルーク。ということは、この学園はエヴァや木乃香以上の爆弾を抱えていることになる。

「彼女は、魔法界のある国の王女でのぉ。黄昏の姫御子と呼ばれていたんじゃ。そこをナギ達が助けて連れ出してここの学園に、ってことじゃ」

「なるほど・・・・・・だが、彼女が普通の人生を送るのは所詮はムリだったって話か」

 大方、ナギとかいう男かその仲間たちが記憶を消去したんだろう。

 細かな書類を受け取り、それにサッと目を通す。

「・・・・・・OK。アスナの護衛やフォローもやってやるよ。ついでに身を守る手段を教えとくよ」

「よろしく・・・・・・お願いする。ところでルークや」

「まだあるのか?」

「アスナちゃんとパクティオーを結ぶのはどうじゃ?」

「死ね!!」

 即座に突っ込むルーク。

 アスナと契約するという事は、キスをするということだ。

 ・・・・・・なんで、ティアとですらやってないのにやんなきゃいけないんだよ。つーかティアに殺されるよ。

「ならば木乃香とお見合いするのはどうじゃ? 木乃香は乗り気みたいじゃったぞ?」

「アホか! ・・・・・・って、ハァ!?」

 今度こそ心臓が止まった。






 学園長を金鎚で撲殺し、一汗掻きながらもスッキリとした顔で退出したルークは、教室へ戻った。

 席に座ると、アスナをジッと見つめた。

 本名・神楽坂アスナ。又の名を、『アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア』

 希少な魔法無効化能力を持つ者。

 運動神経は特A級。記憶消去前は咸卦法を使えたらしい。

 ふ〜む・・・・・・年齢は不詳、ね。

 スタイルはいい方だ。バストもそこそこ。Cカップというところか。

 頭の回転率は非常に遅い。だが、正義感は人一倍。悪く言えば考え無し。

 しかし・・・・・・今気がついたが、魔法無効化能力とは、第7音素のことではないだろうか?

 第2超振動は、ローレライの楔を解き放ち、レプリカ導師の第7音素による攻撃を完全に無効化した。

 “理屈”では、同じだ。

 これは・・・・・・木乃香の立場以上に厄介だな。

 ルークのジッとした視線に気がついたのか、アスナは焦る。

「ちょ、ちょっと、何かあたしの顔に付いてる?」

「い、いや、何もついてない」

「そ、そう? あまりジッと見ないでよね! 照れくさいからさ。ま、まあどうしてもっていうなら・・・・・・」

「いや、ちょっとボーッとしていた、忘れてくれ」

 危ない危ない。誤解されるところだった。

「ああ、エヴァ」

「む? 何だ」

 隣で腕を組んで寝ていたエヴァンジェリンに話しかけると、髪をかき上げて起きた。

「ネギの実力はどこまで伸びてる?」

「まだ、自分への魔力供給ができるようになった位だ」

「・・・・・・その程度か」

「ああ。古菲にも中国拳法を習っているらしくてな。体術はやっと表の使い手の中程度というくらいか」

「あ〜〜〜、ちょっと微妙だな」

「・・・・・・修学旅行か?」

「ああ。エヴァの予想通りだ」

「なるほど。ならばメシュティアリカを連れて行けばいいだろう。あいつだってお前の世界ではトップクラスだったのだろう?」

「ああ。体術はこの世界の裏の人間には現段階では敵わないだろうが、譜術ならば対抗できるだろうな」

 ふむ、とエヴァは考え込み、何かを思いついたようにポケットから指輪を取り出して寄越す。それを確認したルークはいいのかと尋ねた。

「ああ、お前にはこのメンタルシンボルで借りがある。発動体では割りに合わん位のな。まあ、それは私からのプレゼントだ」

「そっか。ありがとう」

 これで、ティアは譜術を杖無しで発動できる。

 となると、彼女専用の武器も必要になるだろう。

 ルークは、どんな武器がティアに合ってるかなぁと考え始めた。





 一方で、ティアはというと・・・・・・麻帆良学園女子中等部へと来ていた。

 土曜日ということで、そろそろルークが帰ってくる筈なので、買い物に行く為にミュウと一緒に迎えにきたのだ。

 西洋風の建物の前に立ち、はぁ〜、と感心した溜息を吐いている。

「来た時は気付かなかったけど、明るいとよく解る。すごいお洒落な建物よ、コレ」

「ミュウもそう思うですの」

 2人でキョロキョロしながら学内に入っていくと、道具屋のような商店や巨大な教室などがたくさんある。

(ここが・・・・・・学び舎?)

 ティアの記憶は、もっと無機物で質素なもの。リグレットに教わっていた場所とかだ。

 だがここはどうだろう。物凄く生活感が漂い、ビックリするほど売店がたくさんある。

 ある意味、凝縮されたヴァチカルやグランコクマだ。

 実際、校門で待っていればよかったのに、ティアは建物の珍しさとその中身に誘われてフラフラと入ってしまったのだ。

「えーと、3−Aだから・・・・・・」

 適当にぶらついていると、3−Fの字があり、そこから辿ってAまで辿りついた。既に字が読めるのは、ティアの勉強の成果だ。

 とは言っても、アルファベットとかな文字だけだが。

 ようやくといった感じでたどり着いたティアだが、実はこの時点でかなり目立っていた。

 そりゃあ、見慣れない大人で、尚且つ物凄い美人で、白いYシャツに黒のジーパンというシンプルなのに妙に色気がある格好をしていたら、いやでも目を引くに決まっている。

 だから物陰から様子を伺っている生徒が多数だ。

 そしてティアは恐る恐るといった感じで教室の扉を開けた。

 すると、ちょうどタイミングよく「さよ〜なら〜」と号令がかかった所だった。

 やっと開放されたことでザワついていた生徒達だが、ピタリと静まり返り、突然の来訪者に五月蠅い事で有名な3−Aが静まり返った。

 あちこちから「ダレ?」とかいう声が聞こえる。その中で反応したのは当然ルークと、女性を知る木乃香たちである。

「ああ、ルーク。やっと見つけた」

「ティア! どうかしたのか?」

「「「ティア!?」」」

 見事にハモるクラスメイトの声。ちなみに朝倉はカメラを構えようとしたが、近くの亜子が気付いて止めさせている。

 ネギとその肩に乗るカモは、突然やってきた女性に驚いたが、数日前にやらかした件でいきなり傍にいた女性だと気がついた。

「買い物しようかと思って、迎えにきたの。まだ場所を覚えてないから」

「ああ、そういうことか。じゃあ、行くか」

「ルーク、ティアさん、私もいってええ? 夕食の買い物したいから」

「もちろんよ」
「ああ、もちろん」

「じゃあ、いきましょう」

 自然な流れで外へ出るルーク。完全に呆気に取られてるクラスメイトは放置だ。

 それを言ったら、騒がしいクラスメイトが何を言い出すかわからない。

 だがその反面、ティアを皆に見せびらかしたいという気持ちもある。だってこんなに美人なんだもんなぁ。

 ルークの心は複雑だ。

 ティアは皆へ軽く会釈すると、ルークたちの後を慌てて追いかけた。

 そこから大変だったのは、アスナたちだ。

「ダレ!? 今の!?」

「すっごい美人! 大人の女性って感じ!」

「ルークくんとの関係は!? 木乃香も知り合いなの!?」

 興奮しているのは、主に鳴滝姉妹と早乙女たちだ。一方で感心しながらも、意外に思っているのは村上や那波、佐々木まき絵だ。

 子供に対して酷い暴言を吐き、やりすぎる癖があるルークを、彼女達は快く思っていなかった。それは鳴滝姉妹も同じなのだが、彼女達は好奇心の方が勝っていた。

 だから、そんな自分の認識で最低な男が、あんなに凄まじい程の美女を連れている、という事が信じられなかったのだ。

「あれが・・・・・・例の人なんや・・・・・・」

「うん、そうみたいだね・・・・・・噂に違わぬ、というか、それ以上だね」

 呆然としているのは和泉亜子と大河内アキラだ。彼女達は微妙にショックを受けていた。

 だって、自分達とはスタイルも容姿も雲泥の差で、敵わないと思っているから。

 実際は、ルークがそれを聞けば「ティアとはまた違う可愛さと良さがある」と断言するのだが、それは女同士であることのコンプレックスから、信じる事はできない。

 亜子は自分の背中をそっと撫でて、そこにある『自分のコンプレックス』に悲しそうに瞳を伏せた。

「むむむ・・・・・・かなりヤバイなぁ。私も彼氏を早く振って、ルークくん争奪戦に早く参戦しなきゃ!」

「こらこら! その意見には賛成だけど、あんた酷過ぎ!」

「美沙の敗北に学食一週間分!」

 次々と飛び交う賭け品の言葉。何気に柿崎より酷い椎名桜子である。

「ちょっと、アスナさん。貴方、あの女性とルークさんの事を知ってましたの!?」

 雪広あやかは興奮しながらアスナへ詰め寄った。どうやらネギの敵であるルークが、学校で好き勝手にする事が許せないらしい。

 雪広にとってネギを苦しめるルークは敵だ。その親密な間柄にあると判断するあの女性も既に敵だ。

 少しでも情報を得ようとする理由からの行動であったが、アスナ肩を竦めて首を振るう。

「さあね。私に聞かないでよ。なんなら学園長にでも聞きに行けば?」

「嘘おっしゃい!」

「ああ、もう。怒鳴らないでよ。それより刹那さん! あたし達もルークの所へいかない?」

「え、ええ。もちろん行きます」

「よっし! 急ぐわよ!」

 アスナは鞄を背負うと大急ぎで駆け出す。それに刹那が続き、釘宮や柿崎たちがコッソリと後を付け出した。

 教室には未だに興奮して騒いでいる連中と、溜息を吐いているエヴァと長谷川、亜子を慰めている大河内の姿が残っていた。








 和泉亜子は夕食後、がっくり落ち込みながら大浴場に向かっていた。

 大体はみんなと一緒にお風呂に入るのが普通なのだが、今日はそんな気分じゃなかったのだ。

 脱衣所で服を脱ぎ、綺麗にたたんで籠に入れる。洗面器を持って戸を空けて中に入ると、異常に大きく豪華なジャグジーが広がっていた。

 亜子は体をお湯で流すと大きく溜息を吐く。

 彼女の悩みは、一言でいえば恋の悩みである。

 一見、よくある悩みであるが、彼女の悩みはもう少し複雑だ。

 それは亜子の背中に大きく裂傷が走っている傷跡である。

 彼女はこの傷跡がコンプレックスだ。こんな傷跡があると気持ち悪いと思っているのだ。事実、彼女を振った事がある先輩というのは、振った理由が噂で亜子の背中に大きな傷があるという理由からだった。

 そして、確かにそれは3−A以外のメンバーが見れば『気持ち悪い』や『生々しい』と思ってしまう程のものだ。

 亜子は下唇をギュッと噛み締めた。

 きっと、ルークもこの傷を見たら自分を嫌う。気持ち悪いって言うかもしれない。だけど、そんなの耐えられない。

 初恋だった先輩。今考えれば、それは恋に恋していた、その気持ちに酔いしれていただけだった。

 柿崎が彼氏がいて、その話を聞いていいなぁと思ったから、先輩に告白しただけだ。

 だけど、ルークに対しては違う、と言いたい。

 まだ日も浅いが、結構な頻度で話しをしていて胸の奥が暖かくなる。彼の旅の話を聞くと尊敬する。ずっと一緒にいたいなぁと思う。

 それは、もう崇拝・心酔に近い感情だった。

 だが、だからこそ、この傷跡が疎ましかった。

「あの人・・・・・・」

 とても綺麗な人だった。あの写真に映っていた人。那波さんやいいんちょはスタイルが良いなぁとは思っていた。だが彼女は別格だ。

 壮絶な色気があり、物凄い美人だった。あんなに綺麗な人は初めて見た。

 綺麗な亜麻色の髪で、透き通るような肌の色。

 正直、敵わないと思った。

「あら・・・・・・貴方は」

「え?」

 時間外だから誰もいないはずなのに聴こえてくる声。

 びっくりして振り返ると、そこには今まで考えていた人物がそこにいた。

 軽い会釈をして、そのまま気まずい沈黙に包まれたまま体を洗ってお湯に浸かった。何故かお互いに微妙に距離が近い所にいた。

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・初めまして。私はメシュティアリカ・アウラ・フェンデと言います」

「あ、は、はい! 初めまして! 和泉亜子です」

「ルークから貴方のことは聞いています。とても優しくて『さっかー部のまねーじゃー』をやっているそうですね」

「えぇ!? や、やさしい!? いえ、うちはそんなっ!」

「ふふ・・・・・・ルークの言ってた通りの人ね」

 クスッと笑うティア。サッと髪をかきあげる仕草が妙に色っぽい。

 湯煙でよく見えないが、肌もやはり綺麗だ。

「はぁ・・・・・・綺麗でいいなぁ・・・・・・」

「え?」

「あ、い、いえ、綺麗な肌だなぁと思って! って、すいません!」

「いえ、それは別にいいんだけど・・・・・・」

 ティアは亜子の言葉に首を傾げ、チラリと亜子の体を伺う。まだ子供とも言える瑞々しい肌があったが背中に大きな傷が見えた。

 その傷を見て、なるほど、と納得する。

「・・・・・・ごめんなさい。ちょっと見せてもらえる?」

「え・・・・・・はい」

 おそるおそる背中を向けると、そこには大きな傷跡が。かなり昔の傷らしく、平和の世界に生きてきた彼女が気にするのは当然だろうとティアは判断する。

「ちょっと、ごめんなさいね」

 断りを入れると、ティアはその傷に手を当てる。

 そして謳い始めた。

【―――トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ――― 】



(不思議な歌・・・・・・それに、なんて綺麗な歌声・・・・・・これって本当に人の声なの?)

 亜子はその不思議な歌を聴いた。そして傷が熱くなるのを感じた。

「あつっ!? え、な、なに?」

「大丈夫。ちょっとおまじないを掛けただけだから・・・・・・」

「そ、そうですか」

 歌が止み、ティアの方へ向かって聞くと、先ほどよりも近い距離で笑っていた。

 何がなんだかわからない亜子は、首を傾げるしかなかった。するとティアは腕を突き出してきた。

「見て・・・・・・貴方は綺麗と言ってくれたけど、私にも傷はたくさんあるわ」

「え・・・・・・」

 慌ててその腕を見つめると、本当に小さな傷がおびただしいほどある。ただ見えにくいだけだったのだ。

 呆然となってティアを見つめると、彼女は小さく笑った。

「たしかに傷はないにこしたことはないけど・・・・・・私にだって傷はたくさんある。今まで生きてきた証のおかげでね」

「・・・・・・・・・・・・」

「ルークは・・・・・・そのくらいじゃ嫌いになんてらないはずよ」

「え!?」

 ドキッとして慌てる亜子。何しろライバルである相手に見抜かれていて、それどころか助言すらもらっているではないか。

 ティアは楽しそうに笑うだけだ。

 亜子は、確かにティアに勇気をもらっていた。

 そして、背中の傷跡が徐々に薄くなっている事に、亜子はこの後もしばらく気付くことはなかった。











あとがき。
 すいません。遅くなりました。

 というか、完璧にスランプです。卒業研究も微妙だし、卒業できるか危ういし。

 まだ決まってないから、創作時間に費やす事ができないのです。

 だから今回は微妙な内容になってしまいました。すんませんです。(o´_`o)ハァ・・・

 次回は原宿編〜修学旅行初日に突入します。

執筆中BGM 【夢であるように】アレンジバージョン