『どんな悪党でも、トラウマとか、一番嫌だった戦いとか、そういうものが1つはあるものだ』
『そうですね。だからこそ我が組織の力で、あの者のソレを蘇らせたんですが・・・・・・妙に似てますね』
『うむ・・・・・・双子の兄弟とか、そんなところだろう。だが実に効果はあったみたいだ。見ろ、あの顔を』
『ええ、実に辛そうだ。そしてあの者が負ければ良し。勝っても精神的負荷が動きや術を鈍らせる』
『正にその時こそが最大のチャンスという訳ですな』
『そういうことだ。だが念の為に鬼や悪魔の召喚をしておこうではないか。何しろここは麻帆良学園。協力者がいないとも限らん』
『了解・・・・・・』
『全てはブラッディー・チャンバーの面子を保つ為に』
第7話 アッシュとの戦い・そして終幕
「アッシュ・・・・・・」
心臓の鼓動が早まる。
自分とそっくりの顔。鮮烈な声。凄まじいほどの同族嫌悪。
間違いなく、彼だ。
「何を寝惚けてやがるこの屑が。こんな時までソレとは、やはりお前は劣化レプリカだな」
これは、あの時の再現だ。
おそらく、記憶の戦いを再現するのが、あの組織の力なのだろう。
「・・・・・・構えろ屑。全ての遺恨をこの戦いで断ち切る。そして勝者がヴァンを倒す。それだけだ」
アッシュの瞳は、自分が知っている彼そのもので。
だから、たとえ記憶のモノだとしても、俺が手を抜く訳にはいかなかった。
この戦いは、自分にとっても彼にとってもとても大切なものだったから。
「アッシュ・・・・・・お互いの存在を賭けた、最後の勝負だ」
「・・・・・・・・・・・・そうだ。これで、俺とお前の遺恨も悔恨も全てを断ち切れる」
「俺は! 俺が俺である証を立てる為に、お前に勝つ!」
「よく言った! この模造品風情が! 行くぞ、劣化レプリカ!」
この私が、気圧されている。
数百年という時を生きてきて、名実共に世界最強と恐れられた真祖の吸血鬼である、この闇の福音が。
ブラッディー・チャンバーが何かをしてくるのは解っていたが、どうやらあのルークの相手はあいつにとって因縁深い敵らしい。
会話も全て聞こえていた。
屑。
劣化レプリカ。
存在を賭けた。己が証を立てる為の戦い。
そして、ルークと瓜二つともいえる、敵の男。
全ての情報を組み立てて、何となくでルークと男の関係を予測付けることができた。正直いって胸糞悪い。
相手の男が持っている、妙な形の剣。それは凄まじい程の魔力を帯びている。その神器のような神々しさが、私を圧倒する。
そして何よりも・・・・・・。
ルークの辛そうな表情が、今にも泣きそうな顔が、私の胸を締め付けた。
「・・・・・・ルーク」
手を出したい。手助けしたい。
だが、それをやる訳にいかない。
これは、他者が介入していい類のものではないのだから。
だから私は、無粋にもルークたちの周りを取り囲み、鬼や悪魔を召喚しているハンターや魔法使い達を見つけると・・・・・・。
激情に駆られて、茶々丸と一緒に攻撃した。
「アッシュ―――っ!!」
「この劣化レプリカごときが―――!!」
一閃、一閃、閃光のようなアッシュの攻撃が襲う。
俺の肉体は14歳。あの戦いよりも筋力が劣る。
だから力押しでどうにかなる相手ではない。けれども小細工をする訳にもいかない。
俺に出来ることは、ひたすら一撃一撃に魂と想いを込めることだけだから。
「斬影烈昂刺!!」
「穿破斬月襲!!」
お互いが技を極めた故に到達できる、上級の剣術をぶつけ合う。
一瞬、第七音素の保持者同士が激突することで、超振動や大爆発が起こるのではないかと思ったが、その心配はないらしい。
そもそも俺の肉体事態は魔力で構成されたこちらの世界の普通の肉体だ。
では、なんで俺が音素を必要とする譜歌を使えるのか。
何となくだが予測はついていた。
それは消滅寸前のあの時のこと。おそらくだが、俺の身体の中にローレライの鍵が入っているんだ。
そのローレライの鍵が、俺が譜歌を唱えると魔力を音素に変換しているんだと思う。
「サンダーブレード!!」
「サンダーブレード!!」
威力は全く同じ。
お互いがその威力で弾け飛ばされて、体勢を立て直しながら譜歌を唱える。
「アイシクルレイン!」
「アイシクルレイン!」
お互いの身体に無数の氷の刃が突き刺さる。
だが、それでも止まらない。
止められる訳がなかった。
―――あ〜、涙がでてきた。
あの時も戦うのは辛かったっけ。
なんで、俺は2度もアッシュと戦ってるんだろ。幻とはいえ。
「まだまだ! 行くぞ劣化レプリカ!」
「こいよ! アッシュ!」
瞬動術で高速移動する。
あっちの世界にはなかった移動技。圧倒的に俺の方が早い。
だがアッシュの基礎能力は凄いもので、動けはしないが視線がばっちりと俺を追っている。はっきりと見えているのだ。
何度も何度も、アッシュのローレライの鍵と俺の剣が交錯する。
「岩斬滅砕陣!!」
「閃光墜刃牙!!」
お互いの身体を、刃と派生した真空の刃が切り刻む。
不意に後ろでエヴァンジェリンが誰かを攻撃しているのを感じた。どうやらハンター共が俺を囲んでいたらしく、それを一掃してくれているらしい。
なんだが気付けば鬼やら悪魔がたくさんいやがるし。
つーか、いつの間にか刹那や長瀬、龍宮までいやがる。やっぱりあいつらはこっち側の人間だったのか。まあ視線が違ったからな。
あれ、なんかアスナと木乃香までいやがるし。おいおいおい、こいつらが木乃香をついでに狙ってるの知らないのか?
しかも木乃香はボロボロ泣いてるし、アスナまで泣きそうな顔をしてこっちを見てやがる。
―――アッシュ。
こっちの世界にきて7年、つまり14年生きてきて俺も分かったことがあるんだ。
それは、アッシュの気持ち。
お前は俺に、俺の何もかも全てを奪った、と言った。
ああ、その気持ちは今なら、今だからこそよく分かる。
俺だって、今の立場、近衛家での事を奪われて、ティアとの思い出を奪われたら、自分の模造品が自分の居場所を奪ってたら、そりゃあ恨むに決まってる。
痛みが分かる、とは言わない。だって俺はまだ奪われてないから。
だけど、俺に対してどれだけの恨みと複雑な想いをもっていたのか、今だからこそ、その意味を理解できる。
だから俺は、アッシュに対して手を抜くわけにはいかないんだ。
「チッ・・・・・・このままじゃただ長引くだけだな、胸糞悪りぃ」
「じゃあ、どうすんだよ」
「こうするんだ!!」
あれは!! 第七音素の開放!?
アッシュの持っているローレライの鍵が振動を始め、辺りの草木がビリビリと揺れ動いた。
アッシュもこっちで第七音素を使うことができるのか!
―――そう。
第七音素は強大過ぎる力だ。シンクやイオンといったメンツも使えたが、誰が勝ってもおかしくなかった。
この世界で開放されたら、木乃香たちを巻き込んでしまう。
だから俺は・・・・・・使えるか解らないけれど。
このアッシュではない、あのアッシュから託された大切なモノを守る為の力を・・・・・・。
俺は、第二超振動と呼ばれる神の力を使い、己の最強の必殺技を繰り出した。
私、桜咲刹那が現場に到着した時、戦場独特の空気に足が凍り付いてしまった。
私は裏に属する人間。これまでも何度も鬼や悪魔たちと戦ってきた。このちゃんを狙ってきた連中がいたからだ。
もちろんそのたびに術者とも戦ってきた。だが毎回『捕縛』で済んだのだ。
だが眼下に広がる光景はなんだ?
私の戦いがお遊びに思えるほど、戦場という臭いが強かった。
レベルの差も当然ながら、血の臭いが強く、ルークは次々にハンターを殺しているのが解る。
そこには、無理に殺す必要はないとか、そんな戯言をいう隙などなくて、ただ強いものが生き、弱ければ死ぬという現実だけ。
純粋な殺し合いが広がっていた。
私はどれくらい凍り付いていたのだろうか。気が付けば後ろから長瀬に龍宮、アスナさんにこのちゃんまで来ていました。
龍宮を除いて皆が目の前の光景に息を飲んでいました。
「これは・・・・・・ルーク殿は凄まじいでござるな。我々とは実力が違うでござる」
「久しぶりだよ、この感覚は」
「う・・・・・・気持ち悪い」
アスナさんには流石にこの光景は辛かったらしい。眉を顰めて、でもしっかりと見定めている。
このちゃんも顔色は悪かったが、しっかりと立ってルークを心配そうに見つめている。
だが、我々が助力に躊躇っていると、事態は思わず形で崩れた。
巨大で且つ複雑な術式の下に発動された魔法。何の魔法か解らずに目を凝らして見ていると、魔方陣の中心の煙の中から、ルークとそっくりな人物が現れたではないか。
「アレは!!」
「せっちゃん・・・・・・もしかしてあの人って」
「え、な、なんなのアレ! あの人、ルークにそっくりじゃん!!」
アスナは完全に混乱しているらしく、堪らないように叫ぶ。長瀬も龍宮も表情を変えてその人物を見た。
2人が相対すると空気が変わり、まるで拡張音製機でもつけているかのように、声が風にのって流れてきた。
私達はその剣呑とも、そして介入を憚られる雰囲気に息を呑んだ。
交わされる会話。
そして始まる戦い。
事情を知っている私とこのちゃんは、自分達の予想が当たっていたのだと悟って、思わず唇を噛み締めた。
この魔法を使った敵へ、私は強烈な怒りを感じていた。
「刹那殿、劣化レプリカとはどういう意味でござるか? あの御仁とルーク殿の関係は?」
「私も聞きたいな」
「それは・・・・・・すまないが言うことはできない」
言える訳がない。プライバシーとかそういう話でもあるが、それだけじゃない。
コレを言うと、それを認めてしまうような気がしたから。
彼の残酷な出生の秘密が。酷薄な運命が。
始まった戦いは、まさに世界最強同士の戦いと言ってもいいほど苛烈かつ鮮烈なものだ。何よりも相手の持っている剣。あれは尋常じゃない。
ルークの表情が歪むのを見えた。
本当に辛そうで、悲しそうで、泣きそうで。
まるで、身を切り刻んで戦っているように見えたのだ。
私の胸が締め付けられて、堪らなくなって飛び出そうとしたその時だった。
目の前をエヴァンジェリンさんが凄いスピードで横切って、何かを攻撃し始めたではないか。
そこで初めてハンターが取り囲んでルークを罠に嵌めようとしているのを知り、私も一瞬にして頭に血が上った。
「神鳴流奥義・雷鳴剣!!」
私達に気が付いた術者たちが召喚した鬼や悪魔に目掛けて、私は全力で奥義を放った。
手加減など無用。そんなことをすればこっちがやられる。
後ろから長瀬が飛び込んでくるのを感じる。龍宮のスナイプによる援護もある。
とにかく、一刻も早くこの敵を殲滅しよう。
そう思ってしばらく戦っていると、有り得ない程の魔力の高まりを感じた。
その魔力に危険信号を訴えた私の勘を信じて、私は大急ぎでこのちゃんの所まで戻った。ルークの方を見ると、相手の剣が凄まじいほどの圧迫感を開放しているではないか。
「皆、ここに集まって!!」
私の声が届いたのか、長瀬も戻ってきた。長瀬と龍宮の額には汗が流れていて、彼女たちも目の前の人外の現象に震えていた。
「意味がないかもしれませんが、防壁を貼ります!」
「え、なに!? 何なの!?」
アスナさんの気持ちも解る。おそらく彼女には訳の解らない恐怖感と圧力がかかっているはずだ。
だが、今はそれに答える余裕がなかった。
これからする私の術は、対魔法には絶対の防壁を誇る。それは自信を持っていた。おそらくエヴァンエジェリンさんの全盛期時の本気の一撃もギリギリ何とか耐える事ができるはずだ。
だが目の前のそれを肌で感じたそれは、呆気なく私の自信を打ち砕いた。何故なら、それだけ凄まじい魔力だから。
エヴァンジェリンさんと茶々丸さんも慌ててやってきて、彼女も魔力障壁を全力展開で張ってくれた。
当然、エヴァンジェリンさんは目の前のこれから放たれる技の威力を正確に把握しているのであろう。
召喚した敵ですら、顔を真っ青にして大慌てで障壁を張っている。
「神鳴流対魔戦術絶対防御・四天結界・独鈷錬殻!」
こうして私が絶対防御の盾を張り終わった瞬間、ソレは起こった。
「絞牙鳴衝斬!」
「ロスト・フォン・ドライブ!」
つづく