『準備は整ったか?』
『もちろんです。標的は300万$の賞金首。準備対策は抜かりなく整っております』
『うむ、ならばいい。同盟のハンターの連中はどうするつもりだ?』
『奴等には好きにさせます。我々の切り札を投入する前にしろ後にしろ消耗させれば上出来。そしてこれがあれば確実に相手の動揺を誘うことができるのです』
『そうだな。どんな奴にしろ、否、強者だからこそ死線を潜ってきていて、苦手な相手というのもいるのだ。そいつが弱らせてくれれば・・・・・・』
『ええ。その時こそ息の根を止める絶好の機会』
『フフフ・・・・・・すべては我等が組織のため』
『ブラッディー・チャンバーの為に』



第6話  戦場にて第七音素は謳う



 あの時、本当に辛かったんだ。
 俺は何万という人を殺してしまって、その命の重さと多さを誰よりも実感したからこそ、それを認めたくなかった。
 それまで仲間だった皆は、俺の言葉に呆れや怒り、罵声をあびせて去っていった。
 だけど、そんな事は言われるまでもなかった。一番身に沁みて解っていたから、申し訳がなかったから。
 それをあの時に即座に受け入れてたら、本当に心が潰れてしまいそうだったから、少し時間が欲しかったんだと思う。
   仲間たちはそんな時間すら与えてくれなかったけど。
 だけど、気付いたらティアとミュウだけは傍にいてくれて、俺を信じてくれた。
 理解しようとしてくれた。
 だから、見捨てず見守ろうとしてくれた彼女を裏切らない為に立ち上がった。
 彼女がいてくれたから、俺は自分のオリジナルという存在を知っても踏ん張っていられた。
 ―――そうだ。
 俺は、俺にとって仲間たちよりもティアとミュウ、そしてオリジナルが何よりも大切だったんだ。
 だから、せめて彼が認め譲ってくれた『力』と、彼女の唯一の願いを、俺は守りたいんだ。
 会うまでは、負ける訳にはいかない。死ぬ訳にはいかないんだ。
 ルークは夕日が差し込む窓を見つめ、エヴァの部屋に置いておいた荷物を身につけ、部屋を出て行った。



「それでは彼は一人で?」
「うむ、そうなんじゃ。どうもルーク君には抱え込んでしまう癖があるようでな。一歩も引かなかったわい」
「ですがそれでは危険です。いかに彼に実力があっても、相手はあの『ブラッディー・チャンバー』ですよ?」
 そこは学園長室。
 近衛近右衛門と高畑・T・タカミチが渋い顔をして座っていた。
「うむ・・・・・・他の魔法先生や魔法使いたちに応援をこっそり頼もうと、今まで奔走しとったんじゃがの」
「・・・・・・悪い魔法使いだから、という理由で断られた・・・・・・ですね?」
「うむ」
 この麻帆良学園に在籍する魔法先生や麻法生徒たちは、魔法世界の本国に比べて実力はとても低い。
 それは第一線で仕事してないからでもあるし、微温湯に浸かっていた彼等がいきなりそこにいけば死ぬのは確実だからである。
 故に、彼等はルークを擁護しない。彼を理解などできない。
 その点、悪の組織と称されるモノを潰している第一線で活躍している有名人のタカミチや学園長は、彼の事情や気持ちがよくわかる。
「・・・・・・危なくなったら僕も出ます。彼は生徒ですから」
「うむ。そうしてくれるかの」
「ですが、襲撃予想時刻はいつごろで?」 
「それがわからんのじゃ。今日中という情報までは手に入れたんじゃがの」
「わかりました。では今日はずっと警戒を続けます」
 タカミチと学園長が大きく頷くと、タイミングを見計らったかのように扉がノックされた。
 もう夜の7時半過ぎだというのに誰じゃ? と首を捻りながら入室を促すと、そこには期待のマギステル・マギ候補のネギの姿が。
「失礼します!」
「む、ネギ君か。どうかしたかの?」
 ネギは室内に入ってくると、客用の大きなソファーに座っている学園長とタカミチの傍にやってきて言った。
「あ、あの、学園長やタカミチに協力してもらおうかと思って」
「協力? 何か困ったことでもあったのかい?」
 ネギ君が他人を頼るなんて珍しいな、と思いながらタカミチが尋ねると、帰ってきた返答はとんでもない事だった。
「はい。実は学園内にすっごく悪い人が入ってきていて、放って置いたら大変な事になると思って僕がやっつけようと思ったんですけど、手に負えないから協力を願いにきたんです」
「・・・・・・悪い人?」
 学園長とタカミチはお互いを見やって眉を顰める。
 この学園は結界が張り巡らせてあり、実力者が侵入すればすぐに察知できるようになっている。
 それなのに、自分たちに気付かれずに侵入した奴がいるのかと思い驚く。
「はい。すごい実力者だってカモくんがいうんで、本国の賞金稼ぎの人たち・・・・・・ハンターに応援を要請したんですけど、何だか不安で」
 ネギの言葉に肩に乗っていたカモが、ピョンと出てきて姿を現す。
「はじめましてお二方! 俺っちはアルベール・カモミールと申します! 以後よろしくお願いしやすぜ!」
 タカミチと学園長は嫌な予感がしていた。
 これ以上ないくらい、嫌な予想。
 それは間違いであってほしいと願いつつ、カモに尋ねた。
「カモミール君・・・・・・その悪い人って、名前は?」
 そして最悪の答えが返ってきたのだった。
「ルーク・フォン・ファブレとかいう、先月魔法界の賞金首リストに上がった極悪人ですぜ!」



「あ〜! もう! こんなにウダウダ考えるのは私らしくないじゃない!」
 うがーっと大きな声で突如叫びだしたのは神楽坂明日菜。
 彼女は昨日の事で今までどうすればいいのか必死に考えて悩んでいたのだ。
 だが、ついに爆発したらしい。
 同じ部屋にいて、目を丸くしている木乃香と刹那に振り返ってぶちまけた。
「あのね、木乃香! 刹那さん!」
「アスナ、どうしたん?」
「は、はい」
 今まで頭をかかえて、うんうん、唸っていた人物がいきなり奇声を上げて立ち上がったのだ。
 驚きもするだろう。
「ルークの事なんだけど!」
「うん、ルークが何?」
「あの人ね、あ〜、何ていったらいいんだろ・・・・・・ん〜と、なんか賞金かけらてて、すごい悪人だって情報があるんだけど」
 アスナの言葉に木乃香はポカンとした表情になった。
 一方でアスナの言葉を正確に読み取ったのは刹那だ。彼女がこの情報を入手しているのはおかしいから。
「な!? ア、アスナさん。何でその事を知ってるんです!?」
「え、刹那さんも知ってたの? ルークが300万$の賞金をかけられてるの」
「ええ、知ってます! でも一体どこからその情報を・・・・・・」
「昨日、ネギの知り合いから聞いたのよ。それでネギとそいつが退治するとか、ハンターを呼ぶとか言ってて、私どうしたらいいか悩んでて」
 言葉をぼかしながら言うアスナ。木乃香が首を傾げている事から彼女は魔法の事を知らないんだと勝手に判断する。
 そして驚きだが、刹那はそれを知ることができる立場にいるのだろうと判断したアスナは、昨日の出来事を細かく説明すしていく。
 アスナの言葉に、刹那の顔がどんどん真っ青になっていき、ガタガタ震え始める。
「それで、クラスの生徒の身の安全の為に突き出すとか言ってたんだけど・・・・・・あたしはルークが悪人だって信じたくないから」
「大変だ・・・・・・」
 アスナの言葉を無視する形で呟く刹那。
 彼女のこんな様子はとても珍しい。
 木乃香にとっては彼女の秘密を打ち明けられた時以来のことだ。
 それ故に事態の深刻さを感じ取り、木乃香にとっても珍しいほど切羽詰った様子で揺すりだした。
「ねえ、せっちゃん! ルークに何があったん!?」
「このちゃん・・・・・・ルークが危険です・・・・・・殺されるかもしれません」
 刹那は手元にあった彼女の愛刀である夕凪を手にし、木乃香の疑問に答える。
 木乃香は刹那の言葉をここにきてやっと理解した。
 そう。
 彼女は魔法の存在を知っている。
 それも昔からだ。
 なぜならば、ルークを再構成したのは、他でもない木乃香の力なのだから。
「せっちゃん、いこ! ルークを助けにいかんと!」
「このちゃんは危険だからここで待っててください!」
「いやや! ウチもいく!」
「・・・・・・なら、龍宮と長瀬、そして刀子さんに事情を話して協力してもらってください。龍宮にはギャラを出すといえば手伝ってくれます。それ以降は彼女たちと来てください」
 刹那は賢くも事態を冷静に判断していた。
 絶対に、応援が必要になるはずだから。
   刹那は木乃香が大きく頷くのを確認すると、アスナが後ろで何かを言ってるのを無視して部屋から飛び出して行った。
 木乃香も上着の扇子を手にすると走って出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私も行くわよ!」
 何も答えてもらってないけれど。
 疑問や驚くことはたくさんあるけれど。
 一番欲しかった答えは2人の様子から得ることはできた。
 だから立ち止まっていたのに、アスナも走り出した。



「お〜お〜。敵多すぎだっつーの」
 眼下に広がる魔法使い、召喚士、呪術師、ハンターの数にルークは眩暈すら覚える。
 どの敵も相当な実力者たちだ。少なくても、この学園の魔法生徒などでは手も足も出ない。
 時間は8時の1分前。結界が消えたら、こいつらは入ってくる。
 グミはこの数年間の旅の所為でほとんどない。あるのはアップルグミとパイングミの1個ずつだけだ。
 ルークはジャラジャラと身に着けたアクセサリーにフォニックブレードを確認して、大きく一振り。
 そして詠唱を始めた。
「・・・・・・地獄の豪火にて、汝に仇なすものを滅せ!」
 結界が、消える。

「エクスプロード!!」

 

「ほぅ・・・・・・随分とデカイ威力の譜術を使うな・・・・・・」
 エヴァンジェリンは上空からその光景を見下ろしていた。
 気になって見に来たのだが、なかなか派手な開戦の合図となった訳だ。
 敵もなかなかやる。
 頭上に収束した魔力を感じると、数人を除いたメンバーが皆、障壁を全力展開して威力を殺している。
 何人かは完全な即死状態だ。
 麻帆良の完全な郊外にある森の中での戦いは、いきなりの山火事により始まったのだ。
 木の上から放ったルークはそれが防がれると見ると、間髪居れずに跳躍して差を詰める。
 ハンターたちは慌てて散開して、組織の人間らしき同一の服装で纏められた連中は、結界を作り出して姿をくらます。
「でりゃあああああああああああああああああ! 雷神剣!」
    鋭い突きから繰り出されるのは雷撃。
 それにより、ハンターの一人の身に電撃が落ち、痙攣状態を起こして戦闘不能になった。
 だがその隙にハンターたちは一斉に呪文詠唱に入りだす。
 ルークは気にせずに走り出し、大剣を持つガタイのいい男と剣を交差させる。
「紅の雷!」
「春の嵐!」
「氷縛!」
「魔法の射手・連弾・風の31矢!」
 自分達の同盟者がいようが気にしない彼等の攻撃。
 ルークはハッとなると、剣を鍔を蹴り上げて反動で横に跳ぶ。その直後に大剣の男ごと魔法で吹き飛ぶ。
 ルークは転がりながら体勢を整えると、呪文詠唱に入った。
「狂乱せし地霊の宴よ! ロックブレイク!」
 あっという間に詠唱を終えて発動する譜術。
 その早すぎる詠唱速度にギョッとしているハンター達。
 それはミスティシンボルにより詠唱速度が飛躍的に上がっているというカラクリがあるのだが、ハンターたちは知るはずはない。
 何人も地面に叩き上げられ潰されるなか、ハンターもバカでななかった。
 回り込んでいたハンターの2人が小太刀と長刀を使って攻撃してきたのだ。
「オラオラオラァ!!」
「くっ―――!」
 こいつら強い、と連携攻撃してくる2人に剣舞に、防戦になるルーク。
 小回りが効く小太刀はルークに着実に小さな傷をつけて行く。
 ルークは後ろへ大きく跳んでから、大きく剣を退いて振りぬいた。
「飛燕瞬連斬!!」 
 高速で跳躍して振りぬかた連続の剣舞は、男たちの連携を上回って首を撥ねた。
 その後も、瞬動術で移動しながら、出会い頭の敵を殺していく。
 殺す必要がない場合や状況では殺さずに昏倒させるだけ。
「・・・・・・ノクターナルライト!」
 余裕があるときは譜術を唱えて相手を殺し。
「瞬迅剣!」
 距離と数がある場合は一気に詰め寄り、相手を圧倒して殺害する。
 勢いで林の中を駆け抜けるルークは、姿をくらましていた組織の男たちの前に躍り出た。
 するとどうだ。
 男達は状況としては押されているのに、ニヤニヤと笑みすら浮かべる余裕があるではないか。
「ククク・・・・・・さすがにやるなぁ」
「いやいやいや。300万$は伊達じゃない」
 男達の余裕っぷりに眉を顰めるルークだが、それはすぐに中断された。
「炎の嵐!」
 背後からのいきなりの無詠唱魔法にルークは腕を交差する事でしか対応できない。
「おわぁっ!!」
 喰らってから、初めて遅延呪文で予め唱えていたんだと気付く。
 両手に火傷を負ったが、この程度で済んだのはレジストリングと炎の耐性を付けた指輪のお陰だ。
 だが衝撃で吹き飛ばされたルークは、立ち上がることができない。
 左からハンターがきたが、ルークは蹲りながら地面を蹴り、瞬動術を発動する。
 ギリギリで回避には成功するが、頬に軽く裂傷がはいった。
   ルークは瞬動術で回避した先で火傷した腕を反動で振り下ろした。
「魔神剣!」
 地を這いずる衝撃波は、寸分の狂いもなく身体を抉って絶命させた。
 ルークは痺れる両腕を押さえながら立ち上がる。
 するとそこへ先ほどの赤で統一された服装の男たちから声がかけられた。
「さて、異界の譜術使いよ。今までのはほんの準備運動だ。これからが本番。覚悟はいいか?」
「我々ブラッディー・チャンバーの下位組織を滅ぼした時から、こうなることは覚悟していただろう?」
 男達がいう組織がどの組織のことか解らない。
 だが確実に昔に自分が滅ぼした組織のことなのだろう。
「我等が何故『血の組織』と呼ばれるのか、それを見せてやろう」
 その中でもリーダー格と思しき男が、ハンターの一人から小太刀を受け取っている。
   その小太刀は、先ほどの自分に傷をつけたもの。
 微かに血が付着している。
「・・・・・・蘇りし過去の記憶、血の流れに浸透せし星よ」
 詠唱を始めた男を中心に魔方陣が広がり始めた。
 そして気付けば、男の周りに10人に近い数の術者たちがいる。
 その中央に何かの人形のようなものがおかれている。人形には先ほど受け取ったナイフが刺さっている。
「血の情報を基に、過去の記憶を再現せしめ、ここに表したまえ」
 嫌な予感がする。
 ルークは素早くアップルグミを口に含み、腕を快復させる。
 食べ終わると同時に、それは発動した。
「記憶の人形!」
 男達の手が青白い光を放出し、そして人形が爆発した。
 その中から、何かが出てくる。



「・・・・・・ま、まさか」

 無意識に、言葉がもれた。

 煙の中から人影が現れた。

 見覚えのある、第七音素の剣が突き出される。

「・・・・・・超振動だとか、レプリカだとか、そんなことじゃねぇ」 

 終わったはずの戦いの記憶、そのひとコマ。

 何度も投げかけられた、悩み続けた意味。

「ヴァンから剣を学んだもの同士、どちらが強いか・・・・・・どちらが本物の『ルーク』なのか」

 もう一度、戦わなくてはいけないのか?

 また、あいつと?

「存在をかけた勝負だ」

 アッシュとの、存在をかけた戦いが、再び彼に告げられた。

 



つづく